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1 食文化概論 1 食文化の意義と内容 2 2 調理技術の発展と食文化 8 3 文化からみた日本の食 16 4 食文化の国際化と交流 29

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1 食文化概論

1 食文化の意義と内容 2

2 調理技術の発展と食文化 8

3 文化からみた日本の食 16

4 食文化の国際化と交流 29

/【D:】Private/作業用/田辺作業用/調理師読本 2014版/本組/1_扉 2013.02.27 08.30.33 Page 1全色

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1 文化と文明

2 人の食物摂取行動と加工・調理

食文化の意義と内容

食文化の定義

人類は,地球上に誕生以来今日まで,直立歩行を始め,その結果得られた手指の発達

と脳の働きで,あらゆる時代を通じて地上の自然に働きかけてきた。つく いっさい

このように,人間が自らの知恵によって創り出してきた,物質的・精神的な一切の成

果の総称が文化(culture)と呼ばれるものである。

道具の使用や火の利用のような,人間生活の向上に直結する技術の発達は,すべての

人類に共通の利益をもたらす。一方で,文化には人類共通の物質的,技術的な部分と,

地域や民族ごとに異なる精神的な部分とがある。また,前者を狭義の文化とし,後者を

文明(civilization)として区別する考え方もある。

しかし,現在では,広い意味の文化のなかに,人類に共通な技術体系の文化(すなわ

ち文明)と,地域や民族によって異なる固有の価値体系の文化とが共存するという考え

方が一般的である。

衣食住など,人間の生活行動に関する技術や意識の文化を生活文化という。そのなか

でも,食物摂取行動に関する文化を食文化あるいは広く食生活文化と呼ぶ。

すべての動物は生存のために,ほかの動植物を栄養源として摂取しており,その食物

の範囲はほぼ一定である。ところが,人類は地上のあらゆる動植物を栄養源として摂取こくるい

している。日常の食卓に登場するものだけでも,穀類,豆,野菜,果実,肉,魚介,乳,は ちゅうるい はっこう

卵,海藻,きのこなどがあり,ときには昆虫や爬虫類までもが食用になる。発酵食品やこう ぼ にゅうさんきん

漬け物のなかの酵母や乳酸菌などの微生物も,人の食料の一種ということができる。

このような食生活が成り立つ背景には,人類だけが行う加工・調理の存在がある。しゅりょう さいしゅう

100万年近くにも及ぶ原始人類の時代を経て,約1万数千年前からは狩猟,採集に続いさいばい し いく

て計画的な栽培や飼育が始まり,今では目的に合うように改良された品種を食料として

生産し,消費している。生産した食料の一部は,生鮮食品としてそのまま食卓まで運ば

れるが,多くは不要部分を除き,貯蔵,輸送が可能なように乾燥,加熱,調味などの加

工処理をほどこして食品の形にする。これを材料にして調理が行われ,食物として利用

される。すなわち,人の食行動は,加工・調理によって成り立っている(図1)。

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食 料

農産物畜産物水産物

栄養素エネルギー

代 謝

保蔵・加工(流通)

食事計画 食卓構成

(消化吸収)

(合 成)

日光エネルギー 不消化物水,二酸化炭素尿素

(排 泄)

(献立)調理操作(道具)(加熱)(調味)

盛りつけ・配膳

動 物植 物

(微生物)

