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- - 1 この文書は、「情報:農業と環境」No.56(2004年12月1日公開)に掲載した技術記事をPD F化したものです。 最新の研究成果については、化学環境部のページ( . . . . . )あ http://www niaes affrc go jp/envchemi/index html るいは農業環境研究成果情報( . . . . . )などをご覧ください。 http://www niaes affrc go jp/sinfo/result/result html ダイズのカドミウム吸収抑制のための対策技術 (独)農業環境技術研究所 化学環境部重金属研究グループ 1.はじめに 農林水産省では、国際的な食品中カドミウムの新基準案の検討や消費者の食品に対する安全・安心 への要望に対応するため、水稲をはじめ、ダイズ、麦等の主要畑作物や野菜等のカドミウム吸収抑制 技術の開発を平成12年度から開始した。これを受けて、(独)農業環境技術研究所は、独立行政法人 の農業関係研究機関、道・県農業試験場、大学、民間等と協力し合って、主要な農耕地土壌中のカド ミウム分布実態の解明、作物ごとの土壌カドミウム可給性の解明、作物汚染リスク予測技術の開発と マッピング手法の確立、それらに基づくカドミウム吸収抑制技術の開発等の研究を相次いでスタート させた。 ダイズ製品は、わが国では主要な食品であり、消費量が多い。このため、ダイズのカドミウム濃度 は、消費者の関心も高く、低減化のための技術開発が要望されている。 低減化のための研究は、現在進行中であり、具体的な成果が出始めた段階であるが、ダイズのカド ミウム対策の緊急性を考え、現時点で公表が可能なデータを用いて「ダイズのカドミウム吸収抑制の ための対策技術」を作成した。本対策技術は、今後新しい研究成果を付け加えてバージョンアップを 図っていく予定である。 なお、本稿は、主にカドミウム対策に携わる技術者の方々を対象にしたものであり、その内容は専 門的である。一般の方々のためにわかりやすいマニュアルを農林水産省のホームページ( . http://www . . . )へ掲載予定なので、適宜利用されたい。 maff go jp/cd/index html 2.ダイズの主要品種と作付け状況 ダイズは東アジア一帯に自生するツルマメ( )から栽培化されたと考えられている。 Glycine soja わが国では縄文時代から栽培され、各地で様々な品種が生まれたが、本格的な育種が始まった1900年 代以降、徐々に近代的な育成品種に置き換わっている。在来品種は現在では自家消費的に栽培されて いるものがほとんどである。現在わが国で栽培されている主要品種は表1の通りである。

ダイズのカドミウム吸収抑制のための対策技術--2 表1 主要なダイズ品種 品種名 育成年 育成場所 品種の特徴 フクユタカ 昭和55年 九州農試

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この文書は、「情報:農業と環境」No.56(2004年12月1日公開)に掲載した技術記事をPD

F化したものです。

最新の研究成果については、化学環境部のページ( . . . . . )あhttp://www niaes affrc go jp/envchemi/index htmlるいは農業環境研究成果情報( . . . . . )などをご覧ください。http://www niaes affrc go jp/sinfo/result/result html

