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ストラスブール市役所(フランス) 「交通政策」から「移動政策」へ ストラスブール市役所 ~世界遺産都市ストラスブールの交通政策~ 報告者: 渡 辺 邦 子 1 概 ストラスブール市の人口は約 26 万 4 千人(2011 年 1 月時点)、ストラスブール共同体と しての人口は約 47 万人である。 ストラスブール市は、フランスを代表する環境都市であり、都市における公共交通機関 導入の成功例としてパイオニア的存在である。 1990 年代からトラム(Tram)を導入し、都心の活性化に成功。中心市街地は世界遺産に 登録されている。 2 説 明 者 ストラスブール市CUS(市・地域共同体:Communaute Urbaine de Strasubourg) 交通・都市開発主任 Mr.Niklaus Roland Mr.Niklaus Roland

「交通政策」から「移動政策」へ ストラスブール市役所...ストラスブール市役所(フランス) 「交通政策」から「移動政策」へ ストラスブール市役所

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ストラスブール市役所(フランス)

「交通政策」から「移動政策」へ

ストラスブール市役所

~世界遺産都市ストラスブールの交通政策~

報告者: 渡 辺 邦 子

1 概 要

ストラスブール市の人口は約 26万 4千人(2011年 1月時点)、ストラスブール共同体と

しての人口は約 47万人である。

ストラスブール市は、フランスを代表する環境都市であり、都市における公共交通機関

導入の成功例としてパイオニア的存在である。 1990年代からトラム(Tram)を導入し、都心の活性化に成功。中心市街地は世界遺産に

登録されている。

2 説 明 者

元 ストラスブール市CUS(市・地域共同体:Communaute Urbaine de Strasubourg)

交通・都市開発主任 Mr.Niklaus Roland

Mr.Niklaus Roland

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ストラスブール市役所(フランス)

3 説 明 内 容

ストラスブールの交通政策の背景

大都市共同体の権限の一つである交通政策とし

て、19世紀に発達した路面電車は 234㎞まで延長さ

れていたが、もともと木造であった車両の傷みが戦

争中、より激しくなり、車の発達・普及に伴い、路

線も変更しやすい路線バスが発達。1960年 5月には

最後の路面電車が廃止され、全廃された路面電車に

替わってバス路線が整備された。

都市計画の面からも、郊外に住宅

や大型店舗の開発が進み、経済的な

豊かさもあって益々、車社会が発達。

しかしその後、都心に向かう車が街

を占領するようになり、大気汚染や

騒音・渋滞が問題化、いわゆるスト

ロー現象が発生し、街の中心が寂れ

ていった。

~トラムの導入~

それらの問題に対応する交通政策の必要性が増し、地上は変更せず地下鉄を整備する「バリ

システム」か、不必要な車を街に入れず街の活性化を図る「トラム」の導入かが争点となった

1989年の市長選挙で、車の乗り入れ規制とトラムの導入を公約に掲げたカトリーヌ・ロットマ

ン市長が当選し、取組をすすめることとなった。当時のミッテラン大統領が社会福祉に力を注

いでおり、地上で走る回廊といわれステップのない低床車両で、身体障がい者も乗りやすいト

ラム導入への影響が大きかったのではないかとも言われている。

1960年以前の路面電車の様子

(説明者の資料から抜粋)

トラム導入前のストラスブールの様子

(説明者の資料から抜粋)

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ストラスブール市役所(フランス)

