8
セラミックス材料学(亀川厚則) 11 2 無機材料化学 1.化学結合 固体の化学結合は、材料の性質(物性)を規定する基礎的因子である。主に、 金属結合 イオン結合 共有結合 ファンデルワールス結合 に分類される。これら化学結合の種類と主な特徴を表に示すが、金属材料は金属結合由来の特徴として、 金属光沢を示す、電気や熱の良導体である、延性・展性に富み塑性加工が可能である。セラミックス材料 は主にイオン結合と共有結合によって構成され、一般的に絶縁性に富む、断熱性が大きい、脆性が高く塑 性加工が難しいなどの特徴を有している。またプラスチックなどは、概して絶縁性、断熱性が大きく、加 工が容易である。 2-1 化学結合の種類と主な特徴 融点 電気伝導性 光学特性 水溶性 金属結合 比較的高い 極めて高い 金属光沢 (不透明) 主に不溶 イオン結合 高い 比較的高い 透明 可溶 共有結合 高い 低い 主に透明 難溶 ファンデルワールス結合 低い 低い 透明 結晶性の物質では実にさまざまな結合が現れる。イオン性から共有性に順に変わっていくような結合 もあれば、ファンデルワールス結合や金属結合などもある。また、LiSO4 などの多原子陰イオンを含む塩 では、イオン性と共有性の双方の結合が存在するが、このように 1 つ以上の結合様式が、ある化合物で 同時に現れることもしばしばある。一般的には、物質中の結合はさまざまな結合様式が混ざり合ったも のになる。例えば、TiO ではイオン/金属、CdIn2 ではイオン/共有/ファンデルワールスの結合が混ざり合 っている。結晶構造を考えるときには、結合様式がこのように複雑なことを仮に無視して、その結合が、 さも純粋にイオン性であるかのように取り扱うと便利である。 イオン結合と共有結合とを比べると、イオン結合では対称性の高い結晶構造になりやすく、その構造 中での配位数は可能なかぎり大きくなる。一方、共有結合は非常に方向性の強い結合をつくるため、構造 中に存在する 1 つもしくはすべての原子は、その原子に特有の配位状況をつくりだそうとする。共有性 の強い結合で形成された構造中の配位数は、たいていの場合小さく、同程度の大きさの原子で形成され ているイオン性の構造と比較すると、その配位数はイオン性のものより小さくなる。ある化合物に現れ る結合様式は、その構成原子の周期表での位置、特にその電気陰性度とかなりの相関関係をもつ、アルカ リとアルカリ土類元素は、O 2- イオンや F - イオンのような、その大きさが小さく、電気的に陰性の強い陰 イオンと組み合わせることによって、イオン性の強い構造を形成する(Be は、しばしばこの例外となる)。 共有性の構造は、次のような原子から物質が成り立っているときに見られる。(1)陽イオンであれば、

第 章 無機材料化学 2 1.化学結合 固体の化学結合は、材料の ...1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 - Na Mg Al Si P S Cl Ar 0.9 1.2 1.5 1.8 2.1 2.5 3.0 - K Ca Sc Ti V

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

  • セラミックス材料学(亀川厚則)

    11

    第 2 章 無機材料化学 2−1.化学結合

    固体の化学結合は、材料の性質(物性)を規定する基礎的因子である。主に、 ① 金属結合 ② イオン結合 ③ 共有結合 ④ ファンデルワールス結合

    に分類される。これら化学結合の種類と主な特徴を表に示すが、金属材料は金属結合由来の特徴として、金属光沢を示す、電気や熱の良導体である、延性・展性に富み塑性加工が可能である。セラミックス材料は主にイオン結合と共有結合によって構成され、一般的に絶縁性に富む、断熱性が大きい、脆性が高く塑性加工が難しいなどの特徴を有している。またプラスチックなどは、概して絶縁性、断熱性が大きく、加工が容易である。