ダイズのカドミウム吸収抑制のための対策技術

(独)農業環境技術研究所 化学環境部重金属研究グループ

1.はじめに

農林水産省では、国際的な食品中カドミウムの新基準案の検討や消費者の食品に対する安全・安心

への要望に対応するため、水稲をはじめ、ダイズ、麦等の主要畑作物や野菜等のカドミウム吸収抑制

技術の開発を平成12年度から開始した。これを受けて、(独)農業環境技術研究所は、独立行政法人

の農業関係研究機関、道・県農業試験場、大学、民間等と協力し合って、主要な農耕地土壌中のカド

ミウム分布実態の解明、作物ごとの土壌カドミウム可給性の解明、作物汚染リスク予測技術の開発と

マッピング手法の確立、それらに基づくカドミウム吸収抑制技術の開発等の研究を相次いでスタート

させた。

ダイズ製品は、わが国では主要な食品であり、消費量が多い。このため、ダイズのカドミウム濃度

は、消費者の関心も高く、低減化のための技術開発が要望されている。

低減化のための研究は、現在進行中であり、具体的な成果が出始めた段階であるが、ダイズのカド

ミウム対策の緊急性を考え、現時点で公表が可能なデータを用いて「ダイズのカドミウム吸収抑制の

ための対策技術」を作成した。本対策技術は、今後新しい研究成果を付け加えてバージョンアップを

図っていく予定である。

なお、本稿は、主にカドミウム対策に携わる技術者の方々を対象にしたものであり、その内容は専

門的である。一般の方々のためにわかりやすいマニュアルを農林水産省のホームページ( .http://www

. . . )へ掲載予定なので、適宜利用されたい。maff go jp/cd/index html

2.ダイズの主要品種と作付け状況

ダイズは東アジア一帯に自生するツルマメ( )から栽培化されたと考えられている。Glycine soja

わが国では縄文時代から栽培され、各地で様々な品種が生まれたが、本格的な育種が始まった1900年

代以降、徐々に近代的な育成品種に置き換わっている。在来品種は現在では自家消費的に栽培されて

いるものがほとんどである。現在わが国で栽培されている主要品種は表1の通りである。

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表1 主要なダイズ品種

品種名 育成年 育成場所 品種の特徴

フクユタカ 昭和55年 九州農試 中晩生、良質多収、高蛋白、淡褐目

エンレイ 昭和46年 長野中信 早生、晩播適応性、やや大粒、高蛋白

タチナガハ 昭和61年 長野中信 中生、多収、耐倒伏性強、中の大粒、長葉

リュウホウ 平成7年 東北農試 中生、白目、粒大は大の小、耐倒伏性強、シストセンチュウ抵抗性強、豆腐加工向

スズユタカ 昭和57年 東北農試 中生、多収、ダイズシストセンチュウ抵抗性、モザイク病抵抗性、中粒

タマホマレ 昭和55年 長野中信 中生、耐倒伏性、中粒、良質多収、低蛋白

トヨムスメ 昭和60年 十勝農試 中生、耐倒伏性、低温抵抗性中、シストセンチュウ抵抗性、茎疫病抵抗性

むらゆたか 昭和63年 佐賀県農試 中晩生、良質多収、高蛋白、白目

おおすず 平成10年 東北農試 大粒、白目、煮豆適性高、耐倒伏性

ミヤギシロメ 昭和35年 宮城県農試 晩生、強茎、良質、大粒

トヨコマチ 昭和63年 十勝農試 中生の早、耐倒伏性、低温抵抗性やや強、シストセンチュウ抵抗性

タンレイ 昭和53年 長野中信 中の大粒、耐倒伏性、密植栽培適、蛋白中

丹波黒 在来種 晩生、極大粒、黒豆、良質、新丹波黒、兵系黒3号などが純系選抜されている。

タチユタカ 昭和62年 東北農試 耐倒伏性強、難裂莢性、モザイク病抵抗性、難裂皮

オオツル 昭和63年 長野中信 大粒、良質、難裂皮、煮豆・味噌加工適性

納豆小粒 昭和51年 茨城県農試 極小粒、晩播適応性、納豆加工適性高

ナカセンナリ 昭和53年 長野中信 シストセンチュウ抵抗性、耐倒伏性、豆腐・味噌加工に適

