30
落語台本集 一.つる(ショートバージョン) 二.味噌豆 三.桃太郎 四.たけのこ 五.平林(ひらばやし) 六.ぞろぞろ(教科書バージョン) 七.からぬけ 作成 山形落語愛好協会

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0

落語台本集

一.つる(ショートバージョン)

二.味噌豆

三.桃太郎

四.たけのこ

五.平林(ひらばやし)

六.ぞろぞろ(教科書バージョン)

七.からぬけ

作成 山形落語愛好協会

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1

つる

八:八五郎

隠:ご隠居

辰:辰五郎

「ご隠居、こんにちは」

「おお、めずらしいな八つぁんじゃないか、まあまあこっちへおあがり。

今日は、どうしたんだい?」

「あのね、鶴っていう鳥いるでしょ、あれね、なんで鶴っていう名前になったんです?」

「随分とやぶから棒だねぇ。まあ、しょうがない、教えてやろう。

いいかい?

あの鳥は、昔、その首の長いところから『くびながどり』と呼ばれていたなぁ。」

「首長鳥?ああ、そうっすか。へぇ、首が長いから首長鳥、ああ、なるほどね。

それじゃあご隠居、改めて聞くけどね、その首長鳥っていうのが、なんで、鶴になったんで

す?

首が長いから首長鳥ってぇならわかるんですよ。それが、なんで首長鳥になったんです?」

「八つぁん訳が聞きたいか?」

「ええ、ええ。」

「今日中に?」

「できれば今日中に願いたいねぇ。こんなこと聞くのに三泊四日てぇのは長すぎるからねぇ。

早いとこお願いしますよ。」

「そうかい、そうかい。まあ、お前さんも知らないようだし、ワシもちょうど退屈をしていた

ところだ、教えてやろう。いいかい、八つぁん良くお聞き。

昔、一人の白髪の老人が、

浜辺の岩頭に立って、

小手をかざして沖を見ていると

はるかモロコシと言うから、今の中国だな。

このモロコシの方から、

一羽の首長どりのオスが

ツーーーーーーーーーーーーーーーーっと飛んできて、

浜辺の松の枝にポイと停まった。

あとからメスが

ルーーーーーと来て、鶴だよ。」

「・・・えーと、あれ?

ご隠居。今何か言いました?」

「八つぁん、こんなこと、何度も言わせるもんじゃないよ!

よぉく聞かなくちゃいけない。いいかい、八つぁん良くお聞き。

昔、一人の白髪の老人が、

浜辺の岩頭に立って、

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2

小手をかざして沖を見ていると

はるかモロコシの方から、

一羽の首長どりのオスが

ツーーーーーーーーーーーーーーーーっと飛んできて、

浜辺の松の枝にポイと停まった。

あとからメスが

ルーーーーーと来て、鶴だよ。」

「(大きく手を打って)ご隠居、面白い、面白い!

へーなるほど、それで鶴になったんですかぁ。なるほどね。

こりゃぁ、いいこと聞いちゃった、それじゃ、ありがとうございやした!」

「おいおい、もう帰るの会?

もう少しゆっくりしてったらいいじゃないかい。」

「いやいや。またあとで来ますんで。それじゃ、ありがとうございやした。」

「へへへ、面白いこと聞いちゃったね。

やっぱり、たまにはご隠居んところへ行かなくちゃいけないね。

頭ひとつ利口になるからね。いやぁ、いいこと聞いちゃったねぇ・・・。

これ、どっかでやってみたいねぇ。どこがいいかねぇ・・・。

(ポンっと手を打って)そうだ、辰んべのところがいいや。

あの野郎、いっつも人のことバカにしてばっかりいやがるからな。

そうだ、辰んべのとこ行ったってやれ、

(辰五郎の家の前)

「・・・ここだな。おーーい、辰っちゃん。いるかい?」

「いねぇよ!」

「いねぇもんが返事するわけないんだよ。ちょっと中入るよ!

(中に入る)なんだい、やっぱりいるじゃねぇか、そこ座ってんじゃねぇか。

辰っちゃん、あれ、知ってる?」

「知ってるよ!」

「おりゃ、まだ何にも言ってねぇんだよ。あのね、鶴っていう鳥いるだろ?

あれね、昔は首の長いとこから「くびながどり」って呼ばれてたんだよ。

その首長鳥が鶴って呼ばれるようになったんだよ。

どういうわけで「首長鳥」が「つる」になったか、辰っちゃん訳が聞きてえだろ?」

「聞きたくねぇ、おりゃぁ!」

「そんなこと言わねえで聞きなよ、な?

俺がいま教えてやっから。頭一つ利口になっから、なっ?

いいかい、辰っちゃん良くお聞き。

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3

昔、一人のひゃくやっつの老人が、

浜辺でカンチョーをしながら、

小手を振り回して沖を見ていると

はるかトンモロコシの方から、

一羽の首長どりのオスが

ツルーーーーーーーーーーーーーーーーっと飛んできて、

浜辺の松の枝にポイと停まった。

あとからメスが・・・(言葉が続かず慌てる)

あれ?

あれ?

あとからメスが・・・(さらに慌てる)

「あとからメスが、どうしたい?」

「辰っちゃん良くお聞き。

昔、一人のひゃくやっつの老人が、

浜辺でカンチョーをしながら、

小手を振り回して沖を見ていると

はるかトンモロコシの方から、

一羽の首長どりのオスが

ツルーーーーーーーーーーーーーーーーっと飛んできて、

浜辺の松の枝にポイと停まった。

あとからメスが・・・

(うろたえながら、急に帰る)さいならっ!!」

「なにしに来やがったんだ、あいつは?」

(ご隠居の家に戻って)

「ご隠居ぉ、どういうわけで、首長鳥がつるにぃ・・・?」

「お前さん、その顔はどっかでやって来たな?目が上ずってるよ。

いいかい、ちゃぁんと聞かなくちゃいけない。八つぁん良くお聞き。

昔、一人の白髪の老人が、」

「はくはつ?

はくはつって何です?

百八つじゃねえんですか?」

「百八つってぇのがあるかい。白髪あたまの老人がだ、

浜辺の岩頭に立って、」

「浜辺の岩頭?

