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- 98 - 外来植物のリスク評価と蔓延防止策 者:藤井 義晴((独)農業環境技術研究所 生物環境安全部) 関:(独)農業環境技術研究所 I. 研究の全体計画 1. 研究の趣旨 グローバリゼーションに伴い,外来植物の侵入・導入が 増加している。これらは日本各地に蔓延して国民の健康や 農林水産業に直接被害を与えるだけでなく,わが国固有の 生物多様性あるいは生態系に対する撹乱要因にもなる。侵 略的な外来植物の防除対策は世界的な緊急課題であり,わ が国においても,2004 年に「特定外来生物被害防止法」が成 立し,外来植物による生態系影響の排除を明確化している。 これは,わが国が独自の生態系を有する島国であり,固有 な植物種が多いために,外来植物による固有種の絶滅が危 惧され,外来植物が生物多様性に与える影響が甚大である との認識によるものである。 こうした状況の中で,「特定外来生物被害防止法」は,2005 年 6 月 1 日から施行された。しかし,この中で,取り扱いを 規制すべき特定外来植物を決定するための基準が未確定で あり,そのための緊急調査が必要である。とくに,既に侵 入している外来植物について実態把握と生態系影響評価を 行い,また今後侵入が予想される植物についてはリスク評 価法を開発し,指定すべき植物を提示する必要がある。ま た,被害が発生している外来植物については,駆除法を早 急に開発する必要がある。 そこで,生物多様性に影響を及ぼす外来植物の蔓延実態 を把握し,それらの定着・成育特性等,および既存植生抑 圧の重要な因子である化学生態的特性を明かにする。また, 外来植物の侵入・拡散経路と蔓延要因の解明および分布拡 散予測を行い,規制すべき外来植物を提示する。得られた 成果と情報に基づいて,外来植物の生態系影響リスクに関 するわが国独自の評価法を策定し,その妥当性について検 証する。さらに,要注意外来植物の駆除法,防除あるいは 封じ込め技術,および原植生への復元技術を開発し,実証 実験を行う。 2. 研究の概要 a. 外来植物が生物多様性に及ぼす影響評価と要注意植物の選 非意図的にわが国に侵入し,農業生態系において生態的 影響や経済的被害を及ぼしている外来植物,あるいは意図 的に導入された植物であるがベネフィットがほとんど認め られない種について,国内の既分布地域から未分布地域へ 侵入する過程を調査・解析することにより,外来植物の新 たな地域への分布拡大や定着のメカニズムを解明する。と くに,有毒物質や他感物質によって他の生物への攻撃性が 強く,優占繁茂する原因となる化学生態的特性を評価する。 これらの研究を通じて,全国における外来植物蔓延の実態 を把握し,問題となる外来植物を選抜して外来植物選定委 員会等に提案する。ここで得られた生態的リスク評価及び 管理手法に関する研究情報を,新たな導入植物に関する事 前の安全性評価システムの策定にも活用する。 b. 外来植物のリスク評価法の策定 (1) 侵入経路の評価とリスク評価法の開発 新たに意図的に導入しようとする外来植物について,そ の生態的特性に基づく定着・蔓延のリスク評価モデルを策 定する。輸入飼料への種子の混入など非意図的に導入され る植物については,侵入リスクに対するそれぞれの経路の 寄与割合を評価する。リスク評価モデルの策定においては, 諸外国で用いられているモデルを元に,日本への適用性を 評価するとともに,国内外の既往文献,データベース等の 既存の情報に,外来植物蔓延現場での植物群落構成変化な どの実験データを加えて,リスクに寄与する生態的特性を 定量化し,評価項目の選定を行う。非意図的導入の侵入経 路の評価については,分子マーカーを用いた集団遺伝学的 手法により,蔓延集団と各侵入経路との関連性を明らかに する。 (2) 侵入経路の特定と定着・分布拡大予測 既に定着している外来植物の防除判定ならびに新たに導 入しようとする外来植物の導入可否判定を適切に行うため に,外来植物の生態系影響リスク評価法を開発する。既往 の知見を基に,外来植物の生態系影響リスク(在来植物・ 希少種への影響,近縁種との交雑性,競争(競合)性,人 畜加害性等)を類型的に明らかにする。また,これらリス クの発現に関連する植物の生態的特性(定着性,分布拡大 能力,種子生産性,栄養生殖性等)を整理し,特性ごとに リスク発現にかかわる寄与率を係数化して外来植物のリス ク評価項目を提示する。さらに,外来植物の原産地と日本 の環境,病虫害および競合する植物群集等の違いなどを評 価項目として加えて,日本独自の外来植物の評価システム を開発する。 (3) 侵入外来植物リスク評価用データベースの開発 既に侵入した外来植物のリスク評価法を策定するため,