    表 2-1 化学結合の種類と主な特徴 融点 電気伝導性 光学特性 水溶性

    ① 金属結合 比較的高い 極めて高い 金属光沢 (不透明) 主に不溶

    ② イオン結合 高い 比較的高い 透明 可溶

    ③ 共有結合 高い 低い 主に透明 難溶

    ④ ファンデルワールス結合 低い 低い 透明 −

    結晶性の物質では実にさまざまな結合が現れる。イオン性から共有性に順に変わっていくような結合もあれば、ファンデルワールス結合や金属結合などもある。また、LiSO4 などの多原子陰イオンを含む塩では、イオン性と共有性の双方の結合が存在するが、このように 1 つ以上の結合様式が、ある化合物で同時に現れることもしばしばある。一般的には、物質中の結合はさまざまな結合様式が混ざり合ったものになる。例えば、TiO ではイオン/金属、CdIn2 ではイオン/共有/ファンデルワールスの結合が混ざり合っている。結晶構造を考えるときには、結合様式がこのように複雑なことを仮に無視して、その結合が、さも純粋にイオン性であるかのように取り扱うと便利である。

    イオン結合と共有結合とを比べると、イオン結合では対称性の高い結晶構造になりやすく、その構造中での配位数は可能なかぎり大きくなる。一方、共有結合は非常に方向性の強い結合をつくるため、構造中に存在する 1 つもしくはすべての原子は、その原子に特有の配位状況をつくりだそうとする。共有性の強い結合で形成された構造中の配位数は、たいていの場合小さく、同程度の大きさの原子で形成されているイオン性の構造と比較すると、その配位数はイオン性のものより小さくなる。ある化合物に現れる結合様式は、その構成原子の周期表での位置、特にその電気陰性度とかなりの相関関係をもつ、アルカリとアルカリ土類元素は、O2-イオンや F-イオンのような、その大きさが小さく、電気的に陰性の強い陰イオンと組み合わせることによって、イオン性の強い構造を形成する(Be は、しばしばこの例外となる)。共有性の構造は、次のような原子から物質が成り立っているときに見られる。(1)陽イオンであれば、

  • セラミックス材料学(亀川厚則)

    12

    高い分極能をもつ高原子価で小さな原子、例えば B3+, Si4+, P5+, S6+イオンなどの場合、(ii)限られてはいるが、陰イオンであれば高い分極率をもつ大きな原子、例えば I-, S2-イオンなどの場合、多くの非分子性化合物では、イオン性と共有性が混ざり合った結合をしている。また、ある遷移金属化合物で、さらに考えなければならないのは、金属結合が現れることである。

    2−2.イオン化エネルギーと電気陰性度 固体の結晶はこれら原子が結合して構成されるが、原子が凝集して結晶固体となるためには原子間

    力に引力が働かなければならない。どの様な種類の引力が働いているかは、構成原子の化学的性質に依存する。原子の化学的性質は、価電子の状態、つまり原子がどれだけ電子を失い(あるいは得)やすいかによって決まる。完全に充足した外殻電子構造をもつ 18 族希ガス元素は最も安定で、凝集力も弱く、他の元素とあまり強い結合を形成しない。この 18 族電子構造を実現するために、1 族、2 族、3 族の元素はそれぞれ 1 個、2 個、3 個の電子を失った陽イオンになれば良く、逆に 15 族、16 族、17 族の元素ではそれぞれ 3 個、2 個、1 個の電子を得て陰イオンとなることである。つまり同族の元素は同じ数の価電子を持つため、よく似た化学的性質を示すこととなる。これが元素の周期表(periodic table)であり、元素を原子番号 Z の順に 1 族から 18 族として並べることで化学的性質が類似した元素が縦に並ぶ。

    さて、気体原子(孤立した中性の原子)から1 個目、2 個目、3 個目の電子を取り去ってイオン化するのに必要なエネルギーをそれぞれ第 1、第 2、第 3 イオン化エネルギー(ionization energy)と呼ぶ。価電子を引き抜くエネルギーは比較的小さいが、閉殻となる 18 族型電子構造からさらに 1 個の電子を取り去るには大きなエネルギーを必要とする。一般に第 1 イオン化エネルギーは同一周期においては、1 族から 18 族に向かって増加する。したがってその原子番号に対する依存性は、1 族元素(アルカリ金属)で極小値を、18 族元素(希ガス)で極大値を取る周期変化を示す。

    元素のつくる化合物の性質を理解し、そこに働く化学結合の種類を考察する目的で導入された電気陰性度(electronegativity)は、原子に対する電子の親和性を表す尺度として用いられてきた。マリケン(R. S. Mulliken)は電気陰性度を表すために、第 1 イオン化エネルギーと電子親和力(中性の原子に電子 1 個を加えた特に放出されるエネルギー)の平均値を用いた。しかしポーリング(L. C. Pauling)は、より一般的に適用できる形として