浜辺でカンチョーしてたんじゃねぇんですか?」

「そんなことするわけないだろう。浜辺の岩の上に立ってだ。

小手をかざして沖を見ていると、はるかモロコシの方から、

一羽の首長どりのオスが

ツーーーーーーーーーーーーーーーーっと飛んできて、

浜辺の松の枝にポイと停まった。

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4

あとからメスが・・・」

「(ポン!と手を打って、すっかり分かった風にご隠居を指さしながら)

ご隠居ぉ、分かりました。へへ、ありがとうございました!」

(辰五郎の家)

「辰っちゃん、どういうわけで首長鳥が鶴になったかというとだぞ。」

「また来やがったな、この野郎。なんだい?」

「いいかい、辰っちゃん良くお聞き。

昔、一人の白髪の老人が、

(合ってるだろ?という感じで)・・・なぁ!

浜辺の岩頭に立って、

小手をかざして沖を見ていると

はるかモロコシの方から、

一羽の首長どりのオスが

ツーーーーーーーーーーーーーーーーっと飛んできて、

浜辺の松の枝に、ルと停まったんだい。

あとからメスが・・・(言葉が続かず慌てる)

・・・辰っちゃん落ち着きましょう!」

「落ち着いてるよ俺は!

あとからメスが、どうしたんだい?」

「辰っちゃん良くお聞き。

昔、一人の白髪の老人が、

浜辺の岩頭に立って、

小手をかざして沖を見ていると

はるかモロコシの方から、

一羽の首長どりのオスが

ツーーーーーーっと飛んできて、

浜辺の松の枝に、ルと停まったんだい。

あとからメスが・・・

(口をパクパクさせながら)アワワワワ・・・」

「おめぇ、噛みつくんじゃねぇだろうな?

後からメスが、なんつって飛んできたい?」

「へへへ・・・。だまーって飛んできた。」

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5

旦那

定吉

旦那

「さだや、パンパン(手をたたく)、さだはいないか~?」

定吉

「へ~~い!旦那、お呼びでございますか?」

旦那

「ああ、お前な、いま台所でね、味噌豆を煮てるんだよ。うん。

もう出来あがってる頃だろうからな、ちょっと見てきてくれないかい?」

定吉

「味噌豆でございますか? わかりました、行って参ります。

(台所に行く)

定吉

「え~、味噌豆なぁ~。あれ美味しいんだよ。

わぁ~~~お鍋がコトコトいってる。ちょっとフタ取って・・・(フタを取る)

わぁ~すごい湯気だ。熱いねこりゃ。

煮えてるかどうかってのは、ちょっと食べなきゃわかんないんからな。

じゃあ、この小鉢にちょいとよそって・・・

えへへ。わぁ。ああ、いいにおい!

ふふっ、味噌豆、大好物。

ちょっと食べてみよう。

あ、あつっ、あつっ。フウ、フウ、フゥ、フゥ、フゥ。

(食べ始める)んん、んん、んん。

んん、こりゃいいね。んん、美味しいね、

こりゃ。んん、美味しいね、こりゃ。

んん、いいね、煮えてますよ、こりゃ。

んん、こりゃ、とまんなくなるね。

んふふ。んん、んん、美味しいねぇ!」

(旦那の部屋)

旦那

「あいつ、遅いな、ずいぶん。何やってんだろ」

(台所を見に行く)

旦那

「なんだ、お前は!

何でそこでつまみぐい・・・!」

定吉

「あっ、旦那!

すいません、ちょっと煮えてるかどうか・・・」

旦那

「何をやってるんだ、お前は、ええ?

そんなつまみ食いするんじゃない、バカモノ!

ちょっとおつかいに行ってきなさい!

早く行ってこいよ!わかったね!」

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6

(定吉がおつかいに行く)

旦那

「んん、しょうがないなぁ、あいつもなぁ。

・・・でもなかなかうまそうだ。味噌のにおいがプーンとして。

・・・ちょっとあたしもつまんでみようかね。

(お皿に取る)・・・え~っ、こんなもんでいいかな。フウ、フウ、フゥ、フゥ、フゥ、

(食べ始める)んん、んん、んん、んん、なかなかうまい。

んん、んん、いいねぇこりゃ。

んん、んん。あいつがとまんなくなるのもわかる、んははっ。んん、んん。

まてよ?

ここにあいつが帰ってきたらな、

旦那も「食べてる!」なんてことを言われて、

こりゃねぇ、面目がたたないよ。うん。どっか一人で食べられるとこはないかね。

・・・この家の中で一人でいられるところと言うのは・・・

あ、そうだ!

はばかり、はばかり。

あそこならな、誰も入ってこないからいいだろ。

行ってみようじゃないかな。ちょっと匂うけどな。ま、いいやな。」

(戸を開けてトイレに入る)

(トイレで座る)

旦那

「フウ、フウ、フゥ、フゥ、フゥ、

(食べ始める)んん、んん、んん、んん、

うまいねこりゃ!

やっぱりうまいねこりゃ!

どこで食べてもうまいもんだ。

んははっ。うまいねぇ!」

(定吉がおつかいから帰ってくる)

定吉

「旦那、ただいま戻って参りましたぁ~!・・・旦那ぁ~?

あれ?

どっか行っちゃったのかなぁ?

ただいま戻りましたぁ~!

・・・・あっ(ニヤリ)、どっか行っちゃったんなら、こりゃありがてぇや~。

鬼の居ぬ間になんとやらだ。

んははっ!

さっきの味噌豆、もうちょっと食べよう。

食べ足りなかったんだよ、うん。

(お皿にみそ豆を盛る)これくらいでいいかな。

(においを嗅いで)ああ、いいにおい。

(食べ始める)はふっ、はふっ、はふっ、はふっ、

んん、んん、んん、んん、美味しいねこりゃ、んん、んん、んん、んん。

・・・美味しいけどね、今食べてるところに、旦那が戻ってきたらまずいなぁ・・・。

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7

どっか一人で食べられるところ・・・・・・

(ひらめいた)あっ、そうだ!

この家の中で一人っきりになれるってのは、はばかり、はばかり、お手洗いだ~。

・・ちょっと臭いけどな。

あそこで食べよ。

んはは。行ってみよ!

