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47 William Styron's Sophie 's Choice 一一アウシュヴイッツとアメリカ南部を繋ぐもの一一ー 中村久男 J 411 fl ウィリアム・スタイロン (WilliamStyron) は,処女長編 LieDo nm Darkness (1951) によって,作家としての地位を幸運にも確立したが,彼 は多くの批評家が彼をアメリカ南部作家と見倣すことには強い反発を示し た.Paris Revie ωのインタヴュー (1952) における発言がそれを如実に示し ている. . 1 don'tconsid rmyselfintheSouthernschool whateverthatis Lie DowninDarkness ormostofit wassetintheSouth but1 don't careif 1 never writeabouttheSouthagain rea l1 y.Only certainthings inthe bookareparticularly Southern.1 usedleitmotives-theN egroes for example-that runthroughoutthebook but1 wouldlike tobelieve that my peopl wouldhavebehav dtheway they didanywher このように,自らを南部作家とするを潔しとしないスタイロンではあった が,その後の彼の作品には,.再ぴ南部について書かなくとも気にもしない」 といった彼の発言とは裏腹に,アメリカ南部人としての意識が濃厚に表われ ていることは否定しがたい.彼自身,それを認め, 20 数年後には,先程の発 言を修正しつつ次のように語っている. 1 think probably 1 hadanhonestimpulseinsayingwh t1 didthen

William Styron's Sophie 's Choice 中村久男...William Styron's Sophie's Choice 51 ら,夜は,移民の為の英語教室へ通っていた.教室で教わったエミリ・デイ

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47

William Styron's Sophie's Choice

一一アウシュヴイッツとアメリカ南部を繋ぐもの一一ー

中村久男

、、,J

411

fl

、ウィリアム・スタイロン (WilliamStyron) は,処女長編 LieDo包 nm

Darkness (1951) によって,作家としての地位を幸運にも確立したが,彼

は多くの批評家が彼をアメリカ南部作家と見倣すことには強い反発を示し

た.Paris Revieωのインタヴュー (1952) における発言がそれを如実に示し

ている.

. 1 don't consid巴rmyself in the Southern school, whatever that is

Lie Down in Darkness, or most of it, was set in the South, but 1 don't

care if 1 never write about the South again, real1y. Only certain things

in the book are particularly Southern. 1 used leitmotives-the N egroes,

for example-that run throughout the book, but 1 would like to believe

that my peopl巴wouldhave behav巳dthe way they did anywher巴

このように,自らを南部作家とするを潔しとしないスタイロンではあった

が,その後の彼の作品には,.再ぴ南部について書かなくとも気にもしない」

といった彼の発言とは裏腹に,アメリカ南部人としての意識が濃厚に表われ

ていることは否定しがたい.彼自身,それを認め, 20数年後には,先程の発

言を修正しつつ次のように語っている.

1 think, probably, 1 had an honest impulse in saying wh呂t1 did then

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48 William Styron's Sophie's Cゐiα

about not being a southern writ巴r,and in disclaiming southern roots

But as 1 go alongl do understand there is still a strong pull in my

work toward trying to explain or express certain southern biases, cer

tain southern sympathies, certain southern appreh巴nsions.And there-

for巳 1would amend that to say 1 was wrong. 1 do not consider myself

a southern writer in the sense that, let us say, Eudora Welty might

consider h巴rs巴lfone. . . . Basically, 1 gu巴ss,1 am trying to make a dis-

tinction betwe巴nsouthern r巴gionalism(which can be a very strong,

fine thrust in literature), and my own work, which is southern, but

perhaps not regionally southern.2

南部というアメリカの一地域を題材とする地方作家というレッテルを貼られ

ることは拒みつつも,ここには彼自身の出身地であり, ‘roots,3である南部

に巣くう独自の環境,歴史的背景,特殊性を,自己の作品世界の構成要素と

して取り入れようとする姿勢が窺える.

しかし,彼の発言修正を待つまでもなく,彼の小説世界においては,第一

作 LieDoωn in Dar kness以来,南部が強く意識されていたことは明らかであ

る.Lie Down in Darknessにおいては,ニューヨークで自殺した南部出身の

女性の遺体が南部へ移送され,それが埋葬されるまでの彼女を取り巻く人々

の独白が中心となって,南部人の心情が吐露されてゆく .Set This House on

Fire (1960) は,イタリアのローマを舞台とした小説であるが,その主人

公は,アメリカ南部出身の青年である. 1967年に発表された TheConfessions

of Nat Tumerは,南部に実在した奴隷 NatTurnerの反乱を題材としている.

これらの作品において,スタイロンは南部そのものを描こうとはしていない

かもしれないが,南部人としての意識は自と描出されていると言えよう.

