11
特集 看護師長が自己成長していくことの重要性 日本看護協会は,看護管理者を「看護の対象者のニーズと看護職の 知識・技術が合致するよう計画し,財政的・物質的・人的資源を組織 化し,目標に向けて看護職を導き,目標の達成を評価することを役割 とする者の総称」 1) と定義している。つまり,看護管理者には,看護 実践能力とは異なる看護管理能力の発揮が求められていると言える。 医療機関の中間管理職である看護師長は,高度化・複雑化する医療 に加え,地域包括ケアシステムの推進や働き方改革の推進といった社 会情勢の変化に対応すると共に,組織目標の達成に向け担当部署の運 営や患者管理,スタッフ管理を担うなど,その役割は年々増大してい る。そして,就任初期の看護師長の多くは,上司や同僚を役割モデル とし日常の看護管理実践や上司,部下,患者・家族とのかかわりの経 験を通し,役割遂行に必要な看護管理能力を習得している。 看護師長が,長期にわたりその役割を果たすためには,自身の経験 を内省し,自己の管理能力の課題を認識すると共に,段階的な目標を 設定し自己成長していくことが求められると言える。そのためには, 組織が求める看護管理者の能力の枠組みを可視化し,その能力を育成 するための教育体制の整備と,成長への内発的動機づけにつながる支 援体制の整備が重要である。 当院における管理者育成の概要 当院の看護職員は882人(2019年11月時点)で,そのうち看護管 理者は看護部長1人,副看護部長5人,主任看護師長2人,看護師長 32人,副看護師長87人である。看護部における管理者育成について 述べるに当たり,2016年度に改正した看護部の組織図(図1)を示す。 改正前の組織図では,副看護部長は看護部長のスタッフ機能を担っ ていたが,2016年度よりライン機能に変更し,5人の副看護部長が複 数の看護単位のライン長として位置づけられた。その背景には,看護 師長の約半数が2030年までに定年退職を迎えるため,次世代を担う マネジメントラダー, コンピテンシーによる 看護師長の評価を次の目標に生かす 広島大学病院 副看護部長/認定看護管理者  佐藤陽子 2

コンピテンシーによる 集 看護師長の評価を次の目標に生かす 師 … · マネジメントラダーの評価に必要な評価 ツールは,「目標管理シート」「自己推薦書」

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: コンピテンシーによる 集 看護師長の評価を次の目標に生かす 師 … · マネジメントラダーの評価に必要な評価 ツールは,「目標管理シート」「自己推薦書」

個人目標設定↓計画↓評価はどうする?

師長自身の目標管理

〜部署目標やスタッフ支援だけじゃない!

管理者としての成果・成長・チャレンジ

特集

個人目標設定↓計画↓評価はどうする?

タッフ支援だけじゃない!

〜部署目標やスタッフ支援だ

ャレンジ

管理者としての成果・成長・チャレンジ

特集

 

目標管理やBSCがスタッフ育成に活用されている一方

で、師長の成長支援に役立てられている施設は多くないよ

うです。本特集では、師長の個人目標立案や部署目標達成の

ために必要な能力と部署目標とのリンク、ラダーシステム

などを活用した教育的支援について実践例を紹介します。

看護師長が自己成長していくことの重要性

 日本看護協会は,看護管理者を「看護の対象者のニーズと看護職の知識・技術が合致するよう計画し,財政的・物質的・人的資源を組織化し,目標に向けて看護職を導き,目標の達成を評価することを役割とする者の総称」1)と定義している。つまり,看護管理者には,看護

実践能力とは異なる看護管理能力の発揮が求められていると言える。 医療機関の中間管理職である看護師長は,高度化・複雑化する医療に加え,地域包括ケアシステムの推進や働き方改革の推進といった社会情勢の変化に対応すると共に,組織目標の達成に向け担当部署の運営や患者管理,スタッフ管理を担うなど,その役割は年々増大している。そして,就任初期の看護師長の多くは,上司や同僚を役割モデルとし日常の看護管理実践や上司,部下,患者・家族とのかかわりの経験を通し,役割遂行に必要な看護管理能力を習得している。 看護師長が,長期にわたりその役割を果たすためには,自身の経験

を内省し,自己の管理能力の課題を認識すると共に,段階的な目標を

設定し自己成長していくことが求められると言える。そのためには,組織が求める看護管理者の能力の枠組みを可視化し,その能力を育成するための教育体制の整備と,成長への内発的動機づけにつながる支援体制の整備が重要である。

