11
香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res. Teach. Develop. Kagawa Univ.),31:95-105,2015 英語学習(書くこと)に困難を示し 発達障害のある中学生2事例における学習支援 ―特別支援教室「すばる」における実践研究― 井上 恵美 ・ 西田 智子 ・中島 栄美子 ・ 惠羅 修吉 (大学院教育学研究科) (特別支援教育) (特別支援教育) (特別支援教育) 760-8522 高松市幸町1-1 香川大学院教育学研究科 760-8522 高松市幸町1-1 香川大学教育学部    A Case Study of Intervention Method for English Spelling and Writing Difficulties in Two Japanese Junior High School Students with Developmental Disorders Megumi Inoue, Tomoko Nishida , Emiko Nakajima and Shukichi Era Graduate School of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522 Faculty of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522 要 旨 英語学習に困難を示し,異なる発達障害のある中学生2名に対して,アセスメン トを基に個別指導を実施した。2名とも知能は平均水準であるが,英語学習ではアルファ ベットの読みの段階で困難を抱えていた。2名の学習障害特性に依拠して,フォニックス, Multisensory Structured Languageアプローチを取り入れた英語学習支援を受けた結果,2 名とも学習の定着に改善が見られ,主体的に学習に取り組む姿勢がみられた。 キーワード 発達障害 フォニックス Multisensory Structured Languageアプローチ  英語学習支援 Ⅰ.はじめに 小学校では「聞く」「話す」を中心に楽しく 英語を学んできた生徒も,中学校からは「読む」 「書く」が加わることで英語学習に抵抗感が強 まることはまれではない。更に,日本語の読み 書きに困難を抱える生徒は,中学校から始まる 英語において単語の読みとスペリングの学習に 顕著な困難を示す(奥村・室橋,2013)。また, 日本語や英語の読み書きにつまずく子どもは, 発達性dyslexiaや言語学習障害だけでなく,自 閉症スペクトラム障害や注意欠陥/多動性障害 を伴う場合もあり,それぞれの障害の特性理解 に基づいた支援が必要であるといわれている。 現在,日本の中学校や高校における英語教育 では,読み書きは綴りを見て発音したり書いた りすることを反復して覚えていくwhole word アプローチと呼ばれる方法で行われるのが通常 である。英語学習困難児の中にはこのような指 導法に適合せず,入門期における「読み」の段 階からつまずきを示す者がおり,小さなつまず きの重なりが読みだけでなく書きにも影響を及 -95-

英語学習(書くこと)に困難を示し 発達障害のある …shark.lib.kagawa-u.ac.jp/.../AA1147009X_31_95-105.pdf香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 英語学習(書くこと)に困難を示し 発達障害のある …shark.lib.kagawa-u.ac.jp/.../AA1147009X_31_95-105.pdf香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res

香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res. Teach. Develop. Kagawa Univ.),31:95-105,2015

英語学習(書くこと)に困難を示し 発達障害のある中学生2事例における学習支援

―特別支援教室「すばる」における実践研究―

井上 恵美 ・ 西田 智子* ・中島 栄美子* ・ 惠羅 修吉*

(大学院教育学研究科) (特別支援教育) (特別支援教育) (特別支援教育)

760-8522 高松市幸町1-1 香川大学院教育学研究科760-8522 高松市幸町1-1 香川大学教育学部   

A Case Study of Intervention Method for English Spelling and Writing Difficulties in Two Japanese Junior High School

Students with Developmental Disorders

Megumi Inoue, Tomoko Nishida*, Emiko Nakajima* and Shukichi Era*

Graduate School of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522*Faculty of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522

要 旨 英語学習に困難を示し,異なる発達障害のある中学生2名に対して,アセスメントを基に個別指導を実施した。2名とも知能は平均水準であるが,英語学習ではアルファベットの読みの段階で困難を抱えていた。2名の学習障害特性に依拠して,フォニックス,Multisensory Structured Languageアプローチを取り入れた英語学習支援を受けた結果,2名とも学習の定着に改善が見られ,主体的に学習に取り組む姿勢がみられた。