また,このような発言修正によって,スタイロンの作家としての姿勢が変

わったととるのも早計であろう.彼は自己の行き過ぎた発言を修正しただけ

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William Styron's Sophie's Choiα 49

であり,彼の姿勢は一貫しており ,Paris Reviewにおける“ • 1 would like

to believe that my people would have behaved the way they did any-

where."に見られるように,彼は単に南部を題材とするのみならず,それを

通して,現代社会のもつ普遍的問題を描こうとしているのである.

The Confessions of Nat Turner発表以来,約10年後に発表された Sophie's

Choice (1979) は,南部とは一見脈落のないポーランドのアウシュヴイッツ

(Auschwitz) に存在したナチス強制収容所に入れられた経験をもっ女性の

生き様を描いてはいるが,この小説においても南部は強く意識されており,

単にホロコースト (Holocaust)4を題材とする小説に止まってはいない.

この小論においては,何故スタイロンがアウシュヴイッツと南部とを絡め

て描き 9 それによって,何を問いかけようとしているのかを考察してみよう

と思う.

( 2 )

Sophie:s-Choiceにおける語り手であるスティンゴ (Stingo) は,南部出身

の作家であり,スタイロン自身が認めているように, 20才代の作者自身の自

伝的要素を色濃く担った人物であり,スタイロンの作家としての経歴をも重

ね合わされた人物である時は 1947年,ステインゴが22才であった当

時の夏から秋にかけての出来事が,約30年を経て回想されてゆく.

ヴァージニア州出身のスティンゴは,第二次大戦終結後,海兵隊を除隊し,

積年の夢であった作家に成るべく,ニューヨークへと出て来る.彼は取りあ

えず McGraw-Hill社の編集員となるが編集長交代に伴い,彼との折り合

いが悪く,解雇を申し渡される.彼はそれを機に,当初の夢を実現すべく創

作活動に専心することとなる.僅かな退職金では高い下宿に居ることもでき

ず,ブルックリンにあるユダヤ人を中心とした下宿へと移り住む.彼はそこ

でポーランド女性,ソフィー (SophieZawistowska) に出会い,彼女の恋

人であるユダヤ人,ネーサン (Nathan Landau) とも知り合いになり,この

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50 William Styron's Sophie's Choice

二人の生活に巻き込まれてゆく.

ネーサンは,富裕なユダヤ商人の息子で,パイツアー研究所に勤めている

らしい.ソフィーはステインゴの初恋の女性マライア・ハント (MariaHunt)

に似た相貌の持ち主である.ステインゴは,そのマライアが,ニューヨーク

で投身自殺し,その遺体の身元が判明せぬまま,共同墓地に一旦葬られ,そ

の後身元が判明し,ヴァージニアへと移送されて来たことを父の手紙によっ

て知る.このマライアの死が,ステインゴに小説を書き続かせる動機となる

が,マライアの面影を秘めたソフィーに,ステインゴは淡い恋心を抱くよう

になる.ネーサンとソフィーの愛憎物語,そしてスティンゴのソフイーへの

恋が展開してゆく中で,ソフィーの過去が次第に明らかにされてゆく.

ソフイーはポーランドの古都クラーカウ (Cracow,クラクフと同じ)で生

まれ育った美しいポーランド女性である.父は大学教授,母も大学で音楽を

教えていたという.第二次大戦が勃発し, ドイツ軍のポーランドへの進攻に

伴い,父と大学講師の夫とをドイツ軍によるインテリ狩りで失なう.ワルシャ

ワに移住したソフィーは,病床に臥した母に栄養のあるものを食べさせたい

と思い,危険を冒して田舎へ闇買いに行く.その帰路,反ナチス・ドイツの

地下組織を捕える為の一斉手入れの網にヲ|っ掛り,閣で買ったハムを持って

いたというだけの理由でドイツ軍に捕えられ アウシュヴイッツへと送られ

たのである.彼女の子供はアウシュヴイッツで死んだらしいのである.

アシュヴイッツに収容されたソフィーは,ある事件を機に, ドイツ語を完

全に話せ,しかもドイツ語の速記も出来ることがわかり,収容所司令官ルド

ルフ・ヘス (RudolfHoss) のもとで秘書として働くこととなる.しかし,

ヘスがベルリンへと召還されると同時に,元の収容所へと戻され,そこで終

戦を迎えたのであった.その後,スウェーデンの難民収容所で生死の境をさ

迷った後,自由の国,過去の呪縛から解放され得るかに思えたアメリカへと

渡って来たのであった.

