科学技術振興調整費 成果報告書 - JSTRFC p140、p40、p38、p37、p36...

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科学技術振興調整費 成果報告書

若手任期付研究員支援 中間評価

「哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明」

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究計画の概要 p.1

研究成果の概要 p.2

研究成果の詳細報告

1. ヒト REV1-REV7複合体の精製と生化学的解析 p.7

2. REV3タンパク質の大腸菌での発現誘導系の確立 p.11

3. DNA複製装置の再構成系の確立 p.14

4. ユビキチン関連酵素の精製法の確立 p.18

5. REV1タンパク質の新規な生化学的性質の解析 p.21

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

1

図1、DNAポリメラーゼ置換反応のモデル

研究計画の概要

■ 研究の趣旨

突然変異の誘発は全ての生物に普遍的な生命現象であり、進化や多様性の保証、免疫など生物にとって必要不可欠

な機能である。一方で突然変異の多くは有害であり、遺伝病や発がんの原因となる。さらに突然変異の誘発は、放射線や

環境変異原による主要な生物影響の一つであり、その分子機構の解明は医学的、社会的に極めて重要である。本研究の

目的はこの突然変異誘発のメカニズムを分子レベルで解明することにある。

これまでに突然変異誘発の制御機構は細菌を使った遺伝学によって明らかにされてきた。酵母においては、突然変異

の誘発には多くの遺伝子が関与しており、それらの遺伝子が欠損すると突然変異が誘発されない。このことから突然変異

の誘発には、DNA に対してこれらの遺伝子産物が積極的に作用することが必要不可欠であると考えられ、それらの遺伝子

産物は3種類のグループに分類される。

1つめはDNAに直接作用する酵素群であり、この酵素が実際に塩基置換を導入すると考えられる。これらの酵素は損傷

乗り越え DNA ポリメラーゼと呼ばれる特殊な DNA ポリメラーゼをコードする遺伝子、REV1、REV3、REV7 の遺伝子産物で

ある。2つめは複製型の DNA ポリメラーゼ、Polδとそのサブユニットである。Polδは DNA 合成の忠実度が高く DNA 複製

に必要不可欠な酵素であり、損傷塩基を鋳型にDNA伸長反応を続けることができない特徴を持つ。現在、Polδがどのよう

な分子機構で突然変異誘発に関与しているかは明らかでない。3つめはユビキチン連結酵素群(RAD6、RAD18、MMS2、

UBC13)である。RAD6 と RAD18、MMS2 と UBC13 はそれぞれ複合体を構成し、ユビキチン連結酵素 E2 となる。近年、

RAD6-RAD18複合体は PCNAにユビキチンを転移する機能をもつことが明らかとなり、この反応が突然変異の誘発に重要

な役割を担っていることが示された。

現在、突然変異の誘発には次のようなモデルが考えられている

(図1)。複製型の DNA ポリメラーゼ、Polδは損傷部位では DNA

合成を停止する(1)。この状態は細胞にとって致死的であるが、

損傷乗り越え DNA合成経路はこれを回避するための細胞応答の

一つである。まず、この停止したポリメラーゼをシグナルとして、

RAD6-RAD18 複合体が PCNA をモノユビキチン化する(2)。これ

により複製型の Polδが複製装置からはずれ(3)、損傷乗り越え

型の DNA ポリメラーゼと入れ替わる(4)。損傷乗り越え型の DNA

ポリメラーゼは忠実度が低いために、この付近では、高頻度で突

然変異が誘発されるが、細胞死は回避される。

酵母を使った遺伝学により明らかとなったこれらの遺伝子群は哺乳類においても保存されており、本研究ではヒトでの突

然変異誘発の分子機構に迫るために、ヒトの相同タンパク質因子群を網羅的に精製し、試験管内でその生化学反応を再

構成することを目的としている。この再構成系をつかって上記のモデルを検証するとともに、実際にどのような生化学反応

が、突然変異の誘発に関与するのかを知りたいと考えている。

■ 研究の概要

本研究では、以下の研究を行い突然変異誘発のメカニズムを分子レベルで、つまり DNA 損傷がどのような生化学的過

程を経て突然変異となるか、そしてその生化学的過程を触媒する酵素がどの様な制御を受けて機能するかを、明らかにし

たいと考えている。まずは突然変異誘発に関与すると考えられるヒトのタンパク質因子を組み換えタンパク質として精製する

ことが第一の目標である。 第二に、これらのタンパク質因子のそれぞれの生化学的性質を解析し、再構成に向けた基礎

的データを得る。最終的には上記の研究結果をふまえて、損傷乗り越え DNA 合成反応を試験管内で再構成し、その生化

学的反応を詳細に解析する。

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

2

研究成果の概要

■ 総 括

本プロジェクトは、次の3段階から成る。第一にヒトのタンパク質因子を組み換えタンパク質として精製する方法を確立す

る。第二にこれらタンパク質因子の生化学的性質を詳細に解析し、その酵素の基礎的データの収集を行う。最後にこれら

の実験結果をふまえて損傷乗り越え DNA合成反応を試験管内で再構成し、その生化学的反応を詳細に解析する。

ヒトでの突然変異誘発に関わる生化学反応を再構成するにあたり、酵母の遺伝学的解析から提唱されているモデル(図1)