当院における管理者育成の概要

 当院の看護職員は882人(2019年11月時点)で,そのうち看護管理者は看護部長1人,副看護部長5人,主任看護師長2人,看護師長32人,副看護師長87人である。看護部における管理者育成について述べるに当たり,2016年度に改正した看護部の組織図(図1)を示す。 改正前の組織図では,副看護部長は看護部長のスタッフ機能を担っていたが,2016年度よりライン機能に変更し,5人の副看護部長が複数の看護単位のライン長として位置づけられた。その背景には,看護師長の約半数が2030年までに定年退職を迎えるため,次世代を担う

マネジメントラダー, コンピテンシーによる 看護師長の評価を次の目標に生かす

広島大学病院 副看護部長/認定看護管理者 佐藤陽子

2

Page 2: コンピテンシーによる 集 看護師長の評価を次の目標に生かす 師 … · マネジメントラダーの評価に必要な評価 ツールは,「目標管理シート」「自己推薦書」

看護管理者の育成体制を強化する目的があった。副看護部長は,担当する看護単位をブロックとして統括し,毎日の部署ラウンドやミーティングの開催(1回/月),目標管理面接(3回/年)を実施することにより,看護師長の管理業務支援を行っている。 看護管理者の育成は,日本看護協会の認定看護管理者教育課程の受講を主体とし,看護師長は全員セカンドレベルを修了している。加えて,院内教育計画では「看護管理者の育成」を重点課題の一つに掲げ,毎年管理者研修を開催している。そのほか,eラーニング(学研ナーシングサポート)を導入しており,看護管理コース6コンテンツ,看護管理特別コース12コンテンツを全員が受講することができる。 また,2016年度よりキャリア開発ラダーと連動したマネジメントラダーの運用を開始し,キャリアパス(本誌Vol.20,No.8,P.12参照)において看護管理者を選択した

看護職員が看護実践能力から看護管理能力

の獲得に向けシフトできるようにしている。

 副看護部長は,目標管理面接時(3回/年)に,各看護単位の目標と看護師長個人の目標について評価を行うと共に,期末面接時にマネジメントラダー申請者の評価(他者評価)を実施している。また,人事考課面接(2回/年)として,看護師長のコンピテンシー評価を実施し,看護師長の内発的動機づけにつながるよう支援している。

マネジメントラダーによる 師長の評価

 マネジメントラダーは,当院の看護管理者に必要とされる中核的な看護管理業務内容と,その業務を遂行する上で獲得すべき能力(コンピテンシー)について明文化しており,「組織運営管理」「看護の質管理」「人間関係」「キャリア開発」の4領域(表1)で構成される。ラダーレベルは6段階あり,各レベルに相当する職位については,レベルⅠ・Ⅱは副看護師長,レベルⅢ・Ⅳは看護師長,レベルⅤは副看護部長,レベルⅥは看護部長を目安とし,それ

ブロック:8看護単位

看護単位

看護部長

看護師長 副看護師長 看護師 看護補助者

看護師長 副看護師長 看護師 看護補助者

看護師長 副看護師長 看護師 看護補助者

看護師長 副看護師長 看護師 看護補助者

看護師長 副看護師長 看護師 看護補助者

看護師長 副看護師長 看護師 看護補助者

看護師長 副看護師長 看護師

情報・経営企画副看護部長

業務副看護部長

教育

副看護部長

総務

副看護部長

連携業務副看護部長

看護師長 副看護師長 看護師 看護補助者

看護師長 副看護師長 看護師 看護補助者

■図1 看護部組織図

3

Page 3: コンピテンシーによる 集 看護師長の評価を次の目標に生かす 師 … · マネジメントラダーの評価に必要な評価 ツールは,「目標管理シート」「自己推薦書」

ぞれの到達目標を設定している。 マネジメントラダーの評価に必要な評価ツールは,「目標管理シート」「自己推薦書」「マネジメントラダーレベル申請評価表」「コンピテンシー評価表」の4種類(表2)である。

