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Kobe University Repository : Kernel タイトル Title L2英語冠詞習得における特定性の影響とESK付加の影響の検討(Effects of specificity on the acquisition of L2 English articles by L1 Japanese speakers : With reference to ESK) 著者 Author(s) 田中, 順子 掲載誌・巻号・ページ Citation 国際文化学研究 : 神戸大学大学院国際文化学研究科紀要,42:25-55 刊行日 Issue date 2014-08 資源タイプ Resource Type Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 版区分 Resource Version publisher 権利 Rights DOI JaLCDOI 10.24546/81008913 URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81008913 PDF issue: 2020-08-01

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Kobe University Repository : Kernel

タイトルTit le

L2英語冠詞習得における特定性の影響とESK付加の影響の検討(Effectsof specificity on the acquisit ion of L2 English art icles by L1 Japanesespeakers : With reference to ESK)

著者Author(s) 田中, 順子

掲載誌・巻号・ページCitat ion 国際文化学研究 : 神戸大学大学院国際文化学研究科紀要,42:25-55

刊行日Issue date 2014-08

資源タイプResource Type Departmental Bullet in Paper / 紀要論文

版区分Resource Version publisher

権利Rights

DOI

JaLCDOI 10.24546/81008913

URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81008913

PDF issue: 2020-08-01

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L2英語冠詞習得における特定性の影響とESK付加の影響の検討 1

神戸大学大学院国際文化学研究科田 中 順 子

1. はじめに

 近年、第一言語(L1)に冠詞をもたない英語学習者による英語冠詞習得に

ついて様々なフレームワークで研究が行われており、また学習者のL1の種類

も多岐に渡っている。それらの研究の一つが Ionin, Ko, & Wexler (2004) (以下

IKWと略す)の研究である。彼らは母語(L1)に冠詞が存在しないL1話者が

冠詞が存在するL2を習得する場合について、Article Choice Parameter2 (ACP)

の存在を提起し、L2習得が進んでパラメータの値を正しくセットできるよう

になるまでは、二つのパラメータの間を行ったり来たりするという「ゆらぎ仮

説」(Fluctuation Hypothesis3)(以下FHと略す)を立てた。その上で、この理

論と仮説をロシア語と韓国語をL1とする学習者による第二言語(L2)の冠詞

習得について実験的に検討し、定性(definiteness)に基づいて冠詞が選択され

る英語において、学習者が特定性(specificity)に基づいて冠詞選択をするこ

とで冠詞選択の誤りにつながっていることを示し (pp. 40-41)、彼らの理論と

仮説を支持する結果を得た。

 これに対して、Trenkic (2008)は IKWの参加者の英語冠詞選択において特

定性の影響が出たのは、IKWの特定性の定義の仕方(後述)とその操作化に

起因するものであると指摘した。また IKWの研究材料に手を加えて、IKWの

得た結果が IKWの操作化に因る物であるかどうかについて、英国在住のL1中

国語話者の参加者を得て実験的に検討した。その結果、Trenkicが当初予想し

たとおり IKWの得た結果は操作化によるものであるとの結論を得て、ACPと、

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ACPが習得プロセスでどのように出現するのかを仮説化したFHに疑問を呈した。

 Tanaka (2011,4 2013) は IKWの研究フレームワークを用いてL2英語冠詞習得

における IKWの理論の実証的検討をL1日本語話者 5 を得て行い、概ね IKWに

類した結果を得た。もしTrenkic (2008)が主張するように IKWの得た結果が

IKWの特定性の定義の仕方とその操作化に因る人工的なものであるのだとす

れば、Tanakaで得られた結果も IKWと同様に特定性の定義と操作化の問題点

を引きついでいる可能性があるため、検討が必要だと言える。

 本論文の目的は、(1)IKWのACPやFHについてTrenkic (2008)が挙げた問

題点を整理し、(2)Trenkicの結果が再現性があるのかを、冠詞が存在しない

日本語をL1に持つ参加者で追従研究を行い、(3)得られた結果をもとに、L2

英語冠詞習得に特定性が本当に影響を及ぼしているのか、それとも操作化に起

因する要因によって特定性の影響が出ているのかを検討することである。また、

その過程でACPとFHを再評価する。そして最後に(4)IKWの研究方法に基

づくTanaka(2011, 2013)で得られた結果とTrenkicに基づいて得られた結果を

比較検討し、特定性が日本人L2英語学習者に及ぼす影響についてL2熟達度の

観点から考察を行うことである。

 本論文の構成は以下のとおりである。まず(1)本研究の背景として、IKW

のACPとFHについて概観し、(2)Trenkic (2008)が指摘した IKWの研究の問

題点、つまり IKWにおける特定性の定義の問題と特定性の操作化の問題点につ

いてレビューを行う。その後、(3)Trenkicが指摘するところの特定性の定義と

その操作化の問題点が、IKWのフレームワークを使ったL2冠詞習得研究の結果

に影響を及ぼしたのかどうかを、日本語をL1とするL2英語学習者47名につい

て実験的に検討した研究をもとに述べる。(4)この研究の結果について報告す

るとともに、(5)特定性がL2冠詞習得に及ぼす影響とL2熟達度について考察

した結果について述べる。

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2. 研究の背景

2.1 冠詞のないL1を持つ学習者によるL2英語冠詞習得研究

2.1.1 Ionin, Ko, & Wexler (2004)

 冠詞が存在しない言語をL1に持つ学習者によるL2英語冠詞習得研究は現在

様々なフレームワークで行われている。その中において、IKWの研究は普遍文法

(Universal Grammar) (以下UG)フレームワークに基づいている。IKWは言語の

習得において普遍的な原則が働き、それによって言語で可能な文法の範囲を規

定しているという立場をとっており、L1習得後のL2習得においてもこの原則が

働く(full access to UG)としている。

 IKWは、L2冠詞習得においてもL1冠詞習得の際と同様に、UG由来の「意味の

普遍性」へのアクセスが可能であるという立場からACPを提唱している。一つ

の言語に二種類の冠詞が存在する場合は、定性に基づいて図1のように冠詞選

択を行うか(例えば英語)、特定性に基づいて図2のように冠詞選択を行うか(例

えばサモア語)に分けられるというものである。

 ACPによると、冠詞が二種類存在する言語は定性か特定性かのどちらか一つ

を基準に冠詞が選択される。6 英語は図1のように定性を基準に冠詞が選択され、

[+definite]の場合に theを、[– definite]の場合にaを使用する。特定性の有無は関係

しない。一方で特定性を基準に冠詞を選択する言語の場合は、図2にあるように

[+specificity]あるいは [–specificity]かによって冠詞を選択する。定性の有無は関

係しない。

+ definite – definite+ specific the a– specific the a

図1. 定性に基づく冠詞の選択の設定. 注:英語の場合.Ionin et al. (2004, p. 13)より抜粋し著者が改変.

+ definite – definite+ specific X X– specific Y Y

図2. 特定性に基づく冠詞の選択の設定. 注:“X”, “Y”はspecificity settingをとる言語の冠詞を指す.   Ionin et al. (2004, p. 13)より抜粋し著者が改変.