に示されているタンパク質因子は最低限必要とされる。これらのタンパク質の多くはタンパク質複合体を構成しており、組み換

えタンパク質の精製は容易ではない。本研究で目標とする詳細な生化学的解析には高度に精製したタンパク質因子が大量

に必要とされる。そこで本研究では大腸菌を使ったタンパク質複合体の発現誘導系を構築し、タンパク質複合体を大量に、

そして高度に精製する方法の確立が必要不可欠であった。その最低限必要とされるタンパク質因子群を表1に示した。

表1本研究で最低限必要とされるタンパク質因子

タンパク質因子 サブユニット構成 機能

DNA複製装置

Polδ p120、p66、p50、p12 DNAポリメラーゼ ◎

RFC p140、p40、p38、p37、p36 PCNAのローディング ◎

RPA p70、p32、p14 単鎖 DNA結合 ◎

PCNA ホモ3量体 DNAポリメラーゼの安定化 ◎

損傷乗り越え DNA合成

REV1-REV7複合体 REV1、REV7 dCMP転移酵素 ◎

Polζ REV3、REV7 DNAポリメラーゼ △

ユビキチン関連酵素

E1 単量体 ユビキチン活性化酵素 ◎

RAD6-RAD18複合体 RAD6、RAD18 ユビキチン連結酵素 E2、ssDNA結合 ○

MMS2-UBC13複合体 MMS2、UBC13 ユビキチン連結酵素 E2 ◎

達成度: ◎、精製終了; ○、精製条件を確立; △、部分精製

これまでの2年間の研究から、第一段階はほぼ8割達成した。表1に示した全てのタンパク質因子においてタンパク質複合

体の発現誘導系を構築し、可溶性タンパク質として回収できることを確認した。また、精製法に関しても Polζと RAD6-RAD18

以外は全て確立し、それらのタンパク質因子を活性のあるタンパク質複合体として精製を終了した。RAD6-RAD18 に関して

は精製の条件をほぼ確立し、大量精製を行う段階である。Polζに関しては現在部分精製の段階である。

第二段階については、REV1 タンパク質の生化学的解析を精力的に行い、REV1 タンパク質のきわめて興味深い新しい

生化学的性質を見いだした。現在、Polδによる DNA複製装置の詳しい生化学的データを収集している。

このように本プロジェクトはほぼ順調に進展している。Polζに関しては精製が難航しているため、発現精製方法の抜本

的改変の検討が必要である。

■ サブテーマ毎、個別課題毎の概要

研究全体は、5つのサブテーマに分け研究を行った。

1.ヒト REV1-REV7複合体の精製と生化学的解析

本研究では、組み換え REV1、REV7 遺伝子を大腸菌で過剰発現させ、タグのない REV1、REV7 タンパク質と

REV1-REV7複合体の精製法を確立した。これらは、将来の再構成実験に必要不可欠なタンパク質因子である。

2. REV3 タンパク質の大腸菌での発現誘導系の確立

本研究では、REV3 遺伝子のコドン組成を改変することによって、大腸菌での REV3 タンパク質の生産量を増加させ部分

精製に成功した。今後はさらに精製条件を検討し、精製度の高い標品を得ることをめざす。

3. DNA複製装置の再構成系の確立

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

3

本研究では、タグのない Polδ、RFC、PCNA、RPA を大腸菌で過剰発現させ、それぞれを活性のある、組み換えタンパク

質複合体として精製することに成功した。これらのタンパク質は十分なDNA合成活性を示し、再構成系に使用できるタンパ

ク質標品であることが分かった。

4. ユビキチン関連酵素の精製法の確立

本研究ではタグのない MMS2-UBC13複合体を大腸菌で過剰発現させ組み換えタンパク質複合体として精製することに

成功した。また、タグのない E1 を昆虫細胞で発現させ精製した。本研究で精製した MMS2-UBC13複合体と E1は再構成

実験に十分な精製度と活性をもつことが分かった。

5. REV1 タンパク質の新規な生化学的性質の解析

本研究では、REV1タンパク質の生化学的性質を詳しく解析した。その結果、REV1タンパク質は ssDNA結合活性をもち、

ssDNAに結合したREV1はその ssDNA上にあるプライマー末端だけに特異的にターゲティングされることがわかった。おそ

らく、REV1 タンパク質は ssDNA 上をスライディングしていると考えられる。この性質は他の DNA ポリメラーゼには観察され

ず、一部欠失型の REV1 では消失することから、REV1 に特異的に備わっている性質である。この結果は、REV1 の最初の

ターゲットがプライマー末端というよりは ssDNAである可能性を示唆した。

■ 波及効果、発展方向、改善点等

突然変異は発がんの主な原因の一つであることは明らかであり、その分子メカニズムの解明は重要課題である。本研究は、

発がんの分子機構を解明するために必要な知見を与えるものであり、極めて緊急性が高い。実際に、紫外線により皮膚がん

を発症する色素性乾皮症の原因遺伝子の1つが、損傷乗り越え DNA ポリメラーゼの1つ Polηをコードする遺伝子であること

を大阪大学の花岡先生のグループが明らかにしており、損傷乗り越え DNA合成と発がんとの関連が指摘されている。

また、放射線によって引き起こされる主要な生物影響の一つである突然変異誘発のリスク評価は社会的に極めて重要な

緊急課題である。本研究の成果は放射線による突然変異誘発のリスク評価を可能にし、医療現場で使用される検査や治療

に必要不可欠な放射線のリスクを管理し、安全に使用するための科学的知見を与えるものと期待できる。また、このリスク評

価は、原子力発電所などによる放射能漏れ事故の際に、的確な医学的対応を行うためにも必要とされるものである。本研

究の成果は、我が国のエネルギー政策に必要不可欠な「原子力の平和的利用」の推進にも役立つものと期待される。よっ

て本研究の成果は生物学的貢献だけではなく、社会的、経済的に極めて多大な波及効果を持つ。

最近、免疫グロブリン遺伝子の突然変異誘発にも、損傷乗り越え DNA 合成の関与が示唆されるようになった。免疫グロ

ブリン遺伝子の突然変異誘発は、免疫の多様性を生むための分子機構であり、最も興味深い生命現象の1つである。本研

究成果は、この分野の発展にも寄与する可能性が大いに考えられる。実際にいくつかの損傷乗り越え DNA ポリメラーゼの

機能を欠損することにより、免疫グロブリンの突然変異のパターンに変化が見られることが示されている。

本研究は損傷乗り越え DNA 合成反応の再構成を目的としているが、これを第一段階として将来は、損傷乗り越え DNA

合成反応から、DNA 複製装置へのポリメラーゼ交換反応の解析や、他の修復系、特に組み換え修復機構との相互作用に

ついて再構成系を活用していきたいと考えている。最終的には、S 期における DNA 代謝反応を試験管内でできるところま

で再現したい。

これまでの2年間の研究では大腸菌を利用した組み換え遺伝子の発現誘導系がとてもよく機能した。しかし、唯一 REV3

タンパク質に関しては大腸菌での発現誘導が難しく他の方法も考慮する必要がある。今後は他の発現誘導系についても

積極的に導入し、様々なタンパク質に対応できるようにしていくことが重要である。

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

4

RFC

REV1

DNA ポリメラーゼ δ

PCNA DNA損傷

REV7

損傷乗り越えDNA合成のメカニズム

複製型のDNAポリメラーゼが停止した際に現れるssDNAにREV1-REV7複合体がターゲティングされる。

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

5

■ 所要経費

(単位:百万円)

所要経費

研 究 項 目 担当機関等 研 究

担当者 H15

年度

H16

年度

H17

年度 合計

1. 哺乳類での突然変異誘発の分子機

構の解明

(1) ヒト REV1-REV7複合

体の精製と生化学的

解析

(2) REV3 タンパク質の大

腸菌での発現誘導系

の確立

(3) DNA複製装置の再構

成系の確立

(4) ユビキチン関連酵素の

精製法の確立

(5) REV1 タンパク質の新

規な生化学的性質の

解析

広島大学

広島大学

広島大学

広島大学

広島大学

増田 雄司

増田 雄司

増田 雄司

増田 雄司

増田 雄司

15

所 要 経 費 (合 計) 14 13 14 41

■ 所要経費

(単位:百万円)

(1)ヒト

REV1-REV7複

合体の精製と生

化学的解析

(2)REV3 タンパ

ク質の大腸菌

での発現誘導

系の確立

(3)DNA複製装

置の再構成系

の確立

(4)ユビキチン関

連酵素の精製

法の確立

(5)REV1 タンパ

ク質の新規な生

化学的性質の

解析

人件費 0 1 2 8 1 12

備品費 0 0 0 0 0 0

消耗品費 3 6 7 7 6 29

旅費 0 0 0 0 0 0

計 3 7 9 15 7 41

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

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■ 研究成果の発表状況

(1) 研究発表件数

原著論文による発表 左記以外の誌上発表 口頭発表 合 計

国 内 2件 0件 9件 11件

国 際 2件 1件 2件 5件

合 計 4件 1件 11件 16件

(2) 特許等出願件数

該当なし

(3) 受賞等

該当なし

(4) 主な原著論文による発表の内訳

国内誌(国内英文誌を含む)

本研究に関連して発表した論文

1. 増田雄司,増田憲治,神谷研二:「損傷乗り越えDNA合成に関与するヒトREV1-REV7複合体の生化学的解析」,

広島医学,57(4 Suppl.), 432-434, (2004)

2. 増田雄司,神谷研二:「損傷乗り越え DNA合成に関与するヒト REV1 を阻害する DNA構造の解析」, 長崎医学

会雑誌,79別冊, 139-141, (2004)

関連して発表した論文

該当なし

海外誌

本研究に関連して発表した論文

1. Masuda Y, Ohmae M, Masuda K, Kamiya K. :「Structure and enzymatic properties of a stable complex of the

human REV1 and REV7 proteins」, J Biol Chem, 278(14), 12356-12360, (2003)

関連して発表した論文

1. Guo C, Fischhaber PL, Luk-Paszyc1 ML, Masuda Y,Zhou J, Kamiya K, Kisker C, Friedberg EC. :「Mouse Rev1

protein interacts with multiple DNA polymerases involved in translesion DNA synthesis」, EMBO J, 22,

6621-6630, (2003)