・�自己推薦書:①役割遂行,②研修受講履

歴,③自己研鑽,④その他の4項目に分

かれており,自己の看護管理実践につい

て実績と自己アピールを記載する。・�マネジメントラダー申請用評価表:領域

ごとに関連するコンピテンシーと行動目

標を記載しており,評価の際は4領域ご■表1 マネジメントラダー領域と関連するコンピテンシー

領域 定義 関連するコンピテンシー

組織運営管理

組織の目標達成に向けて病院が有する資材(人材・施設設備・資金・情報など)を活用し成果に結びつけること

「達成重視」「イニシアティブ」「情報探求」「インパクトと影響力」「組織の理解」「関係の構築」「指揮命令」「チーム・リーダーシップ」「分析的思考」「概念化思考」「技術的・専門的・経営的能力」「自己確信」「組織へのコミットメント」

看護の質管理 看護サービスを継続的に評価改善すること

「秩序・クオリティ・正確性への関心」「イニシアティブ」「情報探求」「顧客サービス重視」「インパクトと影響力」「関係の構築」「指揮命令」「チーム・リーダーシップ」「分析的思考」「技術的・専門的・経営的能力」「自己確信」

人間関係 組織を活性化するために,良好な人間関係を築くこと

「対人関係理解」「インパクトと影響力」「関係の構築」「チームワークと協調」「セルフ・コントロール」「自己確信」「柔軟性」

キャリア発達

個々の看護師が個人のライフサイクルに応じた能力を発揮し,組織の課題と統合を図りながら,職業を通しての自己実現に向け活動すること

「秩序・クオリティ・正確性への関心」「他の人たちの開発」「技術的・専門的・経営的能力」「自己確信」

■表2 マネジメントラダー評価一覧表(抜粋)

ラダーレベル ラダーⅡ ラダーⅢ ラダーⅣ ラダーⅤ

対象(目安) 副看護師長 看護師長 主任看護師長副看護部長

評価申請目安時期

レベルⅠ取得後5年未満

看護師長昇任後4年未満

レベルⅢ取得後5年未満

主任看護師長昇任後2年未満

申請方法 目標管理面接者に申請

評価ツール ①目標管理シート            ②自己推薦書③マネジメントラダーレベル申請用評価表 ④コンピテンシー評価表

評価者

【第1評価】副看護師長または

看護師長

【第1評価】主任看護師長または副看護部長

【第1評価】副看護部長

【第2評価】看護師長または副看護部長

【第2評価】看護部長

【第2評価】看護部長

提出書類 ①マネジメントラダーレベル認定申請書  ②自己推薦書③マネジメントラダーレベル申請用評価表 ④コンピテンシー評価表 ⑤総合評価表

4

Page 4: コンピテンシーによる 集 看護師長の評価を次の目標に生かす 師 … · マネジメントラダーの評価に必要な評価 ツールは,「目標管理シート」「自己推薦書」

とに設定している行動目標を4段階で評

価する(自己評価・他者評価)。 しかし,評価表だけでは客観的評価が難しいため,面接評価の際に「コンピテン

シー評価表」(資料1)を用い,自己の管

理実践事例を提示して自己評価の根拠を述

べ,第1評価,第2評価と複数が評価する

ことで客観性を保つようにしている。すべての項目で評価がb以上であれば,申請レベルに認定されることになる。審査の結果は,評価者が「総合評価表」に評価の根拠と結果を記載し,申請者にフィードバックしている。 マネジメントラダーの運用を開始して3年が経過した。副看護師長,看護師長の90%以上が申請し認定されると共に,上位レベルの登録者が年度ごとに増加している。これは,マネジメントラダーが,看護

管理者の能力の指標となり,自己成長に向

けた動機づけの一要因として機能している

ととらえることができる。

コンピテンシーによる師長の評価

 当院では,職員のモチベーションの向上,組織の活性化などを図ることを目的に年2回(9月・2月),人事考課を実施している。この際,評価に使用しているシートは広島大学職員能力要件評価シート(能力・成長シート)であり,①新人・レベルⅠ評価シート,②レベルⅡ・Ⅲ評価シート,③レベルⅣ・Ⅴ評価シート,④副看護師長評価シート,⑤看護師長以上用評価シートの5種類であった。しかし,2016年度のマネジメントラダーの運用開始に合わせ,より具体的な評価を行うため,副看護師長以上の看護管理者には新たにコンピテンシー評価表(資料1)を作成し用いることにした。

 看護管理者のコンピテンシーとして,スペンサーら2)の6クラスター20コンピテンシーを用い,各コンピテンシーについて定義と5段階の評価水準を明文化した。これにより,自己の看護管理実践がどの水準にあるか,評価者,被評価者が共通理解でき,具体的・客観的な評価ができるようになった。評価方法は,マネジメントラダーと同様に自己評価,一次評価,二次評価を行うが,評価するコンピテンシーを発揮し

