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68 一 四〇八 抗原抗體反應の化學的 觀察( 其十八) 東京帝國大 學教授醫學 博士 腎臓細胞毒素 吾等は、細胞毒素を論するに當り、第一に筋肉細胞毒素、第二に 肝臟細胞毒素に就き筆者の教室に於て檢索も得たる知見を述べた が、今度は進んで腎臟細胞毒素に關し一 言したいと思ふ。 今甲種屬に屬する一つの動物の腎臟をとり、之を乳劑として乙種 屬に屬する動物の腹腟内に逡人すること數囘、斯くして発疫した る乙種屬動物の血清をとり、之を曩きに抗原として用ひたる腎臟 を供給したる動物と同一なる甲種屬動物の體内に途入して遣ると 云ふと 、忽ちにして其動物の腎臟機能に障碍を及ぽし來るは周知 の事實である。即ちリン デマン氏は、家兎腎臟乳劑を以て海獏を 発疫し、斯くして獲たる海獏の免疫血清を家兎に注入して遣つた 所が、其家兎は蛋白尿を排泄し終に尿毒症の症状を呈して死亡す るに至り其腎臟を摘出鏡見し の 變化を認めたるが如きは、普通の 用に他ならない o詰まり他種屬の動物の 成し、之を用ひて腎臟機能の變化を誘發せしめ 白いことには、他種屬の動物體を籍らなくとも、自 に於て、腎臟毒素が出來るらしい 。即ち先人の研究の例に に、一 側の腎臟を挫碎し、其儘其位置に置くと云ふと、該試驗 物の體内で以て腎臟毒素が形成せらるると見へ 、健側の方の腎臟 も次第に、其機能の上に變化を現はして來ると云ふことである。 さて腎臟細胞には腎臟に特異の抗原性ありて之にて腎臟細胞毒素 の形成を誘發せしめ得るは、恰も上章にて細逋せる肝臟細胞にも 肝臟に特異の抗原性ありて之にて肝臟細胞毒素の産出を惹起せし め得たると全く同じ理である。併し既に一 寸逋べたが如く、肝臟 免疫血清は試驗管内に於て肝臟細胞と強く作用するの外に又腎 臟細胞に向つても、かなり能く作用するもので、筆者は此關係を 『 肝腎の絹似性』 と云ふ辭を以て言ひ現はしてろが、肝臟と腎臟と の抗原物質が血清學上相近似してゐると云ふことは、單純に理論 上緊要のことたるのみならす腎臟或は肝臟の疾患に當り、此肝腎 の相似性と稱する事實を頭に置いて考慮思索するならば病理闡明 の上に大に役立つことがあるべしとの信念から、試驗管内に於て 『 肝腎の相似性』 を能く證明し置いた次第であつた。

所が、其家兎は蛋白尿を排泄し終に尿毒症の症状を …journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/05/...故に腎臟に對し作用する腎臟細胞毒素な於て詳しく説述した樣に、腎臟と肝臟には、乏を形成する成分に、素が發生して來る。然うに、吾等が既に本欄の肝腎相似性の項に起れば、上述の理に基き、腎臟に對して作用する所の腎臟細胞毒

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一四〇八

抗原抗體反應

の化學的

觀察

(其十八)