スズマル 昭和63年 道立中央農試 小粒、多収、耐倒伏性、密植栽培適性

スズカリ 昭和60年 東北農試 モザイク病抵抗性、耐倒伏性、多収、蛋白含量高

ナンブシロメ 昭和52年 東北農試 中粒、早生、耐倒伏性、シストセンチュウ抵抗性

サチユタカ 平成13年 九沖農セ 高蛋白、多収、耐倒伏性

ユキホマレ 平成13年 十勝農試 耐冷性、早生、耐倒伏性、シストセンチュウ抵抗性

かつては西日本では、害虫回避のため、夏ダイズ型品種と極晩生の秋ダイズ型品種が栽培されてい

たが、農薬の普及等により、夏ダイズはほとんど姿を消し、中間型~秋ダイズ型品種に置き換わった。

現在は、北海道で夏ダイズ型品種、東北~近畿・中国で中間型、東海・四国・九州地域で秋ダイズ型

の品種が栽培されている。2003年現在、農林登録品種が全作付面積の80%以上を占め、県単育種、戦

前の育成品種等を含めるとほとんど全部が育成品種となっている。

- -3

次に、主要品種の作付け状況と地域は表2にまとめたが、その特徴は以下の通りである。

(1)北海道ではかつては十勝長葉、トヨスズ、キタホマレ等の品種が広く栽培されていたが、現在

では「とよまさり銘柄」のトヨムスメ、トヨコマチ、トヨホマレ、ユキホマレ、納豆用のスズマルが

多くなっている。地域によっては音更大袖、キタムスメ、ツルムスメなども栽培されており、品種数

は多い。

(2)東北地域は南北に広いこともあり、ネマシラズ、ライデン、山白玉、シロセンナリなど数

多くの品種が栽培されていた。現在では、青森県でおおすず、岩手県でスズカリ、ナンブシロメ、

宮城県でミヤギシロメ、タンレイ、秋田県でリュウホウ、タチユタカ、山形県でスズユタカ、リ

ュウホウ、福島県でスズユタカなどが栽培され、県ごとに主要品種は異なっている。近年はとく

にリュウホウ、おおすずの急速な普及が注目される。

(3)関東・東山地域は古くは農林2号、タチスズナリ、エンレイ、納豆小粒などが栽培されていた

が、納豆小粒以外は、大部分がタチナガハに置き換わった。栃木県、茨城県および長野県が主産地で、

タチナガハがほぼ半分を占め、納豆小粒がこれに次ぐ。ナカセンナリは長野県で主として作付けされ

ている。

(4)北陸地域では奥羽13号、赤莢、フクメジロなどが栽培されていたが、現在ではエンレイがほぼ

100%を占めている。主産地は新潟県と富山県である。

(5)東海地域は愛知県が主産地で、中鉄砲、赤莢、玉光など在来種が栽培されていたが、現在では

フクユタカがほとんどを占め、中山間でタマホマレ、アキシロメ等が作付けされている。

(6)近畿地域では滋賀県と兵庫県が主産地で、玉錦、赤莢、丹波黒等が栽培されてきたが、普通ダ

イズの多くはタマホマレ、オオツルに代わっている。丹波黒は商品価値の高さから、兵庫県や京都府

の旧丹波地域で多く作付けされている。

(7)中国・四国地域では銀大豆、シロタエ、朝日などが作付けされていたが、現在では多くがタマ

ホマレ、アキシロメ、サチユタカに代わっている。また、岡山県や香川県などでは丹波黒の作付けも

多い。四国では栽培面積自体が少ないが、南部を中心にフクユタカの作付けも多くなっている。近年、

新品種サチユタカが作付けを伸ばしている。

(8)九州地域はかつては夏ダイズ作地帯で、コガネダイズ、ヒゴムスメなどが多く作付けされてい

たが、農薬の普及とともに秋ダイズ作地帯に代わり、フクユタカおよびフクユタカにγ線照射して育

成されたむらゆたかでほぼ100%を占めるようになった。主産地は福岡県、佐賀県、熊本県で、北海道

と並んで単収が高い地域となっている。

- -4

表2 わが国のダイズ主要品種の作付け変遷

2003 2002 2001 2000 1999 1998 1997 1996 1995 1994

1 フクユタカ 35,268 33,974 29,395 22,873 19,970 18,713 13,547 12,207 9,518 7,842 九州・東海

