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1 ジョン・グリーンウッド インベスコ・リミテッド チーフ・エコノミスト 【要旨】 短期的な減速局面が続いているものの、中央銀⾏の⾦融緩和にも⽀えられ、景気サ イクルの拡⼤局面は続く⾒込み トランプ⼤統領の関税措置は引き続き世界の貿易や景気⾒通しの⾜かせに これに対し、中央銀⾏は利下げや非伝統的措置の再開で対応 財政による景気刺激策の効果は限定的 米国 現在の景気拡⼤期は過熱やインフレーションを伴わずに続く⾒込み FRBは景気サイクル半ばの⾦利調整を⾏い、マネーサプライも短期的に加速 欧州 ユーロ圏の総需要は弱く、マネーサプライも停滞 英国は、ブレグジット後の不透明感が晴れるまで、投資の抑制から厳しい状況に 中国 ⽶国との対⽴の影響が本格化し、政府の対策にもかかわらず、デフレ圧⼒が再燃 ⾦融市場 ⽶国の消費者のバランスシートが良好で、雇用も好調さを維持し、インフレが落ち着い ている環境下、FRBの⾦融緩和にも⽀援され、株式市場の上昇局面は続く公算 債券利回りは、マネーサプライの伸びが短期的に加速している⽶国主導で、低下から 上昇へと環境が変化する⾒込み Quarterly Economic Outlook Update ジョン・グリーンウッド(インベスコ チーフ・エコノミスト) 世界経済⾒通し 20191018図表1 経済成⻑率とインフレ率 (コンセンサス予想とインベスコ予想) 2018年実績値 実質GDP成⻑率() CPIインフレ率() CPIインフレ率() 2019年コンセンサス予想値 (インベスコ予想値) 出所: コンセンサス・エコノミクス、2019927日現在。 ⽶国 英国 オーストラリア 中国 ユーロ圏 日本 カナダ インド 実質GDP成⻑率()

MC2019-125 JG Economic Outlook Oct 2019 - Invesco...Quarterly Economic Outlook Update ジョン・グリーンウッド(インベスコチーフ・エコノミスト) 世界経済

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ジョン・グリーンウッドインベスコ・リミテッドチーフ・エコノミスト

【要旨】短期的な減速局面が続いているものの、中央銀⾏の⾦融緩和にも⽀えられ、景気サイクルの拡⼤局面は続く⾒込み トランプ⼤統領の関税措置は引き続き世界の貿易や景気⾒通しの⾜かせに これに対し、中央銀⾏は利下げや非伝統的措置の再開で対応 財政による景気刺激策の効果は限定的

米国 現在の景気拡⼤期は過熱やインフレーションを伴わずに続く⾒込み FRBは景気サイクル半ばの⾦利調整を⾏い、マネーサプライも短期的に加速

欧州 ユーロ圏の総需要は弱く、マネーサプライも停滞 英国は、ブレグジット後の不透明感が晴れるまで、投資の抑制から厳しい状況に

中国 ⽶国との対⽴の影響が本格化し、政府の対策にもかかわらず、デフレ圧⼒が再燃

⾦融市場 ⽶国の消費者のバランスシートが良好で、雇用も好調さを維持し、インフレが落ち着いている環境下、FRBの⾦融緩和にも⽀援され、株式市場の上昇局面は続く公算

債券利回りは、マネーサプライの伸びが短期的に加速している⽶国主導で、低下から上昇へと環境が変化する⾒込み

Quarterly Economic Outlook Update

ジョン・グリーンウッド(インベスコ チーフ・エコノミスト)

世界経済⾒通し2019年10月18日

図表1経済成⻑率とインフレ率(コンセンサス予想とインベスコ予想) 2018年実績値

実質GDP成⻑率(%) CPIインフレ率(%) CPIインフレ率(%)

2019年コンセンサス予想値(インベスコ予想値)

出所: コンセンサス・エコノミクス、2019年9月27日現在。

⽶国

英国

オーストラリア

中国

ユーロ圏

日本

カナダ

インド

実質GDP成⻑率(%)

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概況— 世界経済の成⻑⾒通しは2019年7-9月期にさらに弱まり、製造業とサービス業の対比はより顕著になりました。トランプ⼤統領の関税措置は、ある程度は修正されたものの、世界の貿易量や景気⾒通しに悪影響を及ぼし続けています。

— 製造業の悪化が広がったことに対応して、⽶連邦準備理事会(FRB)など、利下げ余地がある中央銀⾏は緩やかに政策⾦利を引き下げ、欧州中央銀⾏(ECB)は資産購入の再開(QE)や銀⾏への新たな貸し付け⽀援策(TLTROなど)を再開するといった措置をとりました。

— 一方で、⽶国、ユーロ圏、日本といった先進国の消費者物価指数(CPI)の上昇率は依然として2%を下回っています。

— 成⻑とインフレが標準を下回っているのは、マネーサプライの伸びが十分でないことが根本的な原因です。これは、バーゼル3の下で銀⾏に課せられた⾃⼰資本と流動性の要件が厳格化した結果であり、ユーロ圏と日本では、実施した量的・質的⾦融緩和に⽋陥があったためでもあります。

— マネーサプライとクレジットの伸びが緩慢となった結果、多くの先進国で名目国内総生産(GDP)成⻑率が少なくとも1-2%は低下しています。ただし、①⽀出(名目GDP)を左右しているのはM2やM3といった広義マネーであり、中央銀⾏のバランスシートや量的⾦融緩和策でないこと、②量的緩和にもかかわらず、広義マネーはおおむね低すぎる水準にあること―には留意する必要があります。

— 米国:最近のレポ⾦利の急上昇は、企業の納税と⽶国債入札の決済のための短期的な資⾦調達圧⼒により生じたもので、FRBによる利上げの必要性を⽰唆しているわけではありません。これまでのFRBによる2度の利下げにより、マネーサプライとクレジットの伸びは⼤幅に加速しています。

— ⽶国の現在の景気拡⼤局面は、過熱やインフレーションを伴わずに続くものと予想しています。⽶国は、トランプ⼤統領が2018年に減税による景気刺激策を実施した後、連邦財政赤字の拡⼤という財政問題に直面しています。これにより、⺠間部門の借り入れと⽀出に関して多少のクラウディング・アウト(政府の借り入れが市場の投資を縮小させる状況)が発生するでしょうが、必ずしも⾦利の急上昇を伴うものではありません。