キーワード 発達障害 フォニックス Multisensory Structured Languageアプローチ       英語学習支援

Ⅰ.はじめに

 小学校では「聞く」「話す」を中心に楽しく英語を学んできた生徒も,中学校からは「読む」

「書く」が加わることで英語学習に抵抗感が強まることはまれではない。更に,日本語の読み書きに困難を抱える生徒は,中学校から始まる英語において単語の読みとスペリングの学習に顕著な困難を示す(奥村・室橋,2013)。また,日本語や英語の読み書きにつまずく子どもは,発達性dyslexiaや言語学習障害だけでなく,自

閉症スペクトラム障害や注意欠陥/多動性障害を伴う場合もあり,それぞれの障害の特性理解に基づいた支援が必要であるといわれている。 現在,日本の中学校や高校における英語教育では,読み書きは綴りを見て発音したり書いたりすることを反復して覚えていくwhole wordアプローチと呼ばれる方法で行われるのが通常である。英語学習困難児の中にはこのような指導法に適合せず,入門期における「読み」の段階からつまずきを示す者がおり,小さなつまずきの重なりが読みだけでなく書きにも影響を及

-95-

Page 2: 英語学習(書くこと)に困難を示し 発達障害のある …shark.lib.kagawa-u.ac.jp/.../AA1147009X_31_95-105.pdf香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res

 このように,読みに対してはフォニックスが有用であることが知られているが,書くことにつなげるためにはMSLアプローチを取り入れることが有用であると考えられた。そこで,本研究では英語学習に困難を示している発達障害のある生徒2名を対象として,特に英語の「書くこと」(spelling,writing)について,フォニックス,MSLアプローチを取り入れた本人の強みを生かした英語学習支援を行い,その効果について検討することを目的とした。

Ⅱ.方法

1.対象 通常の学級に在籍する中学2年生女子(以下,A児)と中学3年生男子(以下,B児)の2事例を対象とした。A児は,医療機関で自閉症スペクトラム障害,学習障害と診断されていた。B児は,医療機関で注意欠陥/多動性障害と診断され,投薬を受けていた。

2.指導場所及び期間 香川大学大学院教育学研究科特別支援教室

「すばる」において,A児はX年5月~7月の期間で10セッション(週1回60分間,うち国語20分間,英語20分間),B児はX年9月~X+1年1月の期間で15セッション(週1回60分間,うち英語45分間)の個別指導を行った。

3.アセスメント3-1.A児のアセスメント1)指導開始前の面接 A児及び保護者からの主訴は,苦手としている教科は英語で,単語を読んだり,何度も書いたりすることに困難があること,感覚過敏とこだわりがあることであった。また,学校の先生からの情報提供より,英語学習でアルファベットのbとd,pとqなど形態的に似た文字を読み間違えたり書き間違えたりすること,定着させるための繰り返し書字練習に対して強い拒否感があるということであった。実際に学校で行われた学力テストや成績表を確認した。

ぼしているのではないかと考えられる。英語圏では,読み書き障害の背景要因として音韻処理能力の弱さが挙げられている(Lyon,1995)。音韻処理能力は一つの能力を指すのではなく,音韻意識,語想起,呼称速度,聴覚的短期記憶・ワーキングメモリなどの複数の能力であり,これらすべてが読み書きの習得の基礎になると捉えられている(McCardle, Scarborough, &Catts, 2001)。日本語を母国語とする日本人の英語学習困難では,以上に加えて,日本語と英語の音韻構造の違い,英語における音と綴りの対応の不規則性が関与しており,「読み」の困難,さらに「書き」の困難をも伴わせると考えられる。 ところで,英語の「書くこと」には “spelling”と “writing” という2側面があり,spellingは綴りを想起する過程や口頭で述べる過程,および文字選択による綴り字の表記過程から成り,writingは書字運動を介した書字,内容を伝えるために書くことから成る。「書き」の困難が認められる場合,それがどの段階での問題かを確認することが必要である。 現在英語圏では,幼少期に英語学習指導の中でフォニックス指導が広く用いられている。フォニックス指導とは,アルファベットと音素の対応規則に基づいて単語の読み書きを指導する方法である。日本では,フォニックス指導を中学校英語学習に取り入れているところは少ない。また,読み書きに困難がある子どものために米国で広く使われている治療教育プログラムとしてMultisensory Structured Language(以下MSL)アプローチがある。マルチセンソリーとは,言語の三角形(language triangle)を構成する視覚,聴覚,運動感覚/触覚の3つの感覚様式を使うことを意味する概念であり,MSLはこの概念を基にした指導法である。牧野・宮本(2002)はこの方法を用いた指導を行い,その有効性について報告している。MSLアプローチは,視覚,聴覚,運動感覚/触覚を使うことにより,文字と音を関連づけるための手がかりを多くするため,読みの側面だけではなく書字の側面にも有効であるとしている。