えへへへへへへ~・・・」

(トイレに行きドアを開ける)

定吉

「あっ!旦那っ!」

旦那

「あっ!

定吉!!

何しにきた!!!」

定吉

「ん~~~・・・

(言い訳を考え悩む)

あの~ぉ~・・・、

おかわり持って参りました。」

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父:父ちゃん

ゆう:ゆういち

昔から相場というものがありまして、

子どもといえばかわいいもの、大人は憎たらしいというのが相場と決まっております。

昔の子どもは実に素直で、親の言うことをきちんと聞いたんだそうでございますよ。

「金坊、金坊!子どもが夜遅くまで遊んでるんじゃないよ、こっちへ来なさい、こっちへ。

子どもが夜遅くまで遊んでるとな、怖ーいお化けが出て来るんだぞ、怖ーいお化けが。

・・・よしよし、いい子だ。

金坊はいい子だからな、今日はお父さんがおもしろい話をしてやるぞ。

どんな話がいいかな・・・

そうだ!

昔々だな、あるところに、お爺さんとお婆さんが住んでいたんだ。

お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯にいったんだよ。

お婆さんが川でジャボジャボジャボジャボ洗濯しているとだな、

川上から大きな桃がドンブラコッコ、ドンブラコッコと流れてきたんだ。

お婆さんが桃を持って帰って2つに割ってみるとだな、中から玉のような男の子が

『オギャー!』って生まれてきたんだよ。

この男の子がだんだんだんだんだん大きくなって、桃太郎という強い子に育ったんだよ。

この桃太郎が、

『お爺さん、お婆さん、これから鬼が島へ鬼退治に行きます。』

って言ったもんだから、お婆さんがおいしいキビ団子をこしらえて、持たせてくれたんだ。

それでだな、

犬と、猿と、雉とをお供に連れて、鬼が島で鬼をさんざんっぱらやっつけたんだよ。

そして、宝物をたぁーくさん分捕ってきて、お爺さんとお婆さんを喜ばせたってんだよ。

どうだ、おもしろいだろう?

・・・金坊?

金坊ぉ?

・・・寝ちゃったよ。

見ろよ、子どもってのは、罪がねえなあ・・・。」

昔だったらこんな感じで素直に寝たんだそうです。

けれども今の時代はそんな訳にはいきません。もう、大変な騒ぎでございます。

「ゆういち、ゆういち!子どもが夜遅くまで起きてるんじゃないよ。早く寝ちまえ!」

ゆう「眠くないもん!」

「眠くなくたって寝ちまえってんだ。第一、子どもが夜遅くまで起きているとだな、

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怖ーいお化けが出るんだぞ、怖ーいお化けが。

だから早く寝ちまえってんだよ。」

ゆう「お父さん、伺いますけど、怖ーいから、お化けなの。

怖くないお化けなんていないんですからね。

だからね、怖いお化けっていう言い方は『重ね言葉』と言って、言葉の無駄なんですよ。

それにね、お化けってのは架空のものなの、そういうふうに学校の先生が言ってた。

そんな物まで引っ張り出して子どもに言うことを聞かせようなんて、お父さんは無邪気だな。」

「何を言ってるんだよ!

つべこべ言わないで、とっとと寝ちまえってんだよ!」

ゆう「それとね。お化けが怖くて、おっかさんとは暮らせない。」

「おい、気をつけろ、そういことを言うもんじゃないよ。

おっかさんは今台所に立っているから助かったけど、聞こえた日にはどうなることか・・・。

ともかくな、早く寝ちまえ!

今日はな、お父さんがおもしろい話をしてやるからな。」

ゆう「おもしろい話?

お父さんの話は間が悪くておもしろくない。」

「何を言ってんだ。おもしろい話をしてやるから寝ちまえってんだよ。」

ゆう「お父さんに質問ですが、人の話を寝ながら聴くのは失礼だと思うんですけどいいんですか?

それと、寝ながら話を聞くと、一番おもしろい所を聞きそびれちゃうことになると思うので

すが。そこの所、はっきりさせないと、あたいの立場がない。」

「ああだこうだと理屈をこねるな!

寝ながら黙って話を聞いてりゃいいんだよ。

ん~、どんな話をしようかな・・・。

そうだ!

え~、昔々だな・・・」

ゆう「お父さんね、今の話も満足にできないのに、昔々だなんてあんまり無理すんなよ。

それとお尋ねしますけど、昔々って、年号はいつ?」

「年号ぉ?

お、おっかあ、この話、年号なんてないよな・・・年号なんぞない、

昔っから昔々だ。」

ゆう「それはおかしいよ。

古くは元治・天正、最近だったら明治・大正・昭和・平成、いくら古い話でも、

神代時代の話じゃないんでしょう?」

「と、ともかく、昔っから昔々なんだよ。

まあ、今日のところはまけといてやる。昔々、ある所にな、」

ゆう「ある所ってどこ?

今で言うと東京都何々区何町何丁目?

場所がないなんておかしいじゃない。」

「ある所はある所でいいんだよ。第一、そこにはお爺さんとお婆さんしかいねえんだぞ。」

ゆう「いくらお爺さんとお婆さんだけだって、住所があるでしょう、住所が。

住所がわからないと、速達だって届きやしないよ。」

「速達?そりゃな、お爺さんとお婆さんにだって、速達が届くかもしれねえしな・・・

まあ、そこんとこもまけといてやろう。」

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ゆう「そのお爺さんとお婆さんの名前は何てえの。」

父 「名前?・・・名前なんぞないよ。」

ゆう「名前がないなんておかしいじゃないか。苗字がないってのは聞いたことがあるけど。」

「この爺さんと婆さんはな、貧乏で名前がなかった。名前を売っちまったんだよ。」

ゆう「へー、名前が売れるの?

何か、最近の競技場とかホールみたいだね。

それだったら、お父さん、早く売っちまわないと。」

「イヤな野郎だね。ともかくな、お爺さんが山へ柴刈りに行ったの。」

ゆう「へー、なんて山?」

「山っていうから、こう、地面より高い所だな。」

ゆう「そんなの当たり前じゃない。地面より高いから山でしょ?