東京帝國大學教授

醫學博士

腎臓細胞毒素

吾等は、細胞毒素を論す

るに當り、第

一に筋肉細胞毒素、第二

肝臟細胞毒素に就き筆者の教室に於て檢索も得たる知見を述べた

が、今度は進んで腎臟細胞毒素に關し

一言した

いと思ふ。

今甲種屬に屬する

一つの動物の腎臟をとり、之を乳劑として乙種

屬に屬する動物の腹腟内に逡人すること數囘、斯くして発疫した

る乙種屬動物の血清をとり、之を曩きに抗原として用ひたる腎臟

を供給したる動物と同

一なる甲種屬動物の體内に途入して遣ると

云ふと、忽ちにして其動物の腎臟機能に障碍を及ぽし來るは周知

の事實である。即ちリンデ

マン氏は、家兎腎臟乳劑を以て海獏を

発疫し、斯くして獲たる海獏の免疫血清を家兎に注入して遣つた

所が、其家兎は蛋白尿を排泄し終に尿毒症の症状を呈して死亡す

るに至り其腎臟を摘出鏡見したるに迂曲細尿管

の上皮細胞に特異

の變化を認めたるが如きは、普通の意味に於ける腎臟毒素の毒作

用に他ならないo詰まり他種屬の動物の體を籍りて腎臟毒素を作

成し、之を用ひて腎臟機能の變化を誘發せしめたのであるが、面

白いことには、他種屬の動物體を籍

らなくとも、自分自身の體内

に於て、腎臟毒素が出來るらしい。即ち先人の研究の例に鑑るの

に、

一側の腎臟を挫碎し、其儘其位置に置くと云ふと、該試驗動

物の體内で以て腎臟毒素が形成せらるると見

へ、健側の方の腎臟

も次第に、其機能の上に變化を現はして來ると

云ふことである。

さて腎臟細胞には腎臟に特異の抗原性ありて之にて腎臟細胞毒素

の形成を誘發

せしめ得るは、恰も上章にて細逋せる肝臟細胞にも

肝臟に特異の抗原性ありて之にて肝臟細胞毒素の産出を惹起せし

め得たると全く同じ理である。併し既に

一寸逋べたが

如く、肝臟

免疫血清は試驗管内に於て肝臟細胞

と強く作用するの外

又腎

臟細胞に向つても、かなり能く作用するもので、筆者は此關係を

『肝腎の絹似性』と云ふ辭を以て言ひ現はしてろが、肝臟

と腎臟

の抗原物質が血清學上相近似してゐると云ふことは、單純に理論

上緊要のことたるのみならす腎臟或は肝臟の疾患に當り、此肝腎

の相似性と稱する事實を頭に置いて考慮思索するならば

病理闡明

の上に大に役立つことがあるべしとの信念から、試驗管内に於て

『肝腎の相似性』を能く證明し置いた次第であつた。

Page 2: 所が、其家兎は蛋白尿を排泄し終に尿毒症の症状を …journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/05/...故に腎臟に對し作用する腎臟細胞毒素な於て詳しく説述した樣に、腎臟と肝臟には、乏を形成する成分に、素が發生して來る。然うに、吾等が既に本欄の肝腎相似性の項に起れば、上述の理に基き、腎臟に對して作用する所の腎臟細胞毒