た(発揮できなかった)管理実践内容を事

例シート(資料2)に記載し,その実践が

どの評価水準に当たるかを確認しながら評

価を行っている。 コンピテンシー評価の導入に合わせ,2016年度より管理者のコンピテンシー・モデルの研修会を実施し,今年で4年となる。評価と学びを繰り返すことで,定義や水準の理解につながり,被評価者自身がどのような行動・思考ができれば評価水準が上がるのかイメージでき,活用できるようになっていると感じている(図2)。

次の目標にどのように 生かしていくか

 看護部では2005年より目標管理制度を導入し,今年で14年目となる。評価面接では,目標設定理論の考え方3)(図3)を援用し,看護師長自らが努力する必要性を感じ,そのために何をすればよいかを明確にすることで自己効力感が醸成され,行動につながるよう支援している。具体的には,ストレッチ目標(少し高めの目標)を設定する,目標には水準と指標を設定する,評価は活動計画ではなく目標の指標と水準に照らして実施するといった方法である。また,評価に当たっては,被評価者の能力を高めること,

5

Page 5: コンピテンシーによる 集 看護師長の評価を次の目標に生かす 師 … · マネジメントラダーの評価に必要な評価 ツールは,「目標管理シート」「自己推薦書」

■資料1 コンピテンシー評価表(一部抜粋)

s(5点):他者の模範となるような卓越した水準a(4点):期待以上の高水準b(3点):その職位に就く者に基本的に求められている水準c(2点):一見問題はなさそうに見えても,その職位の役割を果たせていない水準d(1点):その職位の役割を果たせていない水準

コンピテンシー 定義 評

価 内容評価

自己 一次 二次

達成重視

すぐれた仕事を達成し,あるいは卓越した基準に挑む姿勢

s自ら描いたビジョンの達成に向けて,自ら高い目標を設定し,あきらめず,計画を変更しながら取り組んでいる

a 看護部目標に照らして自部署の目標を高く設定し,あきらめずに計画を変更しながら取り組んでいる

b 看護部目標に照らして自部署の目標を設定し,進捗状況に応じて計画を変更しながら取り組んでいる

c 看護部目標に照らして自部署の目標を設定し,中期・期末に評価し,取り組んでいる

d c評価に至らない

秩序・クオリティ・正確性への

関心

取り巻く環境における不確実性を減らす基本的動因。職場の整然とした状態を保つレベルから,データの秩序とクオリティを向上させるための新しい複雑なシステムを築き上げるレベルまでが含まれる。

部署のサービス・業務の質が一定水準に保たれるよう,プロセスを分析して新しい手順やシステムを導入し定着させると同時に,質のモニタリングを継続する仕組みも構築している

a部署のサービス・業務の質が一定水準に保たれるよう,プロセスを分析して新しい手順やシステムを導入し,定期的に質をモニタリングしている

b 院内で導入された新しい手順やシステムを周知徹底し,時折,質をモニタリングしている

c 定められた機会に手順やシステムを確認し,指導している

d c評価に至らない

イニシア ティブ

行動を起こすことに対する強い志向。職務で要求され期待されている以上のことを実行し,誰からも求められていないことを遂行し,その結果,職務上の成果を向上させること。

s未来を見据えて顕在化していない機会や問題をとらえ,自ら解決の方法を企画し,臨機応変に人や組織を巻き込みながら実行している

a要求されていないことでも顕在化しつつある機会や問題に対して,自ら解決の方法を企画し,人や組織を巻き込みながら実行している

b 顕在化した機会や問題に対して,解決の方法を企画し,人や組織を巻き込みながら実行している

c 顕在化した機会や問題に対して,当面の対策を立て,周知し実行している

d c評価に至らない

〈評定結果:20コンピテンシーの評価点数の合計により決定〉S(91点以上):求められる行動が確実にとられており,当該職位として特に優秀な能力発揮状況である。A(90~71点):求められる行動が十分にとられており,当該職位として優秀な能力発揮状況である。B(70~51点):�求められる行動がおおむねとられており,当該職位として求められる能力がおおむね発揮されてい

る状況である。C(50~31点):求められる行動が必ずしもとられているとは言えず,さらなる能力発揮が求められる。D(30点以下):求められる行動がとれていない。

6

Page 6: コンピテンシーによる 集 看護師長の評価を次の目標に生かす 師 … · マネジメントラダーの評価に必要な評価 ツールは,「目標管理シート」「自己推薦書」