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 一方、FHは次のような仮説である。L1に冠詞が無い場合はL1の設定がL2に

転移することが想定できないため、7 L2習得で発揮される知識はL1由来ではな

く生得的なもの、つまりUG由来のものだと考えられる。L2の冠詞についての

可能性をUGが示してはくれるが、L2学習者はどのような設定がL2の冠詞に

必要なのかはわからないため、L2インプットを十分に受けて正しいL2冠詞の

設定に到達するまでは、定性と特定性の二つの設定の間を揺れ動く(fluctuate)

というのがFHである。

 先にも述べたように、英語の冠詞選択は定性に基づいており、冠詞に結びつく

名詞が定性を帯びている場合は theが正しい選択であり、定性を帯びていない場合

はaが正しい選択となる。IKWはACPに基づいて [+definite, +specific]や [–definite,

–specific] の場合は正しい冠詞選択を行えるが、[+definite, –specific] や [–definite,

+specific]のように一方の値がプラスでもう一方の値がマイナスの場合には冠詞の

選択を誤りやすいと予測した(以下の図3のCとDのセル参照)。

 IKWはACPとFHを実証的に検討するために、L1に冠詞が無い70名のL2英語学

習者(L1ロシア語30名、平均年齢28歳、L1韓国語40名、平均年齢28歳で、米国に

来たのが成人以降か成人近くになってからの者 8 )を参加者として実験研究を行っ

た。実験材料は意味コンテクストを対話の形で表したダイアログで、参加者にダ

イアログを読ませてその中に欠けている冠詞をa, the, 冠詞無しの3つの選択肢の中

から選ばせるタスクが用いられた。その結果、L1に冠詞を持たないL2英語学習者

は、冠詞 theを [+definite]ではなく [+specific]の素性に結びつける傾向があり、その

ために冠詞選択を誤っている事がわかった。[+specific]を theと結びつける誤りは、

冠詞をもたないロシア語や韓国語からの転移であるとは考えられない。このこと

から、IKWはACPとFHの両方についてサポートされたと結論づけている。また、

この結果をもって、IKWはL2習得においても普遍的な意味の区別(distinction)

に直接アクセス(direct access)ができたことの証左としている(IKW, p. 50)。

+ definite – definite+ specific A C– specific D B

図3. 定性と特定性と冠詞の選択との関係性注:Ionin et al. (2004, p.18)より抜粋し著者が改変.

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2.2 IKWの問題点

 Trenkic (2008)は、L1に冠詞を持たないL2英語学習者が冠詞選択を誤りや

すい理由は、IKW が述べるような ACP の影響ではなく、L2学習者が誤って

冠詞を形容詞であると捉えているのではないかとの仮説を立てた。そして、

Trenkicは IKWのL2冠詞習得研究における特定性の定義とその操作化の方法の

二つに問題があると指摘した。それらの問題によって、L2学習者が [–indefinite,

+specific]の際に誤って theを選択する傾向が強まったのではないかと考えた。

以下で特定性の定義の問題と操作化の問題について具体的に述べる。

2.2.1 特定性の定義の問題

 Trenkic(2008)が挙げたIKWの問題の第一点目は特定性の定義についてである。

IKWでは、話者が名詞が指すもののなかで独特の(unique)個体に言及しよう

と意図し、かつその個体が何か目新しいあるいは特筆すべき属性(noteworthiness)

を持っている場合に、その名詞は特定性を帯びていると考えた(IKW, p. 5)。

英語は定性に基づいて冠詞選択をするため、特定か非特定かの違いは文法的に

標識はされないが、特定性の意味の違いは英語にも存在する。9 この目新しさ

や特筆すべき特性があることを実験の参加者に伝える為に、あるいはそのよう

な目新しさや特筆すべき特性があることを参加者が読み取れるように行った操

作化が、Trenkicが指摘する IKWの問題点の二点目である。

2.2.2 特定性の操作化の問題

 特定性を帯びている状態を操作化するにあたって IKWは次のように特定性

を捉えた。特定性とは「名詞句が指す独特の対象を想定し、それについて言及

をする意図をもっていること」10 と、「問題となっている存在を識別できるよ

うな属性について知っていること」の二つであるととらえて、操作化がなされ

たのである。IKWで使用された研究材料の中のダイアログは紙ベースで提示

され、参加者が冠詞を穴埋めする形式を採用していたようである。11 上記の特

定性の定義を操作化するにあたって、IKWはTrenkic(2008)が言うところの

especially stated knowledge (ESK)を実験の刺激文の中に導入した。ESKとは、

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話の中で対象になっている事物を知っていることを明示的に言明することである。

 以下の例文(1)と(2)を参照されたい。点線部分が [–ESK]相当箇所、一

重線部分が [+ESK]相当箇所、二重線部分が問題の冠詞である。下線は筆者が

付加した。

(1)[–definite, +specific]

Gary: I heard that you just started college. How do you like it?

Melissa: It’s great! My classes are very interesting.

Gary: That’s wonderful. And do you have fun outside of class?

Melissa: Yes. In fact, today I’m having dinner with a girl from my class–her

name is Angela, and she is really nice!

(IKW, p. 67. 筆者が一部改変).

(2)[–definite, –specific]

At a university

Professor Clark: I’m looking for Professor Anne Peterson.

Secretary: I’m afraid she is busy. She has office hours right now.

Professor Clark: What is she doing?

Secretary: She is meeting with a student, but I don't know who it is.

(IKW, p. 68. 筆者が一部改変).

 Trenkic (2008) は IKWがspeaker specificityのみを扱っていることと、IKWでは、

二つの関連のない項目が一つにされてしまったのが問題であると指摘している。

二つの関連のない項目とは、話者が特定の事物に言及しようという意図として

の特定性と、ESKである。

 上記の(1)では話者が夕食を一緒に食べる予定のAngelaという特定の女子

に言及しようという意図を持っているのと同時に、Angelaが良い人であるこ

とを表明している。(1)に下線部分でESKを付加することによって、名詞句

が指す対象を話者が知っており、その対象を識別する属性を話者が知っている

(familiarityがある)ことを明示的に表している。ESKが対話文の中にある事で、

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さらにそれが [+ESK]であることで、NPの指す対象が「指し示すことが可能」

(idenitfiable)になるため、学習者が theを使うべきであると考えて判断を誤る

とTrenkic(2008)は説明している(p. 11)。

 一方、上記の(2)では、今Professor Petersonが学生と会っていることを秘

書は知っているが、その学生が誰であるかは秘書はわからないと述べている。

話者である秘書は名詞句の対象が実際にどのような人なのかを知らない。(1)

と異なり(2)には [+ESK]がない。むしろNPの対象についての知識の存在を

点線部分で否定しており、点線部分は [–ESK] であると考えられる(Trenkic,

2008, p. 16)。

 実際の会話の場面では、話者以外(対話の相手や、会話を聞いている第三者)

の側からすれば、話者が名詞句の指す対象を特定しようとする意図を持ってい

るのかどうかを判断することは容易ではない。実験において話者が対象を特定

しようとする意図があることを実験参加者が分かるように操作化するために、

ESKが付け加えられたと考えられる。

 上述したように、特定性の定義面での問題点と、特定性の操作化の途上での

ESKの追加によって、IKWの研究の問題が浮上してきたとTrenkic (2008)は

指摘している。例(1)と(2)の違いは、IKWの意図したところは特定性の

有無である。しかし、実際には発話の中に出てくる対象について、話者が対象

を知っているかどうかに注目が集まるようになっているとも解釈できるという

のである(Trenkic, 2008, p. 8)。

 IKWはその実験結果から、L2学習者が誤って特定性に基づいてL2冠詞選択

を判断していることは、その原因がL2学習者の冠詞のないL1由来ではないため、

L2学習者が普遍的な意味の識別(universal semantic distinctions)に直接アクセ

スできることの証左になっていると述べている(p. 41)。しかしTrenkic (2008)

