Vol.49 No.5 339

舌 に 発 生 し た 紡 錘 細 胞 癌 の1例

大 竹 史 浩 ・小 谷 勇 ・土井理恵子

音 田 貢 ・須 藤 昌 紀 ・領 家 和 男

A case of spindle cell carcinoma of the tongue

OHTAKE Fumihiro•EKODANI Isamu•EDOI Rieko

ONDA Mitugi•ESUDOH Masaki•ERYOKE Kazuo

Abstract: Spindle cell carcinoma (SpCC) is a biphasic tumor consisting of a squamous cell carcinoma com-

ponent and a sarcomatoid component of spindle cells. Without immunohistochemical or ultrastructuralstudy, it is difficult to differentiate the sarcomatoid component of SpCC from sarcoma.

We describe a case of spindle cell carcinoma arising as a polypoid mass in the tongue of a 74-year-old

woman. The mass was successfully differentially diagnosed on immunohistochemical analysis. Pathologi-

cal analysis of the tumor revealed three components of squamous cells, histiocyte-like cells, and spindlecells. Immunohistochemical characterization of tumor cells was done with antibodies to keratin, vimentin,

smooth muscle actin, desmin, and 5-100 protein to differentiate SpCC from melanoma and leiomyo-

sarcoma. The histiocyte-like cells and spindle cells were positive for keratin and vimentin, and negative for

smooth muscle actin, desmin, and 5-100 protein. Given these findings, we diagnosed SpCC. In the 7 months

following surgery, there has been no local recurrence or metastasis.

Keywords:spindle cell carcinoma(紡 錘 細 胞 癌),immunohistochemistry(免 疫 組 織 化 学),biphasic tumor

(二 相 性 腫 瘍)

緒 言

紡錘細胞癌は,腫 瘍細胞が紡錘形 をなし,偽 肉腫や癌肉

腫ともよばれる扁平上皮癌の一亜型であり,口 腔領域での

報告はきわめてまれである1,2).こ の紡錘細胞癌 は深部に

おいて肉腫様構造を示 し,免疫組織化学的あるいは電顕的

検討を用いて慎重に診断しなければならない2,3).今 回わ

れわれは免疫組織化学的検討を用いて紡錘細胞癌 と診断し

た1例 を経験 したので,概 要を報告する.

症 例

患 者:74歳,女 性.

初 診:平 成14年2月.

主 訴:左 舌縁部精査依頼.

既往歴:特 記事項なし.

家族歴:特 記事項なし.

現病歴:平 成13年8月 中旬より,左舌縁部の接触痛が継

続するも放置していた.平 成14年1月 中旬,疼 痛部位 に急

速な増大を示す腫瘤が出現 したため某歯科医院を受診 し

た.腫 瘤の大きさは約1.5cmの ポリープ状で,表 面は平滑

で一部に溝 を認めた(写 真1).線 維腫の臨床診断下にポ

リープ基部より切除術を施行され,病 理検査の結果,紡 錘

細胞癌が疑われたため当科を紹介された.

現 症:

全身所見;体 格中等度,栄 養状態良好で特記事項は認め

られなかった.

口腔外所見;頸 部 リンパ節を含め,特 記事項 は認め られ

なかった.

口腔内所見;左 舌縁部に大 きさ約1cmの 硬結を認める

も,表 面は正常で術後の治癒は良好であった.

前医切除標本の病理所見:病 変はポリープ状で(写 真2

a),そ の基部では上皮と間質の境界が不明瞭 とな り,重 層

扁平上皮から連続 して,多 形成,異 型性 を示す腫瘍細胞が

不規則,不 明瞭な胞巣をつ くりながら浸潤 している扁平上

皮癌の像がみられた(写 真2b).中 間部では,異 型性の強

い胞体の明るい類円形の組織球様細胞が増生 しメラノーマ

を疑わせる所見であった(写 真2c).先 端部では,組 織球

様細胞から移行するように異型性 に富む紡錘形細胞が増生

し,束状ないし花むしろ状に配列 し平滑筋肉腫が疑われた

鳥取大学医学部感覚運動医学講座口腔顎顔面病態外科学分野

(主任:領 家和男教授)Division of Oral and Maxillofacial BiopathologicalSurgery, Department of Medicine of Sensory andMotor Organs, School of Medicine, Tottori UniversityFaculty of Medicine (Chief: Prof. RYOKE Kazuo)受付 日:2002年10月21日

採 択 日:2003年2月18日

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340 日 本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌 May.2003

(写 真2d).

免疫 組 織 化 学 的 検 討:前 医 で の 切 除標 本 を用 い て免 疫 組

織 化 学 的検 討 を加 え た.一 次 抗 体 は上 皮系 マ ー カ ー と して

特 異 性 の異 な っ た3種 の ケ ラチ ン抗 体,間 葉 系 マ ー カ ー に

ビ メ ンチ ンを用 い た.平 滑 筋 肉腫 との 鑑 別 の た め に デ ス ミ

ン,α-SMA,メ ラ ノ ーマ と の鑑 別 の た め にS-100タ ンパ ク

写 真1口 腔 内写真

腫 瘤 の大 きさ約1.5cmの ポ リー プ状 で,表 面 性状 は周

囲粘 膜 と同様 で あ った.