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

7

1. ヒト REV1-REV7複合体の精製と生化学的解析

広島大学原爆放射線医科学研究所

増田 雄司

■ 要 約

酵母で同定された REV1、REV3、REV7遺伝子は、損傷乗り越え DNA合成に関与し、突然変異の誘発に重要な役割を

担っている。最近村雲らは、ヒト REV7はヒト REV1のC末端領域で相互作用することを示した「引用文献1」。しかしながら、

REV1 と REV7 が水溶液中で安定な複合体を構成するかどうか、また REV7 タンパク質が、REV1 の機能にどう影響するか

は明らかにされていない。本研究では、REV1 と REV7が安定な複合体を構成するかどうかを調べるため、REV1 と REV7タ

ンパク質を精製し、試験管内での再構成を試みた。その結果、REV1 と REV7は複合体として試験管内で再構成することが

でき、その複合体は 500 mMの NaCl存在下でも安定であった。また、複合体の分子量をゲルろ過法とショ糖密度遠心法に

よって求めたところ、REV1-REV7複合体はヘテロダイマーであることが分かった。精製したREV1-REV7複合体の詳しい生

化学的解析の結果、ヒト REV7 は REV1 の安定性、酵素活性、基質特異性に全く影響を与えないことが分かった。おそらく

REV7は他のタンパク質と相互作用することにより REV1タンパク質や他の因子との複合体形成に機能していると思われる。

本研究で精製した、REV1、REV7、REV1-REV7 複合体は、将来の再構成実験に十分な精製度をもった必要不可欠なタン

パク質因子である。

■ 目 的

本研究では、タグを使わないヒト REV1 と REV7タンパク質の精製法を確立し、ヒト REV1 と REV7が水溶液中で安定な複

合体を構成するかどうか、また複合体を構成するならばその複合体の精製法を確立し、REV7タンパク質が REV1の機能に

どう影響するかを調べることを目的とした。

■ 研究方法

組み換え REV1タンパク質の精製は「引用文献2」に従って行った。組み換え REV7タンパク質は、組み替えヒト REV7遺

伝子を大腸菌で過剰発現させた後、ニッケル親和性クロマトグラフィー、ヘパリン親和性クロマトグラフィー、MomoQ クロマト

グラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィーにより精製した。REV1-REV7複合体は、組み替え REV1、REV7遺伝子を大腸菌で

共発現させた後、ニッケル親和性クロマトグラフィー、ヘパリン親和性クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィーを行い

精製した。精製したタンパク質のdNMP転移活性は、dNTPとマグネシウムの存在下でのプライマー伸長反応により「引用文

献2」「引用文献 3」「引用文献 4」に従って検出した。

■ 研究成果

ヒト REV7 タンパク質の詳細な生化学的解析を行うためには高純度の精製標品が欠かせない。まず、大腸菌で REV7遺

伝子を過剰発現させるために、IPTG によって発現誘導が可能な REV7 遺伝子を運ぶプラスミドを構築した。このプラスミド

を保持する大腸菌を 15℃で培養した後、OD600の値が 0.6 になったところで IPTG を添加し REV7 遺伝子の発現を誘導し

た。発現誘導後 10時間で細胞を回収し粗抽出液を調整した。SDS-PAGEによる解析から REV7 タンパク質は 24 kDaのタ

ンパク質として誘導され、その大部分は不溶性であったが、一部は可溶性の粗抽出画分に回収されることが分かった。

REV7 タンパク質はニッケル親和性カラムに吸着することが分かったので、この粗抽出液をニッケル親和性カラムクロマトグ

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

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ラフィーにより分画した。さらに、ヘパリン親和性カラムクロマトグラフィー、MonoQクロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフ

ィーにより精製した(図1A)。

まず、REV1 タンパク質と REV7 タンパク質が安定な複合体を構成するかどうかを調べるために、精製した REV1 と REV7

タンパク質(図1A)を試験管内で混合した後、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分画した(図1B)。ゲルろ過クロマトグラフィ

ーにおいては、REV7 タンパク質は通常 24 kDa付近に溶出されるが、REV1 タンパク質存在下では、REV1 タンパク質と同

じ画分(見かけ上 400 kDa)付近に溶出した(図1B)。この結果は REV1 タンパク質と REV7 タンパク質が安定な複合体とし

て試験管内で再構成できることを示している。

図1 REV1-REV7複合体の精製。A、精製した組み換え REV1(レーン 1)、REV7(レーン 2)タンパク質。B、REV1-REV7複合体の試験内再

構成。精製した REV1(a)、REV7(b)または、REV1 と REV7 を試験管内であらかじめ混合した後(c)ゲル濾過法により分離し、各画分を

SDS-PAGEで解析後、クマシー染色した。C、REV1-REV7複合体の精製。REV1 と REV7遺伝子を大腸菌内で共発現させ、複合体として精製した。図は精製最終段階のゲル濾過クロマトグラフィーの各画分を SDS-PAGE で解析後クマシー染色した。下のパネルは抗 REV1

抗体、抗 REV7抗体によるウエスタンブロットの結果を示した。

次に、REV1-REV7複合体の生化学的解析を行うために、REV1遺伝子と REV7遺伝子を大腸菌で共発現させるプラスミ

ドを構築した。このプラスミドからは REV1と REV7遺伝子が一つのオペロンとしてアラビノースによって誘導される。このプラ

スミドを保持する大腸菌を 15℃で培養した後、OD600の値が 0.6 になったところでアラビノースを添加し二つの遺伝子の発

現を誘導した。発現誘導後 10 時間で細胞を回収し粗抽出液を調整した。次に、この粗抽出液からニッケル親和性カラムク

ロマトグラフィー、ヘパリン親和性カラムクロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィーによりREV1-REV7複合体を精製した

(図1C)。

図2 REV1-REV7 複合体による dNMP 転移反応の基質特異性。鋳型塩基 G(a)、A(b)、T(c)、C(d)、脱塩期部位(e)に対して dGTP(G)、

dATP(A)、dTTP(T)、dCTP(C)、4種類の dNTP(N)を反応させ、変性アクリルアミドゲル電気泳動により解析した。

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

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REV1-REV7複合体の dNMP転移活性はプライマー伸長法により解析した(図 2)。その結果、REV1-REV7複合体は鋳

型上の A、T、Cに対して dCMPを挿入し、鋳型上の Gに対しては、dCMP と dGMP、dTMPを挿入する活性があることが分

かった。酵素反応のキネティクスを調べたところ、鋳型 G に対して dCMP を取り込む反応が最も効率よく起こることが明らか

となった(表 1)。次に、DNA 損傷の一つ、脱塩基部位に対する dCMP 転移反応を解析したところ、効率よく dCMP を挿入

することが明らかとなった(図2、表 1)。

表1.REV1および、REV1-REV7複合体の dCMP転移反応おける dCTPの親和性と転移反応のキネティクス

______________________________________________________________________________________ REV1 REV1-REV7

______________________________________________________________________________________ Template kcat Km kcat/Km kcat Km kcat/Km

(min-1) (mM) (min-1 mM-1 ) (min-1) (mM) (min-1 mM -1)

______________________________________________________________________________________ G 3.0 0.54 5.5 3.7 0.64 5.8

A 3.1 23 0.14 2.5 34 0.073

T 1.6 180 0.009 1.6 200 0.0083

C 1.8 170 0.011 2.1 240 0.0086

AP 4.9 7.6 0.65 4.5 18 0.26

______________________________________________________________________________________

■ 考 察

本研究では、組み換え REV7 遺伝子を大腸菌で過剰発現させ、REV7 タンパク質を高度に精製する方法を確立した。こ

の REV7 タンパク質を使用した生化学的解析結果から、REV1 タンパク質と REV7 タンパク質は試験管内で複合体として再

構成できることを明らかにした。この REV1-REV7複合体は REV1と REV7遺伝子を大腸菌内で共発現させることによっても

再構成することができ、各種クロマトグラフィーを通して安定な複合体として精製されることを示した。次に精製した

REV1-REV7 複合体の活性を測定したところ、その活性は REV1 単独の活性とほとんど同等であり、REV7 タンパク質は

REV1 タンパク質の酵素活性にはおおきく影響しないことが明らかとなった。おそらく REV7 タンパク質は、他のタンパク質と

相互作用することにより REV1 タンパク質や他の因子との複合体形成に機能していると考えられる。本研究で精製した、

REV1、REV7、REV1-REV7複合体は、将来の再構成実験に必要不可欠なタンパク質因子である。

■ 引用文献

1. Murakumo Y, Ogura Y, Ishii H, Numata S, Ichihara M, Croce CM, Fishel R, Takahashi M. :「Interactions in the

error-prone postreplication repair proteins hREV1, hREV3, and hREV7」, J Biol Chem, 276(38), 35644-35651, (2001)