は、IKWの実験では特定性とESKが常にセットになっているため、特定性に

よるものなのかESKによるものなのかを識別する事ができず、L2学習者の冠

詞選択に特定性が働いていることの明らかな証拠にはならないと指摘している

(p. 8)。

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2.2.3 Trenkic (2008)の研究

 冠詞がないL1を持つL2英語学習者の冠詞選択が、IKWの説くように、学習

者が冠詞選択の二つのパラメータのうち定性と特定性のどちらに基づくべきか

を迷っているのか、それとも特定性を操作化した際にESKを付け加えたことが

学習者の冠詞選択に影響を及ぼしているのか(方略的にESKが存在していれば

definiteと判断して、theを選択して誤るように誘導されているのか)を確かめ

るために、Trenkic(2008)は IKWの実験材料を採用し、一部を改変して追従実

験を行った。

 実験参加者は英国在住の L2英語学習者(N = 43. 平均年齢24.1歳)で、L1

は冠詞がない中国語であった。L2英語能力は IELTS で6.5から7で英国の大

学院に留学出来る程度の高い能力であった。取り入れた素性(feature)は

[∓definiteness]と [∓specific]とで、これらで意味コンテクストを作り、そして新

たに [∓ESK]を要因として設定した。IKWに倣ってこの3条件を組み合わせて

24項目からなる"forced elicitation task"を作成した(表1参照)。IKWの特定性の

操作化に含まれていた部分を [∓ESK] 要因として取立て、新たに [+specific,

–ESK]を含む項目を追加した。12 IKWと同様に出現するNPは全て単数形であった。

 実験の結果、[–definite]環境下での theの過剰使用(theの誤用)は [+specific,

+ESK]、[+specific, –ESK]、[–specific, –ESK]の順で有意に多かった。また、[+definite]

環境下でのaの過剰使用(aの誤用)は [+specific, +ESK]が [+specific, –ESK]や

[–specific, –ESK]よりも有意に少なかった。このことから、特定性の有無だけ

でなくESKの有無によっても誤用が生まれており、特定性自体と言うよりも、

定性の有無 特定性の有無 ESKの有無 Item数 出典(項目番号)+definite +specific + ESK 4 IKW (9, 2, 11, 12)+definite +specific – ESK 4 IKW (9, 2, 11, 14)を大幅に改変+definite –specific – ESK 4 IKW (13, 14, 15, 16)–definite +specific + ESK 4 IKW(25, 26, 27, 28)–definite +specific – ESK 4 全てTrenkic の創作–definite –specific – ESK 4 IKW(19, 30, 31, 32)

表1. Trenkic (2008)で使用された3つの素性とその組み合わせ

注:改変について注記していない項目についても軽微な改変が行われているものがある.

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特定性とESKの組み合わせが冠詞の正用(あるいは誤用)に有意に影響を与

えているとの結論を出した (p. 14)。

 Tanaka (2013)は IKWの研究で用いられたタスクのうち"forced elicitation task"

のみを使いL1日本語話者の参加を得てL2英語の冠詞習得におけるACPとFH

の妥当性について検証した。また参加者のL2英語熟達度が、定性や特定性条

件と相まって冠詞の正用と誤用に及ぼす影響についても実験的に検討した。参

加者は L1日本語話者149人で L2熟達度によって3群に分けられた(低位群

n = 48、中位群 n = 48、高位群 n = 53)。“forced elicitation task"をwebテスト化

した上で、IKWの部分的な追従研究を行った。結果は [+definite, –specific]での

a の誤用が25.08%、[–definite, +specific]での theの誤用が24.33%であり、定性と

特定性の有無が一致しない場合(図3のCやDに該当する意味コンテクストの

場合)は、定性と特定性の有無が一致する場合(図3のAやB)に比べて正答

率が有意に低かった。定性と特定性の極性が一致しない意味コンテクストでは、

IKWのL1ロシア語やL1韓国語話者と同様に、L1日本語話者も定性と特定性を

混同しがちであり、IKWのACPとFHをサポートする結果となった。

2.2.4 先行研究のまとめと問題設定

 Trenkic (2008)の主張と先行研究での研究結果を考察すると次のようなこと

が言えるであろう。参加者のL1で文法的に標識されない意味概念(例えば特定性)

を感知し、結果的に誤りではあるがL2で文法的に標識できるようになるためには、

L1・L2に関係なく言語の意味の差異への感受性が高く、またL2言語の熟達度

も高くないと難しいと考えられる。一方で、ESKのように話の対象になってい

る事物を知っていることを明示的に言明していることは、意味の差異への感受

性が高くなくても認知出来る可能性がある。

 先行研究をL2熟達度とL1の違いの観点でまとめてみよう。L2インプットを長

く受ける事によってACPが正しく設定されるのであれば、L2の熟達度はそれま

でに受けたL2インプットと相互に関連があるもの(correlate)だと考えられるた

め、L2熟達度が低い参加者は、L2熟達度が高い参加者による研究結果とは異なっ

た反応を示す可能性がある。一方、L1に冠詞が無い言語の話者ならば、どの言

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語の話者であっても冠詞習得の困難さの度合いが同一であるとは限らない。13

先行研究のTrenkic (2008)ではL1中国語話者のみで、IELTSが6.5-7という英語

熟達度の高い参加者を得ていた。また、IKWではL1ロシア語と韓国語の参加者

を得て、学習者の教育背景やL2英語の熟達度は統制されていなかった。

 上に述べたような疑問に対して回答する為に、中国語とは異なるL1話者で、

Trenkic (2008)とは異なるL2英語熟達度にある参加者を選んで、ACPとFHが

検証されたとする IKWの結果、つまり成人L2学習者が意味パラメータである

ACPにアクセスできたという結果が、Trenkicが主張するようにESKの影響を

受けたものであったかどうかを検討してみる価値がある。そこで、本研究では

先行研究から生まれた疑問点に基づいて、以下の二つの問題を設定する。

RQ1: 特定性の極性が定性の極性と異なる場合に、L1日本語話者はESKの存在

によってL2英語冠詞選択を誤りやすくなるのだろうか。

 RQ1を特に [–definite, +specific] の場合に限定している理由は、[–definite,

+specific] の場合は特定性の [+specific] の素性に加えて [+ESK] も存在する方

が、[+specific]だけしか存在しない場合よりも [+specific]の影響が強化され、

the の過剰使用(誤用)が増えると考えられるためである。一方、[+definite,

+specific]の場合は、[+specific] と [+ESK]が共存する方が、[+specific]だけしか

存在しない場合よりも特定性の影響が強まるが、定性と特定性の極性が元々同

一であるので、ESKの有無は theの正用に影響しないと考えられる。そのため

RQ1には [+definite, +specific]の場合を含めていない。

RQ2: 特定性にESKが加わった場合において、特定性が冠詞選択に与える影響は、

L1日本語話者のL2英語熟達度によって異なるのだろうか。

 Tanaka (2013)の結果では、定性とL2熟達度の交互作用は有意であったが、

特定性とL2熟達度の交互作用は有意ではなかった。ではESKが加わった場合は、

特定性の冠詞選択に及ぼす影響はL2熟達度によって変化するのだろうかとい

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う疑問が生まれるが、[∓specific]への感受性はL1能力やL2熟達度が高くないと

高まらないと推察される。そのため、[+ESK]の影響はL2能力の影響を受ける

だろうと考えられる。

 これらの問題設定に対応して、以下の二つの研究仮説を設定した。

研究仮説1

[–definite]下において、ESKがある方がESKがない場合に比べて、theの誤用が多い。

研究仮説2

ESKが特定性に加わった影響は、L2熟達度によって異なる。

 ここで用語の使い分けについて説明をしておく。上記の二つの研究仮説につ

いての説明では、[∓specific]と [+ESK]を区別して議論する場合を除き、 [∓specific]