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如上試驗管内に於て證明

したる『肝腎の相似性』は又今度は生體内

に於て或る疾病現象を説明する上に極く必要なる結果をもたらす

ことになる。

夫れは外でもない、尿毒症である。

腎臟細胞舂素と尿舂症

尿は、生物に對し多少有毒のものであつて、尿を動物の腹腟内に

注射するとぎは、一定の病的症駄を起すものである。而して尿排泄

の主なろ器官即ち腎臟が障碍を蒙りたる際尿毒症を見るが、

一部

の人の中には、此症状は尿成分が體内に蓄積して起ろものなる。へ

しと信するものもあろ樣であるけれども、輸尿管を結紮して尿の

排泄を全部止めても、其際現はるる症状は、尿毒症の夫れとは餘

程趣を異にし、尿の成分が血中に蓄積することのみがやがて尿毒

症の唯

一の原因となるとすることが少し無理な樣である。

茲で考ふべきは尿素であ

る。尿素の生するまでに、經過する前階

級中には、種々の有害物質が存する、其

一つは、「アンモニァ」で

ある。其

二は、「カルブ

アミン」酸「アンモニア」である、今試みに

動物に

エック氏瘻管を作成し、門脈の血液を直に下行靜脈に逡り、

肝臟を逋過せしめない樣

にすると、血中に尿素の含量が減少し、

之に反し「カルブアミン」酸の量を獪加し、動物は烈しき中毒を起

して死に至る。斯く

「カ

ルブアミン」酸は、非常に有毒物であるか

らして、之も亦尿毒症の場合に、看過

すべからざる原因の

一とな

るものと考ふることが出來る、

斯く述べ來り、又以上の事實以外諸種の事を綜合して尿毒症を考

察して見るのに、其原因は大凡左の二つのものにあゐにあらざる

やと想像し得られる。

一つは、假りに腎臟が疾病状態に陷

いりたりとせんか、尿成分

の排泄が悪くなるからして、尿成分中尿素が血中に蓄積して來ろ、

而して若し腎臟が健全であつた時でありしならば、生じたる尿素

が、後から後と逐次排泄せられて仕舞ふからして、尿素を形成す

べき成分は、完全なゐ化學的機轉により充分に尿素にまで化成し

得るのであろが、

一旦上述の如く腎の疾病状態になりし結果、尿

素が排泄せられすして、血中に蓄積したとすうと、尿素形成の化

學的機轉に於て、早く漑に夲衝状態の樣な有樣を招來し、爲めに

尿素が生じないで

例之其前階級たる

「アンモニア」乃至

「カルブア

ミン」酸

「アンモニアしの状態で止まり、其形ちで體内に蓄積する樣

になることが考

へ得られる。而して是等の尿素にまで化成しない

中間物質は、非常に有毒であることは、前述べた通りであるから

して、之はやがて尿毒症なる中毒現象を惹起するに至ると認める

ことが出來よう。

以上は、尿毒症の

一因となり得るのであるが、其第二因と見徴す

べきは何であるか。

甲なる臟器の

一部に

一定の障碍が起ると云ふと、其障碍を蒙りた

一四〇

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一四

一〇

る臟器の局所部が、発疫原として作用し、自家発疫機轉

によりて

一種の特異性細胞毒素が

發生す。而して該細胞毒素は、甲なる臟

器の

一定の障碍を蒙り居

る局所は勿論、其爾餘の健全部にも働

て、甲なる臟器全體

の機

能を害することあろは、間々あることで

あるが、此腎臟炎の場合

に就

いて思考するに、

一且腎臟に障碍が

起れば、上述の理に基き、腎臟に對して作用する所の腎臟細胞毒

素が發生して來る。然う

に、吾等が既に本欄の肝腎相似性の項に

於て詳しく説述した樣に、腎臟

と肝臟には、乏

を形成する成分に、

共通なる抗原性がある。故に腎臟に對し作用する腎臟細胞毒素な

る発疫體は、腎臓以外は矢張り肝臟に對しても働き得

ろ所の細胞

毒素を同時に含有し居るは理の睹易き所であるからして腎臟細胞

毒素は、繼發的に腎臟以外の肝臟に作用して其機能の障碍を來す

樣になる、而して尿素形成の場所は,誰も知つてる通りに其主な

るは、肝臟であるので、腎臟細胞毒素によつて障碍せられたる肝

臟は、有毒なる前階級物質からして、無毒なる尿素を化成し得な

くなる、從

つて尿素の前階

級たる有毒なる「アンモニャ」や「カルプ

アミン」酸「アンモニア」は愈

々體内に蓄積し

其毒作用を

縱にする

ので、」既述の第

一因子は茲に參加し彼之相寄りて尿虫母症を惹起す

るに至るものと筆者は思惟して居る、即ち腎の疾患に當り發現す

る所の尿毒症は、單に腎

の病態にのみ基因するものと速斷するな

らば、夫れは大なる誤りであつて、肝腎の相似する關係からして

繼發的に肝細胞の病變を惹起したる結果、肝臟が正常の機能を營

爲することの不可能

となつて發現する現象であるこ論する次第で

ある。

腎臟細胞番素と蛋白尿性綱膜炎

筆者の教室に於て畑文-牛氏は、腎臟発疫血清が腎臟及び他

の諸種

臟器組織浸出液と補體結合反應上如何なる關係を呈するかに就て

檢査したるに吹の樣な結果を得られた。

腎臟免疫血清た以てする補體結合反應(一は不溶血十は溶血)

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即ち家兎腎臟を以て海獏を発疫して抗血清を作成し、之を家兎の