-96-

Page 3: 英語学習(書くこと)に困難を示し 発達障害のある …shark.lib.kagawa-u.ac.jp/.../AA1147009X_31_95-105.pdf香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res

2)WISC-Ⅲの結果(12歳4ヶ月時,医療機関にて実施)

 全検査IQ105で,知能水準は平均レベルにあった。言語性IQ(以下VIQ)は111で,動作性IQ(以下PIQ)は97であった。VIQとPIQとの差は14であったが,有意な差は見られなかった。群指数の言語理解は114,知覚統合は102,注意記憶は88,処理速度は89であった。言語理解と注意記憶の群指数間に有意な差が認められた(言語理解>注意記憶,p<.05)。言語理解と処理速度の間に有意な差が認められた(言語理解>処理速度,p<.05)。3)心理検査から分析したA児の認知特性 A児の強い認知特性としては,言語で表現・説明する力や視覚的長期記憶,空間情報を操作・構成する力が推察された。一方,弱い特性として,聴覚的短期記憶,言葉を機械的に記憶する力,視覚的な情報を早く処理する力が推察された。特に視写が必要となると,書字速度が遅く,非常に困難を感じることが考えられた。4)A児のプレテスト 指導前にA児に対して,中学校入門期程度の英語プレテストを実施した。アルファベットの小文字(26文字中正答5文字)や絵を見て綴りを書く課題(3問中正答なし),「soccer」のような身近な英単語であっても,綴りから日本語を推測することは難しいようであった。また英語を書くことになると自信がなく,書き直したり,手が止まったりする様子も見られた。型通りに覚えたアルファベットもあるが,英単語を書くための文字と音が一致していないため,書くことに抵抗があると推察された。3-2.B児のアセスメント1)指導開始前の面接 B児及び保護者からの主訴では,苦手としている教科が英語と国語,日本語・英語を聞いて理解したり,表現したりすることが困難であった。特に作文や英作文につまずきがあった。いくつか手順をふんで思考力を問う課題は苦手であった。作文課題では,出題の意図がわからず,内容の読み取りができていないため,趣旨から離れたことを書くことが多いと保護者や担

任教員から指摘があった。家庭では母親によりフォニックスによる読みの指導が行われており,英単語が少し読めるようになったが,単語の語彙や英文法については不十分なため,1・2年生の内容を復習したいという希望があった。2)WISC-Ⅲの結果(13歳0ヶ月時,医療機関にて実施)

 全検査IQは92で知能水準は平均レベルにあった。VIQは86で,PIQは100であった。VIQとPIQの差は14であり有意であった(p<.05)。群指数の言語理解は86,知覚統合は100,注意記憶は85,処理速度は103であった。言語理解と知覚統合,言語理解と処理速度,知覚統合と注意記憶,注意記憶と処理速度の群指数間に有意差が認められた(言語理解<知覚統合,言語理解<処理速度,知覚統合>処理速度,注意記憶<処理速度,いずれもp<.05)。3)心理検査から分析したB児の認知特性 B児の強みとして,視覚優位で,事務的で単純な作業を正確に素早くこなす力があり,弱みとして,言葉を理解して表現・説明する力,聴覚的短期記憶や注意力,視覚的長期記憶,全体を部分に分解する力,空間情報を理解したり,操作・構成したりする力が推察された。特に単語を覚えて書字することに困難を感じることが考えられた。4)B児のプレテスト セッション1(以下,セッションをSとしてS1)でB児に対して中学生1~2年生程度の英語プレテストを実施した。英単語の書字においては,基本的な英単語(dog, cake, book, soccer)は正確に書くことができていた。しかしながら,中学1年生の内容で既習単語の季節,曜日,月名の単語書字につまずきが確認されたため,S5で季節,曜日,月名の書字プレテストを行った。その結果は,季節0/4問,曜日2/7問,月3/12問(正答数/問題数)であった。また,英作文課題では,使用している英文法が中1・2学期程度のものであること,また論理構成力が弱く,全体のつながりが不十分であった。