だけの場合もそれに加えて[+ESK]が加わった場合も日本語では「特定性がある」「特

定生がない」と表現している。[+ESK]が [+specific]に加わると「補酵素」のよう

に働いて特定性が強化され、話者がNPの指す対象を識別する属性を知っている

ことを言明し、話者が対象について知っている (familiarityがある)ことを示し、

NPの指す対象が「特定」であることをより明示的にすると推測される。なお、

IKWに基づくTrenkic (2008)の検証フレームワークでは、[+ESK]は [+specific]で

あることが前提である。[+ESK]が加わる事で [+specific]を認知しやすくなるが、

[+ESK]の有無にかかわらず [+specific]が特定性をもっていることには変わりがない。

3. 研究方法

 二つの研究仮説を検討するために、次のような方法で研究を行った。

3.1 参加者

 本研究の参加者は47人のL1日本語話者の大学生であった(平均年齢19.02歳、

Min = 18、Max = 21、男性28名、女性19名)。14 データ収集の時点で平均6.5年

間の英語学習歴があった。英語圏に滞在した年数は平均で0.36ヶ月(約10日間)

であり、英語圏に12ヶ月間修学目的ではなく滞在した1名を除き、英語圏での2

週間以上の滞在経験がある者はいない。

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 参加者はL2英語熟達度によって3群に分けられた。3群に分けた後の英語能

力の指標は以下の表2のとおりである。3群の中で最も能力の高い群(高位群)

がCEFRでB1に相当する。15

表2. 各群のL2熟達度

n TOEFL iBTスコア範囲

TOEFL iBT平均点

IELTSスコア範囲 CEFR

低位群 16 < 42 30.84 0 through 5中位群 16 44 ≤ , ≥ 56 50.91 5 or 5.5高位群 15 > 56, ≤ 76 62.07 5.5 or 6.0 B1合計 47

3.2 研究材料

 Web 化された冠詞選択テストを用いた。この冠詞選択テストには Trenkic

(2008)で用いられた24項目からなるテスト項目を使用した。16 表1にあるように、

定性の有無 (2水準) x特定性の有無(2水準) x ESKの有無 (2水準)からなる6

つの意味コンテクストを設定し、それぞれについて4つのテスト項目を使用した。

項目の出現順序は、同じ意味コンテクストのテスト項目が固まらないようにラ

ンダマイズした上で順序を固定してWebテスト化した。

 このWebテストでは参加者は項目毎に次のような作業を行った。(1)ダイ

アログ(対話文)を読み、ダイアログに現れた意味コンテクストにふさわしい

冠詞をa, the, ---(冠詞無し)の三つの選択肢から選び、(2)確かさの度合いを

5段階から選択し、(3)特定の冠詞を選択した理由や特記事項があればそれを

自由記述欄にキーボードで入力を行った。17

3.3 手続き

 参加者はL2英語学習歴や海外滞在歴を尋ねる背景アンケートと本実験への

参加同意書を記入した後で、各人のペースでWeb化された冠詞選択テストを

受けた。Webテストにかかった時間は平均で22.40分であった。

3.4 分析方法

 意味コンテクストごとの冠詞の正用率(正用)、誤用率(誤用)、確かさの度

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合いの記述統計を行うとともに、L2熟達度(3水準)を被験者間要因、定性(2

水準)と特定性(3水準)18 をそれぞれ被験者内要因とし、 正用、誤用、確か

さの度合いを従属要因として多変量アプローチを使った分散分析を行った。19 

Alphaはすべての分析において0.05に設定した。分析には IBM SPSS Statistics v.22

を用いた。なお、確かさの度合いについての詳細な分析と、自由記述、反応時

間についての分析は本論文では扱わない。

4. 結果

4.1 記述統計結果

 表3に6つの意味コンテクストにおけるa、the、冠詞なしの出現の百分率を表

した。Tanaka (2013)のTable 6と比較すると、意味コンテクスト毎の正用と誤

用の出現傾向は類似しているようである(p. 143)。

 表3のL1日本語話者の結果は、Trenkic(2008)のL1中国語話者に比べて、

すべての意味コンテクストにおいてa、theともに誤用が多く見られたことを示

している。L1日本語話者の中で熟達度が最も高い群がTrenkicのL1中国語話者

の最低ラインに相当することから、この冠詞選択の能力差はL2熟達度の違い

に起因するものだろうと考えられる。

表3. 意味コンテクスト毎の冠詞の正用と誤用定性 特定性 ESK L1日本語話者(N = 47) L1中国語話者(N = 45)a

a the --- a the ---– def. – spec. – ESK 80.85

(25.11)7.98

(16.57)11.17 94.77 1.74 3.49

– def. + spec. + ESK 63.29(25.99)

34.04(24.13)

2.67 81.40 17.44 1.16

– def. + spec. – ESK 73.94(25.52)

14.89(20.63)

11.17 95.35 2.33 2.33

+ def. – spec. – ESK 46.81(27.39)

47.87(27.99)

5.32 18.02 74.42 7.56

+ def. + spec. + ESK 18.62(25.25)

78.72(26.05)

11.28 5.81 82.71 6.78

+ def. + spec. – ESK 45.74(25.71)

50.00(27.58)

2.66 30.81 62.79 6.40

注:数字は出現の百分率を、( )内の数字はその標準偏差を表す.コンテクストを表す各行について、正用を太字で表して枠囲みしてある.a L1中国語話者のデータはTrenkic (2008, p. 13)による.矢印は着目すべき行を示す.

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L1日本語話者全体(N = 47)について冠詞の出現の高低を意味コンテクスト毎

にまとめると次の図4のようになる。

図4で示した結果は、特定性の有無を基準に判断すると IKW の ACP と FH が

予測する結果、つまり定性と特定性の極性が一致しない場合に冠詞を誤用し

やすいこと、と合致したものになっている。[∓specific] に [∓ESK] 条件を加

えると、[–definite] での the の誤用は [+specific, +ESK] の方が [+specific, –ESK]

より多く現れており、Trenkic (2008)の主張どおり [+ESK]があることが特定

性を強めて冠詞 theの過剰使用(overuse)を増大させていると言えよう。

 次に L2熟達度別の記述統計結果を検討する。以下の図5の数値は意味

コンテクスト毎にa、the、冠詞なしが出現した割合を百分率で表すものである。

[–definite]の場合は正答がaで、[+definite]の場合は正答は theとなる。図5の正

用と誤用の結果を見ると、必ずしも熟達度が高くなるにつれて正用が増えたり

誤用が減っているわけではないことがわかる。特に興味深い結果が出ているの

が [–definite, +specific, +ESK]の誤用の theと、[+definite, –specific, –ESK]の正用

の theと、[+definite, +specific, –ESK]の正用の theである(図5と資料1を参照)。

 [–definite]下での theの誤用については、 [–definite, +specific, +ESK]では、熟達

度低位群の誤用と中位群の誤用(それぞれ31.25)がわずかとはいえ高位群の

誤用(40.00)を下回っている。[–definite, +specific, –ESK]においては、上記の

意味コンテクストとESKの極性が異なる [–ESK]の極性の違いだけで、theの誤

用が3群の合計で約半数以下に減っており(34.04から14.89に減少)、特に熟達

度高位群での誤用の変化が大きい(40.00から11.67に減少)。

 正用の theを見てみると、[+definite, –specific, –ESK]では熟達度中位群の正用

(37.50)が低位群の正用(53.12)よりも低い。[+definite, +specific, –ESK]でも

theが正用であるのだが、熟達度低位群(64.06)が中位群(40.63)と高位群(45.00)

定性の有無 X Xの出現率 高 <―――――――> Xの出現率 低[–definite] a正用 [–specific, –ESK] > [+specific, –ESK] > [+specific, +ESK][–definite] the誤用 [+specific, +ESK] > [+specific, –ESK] > [–specific, –ESK][+definite] the正用 [+specific, +ESK] > [+specific, –ESK] > [–specific, –ESK][+definite] a誤用 [–specific, –ESK] ~ [+specific, –ESK] > [+specific, +ESK]

図4. 意味コンテクスト別の正答率の比較.