2 エンレイ 19,386 20,545 18,914 15,836 13,380 13,810 10,027 9,902 7,383 5,101 北陸

3 タチナガハ 11,873 12,396 10,144 9,218 8,716 8,840 5,844 5,162 4,347 4,396 関東

4 リュウホウ 8,632 10,487 7,050 4,834 2,980 2,640 1,150 東北中部

5 スズユタカ 6,907 7,022 6,275 6,376 6,221 6,366 5,145 5,305 4,498 4,659 東北南部

6 タマホマレ 5,007 3,617 6,266 6,390 6,766 7,060 5,933 6,260 5,475 5,281 近畿・中国

7 トヨコマチ 4,722 3,825 4,220 3,043 2,726 2,696 1,800 1,809 1,236 1,024 北海道

8 おおすず 4,374 4,699 4,455 2,180 700 30 東北北部

9 トヨムスメ 4,190 3,980 6,100 4,171 2,933 3,737 2,585 2,412 2,769 1,388 北海道

10 ミヤギシロメ 4,131 4,266 4,253 3,960 2,933 2,640 2,203 2,493 2,213 2,377 東北中部

11 タンレイ 4,043 3,896 3,617 1,971 1,321 1,472 772 932 747 739 東北中部

12 丹波黒 3,543 3,045 3,485 3,843 3,703 3,695 2,931 2,525 2,014 1,885 近畿・中国・四国

13 オオツル 2,821 2,335 2,456 2,061 1,616 1,248 848 504 523 近畿

14 納豆小粒 2,817 2,641 2,320 2,340 2,258 1,870 1,547 1,460 1,520 1,540 関東

15 タチユタカ 2,413 2,373 2,682 1,780 1,788 2,360 2,415 2,644 2,464 2,453 東北中部

16 むらゆたか 2,146 2,620 5,910 5,460 5,178 5,150 3,507 3,587 2,096 970 九州

17 スズマル 2,004 2,120 2,030 2,071 2,190 2,473 1,855 1,317 772 160 北海道

18 ナカセンナリ 1,915 1,953 2,074 2,149 1,967 1,920 1,597 1,835 1,604 1,561 東山

19 ナンブシロメ 1,756 1,997 1,550 1,290 1,302 1,179 1,246 1,365 1,460 1,680 東北中部

20 スズカリ 1,390 1,042 1,750 1,450 1,494 1,685 1,410 1,415 1,478 1,760 東北中部

21 サチユタカ 1,296 2,525 116 中国

22 ユキホマレ 1,174 2,138 150 北海道

全作付面積 148,109 149,900 149,900 122,500 108,200 109,100 83,200 81,800 68,600 60,900

(単位はha)

作付

順位品種名

年次

主な栽培地域

- -5

3.ダイズのカドミウム吸収特性

1)子実(豆)のカドミウム濃度

カドミウムは、植物にとって必須元素ではないが、農作物の中にはカドミウムを吸収しやすいもの

があり、ダイズもその一つに数えられる。農林水産省では、国内産の農畜産物等の全国実態調査を行

っており、主要な品目について、平成14年12月2日に調査結果を公表している( . . .http://www maff go

. )。この資料をもとに、ダイズ、玄米、コムギについてまとめたのが表3である。jp/cd/C-page htm

表3 カドミウムの想定基準値に対する超過率

農作物 (分析点数) 仮定基準値 超過率

大豆 (594) 0.2 17.3 %ppm0.3 6.2

0.4 1.9

0.5 0.7

玄米 (37,250) 0.2 3.3 %ppm0.3 0.8

0.4 0.3

0.5 0.1

小麦 (382) 0.2 3.1 %ppm0.3 0.8

0.4 0.3

ダイズについては、全国のダイズを生産する県において調査が行われている。その際、県ごとの試

料採取点数は、各県のダイズの作付面積の割合に対応して定められ、合計で594点となっている。ダイ

ズは、カドミウム濃度が0.2ppm以上17.3%、0.3ppm以上6.2%、0.4ppm以上1.9%、0.5ppm以上0.7%と

なっている。この結果が示すように、ダイズは、玄米やコムギよりもカドミウム濃度が高い傾向にあ

る。

2)品種間の差異

同じダイズの中でも品種によってダイズ子実のカドミウム濃度に違いがあることが明らかにされて

いる。表4に示したように、可給態のカドミウム濃度が比較的高い非汚染土壌で栽培した場合、子実

のカドミウム濃度は「Harosoy」が最も高く、「エンレイ」は低く、根粒超着生の突然変異品種「作系

4号」はカドミウム濃度が最も低かった。交配親が「スズユタカ」と「エンレイ」である「ハタユタ

カ」の子実カドミウム濃度は、両親の濃度の中間程度であった。

- -6

表4 非汚染土壌で栽培したダイズ17品種の子実中Cd濃度 ppm

品種名 ポット試験 圃場試験

作系4号 0.12 0.08

タマホマレ 0.13 0.10

0 1 0.23 0.10En-b -5葉黒豆 0.20 0.10

早銀 0.23 0.11

エンレイ 0.19 0.11

2 110 0.19 0.11En-b -デワムスメ 0.24 0.12

タチユタカ 0.28 0.12

0 2 0.18 0.13En-N -タチナガハ 0.23 0.13

納豆小粒 0.18 0.13

ゲデンシラズ 0.20 0.13

1282 0.24 0.16ENハタユタカ 0.23 0.22

スズユタカ 0.33 0.31

0.34 0.40Harosoy

(Arao,2003)