地面より低いと地下鉄だよ。」

「いちいち突っ込むんじゃないよ、とにかく山に行ったんだ。

それで、お婆さんは川へ洗濯に行ったんだな。川の名前は聞くなよ。」

ゆう「それでこの話、お婆さんが川でジャボジャボジャボジャボ洗濯していると、

上の方から、大きなお芋が

ドンブラコッコ、ドンブラコッコ

と流れてきたって言うんでしょ?」

「お芋ぉ?

えらそうなことを言って、こいつ、この話を知らないんだ。

お芋なんかじゃないの。」

ゆう「お芋が流れてきた話もあるの。

お婆さんがね、お芋を拾って帰ったんだけれども、このお婆さんお芋が大好きだったの。

お爺さんが帰って来たら半分あげなきゃいけないでしょ?

だからね、お爺さんが来る前に、そのお芋をふかして一人で全部食べちゃったの。

そしたらおなかが、だんだん、だんだん、張ってきてね、

お尻をひょいと上げたら、でかいのを1つ、

ブーーーーーー

ってやっちゃったんだよ。

そこでお婆さんが言うにはね、

いま頃お爺さんは、山で柴を刈らずに、くさかったろうなって。」

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たけのこ

旦那:お武家さま(旦那様)

べく:下男の河内(べくない)

隣:隣りのお武家様

たけのこが庭に生えてきた時のことです。このたけのこは、庭の持ち主のものでしょうか、それ

とも竹藪の持ち主のものなんでしょうか?

この答は、なんと・・・、竹藪の持ち主のものなんだそうですね。

さらに調べてみると、これは最近の法律から始まったはなしではなく、ずっと昔からそうなって

いたようです。・・・そもそもこれは常識ですか・・・

舞台は江戸時代のある武家屋敷でございます。

(武家屋敷)

旦那「これ可内(べくない)、可内はおらぬか?」

べく「は、だー様、お呼びにござりまするかな?」

旦那「さよう、その方、なにをしておったかの?」

べく「只今は、御膳のお支度をしているところでございました。」

旦那「で、菜は何じゃ?」

べく「それが実は、たけのこをお出しする所存で・・・」

旦那「早いものよのう。もうたけのこが出回る、そんな季節に相成ったか。

ありゃぁいい。わしゃ大好物じゃ。

で何か、出入りの商人から購い取ったものか?」

べく「いいえ、そうではございません。」

旦那「それでは、いずこより到来したるものか?」

べく「いいえ、そうでもございませんのでな・・・」

旦那「はて、これは異なこと。購い取りもせず、到来もいたさず、

それでは、なぜ我が屋敷にたけのこがあるものかのう?」

べく「実は、隣のたけのこでございまして。」

旦那「隣のたけのこ?」

べく「左様でございます。隣のたけのこが、塀越しに、こちらに顔を出しましたので、

それをひそかに取り上げて、差し上げる所存で・・・。」

旦那「・・・たわけ!

何を申すかその方!

かりそめにものう、一合取ったら武士ではござらんか。

渇しても盗泉の水を飲まずとは義者(ぎしゃ)の戒め。事が知れたらいかがいたす。

町人だったらのう、それこそ謝って事が済むこともあろうが、

武士とあっては、事と次第によっては腹を切らねばならぬ。

前へ出い!

我が屋敷ではのう、そのような盗人同然の者を養うわけには行かぬ。

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14

もそっと前へ出い。たけのこの前に、その方の、首を切って落とそうぞ!!」

べく「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと・・・お待ち下さいませ、落ち着いてくださいませ、だぁ様。

た、たけのこは、まだ取ってはございませんでなぁ。」

旦那「なに?

取ってはござらん?

・・・ならば、早う取って参れ。」

べく「・・・はあ?」

旦那「はあではない、早う取ってまいらんか!」

べく「されど、先ほどは取ってはならぬと・・・」

旦那「わからん男よのう。たけのこというのは成長が早い。

硬くなっては・・・、何にもならないではないか(ニヤリ)。」

べく「お、脅かさないで下さいよ、だー様。」

旦那「それにのう、隣の、あのにくたらしい爺のたけのこを食らうと考えるとのう・・・

ハハハハ・・・まことに愉快じゃ。ただ、黙って食らうのもちとのう。

その方、断って参れ。」

べく「は、何と言って参りましょう。」

旦那「・・・お願いでございます、とのう。

実は、ご当家様のたけのこ殿が、我が屋敷に、泥脛(どろずね)を差し出して、

忍び込んでまいりました。生なき物とはいえ、乱世の世にあっては間者(かんじゃ)同然の

振る舞い。当方でひっとらえて、詮議(せんぎ)にいたしましたが、

あまりに不埒(ふらち)ゆえ、手打ちにいたすことと相成りましたので、

その点、ちと、お断りに上がりましたと、

・・このように言って参れ。」

べく「こぉれは面白うござりますなぁ。では、さっそく行って参ります。」

旦那「待っておるぞ。その間に、かつ節をかいて、待っておるからのう。」

(隣の屋敷)

べく「お願いにござります。

お願いにござります。」

「どぉーれ。これは、隣屋敷の僕殿(ぼくどの)ではござらんか。いかが致した。」

べく「実は、ご当家様のたけのこ殿が、我が屋敷に、泥脛を差し出して、忍び込んでまいりました。」

「な、何と!」

べく「生なき物とはいえ、乱世の世にあっては間者同然の振る舞い。

当方でひっとらえて、詮議にいたしましたが、あまりに不埒ゆえ、

手打ちにいたすことと相成りましたので、その点、ちと、お断りに上がりました。」

「左様であったか、よく言って聞かせておいたのだがのう・・・。

手打ちの件、委細(いさい)承知つかまつった。致し方ないことでござる。

ただのう・・・。

あのたけのこめは、我が屋敷で長らく慈しみ育てて来たる者ゆえ、

武士の情けをもって、亡骸だけはお下げ渡しをいただきたい。」

べく「は、はあ・・・。」

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15

隣 「かつお節殿をお供にお付けいただければ、これに勝る喜びはないと、

このようにお伝えいただけないか。」

べく「しょ、承知いたしました。」

(移動中)

べく「何だよあれは・・・。

あちらの方が一枚上手だな・・・。」

(武家屋敷)

べく「只今戻りましてございます。」

旦那「おう、どうであったか。あのじじい、目を廻して驚いておったろう。」

べく「それがだー様、かつぶしをかいている場合ではございません。

向こうの方が一枚上手でございます。」

旦那「なに、いかがいたした。」

べく「手打ちの件、委細承知つかまつったと。

ただ、あのたけのこめは、我が屋敷で長らく慈しみ育てたる者ゆえ、

武士の情けをもって、亡骸だけはお下げ渡しをいただきたいと、

このように申しておりました。」

旦那「左様であったかぁ、亡骸とは気づかなかったなぁ・・・」

べく「しかも、かつお節殿をお供にお付けいただければ、それに勝る喜びはないと。

すべて見透かされております。」

旦那「あのじじい・・・。もはやこのように掘り出してな、皮をむいて待っておったぞ。」

べく「だー様、やはりお返し致しましょうか。」

旦那「ならんならん、返してなるものか!