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図5. 熟

達度

別の

意味

コン

テク

スト

毎の

冠詞

使用

の割

合(

%)

.注

:[–definite]下

では

aが正

用.

[+definite]下

では

theが正

用.

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に比べて正用の割合が大きい。

4.2 推測統計結果

4.2.1 多変量分散分析の結果

 次に多変量分散分析の結果と、参考までに単変量分散分析の結果を表4に示す。20

 主効果としては、被験者間要因である熟達度の有意な主効果(V = .42, F(6,

86)= 3.79, p = .002, η2 part = .21)、また被験者内要因である定性の有意な主効果(V

= .50, F(3, 42)= 14.13, p = .001, η2 part = .50)および特定性の有意な主効果が

認められた (V = .46, F (6, 39) = 5.63, p = .001, η2 part = .46)。これらの主効果の偏イー

タ二乗効果量は大きいといえる。定性と特定性については特に大きいと言えよう。21

 交互作用としては、定性と特定性の交互作用の効果が (V = .61, F (6, 39) =

9.97, p = .001, η2 part = .61)で有意であり、偏イータ二乗効果量も大きかった。

定性と熟達度(V = .05, F(6, 86) = .33, p = .92)および特定性と熟達度 (V =

MANOVA Univariate ANOVA

従属変数  正用×誤用×確かさ 正用 誤用

統計量  V F η2part F η2

part F η2part

被験者間要因

熟達度 .42 3.79*** .21

被験者内要因

定性 .50 14.13 † .50 13.12*** .23 27.20 † .38

定性×熟達度 .05 .33 .02 .72 .03 .77 .03

特定性 .46 5.63 † .46 4.64* .10 1.37 .03

特定性×熟達度 .29 1.12 .14 1.23 .05 1.23 .53

定性×特定性 .61 9.97 † .61 23.87 † .35 37.47 † .46

定性×特定性 .25 .95 .13 1.97 .08 1.82 .08

  ×熟達度

表4. 多変量分散分析と分散分析の結果

注:*p < .05. **p < .01. ***p < .005. †p < .001.  上記では「確かさの度合い」を「確かさ」と短縮表記した.

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.29, F(12, 80) = 1.12, p = .35, η2 part = .14)、および定性と特定性と熟達度の交互

作用(V = .25, F(12, 80) = .95, p = .50, η2 part = .13) は有意ではなかった。

4.2.2 多重比較

 被験者内比較の結果から、定性の効果は正用 (F(1, 44) = 13.12, p = .001, η2 part

= .23)と誤用(F(1, 44) = 27.20, p = .001, η2part = .38)の両方において有意であった。

 L1日本語話者は、[–definite]環境での方が [+definite]よりも正用のスコアが有

意に高いことから(p = .001)、 L1日本語話者は英語冠詞aのほうが theよりも正

しく使用出来ていると言える(表3および図6参照)。

特定性

 特定性の水準は [–specific, –ESK]、[+specific, –ESK]、[+specific, +ESK]の3つ

である。正用のデータを [∓definite]を区別せずに、定性の有る無しの両方の場

合をプールして調整した推測値に基づいて検討すると、[+specific, +ESK] (M =

71.06)> [–specific, –ESK] (M = 64.51) > [+specific, –ESK] (M = 61.98)の順に高

かった。一対比較(pairwise comparison)では、[+ESK]を伴う [+specific, +ESK] (M

= 71.06)の方が、[–ESK]を伴う [+specific, –ESK](M = 61.98)の場合よりも有

意にスコアが高かった(p = .010)。

 上記の三つの特定性のセッティング([–specific, –ESK]、[+specific, –ESK]、

[+specific, +ESK])の比較は、正用の linearコントラスト(F(1, 44) = 4.40, p =

.042, η2 part = .09)とquadraticコントラストにおいて有意であった(F(1, 44) = 4.90,

p = .032, η2 part = .10)(図7参照)。しかし誤用のコントラストにおいては有意で

はなかった。冠詞の正用に与える特定性の影響は、その偏イータ二乗効果量の

数値から中から大の間の効果だと言える。

 これらのことから特定性の意味コンテクストに [+ESK]が存在することが、

冠詞の正用に影響しており、その影響は中から大であることが分かる。このこ

とについては研究仮説1の検討の際に再度言及する。

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定性と特定性

  定 性 と 特 定 性 の 交 互 作 用 に つ い て は、 被 験 者 内 コ ン ト ラ ス ト 22

([–specific, –ESK], [+specific, –ESK], [+specific, +ESK] の順)を見てみると、

正用の linear コントラスト (F(1, 44) = 32.66, p = .001, η2 part = .43)と正用の

quadratic コントラスト(F(1, 44) = 7.97, p = .007, η2 part = .15)が有意であっ

た。また誤用についても linearコントラスト(F(1, 44) = 49.82, p = .001, η2 part =

.53)とquadraticコントラスト(F(1, 44) = 15.32, p = .001, η2 = .26)が有意であった。

 定性と特定性の効果は偏イータ二乗効果量の数値から判断すると、正用

への影響も誤用への影響も非常に大きな効果量だと言えるが、誤用への効

果の方がより大きかった。[+ESK] があることで特定性が強まり正用にも

誤用にも大きく影響したが、正用よりも誤用の創出により強い影響を与え

たと考えられる。23

熟達度

 熟達度についての事後検定の結果は次のとおりであった。熟達度についてボ

ンフェローニ検定で多重比較を行ったところ、有意ではなかったが高位群より

も中位群の正用のスコアが低く、また意外なことに低位群よりも中位群の正用

のスコアが低い傾向が見られた(p = .065)。24

4.3 仮説の検討

 ここで研究仮説1への回答を行う。研究仮説1を再掲する。

研究仮説1

[–definite]下において、ESKがある方がESKがない場合に比べて、theの誤用が多い。

研究仮説1への回答

 多変量分散分析の結果から定性と特定性の有意な交互作用が見られ(V= .29,

F(6, 39) = 9.97, p = .001, η2 part = .61)、かつ誤用に及ぼす特定性の影響が [+specific,

–ESK]と [+specific, +ESK]との被験者内比較において有意であったことから、

[–definite]下では、特定性に [+ESK]がある方がそうでない場合に比べて、theの

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誤用が有意に多いといえる。よって研究仮説1は支持された。

 以下は研究仮説2についての検討である。研究仮説2を再掲する。

研究仮説2

ESKが特定性に加わった影響は、L2熟達度によって異なる。

研究仮説2への回答

 特定性と熟達度の交互作用は多変量分散分析の結果では有意ではなかった(V

= .25, F(12, 80) = .95, p = .50, η2 part = .13)。よって研究仮説2は支持されなかった。

 次節では4節で得られた結果に基づいて考察を行う。

5. 考察

5.1 ESKが特定性に与える影響について

 4節で示したように、[–definite]下では、ESKがある方がESKがない場合に

比べて特定性の冠詞選択への影響がより強く出るため、theの誤用が多いこと

が判明した。これは、[–definite, +specific]下で誤って theを選択するのは [+ESK]