ニューヨークにおいて彼女は,脊椎矯正診療所の受付係として働くかたわ

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William Styron's Sophie's Choice 51

ら,夜は,移民の為の英語教室へ通っていた.教室で教わったエミリ・デイ

キンソン (EmilyDickinson)の詩に共感し,ブルックリンの図書館で彼女

の詩集を捜すが,ディケンズ (CharlesDickens) と名を混同して詩集が見

つからず,司書にエミリ・ディケンズの詩集を探して欲しいと申し出て嗣笑

され罵声を浴びせかけられる.そのショックと栄養失調がもとで倒れたとこ

ろを,ネーサンに助けられた.彼は彼女の手首に残る入墨の番号から消しが

たい強制収容所での過去を知ったのであった.

スタイロンは,実際に,スティンゴ同様マクグロー・ヒル社を22才で解雇

され,小説家として身を立てるべく第一長編 LieDown in Darknessを執筆中

に,プルックリンの下宿でソフィーのモデルとなったポーランド女性に出

会ったのであった彼女はもとは敬慶なカトリック教徒であったが,夫と

二人の子供をガス室で失ない,神が私から顔を背けたと語った女性であった.

この女性の思い出が, 37年を経てスタイロンをアウシュヴイッツへと現地取

材に赴かせ,Soρhies Choice執筆の動機をつくったのであった.

この事実に加え,スタイロンの妻はユダヤ人であり,彼の 4人の子供達に

はユダヤ人の血が流れているという思いが,彼をしてユダヤ人大量虐殺の場

所へと赴かせた動機にもなっていると思われる.

スタイロンは,アウシュヴイッツへ行った際の感慨を綴った“Auschwitz"

において,アウシュヴイッツが200万人ものユダヤ人が虐殺された場所のみ

ならず,ソフィーのモデルとなった女性のように, 100万人もの非ユダヤ人(主

にスラブ人)をもこの地上から抹殺した場所であると述べている.この事実

を前にしては,ナチス・ドイツの暴虐は,反ユダヤ主義に基づくものである

という狭量な考えは受け入れ難くなるとして,スタイロンは次のような結論

に達する.

If it [the evil of N azi totalitari品nism]was anti-S巴mitic,it was also

且nti-Christian.And it attempted to be more final th呂nthat, for its ulti-

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52 William Styron's Soρhie's Choice

mate depravity lay in the fact that it was anti-human. Anti-life目7

Sophie '5 Choiceにおいて,スティンゴは,ソフィーの語る虚実取り混ぜ、た

彼女の過去や彼女とネーサンとの常軌を逸した愛,そしてステインゴ自身の

ソフィーへの思いや滑稽なまでに押え難い性的衝動8 それに彼自身の過去

をも語って行くが,その底流を成すものは,スタイロンがアウシュヴイッツ

で認識した‘anti-human','anti-life'に対する強い憤りである.

Sophie '5 Choice全16章のほほ中間に位置する第 9章において,スタイロン

は,スティンゴの語りを通してアウシュヴイッツについて多弁に語る.

ステインゴは,この時点では,ネーサンが分裂病であり麻薬常用者である

ことを知らないが,一時的に狂気に陥り,狂暴になったネーサンは,ソフイー

と脊椎矯正医との仲を疑い,さらに,美しいソフィーがなぜアウシュヴイツ

ツで生き残れたかを疑い,罵り,大喧嘩をした後,ソフィーとネーサンの二

人は下宿から別々の方向へと出て行ってしまう.この様子を見聞きしていた

下宿人でステインゴへの情報提供者の役割を果すモーリス・フインク

(Morris Fink)カ1ネーサンはソフィーに刀wswitch'について罵っていた

が 'Owswitch'とは何かと,ステインゴに問いかける.この第 8章の終わり

の問いかけに答えるかのようにアウシュヴイッツについて語られるのが第 9

章であるこのアウシュヴィッツの存在さえ知らないフインクの問いに

当時のアメリカ人一般のアウシュヴイッツに対する認識が要約されていて見

事な効果を上げている.

第 9章において,スタイロンは,ジョージ・スタイナー (GeorgeSteiner)

が強制収容所の体験を綴った Languageand Silenceを援用しつつ,アウシュ

ヴイッツについて,スティンゴに語らせる.スタイナーの著書は1967年に出

版され,それをスティンゴはその年に読んだと語る.その年は,ネーサンと

ソフィーと過したあの夏から20年を経ており,その間に彼は作家として生計

をたて,しかも, 1967年には多くの読者を獲得した作品も書いたとしている.

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William Styron's S,φhie's Choice 53

(スタイロンの経歴から言えば TheConfessioηs of Nat Turner出版の年であ

る圃)スタイナーの著書を介して,ステインゴはネーサンとソフイーについ

て真剣に考えるようになり,ソフィーを理解する努力を通してアウシュ

ヴイッツを理解しようと努めるのである.