2. Masuda Y, Kamiya K. :「Biochemical properties of the human REV1 protein」, FEBS Lett, 520(1-3), 88-92, (2002)

3. Masuda Y, Takahashi M, Fukuda S, Sumii M, Kamiya K. :「Mechanisms of dCMP transferase reactions catalyzed by

mouse Rev1 protein」, J Biol Chem, 277(4), 3040-3046, (2002)

4. Masuda Y, Takahashi M, Tsunekuni N, Minami T, Sumii M, Miyagawa K, Kamiya K. :「Deoxycytidyl transferase

activity of the human REV1 protein is closely associated with the conserved polymerase domain」, J Biol Chem,

276(18), 15051-15058, (2001)

■ 成果の発表

原著論文による発表

国内誌(国内英文誌を含む)

1. 増田雄司,増田憲治,神谷研二:「損傷乗り越え DNA 合成に関与するヒト REV1-REV7 複合体の生化学的解

析」, 広島医学,57(4 Suppl.), 432-434, (2004)

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

10

国外誌

1. Masuda Y, Ohmae M, Masuda K, Kamiya K. :「Structure and enzymatic properties of a stable complex of the

human REV1 and REV7 proteins」, J Biol Chem, 278(14), 12356-12360, (2003)

原著論文以外による発表(レビュー等)

国内誌(国内英文誌を含む)

該当なし

国外誌

該当なし

口頭発表

招待講演

該当なし

応募・主催講演等

1. 増田雄司、増田憲治、神谷研二:「損傷乗り越え DNA 合成に関与するヒト REV1-REV7 複合体の生化学的解

析」,広島国際会議場, 第 44回原子爆弾後障害研究会,2003.6.1

2. 増田雄司、増田憲治、神谷研二:「損傷乗り越え DNA 合成に関与するヒト REV1-REV7 複合体の生化学的解

析」,放射線影響研究所(広島), 第 28回中国地区放射線影響研究会,2003.7.31

3. Yuji Masuda, Kenji Kamiya:「Molecular roles of the human REV1 protein in induced mutagenesis by ionizing

radiation」, 長崎ブッリックホール, 広島大学21世紀 COE シンポジウム“Cellular Responses to Genomic

Damage and Carcinogenesis”, 2004.11.25-27

特許等出願等

該当なし

受賞等

該当なし

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

11

2. REV3 タンパク質の大腸菌での発現誘導系の確立

広島大学原爆放射線医科学研究所

増田 雄司

■ 要 約

ヒト REV3 タンパク質はヒトでの損傷乗り越え DNA 合成反応の生化学的解析に必要不可欠なタンパク質因子の一つで

ある「引用文献 5」。REV3遺伝子は 350 kDa という巨大タンパク質をコードすることから、組み換えタンパク質の発現誘導が

難しい。本研究では組み換え REV3タンパク質を大腸菌で効率よく発現誘導させる系を構築し、組み換え REV3タンパク質

の精製法を確立することを目的とした。まず、ヒトREV3遺伝子を大腸菌で発現させたところ、REV3タンパク質に相当する産

物を確認することができなかった。ヒト REV3 遺伝子のコドン組成は大腸菌での使用頻度の低いコドンが多く、REV3 タンパ

ク質をコードするコドン3133個のうち、大腸菌での使用頻度の低いコドンは763個みいだされ、これが大腸菌での発現の阻

害要因であると考えられた。そこで、763個のコドンのうち 299個を使用頻度の高いコドンに置換したところ発現の改善がみ

られた。この誘導された REV3タンパク質は細胞抽出液に可溶性タンパク質として回収され、Flagタグと Hisタグの利用した

クロマトグラフィーにより部分精製することができた。

■ 目 的

ヒト REV3 タンパク質はヒトでの損傷乗り越え DNA 合成経路の生化学的解析に必要不可欠なタンパク質因子の一つで

ある。本研究では組み換え REV3タンパク質を大腸菌で効率よく発現誘導させる系を構築し、組み換え REV3タンパク質の

精製法を確立することを目的とした。

■ 研究方法

図1 PCRによる効率的な塩基置換導入法

■は大腸菌での使用頻度が低いコドンを示す。その部位にプライマー(F1〜F4、R1〜R4)を設定し PCR を行

う(STEP1)。それぞれの PCR 断片を精製した後、混合し(STEP2)、これを鋳型として両端のプライマーで

PCRを行うと(STEP3)全ての断片が結合した DNA断片が得られる。

REV3 タンパク質をコードするコドン 3133個のうち、大腸菌での使用頻度の低いコドンが 763個見いだされた。本研究で

はまず、これらのコドンを大腸菌での使用頻度の高いコドンに改変するための簡便な方法を確立した(図1)。

まず、コドンを改変したい部位に塩基置換の導入された相補的な2つの合成オリゴヌクレオチド(例えば図1の F2 と R1)

をデザインする。これらの合成オリゴヌクレオチドをプライマーとして、図1のような組み合わせ(図1では 4 種類の組み合わ

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

12

hREV3 (25%)

hREV3* (14%)

せ)で PCR を行うと、コドンが改変された様々な PCR 断片が得られる。次に、これらの PCR 断片を精製、混合した後、これ

を鋳型として一番端のプライマー(図1では、F1 と R4)で PCRを行うとこれらの PCR断片が一つに繋がった DNA断片を得

ることができる。

実際にこの方法により、大腸菌での使用頻度の低いコドン 763 個のうち、299 コドンを使用頻度の高いものに置換した。

以下ではこの改変 REV3遺伝子を REV3*とする(図2)。

次に REV3*遺伝子の N-末端にHisタグを、C-末端に Flagタグを付け、アラビノースで誘導されるプロモーターから発現

を誘導した後、Flag タグと His タグを利用したクロマトグラフィーにより部分精製した。

■ 研究成果

REV3 タンパク質をコードするコドンの25%は大腸菌での使用頻度の低いコドンである(図2)。これらのコドンを置換しそ

の頻度を14%までにした REV3*遺伝子を構築した(図2)。

図2 REV3遺伝子と REV3*遺伝子のコドン組成の模式図。

縦線は大腸菌での使用頻度の低いコドンを示している。()内は使用頻度の低いコドンの割合を示す。

次にこの REV3*遺伝子を大腸菌で過剰発現させるために、アラビノースによって発現誘導が可能な REV3*遺伝子を運

ぶプラスミドを構築した。また、精製を簡便にするために、N-末端にHisタグを、C-末端にFlagタグを付けた。このプラスミド

を保持する大腸菌を 15℃で培養した後、OD600の値が 0.6になったところでアラビノースを添加しREV3*遺伝子の発現を誘

導した。発現誘導後経時的に細胞を回収し、誘導されたタンパク質を SDS-PAGEにより解析した(図 3A)。その結果、遺伝

子改変前には観察されなかった REV3タンパク質を確認することができた(図 3A)。次に、細胞粗抽出液を Flag抗体カラム

クロマトグラフィーとニッケル親和性カラムクロマトグラフィーにより分画し、部分精製標品を得た。(図 3B)。

図3 REV3の発現誘導と部分精製 A、REV3の発現誘導。アラビノース添加後、大腸菌の全タンパク質を SDS-PAGEで解析した。B、REV3の部分精製。レーン 1、Flag抗体カラム溶出画分。レーン2,ニ