— ユーロ圏:ユーロ圏(特にドイツ)は製造業や輸出の減速による影響を受けていますが、サービス部門の活動は依然として活発です。一方で、ユーロ圏のインフレ率(8月:1.0%)は目標水準を⼤幅に下回っています。

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図表2世界⾦融危機後のマネーサプライの鈍化を受け、インフレ率は低下OECDの広義マネーの伸びとインフレ率

広義マネー(M2またはM3)消費者物価総合

出所: Refinitiv Datastream、2019年9月27日時点。

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概況(続き)— 英国:ボリス・ジョンソン氏が首相に就任したことで、欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)交渉はさらに緊張したものになりました。現在、英国国⺠が3年前に選択したブレグジットの実現を、議会が拒否していることが問題になっています。ブレグジットをめぐる⾒通しの不透明さや、マネーサプライ(M4x)の伸びが2%に鈍化する状況をイングランド銀⾏(中央銀⾏)が放置しているため、英国経済の停滞が続き、インフレ率が2%を下回っていますが、これは何ら不思議なことではありません。ただし、いったん「体制面の不確実性」が解消されれば、英国の成⻑率は通常の水準に戻るでしょう。

— 中国:⽶国との貿易紛争の影響から、中国の輸出は8月までの半年間で前年比+2.2%(⽶ドルベース)と伸び悩んでおり、厳しい状況が続くでしょう。国内成⻑も鈍化しています。中国当局は、さらなる⾦融緩和措置(9月の預⾦準備率引き下げ)で対応していますが、こうした取り組みが2009-10年のように中国経済を急速に好転させる可能性は低そうです。

— 日本:2019年1-3月期と4-6月期の実質GDP成⻑率の改定値は平均で+1.75%となりました。8月の総合およびコアコア(除く⾷料およびエネルギー)消費者物価指数(CPI)上昇率は、前年同期比+0.3%と+0.6%にそれぞれ低下し、日本銀⾏の目標水準である2%をはるかに下回りました。これも、基本的には、日銀の量的・質的⾦融緩和が、広義マネーを拡⼤するように作用していないためです。

— コモディティ:⽶国の⾦利低下と、欧州・日本でマイナス⾦利が続くだろうとの⾒通しを背景に、6月初旬以降、⾦価格は一時、約15%上昇しました。原油価格も、中東情勢の緊張によりわずかながら上昇しました。しかし、これらの上昇は、全てのコモディティ価格について⾒られるわけではありません。世界的にインフレ率が低く、内需も落ち着いていることから、コモディティ価格指数の多くが2011〜14年の水準をはるかに下回っており、今後も上値の重い推移となる⾒込みです。

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財政の幻想現在、いくつかの国で、以下のような多くの意⾒が提⽰されています。

‒ ⾦融政策の⼿段が底をついてしまいました‒ 政策⾦利がゼロ%あるいはそれ以下となり、⾦融政策の景気刺激効果が限界に達しました

‒ 実質GDP成⻑を加速させ、量的緩和に伴う不平等を克服するには、より多くの財政出動が必要です

‒ 現在の非常に低⾦利の環境下であれば、多くの公共プロジェクトが収益性の高いものとなるでしょう

‒ 主要国では⻑年にわたり経済の救済を中央銀⾏の特別措置に依存してきましたが、それを財政政策に切り替える時期が到来しています

これらの意⾒には広範な⽀持が寄せられていますが、表面的な⽀持でもあるため、具体策を進めようとすると、合意は崩れることになるでしょう。より深刻なのは、スキームを実施するコストを負担しなければならない国⺠にとって、上記の提案は、前提についても、政策的な意味合いについても、ほぼ完全に間違っていることです。

第1に、これらほとんどの主張の基盤が不安定です。例えば、日本やユーロ圏では、⾦利がある種の「下限」に達したかもしれませんが、マネーの量を拡⼤する⼿段でまだ試されていないものは数多くあります。政策⾦利は低水準ですが、マネーサプライの伸びは先進国全体で低位にとどまっている(図表2参照)ことに表れているように、量的な意味での⾦融政策は決して緩和的ではありません。実際、過去10年間は、低⾦利ながら資⾦がひっ迫した状況がみられています。

第2に、政府⽀出と総⽀出またはGDPとの関係は、財政出動⽀持者の多くが主張しているほど単純なものではありません。適切に評価すると、政府⽀出の増加によって生み出されるGDPは実質的にゼロであり、政府⽀出の乗数は、一部で唱えられているような2や3ではなく、1なのです。その理由は、この種の分析をする際に、全体の半分しか対象にしていない(すなわち、政府⽀出の「⽀出」面にのみ注目が集まり、バランスシートの反対側―⽀出の増加分がどのように賄われるか―を無視している)からです。政府⽀出の増加は⺠間部門の⽀出を減少させるため、総⽀出はほとんど変化しないのです。

実際に政府⽀出の増加を賄う方法は3つしか存在しません。第1は増税です。しかしこの場合、家計や企業は増税分の⽀出を絞るため、政府⽀出の増加は⺠間部門⽀出の減少によって相殺されてしまいます。第2に、政府は国債の発⾏により資⾦を借り入れることができます。しかしその場合、企業や家計が⽀出や投資に利用できる資⾦は少なくなってしまいます。第3に、政府は、追加的な政府⽀出を、中央銀⾏、または銀⾏システムを介した信用創造(事実上の紙幣の増発)によって賄うよう⼿配することができます。この場合は総⽀出

⽀出が増加することに疑いの余地はありません。ただし、このことは同時に、政府⽀出の増加が景気を刺激するのは、そのための資⾦調達が⾦融政策によって裏付けられた場合にのみであることを⽰しています。さらに言えば、そうした環境であれば、(政府⽀出が増えなくとも)⺠間⽀出が十分に伸びることが可能でしょう。このように考えてみると、景気対策としての財政出動の効果は、その⼤部分が幻想だということになるでしょう。