客観的で公正な評価となることを意識し,コーチングスキルを活用しながら,両者が納得して次の目標設定につながるよう,その結果をフィードバックするようにしている。 ここで,副看護部長による看護師長の支援事例を紹介する。

A看護師長,30代,看護師長として1年目の中間評価面接

 A看護師長は副看護師長時代にセカンドレベル研修を修了し,その2年後に看護師長に昇進した。新しい部署に配属となったが,持ち前の明るさと話しやすい雰囲気で看護単位をまとめ,看護師長としてリーダーシップを発揮していた。 就任当初は,日常的に発生する倫理的

課題やインシデント事例にも真摯に向き合い,スタッフと共に議論し対策を考えていく姿勢が見受けられた。しかし,半年が経過したころ,ライン長であるB副看護部長に報告する内容に変化が見られた。部署で発生した事象に対して“どこがいけなかったか考え,改善のために何をすべきかについてスタッフに指導した内容(看護師長自身の行動)”に偏重していた。B副看護部長が事象を詳細に確認すると,事象の原因と結果の関係性を正確に把握しないまま対処行動をとっていることに,A看護師長自身が気づいていないのではないかと感じた。この気づきをフィードバックする機会として,中間評価面接におけるコンピテンシー評価を活用した。

事例

■資料2 コンピテンシー事例シート

コンピテンシー事例記入用紙:コンピテンシーを発揮した場面を振り返り記載してください。

コンピテンシー:

【状況・場面】

①誰と一緒だったか

②自分が何を考えたか

③自分が何を言ったか・行動したか

④その結果どうなったか

達成とアクション

支援と人的サービス

インパクトと影響力

マネジメント能力

認知力

個人の効果性

2018年2019年

3.2

3.0

2.8

2.6

3.4

■図2 コンピテンシークラスターごとの平均得点推移

目標の困難さ

目標の明確さ

努力(行動)

目標の設定(参加)

成果(成功・失敗)

可能性の認知(自己効力感)

■図3 目標設定モデルによるモチベーション過程

7

Page 7: コンピテンシーによる 集 看護師長の評価を次の目標に生かす 師 … · マネジメントラダーの評価に必要な評価 ツールは,「目標管理シート」「自己推薦書」

 コンピテンシー評価において,A看護師長が事例シートに記入した場面は,「入院患者の治療が翌日に延期になった事象に対する看護師長としての行動」であった。その事象の原因は,主診療科と治療担当診療科の連携の不備や看護師の確認不足によるものと判断し,看護スタッフや主診療科,治療担当診療科医師と,再発防止に向け協議し対策を考えた一連の行動について記載していた。そこで,その事象について両者で評価を行った。 A看護師長は,一連の行動において発揮したコンピテンシーは「指揮命令」(定義:ある個人がその願望にほかの人たちが従うことを促す意思の表明)であるととらえ,その水準は看護師長に求められる基本的な水準であるb評価とした。B副看護部長は,面接の中で,この事例を「分析的思考」のコンピテンシー(定義:ある状況をさらに細かい部分に分解して理解する。あるいは状況に含まれる意味を段階的に原因追究する形で追跡することを指す)を用いてとらえた場合,どのような解釈ができるかについて,A看護師長と共に分析した。その後,A看護師長は「指揮命令」のコンピテンシーの評価を,b評価からc評価に下げることを表明した。そして,面接を通して,自身の情報収集不足や状況把握の不足,分析不足といった課題に気づき,再度分析し実践したいと自身の今後の行動を語りはじめた。 面接の結果,自己評価を下げる結果となったが,面接の機会が,看護師長に新たな気づきを促し,次の目標に生かすきっかけにつながった事例と言える。

まとめ マネジメントラダー,コンピテンシーによる看護師長の評価について,当院の体制とその効果を述べた。看護師長が組織の中間管理者としての役割を果たすためには,自身の経験を内省し,自己の管理能力の課題を認識した上で,次の目標を設定しその達成に向けて実践することが求められる。このような経験学習の繰り返しが看護師長

としての成長につながると考える。そして,そのためには,組織が求める看護管理実践能力の指標を可視化する必要がある。 日本看護協会は,2019年2月に「病院看護管理者のマネジメントラダー」4)を公表した。その中では,病院看護管理者の能力を「組織管理能力」「質管理能力」「人材育成能力」「危機管理能力」「政策立案能力」「創造する能力」の6カテゴリーで示している。当院のマネジメントラダー,コンピテンシーは,導入後4年が経過した。この機会に,日本看護協会の示す6カテゴリーの内容と照合し,新たな枠組みの必要性について検討していきたい。