    ∆= D$% −(D$$ + D%%)

    2= 23(χ$ − χ%)-

    図 2-1 第 1 イオン化エネルギー

  • セラミックス材料学(亀川厚則)

    13

    により求められるχで電気陰性度を定義した。ここでD$%, D$$, D%%は、元素 A および B が結合して化合物 AB, および A2 および B2 それぞれの結合エネルギーである。右辺の係数 23 という値は、教科書によっては適当な係数 K などとしている場合もあるが、ポーリングは電気陰性度のスケールとして、最も陰性度の高いフッ素(F)の値いを 4.0 に、また炭素(C)の電気陰性度を 2.5 にとり、23 と定めた。ポーリングによる電気陰性度を表 2-2 に示す。

    表 2-2 Pauling の電気陰性度(Pauling 発表初期のデータ) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18

    H He 2.1 - Li Be B C N O F Ne 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 - Na Mg Al Si P S Cl Ar 0.9 1.2 1.5 1.8 2.1 2.5 3.0 - K Ca Sc Ti V Cr Mn Fe Co Ni Cu Zn Ga Ge As Se Br Kr 0.8 1.0 1.3 1.5 1.6 1.6 1.5 1.8 1.8 1.8 1.9 1.6 1.6 1.8 2.0 2.4 2.8 - Rb Sr Y Zr Nb Mo Tc Ru Rh Pd Ag Cd In Sn Sb Te I Xe 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 1.8 1.9 2.2 2.2 2.2 1.9 1.7 1.7 1.8 1.9 2.1 2.5 - Cs Ba * Hf Ta W Re Os Ir Pt Au Hg Tl Pb Bi Po At Rn 0.7 0.9 1.3 1.5 1.7 1.9 2.2 2.2 1.2 2.4 1.9 1.8 1.8 1.9 2.0 2.2 - Fr Ra ** 0.7 0.9

    * ランタ ノイド

    La Ce Pr Nd Pm Sm Eu Gd Tb Dy Ho Er Tm Yb Lu 1.1 1.1 1.2 ** アクチ

    ノイド Ac Th Pa U Np Pu Am Cm Bk Cf Es Fm Md No Lr

    1.1 1.3 1.5 1.7 1.3 1.3

    本稿では、セラミックス材料の結合様式として主体的に働くイオン結合と共有結合について、もう少し詳しく説明する。

    2−3.イオン結合 原子の中には、イオン化エネルギーが小さく,容易にイオン化する傾向を持ち、電子を 1 つ放出し

    て陽イオンになりやすいものと、電子親和力が大きく、電子を受け入れて陰イオンになりやすいものがある。イオン結合は正負の電荷をもつイオン間の静電的引力(クーロン力)起因する化学結合様式である。クーロン力には、陽イオン(+)と陰イオン(-)による引力、陽イオン同士、陰イオン同士の斥力(反発力)が働く。正、負のイオン間のクーロン引力により結晶を形成するイオン性結晶は、全体として斥力よりも引力が大きくなり結晶を構成する。一般に電気陰性度の差が 2.0 以上の元素の組み合わせの場合、典型的なイオン結晶が生ずると考えて良い。イオン結合の特徴として、クーロン力が等方的な中心力であることが上げられる。イオン結合によって生ずる結晶のイオン-イオン間の静電相互作用によるエネルギーの総和をマーデルングエネルギー(Madelung energy)と呼ぶ。結晶における最隣接原子間距離をr/、最隣接の陽イオン−陰イオンのペアの数をN、イオンの価数をZ、素電荷をeとすると、マーデルングエネルギーE456789:;は、

    E456789:; = −NαZ-e-

    r/

    1.1~1.2

    1.3

  • セラミックス材料学(亀川厚則)

    14

    となる。ここでαはマーデルング定数と呼ばれ、正負の電荷分布、すなわち結晶構造によって決まる定数である。主な立方晶構造の岩塩構造(NaCl 型構造)、CsCl 型構造および閃亜鉛鉱型構造のマーデルング定数は、それぞれ 1.7476、1.7627 および 1.6381 である。また、イオン結晶の結晶格子において、1個の原子に隣接する原子の数を配位数という。

    ポーリングは、電気陰性度がそれぞれ𝜒𝜒>,𝜒𝜒?である原子 A と B、その間にできている一重結合のイオン性の量に関する近似式として次のような式を使うことができるとした。