諸種臟器浸出液こ作用せしめ喪うに、腎臟発疫血清は、腎臟抗原

こ最も強く補體を結合す

るは勿論であるが、尚ほ肺、肝、葡萄膜

こも可成り著明なる反應を呈するに對し血

清蛋白ごは殆ん,ご働ら

かざるは注目に値す。

腎臟売疫血清は眼組織就中葡萄膜こ能く補體を結合すゐここは腎

臟こ葡萄膜に共逋なる抗原性の存在するこぐ)を明示するものであ

つて之はやがて、かの腎臟の疾患に際し、眼に屡

丸合併する所謂

腎炎性眼炎の成因解釋論に對して

一道の光明を齎し得るここにな

る。

眼疾患に於て腎臟疾患こ最も密接なる關係を有するものの

一つで

ある所謂蛋白尿性網膜炎

の成因に就

いては古來幾多の學者により

て探究せられ牝る問題であるが、今日未だ能く釋然こ解明せられ

て居らぬのは、遺憾の極であつた。然るに畑文夲氏に次いで中泉

行正氏は蛋白尿性網膜炎に就いて精細なる實驗を施行せられ。血

清學的見地よりして、其

本態を殆

さ遺憾無

く闡明せられ牝る

は丶近來喜ばしきここの

一つである。

蛋白尿性網膜炎の成因を明にするに先ち、豫め之に關する從來の

諸設を舉ぴ之を批判するが順序であらう。

一、先づ,罰

団氏は曾て腎臟炎に於ける眼底病變を以て心臟肥

大による血壓の亢進ご密接なる關係ありこなしたるが併し定型的

腎炎性網膜炎を有する患者にして心臟肥大を拌はぬものあるは言

を俟たぬ所である。

二、テオドー

ル氏は腎炎性網膜炎患者の眼組織檢査を行ひ、網膜

脈絡血管の硬變を認め、之を以て該疾患の直接の原因こなしたる

が、ヨ

ック氏は定型的腎炎性網膜炎に於て血管に何等の病變を見

ざるものあるを注意し、血管説の必すしも眞ならざるべきを唱

た。

三、本態不明なる體内代謝産物が排盤障碍の爲め血中に蓄積し.