食 品

技 術 文 化

食 物 食 事 人 体

3 食事の機能と食文化

安全性,栄養性,嗜好性の3つは,食物の基本的な条件であり,地域や民族を問わず

人類共通の文化に属している。これらの条件は,一定の食事計画のもとに構成される,

日々の食事のなかで満たしていくべき条件である。かん い り べん

次に,制限条件としてあげられる経済性,簡易性,利便性など,食物調製の作業効率

に関わる条件は,地域社会の環境条件などに支配されるので,個々の生活文化の要因もわくない

加わってくる。ここまでは「生きるための食事」という枠内で求められる条件といってご らく ふ か か ち

よい。この日常の食事に,趣味,娯楽,団らんなど付加価値的な要素が加わる。このよ

うな,特別な日の食事と日常の食事とは,いわばハレとケの食事の関係といえる(p.6)。う

パーティーの食事やいろいろな行事食は,決して飢えを満たすための食事ではなく,

その価値判断には,明らかに地域,民族に固有の食文化が関与してくる。

人の食事に求められる機能をまとめて表1に示した。

表1 食事の機能とその構成要素

生命維持機能 付加価値機能

基本要素 制限要素 生活要素 特殊要素

安全性栄養性嗜好性

経済性簡易性利便性

趣味・娯楽体験・流行交流・団らん

信仰・行事節制・戒律保健・医療

図1 人体と食物のつながり食文化概論

1.食文化の意義と内容 3

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2

1 風土・環境と食文化

1

2

食文化の多様性

米と小麦

米は,高温多湿,豊富な水分を必要とする農作物である。狭い土地からの収量も多く,

同じ田に連作が可能で,自給率が低下しているわが国において,唯一の自給可能な食料れいりょう

である。一方小麦は,冷涼で乾燥した地域に適し,連作は困難なので,日本の風土では

自給は困難である。両者はともにでんぷん質食品で,食品成分表でみる限り栄養価に大はいにゅう

差はないが,米は外皮がもろく内部の胚乳がかたいので,粒をこすり合わせるだけで外すいはん きょうじん みぞ

皮を除き,粒のまま炊飯できる。逆に小麦は,外皮が強靱で溝があり精白は難しい。しふんさい ふる

かし,内部の胚乳はもろく,ローラーで粉砕して篩い分ける。米と違って小麦粉は,水

とともにこねると,たんぱく質がグルテン(調理理論,p.353)を形成し,それがパ

ンやめん類の製造に利用される。

米飯は味つけせずに,和・洋・中国などのさまざまな料理と合い,一方では塩だけの

握り飯でも食べられる。これがある面で米の過食を招く原因になる。

米は良質のたんぱく質を含み,小麦はたんぱく質の必須アミノ酸バランスが米よりお

とっており,逆に乳や卵との併用で栄養のバランスがとれるようになる。両者は同じ穀

類であるが,表2のように調理特性は対照的である。

肉と魚

肉と魚は,ほぼ同じたんぱく質組成をもち,筋肉の構造も基本的には同じで栄養成分

も似ている。しかし米・小麦と同様,表3のように両者の調理特性は全く対照的である。

肉は,素材の種類が少なく,料理に変化や個性をもたせるためには,加熱法,味つけ,

部位の使い分け,スパイスやソースの工夫などが必要である。一方魚は,日本近海だけしゅん

でも数百種を数えるほど種類が多く,それぞれ旬の時期があり,刺し身,塩焼きのよう