その方、もう一度行って参れ。」

べく「は、今度は何と?」

旦那「もはや、手遅れに御座りました、とな。

正九つ(=正午)、亡骸は腹中(はらなか)に収まりましてございます。

骨は明朝、高野の雪隠の方(※せついん、トイレ)に収まることに相成っておりますと、

このように言って参れ。そして、そこにある皮をざるに入れてな、

これはせめてものお形見の品、お召し物に御座りますと言って、ばら撒いて来い。」

べく「フフフフ、では、行って参ります。」

(隣の屋敷)

べく「お願いに御座います。」

「どーれ。おう、これは可内殿。御下げ渡しの件、承知いただけたかな。」

べく「もはや、手遅れに御座います。」

「な、何!

手遅れとな!」

べく「既に手打ちにいたしまして、正九つ、亡骸は腹中に収まりましてございます。

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骨は明朝、高野の雪隠の方に収まることに相成っております。

そして、(皮を入れたザルを出しながら)これはせめてものお形見の品、

お召し物に御座います!!(皮を相手にぶちまける)」

「おう、もはやこのような姿に相成りおったか・・・

ウゥゥ・・・、かわいやぁ・・・。

(皮を脇の方に寄せて)皮、イヤ!」

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平林(ひらばやし)

旦那

定吉

警官

源さん

お姉さん/お兄さん/お婆さん/お爺さん

旦那「定や、定吉や。」

定吉「へーい、旦那、及びでございますか?」

旦那「お前に1つお使いを頼みたいんだよ。

この手紙をな、平河町の平林さんに届けてほしいんだ。」

定吉「旦那、お使いに行くのが嫌だから言うんじゃないんですけどね、

今どき手紙ってのは、切手を貼ってポストに入れれば、

ちゃーんと郵便屋さんが届けてくれるんじゃないんですか?」

旦那「それ位、お前に言われなくたってわかってるよ。急ぎの用事なんだ。

先方にこの手紙を届けてな、その場で返事をもらって来てほしいんだよ。」

定吉「へーい、わかりました。旦那ね、さっきお風呂に火を入れたところですからね、

お風呂が沸いたら行って来ます。」

旦那「今も言ったろう、急ぎの用事なんだよ。

風呂ぐらい私が見ておいてやるから、今すぐ行って来てくれ。」

定吉「へーい、わかりました。じゃあお願いします。旦那、お風呂を沸かすのって難しいんですよ。

お風呂が沸いたなあと思っても、底の方は水ですからね、

そのまま入ると風邪ひいちゃうんですよ。

けれども沸かしすぎちゃうと、薪も水ももったいないって女将さんからお小言食らっちゃう

んですよ。ホントお願いしますよ、旦那。お風呂を沸かすのは難しいんですからね。

ところで旦那・・・どこ行くんでしたっけ?」

旦那「平河町の平林さんだよ。」

定吉「へーいわかりました。旦那、本当お願いしますね。お風呂を沸かすのは難しいんですよ。

沸いたなあっと思っても、底の方は水ですからね、そのまま入っちゃうと風邪引いちゃうん

ですよ。でも沸かしすぎちゃうってえと薪も水ももったいないって、女将さんからお小言食

らっちゃいますからね。

ところで旦那・・・どこ行くんでしたっけ?」

旦那「平河町の平林さんだよ。そこに宛名が書いてあるだろう?」

定吉「確かに・・・何か書いてありますね。でもね旦那、自慢じゃないんですけど、

あたし、先祖代々字が読めないって有名なんですよ。」

旦那「そんなのが自慢になるか。弱ったな・・・

忘れっぽいうえに字が読めないときているか・・・・・・どうしよう・・・。

そうだ、先方に着くまでの間、平林さん平林さん、平林さんと小さい声でブツブツ言いなが

ら行きなさい。これじゃあさすがのお前も忘れないだろう。」

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定吉「へーいわかりました。それでは行って参ります、平林さん。」

旦那「うちの中では言わなくていいんだよ!」

定吉「平林さん平林さん平林さん・・・外へ出たよ。

わー、人がいっぱいいる、みーんな平林さんだ。

あっちから歩いて来るのも平林さん、こっちらから来るのも平林さんだ。

あそこの平林さんは器用だな・・・自転車でおそばの出前をやっているよ。

わっ!

猫の平林さんがお魚をくわえて走っていくよ。

その後ろを平林さんが追いかけてくる・・・と思ったらあれ、サザエさんだ。

あれっ?

あそこにきれいなお姉さんの平林さんが立っているよ。

誰かを待ってるみたいだな・・・。

あっちから来る平林、ずいぶんと人相が悪いな・・・あ、二人で行っちゃったよ。」

警官「ピピピピピ!

よく見なさい、信号が赤だよ。危ないじゃないか!」

定吉「あ、お巡りさんの平林さん。」

警官「本官は平林ではない、小田だ。それより見なさい。信号が赤だろう。赤信号では止まる。

道路を渡っちゃいかんぞ!」

定吉「へーい、わかりました。」

警官「赤信号では止まる、青になったら歩いてよろしい。赤止まりの青歩きだ。

わかったか?

しっかり覚えておきなさい。」

定吉「へーい、わかりました。」

警官「心配だな、言ってみなさい。赤止まりの青歩き。」

定吉「赤止まりの青歩きですね。」

警官「そうだよ。もっと言ってみなさい。」

定吉「赤止まりの青歩き、赤止まりの青歩き。」

警官「その調子だよ。よく覚えておきなさい・・・よし、行ってよろしい。」

定吉「赤止まりの青歩き、赤止まりの青歩き、赤止まりの青歩き・・・!!