トラム導入をスタートさせるために、運営は第三セクターの CTS「ストラスブール交通公社」

が、エンジニアリングを行うオフィスはエジスラウス社が担当。多くの利用を実現するために

は、昔の古い路面電車のイメージをどう変えられるかがポイントだとして、1994年には、大き

な窓と大きなドアの素敵なデザイン、乗り降りする時にステップのない低床車両という、これ

までにないモダンな車両を導入。

古い歴史のある街並みを残す市の中心部に環状線を整備し、その内部を歩行者優先ゾーンと

して車の乗り入れを制限(商品の納入等は限定して許可等)、トラムの路線や、それを補完す

る高品質サービスバス(バスレーンで渋滞に巻き込まれず、時刻を守る)の路線も計画的に整

備された。

交差点等はトラム優先によって渋滞に巻き込まれる心配はなく、年々整備を進め今では 27

もの複数路線ができた事によって、現在は3分に1本はトラムがくるようになり、乗客数も大

幅に増大した。

運営の内訳を見ると、運賃収入が 53%、その他収入4%。残りの 43%は、ストラスブール

の市・地域共同体(CUS)からの補助と企業に課せられる地方税である交通税からの補助金で

運営されている。

日本では公共交通も赤字を出してはいけないという感覚があるが、公共交通として実施する

ということは、元々採算が取れないけれど市民のために必要だから公共が税金をつぎ込んでも

実施するという考え方である。

パーク&ライドにも様々なプランがあり、大都市共同体の政策の一つとして、車に乗ってい

た人数分のトラムのチケットが支給されたり、郊外の高速道路を下りたところなどに 500台規

模の駐車場を整備するほか、1枚のチケットで乗り継ぎが可能など、多くの乗客が気軽に利用

できるように工夫されており、20年間でトラムの利用者は1億人増え、街の中に入ってくる車

は 32%減少したとのことである。

ストラスブールのトラム

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ストラスブール市役所(フランス)

~自転車政策~

自転車専用道路も整備されていて、広告代理店 JC デュコーが、ストラスブール市に巨額の

広告料を支払い、市内要所に広告設備(電動式で、様々な広告が順に掲示される)を設置する

権利を取得し、その広告収入等で自転車のレンタルシステムを運営している。

赤字になっても JC デュコーが負担し、黒字になった時には市にも分配するという官民一体

となった取組がなされている。

成功の鍵 ~交通政策から移動政策へ~

トラムの導入に際して、商店街からは当初、反対もあったが、工事中の売り上げを補てんす

るなど、補償委員会を設置して対応したとのことである。

成功の鍵としては、単に交通政策としてだけでなく景観デザイナーにも相談し、街路樹や敷

石、夜も美的に演出するため街灯や建物を照らす照明の工夫等、市職員・民間企業・オフィス・

研究機関など色々な専門家が協力できたことだとのこと。

そのような多くの皆さんの努力による都心の再開発が高い評価をうけ、素晴らしい大聖堂や

古くからの歴史ある街並みを大切に残している環状道路内は世界遺産に登録された。

自転車レンタルシステム JCデュコーの公告例

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ストラスブール市役所(フランス)

4 主 な 質 疑 トラムを復活したことによる効果は、どのようなものか。

→ 1980年初頭、国から、人口 100万人以上の都市は地下鉄を、40~100万人の都市は

軽量型地下鉄の研究をするよう指導があり、地上は変えたくない市民が多かったこと

もあり、ストラスブールでも地下鉄を研究してきた。

1989 年、新しい市長が誕生し、回廊のようにして移動できる低床車両システム

の実現に向けて動き出した。

導入に当たっては、路面電車のマイナスイメージを大きく変えるため、大きな

窓やドア、トラム優先の運用や、窓から見える景色にまでこだわり、市民への説明会

を重ねたことで、利用者の増と車の減少という成果を得た。

市は運行経費の 50%を補助しているが、経済効果をどう評価し、議会をどう説得してい

るのか。

→ トラムが通ることによる利便性の向上以外に、周辺景観もきれいにしたことで、

沿線住民はテラスでのんびりできるようになり、不動産評価も上がるなど、市民や議

会には好意的に受け入れられている。また、毎週、市長等が沿線を見回り、問題がな

いか確認している。

ストラスブール 世界遺産の街並み

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ストラスブール市役所(フランス)

5 所 感 実際にトラムに試乗してみて、どの車両も多くの利用客であふれ、身体障がい者の方々も車

椅子で容易に乗車でき、自転車も一番後ろの車両には乗り込み可能など、住民の皆さんの生活

に欠かせない足として、「交通政策」ではなく、「移動政策」という観点で政策がすすめられ

ていることを実感した。

また、歴史ある古い街並みを残すだけではなく古い建物を店舗としても活用されており、素

晴らしい景観を楽しみながらのオープンカフェも多く、生き生きとした活気あふれる街に感動。

住民の皆さん自らが政策のよさを活用し、街を盛り上げていこうとする気運を感じた。

ストラスブール市役所会議室での説明聴取の様子