    イオン性の量 = 1 − 𝑒𝑒BCD(EFBEF)

    G

    図 2-2 にこの式から求めた値を赤線で示し、青点は二原子分子の電気双極子モーメントの実験値から求めたもので、18 個の結合に対して書いたものである。2 個の原子の電気陰性度の差が 1.7 のとき 50%のイオン性を持つ。フッ素と金属、あるいは H,B,P など𝜒𝜒が 2 近くの元素との結合の性質は大部分イオン性である。

    2−4.共有結合 電気陰性度の差がないか、または極めて小さい元素の組み合わせでは、電子対が二つの原子に共有

    されて結合を形成する。この共有結合を説明するため、典型例として炭素のダイヤモンド構造およびグラファイト構造を取り上げる(図 2-3)。炭素原子の結合に関与する電子は、2s から 2 個、2p から 2 個である。ダイヤモンド構造では、一つの炭素原子のまわりに 4 個の炭素が 109°28'の角度をもって配置し、正四面体を形成する。一つの炭素-炭素結合距離は 1.54Åで、結合に関与する 4 個の電子が、正四面体の頂点方向に伸びた sp3 混成軌道を形成する。このように共有結合は、強い方向性を持っていることが特徴である。このような軌道混成により、それぞれ 4 個の電子を収容できる結合軌道のバンドと反結合軌道のバンドに分かれるが、ダイヤモンドの場合には、結合軌道バンドに原子当たり 4 個の電子を詰めた充満帯と、空の反結合軌道バンドとの間に約 7eV に及ぶ大きな禁制帯が生じる。この禁制帯の大きさ(バンドギャップ)は C, Si, Ge, Snと重い原子に向かって減少し、灰色すずではギャップがほとんど消失する。実際ダイヤモンド構造の灰色すずは半導体低温相であり、常温以上では白色すずと呼ばれる正方晶の金属に転移することが知られている。

    次にグラファイトでは、蜂の巣格子の層が積み重なった構造となっ

    図 2-2 結合のイオン性の量と2つの原子の電気

    陰性度の差との関係(Pauling による)

    図 2-3 ダイヤモンド(a)およびグラファイト(b)の sp3 および sp2

    結合。(c)はグラファイト面内における sp2 起動の重なりと、面に垂直に伸びた p 起動間を移動するπ電子を示す。(Bloss: Crystallography and Crystal Chemistry, (1971))

    1.00

    0.75

    0.50

    0.25

    0.003210

    KBr KCl

    CsCl

    LiFKF

    HBr

    CsFNaCl

    ICl

    HFLiI

    HCl

    KICsI

    LiClLiBr

    HIIBr

    1 − #$%&(()$(*),

  • セラミックス材料学(亀川厚則)

    15

    ている。層内では、1 個の炭素のまわりに 3 個の炭素が、120°の角度を持って配置している。この層内の結合は 2 個の s 電子と 1 個の p 電子から 3 個の sp2 混成軌道が形成されることにより説明される。余った 1 個の p 電子は、層に垂直な方向に伸び、同一層内で隣接する炭素原子の非混成 p 電子との間を移動することが可能な π結合を形成する(図 2-2 (c))。これがグラファイト層内の良電気伝導性の原因である。グラファイト構造の層間は弱いファンデルワールス力によって結ばれており、層間距離は 3.35Åと、面内の結合距離 1.42Åに比べ著しく大きくなっている。マクロに観察される現象としてグラファイトが層に沿ってへき開し易いのはこのためであり、これを利用して固体潤滑剤に用いられる。

    前節でもイオン性について触れたが、異種の原子間の共有結合では、電気陰性度の差に応じて、陽性原子が正に、陰性原子が負に帯電することによるイオン結合の要素が生じてくるので注意が必要である。その程度は、III-V 化合物(13 族元素と 15 族元素の組み合わせ)、II-VI 化合物(12 族元素と 16族元素の組み合わせ)の順に 14 族を挟んだ元素の組み合わせが遠くなるほど強まり、充満帯と伝導帯のギャップが増加していく。1 族元素と 17 族元素の組み合わせでは、イオン間の静電力に起因するマーデルングエネルギーのため大きなバンドギャップを示し、典型的なイオン結晶となる。