次に、カドミウム汚染程度の異なるB土壌(中位汚染)、C土壌(高位汚染)の2つの現地土壌を

使って、ダイズ5品種の比較ポット試験を実施した結果を、表4の非汚染土壌(A土壌)の結果と合

わせて、図1に示した。非汚染のA土壌では、どの品種もカドミウム濃度は低く、品種間の差異は小

さい。しかし、汚染度が中位のB土壌では品種間差異が大きくなり、汚染度が高位のC土壌では品種

間差異がいっそう大きくなった。

(Arao, 2003)図1 汚染程度の異なる土壌で栽培したダイズの子実カドミウム濃度

- -7

3)器官別の分布

器官別のカドミウム分布を測定するために、カドミウム濃度が0.1ppmの水耕液でダイズの4品種を

栽培した結果を表5に示した。子実カドミウム濃度が低い「エンレイ」と「作系4号」では根のカド

ミウム濃度が高く、茎葉と子実中の濃度は低かった。一方、子実カドミウム濃度が高い「スズユタ

カ」や「ハタユタカ」では、逆に、根のカドミウム濃度が低く、茎葉と子実中の濃度が高くなった。

このことから、子実のカドミウム濃度が低い品種は、カドミウムが根に蓄積し、地上部への移行が妨

げられていることがわかる。

ダイズの根におけるカドミウムの蓄積機構については、根の細胞壁によるカドミウムの固定が考え

られている。また、地上部に上がったカドミウムが茎や葉などの古い組織から莢・子実などの新しい

組織へ移動する割合に品種間差が見られることから、この差異の要因についても、同じく細胞壁の関

与が考えられている。

表5 Cdを含む水耕液で栽培したダイズの器官別Cd濃度 (濃度ppm)

品種 子実 葉 茎 根

スズユタカ 6.8 12.4 26.2 78

ハタユタカ 7.1 17.1 14.9 47

エンレイ 4.4 5.9 8.7 124

作系4号 3.3 7.5 5.8 158

( , 2003)Arao

4.ダイズのカドミウム吸収に影響を及ぼす外部因子

1)土壌中のカドミウム濃度

一般に、土壌中の可給態カドミウム濃度が高くなると、作物の可食部中のカドミウム濃度が上昇す

る。図2は0.1M塩酸で抽出した土壌中カドミウム濃度とダイズ子実中カドミウム濃度の関係を示した

ものである。バラつきはあるが、両者の間にほぼ直線関係が見られる。簡単に言えば、土壌中の可給

態カドミウム濃度が高ければ高いほどダイズのカドミウム汚染リスクは高くなる。よって、土壌中の

可給態カドミウム濃度をいかに下げるかが吸収抑制技術の一つの目標になる。

2)土壌 pH

土壌pHがダイズのカドミウム吸収に影響を及ぼすことはよく知られている。その一方、現場におけ

る実証では、効果が小さい、あるいは、ほとんど効果が認められないという事例も少なくない。図3

に土壌のpHとダイズ子実中のカドミウム濃度との関係を示した。この図は、ダイズの品種や土壌の他

要因は考慮せずに、単に土壌pHとダイズ子実のカドミウム濃度との関係をみたものである。このため、

土壌pHとダイズ子実中のカドミウム濃度との関係は明確ではない。ただ、土壌pHが6.5以上であれば、

ダイズ子実中のカドミウム濃度は高くならない傾向をうかがうことはできる。一方、図4は、一つの

- -8

圃場(淡色黒ボク土)において、炭カルおよび有機物の施用条件を変えてダイズを栽培し、土壌pHと

子実カドミウム濃度との関係をみたものである。対照区に比べると、資材の施用によって土壌pHを上

げれば、子実のカドミウム濃度が低下することがわかる。

(吉田ら,2003)