現在、財政による景気対策を⽀持する1⼈がトランプ⼤統領です。2017年12月の同氏の税制改革法により、ただちに景気刺激の効果が現れ、2018年の経済成⻑率は2.9%と、2016年の1.6%、2017年の2.4%から上昇しました。しかしながら、政府の歳入が減少し、歳出が増加した結果、現在、連邦政府の財政赤字は急速に拡⼤しており、2019年には1兆⽶ドルに近づくと予想されます。この巨額の資⾦調達は国債の発⾏を通じ、⺠間部門に頼らざるをえず、さらに8月まで続いたFRBの保有国債の再投資額減額が状況の悪化に追い打ちをかけました。

⽶国以外の投資家が⽶国債を購入する際の外国為替ヘッジコストは2018年後半から上昇してきており、外国⼈投資家による⽶国債の応札を難しくしています。そうした中、短期⾦融市場では9月16日に⾦利が急上昇しました。多額の⽶国債入札(540億⽶ドル)の決済日と法⼈税の⽀払い日が重なったことにより、⽶国債レポ市場では、翌日物レポ⾦利が5〜6%に達しました。こうした状況は、私がこれまで主張してきたことの根拠となります。すなわち、当局が採りうる選択は、①⾦利上昇による⺠間部門の借り入れのクラウディング・アウトを容認するか、②市場に介入して、拡⼤した赤字を賄う新たな資⾦を提供するか―のどちらかなのです。今回、FRBは市場に介入し、翌日物と⻑期の一連の「リバース・レポ」により400〜1,000億⽶ドルの資⾦を提供しました。

財政について誤った認識を持つもう一⼈の高名な⼈物は、最近、ドラギ氏の後任としてECBの新総裁に任命されたラガルド氏です。新総裁に選出後、最初のスピーチで彼⼥は、⽀出に上限を設けている欧州諸国に財政⽀出を増やしてほしいとの考えを明らかにし、「中央銀⾏だけが景気刺激の唯一の存在ではない」と付け加えました。

今後数週間ないし数カ月間、増加した「トランプの赤字」がどのような形で資⾦を賄うのか―⺠間部門からの借り入れによって家計や企業をある程度市場から閉め出すのか、あるいはFRBが持続的に⼤量のマネーサプライを生み出すことによってなのか―が観察されることになります。同様に、今後1〜2年にわたり、ユーロ圏の政府が財政⽀出の拡⼤を実現する意思があるかどうか、また、そうした場合に、マネーサプライの伸びに変化がなければ、これが単一通貨地域の⽀出と成⻑に持続的な影響を及ぼすかどうか、⾒ものとなるでしょう。

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米国安定した景気拡⼤が続く公算2019年前半の⽶国の実質GDP成⻑率は、1-3月期が前期比年率+3.1%、4-6月期が同+2.0%と緩やかな伸びを⽰し、平均では+2.5%をわずかに上回る水準で推移しています。これは、⽶国の潜在成⻑率(例えば、議会予算局(CBO)の推定によれば+1.9%)をやや上回っています。労働市場も堅調で、3カ月平均の非農業部門雇用者数が、3〜5月の143,000⼈から、6〜8月には156,000万⼈となっています。労働参加率は5月以降、着実に上昇しています。また、失業率も3.7%と低水準で推移しています。

個⼈消費は堅調に推移しているものの、設備投資と輸出は弱含みとなっています。ニューヨーク連邦準備銀⾏の調査によると、家計所得は、賃⾦の漸増と高水準の雇用に加え、家計のバランスシートの改善が続いていることがサポート要因となっています。この主な要因は、住宅価格や株価の上昇、所得に対する負債の減少です。家計の強さは、2008〜09年の⾦融危機直前のレバレッジのかかった債務状態とは対照的であり、現在の景気拡⼤が少なくともあと数年は続く可能性があると私が確信する重要な根拠となっています。広い意味では、消費者は企業の犠牲の下に収入を増やしてきました。これは、景気サイクルの後半ではよく⾒られる現象です。

⽶国企業は、現在の景気サイクルにおける収益性のピークを越えたようです。増益基調は続いているものの、利益率は低下し、⽶ドル高の影響で海外での収益が圧迫されています。設備投資の先⾏指標である航空機を除く非国防資本財(コア資本財)の出荷は停滞しており、購買担当者指数(PMI)における輸出受注も弱まっています。一方で住宅関連指標は、FRBの2度の利下げを⾒越した住宅ローン⾦利の低下を背景に、好調さを維持しています。住宅指標も、多くの企業部門にとっての先⾏指標であり、雇用や、木材から銅、鉄鋼などさまざまな原材料の購入を後押しすることになります。全⽶産業審議会(コンファレンスボード)の企業景況感指数は、依然として現在の景気サイクルで最も高い水準近辺にあります。これらの経済指標はいずれも、

企業の部門の動向がそれほど悪化しているわけではないものの、間違いなく、世界的な製造業の減速により、多少の遅れが生じてきていることを⽰しています。

物価面では、総合CPIと、⾷料とエネルギーを除いたコアCPIの上昇率がいずれも2%未満で推移しています。サーベイに基づいた⻑期の予想インフレ率には、1年先⾒通しが9月に+2.8%と、ほとんど変化が⾒られませんが、通常の⽶国債の利回りから物価連動国債(TIPS)の利回りを差し引いた、いわゆる「ブレークイーブン」インフレ率は+1.3%という低水準にとどまっています。このようにインフレ⾒通しが落ち着いていることにより、FRBは7月と9月にそれぞれ0.25%の利下げを⾏い、政策⾦利を1.75〜2.00%に引き下げることができました。ただし、FOMCメンバーの多くが⾦利に注目しているものの、不可⽋なのは、根本的な広義マネー(M2、または⽶国では現在公表されていないM3)が、年4〜6%に近い安定した伸び率で維持されることです(図表3)。幸いなことに、このペースは過去2年間、ほぼ達成されてきました。今年初めには、M2の伸び率がこのペースを下回る時期がありましたが、5月から9月にかけては、銀⾏が短期財務省証券(Tビル)を購入したことにより、13週伸び率が年率8%に加速しています。すなわち、FRBが保有資産の縮小を終了したことを受け、銀⾏が短期国債の重要な買い⼿となり、FRBに代わって今夏の⼤幅なマネーサプライの伸びに貢献したということです。