網膜に毒作用を與ふるは本病の因たりこなす説は

一時盛んであつ

え。而してか

ゝる有毒代謝物の性牀に關しても諸家の説は區

々に

して其中でも、如上の有毒物質を血中の殘餘窒素殊に尿素の獪加

に歸するもの多

い樣であるが併し茲に不審なるは、血液内殘餘窒

素は慢性腎炎よりも、寧ろ急性症に多き事屡ゝ證明せらる

ふ所な

るに網膜疾患は急性症よりも、寧ろ慢性症に多く、且つ定型的腎

炎性眼炎に於ては、殘餘窒素の増加を認めざるもの多く證明せら

れたるを見ては、尠くも丶病變の主因を殘餘窒素の増量のみを以

てしては充分論明し能はざるものご云ふべきである。

四、局部盧血説は、有名なるフォルハルド氏の論で

シック氏之に

一四

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一四

一二

贊してる、第

一のトラウベ説にありては

血壓亢進を心臟の肥大に

歸せるに對し此は主

εし

て其本態を末梢血管の收縮に求むろもの

にして即ち網膜の如きにある纖細なる動脈牧縮すれば

血管腔の狹

少の爲めに血行障碍を起

し、貧血より惹いて榮養障碍の爲めに網

膜に特異の病變を惹起す

こ云ふのである。併し果して此

アンギオ

スバスムスが起ろや否やを檢眼鏡によつて見ろこざは仲々困難の

ここで、此説に贊する人は現今眼科學界に少いこのこ

こである。

五、

一番參考になるは腎臓毒素説

にして、

ツー

ル子ッデ

ン氏は、

犬の腎臟をこつて乳劑こなし、此を家兎に注射して抗犬腎臟冤疫

血清を造り、此を犬の頸動脈に注射して眼底變化を檢し、次いで

組織學的檢索を行つ喪所が眼底には涵濁、鏡檢では網膜

の神經細

胞の周圍に浮腫を見たこ云ふ。併し氏の實驗で動物は試驗

の途中

に死亡し,最後まで檢査したのは僅に犬

一頭に過ぎなかつたこ云

はれて居る。

要するに蛋白尿性網膜炎

の原因ごしては上來述べたるが

如く心臟

の肥大或は末梢血管の收縮による血壓の増加、貧血、血管の變性、

或は尿成分の血液内蓄積

による中毒作用、乃至腎臟毒素説等種々

ありて、孰れが是、孰れが非か大に迷はざるを得ざる状態にある

のであるが、畑及び中泉爾氏の檢索により、抗腎臟発疫血清即ち

腎臟細胞毒素を動物に注入するこ云ふこ、其該當する抗原含有の

腎臟に作用して其機能を障碍するは勿論のこご、血清學上、相似

の抗原性を有する網膜にも働いて茲に蛋白尿性網膜炎の像を惹起

するここが實驗的に確證せられ、腎臓疾患に際し何故網膜炎が繼

發するか、其成因が釋然こ判明するに至つた次第である。

以下、如何にして如上の結論にまで到達するを得るに至りしか其

道程を簡略に敍述するここゝしたい。

先づ既述の如く抗腎臟発疫血清は腎臟浸出液こは勿論のこご、肝

ご網膜浸出液こは隨分高度に補體を結合し、腎臟

こ網膜

こは、

其抗原性に酷似するものあるここを證明したる後、か

ある抗腎臟

発疫血清の外對照こして抗肝臟免疫血清及び抗網膜血清を動物體

内に注入する時、其注入を受けたろ動物に於て如何なる變化が發

現して來るかを檢査して見る。此際實験に

使用した動物は、家兎、

海獏及び犬の三種にして先づ家兎を抗原の供給者ごすれば見疫に

用ゐろ動物は海獏を採用した。即ち家兎の腎、或は肝乃至網膜の

乳劑を作り之にて海獏を発疫して発疫血清を製し弛が、若し海獏

或は犬を抗原の供給者ごしたる揚合には、免疫動物さしては家兎

を選び家兎に海獏或は犬の腎、肝乃至網膜を乳劑ごして注入、以

て免疫血清を拵

へた、つまり家兎、海獏及び

犬の三動物のそれぞ

れより腎、肝、網膜の三種抗原を探り之に就き檢索を行つ弛から

九種の発疫血清を實驗したる解け合になるが、其中海獏及び犬よ

り抗原臟器を探取し、之を以て家兎を處置して獲たる免疫血清に

就いての實驗成績は、家兎より抗原臟器を摘出し之にて海獏を発

Page 6: 所が、其家兎は蛋白尿を排泄し終に尿毒症の症状を …journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/05/...故に腎臟に對し作用する腎臟細胞毒素な於て詳しく説述した樣に、腎臟と肝臟には、乏を形成する成分に、素が發生して來る。然うに、吾等が既に本欄の肝腎相似性の項に起れば、上述の理に基き、腎臟に對して作用する所の腎臟細胞毒

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疫して作製したる発疫血清に就いての實驗成績さ全く符節を合す