3)硫酸根の存在

水稲では、水田を湛水して還元条件を保っておけば、カドミウムは硫化カドミウム(CdS)となって

不溶化するため、水稲のカドミウム吸収が抑えられる。この技術を実行するために、水田に硫酸根含

有資材を施用する場合がある。しかし、硫酸根含有資材を施用した水田を畑に転換した場合、酸化還

元電位が酸化側に移行し、難溶性の硫化カドミウム(CdS)は、より溶解性の高い硫酸カドミウム(C

dSO )に変化する。その結果、畑状態では水田に比べてカドミウムの吸収が増加する。また、生成した4

硫酸根は土壌の酸性化を促し、ダイズのカドミウム吸収を二重に増加させる。したがって、転換畑ダ

0.60.50.40.30.20.10.00.0

0.2

0.4

0.6

0.8

Soil Cd (ppm)

Seed

Cd

(ppm

) afte

r har

vest

図2 ダイズ子実中のカドミウム濃度(農水省の調査から)

子実のCd濃度(ppm)

0.1M塩酸抽出の土壌の可給態Cd (ppm)

図3 ダイズ子実中のカドミウム濃度と土壌pH(農水省の調査データより作成)

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

4 5 6 7 8 9

土壌pH

子実のCd濃度(ppm)...

図4 Cd自然賦存土壌のpHと    ダイズ子実Cd含量の関係

y = 12.82 e-0.92 x

R2 = 0.96

0

0.04

0.08

0.12

0.16

5.0 5.5 6.0 6.5 7.0

土壌pH

子実Cd含量(ppm)

対照

炭カル

厩肥

厩肥+炭カル

バーク堆肥

バーク堆肥+炭カル

炭カル・腐植酸質資材

- -9

イズへの硫酸根含有資材の施用は、ダイズのカドミウム吸収を増加させる原因にもなることを注意す

べきである。

表6に示したように、硫酸根含有資材の施用は、転換畑ダイズの子実中カドミウム濃度をわずかな

がら増加させている。そして、その原因は、土壌pHの低下によるものと考えられる。

(伊藤,2004)表6 硫酸根処理がダイズ子実のCd濃度と土壌pHに及ぼす影響

処理区 Cd ppm 土壌 pH

硫酸根区 0.03 5.35

無硫酸根区 0.023 5.72

(灰色低地土, 水田‐畑4年輪換平均値)

4)田畑輪換

表7に示したように、水田から畑地に転換した初年目には、ダイズの子実中カドミウム濃度が、2

年目以降に比べて高くなることが明らかにされている。しかし、土壌pHや土壌中の可給態カドミウム

の目安とされる0.1M塩酸や中性の酢安で抽出される量は初年目と2年目以降でとくに変化は認められ

ない。したがって、畑転換の初年目になぜダイズ子実のカドミウム濃度が高くなるのか、その原因に

ついては前述の酸化還元電位の変化や土壌乾燥に伴うカドミウムの形態変化が大きく関与しているこ

とが考えられるが、十分には解明されていない。

このことから、可能であれば畑転換の初年目にはダイズの作付けを避けることが望ましい。また、

作付けする場合には、品種の選択や、アルカリ資材の投入などのより細かなカドミウム吸収抑制のた

めの対策が必要である。

(伊藤,2004)表7 畑化後年数がダイズ子実Cd濃度に及ぼす影響(4年水稲‐4年畑作圃場)

畑化後の 子実 Cd ppm 土壌 pH 土壌 Cd ppm

年数 2000年 2001年 2002年 2000年 2001年 2002年 0.1N 塩酸 pH 7 酢安

1年目 0.15 0.12 0.04 5.7 5.7 5.8 0.17 0.037

2年目 0.06 0.08 0.02 5.8 5.8 5.8 0.16 0.034

3年目 0.04 0.08 0.03 5.8 5.6 5.9 0.17 0.039

4年目 0.06 0.06 0.03 5.7 5.7 5.8 0.17 0.038

いずれの年次, 処理区も, 畑化前4年間は水稲を栽培するという輪換圃場。土壌 は3年の平均値。Cd

5)その他の要因

全国実態調査のデータに基づき、農作物のカドミウム汚染に関する作物・土壌データベースを作成し、

それを用いて、作物のカドミウム吸収に影響を及ぼす要因解析を行った。ダイズの子実中カドミウム

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濃度を予測するために用いた土壌属性は、土壌 , 緩衝能、全炭素、リン酸吸収係数、0.1M塩pH pH