-97-

Page 4: 英語学習(書くこと)に困難を示し 発達障害のある …shark.lib.kagawa-u.ac.jp/.../AA1147009X_31_95-105.pdf香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res

 これらの結果を踏まえ,英語の全般的な基礎学力はあるものの,言語内容を理解する力や,正確に単語を覚えて書く力,文法や題意を理解して文を書く力に弱さがあり,英語や英文を書くための支援が必要であると考えた。

4.指導目標,方針及び指導内容4-1.A児について1)A児の指導目標(1)アルファベットや身の回りの英単語の絵

や綴りを見て正しく発音することができる。

(2)アルファベットや身の回りの英単語の綴り,読み,意味を理解し,書くことができる。

(3)成功体験を重ねてやる気を起こし,自分から課題に取り組むことができる。

2)A児の指導方針(1)文字と音の対応規則であるフォニックス

を分かりやすく伝える。(2)多感覚刺激(聴覚,視覚,触覚)を用い

た学習課題を設定する。(3)視覚的に意味を捉えられるように,言葉

とイラストを使ったカードやパソコンを使った説明により,聴覚的短期記憶の弱さを補う。

(4)学習した英単語をパソコン入力することで書く活動のスモールステップとする。またモールを使って単語を覚える練習を行い,書字練習の代替として活用する。

3)A児の指導内容 S2~S9の英語学習において主に下記の4つの活動を行った。(1)アルファベットの読み書き練習(フォ

ニックス)【課題A】(2)絵単語と綴りのマッチング課題【課題B】(3)アルファベットモールを使って英単語を

作る課題【課題C】(4)パソコンを使った英単語の発音と書字練

習【課題D】 S1で英語基礎力に関するプレテストを行い,S10でアルファベットと英単語のポストテスト

を行った。4-2.B児について1)B児の指導目標(1)英単語を正確に読み書きすることができ

る。(2)英語学習1・2年生の単語や文法を理解

し,英文を書くことができる。(3)学習した事項を使って,自分の考えや意

見を整理して伝えることができる。(4)成功体験を重ねてやる気を起こし,自分

から課題に取り組むことができる。2)B児の指導方針(1)言語理解を補うために,視覚的にも分か

りやすい学習課題にする。(2)多感覚刺激を用いた書字練習を取り入れ,

音声と書字を合わせた習得練習をする。(3)自分の考えや意見を出したり整理したり

するために,マインドマップや単語マップを使って聴覚的短期記憶の弱さを補う。

(4)興味のある話題やスモールステップ課題を設定することで,集中しやすくなるように工夫する。

3)B児の指導内容 S2~S13のセッションの英語学習において,下記の3つの活動を行った。(1)英単語の学習 【課題E,F,G,H,I,J】(2)英文法の学習 【課題K】(3)英文の学習  【課題L,M】

Ⅲ.指導経過

1.A児の指導経過1)A児に対する英語の「アルファベットを読むこと」「書くこと(spelling)」の指導

【課題A】アルファベットや英単語を読むための練習

 A児用に1文字が1音に対応するフォニックス支援シート(図1)を作成し,ルール化することにより音素を意識して,発音するように助言した。この学習課題で扱う英単語(アルファベットに対応する音素とその音素を用いた単語)の一覧表を資料として示す(資料参照)。

-98-

Page 5: 英語学習(書くこと)に困難を示し 発達障害のある …shark.lib.kagawa-u.ac.jp/.../AA1147009X_31_95-105.pdf香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res

【課題B】英単語と綴りのマッチング課題 S2~S9の各セッションで学習した英単語の定着を図るために,毎時間,絵と綴りのマッチング課題(①絵を見て発音練習と音声から絵カードを選択する,②綴りを見て発音練習,③絵と綴りを合わせる)を行った(図2)。【課題C】書字練習の代替として,アルファ

ベットモールを使った課題 モールを使って形づくることにより似た形のアルファベットのbとd,pとqの特徴に気付かせた。モールを使うことで,手の触覚を使って意識させたり,パソコンを使って,大文字と小文字の似ているところに気付かせたり,連想しやすい絵を同時に提示したりして,正しく書字することができるように指導した(図3)。【課題D】パソコンを使った英単語の発音と書