Language and Sileηceによれば,小説家は,ホロコーストを小説の題材に

しようと思えばできるが,ホロコーストのような事実を前にしては,芸術は

それに何もつけ加えることはできず,ただ沈黙を保つのが最善の策であると

されている. しかし,次善の策はと言えば,それを理解しようと努力するこ

とであると述べられている10 スティンゴは最善の策である沈黙には陥らず,

敢えて次善の策をとる.

ソフィーはユダヤ人ではないが,収容所に入れられたという点においては

犠牲者である. しかし,ヘスの秘書を勤め,反ナチスの地下活動家達の支援

を拒んだこと,さらに偏狭な反ユダヤ主義者である父の書いたユダヤ人撲滅

を唱える論文を盾に,ヘスに対して息子ヤン(Jan) の命乞いをしたことな

どを考慮するとナチス・ドイツの共犯者とも思える矛盾だらけの行動をとっ

た女性である.この‘acluster of contradictions' (p. 265)であるソフィー

を通して,アウシュヴイッツのもつ複雑さを理解しようとするのである.

スティンゴは沈黙せずに語る.ソフィーのことを語ることによって,アウ

シュヴイッツが何であったのかを理解しようとするのである.

ステインゴは,戦争中でさえ,ナチスのことは知らず,強制収容所のこと

も知らなかったと言苦る.ソフィーカfアウシュヴイッツに着いたその日には,

自分は海兵隊入隊検査に備え体重を増すため,たらふくバナナを食べていた

と回想する11 全く「別の惑星」の出来事のようなアウシュヴイッツが,ソ

フィーという人物を介して,自分の住む世界へと引き入れられたのである.

(p.264)

それでは,アウシュヴイッツとはイ可であったのか.スティンゴは言昔る.ア

ウシュヴイッツは三つの機能を果した点で、際立っていると.第一点は'8.

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54 William Styron's Sophie's Choice

depot for mass murder'としてであり,第二点は,‘avast enclave dedicated

to the practice of slavery' (p. 286) としての機能を果した点である.この

ナチス・ドイツによって所有された奴隷制は,人間を次から次へと補給して

は消費し尽してしまうという形態の奴隷制であり,この点において人類史上

例をみない奴主主制であった.

ステインゴはさらに、 Cunningof History: Mass Death and the American

Futureの著者である RichardL. Rubensteinの言葉を援用しつつ語る.ナチ

ス強制収容所は新しい形態の人間社会であり,人間を消費し尽くすという考

えに基づく絶対支配の社会であり,ナチスは人間を,命令されれば自らの墓

に横たわり,射殺されるのがわかっていてもその命令に従う道具としてのみ

考えた最初の奴隷所有者であったと.ナチスは死よりも恐しい生きながらの

死 (death-in-life) を強要したのである.ルーピンシュタインの結論を借用

して,スタイロンはスティンゴに次のように語らせている.

As Rubenstein concludes:“The camps were thus far more of a p巴rm乱-

nent threat to the human futu日 thanthey would have been had they

functioned solely as an exercise in mass killing. An extermination

center can only manufacture corpses; a society of total domination

cr巴atesa world of the living dead. . ." (p. 288)

ステインゴは,このルーピンシュタインの言葉から,ソフィーが語った rrrア

ウシュヴイッツがどんな所かをあらかじめ知りさえしていれば,そこに着い

た時点で,たいていの人はガス室行きを願ったでしょう .~J という言葉を思

い出すのであった. (p. 288)

ガス室送りを免れはしたものの生きながらの死を味わねばならなかったソ

フィーは, もとは敬慶なカトリック教徒ではあったが,収容所にいる聞に,

特に息子ヤンの助命嘆願がヘスに聞き入れられなかったと知った時,背を向

けた神への憎みを明らかにしようとして,教会の中での自殺という神への最

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Williarn Styron'sSophie's Choice 55

大の冒漬を考えつく. しかし,その生きながらの死を敢えて生かし続けたも

のは, rルドルフ・ヘスが生きている限り私は死ねない.J (p. 500) という

思いであった.

ソフィーは,アメリカという固において,アウシュヴイッツという名さえ

知らない人々に,彼女の過去を話しでも無駄であると,思っていた. しかし,

彼女はスティンゴにだけは,ネーサンにさえ隠していた幾つかの事実を含め,

彼女の過去を明かすのである.それは 彼女がスティンゴを‘someoneto

serve in place of those religious confessors' (p. 177)とみなしていたからに

他ならない.