に,切るか焼くだけ,味つけもしょうゆと塩だけで,多種類の違う料理ができあがる。魚ほうちょうにん

を中心とする日本料理が素材に重点を置き,料理人が包丁人と呼ばれるのも納得がいく。きんせん い

肉と魚は同じような筋線維から成り立っているが,肉の線維は長く,卓上でもナイフはし

で切って食べる。一方魚は,線維が短く,切り身のままで食卓に出しても箸でほぐしてこうちょく じゅくせい なん か へ

食べられる。肉は,死後硬直がゆるやかで,硬直,熟成,軟化を経て食べごろになるま

で数日はかかるが,魚は硬直と軟化が速く魚臭が出やすいので,硬直中に食べるのが理いけづく

想である。活造りは,魚の鮮度のよさを強調した日本独特の食べ方である。

このようにして,米と小麦の食文化圏,肉と魚の食文化圏など,各地域の風土,環境

に合った食文化圏が形成され,それぞれが独自の食文化を伝承していく。

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2きん き

食物禁忌と食のタブー

食事は生きるための基本的な行為として健康に直結するものだけに,食中毒の不安やきん き

宗教上の理由による食物禁忌も多い。い せいしゃ

わが国でも仏教の影響を受けて,為政者が肉食を禁じていたため,明治期の文明開化

の時代まで表立った肉食は行われなかった。鎌倉初期の禅宗の寺院では,植物性食品だしょうじん

けを素材にして,中国伝来の調理法を応用した日本独自の精進料理を開発し,さらに,

この精進料理の工夫から,豆腐,みそ,納豆などの大豆加工品が発達した。大豆加工品ひしお

のなかでも,中国大陸から伝来した醤(みそ状の発酵食品)から発達したといわれる

しょうゆは精進料理ばかりでなく,ほかのあらゆる料理にも用いられ,日本の食文化を

支えるかなめとなった(p.20)。

一方中国では,「食」を不老長寿,健康の基本として,医薬と同等にみる医食同源あ

るいは薬食同源(ともに日本でつくられた言葉ともいわれる)の思想があり,食品材料と ほんぞうがく

の薬効を説く本草学では,食べ物を薬効によって陰,陽,温,冷に分けて,その調和をやくぜん

図ることを重視している。そこから生まれた近代中国の薬膳料理は日本にも伝えられ,

急速に普及してきた(p.33)。

表2 米と小麦の調理特性の差異

特 性 米 小 麦

生産環境穀粒構造利用形態調味の必要性味の組み合わせ物理性の特徴たんぱく質の栄養

�高温多湿の地域,連作可能�外皮がもろく胚乳部がかたい�精白して外皮を除去,粒食�ほとんど不要�すべての料理と合う�でんぷんによる粘弾性�良質

�冷涼乾燥の地域,連作困難�外皮がかたく胚乳部がもろい�製粉して胚乳を採取,粉食�必要�主に西洋料理と合う�たんぱく質グルテンの粘弾性�アミノ酸スコアは低い

表3 食肉と魚介類の調理特性の差異

特 性 食 肉 魚介類

種類の多少生産の安定性季節性筋肉の構造死後硬直と軟化味・においの特徴調理の必要性加熱の必要性調理法の特徴

�牛・豚・鶏など種類が少ない�計画的な飼育が可能�変動が少ない�線維が長く,切る必要あり�ゆるやかに進行�おだやか。複合体による�スパイス・ソースで変化�多くは加熱が必要�加熱法・ソース中心の料理

�季節ごとに種類が多い�飼育困難,生産が不安定�変動が大きい�線維が短く,切る必要なし�急速に進行�特定のうま味や魚臭の成分あり�単純ですべて同じ調味でも可�鮮度がよいものは生食可�素材を重視する料理