字練習 A児は英単語を書字練習する際に,感覚過敏のため筆記用具で文字を書くことや,何度も繰り返して書字練習することは苦手であった。そこで,パソコン入力による書字練習課題を設定した(図4)。

2.B児の指導経過1)B児に対する英語学習「書くこと(writing)」の指導

 B児は,中学3年であり,受験を控えていることから,限られた期間内に効果的に実践できる内容を選んだ(表1)。B児の場合は,音韻処理能力を支援するフォニックスシートで,1文字と1音素の対応規則はマスターできていたので,英単語の学習【課題E】では,1文字と複数の音素が対応することを指導した(図5)。カラーモールやカラーペンを使って色分けすることにより英単語の音素を意識して,音の分解や合成をする練習や書字練習に,多感覚刺激を取り入れたタイピグボード(図6),書字ボード,ホワイトボードを活用した。 英文法・英文を書く学習【課題K,L】では,英語の語順を理解するためのワークシートを使った。英文が日本語文の語順と大きく異なることが英作文を困難にする原因の一つである。

 金谷(2003)は英文と日本語文の語順について著書の中で,「英語の基本文はクリスマスツリー型で,主語が不可欠の要素である。なぜな

図1 �A児用のフォニックス支援シート

a ェア 口を横にあけて n ン(ヌ) 口は開いたままで

b ブ o オ 口をたてに大きくあけて

c ク 息だけで p ブ 息だけで

Phonics alphabet

図2 A児の【課題B】で使用した絵単語と綴りのマッチング

図3 A児が【課題C】で作成した英単語(文字の形を意識させるためのモール課題)

図4 A児の【課題D】におけるパソコン入力による書字練習課題

単語カード

1

2

3

日本語

4

書く練習 2

n t

書く練習 1

a n t

t

-99-

Page 6: 英語学習(書くこと)に困難を示し 発達障害のある …shark.lib.kagawa-u.ac.jp/.../AA1147009X_31_95-105.pdf香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res

ら主語を選ばないかぎり動詞の形が決まらないからだ。日本語の基本文は盆栽型で主語はいらない。述語だけでも文である。」(p.94)と述べている。これは英文と日本語文の語順の違いを端的に表現しており,「クリスマスツリー型」を視覚的に示すことにより英文の語順の学習を容易にすることができると考え,語順マスターシートを作成した。さらに主語,動詞は色分けをしてより視覚的に分かりやすいものとした

(図7)。さらに,伝えたい内容を整理するためにマインドマップや図を使って作文練習を行った。B児は自分の考えをまとめるのが苦手なことから,視覚的に考えを整理しやすくするためにマインドマップを使用した。

2)B児のポストテスト(1)Writing課題テスト1 S5~S14の各セッションで英単語の季節(4語),曜日(7語),月(12語)の書字テストを行った。

(2)Writing�課題テスト2 S11~S14で,課題英作文を書くポストテストを行った。採点については,県内公立中学校に勤務する英語教師4名に評価を依頼した。評価基準は,学力診断テストに対応した診断基準で採点をした。

(3)B児の英語学習に関する自己評価 S1,S15 では,すばるでの指導効果の一つの指標として英語学習に関する事前事後アンケートを実施した。アンケートは,英語学習における次の4項目(①英語学習について ②英単語を書くこと ③英文法 ④英文を書くこと)に対する苦手意識の程度を,5段階評価(5:よく分かる,4:少し分かる,3:どちらでもない,2:少し難しい,1:とても難しい)で自己評価させた。

表1 B児の英語学習指導経過

指導経過 英単語 英文法 英作文S1 プレテストS2 アルファベットの復習 be動詞 be動詞を用いた英文S3 身近な英単語(70語)

動詞(36語)一般動詞 一般動詞を用いた英文

S4 一般動詞3人称単数現在

S5 助動詞 助動詞を用いた英文S6 英単語の書字練習

月名12単語曜日7語季節4語

過去形S7 冠詞(a, an ,the) 私の好きなスポーツについてS8 比較級,最上級S9 動名詞,不定詞 「おもしろい」を使った英文S10 接続詞 接続詞を使った英文S11 現在完了 意見文S12 復習S13 復習S14 ポストテストS15 英単語学習のまとめ 英文法学習のまとめ 英作文学習のまとめ