ッケルクロマトグラフィー素通り画分。レーン3,ニッケルクロマトグラフィー溶出画分。

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

13

■ 考 察

本研究では、ヒト REV3 遺伝子のコドン組成を改変し、REV3 タンパク質の大腸菌での過剰発現に成功した。発現した

REV3タンパク質は細胞抽出液に可溶性タンパク質として回収され部分精製に成功した。今後はさらに精製条件を検討し、

精製度の高い標品を得ることをめざす。

■ 引用文献

1. Lawrence CW, Maher VM.「Eukaryotic mutagenesis and translesion replication dependent on DNA polymerase ζ and

Rev1 protein」, Biochem Soc Trans, 29, 187-191. (2001)

■ 成果の発表

原著論文による発表

国内誌(国内英文誌を含む)

該当なし

国外誌

該当なし

原著論文以外による発表(レビュー等)

国内誌(国内英文誌を含む)

該当なし

国外誌

該当なし

口頭発表

招待講演

該当なし

応募・主催講演等

該当なし

特許等出願等

該当なし

受賞等

該当なし

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

14

3. DNA複製装置の再構成系の確立

広島大学原爆放射線医科学研究所

増田 雄司

■ 要 約

試験管内で損傷乗り越え DNA 合成反応を再構成し、ポリメラーゼ交換反応を解析するためには、複製型の DNA ポリメ

ラーゼとそのアクセサリータンパク質が必要不可欠である。本研究では、タグのない Polδ、RFC、PCNA、RPA を大腸菌で

過剰発現させ、それぞれを組み換えタンパク質複合体として精製することに成功した。さらにこれらの因子を用いて、M13

ssDNA を鋳型とした DNA合成反応を再構成することができた。その活性はこれまでに報告されている Polδの活性にほぼ

一致するものであった「引用文献 6」「引用文献 7」。本研究により最低限のDNA複製装置の再構成系を確立することがた。

本研究で精製した、Polδ、RFC、PCNA、RPA は、将来の再構成実験に十分な精製度をもった必要不可欠なタンパク質因

子である。

■ 目 的

本研究では、DNA複製装置の再構成に必要不可欠なタンパク質因子の発現誘導系と精製法の確立を目的とした。

■ 研究方法

表1タンパク質の発現誘導に使用したプラスミドと宿主大腸菌

_____________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________

因子 宿主大腸菌 プラスミド 複製起点 耐性薬剤 a 誘導されるサブユニット

_____________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________

PCNA BL21(DE3) pT7-PCNA pMB1 Ap PCNA

RPA BL21(DE3) p11d-tRPA pMB1 Ap p70, p32, p14

Pol δ BL21-CodonPlus-RP(DE3)b pACYC-argU-proL p15A Cm

pET-POLD12/120 pMB1 Ap p12, 120

pGBM-POLD50/66 pSC101 Sm p50, 66

RFC BL21(DE3) pGBM-RFC140 pSC101 Sm p140

pET-RFC37/40 pMB1 Ap p37, p40

pCDFK-RFC38/36 CloDF13 Km p38, p46

_____________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________ aAp, アンピシリン; Cm, クロラムフェニコール; Sm, ストレプトマイシン; Km, カナマイシン. bBL21-CodonPlus-RP (DE3) は STRATAGENE社より購入

本研究で使用したプラスミドは表1に示した。PCNAを発現するプラスミド「引用文献 8」と RPAを発現するプラスミド「引用

文献 9」はそれぞれ九州大学の釣本敏樹先生とアメリカ合衆国の MS Wold先生より供与頂いた。p120をコードする遺伝子

は九州大学の釣本敏樹先生より供与頂いた「引用文献 10」。Polδは4つのサブユニット(p120、p66、p50、p12)から成る4量

体であるため、p120 と p12をコードする遺伝子をタンデムに配置し1つのプラスミドに、p66 と p50をコードする遺伝子をタン

デムに配置し別のプラスミドに連結させた(表1)。これら二つのプラスミドは大腸菌内で共存でき、異なった抗生物質で選

択できるものを選んだ(表1)。それぞれのプラスミドが運ぶ2つの遺伝子は1つの T7 プロモーターからオペロンとして発現

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

15

するようにデザインした。RFC は5つのサブユニット(p140、p40、p38、p37、p36)から成る5量体であるため、p140 をコードす

る遺伝子を1つのプラスミドに、p40 と p37をコードする遺伝子をタンデムに配置し別のプラスミドに、p38 と p36をコードする

遺伝子をタンデムに配置しさらに別のプラスミドに連結させた(表1)。これら三つのプラスミドは大腸菌内で共存でき、異な

った抗生物質で選択できるものを選んだ(表1)。2つの遺伝子を運ぶプラスミドは1つのT7プロモーターからオペロンとして

発現するようにデザインした。

組み換えタンパク質は、これらの遺伝子を表1に示した宿主大腸菌に導入し過剰発現させた後、各種クロマトグラフィー

を行い精製した。酵素活性の測定は、M13 ssDNA を鋳型とした DNA合成反応時の[32P]dCMPの取り込みによって測定し

た。反応産物はアルカリアガローズゲル電気泳動により解析した「引用文献 11」。

■ 研究成果

PCNAの精製

PCNAの精製は釣本先生らが確立した方法に従って行った(図1)「引用文献 8」。

RPAの精製

p11d-tRPAを運ぶ大腸菌 BL21(DE3)を 15℃で培養した後、OD600の値が 0.6になったところで IPTGを添加し RPA遺伝

子の発現を誘導した。発現誘導後 12時間で細胞を回収し粗抽出液を調整した。次に、この粗抽出液からホスホセルロース

カラムクロマトグラフィー、ヘパリン親和性カラムクロマトグラフィー、SP イオン交換カラムクロマトグラフィー、MonoQ カラムク

ロマトグラフィーにより精製した(図1)。

図1 精製したタンパク質因子。RFCの*は p140の分解産物

Polδの精製

まず、大腸菌で Polδの遺伝子を過剰発現させるために、IPTGによって発現誘導が可能な各サブユニットの遺伝子を運

ぶプラスミドを構築した(表1)。Polδのサブユニットのうち p12 は宿主大腸菌 BL21(DE3)では発現しなかったが、大腸菌で

使用頻度の低い tRNA遺伝子を運ぶプラスミドを保持した大腸菌BL21CodonPlus- RP(DE3)では効率よく発現することが分

かった。

そこで、Polδの遺伝子を運ぶプラスミドを保持する大腸菌 BL21-CodonPlus-RP(DE3)を 15℃で培養した後、OD600の値

が 0.6になったところで IPTGを添加し遺伝子の発現を誘導した。発現誘導後 15時間で細胞を回収し粗抽出液を調整した。

Polδの精製においては、Polδのサブユニットの1つ p66がニッケルカラムに親和性があることを見いだしたので、まずは細

胞粗抽出液からニッケル親和性カラムクロマトグラフィーにより分画した。さらに、カラムから溶出された Polδをヘパリン親

和性カラムクロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィーにより精製した(図1)。最後のゲルろ過クロマトグラフィーの段階

では Polδの全てのサブユニットが同じ画分に溶出した。

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

16

図2(左)精製した各タンパク質因子の

DNA合成反応における要求性

図 3(右)PCNAのタイトレーション。反応産物は

アルカリアガローズゲル電気泳動により解析した。

RFCの精製

大腸菌で RFCの遺伝子を過剰発現させるために、IPTGによって発現誘導が可能な各サブユニットの遺伝子を運ぶプラ

スミドを構築した(表1)。RFC遺伝子を運ぶプラスミドを保持する大腸菌BL21(DE3)を 15℃で培養した後、OD600の値が 0.6

になったところで IPTGを添加し遺伝子の発現を誘導した。発現誘導後 24時間で細胞を回収し粗抽出液を調整した。次に、

この細胞粗抽出液からヘパリン親和性カラムクロマトグラフィー、ATPアガローズカラムクロマトグラフィー、Qイオン交換カラ

ムクロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィーにより精製した(図1)。最後のゲルろ過クロマトグラフィーの段階では RFC