外来植物のリスク評価と蔓延防止策 - JSTな植物種が多いために,外来植物による固有種の絶滅が危 惧され,外来植物が生物多様性に与える影響が甚大である

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- 98 -

外来植物のリスク評価と蔓延防止策

代 表 者:藤井 義晴((独)農業環境技術研究所

生物環境安全部)

責 任 機 関:(独)農業環境技術研究所

I. 研究の全体計画

1. 研究の趣旨

グローバリゼーションに伴い,外来植物の侵入・導入が

増加している。これらは日本各地に蔓延して国民の健康や

農林水産業に直接被害を与えるだけでなく,わが国固有の

生物多様性あるいは生態系に対する撹乱要因にもなる。侵

略的な外来植物の防除対策は世界的な緊急課題であり,わ

が国においても,2004 年に「特定外来生物被害防止法」が成

立し,外来植物による生態系影響の排除を明確化している。

これは,わが国が独自の生態系を有する島国であり,固有

な植物種が多いために,外来植物による固有種の絶滅が危

惧され,外来植物が生物多様性に与える影響が甚大である

との認識によるものである。

こうした状況の中で,「特定外来生物被害防止法」は,2005

年 6 月 1 日から施行された。しかし,この中で,取り扱いを

規制すべき特定外来植物を決定するための基準が未確定で

あり,そのための緊急調査が必要である。とくに,既に侵

入している外来植物について実態把握と生態系影響評価を

行い,また今後侵入が予想される植物についてはリスク評

価法を開発し,指定すべき植物を提示する必要がある。ま

た,被害が発生している外来植物については,駆除法を早

急に開発する必要がある。

そこで,生物多様性に影響を及ぼす外来植物の蔓延実態

を把握し,それらの定着・成育特性等,および既存植生抑

圧の重要な因子である化学生態的特性を明かにする。また,

外来植物の侵入・拡散経路と蔓延要因の解明および分布拡

散予測を行い,規制すべき外来植物を提示する。得られた

成果と情報に基づいて,外来植物の生態系影響リスクに関

するわが国独自の評価法を策定し,その妥当性について検

証する。さらに,要注意外来植物の駆除法,防除あるいは

封じ込め技術,および原植生への復元技術を開発し,実証

実験を行う。

2. 研究の概要

a. 外来植物が生物多様性に及ぼす影響評価と要注意植物の選

非意図的にわが国に侵入し,農業生態系において生態的

影響や経済的被害を及ぼしている外来植物,あるいは意図

的に導入された植物であるがベネフィットがほとんど認め

られない種について,国内の既分布地域から未分布地域へ

侵入する過程を調査・解析することにより,外来植物の新

たな地域への分布拡大や定着のメカニズムを解明する。と

くに,有毒物質や他感物質によって他の生物への攻撃性が

強く,優占繁茂する原因となる化学生態的特性を評価する。

これらの研究を通じて,全国における外来植物蔓延の実態

を把握し,問題となる外来植物を選抜して外来植物選定委

員会等に提案する。ここで得られた生態的リスク評価及び

管理手法に関する研究情報を,新たな導入植物に関する事

前の安全性評価システムの策定にも活用する。

b. 外来植物のリスク評価法の策定

(1) 侵入経路の評価とリスク評価法の開発

新たに意図的に導入しようとする外来植物について,そ

の生態的特性に基づく定着・蔓延のリスク評価モデルを策

定する。輸入飼料への種子の混入など非意図的に導入され

る植物については,侵入リスクに対するそれぞれの経路の

寄与割合を評価する。リスク評価モデルの策定においては,

諸外国で用いられているモデルを元に,日本への適用性を

評価するとともに,国内外の既往文献,データベース等の

既存の情報に,外来植物蔓延現場での植物群落構成変化な

どの実験データを加えて,リスクに寄与する生態的特性を

定量化し,評価項目の選定を行う。非意図的導入の侵入経

路の評価については,分子マーカーを用いた集団遺伝学的

手法により,蔓延集団と各侵入経路との関連性を明らかに

する。

(2) 侵入経路の特定と定着・分布拡大予測

既に定着している外来植物の防除判定ならびに新たに導

入しようとする外来植物の導入可否判定を適切に行うため

に,外来植物の生態系影響リスク評価法を開発する。既往