を使 用 した(表1).

ケ ラチ ン(MNF116)で は扁 平 上 皮 癌 部 分 と類 円 形 細 胞

で 陽 性,紡 錘 形 細 胞 で は 陰性 を示 した.ケ ラ チ ン(AE1,

AE3)で は扁 平 上 皮 癌 部 分(写 真3a),類 円形 細 胞(写 真3

b),紡 錘 形細 胞(写 真3c)と も陽 性 で あ っ た.ビ メ ン チ ン

で は扁 平 上 皮 癌 部 分 で 陰性(写 真4a),類 円形 細 胞(写 真4

b),紡 錘 形 細 胞 で 陽性 で あ っ た(写 真4c).デ ス ミ ン,α-S

MA,S-100タ ンパ ク で は3部 位 と も陰 性 で あ っ た.以 上 の

結 果,類 円形 細 胞,紡 錘 形細 胞 と も ケ ラ チ ン 陽 性 の 上 皮 系

細 胞 で あ り,紡 錘 細 胞 癌 と病 理 診 断 した.

処 置 お よび 経 過:頸 部 エ コ ー,CT,Gaシ ン チ,Tcシ ン

チ を行 っ た とこ ろ,転 移 は認 め られ ず,TINOMOの 紡 錘

形 細 胞 癌 と最 終 診 断 した.腫 瘍 細胞 の 残存 が 疑 わ れ た ため,

平 成14年3月,全 身麻 酔 下 に舌 部 分 切 除術 を 施 行 した.現

在 外 来 にて 経 過 観 察 中で あ るが,再 発,転 移 は 認 め ら れ ず

経 過 良 好 で あ る.

切 除 標 本 所 見:病 変 の 大 き さ は8×5mm,弾 性 硬,割 面

は黄 白色 で あ った.

病 理 組 織 所 見:前 回の 手術 に よ る瘢 痕 お よ び舌 筋 の 再 生

所 見 を認 め る も,腫 瘍 細 胞 の 残 存 は 認 め なか った.

病 理 組 織 学 的 診 断:舌 術 後 状 態.

a

b写真2 病理組 織像(H-E染 色)

a:標 本 全体 の ルーペ 像(2,5倍),b:ポ リー プ基 部 に扁 平上 皮癌が み られ る(20倍).c:中 間 部 に,異 型性 の 強い 胞 体

の明 るい類 円形細 胞 が増生 してい る(50倍).d:先 端部 に,異 型 性 に富 む紡錘 形細胞 が 束状 ない し花 む しろ状 に増 生 し

てい る(50倍).

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Vol.49 No.5 舌紡錘細胞癌の1例 341

表1 使用抗体

a

b

c

写真3 病 理組 織像(抗 ケ ラチ ン抗体(AE1,AE3)染

色)

a:扁 平 上皮 癌(20倍),b:類 円形細 胞(50倍),c:紡

錘 形細 胞(100倍)と も陽性 で あった.

a

b

c

写 真4 病 理組 織像(抗 ビメ ンチ ン抗 体染 色)

a:扁 平 上皮癌 部分 で陰 性(20倍),b:類 円形細 胞(50

倍),c:紡 錘形 細胞(100倍)で 陽性 であ った.

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342 日 本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌 May.2003

考 察

紡錘細胞癌の病理診断において,異 型性に富む紡錘形細

胞が束状,花 むしろ状に扁平上皮癌ないし上皮異形成か ら

移行的に増殖 している像を観察することが重要である.こ

の紡錘形細胞部分は,あ たかも肉腫 を思わせる所見であり,

二相性の腫瘍であるといわれている1,3～5).Eydenら6)

は電顕的検討により,紡 錘細胞癌が上皮細胞所見である

desmosome, tonofilamentと,間 葉系の平滑筋細胞に典型

的なfocal densityを 有することを報.告している.ま た,紡

錘細胞癌の免疫組織化学的検討を行った報告では,21例 中

13例でケラチン陽性で,う ち10例 はビメンチ ン陽性であっ

た7).同 様に,紡 錘細胞癌18例 中8例 でケラチン陽性,ほ ぼ

全例でビメンチン陽性 と報告されている8).こ のように,

紡錘形細胞が電顕的にも,免疫組織化学的にも上皮系細胞

と間葉系細胞の特徴を有することが示されている.こ のこ

とか ら,診断においては,肉腫様部分でビメンチン陽性で

あっても紡錘細胞癌は否定できず,ま た,ケ ラチン抗体陰

性であっても特異性の異なるケラチン抗体でも確認する必

要があると報告されている3).