食文化概論

1.食文化の意義と内容 5

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3 生活のなかのケとハレの食事

1

2

陰陽,温冷の考え方は,ラテンアメリカなど諸外国にもあり,わが国でも近世以降にあいしょう

定着した民俗信仰によるさまざまな食物禁忌のなかに,食物の相性による食べ合わせのいまし だんじき

戒めがみられる。ほかに,ユダヤ教やイスラム教国では,定められた期間に断食を行うしゅうぞく

習俗(習慣・風俗)もあり,人間の生理的栄養要求に逆らうような食に関するタブー,きん き

禁忌の存在も,ほかの動物とは異なる人類の食文化の特徴を示している。

しゅうぞく

人間の食事には,日常の食事と行事などの特別な日の食事があり,民間の習俗(習慣・みんぞく

風俗)を研究する民俗学では,それぞれをケ(ふだん,日常)の日とハレ(あらたまっ

た)の日に区別する。

ケの食事

身辺で手に入る穀類,野菜,魚介類などから構成され,それぞれの地域に生まれた庶

民の生活文化の実態を反映している。このなかから,現代につながる日本人の食事意識

が形成され,代々受け継がれてきた。たとえ,外来料理を受け入れても,その食べ方の

作法や意識には,日本人独自の食文化が根強く残っている。

ハレの食事ふし め き がん

集落,村落など社会集団が仕事の節目にともに祝ったり,祈願したりするためのものしんじんきょうしょく しんせん

で,神人共食という思想からはじまっている。祭りの日に,酒,野菜,果実などを神饌そな ささ なおらい

として神に供え,その神に捧げた食べ物を下げて人々が合同で食べるのを直会と呼んだ。

宗教による主な食のタブー宗教上の食物禁忌として,以下のようなタブーが広く知られている。しか

しながら,各宗教にもキリスト教や仏教と同様に,信仰上の身分や教義の差かいりつ

があるので,すべてが全く同じ戒律に従って食事をしているとは限らない。

宗 教

ユダヤ教 イスラム教 ヒンズー教

食用可

はんすう

�ひずめが割れた反芻獣(牛・羊・鹿など)�うろことひれのある魚

�教徒自身が殺した動物せっしょう

�殺生によらない動植物(乳製品は可)

食用不可

�豚肉�ラクダ肉�血液(放血・浄化が必要)�肉と乳製品の同時摂取(調理器具も区別)�複数の肉の組み合わせ�かも,はと,鶏を除く鳥類

�豚肉�死獣の肉�血液�非教徒が殺した動物�アルコール等酔うもの

�牛肉�殺生による動物一般

�にんにく,にら,たまねぎ,きのこ(例外あり)

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食事の内容は,ケの食事より当然豪華なもので,それらはやがて行事と切り離されて独

立し,現代の日本料理の文化的特徴をつくり出した。したがって,ハレの日の食事は,

各時代の食文化の水準を表しているといってよい。現代のハレの日は,大きく3つに分

かれる。

●1伝統的な慣習や制度(民俗)として受け継がれてきた年中行事せっ く たなばた

正月,節分,節句,七夕などで,時代とともに移り変わりはあるが,形は変わっでんしょう

ても,行事そのものは伝承されていくものである

●2新しい風俗としての年中行事

日本では,クリスマス,バレンタインデー,母の日,父の日などがこれに当たり,

時代により変化していく

●3個人や家族の通過儀礼としての年中行事かん

誕生日,結婚記念日のように,地域や季節とは無関係に行われる年中行事で,還れき き じゅ べいじゅ

暦,喜寿,米寿など,人生の節目の行事もこれに準じる。今では民俗として定着しさんけい はかま ぎ おびいわ

た七五三の行事も,子どもの成長を祝って晴れ着で氏神に参詣した「袴着,帯祝い,ひもなお

紐直し」が,明治期の東京で1つになって生まれた新しい風俗であるという

これら季節の区切りや人生の節目には,それぞれに古くから伝承され,あるいは新し

く生まれた行事食が発達した。その変化をたどることは,食文化を通して生活文化の変ぞう に

容と伝承を探ることにつながる。なかでも,新年の雑煮やおせち料理は,日本の代表的

な行事食で,日本全国共通に存在しながら,その形態・内容が地域ごとに異なっている。

すなわち,風土や食習慣から生まれた地域の食文化を反映しており,これらを相互に比

較することも,食文化研究における1つの大切な方法である(p.27,28)。

また,このような地域に固有の伝承文化を,世界各地の民族について地球規模で調査

している文化人類学(民族学)の研究成果は,食文化研究の進歩に大きく貢献している。

日本の行事食例じんじつ

� 1 月:雑煮,おせち料理(1日正月~三が日),七草がゆ(7日,人日),汁粉(11日,鏡開き)

� 2 月:福豆,恵方巻(3日,節分)� 3 月:ちらし寿司,菱餅,はまぐりの潮汁(3日,桃の節句)� 5 月:柏餅,ちまき(5日,端午の節句)� 7 月:そうめん(7日,七夕)

ちょうよう

� 9 月:菊酒(9日,重陽の節句)�12月:かぼちゃ,小豆がゆ(23日前後,冬至),年越しそば(31日,大

みそか)

食文化概論

1.食文化の意義と内容 7

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