5-9月の5カ月間に⾒られたようなマネーサプライの伸び加速は、⽶国の成⻑率とインフレ率の⾒通しを変更するにはまだ十分ではないかもしれませんが、5月と8月にいったん調整した株式市場が、その後堅調さを取り戻したことの説明には十分でしょう。こうした株価下落の直接のきっかけはトランプ⼤統領による対中貿易措置(であり、株価反発のきっかけも⽶中貿易戦争の先⾏き不安後退)でしたが、緩和的な⾦融政策と景気拡⼤による基礎的な下⽀え効果も過小評価すべきではないと思います。

私は、2019年の⽶国の実質GDP成⻑率は2.6%、インフレ(コアCPI上昇)率は1.5%と予想しています。

図表3米国の「名目GDP」を左右するのは、量的緩和ではなく「広義マネーの伸び」⽶国のマネタリーベース、M3、名目GDP(2008年1月=100)

出所: Refinitiv Datastream、2019年9月27日時点。

マネタリーベース代理M3名目GDP景気後退期

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第2のメッセージは、経済理論の観点からは、ECBの決定は、⾦利の引き下げが銀⾏のバランスシートを拡⼤し、資産購入政策の効果を高める鍵であるとの誤った認識を理事会メンバーとエコノミストの⼤半が抱いていることを⽰しているということです。ユーロ圏の銀⾏が、バーゼル3に基づく流動性カバレッジ比率(LCR)の要件の達成に依然として悪戦苦闘しており、過去10年間、バランスシートをほとんど拡⼤できていないことを踏まえると、マイナス領域にある政策⾦利をさらに引き下げても、銀⾏に貸し出しや預⾦の拡⼤を促すことにはならないでしょう。量的緩和の本質とは、2009年当時、(バーナンキFRB議⻑ではなく)イングランド銀⾏(BOE、中央銀⾏)のキング総裁が詳しく説明したように、「銀⾏が貸し出しを⾏わず、広義マネーの⼤部分を占める預⾦を創出していない状況で、なんとかして経済に資⾦を供給すること」でした。そうした戦略は、ユーロ圏の銀⾏貸し出しが依然として非常に弱いにもかかわらず、ECBは取り組めていません。2%のインフレ目標を達成できていないのは、この戦略ミスによる必然的な結果なのです。

第3のメッセージは、ECBによる「量的緩和」の再開は、9月12日の決定後の2週間にドイツ、オランダ、フランス、オーストリアの中央銀⾏総裁が公然と反対姿勢を表明するなど、理事会内で意⾒の⼤きな分裂があったことが明らかになったということです。例えば、オランダのクノット総裁は、低⾦利が「半ば恒久的な現象」となりつつあり、住宅価格を押し上げ、年⾦の破たんを招くと不満を表明しました。9月26日には、ドイツ出身のラウテンシュレーガーECB理事が任期途中での退任を発表しました。ECBの要職を辞任したドイツ⼈としては、ウェーバー・ドイツ連銀総裁、シュタルクECB理事(いずれも2011年の辞任当時)に続く3⼈目となります。

ユーロ圏ECBの⼤規模な分裂に隠された広範な誤解おそらく、ユーロ圏の7-9月期の⼤きな変化はといえば、9月12日のECB理事会における決定でしょう。同理事会では、2019年11月以降、期間の区切りを設けずに月額200億ユーロのソブリン債の購入を再開することが決定されました。ECBは、①現在保有している2.6兆ユーロの有価証券を拡⼤させること、②中銀預⾦⾦利を0.1%引き下げ、-0.5%とすること、③⻑期資⾦供給オペレーション(TLTRO)スキームを通じた銀⾏への融資条件の緩和、④ユーロ圏の⾦融機関の保護を目的とした準備⾦預⾦に対する階層方式の導入―を発表しました。

これらの決定は、3つの重要なメッセージを伝えています。第1のメッセージは、私が⻑年論じてきたように、実務的な観点から⾒ると、ECBによるこれまでの資産購入が十分に効果を発揮しなかったのは制度設計の不備が主な理由だったということです。もし、ECBが銀⾏以外の主体から有価証券を取得するようにしていれば、ユーロ圏のM3の伸びは加速し、成⻑率も押し上げられていたでしょう。その結果、ユーロ圏全体で⽀出の伸びが増加し、資産買い入れを再開する必要はなくなっていたでしょう。しかし現実には、ECBは前回と同じ政策を、うまく⾏かなかった前回と同じ方法―銀⾏から有価証券を購入すること―で再開すると決定しました。私が考えるに、これは実質的にECBが⺠間銀⾏とのアセットスワップにおいて⼤量のソブリン債を吸収しているに過ぎず、ECBのバランスシートのみが膨れ上がって、企業や家計に新しい預⾦を作り出すことはありません。したがって、M3の伸び率は低いままで、ユーロ圏は⾃らが招いた低成⻑、低インフレ、マイナス⾦利のわなにとどまる可能性が高いといえます。

⽀出とインフレを促すのは、中央銀⾏の帳簿上のマネーではなく、⺠間部門で保有されるマネーなのです。

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図表4他の地域と同様に、ユーロ圏でもマネーサプライの伸びは⽀出の伸びの上限にユーロ圏のM3、名目GDP(前年比、4四半期移動平均、%)

出所: Refinitiv Datastream、2019年9月27日時点。

M3名目GDP景気後退期

平均:3.2%

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ユーロ圏(続き)残念なことではありますが、こうした論争からは、欧州の⾦融政策決定の責任者の間に多くの意⾒の相違があることは明らかです。ECBのマイナス⾦利政策が住宅価格や預⾦者、保険会社、年⾦基⾦に与える影響を一部のECB理事会メンバーが心配するのはもっともなことであり、巨⼤かつ理解可能な不満の源泉となっています。マイナス⾦利の影響は、それが⻑期間続いた場合、預⾦者や投資家の伝統的な倫理感や、ユーロ圏の主要な⾦融産業のビジネスモデルを破壊してしまう可能性があります。この⾒方は完全に正しく、問題なのは、誤った診断を用いていることです。