ソフィーの最後の告白が為される状況はこうである.ネーサンが狂気に陥

り,彼女とスティンゴの二人をピストルで殺すと電話を掛けてくる.二人は

急ぎネーサンから逃れるべくステインゴの故郷ヴァージニアへと向う.途中,

二人はワシントンで宿をとるが,その折にスティンゴは牧師であると身分を

偽る.この似非牧師に対してソフィーは自己の罪 (guilt) を告白する.彼

女がネーサンにも語らなかった事実の内,最大のものは,彼女がアウシュ

ヴイッツに着いたその日,強制収容所の軍医によって,彼女がユダヤ人では

ないがゆえに,特別の許可を与えられ,彼女の息子ヤンか娘エヴァ (Eva)

のどちらか一人を生かし,もう一人はガス室送りにするように選択を迫られ,

ヤンを生かし,エヴァをガス室に送ったという事実であった.ソフィーは言

う, rll'たとえエヴァの代わりにヤンを左〔ガス室〕に行かせたとじても,何

か変わっていたかしら……何も変わりはしなかったでしょうよ……ただこれ

〔心〕だけが変わってしまったと思うわ.とても傷ついて,石になってしまっ

たわ.~J と. (p.601)

ステインゴは,彼女のこの最後の告白を聞きながらも,そして,彼女の生

きながらの死を支えていた憎悪の対象であるヘスが死んだというニュースを

知りながらも,彼女がネーサンとの死を最後に選択することを止めることが

できなかったのである.ソフイーは,彼女の心を捕えたエミリ・デイキンソ

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56 William Styron's So帥MきChoice

ンの詩,そして,その詩が‘savior'でもあり‘destroyer'でもあるネーサン (p.

163) との出会いをもたらしたのであるが,その詩‘“‘'Be配ca却us臼色 1could not

stQP for Death,l He kindly stopped for me;/ The carriag巴 heldbut jus計t

ourselves/ And Immo町rtalit句y人プ"心,

向い合いつつ生きていたのでで、あり,ネーサンが迎い入れた死の馬車に不死を

求めて,神への最大の冒漬である自殺を犯し永遠に罰せられ続けることに

よって己が罪を蹟おうとして,同乗したのである.

zz才当時のステインゴは,ソフィーの庵大な舎白を聞きながらも,それを

理解しきれなかったのである.彼の心にあったものは,ソフイーの告白と並

行して語られるレスリー (Leslie) やメアリー・アリス (MaryAlice) と

の満されぬ性愛であり,ソフィーを自分のものにしたい,小説を完成させた

いという思いであったのだ.ネーサンとの心中を止め得なかったという罪の

意識によって,ステインゴはソフィーの死を無駄にしてはいけないという思

いに至る.ソフィーの死後,ステインゴは, Iいつの日かアウシュヴイッツ

を理解するだろう.Jという一文を書きつけるが,しかし,彼は30年後には

次のように訂正すべきであろうと語る.

Someday I初 illunderstand Auschwitz. This was a brave statement

but innocently absurd. No one will ever understand Auschwitz. What 1

might have set down with more且ccuracywould have been: Someday I

willτvrite about Sophie's life and death, and thereめIhelp demonstrate how

absolute evil is never extinguished from the world. Auschwitz its巴lfre-

mains inexplicable‘ (p. 623)

ステインゴはソフィーを生かすことはできなかった.しかし,彼女の生と

死について書くことによって,アウシュヴイッツが象搬する「絶対悪jがこ

の世からは決して消滅されることがないということを示そうと思うのであ

る.そして, 30年を経て,ソフイーの生と死を語り,この小説を書く行為を

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William Styron's Sophie's Choia 57

通して,スティンゴは,そしてスタイロンは,人聞を人間でなくし,心を石

と化す「絶対悪」がこの世からは消滅されることがないということを示そう

としているのである.

( 3 )

‘anti-human¥‘anti-life' ,を可能ならしめる「絶対悪」は,アウシュヴイッ

ツにのみ存在したのではない.

ステインゴは,ソフィーの生国ポーランドの歴史とアメリカ南部の歴史を

対照し,風土が似ているばかりでなく,共に貧しい農本主義,封建主義社会

であり,ともに{刷局政権によって探摘された歴史をもっ点においても似てい

ると述べる.さらに共通項として,ポーランドが反ユダヤ主義であり,アメ

リカ南部が白人優先主義,反黒人主義であるという人種差別の歴史をもっ点

を挙げている. (pp. 301-302)

ネーサンは,ソフィーに対し,ポーランドの反ユダヤ主義を責め,彼女が

反ユダヤ主義であったればこそ強制収容所で生き残れたのだと決めつける.