るが如く同

一であるから、茲には煩を避くる爲め後者だけ即ち單

に家兎の腎、肝及び網膜

を以て夫々海獏を處置して獲弛る発疫血

清に關する檢索の結果のみを摘録するここゝする。

茲に檢索の結果を摘録す

るに先ち、實驗方法に關

一言せざるべ

からざるは、発疫血清を試驗動物に注入する部位に關するここ之

れであろ、免疫血清の注入によりて網膜に起る變化を檢索するに

當り、從來先人の行びしが如く之を頸動脈に注射するここは大に

疑義のある所である。蓋

し頸動脈に注入後之を繕

紮するこごは眼

に對し決して無關心のも

のにあらざうが故に、畑文李氏は殊に此

點を顧慮し從來先人の行ひ來りし頸動脈内注射乃至頸動脈結紮を

排し、凡て腹腔内注射を行ひ頸動脈結紮の眼に及ぽす影響を皆無

ならしめた。唯、

一つ、頸動脈に免疫血清を

注射するの法なれば

発疫血清は少量の二竓位

にて事足ろこ雖も腹腟中に注射するここ

になるご、大量を必要こし少くも八竓、多きこきは二十五竓の発

疫血清を

一匹の家兎に注射しなければならぬのであつた。斯くし

て全身欺態殊に尿、食慾等を檢し、又檢眼鏡檢査を施し短きは

週日より長きものは二百數十日間の觀察を經喪る後、多くのもの

は耳靜脈より室氣を注射

して塞氣栓塞によりて殺うし、後直に眼

球を摘出し

一〇「プ

ロセント」の「フォルモール」に固定し組織的檢

査を施した。

甲、海獏より採取したる抗家兎腎臟発疫血清を家兎腹腔に注射し

弛る實驗

海獏を家兎腎臟に

て発

て作

したる抗家兎腎臟

発疫血清を家兎腹

腔に注射するこき

は、其成績、大體上

表に示すが

如く、

蛋白尿を起す

こ共

に眼底に溷濁を起

し、組織學的に檢査すれば

網膜に浮腫及び

神經織維の膨化

「グリ

ヤ」の増殖を認め弛。以上は腎臓発疫血清即ち腎臟細胞毒素を注入

したる場合であろが、抗肝臟発疫血清を注射し弛る際、動物の呈

する症歌乃至變化は如何あるべきや。

乙、海獏より綵取し弛ろ抗家兎肝臟冤疫血清を家兎腹腔に注射し

たる實驗

抗肝臟発疫血清帥ち肝臟細胞素

を動物に注入するこ云ふこ尿中

に蛋白だけは幾分出現して來る

一四

一三

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一四

一四

けれさも眼の方には大して變化

を起さざぢは、腎臟細胞毒素の

場合こ大に趣を異にすろ所にし

て此點大に注目に値するこ云ふ

べきであらう。最後に然らば抗

網膜免疫血清を動物の腹腔内に

注射して遺つたならば如何なる

結果を示すべきや。

丙、海獏より採取したる抗家兎網膜発疫血清を家兎の腹腔内に注

射したる實驗

家兎網膜を海獏に注射

して獲たる抗家兎網膜

免疫血清を家兎の腹腔

に注入したる際の症状

も上表に示すが如く蛋

白尿を起すこ共に眼底

に溷濁を見、組織學的

には抗腎臟発疫血清の

揚合こ全く同樣なる變

化を網膜に見るここが

た。

丁、吸牧試驗

上述の實驗により腎臟

こ網膜

こ共邁の抗原を有し、抗腎臟血清は

生體内に於て腎臟以外網膜にも作用するこ同樣、又抗網膜血清も

網膜以外腎臟に對しても生體内作用を發現し得るものなるを證明

し得たが、能く血清學の方で行ふ所の試驗管内吸收試驗を生體内

に於て遺

つて見た。

即ち抗腎臟血清を二分し其

一部には腎臟乳劑を加

へ他部には網膜

乳劑を混じ暫らく靜置の後之を遽心して其各々の

上清を分離し、

同樣又抗網膜血清を兩分し、其

一孚

には、網膜乳劑を、他牛には

腎臟乳劑を混じ

一定時を經過した所で矢張り遠心機にかけ、其各

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各の上清を採取し都合如上の四つの上清に就いて、之を家兎に注