何て読むんだっけ?

どうしよう・・・

そうだ!

歩いている人に聞こう。

あ、あっちからお姉さんが来るよ。聞いてみよう。

お姉さーん、お姉さーん。この手紙の宛名、読んでほしいんですけど。」

お姉「これですか。これはですね、平(たいら)という字に、林(はやし)と書きますね。

読み方は、たいらばやしですね。」

定吉「ありがとうございます。

たいらばやしさん、たいらばやしさん、たいらばやしさん・・・何か違うな。

ほかの人にも聞いてみよう。今度はお兄さんが来る。学生さんみたいだな、聞いてみよう。

すみませーん、お兄さん。このあて名、読んでほしいんですけど。」

お兄「これですか。なになに、これは、平屋建ての平(ひら)に、森林の林(りん)ですね。

ひらりんと読むんですよ。」

定吉「ありがとうございます。ひらりんですね。

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ひらりんさん、ひらりんさん、ひらりんさん・・・、こんな軽い名前じゃないよ?

若い人に聞いたのが悪かったのかな。今度はもっと年上の人に聞こう。

あっ、あっちから立派なひげのおじいさんが歩いてきたよ。

おじいさん、おじいさん。この手紙の宛名を読んでほしいんですけど」。

お爺「はいはい、これですか。何、さっき教えてもらったけど違うような気がする?

ちなみに、お主は字が読めるか?

何、全然読めない?

読めるか読めないかで教え方を変えなきゃいけないからな。

こういうものはいっぺんに読んじゃいけない、ばらばらに読むのがコツだ。

一を書いて、次に八、十と書くだろう。これに木材の木(き)が2つだ。

つまりな、いちはちじゅうのもっくもくと、こう読むんだよ。」

定吉「ありがとうございます。いちはちじゅうのもっくもく、いちはちじゅうのもっくもく・・、

もっと違うよ!!

ひょっとしたら、通りすがりの人に聞いたから、みんな適当なことを言

っていたのかもしれないな。

そうだ!

今度は家の中にいる人に聞こう。あ、あそこのたばこ屋におばあさんが座ってい

る。聞いてみようか。すみません、おばあさん、おばあさん。」

お婆「はいはい、お使いですか?

どのタバコがいいでしょう?」

定吉「お使いじゃないんです。これ、読んでほしいんですよ。」

お婆「はいはい(手紙を開けようとする)。」

定吉「違うんですよ。中身じゃないんですよ。あて名を読んでほしいんです。」

お婆「何です、あて名の読み方ですか。今まで何人かから読み方を教えてもらったけれど違うよう

な気がする?

最初の人からはたいらばやし、次の人はひらりん、

今教えてくれたおじいさんは、いちはちじゅうのもっくもく?

いけませんねえ・・・、色気がない。」

定吉「色気、ですか?」

お婆「いちじゃなくてひとつ、はちじゃなくてやっつ、じゅうではなくとう、もくではなくてき、

ひとつとやっつでとっきっきー、と読むんですよ。」

定吉「ありがとうございます、おばあさん、ひとつとやっつでとっきっきーですね。

ひとつとやっつでとっきっきー、ひとつとやっつでとっきっきー、何じゃこりゃ?

もっと違うよ!

・・・どうしよう、暗くなっちゃうよ。

こうなったらもう焼けくそだ。こうやって手紙を出しながら全部つなげて言っちゃおう。

そしたら誰か教えてくれるかもしれない。えーい、

たいらばやしかひらりんか、いちはちじゅうのもっくもく、

ひとつとやっつでとっきっきー。

たいらばやしかひらりんか、いちはちじゅうのもっくもく、

ひとつとやっつでとっきっきー。

たいらばやしかひらりんか、いちはちじゅうのもっくもく、

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ひとつとやっつでとっきっきー。

子どもが付いてきちゃったよ。違うんだよこれは!

たいらばやしかひらりんか、いちはちじゅうのもっくもく、

ひとつとやっつでとっきっきー。

・・・頼むからどっか行ってくれよ、もう・・・

たいらばやしかひらりんか、いちはちじゅうのもっくもく、

ひとつとやっつでとっきっきー・・・

源公「おい、何の騒ぎだよ。あれ? あれは定吉じゃねえか。

おーい、定吉、どうしたんだ、これは?」

定吉「あ、源さん。この手紙のあて名が読めなくて、困ってんですよ。」

源公「定吉。これは、ひらばやしじゃねえか。」

定吉「ウェーン・・・、読み方がまた1つ増えちゃった。」

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じ:茶店の爺さん

ば:茶店の婆さん

客1/客2/客3/客4

床:床屋の親方

むかし、むかし。江戸の浅草の観音様の裏の田んぼのまん中に、

小さな古びた、おいなりさんがありました。

その近くに、これまた小さなさびれた茶店。

お爺さんとお婆さんの二人が、細々とやっております。

(茶店で)

「ばあさん。ちょいと出かけるぜ。」

「あらっ、おじいさん。どちらへ?」

「べつに用足しじゃねえ。退屈だから、ちょいと散歩だ。」

「あらそうですか、それじゃあ、おいなりさんへお参りして来たら、どうです?」

「やだね。あのおいなりさんはご利益がねえから、お参りする人がいねえんだ。

おかげで、うちの店で休んでいくもんだって、ありゃしねえ。」

「そうですか。あたしは毎朝、お参りをしてますよ。」

「ああ、わかった、わかった。それじゃあ、ついでにお参りしてくるから。」

おじいさんは、表へ出ました。

あっちへぶらぶら、こっちへぶらぶら。

そろそろ店に帰ろうかと、近くの橋をわたろうとすると、

(橋のたもと)

「おっ。こんなところに、のぼりが落ちてるぞ。これはおいなりさんとこののぼりだ。

子供たちがあそびで持ち出して、そのまんまなんだ。よし、届けてやろう。」

(おいなりさんの前へ来て)

「おいなりさん。のぼりが落ちておりましたので、お届けに参りました。

お初にお目にかかります。あたしは、この近くの茶店のあるじでございます。

これから、ちょいちょいとお参りに参りますんで。(かしわ手を打つ)」

(茶店にもどって)

「ばあさん。今、帰ったぞ!」

「あら、おじいさん。お帰りなさい。お参りして来ましたか?」

「ああ、して来たとも。橋のたもとにのぼりが落ちてたもんで、届けてやった」

「まあ、おじいさん。それは、いいことをしましたね。」

「そうかい。ご利益あるかね。」

「ええ、ありますとも。」

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「そうかい。そいつは、ありがてぇ。

(外を見て))おや・・・?