その矛先は,ステインゴにも向けられる.ネーサンは,ステインゴに対し,

白人女性を強姦した疑いで白人による私刑によって惨殺された黒人少年ボ

ピー・ウィード (BobbyW田 d) に対する南部白人の非道を罵りこう言う:

1 say that the fate of Bobby Weed at the hands of white Southern

Americans is as bottomlessly b且rbaric旦sany act performed by the

Nazis during the rule of Adolf Hitler! • • • ." (p. 83)

ステインゴは,ボピー・ウィードの私刑と自分とは関りがないといって責任

を回避しようとするが,ネ)サンはその態度こそ,ナチスの非道を見て見ぬ

ふりをし,その責任を回避しようとするドイツ人の態度と同じであると責め

る. (p. 84)

ボピー・ウィードの件とは関りがないと言い放ったスティンゴであるが,

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58 William Styron's Sophie's Choice

彼には,ボピー・ウィードとの連想で心に重く伸掛る罪の意識が潜んでいる.

スティンゴはマクグロー・ヒル社を辞めた後,金に困っていたが,その時折

良く父より 485ドルの送金を受けたのであった. しかし,その金は,一人の

黒人奴隷少年に纏る物語を秘めた金であった.

ステインゴの祖母は,その父より黒人奴隷アーテイスト (Artiste) を貰

い受け所有していた.アーテイストが16才の時,彼はボピー・ウィードと同

様に,白人の少女より,強姦されたと訴えられる.私刑を恐れたステインゴ

の曽祖父は彼を売ってしまう. しかし,この少女はすぐに別の黒人少年をも

訴えるが,それが作り事であることがわかり,アーテイストの件に関しでも

嘘であることが判明する.ステインゴの曽祖父は八方手を尽してアーテイス

トの行方を捜すが見付からず,その罪の意識ゆえに,アーテイストを売った

代金800ドルを地下の秘密の場所に隠してしまう.その800ドルが最近になっ

て発見され,古銭として5,500ドルの価値がつき,その内の485ドルがスティ

ンゴに与えられたのであった.

奴隷制との忌わしい関係をもっ金で皮肉にもスティンゴは作家としての生

活に専心することができるようになってしまう. 1947年のニューヨークにい

るステインゴではあるが,空間的にも歴史的にも遠く隔った旧南部奴隷制と

の関係が未だに断ち切れないことを彼は自覚するのであった.この金は,し

かし,後になって300ドルばかり盗まれてしまう.ステインゴは,生活を保

障するものがなくなり困り果ててしまうと同時に,血で汚れた金と手が切れ,

奴隷制からも逃れられたことを喜ぶのである.物理的つながりはなくなった

とはいえ,南部出身であるスティンゴは決して奴隷制からは逃れられないと

いう自覚に最終的には至る.そして,いつの日か,奴隷制について,黒人奴

隷反乱をおこした NatTurnerについて書いてみたいと思うのである.

南北戦争以前の旧南部奴隷制の被害者であるアーテイストやナット・ター

ナーの時代から,現代もなお,ホビー・ウィードのような人種差別の被害者

を生み出し,またその一方で,人種差別を助長するデマゴーグ政治家ギルモ

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William Styron's Sophie's Choice 59

ア・ピルボ (GilmoreBilbo)のような人物が出現する南部に対して, 22才

当時のステインコゴゴ、守、は

くのか‘よと嘆息するのであつた.

南部デマゴーグ政治家達は,その経歴の最初においては,一般大衆の為の

民主主義的理想主義に燃え,独占資本主義や大企業に対して声高な反対を唱

えたが,最後には,自己の政治的欲望と野望を満す為に,黒人に対する貧乏

白人労働者 (ζpoor-whiteredneck')が昔から持っている恐怖心や憎悪に付

け込み,それを政治に利用したのだとスティンゴは考える.南部デマゴーグ

政治家達が反黒人主義を政治に利用しようとする策略は,ナチス・ドイツが

反ユダヤ主義を利用する術策と重ねあわされる.

反黒人主義のアメリカ南部と,反ユダヤ主義のポーランドやナチス。ドイ

ツ,また,奴隷制を有したアメリカ南部と新しい形態の奴隷制を有したナチ

ス・ドイツとを二重写しにすることによって,繰り返し, ‘anti-human¥

‘anti-life'を生み出す人間の心にi昔む悪をスタイロンは提示するのである.