の全てのサブユニットが同じ画分に溶出した。

酵素活性の測定

精製したタンパク質因子の酵素活性はM13 ssDNAを鋳型としたDNA合成反応により検討した。その結果、DNA合成反

応には全ての因子が必要であることを確認した(図2)。また、反応産物の解析の一例を図3に示した。図3は様々な PCNA

の濃度で DNA 合成反応を行い、反応産物をアルカリアガローズゲル電気泳動により解析した結果である。これらの結果か

ら、本研究により精製したタンパク質因子は全て十分な活性を示し、再構成実験に使用できるものであることが分かった。

■ 考 察

本研究では、タグのない Polδ、RFC、PCNA、RPA を大腸菌で過剰発現させ、それぞれを組み換えタンパク質複合体とし

て精製することに成功した。これらのタンパク質は十分なDNA合成活性を示し、再構成系に使用できるタンパク質標品である

ことが分かった。今後はこの複製装置の生化学的データを収集し、ポリメラーゼ交換反応の再構成を試みる予定である。

■ 引用文献

1. Podust VN, Chang LS, Ott R, Dianov GL, Fanning E.:「Reconstitution of human DNA polymerase δ using

recombinant baculoviruses: the p12 subunit potentiates DNA polymerizing activity of the four-subunit enzyme」, J Biol

Chem, 277(6), 3894-3901, (2002)

2. Podust VN, Fanning E.:「Assembly of functional replication factor C expressed using recombinant baculoviruses」, J

Biol Chem, 272(10), 6303-6310. (1997)

3. Fukuda K, Morioka H, Imajou S, Ikeda S, Ohtsuka E, Tsurimoto T:「Structure-function relationship of the eukaryotic

DNA replication factor, proliferating cell nuclear antigen」, J Biol Chem, 270(38), 22527-2234,(1995)

4. Henricksen LA, Umbricht CB, Wold MS.:「Recombinant replication protein A: expression, complex formation, and

functional characterization」, J Biol Chem, 269(15), 11121-11132, (1994)

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

17

5. Shikata K, Ohta S, Yamada K, Obuse C, Yoshikawa H, Tsurimoto T.:「The human homologue of fission Yeast cdc27,

p66, is a component of active human DNA polymerase δ」, J Biochem (Tokyo), 129(5), 699-708, (2001)

6. Wu CA, Zechner EL, Marians KJ.:「Coordinated leading- and lagging-strand synthesis at the Escherichia coli DNA

replication fork. I. Multiple effectors act to modulate Okazaki fragment size」, J Biol Chem, 267(6). 4030-4044. 1992

■ 成果の発表

原著論文による発表

国内誌(国内英文誌を含む)

該当なし

国外誌

該当なし

原著論文以外による発表(レビュー等)

国内誌(国内英文誌を含む)

該当なし

国外誌

該当なし

口頭発表

招待講演

該当なし

応募・主催講演等

該当なし

特許等出願等

該当なし

受賞等

該当なし

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

18

4. ユビキチン関連酵素の精製法の確立

広島大学原爆放射線医科学研究所

増田 雄司

■ 要 約

損傷乗り越え DNA 合成反応の再構成においてはユビキチン関連酵素として最低限4種類のタンパク質因子

(RAD6-RAD18 複合体、MMS2-UBC13 複合体、ユビキチン活性化酵素 E1、ユビキチン)を必要とする「引用文献 12」。本

研究ではタグのない MMS2-UBC13 複合体を大腸菌で過剰発現させ組み換えタンパク質複合体として精製することに成功

した。また、E1についてはタグのないマウスE1を昆虫細胞で発現させ精製した。さらにこれらの因子がユビキチン転移活性

もつことを確認した。RAD6-RAD18 複合体については現在精製を行っているところである。本研究により大腸菌で発現した

ユビキチン関連酵素複合体が十分な活性をもつことが明らかとなり、本研究で精製した MMS2-UBC13 複合体と E1 は将来

の再構成実験に十分な精製度をもった必要不可欠なタンパク質因子である。

■ 目 的

本研究では、ユビキチン関連酵素として RAD6-RAD18 複合体、MMS2-UBC13 複合体、ユビキチン活性化酵素 E1 の発

現誘導系の構築と精製法の確立を目的とした。

■ 研究方法

RAD6-RAD18 複合体、MMS2-UBC13 複合体を大腸菌で過剰発現させるために、RAD6 と RAD18 遺伝子、MMS2 と

UBC13 遺伝子をそれぞれタンデムに T7 プロモーターの下流に連結させたプラスミドを構築した。MMS2-UBC13 複合体は

DE52 クロマトグラフィー、ヘパリン親和性クロマトグラフィー、MomoS クロマトグラフィーにより精製した。

E1 はマウスE1遺伝子を運ぶバキュロウイルスを東京薬科大学の安田秀世先生から供与頂いた「参考文献13」。E1を昆虫細胞

で発現させた後ユビキチン親和性クロマトグラフィー、MomoQ クロマトグラフィーを行い精製した「参考文献 14」(図1A)。ユビキチ

ンカラムは His タグをつけたユビキチンを大腸菌で過剰発現させ、ニッケル親和性カラムクロマトグラフィーにより精製したものを

BioRad社のAffigelに結合させ使用した「参考文献14」。Hisタグをつけたユビキチンを発現するプラスミドは聖マリアンナ医科大学

の太田智彦先生から供与頂いた「参考文献 15」。タンパク質のユビキチン転移活性は、Sigma 社から購入したユビキチンと E1、

MMS2-UBC13 複合体を ATP とマグネシウム存在下インキュベートし、ユビキチン二量体の形成反応として測定した。

■ 研究成果

大腸菌で MMS2-UBC13 複合体を過剰発現させるために、IPTG によって発現誘導が可能な各サブユニットの遺伝子を

運ぶプラスミドを構築した。MMS2 と UBC13 遺伝子をタンデムに運ぶプラスミドを保持する大腸菌 BL21(DE3)を37℃で培養

した後、OD600 の値が 0.6 になったところで IPTG を添加し遺伝子の発現を誘導した。発現誘導後 5 時間で細胞を回収し粗

抽出液を調整した。次に、DE52 クロマトグラフィー、ヘパリン親和性クロマトグラフィー、MomoS クロマトグラフィーにより精製

した(図1A)。最後の MomoS クロマトグラフィーの段階では2つのサブユニットが同じ画分に溶出した。

精製した酵素の活性は、MMS2-UBC13 複合体と E1 をユビキチンと ATP、マグネシウム存在下で反応しユビキチン二量

体の生成反応として測定した(図1B)「参考文献 16」。その結果、ユビキチン二量体が経時的に増加し、ユビキチン転移反

応が観察された。この結果から、MMS2-UBC13 複合体と E1 が十分な酵素活性をもつことが明らかとなった。

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

19

図1 MMS2-UBC13 複合体と E1 のユビキチン転移活性。A、精製標品の SDS-PAGE 解析。B、MMS2-UBC13

複合体と E1 によるユビキチン転移反応の解析。MMS2-UBC13 複合体と E1 をユビキチンと ATP、マグネシウ

ム存在下で反応し、SDS-PAGE で解析後、銀染色した。

■ 考 察

本研究ではタグのない MMS2-UBC13 複合体を大腸菌で過剰発現させ組み換えタンパク質複合体として精製することに

成功した。また、E1 についてはタグのないマウス E1 を昆虫細胞で発現させ精製した。本研究により大腸菌で発現したユビ

キチン E2 が十分な活性をもつことが明らかとなり、本研究で精製した MMS2-UBC13 複合体と E1 は将来の再構成実験に

十分な精製度をもった必要不可欠なタンパク質因子であることがわかった。

■ 引用文献

1. Broomfield S, Hryciw T, Xiao W.:「DNA postreplication repair and mutagenesis in Saccharomyces cerevisiae」, Mutat

Res, 486(3), 167-184, (2001)