欧州では、低⾦利が緩和的(つまり過度に景気拡⼤的な⾦融政策である)との誤解が広がっています。しかし、私以外にも他の⼈々が⻑年論じてきたように、⾦利は⾦融政策の尺度としては甚だ不十分なものです。実際にインフレ率を決定づけるマネーサプライの伸びは、2008〜09年の危機以来、ユーロ圏でははるかに低過ぎたというのが真実です。2009年以降のユーロ圏のM3の平均的な伸び率は年率で3.2%しかありませんでした(図表4)。ユーロ圏は、日本と同様、⾦利は低いものの、資⾦供給は緩和的ではなかったということです。商業銀⾏が借り⼿の信用⼒に満⾜せず、銀⾏⾃身が⾃⼰資本に関する規制要件を満たすために苦労していることもあって、貸し出しに積極的でない状況下、低⾦利はマネーサプライの伸びを促すことはなく、物価を押し上げることもありませんでした。もし銀⾏が貸し出しを⾏わなければ、預⾦は増えず、マネーサプライの伸びは貧弱なままです。

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この問題に対処するには、中央銀⾏(日本のような国の場合は政府)が、必要な預⾦を生み出すための⾏動をとることによって、⽀出が名目で4〜5%程度(約2%の実質成⻑と2%の物価上昇に相当)程度の妥当な伸びとなるような状況を作り出す必要があります。これを実⾏する最も簡単な方法は、中央銀⾏が銀⾏ではなく、それ以外の主体のみから有価証券を購入することです。その結果、マネーサプライの伸びが加速し、将来の⽀出とインフレによって⾦利がおよそ3〜6%のレンジで推移するとの期待を生み出し、貯蓄や投資、⻑期的な事業構築といった伝統的なインセンティブが復活することになります。著名な経済学者のアーヴィング・フィッシャーが100年前に⽰したように、⾦利はインフレに追随するものであり、インフレを先導するものではありません。そして、誤解しないでいただきたいのは、私は、マネーサプライとクレジットの伸びを2ケタという、欧州の預⾦者が⻑年恐れていた水準まで加速させようと主張しているわけではありません。私は、2009年以降よりも年率で2-3%程度高い、底堅く安定的に制御されたマネーサプライとクレジットの伸びを提唱しているのです。

誰がECBを率いるかに関係なく、ユーロ圏の総需要(総⽀出)は弱く、マネーサプライとクレジットの伸びの加速が求められる状況は変わらないでしょう。M3の伸びが引き続き低いことを考慮し、私は、2019年のユーロ圏の実質GDP成⻑率は1.2%にとどまり、消費者物価上昇率も1.5%と、ECBの目標を⼤きく下回るだろうと予想しています。

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英国政治分断がEUからの離脱を押しとどめ、経済成⻑も抑制英国では、ブレグジットの⽀持・不⽀持が政治的論争を⽀配し続けている一方、高水準の「体制面の不確実性」―すなわち、英国がEUと新たな関係を築くための移⾏期間以降の、規則や規制、関税、企業の競争的地位に関する明確さの⽋如―が続いていることにより、英国の経済成⻑に悪影響が及んでいます。

ボリス・ジョンソン氏が7月に保守党の党首選で対抗馬の約2倍の投票数を獲得し、新首相に選出されましたが、総選挙が⾏われていないため、下院の議席数は変わっていません。実際には、ジョンソン首相率いる新政権にとって、状況はやや悪化しています。10月31日までにEUを「合意があってもなくても」離脱する彼の戦略を、一部の保守党党員が拒否したためです。すでに下院は、EU離脱延期法を可決し、EUとの合意なしで離脱しようとする政府の動きを制限しました。さらに、9月23日、英最高裁判所はジョンソン首相による議会休会(これは、10月31日にジョンソン首相が「一か八か」でブレグジットを強⾏することを議会が妨げる機会を制限しようとする⼿段と広く考えられています)が違法だとの判決を下しました。議会や英国における政治的な空気は非常に白熱した状態が続いており、EUとの将来の関係がはっきりしてくるまで、落ち着く可能性は低いでしょう。

(訳者注:その後、EUは10月17日に英国が提出した新たなEU離脱協定案を承認しました。しかし英国では、時間が⾜りないとして議会が10月22日に同協定案の審議を拒否(内閣から提出された高速審議のための議事進⾏動議を反対多数で否決)したことから10月末の離脱は不可能となりました。これを受けて、EUは10月28日に2020年1月末までの離脱延期を承認し、英国では10月29日に12月12日の総選挙実施が賛成多数で決まりました。)

ブレグジットをめぐる一進一退の動向は、外国為替市場における英ポンド相場と国内投資という2つの重要な分野に引き続き影響を及ぼしています。しかし、労働市場や個⼈消費⽀出、インフレ動向といったその他の分野では、英国経済は2016年6月の国⺠投票以前とほぼ同様のパフォーマンスを続けています。

政治面(あるいはその他の)高水準の不確実性の影響を受けやすい変動相場制の経済においては、為替レートは常に政治面の展開に最も敏感なバロメーターとなります。なぜなら、投資家が資本を国外に移したい場合、まず企業や建物を売却し、次にその売却代⾦を外国為替市場で他国通貨に換⾦しなければならないからです。これは、1980年代初頭に中英間で変換交渉が⾏われ、⾹港ドルが⼤幅に下落した⾹港で最も顕著でした。現在、英ポンドも同じ論理で動いており、EUとの合意の⾒通しが高まれば英ポンドを上昇させる傾向にあり、その逆も然りです。

⻑期的な問題は、英ポンドの適切な均衡値がいくらか、ということです。私の推定では、⽶ドルに対する英ポンドの購買⼒平価は1.50〜1.60⽶ドルです。現在、1英ポンドは1.25⽶ドル前後で取引されているため、20%程度過小評価されていることになります。したがって、たとえ合意なきブレグジットとなったとしても、英ポンドが⻑期にわたって現在の水準を⼤きく下回ると想定することは困難です。

投資については、①GDP統計における固定資本形成などの「ハードデータ」、②英国産業連盟(CBI)サーベイにおける工場・機器⽀出や受注状況などの「ソフトデータ」―のどちらにおいても、企業の設備投資の低迷は明らかです(図表5)。残念ながら、こうした傾向は、英国とEUとの政治面、貿易面の関係が解決に向けて進展するまで、⼤きく変化する可能性は低いでしょう。