( 4 )

J ohn Gardnerは Soρ'hie'sChoiceの主題は“thenature of evil in the indi田

vidual and in all of humanity"13であると指摘しているが,同意できるとこ

ろである.ナチス・ドイツの被害者であるソフィーの心にさえ,息子を救う

為ならばユダ、ヤ人撲滅を唱える父の論文を盾にとったり,反ナチス地下組織

を裏切ることをも辞さぬ,加害者ともなりうる悪が潜んでいる.ソフイーに

救いの手をさし伸べたネーサンにしても,ソフィーを暴力をもってしてでも

絶対的に支配しようとする悪が潜んでいる.そして,スティンゴの心にも悪

は潜んで、おり,それは,一時の楽しみの為に,病気の母を置き去りにし,薪

をくべるのを怠った為,その時の寒さが遠因で母の死期を早めたというエピ

ソードによって語られる.スタイロンは,誰れの心にも潜在する悪を描き出

すのである.

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60 William Styron's Sophie's Choiα

ガードナーはさらに,スタイロンが商部文学,特に南部ゴシック小説の伝

統の最後の孤塁を守っていると強く意識している点を指摘した上で,次のよ

うに述べている.

Styron makes a point in Sophie's Choice, of naming his influences

Thomas Wolfe, Faulkner, Robert Penn Warren,日tc.-and claims, in

Nathcm Landau's voice, that he has surmounted them. In Sophie's

Choice he does far mor巴 thanthat: He transf巴rs. . . the conventions and

implicit metaphysic of the Southern Gothic-esp巴ciallyas it was

handled by Robert Penn Warren-to the world at large. It is no longer

just the South that is grandly decayed, morally tortured, ridd巳nwith

madmen, idiots and wealkings, socially enfeebled by inc巴stand other

perversions: it is the world14

このガードナーの見解は,スタイロンに対する強い皮肉や攻撃が込められ

ているにもかかわらず¥スタイロンの一面を鋭く指摘しており ,Louis D

Rubin, Jrによって行われたインタヴューの席で,スタイロン自身が発言し

た内容といみじくも一致している点がある.

1 [Styron] don't think it's possible to make any direct comparisons be-

tween southern slavery and. N azi slav巴ry,but the two are somehow

linked in what you, Red [Robert Penn Warren], were describing as a

kind of evolutionary dehumanizing process which is all around US.15

この発言は,スタイロンがSophie's Choice執筆当時の1977年に行われたも

のであり,同席していた Rob巴rtPenn Warrenの次のような発言を受けてな

されたものである.

The very strong personal sense in the South th丘tmakes tales worth

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William Styron's Sophie's Choice 61

telling ‘・ー isinvolved sornehbw in the question of how person且lityis

preserved in the face of the rnore and rnore rnechanized, cornputerized

world of technology16

スタイロンは,テクノロジー万能の世の中で,我々の日常生活の中でおこっ

ている非人間化の過程を,すでに歴史上においては過去のものとなった南部

の奴隷制,そして,ナチス・ドイツが強制収容所でおこなった新しい形態の

奴隷制にその顕著な例をみてとっているのである.しかも,その非人間化が,

特殊な地域や場所でおこっているのではなく,我々のまわりで徐々に進行し

ていることをスタイロンは深く懸念しているのである.しかも,その非人間

化をなし得るのは人間自身であり,それゆえ,人類が人類を滅亡に導く可能

性を字んでいるのである.次に挙げる彼の発言がそのことを如実に示してい

る.

We ourselves are the agents of our own destruction, and this is what

rnakes hurnan existence so desperately perilous. Our b巴autifuloppor-

tunities which we have as hurnan beings are absolutely d←

stroyed because of our proclivity toward hatred and toward rnassive

dornination of each other. That is slavery and Auschwitz!17

人間が人聞を完全に支配し,非人間化し得たのがアウシュヴイッツであり,

古文子家常日で、あった. スタイロンはさらに “Total dornination of hurnan be-

ings by others up to the point of巴xterrninations田 rnsto rne to corne as

close as one can to th巴 notionof absolute evil."18と述べており, r絶対悪J

に対峠する‘thegreatest good'は自由 (freedorn) であり,絶滅 (exterrni-

nation) という形態を用い,不合理にも,そして不正にも,罪のない人々か

ら完全に自由を奪い去ることが「絶対悪」であると語っている19 まさにア

ウシュヴイッツはこの「絶対悪」を具現し象慨する存在である.