図5 B児用のフォニックス支援シート

aェアエイオーアー

applecakeball

fathern ヌ net

b ブ bag oアオウオ

soccernosedog

c クス

cupice p プ pen

Phonics alphabet

-100-

Page 7: 英語学習(書くこと)に困難を示し 発達障害のある …shark.lib.kagawa-u.ac.jp/.../AA1147009X_31_95-105.pdf香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res

Ⅳ.結果

1.A児について1)アルファベット大文字・小文字のspellingの問題

 S1のプレテストでは,アルファベット大文字についてはすぐに書字を開始したが,小文字についてはなかなか書こうとしなかった。そのため指導終了時(S10)のポストテストでは,実際に書字することに抵抗感が強いことを考慮

し,アルファベットモールを使用してspellingを確認することにした。その結果,大文字・小文字ともspellingをスムーズに選択でき,自信をもって解答する様子が見られた。ポストテストでは小文字26文字すべてを正答した。指導開始時(S1)に比べて,正答率の顕著な上昇が見られた(図8)。2)正確なアルファベットモールを一部選択する英単語問題

 発音を手掛かりに正しくモールを選択するこ

図6 B児がアルファベット文字を抽出,タイピングボードによる書字練習

図7 B児が使用した自分の考えや意見を出して整理するためのワークシート

-101-

Page 8: 英語学習(書くこと)に困難を示し 発達障害のある …shark.lib.kagawa-u.ac.jp/.../AA1147009X_31_95-105.pdf香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res

とができた(8問中正答6問)。特に,セッションの中で誤答傾向のあったbとd,pとq,rとlについてはセッション回数が増すごとに正確に選択できるようになった。指導において,A児の苦手な聴覚的短期記憶や視覚的な情報の処理,注意力を補うために,パソコン画面で,文字,絵,図,動きを併せて,よく似た文字を見分けるためのヒントを示し,A児の言葉でその文字の特徴を表現させたことにより,誤答は著しく減少した。

2.B児について1)Writing課題1 季節,曜日,月名の単語の書字指導については,セッションの回数を重ねるごとに正答率が上昇した(図9)。正確な書字の定着までに時間がかかったが,S12以降では,季節と曜日を正しく綴ることができるようになった。2)Writing課題2 英作文課題4題を実施し,文の数(3文以上),語数(25語以上)は,どの課題においても条件に合わせて書くことができた。しかし英文法の使い方に誤りがあったり,綴りのミスがあったりしたため,減点対象になり得点には結びつけることはできなかったが,プレテスト課題に比べて,自分の伝えたい内容に近づけるために,学習した文法事項を扱って書こうとしていること,全体のつながりや趣旨にあった内容が書けるようになった点においては改善が見られた。英文法指導の中で特に強調した語順に関しては,日本語との違いを指導したことで,英文を書く時に語順を意識して書くことができていた。3)B児の英語学習に関する自己評価 英語学習に関する自己評価について,指導開始時(S1)と指導終了時(S15)を比較したものを図10に示す。指導前と比べて英語に対する苦手意識の軽減がみられた。また,自由記述では,「英語や英文を書く時に以前と比べて,一つ一つの単語が書けるようになった」と書かれており,B児自身もその変容に気づいていることが見てとれた。

図8 A児におけるアルファベット大文字と小文字の書字正答率の変化

0

20

40

60

80

100

S1 S10

セッション

大文字 小文字

図9 B児のwriting課題1における正答率の変化

0

20

40

60

80

100

S5 S6 S7 S8 S9 S10 S11 S12 S13 S14

正答率

セッション

季節 曜日 月

図10 B児の英語学習に関する自己評価

1 2 3 4 5

英文を書く

英文法の理解

英単語を書く

英語学習

苦手意識

S1 S15

-102-

Page 9: 英語学習(書くこと)に困難を示し 発達障害のある …shark.lib.kagawa-u.ac.jp/.../AA1147009X_31_95-105.pdf香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res

Ⅴ.考察

 A児は,S1~S10の過程を経て,アルファベットや英単語のspellingの定着が認められた。一方,B児は,S1~S15の過程を経て,英単語のspellingの定着と英作文のwritingにおける改善が見られた。またA児,B児ともに,セッション終了時には,英語学習への苦手意識の軽減が認められた。 以下に,英語学習における「書くこと」の向上に特に効果があったと思われる手立てについて考察する。