の影響があるからだというTrenkic (2008)の主張をサポートする結果である。

彼女は、IKWで特定性の影響が出た事、つまりL1に冠詞のない言語の話者が、

特定性は無視して冠詞選択をしなければいけないところを、特定性のある状況

では冠詞選択の判断の際に、誤って特定性を考慮してしまうのは、IKWの特

定性の定義の仕方と特定性の操作化によってもたらされた為であると主張して

いた。

 IKWが特定性を「話者がNPの対象を特定する意図があること」と定義し(IKW,

p. 9)、「話者がNPが指す対象を識別する属性を知っている事を言明すること」

(Trenkic (2008)が言うところのESK)を対話文の中に加える事で、知己であ

る(familiarityがある)ことを示し、NPの指す対象が「指し示すことが可能」

(idenitfiable)となるため、学習者が theを使うべきであると誤って判断をする

のだとTrenkicは説いていた(p. 11, p. 14)。つまり、この操作化が誤りを誘発

しており問題であるため、IKWではFHとACPを支持する結果が出たものの、

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実際にはそれらを支持する証左になっていないと指摘していたのである(Trenkic,

2008, p. 14)。

 本研究の結果を、[∓ESK]の議論を置いておいて、まず [∓definite]と [∓specific]

の素性だけから判断してみよう。本研究では、冠詞の無い L1の話者が 、

[–definite, +specific]の意味コンテクスト下で theを誤用し、[+definite, –specific]

の意味コンテクスト下で a を誤用するという、定性と特定性の極性が合わ

ない場合に冠詞の誤用が起こるという FH と ACP をサポートする現象になっ

ている。ただし、[∓ESK] を加味して判断すると状況は異なる。先にも述

べたように [+specific] に [+ESK] が加わる事で誤用が増加していたことが

わかった。[–definite, +specific]で theの誤用が起こるのは、IKWが採択した特

定性の定義の仕方と操作化によって、identifiabilityが高まり、特定性の意味セッ

ティングを誤って定性と判断したことによる結果であるというTrenkic (2008)

の主張をサポートする結果となっている。実際に [+definite, +specific]において

も [+ESK]が有る方が正用の theの使用が多かった。このことからも [+ESK]が

idenitifiabilityを高めていると解釈できる。

5.2 L2英語冠詞選択に及ぼすL2熟達度の影響について

 次に、定性と特定性がL2熟達度によって異なる影響を持つかどうかについ

ての考察を行う。仮説検証においては、研究仮説2は多変量分散分析の結果が

有意ではなかったため支持されなかった。しかし、多変量分散分析以外の結果

では以下に示すようにL2熟達度が意味コンテクストと関係してL2英語冠詞選

択に影響を与えていることが示唆される。

5.2.1 L2熟達度と誤用の関係

 多変量分散分析の結果は有意ではなかったが、単変量分散分析の結果では誤

用のquadraticコントラストにおいてのみ、定性と特定性と熟達度の有意な交互

作用が認められた (F(2, 44) = 3.60, p = .036, η2 part = .14)。もし仮説2を意味コ

ンテクストに分けて別々に検討したならば、統計的には問題を生むが、誤用に

及ぼす三要因の交互作用がより明確に現れたであろう。

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 図6と図7を参照されたい。両グラフともX軸はL2熟達度別の群(1=低位

群、2=中位群、3=高位群)を示し、Y軸は誤用の推定周辺平均(Estimated

Marginal Means)を示す。

 図6は定性の有無の各条件下での冠詞の誤用率を示す。濃色の線(凡例の1)

は [–definite]の意味コンテクストでの theの誤用を、淡色の線(凡例の2)は

[+definite]の意味コンテクストでのaの誤用を示す。この図から、L2熟達度中

位群の定性での、つまり [+definite]の意味コンテクスト下でのaの誤用が、低

位群と高位群よりも多いことがわかる。一方で、 [–definite]の意味コンテクスト

下では、全ての群において、[+definite]のコンテクスト下よりも誤用がはるか

に少なく、熟達度による誤用の差も大きくない。25

 次に図7を参照されたい。図7は特定性の3つの水準下での冠詞の誤用を表し

ている。定性との交互作用の影響は抜いており特定性だけの誤用への影響を示

図6. 2つの定性コンテクスト下での熟達度別の冠詞の誤用.

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している。最も濃い色の線(凡例の1)は [–specific, –ESK]、中間色の線(凡例

の2)は [+specific, –ESK]、淡色の線(凡例の3)は [+specific, +ESK]の意味コン

テクストを示す。図7から、特定性とESKが合わさった影響は、L2熟達度によっ

て異なる度合いで影響を及ぼす傾向がうかがえる。

5.2.2 L2熟達度中位群の低いパフォーマンス

 熟達度別の結果で予想外であったのがL2熟達度中位群の低いパフォーマン

スである。L2熟達度をそれまでに受けた L2インプットの量を反映するもの

(correlate)だと考えると、L2熟達度が高い者の方が英語冠詞にかかわる素性

の正しい値を習得しており、冠詞選択において高い正答率を得ると推測される。

しかし、これに反して、[+definite]が関わる三つの意味コンテクストにおいて、

L2熟達度が中位群の正答率が最も低いという結果となった。興味深いことに、

今回の47名とは異なる参加者を得て行ったTanaka (2013)の結果においても、

図7 3つの特定性コンテクスト下での熟達度別の冠詞の誤用.

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L2能力が3群中で中位の群(TOEFL iBTで45以上60未満)の参加者が、[+definite,

–specific]の意味コンテクストにおいて、下位群(同テストで45未満)の学習者

よりも正答率が低かった(Low M = 63.02、Mid M = 59.90)。26 この現象から

中位のL2熟達度において特有の学習プロセスが存在するのではないかと推測

される。

5.2.3 特定の意味コンテクストでの誤用の多発

 もう一点予想外であったのは、the が正答である [+definite, –specific, –ESK]

のコンテクスト下で、3つの能力群全てが非常に低い正答率を示したことであ

る(低位群M = 53.12、中位群M = 37.50、高位群 M = 53.33)。これは定性と特

定性の極性が一致しないケースではあるが、定性が存在する場合はその他の

素性に関係なく theを選択すればよく、L2英語を6年間以上学習した英語学習

者には難しくないはずである。しかし、aを使う誤用の出現率が、低位群、中

位群、高位群の順でM = 45.31、M = 53.13、M = 41.67であり、aの誤用が約半

数を占める事になった。また、the が正答である [+definite, +specific, –ESK] の

コンテクスト下においても、aの誤用が低位群から中位群、高位群への順でM

= 34.30、M = 50,00、M = 47.34と約半数を占めた。一方で、the が正答である

[+definite, +specific, +ESK]では誤用率が低く、低位群、中位群、高位群の順で

M = 21.87、M = 23.44、M = 10.00であった。これらのことから、ESKがプラス

になっただけで正答率が大きくあがったと、あるいはESKがマイナスになっ

ただけで正答率が下がり誤用が大幅に増えたと言えよう。当初は、[+ESK]は

明示的に示されているため、熟達度低位群も容易に気づくのではないかと推測

されたのであるが、 [+ESK]により強く反応したのは中位群と高位群であり、皮

肉なことにその反応の結果は誤った冠詞の選択であった。

5.3 L2英語冠詞習得におけるACPとFHの妥当性とL2熟達度の影響について

 考察のまとめとして次の三点を挙げたい。第一点目はL2英語冠詞習得研究

におけるESKの影響についての結論である。本研究の結果から、定性と特定

性の極性の一致不一致だけでなく、ESKの有無によってもL2英語学習者の冠

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詞選択が影響を受けている事が確認できた。また、ESKの有無が特定性の認