雨がぽつぽつやってきたぞ、ばあさん。」

「さっそくご利益ですよ。お参りしたからこそ、雨は遅れて降ってきたんです。

お参りしなかったら、、もう少し早くに降ってきたはずですよ。」

「そうかい・・・・・・。つまらねえご利益だな。

おい、ばあさん。ぽつぽつどころじゃねえぞ。

盆を返したようなえらい降りになったぞ」

「ますますご利益ですよ。お参りしなかったら、おじいさんはもうずぶ濡れで、

カゼをひいて・・・・・・、それをこじらして・・・・・・、あの世へ。」

「バカなことを言うんじゃないよ。

ああ・・・・・・。お天気だって客は来ねえんだ。雨が降った日にゃ、もうだめだ。

今日はもう店を閉めようや。」

(急に、客が入ってきて)

客1「ごめんよ。休ましてもらうよ。」

「はい・・・。ばあさん。店を閉めるこたぁねえ。客が来たぞ。」

「おいなりさんのご利益ですよ。」

「そうかい。こいつは、ありがてぇ。」

客1「雨が止むまで、しばらく休ましてもらうぜ。茶を入れておくれ。」

「はい、ただ今。」

客1「しかし、この雨にはびっくりしたな。急に来たからな。」

「(お茶を運んできて)おまちどうさま。」

客1「ありがとよ。(じっくりと飲んで)いい茶だ。

(外を見て)おっ、雨が上がったようだな。そろそろ、出かけるとするか。

じいさん、お代はいくらだい?」

「ありがとう存じます。六文、ちょうだいいたします。」

客1「ほいきた。茶代は、ここに置いておくぜ。

(外へ出ようとして、地面を見てがっかりする)

ああ、雨が上がったのはいいんだが、道がぬかってるよ。

買ったばかりの履き物を汚すのはしゃくにさわるしな。

はだしってえのは、かえってつるつる滑ってスッテンコロリ。着物まで汚しちまう。

こういう時は、わらじがあるといいんだがな。

じいさん。店にわらじは置いてねえのかい?」

「ありがとう存じます。一年ほど前から売れ残ったのが一足、

天井うらからぶら下がっ

ておりますんで。

八文でございます。あいすいません。

引っ張ってくださいまし。すぐにぬけるようになっておりますんで。」

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客1「ほいきた。(わらじを引っぱって、満足そうに)こりゃぁ、はきよさそうだな。」

爺 「ありがとう存じます。お気を付けなすって。

ばあさん。本当に今日はみょうな日だな。あんなぼろぼろのわらじが売れちまったんだから。」

(また、客が来て)

客2「わらじ、あったらもらいてえんだが。」

「わらじですか? あいすいません。たった今、売り切れてしまいまして。」

客2「売り切れかい?

弱ったなあ・・・。

(天じょうを見て)おっ? あるじゃねぇか!」

「えっ?

あっ!

ある・・・。一足、ぶる下がってる。一引く一は、なしだよ?

それが、一引く一は、一、ということは・・・・・・」

客2「なにぶつぶつ言ってんだい。売るのかい、売らないのかい?」

「売ります。売ります。八文でございます、あいすいません。

引っぱってくださいまし。ぬけるようになっておりますんで。

ありがとうございます。お気をつけなすって。」

(また、客が来て)

客3「おお、わらじ、ねえかな!」

「また、わらじ?

あいすいません。もう、本当にございませんで。」

客3「なんだ、ねえのかい・・・・・・。

(天じょうを見て)なに言ってんだい。あるじゃねえか。」

「え?

あ、ありますね・・・・・・。気味が悪い・・・・・・」

客3「いくらだい?」

「八文でございます。あいすいません。引っぱってくださいまし。

ばあさん。お前も見てろ。ちゃぁんと、見てるんだぞ。

客が八文を置いて・・・・・・、わらじを引っぱって・・・・・・、足ごしらいをして・・・・・・、

出てったな・・・・・・。な?

もう、わらじはねえはずだろう、なっ?

(天じょうを見て)ああっ!!」

おどろくのも無理はありません。天じょううらから新しいわらじが、ぞろぞろ!!

「ば、ばあさん・・・・・・。見たか・・・。見たかっ。」

「ええ、見ましたとも。おいなりさんのご利益ですよ。」

この「ぞろぞろわらじ」の評判が、

あーっというまに近郷近在(きんごうきんざい)に知れ渡りました。

明くる日、店の戸を開けると、子供からお年よりまでが八文をにぎって、

「ぞろぞろわらじ、おくれ!」ってんで、すごーい行列。

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この行列が、なんと、江戸の浅草から、この「山形」(※会場の場所を指すと面白いです。)

まで・・・。まさか、そこまでではありませんが。

さて、この茶店の前に一軒の床屋がありました。

ここの親方、毎日毎日、自分のひげばかり抜いては、同じことばかり考えている。

(茶店の向かいの床屋)

「うちの店も、客が来なくなったなあ・・・・・・。

それに引きかえ、なんだい、あの茶店の人だかりは。

今まで、こんなことは無かったぜ。

どういうことだか聞いてみよう。」

親方は、爺さん、婆さんから、「ぞろぞろわらじ」のことを聞かされて、

おいなりさんへすっ飛んできました。

(おいなりさん)

「(ポンポンとかしわ手を打って)おいなりさん、おいなりさん。

お初にお目にかかります。あっしは茶店の向かいの床屋のあるじでござんす。

このところ、まるっきり客が来ませんで、困っております。

今日は、店にあるだけの銭を持ってきまして、賽銭箱の中に入れました。

どうか、うちの床屋も茶店のわらじ同様、ぞろぞろ繁盛いたしますように!

