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71 各地の地域活性化事例から見た今後の 地域振興の課題 みずほ総研論集 2009年Ⅳ号 みずほ総研論集 2009年Ⅳ号 1.2008年からの世界金融危機・同時不況により、わが国の経済は大きなダメージを受けた。景況や雇 用の悪化は大都市圏でも顕著であったが、従来から経済が不振であった地方圏はさらに厳しい状況 に追い込まれることになった。本稿では、このような地域経済の実状を各種の指標等によって確認 するとともに、その背景を考察した。その上で、今次不況以前からの厳しい環境の只中で展開され てきた各地の地域活性化の取り組みについて、幾つかの注目される事例を取り上げ、その概要を紹 介する。続いて、こうしたケース・スタディから得られる有効な地域おこしのヒント・手掛かりを 整理し、これらの活動を効果的に後押しできるような地域政策の在り方について検討した。 2.近年、地方では好況期であっても業況判断の改善が進まないなど厳しい状況が続き、雇用や所得の 面でも大都市圏と地方圏の格差が拡大してきた。こうした苦境の背景には、地域人口の減少や高齢 化の進行、グローバルな競争環境の激化、公共投資の削減などがある。山村や離島などではことに 状況が深刻で、地方の中小都市等では中心市街地の空洞化も大きな問題となっている。財政再建の 要請等から、今後公共投資の再拡大は見込みにくく、地方ではそれぞれの創意と資源による地域振 興が必要になっている。そして実際に、各地では、それぞれに特色のある活動が行われている。 3.みずほ総合研究所では、このような各地の取り組みについて、数年前から現地取材を軸とする調査 を行ってきた。本稿では、その中から注目すべき事例をピックアップし、産業振興(企業城下町日 立市の中小企業支援など)、 まちづくり・商店街(青森市のコンパクトシティなど)、 山村・離島(福 島県天栄(てんえい)村のむらおこしなど)、地域ブランド(静岡県富士宮市の B 級グルメなど) の4分野に区分して、その概要を紹介する。 4.本稿で取り上げた事例を含む現地調査などから得られる示唆として、地域活性化には、住民重視の スタンスや、「ソフト」の充実、地域資源の「発掘」、主役としての「民」の役割、「わかもの」や「よ そもの」を生かす姿勢、などが有効であることを論じる。また、地域発の事業を後押しするための 政府の役割として、地域の個性を生かせる仕組みを取り入れた制度設計、各事業者・機関等の多様 な連携の促進、一律ではない積極的なアクションに対する助成など、地域政策の一層の転換が課題 となること、そしてその前提としての国から地方への権限・財源シフトの重要性を示す。 5.地方分権をベースとする国の立て付けの見直しと、政策面での新たな対応のもとで、各地で進めら れている地域の創造的な活動がより有効性を高めて成果に結び付くことにより、その積み重ねがわ が国の経済活力の底上げへとつながっていくことが期待される。 要 旨  各地の地域活性化事例から見た今後の 地域振興の課題 調査本部 主席研究員 内藤 啓介 *   主任研究員 岡田  豊 **  エコノミスト 千野 珠衣 *** E-Mail:[email protected] ** E-Mail:[email protected] *** E-Mail:[email protected]

各地の地域活性化事例から見た今後の 地域振興の課題...71 各地の地域活性化事例から見た今後の 地域振興の課題 みずほ総研論集 2009年Ⅳ号

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各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題

みずほ総研論集 2009年Ⅳ号みずほ総研論集 2009年Ⅳ号

1.2008年からの世界金融危機・同時不況により、わが国の経済は大きなダメージを受けた。景況や雇用の悪化は大都市圏でも顕著であったが、従来から経済が不振であった地方圏はさらに厳しい状況に追い込まれることになった。本稿では、このような地域経済の実状を各種の指標等によって確認するとともに、その背景を考察した。その上で、今次不況以前からの厳しい環境の只中で展開されてきた各地の地域活性化の取り組みについて、幾つかの注目される事例を取り上げ、その概要を紹介する。続いて、こうしたケース・スタディから得られる有効な地域おこしのヒント・手掛かりを整理し、これらの活動を効果的に後押しできるような地域政策の在り方について検討した。