引用・参考文献1)日本看護協会:看護にかかわる主要な用語の解説―概念的定義・歴史的変遷・社会的文脈,2007.2)ライル・M・スペンサー,シグネ・M・スペンサー著,梅津祐良他訳:コンピテンシー・マネジメントの展開,P.21,生産性出版,2011.3)田尾雅夫著:組織の心理学 新版,P.66,有斐閣,1999.4)日本看護協会:病院看護管理者のマネジメントラダー,日本看護協会版,2019.

profile

さとう・ようこ●広島大学医学部附属看護学校卒業,1988年広島大学病院入職。広島大学病院,筑波大学附属病院での勤務を経て,2013年より現職。広島大学大学院社会科学研究科博士課程後期満期退学,修士(マネジメント)。

8

Page 8: コンピテンシーによる 集 看護師長の評価を次の目標に生かす 師 … · マネジメントラダーの評価に必要な評価 ツールは,「目標管理シート」「自己推薦書」

新連載 髙岡美佳

関西労災看護専門学校卒業後,関西労災病院に勤務。2005年より伊丹市内の病院で勤務する傍ら,2013年GCS認定コーチ資格を取得。「コーチングを医療に広めたい」という思いから,院内外でコーチング講座を主催。また,Points of Youトレーナーとして,コーチングカードを使い,今までにない研修スタイルを取り入れている。“医療にもっとコーチングを!”をモットーに,人材支援に力を入れている。

看護師/ナースコーチ/GCS認定コーチ

 本連載では,指導を担う立場になった人

に対してどのようにかかわればよいのか

を,シチュエーションに合わせて具体的に

紹介していきます。第1回となる今回は,

初めて指導者となった人へのコーチングに

ついて述べます。

コーチングに当たって

 シチュエーションごとの話に入る前に,

指導者へのコーチングに共通する事柄をお

伝えしておきます。

個人への配慮 管理職はリーダーシップを発揮すること

が日々求められていますが,そのためにし

なければならないことの一つとして「個人

への配慮」が知られています。「個人への

配慮」とは,スタッフの思いをくみ取り,

行動を気にかけて接することです。代表的

な場面として,プリセプターやリーダーな

ど,指導する立場にあるスタッフへのフォ

ローがあります。まさに1on1コーチン

グや,面談といった場面ですね。

1on1コーチングのゴールは? 管理職の1on1コーチングが機能すると,

スタッフの主体的な行動が起こり,結果と

して指導者自身の問題が解決し,人として

の成長を支援することにつながります。ま

た,そのかかわりの中で,管理職と指導者

との間に新たな人間関係が構築でき,「ス

タッフからの信頼」という管理職として大

切なものを手に入れることができます。

スタッフは管理職を評価している 指導者への1on1コーチングをする前

に,理解しておきたいことが一つだけあり

ます。それは,「管理職の価値観を指導者

と共有する」ことの大切さです。

 皆さんご存じのとおり,スタッフは信頼

できる管理職に従います。信頼がなけれ

ば,素晴らしいことを言ったとしても相手

の心には響かず,スタッフの行動変化も期

待できないでしょう。「この前言ったのに,

全然分かってない!」と言いたくなるよう

な場面のことです。

 なぜそのようなことが起こるのでしょう

か。管理職がスタッフを評価するように,

スタッフも管理職を評価しています。その

際,スタッフは管理職の行動だけを見て評

価しているのではありません。管理職が価

値観に沿った行動をしているかどうかも評

価しています。

 例えば,普段から「何かあったらいつで

も話を聞くよ」と言っている管理職が,ス

初めて指導を任せられた人へのコーチング

55

Page 9: コンピテンシーによる 集 看護師長の評価を次の目標に生かす 師 … · マネジメントラダーの評価に必要な評価 ツールは,「目標管理シート」「自己推薦書」