(ポンポンとかしわ手)」

親方が、自分の店に戻ってみると、

(床屋)

客4「親方、どこ行ってたんだい!」

「え・・・?

(辺りを見回して)ここはおれの店だよなあ・・・。

失礼ですが、あなた様はどちら様・・・・・・?」

客4「よせやい。おれは、客だよ。」

「客・・・?

ああ・・・・・・、おなつかしい・・・。(思わず抱きつく)」

客4「抱きつくんじゃないよ!」

「ありがてえ!

ご利益てきめんだ。

この客の頭が仕上がって帰ると、あとから新しい客がぞろぞろっ。

また帰ると、ぞろぞろっ。ぞろぞろっ。(泣きながら)ぞろぞろっ。」

客4「なに泣きながら、ぞろぞろ言ってんだい。」

「すいません、あんまりうれしいもんで、つい。

早速もっとい(※髪を結わうひも)をはじきますんで。」

客4「おーっと、おれは頭はいいんだ。ひげだけあたってもらいてえんだがな。」

「かしこまりましたっ」

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親方が、うでによりをかけて、客の顔をツウーっとあたりますと、

なんと、あとから、新しい髭が、

ゾロゾロ!

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からぬけ

与:与太郎

兄:与太郎の兄

「あんちゃん、あんちゃん。」

「何だ与太郎じゃねぇかい、どうしたい?」

「うふふ、あたい今退屈なんだよ。何かして遊ぼう。」

「生意気なこと言ってやんな、退屈だって・・・何して遊ぶんだい?」

「ふふ・・・なぞなぞ。」

「え?」

「なぞなぞ。」

「なぞなぞ?・・・って何?

当てっこ?

何だよそんなんガキの遊びじゃねぇかよ、そんなん。

オラァ忙しいんだ今、帰んな帰んな。」

「兄やん、話は終いまで良く聞け。

いいか・・・まず兄やんここに百円出しな。あたいも出すから。

で、あたいがナゾの題を出すから、兄やん答えられたら兄やんのもんだい。

で、答えられなかったらあたいのもん、ってのはどうだい?」

「おいよせよぉ、それ百円ずつ出してって、それ博打じゃねぇかよ。」

「ふふ、何でもいいからやろう。」

「ん~わかったわかった。・・へへ、まぁ博打と聞いちゃな。

んん、まぁいいや、百円ぐらい罪も無ぇだろ。

(懐から百円出す)ほら出した。なぞなぞとやら、やってごらん。」

「ふふ、(懐から百円出す)あたいも出した。難しいからな、よーく考えておくれ。」

「わかったよ、いいから早くやってみろよ。」

「うん、まず、足が四本(しほん)あんだい。」

「足が四本?」

「うん、でね、体がこんなにでけぇんだ。」

「体がでけぇ、うんうんうん、そんで?」

「頭に角が生えててね、よだれ、だらだらだらだら垂らして、

「モーーーー」って鳴くの、なぁぁんだ?」

「・・・え?

モーって鳴くの?

そんな簡単なんでいいのか、おい?

当たるとこの百円もらっちまうんだよ俺が。いいのかい?

うん、・・・それはどうやら、牛のようだな。」

「うしぃ?

ブハハハハハハハ・・・。当たった!」

「当たり前だよ!

誰だって分かるよそんなもんよ!。」

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「じゃぁもう一回やろうじゃないか、もっかいもっかい。

(もう百円出す)

今度のも足が四本あってね、体はさっきのなんかずっと小せぇんだぃ。

で、頭に角生えてなくて、こぉんなとこ髭生やかしちゃって、

首んとこ鈴ぶら下げて

「ニャオー!

ニャオー!」なんて鳴くんだよ、へへ、今度のは難しいだろ?」

「・・・うん!(咳払い)猫か?」

「うわぁ・・また当たっちゃった!

ふふ、兄やんって、意外と頭いいんだな。」

「はっ倒すよ、お前!

誰だって分かるよ、そんなもん!

もうよそうじゃねぇか。」

「ふぅ・・・。

今度、一万円でやろうか。」

「何か言ったか、いま。

え?一万円?

いまのを一万円でやろうってぇの?

駄目だ、駄目だ、駄目だ。どうせ俺、取っちまうんだから。」

「いいじゃねぇかぁぁぁ、一万円でやろうよぉぉぉ。」

「チッ、本当にもう、熱くなることねぇんだよ。

じゃぁ、今取ったの返すから、これ持って帰んな!」

「一万円で、やろうよぉぉ!」

「何だお前、何ムキになってんだ、この野郎!

わかったよ。馬鹿が強情になると手に負えないって、このこったな。

無ぇわけじゃねぇんだ、ここにあるんだぜ。

(懐から一万円出す)懲らしめのためだ。後で返せっても返さないよ。

一万円出した!

やってみろい!」

「じゃ、あたいも出したぞ。(懐から一万円出す)

今度のはなぁ・・・」

「おぅ、今度のはぁ、何だ?」

「長いのもあればぁ、短いのもあるんだい。」

「ん?

長いのもあれば、短いのもある?」

「太いのもあればぁ、細いのもあってね、

で、捕まえようとすっと、ぬるぬるぬるぬるして、

捕まえづらいもの、なぁぁんだ?」

「・・・え?今度のそれ、何て鳴くんだ?」

「今度のは鳴かないんだぃ。」

「鳴かない?

鳴かないの?

一万円?

・・・やい!

てめぇ、それ両天秤かけやがったな!」

「ふふ、何だその両天秤って?」

「とぼけんじゃねぇよ。一万円だったら一杯食っちまったぃ。

いいか?

俺がウナギって言えばお前がドジョウって言うんだぃ。

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俺がドジョウって言えば、お前がウナギって言うんだ。

両方取れるんだ、この野郎!

どこでそんなこと覚えてきやがった、この馬鹿野郎!」

「怒んなくたっていいじゃねぇか。

じゃぁそれ両方言っていいよ。」

「両方言っていいのかい?

そうすっとこの一万円俺もらっちまうんだぞ、いいんだな?

よ~し分かった・・・。

それはな、ウナギにドジョウだ!」

「へっへ~

アナゴだよ!!(床のお札を懐に入れて逃げる)」