2. Honda R, Tanaka H, Yasuda H.:「Oncoprotein MDM2 is a ubiquitin ligase E3 for tumor suppressor p53 」, FEBS Lett,

420(1), 25-27. (1997)

3. Haas AL, Bright PM.:「The resolution and characterization of putative ubiquitin carrier protein isozymes from rabbit

reticulocytes」, J Biol Chem, 263(26), 13258-13267, (1988)

4. Ohta T, Michel JJ, Schottelius AJ, Xiong Y.:「ROC1, a homolog of APC11, represents a family of cullin partners with an

associated ubiquitin ligase activity」, Mol Cell, 3(4), 535-541, (1999)

5. McKenna S, Spyracopoulos L, Moraes T, Pastushok L, Ptak C, Xiao W, Ellison MJ. :「Noncovalent interaction between

ubiquitin and the human DNA repair protein Mms2 is required for Ubc13-mediated polyubiquitination」, J Biol Chem,

276(43), 40120-40126, (2001)

■ 成果の発表

原著論文による発表

国内誌(国内英文誌を含む)

該当なし

国外誌

該当なし

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

20

原著論文以外による発表(レビュー等)

国内誌(国内英文誌を含む)

該当なし

国外誌

該当なし

口頭発表

招待講演

該当なし

応募・主催講演等

該当なし

特許等出願等

該当なし

受賞等

該当なし

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

21

5. REV1 タンパク質の新規な生化学的性質の解析

広島大学原爆放射線医科学研究所

増田 雄司

■ 要 約

損傷乗り越え DNA 合成反応を試験管内で再構成するためには、再構成に必要な各タンパク質因子の詳しい生化学的

性質をあらかじめ調べる必要がある。本研究では、REV1 タンパク質の生化学的性質を詳しく解析した。その結果、REV1 タ

ンパク質は ssDNA 結合活性をもち、ssDNA に結合した REV1 はその ssDNA 上にあるプライマー末端だけに特異的にター

ゲティングされることがわかった。この過程で REV1 タンパク質は ssDNA 上をスライディングしていると思われる。この性質は

他の DNA ポリメラーゼには観察されず、一部欠失型の REV1 では消失することから、REV1 に特異的に備わっている性質

である。この結果は、REV1 の最初のターゲットがプライマー末端というよりは ssDNA であることを示唆している。

■ 目 的

損傷乗り越え DNA 合成を試験管内で再構成するためには、再構成に必要な各タンパク質因子の生化学的性質をあら

かじめ詳しく調べる必要がある。本研究では、REV1 タンパク質の詳しい解析を行いその生化学的性質を調べることを目的

とした。

■ 研究方法

組み換え REV1 タンパク質の精製は「引用文献 2」に従って行った。また、欠失型の変異 REV1 タンパク質の精製は「引

用文献 4」に従って行った。REV1 の dCMP 転移活性は、dCTP とマグネシウムの存在下でのプライマー伸長反応により「引

用文献2」「引用文献 3」「引用文献 4」に従って検出した。

Polα、Polβ、Polηは大腸菌で過剰発現させた後、各種クロマトグラフィーにより精製した。Polα「引用文献 17」、Polη

「引用文献 18」の cDNA は名古屋大学の鈴木元先生と大阪大学の花岡文雄先生にそれぞれ供与頂いた。

■ 研究成果

REV1 の生化学的解析により、REV1 タンパク質が ssDNA に高い親和性をもつことが明らかとなった(図1A)。図1A は

REV1 の ssDNA 結合反応をゲルシフト法により検出した結果を示した。興味深いことに ssDNA との見かけ上の親和性は

ssDNA の長さに依存して高くなった(図1A)。次に、ssDNA が REV1 の dCMP 転移反応に及ぼす影響を調べるために、

ssDNA の存在下での酵素活性を測定した(図1B)。その結果、ssDNA はきわめて低い濃度で REV1 の dCMP 転移反応を

阻害することが分かった。この阻害は ssDNA の長さに依存して強くなり(図1C)、ssDNA との見かけ上の親和性(図1A)と相

関する結果を得た。この結果は、ssDNA が REV1 に結合することによって dCMP 転移反応を阻害していることを示唆した。

そこで、REV1 の ssDNA 結合領域を同定する目的で、REV1 の欠失変異体を作成し(図1D)、ゲルシフト法によりそれら欠

失変異体の ssDNA 結合活性を測定した(図1E)。その結果、作成した全ての欠失変異体が同等の ssDNA 結合活性をもつ

ことが分かった(図1E)。この結果は、REV1 の ssDNA 結合領域は全ての欠失変異体に共通する 341 番目から 829 番目ま

での領域にあることを示している。この領域は野生型REV1と同等の活性をもつ最小REV1として同定した領域である。次に

これらの欠失変異体の酵素活性が ssDNA によって阻害されるかについて調べた。すると不思議なことにこれら変異体が同

等の ssDNA 結合活性をもつにもかかわらず(図1E)、阻害効果には大きな違いが見いだされた(図1F)。

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

22

図1 A、32P で標識した様々な長さの ssDNA(Poly dCT)と REV1 によるゲルシフトアッセイ。B、REV1 の dCMP 転移反応における ssDNA

の阻害効果。C、ssDNA による阻害効果の定量的解析結果。D、欠失型 REV1 の模式図。E、32P で標識した poly(dCT)30 と欠失型 REV1

によるゲルシフトアッセイ。F、欠失変異型 REV1 の dCMP 転移反応における poly(dCT)30 の阻害効果。G、32P で標識した poly(dCT)30 と

REV1 によるゲルシフトアッセイにおけるプライマーテンプレートの競合阻害効果。H、G の定量結果。I、プライマーテンプレートの塩基配

列。J、REV1のdCMP転移反応における13-mer/91-merの阻害効果。K、13-mer/30merと13-mer/91-merのプライマー末端へのdCMP

転移反応の経時変化。 L、REV1 の dCMP 転移反応における選択的反応性。プライマーテンプレート 13-mer/30mer(a)または

13-mer/91-mer(b)、17-mer/33-mer(c)、13-mer/30mer と 17-mer/33-mer(d)、13-mer/91-mer と 17-mer/33-mer(e) と REV1 を反応さ

せた。 M、欠失変異型 REV1 の dCMP 転移反応における選択的反応性。プライマーテンプレート 13-mer/30mer と 17-mer/33-mer(a)ま