図表5英国:ブレグジットが意味する「体制面の不確実性」から投資が減少英国:GDPの設備投資と英国産業連盟(CBI)サーベイ

実質設備投資(前年比、%、左軸)CBI調査:工場・機械投資(ネットバランス、右軸)CBI製造業受注指数(ネットバランス、右軸)

出所: Refinitiv Datastream、2019年9月27日時点。

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英国(続き)しかし、経済の主要分野は依然としてそれほど影響を受けていません。例えば、個⼈消費は引き続き堅調で、GDPの個⼈消費⽀出は2019年4-6月期に前期比年率で2%増加し、小売売上高は6月から8月の3カ月間で前年同期比3.3%増加しています。この堅調さの背景には依然として健全な労働市場があります。雇用水準と労働参加率は過去最高水準近辺にあり、失業率はわずか3.8%と、1970年代初頭以降の最も低い水準で推移しています。加えて、賃⾦も着実に改善しています。英国の労働者の総収入(賞与を含む週間平均賃⾦の過去3カ月平均成⻑率)は、2019年5-7月の3カ月間に前年比4.0%増加の542英ポンドと、市場予想の3.7%増や4-6月期の3.8%増(上方修正後)を上回り、2008年6月以降で最も速いペースの賃⾦上昇となりました。こうしたプラスのシグナルは、その競争⼒と柔軟性により、EUとの新たな関係への移⾏期間以降も英国経済の生き残りと繁栄が可能であることを⽰しています。

⾦融政策の面では、BOEは⾦融政策を変更してきています。以前述べた通り、BOEはブレグジットが必然的に「インフレ・イベント」になる(つまり、英ポンドの下落と不利な新関税が価格上昇という形で企業や消費者に影響する)との奇妙な⾒方をとっていました。しかし、これは物価の持続的な上昇という意味での厳密なインフレではなく、むしろ相対的な輸入物価の一時的な変化に過ぎません。また、総需要の増加が、最⼤潜在供給に達する経済と衝突しようとしているというBOEの考え方は、その⾦融面の背景にかかわらず、必然的にインフレ率の上昇につながりました。

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こうした当局の⾒解とは対照的に、私は、M4xで計測される英国のマネーサプライの伸びが非常に緩慢な状態にあることを重視してきました。このM4xの減速は2018年9月から⾒られており、⾦融の枠組みではインフレ率が低下する環境を⽰しています。その結果は明らかです。8月のCPI上昇率をみると、総合CPIが前年比+1.7%、コアCPIが+1.5%と、いずれもBOEの目標水準である2%に届いていません。あまりに遅まきながらインフレの低迷を何とかしようと、BOEの⾦融政策委員会(MPC)メンバーは、最近の講演で、インフレ率が以前に予想していたよりも低い水準となる可能性があることを認めるようになりました。今後数カ月間、彼らが⾃身の予測の誤りをどのように正当性するのか、興味深いところです。

私は、英国の2019通年の実質GDP成⻑率は+1.3%、消費者物価上昇率は+1.7%と予想しています。

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中国姿を⾒せ始めたデフレ圧⼒過去10年間、中国経済は⼤きな変化を経験してきました。2009年から2016年にかけては、マネーサプライや債務の拡⼤が続きましたが、直近3年間では鈍化しました。当然ながら、その影響は今、経済に現れ始めています。

⾦融面では、M2の伸びが⻑期にわたり緩やかに引き締まったことにより、中国経済は圧迫されてきました。2015年後半に短期的ながら前年比で13%を超える水準に加速したM2の伸びは、2017年10-12月期には約8%に鈍化し、それ以降は8〜9%の範囲で推移しています。これは、広義マネーの伸びとしては、1978年に鄧小平氏の下での4つの近代化が開始されて以降で最も緩慢な水準となっています。中央銀⾏の中国⼈⺠銀⾏は、①2018年のレポ⾦利の引き下げ、②複数回の銀⾏の準備預⾦比率の引き下げ、③公開市場操作による資⾦注入―など数多くの「⾦融緩和」策を過去2年半の間に⾏ってきましたが、こうした取り組みも持続的にマネーサプライの伸びを押し上げるには至っていません。2019年6月のM2の伸びは前年同期比+8.5%にとどまりました。

債務面では2009年から2016年にかけて、中央政府と規制当局が2008〜09年の世界⾦融危機からの回復⽀援という名目で、地方政府、国有企業、非銀⾏⾦融機関(シャドーバンク)が負債を⼤幅に増やすことを許容しました。しかし、2016年以降、政府の態度には180度の転換があったようです。

新たなスタンスの影響を最初に感じたのは、シャドーバンクでした。ノンバンク⾦融機関向けの資⾦供与は、2017年初め以降、急激に抑制され、減少を続けています。2008年の世界⾦融危機以降に過剰な債務が蓄積したことを踏まえ、中国の政府当局は約3年前、経済や⾦融システムにおけるレバ

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レッジの削減を優先事項とすると発表しました。2017年11月には、⾦融、貸し出し、⾦融市場の発展のあらゆる側面を監督するために、国務院(中国の最高国家⾏政機関)の直下に馬凱副首相を主任とする⾦融安定発展委員会が設置されました。この数カ月で3つの銀⾏が閉鎖された(包商銀⾏と恒丰銀⾏は公的管理に入り、錦州銀⾏は規制違反で処分されました)ことを受け、より質の高い⾦融管理・運営の必要性は緊急性を増しています。

より全般的には、中国の鉱工業部門の多くは、国有産業に与えられた暗黙の政府保証に起因する、誤った資本配分から生じた過剰生産能⼒の問題に悩まされてきました。こうした保証を終了することは、モラル・ハザードへの対処、クレジットの価格設定の改善につながることから、中国の債券市場にとっては構造的なプラス要因となります。