1.A児とB児に対する英語学習支援の効果について1)音韻処理能力の問題に対するフォニックスによる指導の効果について

 フォニックスによる指導の結果,A児,B児ともアルファベットと音素の対応関係に基づいて単語を正確に読んだり,書いたりできるようになった。これらの結果は,フォニックスが読みとspellingの前提となる音韻分解や音素認識といったスキルの向上に有効であることを示しており,先行研究(奥村・室橋,2013)とも一致する結果であった。今回の指導では,A児,B児ともにフォニックスシートを使用したが,それぞれの学習レベルや特性に応じたものを作成した。A児には口の動きを示し,音素を確認できるシートを作成した。B児には1文字と複数の音素が対応することを示したシートを作成した。2)MSLアプローチを取り入れた支援の効果について

 A児はフォニックスを手がかりに,聴覚から入ったアルファベットの音を触覚や運動感覚を働かせ,モールで正しく作成または選択したり,口の動きを示したシートを活用することで音素を確認することができるようになった。 B児は,発音(フォニックスの読み),モールの色を手がかりに音素や音節を合成,分解,操作し,アルファベットのモールや文字カードを使って触覚や運動感覚も働かせながら音素選

択することで,正確な単語に変換することができるようになり,書字の正答率が向上した。MSLアプローチで,文字と音を関連付けるための手がかりを多くしたことが,読みだけでなく書字にも有効に働いたと考えられる。 今回の指導では,A児,B児ともにカラーモールを用いたが,そのねらいはそれぞれ異なるものであった。A児は,アルファベットを形作る操作をすることにより書字の練習として活用した。一方,B児は,形作られたモールの色を音素や音節によって変えることにより,音韻分解を意識させるために用いた。このようにカラーモールは個に応じた活用が可能であり,小学校低学年の児童にも効果的な教材となりうると考えられる。

2.発達障害の認知特性に適した指導について 発達障害児は,それぞれの学び方に特徴がある。学習ペースがゆっくりであったり,特定の部分に苦手なことがあったり,学び方,社会性に偏りがあったりする。そのため,発達障害に起因する特性と行動面や学習面での特徴を踏まえ,A児,B児の特性に合わせた支援方法やツールを活用した指導を行った。例えば,A児では筆記用具の感触にこだわりがあり,書字を嫌がっていたため,モールを使ったりパソコンを活用したりした。B児は集中が途切れやすく,書き間違いを嫌がるため,興味のある話題を題材としたり,すぐ直すことができる書字ボード,ホワイトボードを活用したりした。

3.個別指導を終えたA児,B児の変容について1)A児の変容 英語学習に対する拒否感が少なくなり,個別指導終了後には家で洋楽の英語の歌詞を読んだり,好きなペンを使ってこれまでやろうとしなかった書字課題の提出ができたり,パソコン入力による書字練習を始めるなど,主体的に学習に取り組むことができるようになった。2)B児の変容 行動面では,初期は自ら発信する言葉数が大変少なかったが,セッションの回数を重ねると

-103-

Page 10: 英語学習(書くこと)に困難を示し 発達障害のある …shark.lib.kagawa-u.ac.jp/.../AA1147009X_31_95-105.pdf香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res

徐々に題意や趣旨を捉えた内容を言葉で伝えることができるようになった。また学校での学習の中で,ある問題の答えを選択した理由を相手に分かりやすく伝えることができるようになったという変容も保護者より報告された。学習面では,書字練習の際,単語の音素を意識し発音しながら書くようになったこと,今までなかなか覚えられなかった英単語を覚えて書けるようになったことが,B児にとって大きな自信となったようである。そして,そのことが英語学習への苦手意識の軽減につながったと考えられる。英作文においては,成果が十分であるとはいえないが,趣旨にそった内容を書こうとするようになってきた。学力テストの国語の作文テストでは,以前と比べてまとまりの良い文章を書くことができていたと保護者から報告を受けた。 以上のことから,個々の子どもの特性に応じた指導方略に基づいた英語の「書くこと」の指導が効果的であったと考えられた。また,その指導・支援の工夫をすることにより,苦手なことでも主体的に取り組もうとする意欲や態度の育成につながったと考えられる。