本症例では,ポ リープ状病変の基部では扁平上皮癌から

移行的にメラノーマを疑 う類円形細胞が増殖 していた.さ

らに,先 端部ではこの類円形細胞 は紡錘形細胞 に移行 し,

束状,花 むしろ状を示 し平滑筋肉腫が疑われた.免 疫組織

化学的所見では,類 円形細胞,紡 錘形細胞 ともにケラチ ン

陽性であった.類 円形細胞がS-100タ ンパ ク陰性 であった

ことよりメラノーマ を除外 でき,紡 錘形細胞がデス ミン,

α-SMA陰 性であったことより平滑筋肉腫 は否定 され,紡

錘細胞癌 と病理診断 した.2種 類 のケラチン抗体(AE1

/AE3,CAM5.2)は 紡錘形細胞に陽性であったが,1種

類のケラチン抗体(MNF116)で は陰性であった.こ のこ

とからも紡錘細胞癌の免疫組織化学的検討には特異性の異

なる数種類のケラチン抗体を使用することが重要であると

再認識 した.

紡錘細胞癌の肉眼的所見 としてはポリープ状 を呈 し,表

面は潰瘍形成し,滲出物で覆われていることが多い2,3,7,9)

との報告が一般的である.本 症例において も,ポ リープ状

を呈 し表面は一部潰瘍がみられた.

本腫瘍の好発部位は上部消化管,気 道に多 く5,7),口 腔

では,下 唇,舌 に多いとされ,Ellisら9)は 口腔領域の本腫

瘍59例 のうち下唇が25例,舌 が12例,歯 肉が11例,口 底が3

例で,上 顎洞,口 蓋扁桃,頬 粘膜が各2例 で,上 唇 と硬口蓋

が各1例 であったと報告 している.

X線 照射や外傷が発生 に関与 しているとの報告 もある

が5),本 症例においては前記のごとく既往治療 はな く,発

生の誘因は不明である.

治療法については,根 治的切除の予後が良い とされてお

り3,5),本 症例においても根治的切除術を選択 した.

紡錘細胞癌の予後 は,扁 平上皮癌 と大差 はないとも10),

ポリープ状を呈 したものでは良いともいわれているが5,10),

症例数が少な く,さ らに,さ まざまな因子が関与するため

確定的なものではない.一 方,扁 平上皮癌治療後 に発生 し

た紡錘細胞癌は,既 往治療のない紡錘細胞癌 とは性質が異

な り,予後不良であるとの報告が多い1).本 症例 は既往治

療のないポリープ状を呈 した腫瘍であったが,経 過観察期

間がわずか7か 月であ り,今後とも慎重に経過を追ってい

く必要があるものと思われる.

結 語

今回われわれは,74歳 女性の舌に発生 した紡錘形細胞癌

の1例 を経験 したので報告 した.

引 用 文 献

1) 小 林 裕, 藤 井英 治, 他: 口腔 扁 平 上 皮 癌 一 次 治 療

後 に発 生 した紡錘 細胞 癌 の臨床 的検 討. 口科 誌 50:

115-121 2001.

2) 岡田憲 彦, 倉 島知恵 理, 他: 口 腔 に発 生 した 紡 錘 細

胞癌 の2症 例. 光学顕微 鏡 な らび に電 子 顕微 鏡 的 観

察. 日口外 誌29: 1451-1458 1983.

3) Takata, T., Ito, H., et al.: Spindle cell squamouscarcinoma of the oral region. An immuno-histochemical and ultrastructural study on thehistogenesis and differential diagnosis with aclinicopathological analysis of six cases.Virchows Arch A Pathol Pathol Anat 419: 177-182 1991.

4) Leonardi, E., Dalri, P.,et al.: Spindle-cellsquamous carcinoma of head and neck region: aclinicopathologic and immunohistochemicalstudy of eight cases. ORL J OtorhinolaryngolRelat Spec 48: 275-281 1986.

5) 石川 梧朗 監修: 口腔 病 理学 II. 改 訂 版, 永 末 書 店,

京都 1984 637-639.

6) Eyden, B. and Banerjee, S. S.: Spindle-cellsquamous carcinoma exhibiting myofibroblas-tic differentiation. A study of two cases show-ing fibronexus junctions. Virchows Arch 440:36-44 2002.

7) Ellis, G. L., Langloss, J. M., et al.: Spindle-cellcarcinoma of the aerodigestive tract. Animmunohistochemical analysis of 21 cases. AmJ Surg Pathol 11: 335-342 1987.

8) Zarbo, R. J., Crissman, J. D., et al.: Spindle cellcarcinoma of the upper aerodigestive tractmucosa. An immunohistologic and ultra-structural study of 18 biphasic tumors and com-

parison with seven monophasic spindle-cell tu-mors. Am J Surg Pathol 10: 741-753 1986.

9) Ellis, G. L. and Corio, R. L.: Spindle cell carci-noma of the oral cavity. A clinicopathologic as-sessment of fifty-nine cases. Oral Surg OralMed Oral Pathol 50: 523-534 1980.

10) 高 木 實: 口 腔 病 理 ア トラ ス. 第1版, 文 光 堂, 東

京, 1998, 263頁.

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