酸抽出カドミウム,交換態カドミウム,陽イオン交換容量( )などである。まず、上記のデーCEC

タベースを用いて、ダイズ子実カドミウム濃度に影響を及ぼす土壌要因を主成分分析により解析した

結果、2つの主成分に集約できることが明らかになった。すなわち、1)土壌表面のカドミウム吸着

サイトの数と質に関係する第1成分(全炭素、 、リン酸吸収係数などを総合化したもの)と、CEC

2)土壌の可給態カドミウムに関係する第2成分(0.1M塩酸抽出カドミウム,交換態カドミウム,土

pH ppm壌 などを総合化したもの)の2つに集約できた(図5)。さらに、判別分析により、0.2

を境界線としてダイズ子実中カドミウム濃度を2つのグループに分けたところ、その判別正答率は約

8割であった(図6)。この判別には、4つの要因(0.1M塩酸抽出カドミウム,土壌 ,交換態pH

カドミウム, )が大きく寄与していた。CEC

図5 ダイズ子実のカドミウム濃度に影響する 図6 ダイズ子実中カドミウム濃度の 0.2ppm

土壌主要因の主成分分析 境界線分類

これらの結果から、ダイズ子実中カドミウム濃度の減少には、上記の関連する土壌要因の内、比較

的容易に人為的矯正が可能なものを選び対応することが必要であると考えられる。土壌 , 緩pH pH

衝能、全炭素、リン酸吸収係数、0.1M塩酸抽出カドミウム,交換態カドミウム, の中で、人為CEC

的矯正が比較的容易なものは土壌 と交換態カドミウムである。pH

5.ダイズのカドミウム吸収抑制技術

1)品種の選択

前述のように、ダイズには、子実中のカドミウム濃度が高まりやすい品種と、逆に高まりにくい品

種とがあり、この性質は気候、土壌、栽培管理などの環境要因には影響されない遺伝的形質であるこ

とが確認されている。したがって、カドミウム濃度が高まる可能性のある土壌にダイズを栽培する場

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合には、できるだけ子実カドミウム濃度が高まりにくい品種を選択することが第一歩である。地域の