2.近年、地方では好況期であっても業況判断の改善が進まないなど厳しい状況が続き、雇用や所得の面でも大都市圏と地方圏の格差が拡大してきた。こうした苦境の背景には、地域人口の減少や高齢化の進行、グローバルな競争環境の激化、公共投資の削減などがある。山村や離島などではことに状況が深刻で、地方の中小都市等では中心市街地の空洞化も大きな問題となっている。財政再建の要請等から、今後公共投資の再拡大は見込みにくく、地方ではそれぞれの創意と資源による地域振興が必要になっている。そして実際に、各地では、それぞれに特色のある活動が行われている。

3.みずほ総合研究所では、このような各地の取り組みについて、数年前から現地取材を軸とする調査を行ってきた。本稿では、その中から注目すべき事例をピックアップし、 産業振興(企業城下町日立市の中小企業支援など)、 まちづくり・商店街(青森市のコンパクトシティなど)、 山村・離島(福島県天栄(てんえい)村のむらおこしなど)、 地域ブランド(静岡県富士宮市のB級グルメなど)の4分野に区分して、その概要を紹介する。

4.本稿で取り上げた事例を含む現地調査などから得られる示唆として、地域活性化には、住民重視のスタンスや、「ソフト」の充実、地域資源の「発掘」、主役としての「民」の役割、「わかもの」や「よそもの」を生かす姿勢、などが有効であることを論じる。また、地域発の事業を後押しするための政府の役割として、地域の個性を生かせる仕組みを取り入れた制度設計、各事業者・機関等の多様な連携の促進、一律ではない積極的なアクションに対する助成など、地域政策の一層の転換が課題となること、そしてその前提としての国から地方への権限・財源シフトの重要性を示す。

5.地方分権をベースとする国の立て付けの見直しと、政策面での新たな対応のもとで、各地で進められている地域の創造的な活動がより有効性を高めて成果に結び付くことにより、その積み重ねがわが国の経済活力の底上げへとつながっていくことが期待される。

要 旨 

各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題

調査本部 主席研究員 内藤 啓介*  

主任研究員 岡田  豊** 

エコノミスト 千野 珠衣***

  *E-Mail:[email protected] **E-Mail:[email protected]***E-Mail:[email protected]

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72

各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題

《目 次》

1.はじめに…………………………………………………………………………………73

2.地域経済の状況…………………………………………………………………………74

⑴ 厳しさが強まる地方圏の経済……………………………………………………………………… 74

⑵ 拡大する大都市と地方の格差……………………………………………………………………… 76

⑶ 事業拠点誘致・公共投資と地方経済……………………………………………………………… 78

⑷ 深刻化する過疎化・空洞化………………………………………………………………………… 81

⑸ 喫緊の課題としての地域活性化…………………………………………………………………… 83

3.各地の地域活性化の事例………………………………………………………………84

⑴ 産業振興……………………………………………………………………………………………… 85

⑵ まちづくり・商店街………………………………………………………………………………… 90

⑶ 山村・離島…………………………………………………………………………………………… 92

⑷ 地域ブランド………………………………………………………………………………………… 97

4.各地の地域振興の手立てと評価…………………………………………………… 100

⑴ 手法におけるヒント………………………………………………………………………………… 100

⑵ 担い手におけるヒント……………………………………………………………………………… 103

5.地域政策の在り方再考……………………………………………………………… 104

⑴ 目指されてきた国土の均衡的な発展……………………………………………………………… 105

⑵ 地域の個性を重視する政策への転換……………………………………………………………… 109

⑶ 積極的な行動と連携に対する支援………………………………………………………………… 110

⑷ 地方分権の流れに沿った地域政策の展開………………………………………………………… 113

6.おわりに……………………………………………………………………………… 117

補論:公共投資の削減が地方経済に与えた影響……………………………………… 118

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みずほ総研論集 2009年Ⅳ号みずほ総研論集 2009年Ⅳ号