知のしやすさに関連していることから、予想どおり [–definite, +specific]の際

に ESK の有無による影響が表れた。興味深い事に、ESK の有無は [+definite,

+specific]の場合にもL2学習者の冠詞使用に影響を与えていた(5.2.3の [+definite,

+specific, +ESK]と [+definite, +specific, –ESK]の比較を参照)。このことから、

[+ESK]の存在はFHとACPの検証において、極性が異なる場合にFHとACPに

与する結果をもたらす(冠詞の誤用)だけではなく、定性と特定性の極性がと

もにプラスの場合にも特定性の認知を促進し、正用の theの出現を促す働きが

示唆された。これら二つの側面においてESKをダイアログに含む事がFHを、

ひいてはACPを肯定する結果を導くことにつながっていると言えよう。

 第二点目は、理論検証における操作化の重要性と、その操作化の善し悪しが

「まわりまわって」理論自体の評価に還ってくることである。上で述べたように、

IKWの理論の実証において特定性の操作化に問題があると指摘され、その操

作化によってACPに与するような結果がもたらされていた可能性が示唆された。

これだけでACPとFHの理論的意義が著しく損なわれることになるとは必ずし

も限らない。しかし、L2習得論においてある理論がありそうなもの(feasible)

であったとしても、その理論を実証的に検証する際に、中心となる概念の定義

や操作化が適切に行われなければ、たとえ研究仮説を支持する結果が出たとし

ても、理論の妥当性を裏付ける強い基盤の生成につながらないと言える。これ

らは実証的研究を行う際には十分に注意したい点である。

 第三点目はACPとFHを、L1に冠詞がない学習者のL2習得に普遍的に適用しよ

うとすることへの疑問である。この疑問は本研究の結果においてL2学習者の熟

達度に特有な冠詞選択の傾向が見られたことに起因する。具体的には、L2熟達度

中位群の学習者のパフォーマンスが低位群をしばしば下回り、また中位群内で得

点に大きなばらつきが見られた点である。また、特定性に関してACPとFHが予

想しているような冠詞選択、つまり極性が一致しない場合に英語冠詞の使用を誤

るということが、本研究では上位群に見られたことである。同様の観察が、L1中

国語とL1ポーランド語話者でL2英語冠詞習得研究を行ったTryzna (2009)でも報

告されている。ACPやFHが予測する現象は、冠詞が存在しないL1を持つL2学習

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者であればL1の種類を問わず全員に現れるわけではないと言えよう。また冠詞

のない同一のL1を持つL2英語学習者の中でも、彼らのL2熟達度によって、ACP

やFHで予測しているような現象があらわれやすい熟達度とそうではない熟達度

があるということが推測される。これらのことからACPやFHの予測ははずれて

はいないが、冠詞のないL1であれば言語を問わずそのL1話者に普遍的に作用し

たり、L2熟達度に無関係にその働きが表出するものではないと言えよう。

6. 結論

 本研究では、定性と特定性の有無から成る様々な意味コンテクスト下で、冠

詞が存在しない日本語をL1とする学習者(N = 47)によるL2英語冠詞選択につ

いての実証的研究を、IKWとTrenkic (2008)の研究フレームワークに基づいて行っ

た。特定性に及ぼす [+ESK]の影響が確認され、 [–definite]である場合に [+specific,

+ESK]の方が [+specific, –ESK]よりも多く theの誤用を誘発したことが分かった。

特定性とESKの作用が実験参加者のL2熟達度によって異なって作用するのかに

ついては、多変量分散分析の結果からは否定された。しかしながら、記述統計

データや、意味コンテクスト毎の冠詞選択を個別に検討した結果から、熟達度

によって定性と特定性が異なる影響を及ぼすであろう事が示唆された。ACPや

FHとL2発達段階との関係性については、今後のさらなる研究が必要である。

 L2熟達度別の冠詞選択の違いを研究する際には次の二点に留意する必要が

あると考えられる。一点目は、正用と誤用だけではなく、確かさの度合いや反

応時間、冠詞選択理由等の複数のデータソースを使用して、L2処理の様相に

ついて質的な検討をすることである。二点目は、研究材料を提示する際のモダ

リティーの工夫の問題である。IKWの研究で問題が指摘されたのは、言語使

用にまつわる「意味」を扱う際に「話者」が想定している内容を他者が理解で

きるように研究材料中に提示しなければいけないということに起因している。

学習者の反応を見る実験研究においては、テキストベースで意味コンテクスト

を学習者にわかるように操作化するのが非常に困難であるため、IT等を使っ

てよりよい研究方法を探索して行く必要があると言えよう。筆者自身も今後の

研究の課題にしたいと考えている。

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謝辞

本研究の参加者の皆さんに深い感謝の意を表明します。

本研究は科研費(No. 22520564)によってサポートされたものである。

引用文献

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1 本稿は2013 SLRFでの発表内容を日本語化し、加筆修正したものである。

2 Article Choice Parameterの内容については後述する。

3 Fluctuation Hypothesisの内容については後述する。

4 Tanaka (2011)ではErratumが存在する。出版されたバージョンにおいて、Figure 4とFigure 5は別の図であるはずが同じ図になっている。この誤りについて以下のとおり修正を行う。

別途『国際文化学』42号にErratumとして修正を出す所存である。

5 日本語には冠詞が存在しないと考えられるが、Dryer (2005)では日本語は定冠詞は存在しないが、不定冠詞は存在する言語に分類されている(pp. 154, 156)。しかし、この不定冠詞の中には1を表す数で不定冠詞を代用する場合も含まれており(p. 158)、文法項目としての冠詞が日本語に存在することを意味しない。

6 Ko, Ionin, & Wexler (2014)では、L2学習者がアクセスできる意味概念として従来から提唱して来た定性(definiteness)、特定性(specificity)の他に想定(presuppositionality)を加えている(p. 214)。

7 L1に冠詞が存在していても、L1とL2の冠詞選択の設定が異なることがありうる。その場合はL1での冠詞選択の設定がL2に転移することが可能であると想定される。

8 L1ロシア語話者は移民、留学生、外国人労働者からなり、L1韓国語話者は主として留学生とその配偶者、および外国人労働者とその配偶者からなる。L2英語の熟達度はそれぞれのL1群内で初心者から上級者までばらつきがあった(IKW, p. 26を参照)。

9 英語で [+specific]の場合はaの代わりに thisで表現できる。

10 IKWより後に出版された Ionin (2009)では、specificityは (1) scopal specificity, (2) epistemic

Figure 5. Estimated Marginal Means of Certainty at [-specificity]

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specificity (identifiability, speaker knowledge, and referentiality), (3) partitivity (presuppositionality)の三つに分類されている。IKWでは specificityを “specificity as speaker intent to refer” (IKW, p. 5)と規定しており上記三つの分類の中では、(2)の “speaker knowledge”に該当すると考えられる。

11 IKWにはアンケートの記入に続いて “Then the investigator proceeded to administer the tests to the participant(s)”とあり、 “The participants were given 90 min to complete the forced-choice task⋮”

(p. 25) と記述されているのみで、テストのモダリティーについての言及はない(pp. 24-25参照)。おそらく筆記(paper & pencil)テストであると考えられる。

12 [+ESK]は IKWの項目の中に元々あったが、IKWは要因とは捉えていなかった。元々 IKWにあった項目に加えて(改変したものも含む)、Trenkic (2008)が [–ESK]を持つ項目、つまり [–definite, +specific, –ESK]の4項目を新たに追加して24項目とした。

13 Lardiere (2008, pp. 116-117)は、Li & Tompson (1981, p. 132)を受けて、中国語には一般的に冠詞が存在しないと考えられているが、冠詞様の働きをするものがあると述べている。

“demonstrative determiners nei- or na- ('that') and zhei- ('this'); nei-/na-.... [A] quantifier yi- ('one') that, when unstressed, appears to be in the process of becoming grammaticalized and ‘beginning to take on some of the functions’ of the indefinite article” (Lardiere, 2008, p. 117).このように、L1での冠詞様の働きをする文法項目の存在がL2英語の冠詞の概念の習得を助ける可能性はある。