⾦融面の話題に戻ると、最近の中国の興味深い動向の1つは、インフレ指標に確認される顕著なかい離傾向です。生産者物価指数(PPI)の変化率は、2017年10月の前年同月比+6.9%から2019年5月には+0.6%に低下し、7月は-0.3%、8月は-0.8%とマイナスになりました。一方、2012年以降はレンジ内の一進一退を続けていたCPI変化率は、⾷品価格にけん引されて前年同期比+2.8%にまで上昇しています(図表6)。ただしこれは、中国で代表的な⾷用肉である豚肉がアフリカの豚コレラの流⾏により供給不⾜に陥った影響で⾷品価格が急上昇したためであり、明らかに一部の品目に限られた相対的な価格変動であって、全般的なインフレが差し迫っていることを⽰すものではありません。すなわち、CPIの一時的な上昇よりも、PPIのマイナス圏への低下の方が、中国で実際に何が起きているのかを⽰す、はるかに良いシグナルといえます。

図表6中国:⾷品価格と⽣産者価格に⽣じている⼤きなかい離中国:CPI、PPI、⾷品価格(前年比、%)

CPIPPI⾷品価格

出所: Refinitiv Datastream、2019年9月27日時点。

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今後を⾒渡しても、知的財産権の侵害、国有企業への補助⾦、国内部門の海外競争への開放―など、トランプ政権が問題視している広範な中国の問題を踏まえると、⽶中の貿易戦争で停戦が⻑続きする可能性は低いでしょう。次回の⽶国⼤統領選挙が2020年に控えていることから、トランプ政権が2019〜20年のある時点で勝利を宣言し、貿易戦争を終結させようとの誘惑が働くかもしれませんが、中国を対象とした⽶国の貿易措置の停⽌は、されたとしても、一時的なものとなる可能性が高いでしょう。

中国(続き)対外面では、⽶中間の貿易紛争が緩和されることなく続いています。対⽴の拡⼤により、9月1日から、中国と⽶国は互いに追加の関税を課しました。⽶国は、スマートスピーカー、ブルートゥース・ヘッドホン、さまざまな靴など、数多くの消費財を含む中国からの輸入品1,250億⽶ドル以上に15%の関税を課し始めました。これに対抗して、中国は750億⽶ドル相当の⽶国製品リストの一部に追加関税を課し始めました。中国政府は9月1日以降の関税引き上げの対象商品をすぐには公表しませんでしたが、⽶国で生産された5,078品目のうち1,717品目に5%もしくは10%の関税が上乗せされました。新たな関税には⽶国産原油に対する5%の課税が含まれており、初めて燃料が関税の対象となりました。中国当局は、12月15日から⽶国の残りの輸入品に対する追加関税を開始します。

トランプ⼤統領の貿易措置は、中国の貿易とGDP成⻑に深刻な影響をもたらし始めています。⽶国の中国からの輸入は2018年11月以降減少傾向にあり、2019年7月には前年同月比12%減となりました。⽶国の輸入に占める中国のシェアは、ピークだった2018年3月の21.8%から、2019年7月には19.7%に低下しています。一方、韓国や台湾からの⽶国の輸入は10.6%増加し、環太平洋地域(日本・中国を除く)からの輸入品は同時期に5.4%増加しました。国際的なサプライチェーンの一部が、まだ⽶国の関税の対象となっていない国々にシフトしているため、台湾や韓国、ベトナムといった東アジア諸国・地域の一部には、中国と比べた生産と貿易の増加が⾒られ始めている国もあります。

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日本日銀の膨⼤な量的・質的⾦融緩和プログラムにもかかわらず、広義マネーの加速は⾒られず日本の実質GDP成⻑率は、2019年1ー3月期の前期比年率+2.2%から4-6月期改定値では同+1.3%(前期比+0.3%)に鈍化しました。⺠間部門と公共部門の寄与はともに+0.3%となりましたが、住宅投資や非住宅投資の寄与はごくわずかでした。実質GDP成⻑率は鈍化したものの、安倍首相は過去2回⾒送った消費税増税を10月1日に実施し、税率を8%から10%に引き上げました(ただし、経済協⼒開発機構(OECD)の平均の19.2%に比べると依然として低い水準です)。増税は、電子機器からアルコール、書籍、⾃動⾞など、ほぼすべての品目に及びます。ただし、政府は、雑誌や新聞、⾷品の持ち帰りや出前など、いくつかの例外を定めています。

前回、2014年に消費税率が引き上げられた際、日本は景気後退に陥ったため、政府は今回、景気後退を未然に防ぐためにいくつかの措置を講じました。それでも、消費者が消費増税前に高額の耐久消費財を購入するという⾏動がはっきりと⾒られました。より全般的には、日本の賃⾦は基本的に過去数年間変化していないため、根本的な経済状況はぜい弱なままです。

日本の経済不振が続く背景には、次の2つの要因があります。第1に、実体経済面では、日本の⼈口は2010年に、労働⼒(または15〜64歳の生産年齢⼈口)は1992年に、それぞれピークに達しました。それ以降のこれら主要数値の低下は、⾃動的に潜在成⻑率を限定することになります。これに加えて、近年の労働生産性が、1990〜2007年の年率1.3%から2010年以降は0.7%に低下していることから、日本の潜在成⻑率が0.9%(みずほ総合研究所の推計値)まで低下した理由は容易に理解できます。このため、7月の失業率が2.3%と非常に低く、求⼈倍率が1.59倍と過去45年で最も高い水準にあるにもかかわらず、日本の賃⾦成⻑は弱く、景気過熱の兆候も⾒られません。

第2に、日本のインフレや賃⾦、名目GDPなどの弱さは、完全に広義マネーの⻑年にわたる緩慢な伸びで説明することができます。1992年以降、日本のM2の伸びの平均はわずか2.6%に過ぎず、日本銀⾏のインフレ目標である2%を達成するには低過ぎました。日銀の⿊⽥総裁は、2013年に日本銀⾏総裁に任命されて以降、再任を経て現在に至るまで、日本のCPI上昇率を2%に引き上げることに成功していません。これは、「量的・質的⾦融緩和」(QQE)として知られる華々しい政策の下、日本銀⾏のバランスシートを2012年3月の144兆円から2019年9月の572兆円へほぼ4倍増させた⼤規模な資産購入に、2016年9月以降の「イールドカーブ・コントロール」(YCC)で補完措置を施したにもかかわらずです。