Ⅵ.おわりに

 発達障害のある子どもたちは,それぞれの学び方に特徴があることが多い。どこにつまずきがあるのかを多角的なアセスメントを通して知り,個に応じた指導・支援の工夫を行うことにより,その効果は「分かる・できる」につながり,さらには苦手意識の軽減や主体的な学習への取り組みにつながるのではないかと考えられる。本実践では,短期間であったがフォニックス及びMSLアプローチを取り入れた指導を行い,その有効性は特に子どもたちの意欲として表れた。読み書きに困難があっても,こうした指導によって最初のステップを適切に攻略できれば英語学習を本人なりに進めていける可能性が高くなると考えられることから,学習の初期段階において読みと綴りの関係性のフォニックスやMSLアプローチを扱った指導・支援が幅

広く実践されることが望まれる。 また,麻植・小枝(2014)の報告にあるように,現在中学校ではフォニックス指導を全ての英語教員が行っているわけではない。今後の課題として,個別指導が有効であると思われる生徒への指導体制を整えていくこと,一斉指導の中でフォニックスをどのように体系的に指導していくか,またその指導を中学校からではなく小学校から実施することの有用性などの検討が必要であると考える。小学校から始まる英語学習において,中学校の英語学習指導と連携を図りながら,これらの指導法を用いてより分かりやすく効果的な指導実践を行い,検討していくことも重要である。

謝辞 本研究を進めるにあたり,協力していただいた2名の児童及び保護者に改めて感謝いたします。

参考文献Gillingham, A.,&Stillman, B.W. (1997)The Gillingham

manual: Remedial training for students with specific

disability in reading, spelling, and penmanship. 8th edition revised. Educators Publishing Service, Inc. Cambridge, Massachusetts.

平井由美子・深谷計子・山本昭夫・牧野留美(2000)LD児とその近接領域児の英語教育実践報告

(3):英語入門期指導実践経過報告と今後の課題.日本LD学会第9回大会発表論文集,160-163.

金谷武洋(2003)日本語文法の謎を解く.ちくま新書.Lyon, G.R. (1995)Toward a definition of Dyslexia.

Annals of Dyslexia, 45, 1-27.牧 野 留 美・ 宮 本 信 也(2002) 学 習 障 害 児 に 対 す

る 英 語 の 学 習 支 援:Multisensory Structured Languageアプローチに基づいた指導プログラムの実践.LD研究,11,60-68.

McCardle, P., Scarborough, H.S., & Catts, H.W.(2001)Predicting, explaining, and preventing children’s reading difficulties. Learning Disabilities Research

& Practice, 16, 230-239.

-104-

Page 11: 英語学習(書くこと)に困難を示し 発達障害のある …shark.lib.kagawa-u.ac.jp/.../AA1147009X_31_95-105.pdf香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res

麻植由紀子・小枝達也(2014)発達障害がある生徒に対する英語学習支援に関する研究.鳥取大学地域学部紀要地域学論集,10,75-84.

奥村安寿子・室橋春光(2013)フォニックスとライムのパターンを用いた英単語の読み書き指導法:読み書きに困難のある生徒2事例の指導経過より.LD研究,22,445-456.

田中裕美子・秋田一子(2006)読み書き障害の発見・鑑別・支援Ⅰ:支援体制構築を目指した集団スクーリングの検討.日本LD学会第15回大会発表

資料

パソコンやカードで導入したアルファベットと英単語b bag bat bed banana boxd desk dog drumf frog food foxh hat hand hotj jam Japan

oo book moon goodk king koala kangarool left lion lampm map milk moonn net noon nextp pen pink pigq queen quiz questionr ring rain runs six swim sunt ten taxi tennsiv vet very videow wink window winterx box fox taxiz zoo zebra zeroc card cup cap cameraa bag cat apple

a+e tape lake snake face cakei ink pig pink king milk ring

i+e ice time wine pineee tree greenu bus study cute

u+e flute blue computero dog top fox box mop

o+e home bone rope smokeg golf go glass dog page giraffe orangey yes day play very sky fly my

論文集,378-379.田中裕美子・兵頭明和・大石敬子・Barbara Wise・

Lynn Snyder(2006)読み書きの習得や障害と音韻処理能力との関係についての検討.LD研究,15,319-329.

上野一彦(2006)LD(学習障害)とディスレクシア(読み書き障害):子どもたちの「学び」と「個性」.講談社.

上野一彦(2007)LD(学習障害)のすべてがわかる本.講談社.

-105-