14 当初64名が参加したが、そのうち17名が標準化された英語テストのスコアを持っていなかった。そのためデータ分析から除外した。

15 Torenkic (2008)の参加者が IELTSで6から6.5であることから、CEFRではB1からB2に相当する。本研究の参加者はTorenkicの参加者に比べL2英語熟達度が低いといえる。

16 Trenkic博士にTrenkic (2008)のテスト項目の入手方法をご教示いただいた。深く感謝する。テスト項目の中で英国の大学生活に慣れていないと理解しにくいコンテクストを使ったものがあったが、日本人大学生が理解しやすいように改変した。またスペル等も一部修正した。Trenkic(2008)のテスト項目は以下のURL から入手可能である。http://www.iris-database.org/iris/app/home/index

17 一つの項目が開始されてから、冠詞を選択するまでの時間、確かさの度合いを選択するまでの時間、一つの項目の終了時点までの反応時間をミリセコンドで記録した。

18 特定性を3段階としたのは、[+specific, +ESK]、 [+specific, –ESK]、[–specific, –ESK]のように、特定性をESKと組み合わせて分類したためである。その理由は、[–specific, +ESK]は存在しないため、specificityの有無とESKの有無で完全交差することがないため、二つの要因のあり得る組み合わせのパターンを作り、 [+specific, –ESK], [+specific, +ESK], [–specific, –ESK]の3水準のデザインにして検定を行った。

19 Trenkic (2008)には採用した統計手法についての具体的な記述がない。本研究で採用した統計手法は著者が独自に選択したものである。

20 Mauchlyの球面性テストでは球面性の仮定は満たされていた。Leveneの等分散検定の結果、熟達度上位群の [+definite, +specific, +ESK]の意味コンテクストにおける正用(F (2, 44) = 4.70, p = .014)と誤用(F (2, 44) = 3.63, p = .035)において標本に不等分散が見られた。これは熟達度上位群の正答率が高いために出現する値が偏在していることから不等分散につながったと考えられる。Erceg-Hurn, Wilcox, & Keselman (2013)が提唱するように robust methodsを採用することが望ましいが、本稿ではいわゆるclassical methodsで分析を行い、今後の分析において robust methodsを採用することとする。

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21 偏イータ二乗効果量の評価のベンチマークには、イータ二乗効果量の評価と同じ指標を用いた(Vacha-Haase, T., & Thompson, B., 2004, に引用されたCohen, 1968, を参照)。ただし、偏イータ二乗の効果量はイータ二乗の効果量に比べて大きな値が出がちである(Levine & Hullett, 2002)ことを考慮した上で評価を行った。

22 [∓definite]と、[–specific, –ESK]、[+specific, –ESK]、[+specific, +ESK]との関係は、本研究では一回の検定で判断をすることができない。そのため、被験者内コントラストの統計量を使って検討を行った。

23 研究仮説1への回答は、この仮説に特化した分散分析の結果から導きだされたものではない。[–definite]の状況に限った一元配置(特定性が3水準)の分散分析を行えば研究仮説1をより明確に検証できたであろうが、本研究では多変量解析を行って、一度に研究仮説1と研究仮説2に答えられるようにした。Type Iの過誤を大きくしないための方策であったが、そのために研究仮説1への回答に特化した検定をすることができなくなったとも言える。

24 確かさの度合いについての判断が、高位群は低位群よりも有意に低いことが分かっている(p =. 009)。中位群の正用のスコアが低位群よりも低かったり、高位群の確かさの度合いの判断が低位群よりも低いことは、L1日本語話者のL2英語冠詞習得プロセスにおける特徴を反映している可能性がある。この点についての検討は稿を改めて今後行うことにする。

25 これは箱ひげ図からも観察されているが、本稿では箱ひげ図を省略する。

26 この現象は中位群に特有の学習プロセスによるものなのかもしれない。興味深い現象であるが、本稿のスコープ外であるため本稿では論じない。

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資料

1. 6

つの

意味

コン

テク

スト

下で

のL2

熟達

度別

のa

とth

eの

正用

と誤

意味

コン

テク

スト

[-sp

ecifi

c; -

ES

K]

[+sp

ecifi

c; +

ES

K]

[+sp

ecifi

c; -

ES

K]

L2熟

達度

低位

中位

高位

全体

低位

中位

高位

全体

低位

中位

高位

全体

[–de

finite

]

theの

誤用

12.5

0 6.

25

5.00

7.

98

31.2

5 31

.25

40.0

0 34

.04

15.6

3 17

.19

11.6

7 14

.89

aの正

用78

.13

75.0

0 90

.00

80.8

5 67

.19

65.6

2 56

.67

63.2

9 75

.00

67.1

9 80

.00

73.9

4

冠詞

なし

9.38

18

.75

5.00

11

.17

1.56

3.

13

3.33

2.

67

9.38

15

.63

8.33

11

.17

[+de

finite

]

theの

正用

53.1

2 37

.50

53.3

3 47

.87

76.5

6 70

.31

90.0

0 78

.72

64.0

6 40

.63

45.0

0 50

.00

aの誤

用45

.31

53.1

3 41

.67

46.8

1 21

.87

23.4

4 10

.00

18.6

2 34

.37

50.0

0 53

.33

47.3

4

冠詞

なし

1.56

9.

38

5.00

5.

32

1.56

6.

25

0.00

11

.28

1.56

9.

38

1.67

2.

66

注:

低位

群(

n =

16)

, 中位

群(

n =

16)

, 高位

群(

n =

15)

, 全体

(N

= 4

7). 

数字

は百

分率

を表

す.

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L2英語冠詞習得における特定性の影響とESK付加の影響の検討Effects of specificity on the acquisition of L2 English articles by L1 Japanese speakers:

With reference to ESK.

TANAKA Junko

Previous research has found (1) that L2 English learners whose L1s do not have articles have difficulty in choosing a correct article when the polarity of specificity differs from that of definiteness in a given semantic context (Ionin, Ko, & Wexler, 2004); (2) that the learners tend to overuse the when a is called for (Ionin et al., 2004); and (3) that this tendency is more prevalent when specificity is accompanied with especially stated knowledge (ESK) about the referent of a NP (Trenkic, 2008).

This study experimentally examined (1) the effects of specificity with or without ESK in selecting L2 English articles by L1 Japanese speakers at three L2 proficiency levels (N = 47) in six semantic contexts which consisted of combinations of [∓definiteness], [∓specificity], and [∓ESK], and (2) how those effects differed relative to the learners' L2 English proficiency.

The results of a repeated measures of ANOVA with multivariate approach showed that if a given semantic context was of [+specificity] coupled with [+ESK], then L1 Japanese speakers were more prone to incorrectly choose the than when [+specificity] coupled with [–ESK]. This shows that Ionin et al.'s (2004) results, which confirmed their Article Choice Parameter (ACP) and Fluctuation Hypothesis (FH), could be due, as Trenkic (2009) pointed out, to the way they defined and operationalized specificity. As for L2 proficiency interaction with semantic contexts, there was no significant interaction among definiteness, specificity, and L2 proficiency.

A close analysis of the L2 learners' the overgeneralization suggests that specificity in lieu of definiteness affected L2 learners' use of English articles differentially depending on their L2 proficiency, in that it affected article use of the mid-proficiency level L2 learners (TOEFL iBT M = 50.91) more than that of their less proficient peers. This poses the question whether sensitivity to specificity might come into play in L2 article acquisition by article-less L1 speakers only after their L2 proficiency has grown to a certain level. More detailed research is called for on the relationship between 'ACP and FH’ and the L2 proficiency level of learners with various L1 backgrounds.

Keywords: Article Choice Parameter, Fluctuation Hypothesis, specificity, ESK, definitenessキーワード:冠詞選択パラメータ、ゆらぎ仮説、特定性、ESK、定性