1.はじめに

2008年以降の世界金融危機・同時不況の影響でわが国の経済は大きなダメージを受けた。輸出や生産が急激に落ち込み、製造業が被った打撃は雇用の縮小を招いて、その悪影響は次第に非製造業へと波及した。その後内外で打ち出された経済対策の効果等もあり、景気は最悪期を脱したとみられているが、経済活動のレベル感は依然として2007年に付けた直近のピーク時を大幅に下回っている。今回の景気後退において特徴的であったことは、これまで自動車の輸出等で経済活動の堅調を保ってきた東海地方の経済がとくに厳しい調整を余儀なくされたことだ。同様に、首都圏など大都市圏で景況変化の落差が目立った。結果として、大都市圏も地方圏も一様に経済不振に陥った。この状態は、「地域間格差」が問題視されていた2年ほど前までとは様相を異にしている。しかし、足元での「格差の縮小」は、地方経済の復調を意味するものでなく、大都市圏の経済状況の悪化によるものであるだけに、実状はより深刻である。国内のすべての地方に広がった足元の景気の下押し要因が、危機対策等によって次第に払拭されていったとしても、地方経済の低調な状態が解消されるわけではなく、「格差」問題は改善しない。一方で、輸出産業の不安定性を身をもって体験した今、外需依存型の経済構造とともに、製造業の集積や誘致による地域経済の振興モデルもまた、見直しを迫られている。いずれにしても「地域経済の疲弊」は、今に始まったことではなく、長くわが国の構造的な

問題とされてきたものだ。経済のグローバル化が進み、内外の競争環境は今後も厳しさを増していく。そして国内においても、地域経済に大きな影響を与える変化が進行していく。その第一は、人口の減少である。わが国の総人口は既に2006年にピークに達しており、今後は漸減し続けていく見通しである。総人口の減少という状況の中で、大都市圏ではまだ当面人口の流入が見込まれるのに対し、地方では人口が本格的な減少局面に突入している。地域における人口の減少は消費者の減少でもあり、それに伴う需要の縮小が地域経済の浮揚を難しくする要因となっている。第二は、長く地方経済の支え役となってきた公共投資の減少である。1990年代には、長引く経済の停滞に対応するために、公共投資の増額が行われてきた。しかし、社会資本整備の進展に加え、財政事情の悪化を受けての歳出見直し要請もあり、小泉内閣以降公共投資は大幅に削減されてきた。新たに政権に就いた民主党の下でも、この流れは強まりこそすれ、弱まることはなさそうである。そして、今回のように大都市圏にも大きなインパクトを及ぼした景気変動は、財政の窮状とも相まって、国なり大都市なりが地方を支え続けていくことの難しさをも明確にした。こうした中で、地方は自らの知恵と力で困難を打開していかなければならない状況に立ち至っている。ある意味で幸いなことに、そのような自覚と危機感を持つ自治体や地域住民は決して少なくなく、国からの援助に大きく頼ることなく、それぞれの創意工夫で成果を上げる民間や自治体の取り組みが全国各地で広がりを見せてきている。

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各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題

政府には、このような活動が柔軟に行えるような環境整備を図ることが求められており、実際に地域政策も従来型の一律的・資金配分的なものから、地方の積極性を生かせるサポートへと転換しつつあるようだ。そこで、本稿では多くの政策課題に対峙しているわが国において、地域の活性化をいかに図っていくべきかに焦点を当て、そのための有効な手立てを講じる手掛かりを見定めていきたい。その際重要になるのは、地域それ自身すなわち「現地の目線」をベースとすることであろう。みずほ総合研究所では数年前から地域活動の現場に足を運び、成果を収めた手法や直面する課題等の聞き取りを実施してきた。これは上述の「現地の目線」に立つものだ。以下では、そうした問題意識と現場の素材をベースとしつつ、今後の地域活性化とそれをサポートすべき地域政策の在り方について、一定の方向性を提示していく。このような趣旨から、本稿では各地の事例の紹介が中心になるが、それに先立ち、まず第2節では、厳しい環境にある地域経済の現状を各種の指標等によって確認する。その上で第3節では、産業振興、まちづくり・商店街、山村・離島、地域ブランドという4つの分野に分類して、各地の事例を現地での撮影写真とともに紹介する。そして、これらの事例を手掛かりに、続く第4節では地域振興の有効な手法に関わるヒントを整理する。以上を踏まえた上で、第5節では、これまでの地域政策の展開を回顧しつつ、これからの望ましい地域政策の在り方を検討していく。

2.地域経済の状況

まず、地域経済の実状を各種の指標等によって確認する。地方圏の経済は厳しさを増しており、また大都市圏と地方圏の格差に対する意識も強まっているが、ここではその背景にあるとみられている人口減少や高齢化、公共投資の削減といった経済・社会の変化と重ね合わせて考察する。