直近(2019年8月)では、全国の総合CPI上昇率は前年同月比+0.3%にとどまり、生鮮⾷品とエネルギーを除いた「コアコア」CPI上昇率は同+0.6%となりました。日本の⾦融政策には明らかに何らかの⽋陥があるはずですが、何が間違っていたのでしょう。

過去25年間一貫して述べてきたように、この失敗の最終的な要因は、M2の伸びが1992年以降の平均でわずか2.6%にとどまったことです。これは、QQEと日銀ご⾃慢のYCCを導入したにもかかわらずです。基本的には、日本はM2の伸びを年率で5〜6%にする必要があります。これは、マネーサプライの伸びが、実質成⻑率(約1%)とインフレ目標(2%)に加え、貨幣残高の増加需要(流通速度、2%)を満たす必要があるとの数量方程式から導かれます。日銀の政策がこの目標水準を達成できなかった理由は、日銀が銀⾏以外から有価証券を購入する(銀⾏システム内に新たな預⾦を創出します)のではなく、⺠間銀⾏からQQEプログラムのための国債の⼤半を購入した(これは、⺠間銀⾏とのアセットスワップに相当し、企業や家計部門に預⾦やマネーを創出していません)からです。残念ながら、このような⾦融政策の根本的な問題が解決するまで、日本のマクロ経済の⾒通しは⼤きく変化しないでしょう。日本銀⾏が何を約束しようとも、QQEとYCCが、日本のインフレ率を2%に押し上げることはないでしょう。

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図表7日本:1992年以降、日本のマネーサプライの伸びは非常に低⽔準日本:マネーサプライと名目GDP成⻑率(前年比、%)

M2名目GDP

出所: Refinitiv Datastream、2019年9月27日時点。

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コモディティ世界の製造業の強弱は、工業用原材料価格を左右する主要因です。2019年の初め以降、PMIをはじめとする経済指標は、特にユーロ圏や英国で弱まっています。2017〜18年に⽶国やユーロ圏などの先進国で顕著だった製造業生産の好調さは完全に消え、一部の新興国でさえも製造業の減速の悪影響を受けています。PMI指標に基づくと、製造業活動は、ほとんどの先進国(8月以降は⽶国も)のみならず、中国やロシアでも収縮局面にあります。こうした製造業の低迷持続を反映し、コモディティ価格(コモディティ・リサーチ・ビューロー(CRB)のインデックス(除く石油)やS&P GSCIなど)は2019年4-6月期と7-9月期のほとんどで下落しました(図表8)。

ここ数カ月のコモディティ価格の下落には、原油と⾦という2つの例外があります。イランが6月にホルムズ海峡でタンカーを攻撃した際、WTI価格が1バレル当たり51⽶ドルから60⽶ドルに上昇するなど、ブレントとWTI価格は一時的に上昇しました。しかし、9月末にはWTI価格は55⽶ドルに反落しました。⽶国で比較的迅速にシェールオイルを供給することができたことに加え、サウジアラビアの主要石油精製所へのドローン攻撃を受けてトランプ⼤統領が⽶国の戦略的石油備蓄を利用できるようにするとの決定を下したことで、原油価格の上昇は限定的なものにとどまりました。

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⾦価格は、5月末の約1,300⽶ドルから9月初旬には1,550⽶ドルのピークまで上昇しました。その背景には、2つの要因があるようです。まず、いくつかの中央銀⾏が過去1年間にわたって着実に⾦を購入しており、ワールド・ゴールド・カウンシルによると、2018年には651.5トンの⾦準備を追加したことが明らかになりました。これは2017年から74%増加しており、年間の増加額としては2番目に高いものです。それら買い⼿には、ロシアや中国、トルコといった、⽶国と係争にあり、外交関係がさらに悪化した場合に差し押さえなどの事態となる可能性のある⽶ドルの準備⾦保有に不安を抱いている国々の中央銀⾏が目⽴ちます。第2の要因は、欧州と日本における利回りがマイナスの利回り債券のさらなる増加です。投資家は、債券を保有して利息を⽀払うくらいなら、利息のない⾦を保有を保有した方がましだと判断したようです。

図表8中国の⼤幅な景気刺激策による2010-13年の急増を除き、コモディティ価格は引き続き低迷コモディティ価格

CRBインデックスS&P GSCI コモディディ・スポット価格インデックス

出所: Refinitiv Datastream、2019年9月27日時点。

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⾦融市場世界の株式市場は8月に⼤きく下落しましたが、その下落のほとんどを9月に取り戻し、S&P500指数は2019年7月の過去最高値に近づいています。これは、「資産価格はおおむね⾦融政策と景気サイクルで決まる」という、私が⻑年申し上げてきた⾒解に沿ったものです。⽶国消費者のバランスシートが良好で、非農業部門雇用者数が6-8月の3カ月間平均で15万6,000⼈と好調さを維持していても、インフレ率が目標を下回ったままという状況を踏まえると、FRBが⾦融引き締めを⾏う理由はほとんどありません。それどころか、FOMCは(パウエル議⻑の発言によると)「景気サイクルの中間段階での政策⾦利の調整」として2回の利下げを⾏いましたが、さらなる利下げによって現在の景気拡⼤を延伸を目指すことも可能なようです。これは、株式や不動産などのリスク資産の価格がピークを付けるのがまだまだ先のこととなる可能性があることを意味します。

一方、債券市場は、短期⾦利の方向性やインフレの⾒通しによって変動します。2019年初のFRBによる⾦融政策の緩和方向への転換に伴い、⽶10年国債利回りは、2018年11月6日の3.23%から、2019年9月3日には1.46%まで低下しました。これは、2019年の年末までに、3回(計0.75%)の利下げが⾏われるとの過度な期待を反映しています。また、欧州と日本でマイナス⾦利が続いたことも、⽶国の⾦利低下の勢いが増す要因となりました。⽶国のM2の伸び(13週間年率)が、5月の2%から8月には10%超まで加速していることから、⽶国経済はある程度の勢いを取り戻し、債券利回りは再び上昇することになるでしょう。この状況が続けば、債券利回りの変動の主要因が短期⾦利の動向(追加利下げの可能性)からインフレへの懸念に代わり始めるため、債券利回りは低下から上昇へと環境が変化することになるでしょう。

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MC2019-125

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