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スタイロンは,スタイナーのいう最善の策である沈黙に陥ることなく敢え

て,ホロコーストをとりあげ,アウシュヴイッツを素材とすることによって,

そして,それを旧南部奴隷制と二重写しにすることによって,歴史上この「絶

対悪Jが存在しえたことを,そして,スティンゴが奴隷制との関係から決し

て逃れられぬように,我々も,また,その事実から逃れられないことを示そ

うとしているのである.つまり,時代,場所,その形態は異なろうとも,人

間は,個人を個人でなくし,人から自由を奪い,人間を非人間化する行為を

歴史上繰り返し行い得たことを,そしていつの世も常にその可能性を, r絶対悪Jへの可能性を秘めていることを提示しているのである.ここに,アウ

シュヴイッツとアメリカ南部は繋がり,それはまた,非人間化の波にさらさ

れている現代の我々が真撃に受け止めねばならない問題を苧んでいるのであ

る20

1 Ma¥colm Cowley, ed., Writers at Work: The Paris Review Inter抑制(NewYork:

The Viking Press, 1958), p. 272

2 Robert K Morris, ed., The Achievement of William Styron (revised ed.: Athens,

Georgia: The University of Georgia Press), p. 32

3 スタイロンは, Louis D. Rubin, Jrのインタヴューに答え,“、.• I've had to

acknowledg巴 myown southern roots throughout, and I've never lost sight of

them. と述べている.“TheSouth: Distance and Change. A ConversatIon

with Robert Penn Warren, William Styron and Louis D. Rubin, Jr.," The Amer

ican South: Portrait of a Culture, ed. LD. Rubin, Jr. (Baton Rouge and London:

Louisiana State U. P., 1980), p. 306

4 ホロコーストは本来ユダヤ教の全焔祭を意味するが,一般には大虐殺を意味し,

特に3 第二次大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺をさす.

5 τhomas Lask, “William Styron's ‘Choice'," New York Times Bo叩okReれvze悶包ωI(σJan

ary 19肝79め), p. 4必3を参H照官.

6 William Styron,“The Message of Auschwitz," New Yorkηmes, 25 June 1974,

p. 37 (Op-Ed page); rpt“Auschwitz," in This Quiet Dust and Other ~ヰ'ritings (N ew

York: Random House, 1982), p. 304及び“LieDown in Darkness," Ibid, p. 293

を参照されたい.

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7 W. Styron,“Auschwitz," lbid., p. 304‘

8 スティンゴの性的遍歴については,レスリーやメアリー・アリスとの成就されな

い恋愛騒動によって語られるが,この二つのエピソードはソフィーの告白の問にう

まく挿入され,この重苦しい小説の comicreliefとして働いており効果的である.

9 スタイロンはフォークナーの影響を受けていることを自身認めているが,ここで

フインクの聞いに対して答える形でステインゴがアウシュヴイッツについて語る形

式は,フォークナーの Absalom,Absalom!において Quentinが Shreveの“Tell

a bout the South. What 's it like there. o'に答える形でサトペン家の物語を語る形式を想

起させる.また,父親からの手紙が有効に使われている点も,両作品に共通する.

10 W. Styron, Sophie's Choice (New York: Bantam Books, 1980), p. 265.これ以降,

この書物に関する引用はすべてこの版に依る.本文中に,ページ数を括弧内に入れ

示す.

11 大虐殺が行われている一方において,それとは全く無関係に暮している人間が同

時に存在することを説明する為に,ここに GeorgeSteinerの‘timerelation'という

考えが導入される.Sc同ie'sChoice, pp. 262-263を参照のこと.

12 T. H. Johnson, ed., The Poems of EmiかDickinson(Camb. Mass.: Belknap Press

of Harvard U. P., 1955)においてNo.712と分類されている詩.

13 John Gardner,“A Novel of Evil," The New York Times Book Review (May 1979),

pp. 1, 16-17; rpt. in Cη・ticalEssays on TれlliamStyron, ed. Arthur D. Casciato and

James L. W. West III (Boston: G. K. Hall, 1982), p. 247.

14 ]. Gardner, lbid., p. 249.

15 “The South: Distance and Change," The American South, p鳥 321.

16 lbid., p. 321

17 The Achievement of William Siりron,p. 57

18 lbid, p. 67

19 lbid., p. 67

20 スタイロンは人間の持つ「絶対悪Jの可能性を強調しつつも,この小説を完全な

絶望では終えていないことを付記しておく.ソフイーとネーサンの葬儀の後,泥酔

したスティンゴは浜辺で夜を明かす.翌朝,最後の審判の朝かと思い目覚めてみる

と,その朝はすばらしく晴れた朝で,彼は子供達によって砂に埋められているのを

知る.この最後の場面にみられる再生のイメジャリ一一一夜明け,目覚め,砂によ

る埋葬の後の復活等 (p.626)ーーは,スティンゴがソフィーの死後書き付けたも

う一つの文“Letyour love flow out on allliving things." (p. 623)を‘areminder of

so.me fragile yet perdurabl巴hope'(p. 624)として,今なお保持している事と共に,

絶望の後の再生,希望を暗示している.