の知見を基に,外来植物の生態系影響リスク(在来植物・

希少種への影響,近縁種との交雑性,競争(競合)性,人

畜加害性等)を類型的に明らかにする。また,これらリス

クの発現に関連する植物の生態的特性(定着性,分布拡大

能力,種子生産性,栄養生殖性等)を整理し,特性ごとに

リスク発現にかかわる寄与率を係数化して外来植物のリス

ク評価項目を提示する。さらに,外来植物の原産地と日本

の環境,病虫害および競合する植物群集等の違いなどを評

価項目として加えて,日本独自の外来植物の評価システム

を開発する。

(3) 侵入外来植物リスク評価用データベースの開発

既に侵入した外来植物のリスク評価法を策定するため,

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侵入経路の特定と定着・分布拡大予測,リスク評価用デー

タベースの開発の研究を行う。前者で既に侵入した外来植

物の侵入経路と定着・分布予測を行う。具体的には侵略的

な外来植物であるメリケンカルカヤに対象を絞り,岡山県

内を詳細に調査し,実態を明らかにする。後者では現在ま

で日本に非意図的に侵入した外来植物と,意図的に導入し

た植物が逸出・帰化状態になった種類を加えた帰化植物一

覧表を作成し,渡来年代などを明らかにする。外来植物の

種子を収集し保存する事業を行い,標本,種子標本のデー

タベースを構築し,インターネットに公開する。

(4) 導入外来植物リスク評価用データベースの開発

海外より新たに導入する可能性のある植物を購入し,こ

れらを播種し,その特性を調査する。これらは日本には未

知のものが多く,その生育特性や本邦での夏や冬越しの状

況を把握する事により,データベースを確立する。この情

報は外来植物の水際防除法の確立に役立つ。

c. 外来植物の蔓延防止技術の開発

(1) 強害外来植物種に対する効率的で環境負荷の少ない防除技

術の開発と現地実証試験

すでに侵入・蔓延し,我が国の原植生をおびやかしてい

る外来植物種として,アレチウリ,オオブタクサ,ニセア

カシア等を取り上げ,サブテーマ a で得られる当該外来草

種の生態的特性も考慮に入れながら,各草種に対し,環境

残留性が低い茎葉処理型除草剤や植物体内への注入処理な

ど環境負荷の少ない化学的防除技術,被覆植物を用いた生

物的防除技術,刈り取りなどの機械的防除技術およびそれ

らの組合せ技術による防除効果・防除効率を比較検討し,

環境負荷が少なくかつ効率的・効果的な防除技術を開発す

る。

(2) 強害外来植物種に対する効率的で環境負荷の少ない防除技

術の開発とその生態影響評価

開発された有望な防除技術について,実際に当該外来植

物種が繁茂している現場で,その防除効果と労力・コスト

を含めた普及性とともに,植物種ばかりでなく昆虫類など

も含めた生物多様性に与える影響について確認する。その

上で,サブテーマ a,b で明らかとなる発生実態や強害性・

蔓延化のリスクとともに,本研究で得られる有効な防除手

段を公表することにより,わが国の植生を外来植物から守

り,復元・維持するための基礎技術・情報を提供する。

(3) 水生強害外来植物の蔓延要因の解析および管理法の実証調

水生強害外来植物の防除技術の現地実証と生物多様性影

響調査を行う。特に,岡山県南部の水系を中心に水生植物

の外来種と自生種の繁茂状況を調査し,特に冬季から春季

に薬剤処理以外の防除技術を導入し,導入後の生物多様性

の調査を行う。

3. 年次計画

- 100 -

II. 平成 17 年度における実施体制

III. 研究運営委員会

- 101 -

IV. ミッションステートメント(具体的な達成目標)

1. 外来植物が生物多様性に及ぼす影響の評価と要注意

植物の選定

・外来植物蔓延の実態把握と要因解明。

・外来植物の化学生態的特性の評価。

・要注意植物の選定。

2. 新たな外来植物のリスク評価法の開発と要注意植物

の選定

・侵入経路の特定,定着と拡散機構の解明,分布拡大

予測。

・リスク評価用データベース構築。

・外来植物リスク評価法の策定。

3. 外来植物の蔓延防止技術の開発

・化学的方法(除草剤等の利用),生物的方法(在来

被覆植物の利用),機械的方法(除草機械や刈り払い等)

の検討。

・以上の技術を統合した蔓延防止と植生復元技術の開

発。