    2−5.セラミックスの結合様式 先に述べたようにセラミックスの固体結晶中の結合様式として、イオン結合と共有結合が主体的に

    働いている。定性的には結合する2原子の電気陰性度の差が大きいとイオン結合で、その差が小さいと共有結合と述べてきたが、これらの多くの化合物はイオン結合と共有結合が混在している。そこで各化合物のイオン性の量をもとに、50%以上であればイオン結晶、それ未満であれば共有結晶を形成すると考えて良い。材料として区分すると、マグネシア(MgO)に代表される酸化物系セラミックスは多くがイオン結合性結晶を、Si や SiC などの非酸化物系セラミックスは多くが共有結合性結晶を形成する傾向にある。

    酸化物系セラミックスは、大気炉で焼成可能であり、古くは陶器など伝統的なセラミックスからファインセラミックスにいたるまで多くに用いられている。酸化物はイオン結合性が強いものが多く、高度に制御された酸化雰囲気による焼成や、化学組成の調整による化電子制御などによって、酸素の欠陥構造を制御するなどして、機能を高めるなどしている。

    非酸化物系セラミックスとして、窒化物、炭化物、ホウ化物などが挙げられ、共有結合性が強く、酸化物系セラミックスに比べ 熱的、機械的性質ならびに化学的安定性に優れるものが多い。共有結合性結晶は焼結性が困難(粒同士の反応性に欠ける)で、焼結性向上を目的として焼結助剤の添加や、あるいは高圧力下での焼結法(ホットプレス、HIP法など)が行われている。

    2-6.原子の大きさ 原子はその電子状態に応じて、一定の大きさをもって空間を占有している。この原子のサイズは、結

    晶の構造の中で原子相互の配置を決定する重要な因子である。原子の大きさは、最近では X 線精密構造解析により電子雲の広がりを直接観測することができるようになり、現実味を帯びてきているが、ここでは現象論的に幾何学的な考察から導く。2 つの原子の電子同士の反発が十分強くなる距離が、2 つの原

  • セラミックス材料学(亀川厚則)

    16

    子の半径の和と、考えられる。ただし、電子の軌道には明確な境界はない(無限遠まで薄く広がる)ため、原子の半径もきっちり正確な値として決まるわけではなく、同じ原子でも、相手や条件によって微妙に変わる(同じ原子なら「ほぼ同じ」になる)。

    原子の大きさとして、最も簡明に定義できるのは、面心立方構造を持った単体金属あるいはファンデルワールス固体の場合である。面心立方格子の 1 辺の長さを X 線回折により決定すれば、等しい剛体球の原子が互いに接する条件から原子半径を求めることができる。このようにして原子間距離から求めた金属の 12 配位原子半径(ゴシック体数字)および希ガス原子のファンデルワールス半径(斜体数字)を表 2-3 にまとめて示す。六方稠密構造しかとらない単体金属の場合も、その c/a の比が理想値の 1.63 に近ければ、原子間距離の平均値として 12 配位原子半径を求めることができる。また体心立方構造をとる単体金属の場合も、同様な幾何学的考察から原子半径を決定できるが、この場合は 8 配位の金属半径を与えることに注意する必要がある。一般に金属の場合、12 配位の原子半径を 1 として、8 配位, 6 配位, 4 配位の原子半径はそれぞれ 0.98, 0.96, 0.88 となっていることが経験的に知られている。しかし、配位数の異なる結晶構造では、原子の電子状態が変化する場合もあるので注意しなければいけない。

    表 2-3 単体原子の大きさ (単位:Å)

    1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18

    H He 1.22

    Li Be B C N O F Ne 1.55 1.13 0.89 (0.77) (0.74) (0.73) (0.71) 1.60 Na Mg Al Si P S Cl Ar

    1.89 1.60 1.43 (1.17) (1.10) (1.04) (0.99) 1.92 K Ca Sc Ti V Cr Mn Fe Co Ni Cu Zn Ga Ge As Se Br Kr

    2.36 1.97 1.64 1.46 1.34 1.27 1.30 1.26 1.25 1.24 1.28 1.39 1.39 (1.22) (1.21) (1.17) (1.14) 1.98 Rb Sr Y Zr Nb Mo Tc Ru Rh Pd Ag Cd In Sn Sb Te I Xe

    2.48 2.15 1.81 1.60 1.45 1.39 1.36 1.34 1.34 1.37 1.44 1.56 1.66 1.58 1.61 (1.7) (1.33) 2.18 Cs Ba * Hf Ta W Re Os Ir Pt Au Hg Tl Pb Bi Po At Rn