タッフが相談しようとした時に「忙しいか

ら後にして」と言ったとしましょう。ス

タッフは,その管理職の言っていること

(スタッフに提示している価値観)と行動

が一致していないと感じ,信頼することを

やめるでしょう。管理職が持っている価値

観が共有されていない場合は,それ以前の

問題です。「あの師長は何を考えているか

分からない」と愚痴をこぼし,信頼関係の

入口にも至らないでしょう。管理職がどの

ような価値観に沿ってスタッフと接してい

るかで,スタッフの管理職への評価は大き

く変わります。

共にチャレンジする 1on1コーチングや面談の場面で「管理

職としての価値観を共有する」ことにチャ

レンジしてください。新たなアイデアを受

け入れ,実践することで,違う景色が見え

てきます。スタッフにとって指導者となる

ことがチャレンジであるように,管理職の

あなたにもチャレンジが求められます。

 このチャレンジは信頼へとつながり,管

理職と指導者の強固な関係性をつくり上げ

てくれます。

セルフコーチング 指導者と「管理職としての価値観を共有

する」ためには,自分自身がどんな価値観

を持っているのかを明確にしておく必要が

あります。そのため,自分自身に問いかけ

ます。このように,自分自身に問いを立て,

自分で答えを出すことを,セルフコーチン

グと言います。「管理職として大切にして

いる価値観は何か?」と自分自身に問いか

け,答えを5つ挙げてみましょう(例:何

かあった時,利害関係は脇に置き,スタッ

フの意見や考えを最後まで聴く)。

 ここで答えた価値観を忘れては意味があ

りません。手帳に書いておく,書いたメモ

を名札の後ろに入れておくなど,必ず自分

で活用できるように工夫をします。すべて

の価値観をスタッフと共有する必要はあり

ません。1つだけでも十分です。ぜひやっ

てみてください。

初めて指導にかかわる人への 1on1コーチング

 スタッフは初めて指導を任せられた時,

どんな気持ちになるでしょうか。「指導さ

れる側」から「指導する側」への変化に戸

惑い,自分に指導ができるわけがない,指

導は苦手だなど,経験のない出来事に大き

な不安を持ちます。

 次に,そのような新任指導者に対する具

体的なコーチングの方法について触れてい

きます。

コーチングとは コーチングは相手の強みや能力,アイデ

アなど個性を引き出し,目標達成や課題解

決のために行動することを支援するコミュ

ニケーション技術です。

 コーチングには,傾聴,承認,質問,自

己開示,フィードバックなど100以上のス

キルがあると言われています。今回は,承

認と質問のスキルを中心に紹介します。

Step1:�ありがとうの�存在承認と質問

●存在承認 初めて指導者となるスタッフに対しコー

チングが果たす役割は,「失敗を恐れず安

心して挑戦する環境を提供し,成長を促

す」ことです。

 「教えるのは苦手だし,自分に指導がで

きるわけがない」と,経験のないことに不

安を持ち,指導者を引き受けるか悩むス

56

Page 10: コンピテンシーによる 集 看護師長の評価を次の目標に生かす 師 … · マネジメントラダーの評価に必要な評価 ツールは,「目標管理シート」「自己推薦書」