たは 13-mer/91-mer と 17-mer/33-mer(b)と欠失変異型 REV1 を反応させた。

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

23

特に欠失変異体Δ#5(図1D)はほとんど阻害されないことが明らかとなった(図1F)。そこで、REV1 と ssDNA との結合と、

REV1 とプライマーテンプレートとの結合を競合させ、見かけ上の結合安定性を測定した。32P で標識した ssDNA と REV1 と

の結合を解析したゲルシフトにおいて、標識していないプライマーテンプレートを様々な濃度で添加し、その影響を測定し

た(図1G)。その結果、欠失変異体Δ#5 は ssDNA との結合が見かけ上不安定であることが分かった(図1G、H)。これらの

結果から、欠失変異体Δ#5 が ssDNA により阻害されない原因が、ssDNA との結合の不安定性にあることが推察された。一

方、野生型の REV1 では N-末端と C-末端の領域によって ssDNA との結合が安定化していることが示唆された。

これまでの実験は、REV1 が dCMP を転移するプライマーテンプレートに対してトランスに ssDNA を添加した際の影響を

観察したものであったが、次にはプライマーテンプレートが長い ssDNA 領域をもつ場合の影響について観察したいと考え

た。そこで、テンプレートの長さの違う2種類のプライマーテンプレートを作成した(図1I)。その一つ(13-mer/30-mer)は通

常の酵素反応測定用の基質であり、もう一つはテンプレートの5’末端にTCを31回繰り返す配列を連結させた長いssDNA

領域をもつ 13-mer/91-mer である(図1I)。まず、このプライマーテンプレートに連結した ssDNA 領域が REV1 の反応を阻

害するかどうかを、通常の反応条件に 13-mer/30-mer または、13-mer/91-mer をトランスに添加して測定した(図1J)。その

結果、13-mer/91-mer は REV1 の dCMP 転移反応を阻害することを確認した(図1J)。次に、これらのプライマーを 32P で標

識し、そのプライマー末端に dCMP が重合されるかどうかを観察した(図1K)。図1K は dCMP 転移反応の経時変化をプロ

ットしたものであるが、どちらのプライマーテンプレートも酵素反応の基質として利用されることが分かった。反応に使用した

REV1 の量は 35 fmol であり、15分間の反応時間に少なくても5回は酵素がターンオーバーしていることが分かる。さらに、

このときのプライマーテンプレートの濃度は図1J の点線で示した濃度、20 nM であり、この濃度の 13-mer/91-mer がトラン

スに存在した場合には REV1 の dCMP 転移反応が完全に阻害されることが分かっている(図1J)。これらの結果は鋳型鎖上

にシスに存在する ssDNA は REV1 の酵素活性を阻害しないことを示している。この現象をさらに詳しく調べるために、

13-mer とは長さと配列の違うプライマーをもつプライマーテンプレート(17-mer/33-mer、図1I)を作成した。これらの三つの

プライマーテンプレートそれぞれと REV1 を反応させると全て同等に dCMP が重合される(図1La-c)。次に 13-mer/30-mer

と 17-mer/33-mer を1つの試験管内で同時に反応させると REV1 は両方のプライマー末端に同様に dCMP を重合した(図

1Ld)。ところが 13-mer/91-mer と 17-mer/33-mer を1つの試験管内で同時に反応させた場合には、17-mer の末端には

dCMP が全く重合せず、13-mer の末端だけに選択的に dCMP 転移反応が観察された(図1Le)この実験を欠失型の変異

REV1 で行ったところ、ssDNA によって阻害されない欠失変異体Δ#5 では上記のような選択性が消失することが分かった

(図1M)。同様の実験を他の DNA ポリメラーゼ、Polα、Polβ、Polηで行ったところ、テンプレートの長さによる選択性は観

察されず、上記の特性が REV1 特異的であることが判明した。

■ 考 察

本研究では、REV1 タンパク質の生化学的性質を詳しく解析した。その結果 REV1 の新しい生化学的性質が明らかとなっ

た。1)REV1 タンパク質は ssDNA に強い親和性をもち、その親和性は見かけ上 ssDNA の長さに依存する。2)REV1 の

dCMP 転移反応は ssDNA により阻害され、その阻害の程度も ssDNA の長さに依存して強くなる。3)この REV1 の ssDNA

結合活性は REV1 の dCMP 転移反応をつかさどる最小領域にマップされる。4)ところが、N-末端と C-末端を欠失した最小

REV1 では ssDNA による阻害効果が消失する。この一見矛盾する結果は、最小 REV1 では ssDNA との結合が比較的不安

定であることに起因すると考えられ、REV1 の N-末端と C-末端の領域が ssDNA との結合の安定性に寄与していると思われ

る。おもしろいことに、この ssDNA による阻害は ssDNA がプライマーテンプレートに対してトランスに存在するときにのみ観

察された。さらに、ssDNA に結合した REV1 はその ssDNA 上にあるプライマー末端だけに特異的にターゲティングされるこ

とがわかった。これらの結果をうまく説明するためには、REV1 タンパク質は ssDNA 上をスライディングしていると考えざるを

えない。この性質は他の DNA ポリメラーゼには観察されず、一部欠失型の REV1 では消失することから、REV1 に特異的に

備わっている性質である。この結果は、REV1 の最初のターゲットがプライマー末端というよりは ssDNA である可能性を示唆

している。

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

24

■ 引用文献

1. Niimi, A., Limsirichaikul, S., Yoshida, S., Iwai, S., Masutani, C., Hanaoka, F., Kool, E. T., Nishiyama, Y., and Suzuki,

M. :「Palm mutants in DNA polymerases α and η alter DNA replication fidelity and translesion activity」, Mol. Cell.

Biol. 24, 2734-2746、(2004)

2. Masutani, C., Kusumoto, R., Yamada, A., Dohmae, N., Yokoi, M., Yuasa, M., Araki, M., Iwai, S., Takio, K., and

Hanaoka, F. :「The XPV (xeroderma pigmentosum variant) gene encodes human DNA polymerase η」, Nature, 399,

700-704, (1999)

■ 成果の発表

原著論文による発表

国内誌(国内英文誌を含む)

1. 増田雄司,神谷研二:「損傷乗り越え DNA 合成に関与するヒト REV1 を阻害する DNA 構造の解析」, 長崎医学

会雑誌,79 別冊, 139-141, (2004)

国外誌

該当なし

原著論文以外による発表(レビュー等)

国内誌(国内英文誌を含む)

該当なし

国外誌

1. Kamath-Loeb A, Masuda Y, Hanaoka F, Loeb LA. :「Meeting Report: The First US-Japan Meeting on

Error-Prone DNA Synthesis. Maui, Hawaii, December 20 - 21, 2004」, DNA Repair, in press, (2005)

口頭発表

招待講演

1. 増田雄司:「REV1 のトランスフェラーゼ活性を阻害する DNA 構造」, 国立遺伝学研究所,国立遺伝学研究所

研究集会「ユビキチン系を介した DNA 損傷応答のメカニズム」, 2003.10.1-2

2. 増田雄司、神谷研二:「哺乳類の突然変異誘発の分子機構-REV タンパク質による試験管内再構成の現状-」,

愛知県労働者研修センター, 変異・発癌抑制機構研究会, 2004.6.26-27

3. 増田雄司:「ヒト REV1 タンパク質と DNA との相互作用」, 国立遺伝学研究所, 国立遺伝学研究所研究集会

「DNA 損傷応答とユビキチン系」, 2004.10.6-7

4. Yuji Masuda:「Biochemical properties of the human REV1 protein」, Maui, Hawaii, The First US-Japan Meeting

on Error-Prone DNA Synthesis, 2004.12.20-21

5. 増田雄司:「損傷乗り越え DNA 合成因子 REV1 タンパク質の DNA 損傷部位へのターゲティング」,広島大学,

広島大学21世紀COE「放射線災害医療開発の研究教育拠点」連携シンポジウム「生体ダイナミズムと疾患」,

2005.1.19

応募・主催講演等

1. 増田雄司、神谷研二:「損傷乗り越え DNA 合成に関与するヒト REV1 を阻害する DNA 構造の解析」,長崎原爆

資料館, 第 45 回原子爆弾後障害研究会, 2004,6.6

哺乳類での突然変異誘発の分子機構の解明

研究成果の詳細報告

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2. 増田雄司、神谷研二:「損傷乗り越え DNA 合成に関与するヒト REV1 タンパク質と DNA との相互作用」,広島大

学, 第 29 回中国地区放射線影響研究会,2004.7.31

3. 増田雄司、朴金蓮、神谷研二:「ヒト REV1 タンパク質と DNA との相互作用」,コープイン京都, ワークショップ

「DNA Repair, Recombination and Mutagenesis 2005」,2005.1.24-26

特許等出願等

該当なし

受賞等

該当なし

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