射し牝る時の變化を見弛所が右の樣な結果を示すに至つ弛。

以上の吸收試驗に關する結果を見るこ云ふこ丁度嘗つて肝腎の相

似性の項で述べた樣に矢張り茲でも、腎臟の抗原には、例

へば腎

臟に獨特なる部分

mこ爾ほ此他に網膜に共逋する部分nとの二つ

の成分を含有し、又網膜

の抗原には網膜に獨特なる部分

rと此他

に腎臟に共逋なるnSの二つの成分を混在してるこしなければな

らぬ。

mこnの二つの成分より組成せられてる腎臟抗原で動物を免疫

すれは其各々に該當する抗體MとNを發生するし、又他方

rとn

との二つの成分より成り立ち弛る所の網膜抗原で動物を處置すれ

ば矢張り其各々に該當す

る抗體RとNを形成せられる。

故に抗腎臟免疫血清M+Nに該當する腎臟抗原m+nを加

へ弛る

時は勿論のこと該當せざ

る網腹抗原

r+nを混じてもNとnと相

作用して

一定の反應を呈すろは

必然のことであるし、又抗網膜発

疫血清R+Nに該當する網膜抗原

r+nを合すれば

云ふまでもな

く該當せざる腎臟抗原

m+nを加

へてもNとnと作用して同じく

反應が現はれて來るわけであろ。

もし夫れ吸收試驗に於て抗腎臟発疫血清M+Nを腎臟乳劑

m+n

にて吸收すればMはm、こ、Nはnと結合し、其上清は室盧ごなる

が故にかゝる上清を動物

に注入して遺つても眼底にも網膜にも將

た又尿にも何等の變化を呈せざるに至ることは第

一吸收試驗能く

之を證明して居る。然

るに抗腎臟発疫血清M+Nを網膜乳劑

r+

nにて吸收すればNは

nに結合せられて仕舞

ふけれ,こもMなる腎

臟固有の抗原

mに對すろ抗體は依然上清に殘存する關係上此上清

を動物に注入すれば、第二吸收試驗に見る逋り眼底霊網膜には最

早や變化を誘起する能力が無くなつてるけれきも腎臟固有の

m抗

原に作用し、尿中に蛋白だけは排出せしむる次第である。

又抗網膜免疫血清R+Nを腎臟乳劑なるm+nにて吸收すればN

だけは

nに結合せらるけれ,こもRなる網膜固有の抗原

rに對する

抗體は舊の儘上清に殘つてるからして之を動物に注入すれば第三

吸收試驗から判明する通り矢張り眼底やら網膜に夫々特有の變化

を起すけれさも,腎臟に作用すべき

部分のNが無くなつてるから

して尿中には別に變化が

現はれて來ぬ、併し抗網膜発疫血清R+

Nを網膜乳劑

r+nにて處置するに於ては、Rは

rと、Nはnと

結合し了り、上清は室虚ごなり、之を動物に注入して遣

つても眼

にも尿にも、何等の影響を與

へざるは、第四吸收試驗能く之を證

明して居る。

上來述べた所の實驗によつて逋常の蛋白尿性網膜炎の原因を考

て見ると、慢性腎炎又は萎縮腎の際に何等かの動機の爲に急激に

腎臟疾患の増惡なる樣な場合、腎臟の抗原成分が吸收せられ體中

に於て自家冤疫的に其抗體が出來る樣な揚合、それが

一程度以上

一四

一五

Page 9: 所が、其家兎は蛋白尿を排泄し終に尿毒症の症状を …journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/05/...故に腎臟に對し作用する腎臟細胞毒素な於て詳しく説述した樣に、腎臟と肝臟には、乏を形成する成分に、素が發生して來る。然うに、吾等が既に本欄の肝腎相似性の項に起れば、上述の理に基き、腎臟に對して作用する所の腎臟細胞毒

76

に及べば其爲に

一方に腎臓を侵して其腎炎を檜惑、豫後を不良な

らしむるご同時に他方には網膜を侵して蛋白尿性網膜炎を惹起す

るのではないかご考へられる次第で、その腎臓細胞毒素の網膜を

侵す所以は實に網膜には腎臓ご共通の性質を有する抗原物質を含

有するが爲めである。

一四

一六

(其十)

助鐸

一署師が患者にうまく適合するこご、其の心持の調子よく集まり働

くこごを、昔から馨師の氣韓

ごいふた。我が患者に封してのみな

らす、総じて病人こいふものに封する讐師の

一切の慮接振、醫師

ごして、人間ごして及び業務上の働きを形にするは、其の

一種掲

特の氣轄に依る。書師のやり得る力、醤師の知識、署師の手腕は、

此の氣轄のき

ゝ方で測られる、是れはもう其の馨師の品位の自ら

なる嚢露で、無いものは出ては來ない。昔の馨師は氣轄こいふ意

義の下に、學問ごは正反封の技術者たる所以のものを構

へ成す

切の宛韓適合を言明した、謂は,自畳決定を、

此の所

へ、其の實

際の働きに於て、署人にのみ許され弛別格が出て來

る。此の例外

の位地は、醤人に承認されたわけではないが、其の存在の約束か

ら、自らさうなさるのである。普通人に

は、氣韓を用ふ

るにつきての要望は、距離を認め、之を重んする意味を持

つ、他

人の思はくを測る総ての延長に於て、

此の目には見えねこ、手慮