タッフもいます。指導者になることに期待

を膨らませているスタッフもいますが,そ

んなスタッフでも不安がないわけではあり

ません。

 管理職は,そんな背景を理解し,「引き

受けてくれてありがとう」と感謝の気持ち

を伝えます。感謝の気持ちを伝えること

は,存在承認になります。人は誰かに承認

されたいという本能的欲求を持っているた

め,承認されると安心感を持ち,前向きな

行動が起こせるようになるのです。ですか

ら,「引き受けてくれてありがとう」とい

う言葉は,管理職と指導者が同じスタート

ラインに立ち,安心を提供できるというこ

との確認にもなります。●質問 次に忘れてはいけないのが,引き受けて

くれた理由を質問することです。なぜな

ら,指導者にはそれぞれの思い,感情があ

るからです。その感情に焦点を当て,気持

ちを引き出すために,十分に話してもらう

ことは,指導者の感情を整理することにつ

ながります。

 自分の考えを頭の中で巡らせるだけでな

く,あえて話してもらうのです。話すこと

で,改めて自分の考えていたことや感情に

気づくことができます。これはコーチング

コミュニケーションの基本です。

Step1

存在承認「引き受けてくれてありがとう」質問「引き受けてくれた理由を教えて?」

Step2:�指導者の個性(価値観)を引き出す

 指導者として成長するまでに,周りのベ

テラン指導者と自分を比べたり,先輩から

指摘されたりし,自信をなくすことがある

はずです。そんな時に必要になってくるの

が,指導者としての価値観です。なぜなら,

価値観は自分の原点でもあるためです。そ

の原点は,大きな壁を乗り越える時に,自

分自身を勇気づけてくれるのです。

 しかしながら,「あなたが大切にしている

価値観は何?」と質問しても,すぐに答え

られる人はほとんどいません。ですから,

指導者として何を大切にし,どんな価値観

を持っているのかをあらかじめ引き出し,

明確にしておきます。そして,指導者が自

信をなくし,悩んでいる時に,「あなたが

指導者として大切にしていることは○○

だったよね。そのことを大切にして,あな

たらしく指導者として行動すればいいの

よ」と伝えます。

 このようなメッセージは,あなたはあな

たのままでよいと伝えることとなり,存在

承認となります。安心し,前向きな気持ち

で乗り越えるためのサポートにつながるの

です。

 また,この時に管理職は自分自身の価値

観を共有することができます。前述したよ

うに,管理職の価値観を相手に伝えること

は,関係性に大きく影響するからです。「私

は管理職として○○を大切にしているんだ

けど,あなたはどうかしら?」という会話

もよいですね。このような自己開示には互

いの距離が縮まる効果もあります。

Step2

質問「あなたが大切にしている価値観はなに?」自己開示「私は管理職として○○を大切にしているわ」

57

Page 11: コンピテンシーによる 集 看護師長の評価を次の目標に生かす 師 … · マネジメントラダーの評価に必要な評価 ツールは,「目標管理シート」「自己推薦書」

Step3:�指導者の理想像�(未来のありたい姿)を�引き出す

 指導者としてどのような成長をしたいの

か,将来の理想像を自ら選択するために,

どうなりたいのか,未来のありたい姿を引

き出します。未来のありたい姿は,目標です。

 目標を具体的にイメージすればするほ

ど,人は行動しやすくなり,やる気も高ま

ります。例えば,「あなたはどんな指導者

になりたいの?」と質問します。「あなた

の思う理想の指導者はどんな人?」でもよ

いでしょう。理想像を引き出すための質問

は,バリエーションがあるとより具体的に

なります。「指導者としてどんな成長がで

きると思う?」「1年後,新人からどんな

言葉をもらいたい?」「1年後には何を手

に入れている?」「誰のサポートが必要?」

などです。

 これらのように,5W1H(表)を使った

オープンクエスチョンや承認を行うこと

で,目標の具体化をサポートし,頑張って

みようという前向きな気持ちを引き出すこ

とができるのです。

Step3

質問「あなたはどんな指導者になりたいの?」

「あなたの思う理想の指導者はどんな人?」

「指導者としてどんな成長ができると思う?」

「1年後,新人からどんな言葉をもらいたい?」

「1年後には何を手に入れている?」

「誰のサポートが必要?」

まとめ コーチングでは,考えを話してもらうこ

とが基本となります。今回,紹介したスキ

ル「存在承認」「質問」「自己開示」を実践

し,管理職の価値観を伝えることは,ス

タッフとの関係性に大きな影響を与えてく

れます。ぜひ,実践してみてください。

参考文献1)西垣悦代他編:コーチング心理学概論,ナカニシヤ出版,2015.2)ジェームズ・M・クーゼス他著,関美和訳:リーダシップ・チャレンジ 原書第5版,海と月社,2014.

When:いつ Where:どこで

Who:だれが What:何を

Why:なぜ How:どのように

表●5W1H

髙岡美佳氏看護師/ナースコーチ/GCS認定コーチ

本誌購読者:16,000円 一般:19,000円(共に税込)東京 20年 1/25(土) リロの会議室「飯田橋」

ワークを通して会話の組み立てを体感!著者セミナー

日総研 14211お客様の生の声は 検索

スタッフの能力を引き出す「院内コーチ」 養成コース

1.コーチングコミュニケーションの基本●コーチングって何? ●コーチの役割 ほか

2.院内コーチに必須のスキル・テクニック●やる気を引き出す方法(承認・目標設定)●「相談してよかった」と言われる聴き方

3.「コーチ型」リーダーでリーダーシップを発揮する●最新のリーダーシップとは?●ティーチングとコーチングの使い分け ほか

4.素晴らしいコーチは素晴らしいマネジャー!●面談・面接場面で活用する1on1コーチング●スタッフからのインシデント・アクシデント報告時の対応 ほか

5. ワーク 「体験しよう!Points Of You        ―コーチングカードゲーム―」●人材育成やチーム作りなど、様々なシーンで活用できる! ほか

※10月12日(土)から2020年1月25日(土)に日程変更になりました。

58