    2.68 2.21 1.59 1.46 1.40 1.37 1.35 1.35 1.38 1.44 1.60 1.71 1.75 1.82 Fr Ra **

    * ランタ

    ノイド La Ce Pr Nd Pm Sm Eu Gd Tb Dy Ho Er Tm Yb Lu

    1.87 1.83 1.82 1.82 1.81 2.02 1.79 1.77 1.77 1.76 1.75 1.74 1.93 1.74 ** アクチ

    ノイド Ac Th Pa U Np Pu Am Cm Bk Cf Es Fm Md No Lr

    1.80 1.62 1.53 1.50 ゴシック体:金属元素 12 配位原子半径、斜体:希ガス原子の半径、(数字):共有結合半径

    共有結合の単体元素で、ダイヤモンド構造をとる場合は、同様な手続きにより原子半径を求めることがでる。この場合は、4 配位の単結合原子半径を与える。III-V 化合物あるいは II-VI 化合物で、秩序配列したダイヤモンド構造すなわちセン亜鉛鉱構造をとる場合も 4 配位共有半径を算出することができる。この場合は同族の化合物群について観測された原子間距離を説明できるように原子半径が決められている。表 2-3 では単結合の共有結合半径を括弧でくくって示した。金属結合半径も、共有結合半径と、考え

  • セラミックス材料学(亀川厚則)

    17

    方は同じで、共有結合がほぼ隣の原子との間で電子を共有しているのに対して、金属結合は金属原子集団全体で自由電子として共有している違いだけである。共有結合半径も金属結合半径も、概して外殻電子の広がっている大きさで決まる。最外殻の一部を共有しているが、他の電子(軌道)はぶつかって斥力を示す。つまり、電子の共有の有無がファンデルワールス半径との違いと言って良い。

    2-7.イオン半径 次にイオン結晶の場合に考える。さしあたりイオン結晶の対象としてはふっ化物と酸化物を考えれば

    よいであろう。既に 1920 年代にゴールドシュミット(Goldschmidt)は岩塩構造の AX 化合物コランダム構造および C 型希土酸化物構造の A2X3 化合物ルチル構造および蛍石構造の AX2 化合物について O2-および F-のイオン半径をそれぞれ 1.32Å および 1.33Å として、実測された原子間距離から陽イオン半径を求めている。

    このような純経験的なイオンサイズの評価法に対し、ポーリングは理論的な観点からイオン半径を求めることを試みた。希ガス型(あるいは d10 閉殻型)の同一の電子数を持つ一連の等電子イオン C4-, N3-, O2-, F-, Ne, Na+, Mg2+, Al3+, Si4+, P5+ S6+, C7+,(Cu+, Zn2+, Ga3+, Ge4+, As5+, Se6+, Br7+)について、イオン半径の減少を有効殻電荷の増大による電子雲の収縮によって説明しようとした。(このような考え方は、3 価の希土類元素イオンについても適用され、原子番号の増加に伴うイオン半径の減少はランタノイド収縮と呼ばれている)。なおこの原理の適用できない遷移金属イオンやランタノイドイオンについてはゴールドシュミットと同じく観測された原子間距離から陰イオン半径を差し引く方法でイオン半径を見積っている。

    1960 年代に入ってシャノン(Shannon)とプルウィット(Prewitt)は、多数のフッ化物および酸化物の精密構造解析から求められた原子間距離のデータを集積し、陽イオンの価数および配位数に対応するイオン半径を決定した。ここで O2-および F-の 6 配位イオン半径はそれぞれ 1.40Åおよび 1.33Å としている(その後ホイッタカーとムンタスは、イオン半径比の規則を満足するためには O2-のイオン半径を 1.32Åととるべきであり 0.08Å の補正を加えることを提案している)。さらにシャノンは 1976 年にこれを増補する形で異常な価数あるいは配位状態のイオン半径を与え、またハロゲン化物やカルコゲン化合物などのような共有結合性が加わった場合や、金属伝導を示す化合物への適用についても考察した。しかし、本稿ではより基本的でまた実用的な観点から、代表的な酸化数と配位数(ローマ数字で示す)の場合についてシャノン-プルウィットのイオン半径に、上述の補正値 0.08Å を加えた値を表 2-4 にまとめて示した(なおここでスピン状態(高スピンか低スピンか)や正方平面配置のような特異な配位も区別して示してあることに注意して欲しい)。