気象条件などに適合する品種で、子実(豆)のカドミウム濃度が高まらない品種の選択が重要となる。

2)資材の投入

作物のカドミウム吸収抑制に、アルカリ資材を投入すると効果があることが以前より知られている。

図3と図4から、ダイズ子実中のカドミウム濃度を高めないためには、土壌 を6.5以上に保つこpH

とが必要といえよう。この資材等の投入による吸収抑制技術を効果的に実施するには、いくつかの解

決すべき問題がある。たとえば、どの生育時期に吸収されたカドミウムが子実中に蓄積されるのかと

いう問題である。最近の研究によれば、栄養成長期に葉などに蓄積されたカドミウムが生殖成長期に

子実中に輸送されることがカドミウムの安定同位体( )を用いて確認されているが、輸送量を定Cd113

量化するには至っていない。一方、開花期と成熟期のダイズ部位別のカドミウム分布を詳しく調査し

たところ、カドミウムの時期別吸収パターンは品種間で大きく異なっており、前期型、後期型、中間

型と様々なパターンが見られた。しかし、前述のように、ダイズの子実中カドミウムは、着莢盛期ま

でに葉(葉柄を含む)や茎に蓄積されたカドミウムが、粒肥大期以降に子実や莢に転流されることが

ほぼ確実である(ただし、粒肥大期以降に根が吸収したカドミウムが直接子実に蓄積している可能性

はある)。いずれにせよ、着莢盛期以前の栄養成長期までに土壌 が低下しないように、播種時のpH

土壌 の調整をしっかり行うことが大切である。pH

ダイズの生育に対しても、土壌 は6~7が適当だといわれているので、ダイズの収量を増加すpH

るためにもアルカリ資材の投入は有効である。

3)土壌乾燥の回避

転換畑には、水田でできた耕盤(すき床)が形成されているが、干害で土壌が乾燥してくるとこれ

に亀裂が発生する。一方、ダイズは、土壌水分が少ないときは、根が比較的水分の多い地中深く伸張

してその部分から水を吸収するようになる。このため、干害になると、ダイズは下層土のカドミウム

を吸収する可能性がでてくる。この場合は、アルカリ資材による作土の改良(土壌 の上昇)効果pH

も消去されてしまうことがある。したがって、干害が発生しやすい7~8月には、灌水などの方法で

土壌乾燥を回避することが大切である。灌水の方法は、暗きょが敷設された圃場であれば、これを利

用した地下潅漑が効果的である。

4)ファイトレメディエーション

前述のように、ダイズは子実のカドミウム濃度が他の作物に比べて高まりやすいので、いわゆる非

汚染土壌に作付けした場合でもかなりの濃度になることがある。したがって、土壌中の可給態カドミ

Phytoremediウム含有量を出来る限り下げることが求められており、ファイトレメディエーション(

)による環境にやさしい土壌修復技術が注目されている。ation

農業環境技術研究所を中心とした研究グループでは、イネを用いた土壌のファイトレメディエーシ

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ョン技術の確立をめざしている。ファイトレメディエーションに用いたイネは多量のカドミウムを吸

収しているため、周辺環境を汚染しない処理システムが必要である。収穫から焼却までを体系化し、

焼却灰中のカドミウムを回収することにより汚染を拡散しないシステムを確立した(図7)。

化学洗浄による汚染土壌の修復5)

カドミウム汚染土壌を化学試薬等で洗浄し、その を除去しようとする試みが、これまで数例行Cd

われているが、実用技術まで至ったものはない。

農業環境技術研究所は県や民間企業と協力して、(1)環境にやさしく、かつ効果的な洗浄資材の選定、

(2)効率的な洗浄作業工程の確立、さらに(3)洗浄廃液を現地で処理できる移動式洗浄プラントの開発

等を行い、実用レベルの汚染土壌修復システムを確立した。現在、実用化に向けてコストパフォーマ

ンスの向上に鋭意努力中である。システムの概要は次のとおりである。

i)洗浄剤の選定

洗浄剤として14種類の試薬について検定した結果、環境負荷の少ない中性塩のグループでは塩化カ

ルシウムが最も効率よくカドミウムを抽出した。また、塩化鉄は、EDTA(キレート剤)や塩酸などと

同等以上の抽出能を示した。これらの結果から、環境負荷が少ない塩化カルシウムおよびカドミウム

抽出効率の高い塩化鉄を最適洗浄剤として選定した。

ii)現地圃場における洗浄試験

本システムは、1)洗浄剤による汚染土壌の洗浄、2)土壌中の残留洗浄剤の水洗除去、そし

て、3)洗浄廃液の現地処理の、3つの過程からなっている。洗浄処理に伴い、現地試験田の0.1

抽出カドミウム含量は低下し、本法による土壌カドミウムの除去効果が現地圃場で確認されN HCl

た。またこの試験では、処理後に栽培した「あきたこまち」の玄米カドミウム含量が低下し,洗浄法

でカドミウム汚染土壌の修復が可能なことが明らかとなった。畑転換後のダイズについては、今後、

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栽培試験を実施する予定である。

6.おわりに

昭和 年代になって日本の各地で、公害問題が頻繁に世間の話題にのぼるようになってきた。昭40

和 年にはイタイイタイ病とカドミウム汚染の関係が指摘され、これを受けて、玄米のカドミウム43

濃度の基準値が法律で 以下に設定された。またカドミウム汚染田を対象に、イネのカドミウ1.0 ppm

ム吸収抑制対策事業が実施され、吸収抑制のための研究も広く実施された。

このような水稲のカドミウム汚染に対する研究や対策に比べて、ダイズのカドミウム汚染が問題と

してとり挙げられ始めたのはつい最近のことである。このため、ダイズに関しては具体的な研究デー

タが少なく、対策技術も十分とはいえない。しかし、最近のダイズは転換畑で栽培されることが多く、

それだけカドミウム汚染の危険性も高い。また一方では、子実のカドミウム濃度が高まりやすいアメ

リカの品種「 」を遺伝親とした品種や系統も開発されているため、いわゆる非汚染地域におHarosoy

いても、ダイズのカドミウム汚染がしばしばみられている。

わが国のダイズの生産量は20万 強で、年間消費量の4~5%である。しかし、ダイズは水田の転t

作作物としての奨励が進められ、また本作としての位置付けがなされている。このような背景から、

国産ダイズの品質を高めることは大変重要な課題であり、早急なカドミウム汚染の対策技術の開発が

求められているところである。