  • セラミックス材料学(亀川厚則)

    18

    表 2-4 シャノンとプルウィットによるイオン半径(庄野ら『入門 結晶化学』より) ただし O2-のイオン半径を 1.32Åにとったため、0.08A の補正を加えてある。最初の数字で価数を、次の

    ローマ数字で配位数(IV* は平面 4 配位)を示した後に、それに対応するイオン半径を与えた。また、遷移

    金属の低スピン状態は斜体数字で示してある。

    (単位:Å)

    【練習問題】 2-1)一般に同周期の元素であれば、原子番号が増えるほど(周期表の右に行くほど)第 1 イオン化エネ

    ルギーは大きくなる傾向にある。しかしながらガリウム原子(31Ga)の第 1 イオン化エネルギー方が左隣の亜鉛原子(30Zn)よりも小さい。この理由を説明せよ。

    2-2)周期表の右上に位置する原子ほど電気陰性度が大きい理由を述べよ(希ガス元素を除く) 。

    2-3)H, Cl, K のポーリングの電気陰性度は、それぞれ 2.1, 3.0, 0.8 である。HCl および KCl の原子間のイオン性の量を求め、これら化合物がそれぞれイオン結合性なのか、共有結合性なのか推定せよ。

    2-4)ポーリングは 1 価イオンについて遮蔽定数から化合物中のイオン半径比を見積もり、これを基に結晶構造のデータがあるものについて各種原子のイオン半径を決定した。塩化ナトリウム型構造のNaCl の格子定数は 0.564nm であり、見積もられたイオン半径比は 0.52 であった。このとき、Na+とCl-各イオンの半径を求めよ。

    2-5) ランタノイド収縮について、説明せよ。

    /ColorImageDict > /JPEG2000ColorACSImageDict > /JPEG2000ColorImageDict > /AntiAliasGrayImages false /CropGrayImages true /GrayImageMinResolution 300 /GrayImageMinResolutionPolicy /OK /DownsampleGrayImages true /GrayImageDownsampleType /Bicubic /GrayImageResolution 300 /GrayImageDepth -1 /GrayImageMinDownsampleDepth 2 /GrayImageDownsampleThreshold 1.50000 /EncodeGrayImages true /GrayImageFilter /DCTEncode /AutoFilterGrayImages true /GrayImageAutoFilterStrategy /JPEG /GrayACSImageDict > /GrayImageDict > /JPEG2000GrayACSImageDict > /JPEG2000GrayImageDict > /AntiAliasMonoImages false /CropMonoImages true /MonoImageMinResolution 1200 /MonoImageMinResolutionPolicy /OK /DownsampleMonoImages true /MonoImageDownsampleType /Bicubic /MonoImageResolution 1200 /MonoImageDepth -1 /MonoImageDownsampleThreshold 1.50000 /EncodeMonoImages true /MonoImageFilter /CCITTFaxEncode /MonoImageDict > /AllowPSXObjects false /CheckCompliance [ /None ] /PDFX1aCheck false /PDFX3Check false /PDFXCompliantPDFOnly false /PDFXNoTrimBoxError true /PDFXTrimBoxToMediaBoxOffset [ 0.00000 0.00000 0.00000 0.00000 ] /PDFXSetBleedBoxToMediaBox true /PDFXBleedBoxToTrimBoxOffset [ 0.00000 0.00000 0.00000 0.00000 ] /PDFXOutputIntentProfile () /PDFXOutputConditionIdentifier () /PDFXOutputCondition () /PDFXRegistryName () /PDFXTrapped /False

    /CreateJDFFile false /Description > /Namespace [ (Adobe) (Common) (1.0) ] /OtherNamespaces [ > /FormElements false /GenerateStructure false /IncludeBookmarks false /IncludeHyperlinks false /IncludeInteractive false /IncludeLayers false /IncludeProfiles false /MultimediaHandling /UseObjectSettings /Namespace [ (Adobe) (CreativeSuite) (2.0) ] /PDFXOutputIntentProfileSelector /DocumentCMYK /PreserveEditing true /UntaggedCMYKHandling /LeaveUntagged /UntaggedRGBHandling /UseDocumentProfile /UseDocumentBleed false >> ]>> setdistillerparams> setpagedevice