⑴ 厳しさが強まる地方圏の経済

a.不振が続いてきた地方圏経済

地方圏の経済の低迷は、地域別実質GDPの成長率(後方3年移動平均)をみると明らかだ(図 表 1)。地方圏の実質GDPの成長率は、バブル期の反動で大都市圏の実質GDP成長率が急激に落込んだバブル崩壊直後や、関西圏の経済が大幅に悪化した2000年前後などを除けば、

図表1:地域別実質GDP成長率の推移

(注)1.地域別実質GDPの成長率の年次データ(後方3年移動平均)。

2.首都圏=(東京、神奈川、埼玉、千葉)、関西圏=(大阪、京都、兵庫、奈良、和歌山、滋賀)、中京圏=(愛知、岐阜、三重)とした。

3.地方圏は首都圏・関西圏・中京圏に含まれない地域。ただし、福島、岡山、沖縄については、一部データが欠損していることから不採用とした。

(資料)内閣府「県民経済計算」より作成

▲2▲1012345678

1978

首都圏関西圏中京圏地方圏

(前年比、%)

(年)06029894908682

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みずほ総研論集 2009年Ⅳ号みずほ総研論集 2009年Ⅳ号

概して他地域と比較して相対的に低成長を続けてきた。地域経済の長期にわたる不振は、地方の雇用環境に悪影響を与えており、地方圏の雇用環境は極めて厳しい状況が続いてきた。例えば、オイルショック以降、北海道、東北、四国、九州などの有効求人倍率は、好況期でさえ1.5倍を超えたことがない。特に、北海道や九州については、1倍以下での推移が続いてきた。(図表2)。b.世界金融危機の影響で経済情勢が悪化

2008年以降の世界金融危機・同時不況に伴う景気悪化は、不振が続く地方圏の経済に一層の厳しさをもたらした。日銀の短観(企業短期経済観測調査)の業況判断DI は全地域で悪化し、各地域で過去最低水準に匹敵するレベルにまで低下した(図 表 3)。とりわけ、関東、近畿、東海の大都市圏において業況の悪化が著しかったが、直前の好況期においても業況判断DI がマイナスで推移してきた地方圏でも、DIの水準が切り下がった。また、

業況の悪化を受けて雇用を抑制する動きが広まり、有効求人倍率も各地域で低下した。以前から雇用情勢が厳しかった地方の状況は深刻で、有効求人倍率は、北海道などで過去最低値を更新した。今回の景気悪化でみられた特徴として、これまで経済活動の好調を維持してきた東海地域の経済が急激に悪化したことが挙げられる。自動車産業が集積し、欧米向けの自動車輸出などに支えられてきた東海地域の鉱工業生産は、2009年1~3月期に直近のピークであった2007年10~12月期対比41.5%減少し、地域別で最も大きな落込みとなった(図表4)。東海地域は、デフレ不況が終焉した2002年1~3月期からの景気回復局面において生産の伸びが最も大きかった地域でもあり、今回の急変で、輸出に依存した経済構造の不安定さが浮き彫りとなった。地方にとって工場誘致は、地域活性化の有力

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

1975

北海道東北南関東東海近畿中国四国九州

(倍)

(年)05200095908580

図表2:地域別有効求人倍率の推移

(注)季節調整値。2009年は2009年1~8月の平均値。(資料)厚生労働省「職業安定業務統計」

▲80

▲60

▲40

▲20

0

20

40

60

1974

関東近畿東海地方圏

(DI、ポイント)

(年)77 80 83 86 89 92 95 98 2001 04 07

図表3:日銀短観業況判断DI の推移

(注)1.東海地域(2001年以前)は、名古屋支店の業況判断DI を採用。また、近畿地域(2000年以前)は、京都支店と神戸支店の業況判断DI から合成したものを採用。

2.直近値は、2009年9月調査の値。同時点の調査の先行き判断DI も併せて表示した。

(資料)日銀各支店短観

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各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題

な手段の一つであったが、今次の生産の急激な変動で景気に大きく左右されやすいというリスクがあることが再認識されることになった。同様に、北海道や四国などの地方圏でも生産は落込んだが、生産額の減少幅は大都市圏ほどではなかった。ただし、このことは、地方経済が、これまでの景気回復期間においても経済活動の低調な推移が続いてきたことから、落込みが相対的に小さかったという結果にすぎないといえよう。

⑵ 拡大する大都市と地方の格差

a.大都市圏に流入する人口

地方圏において長期的な経済停滞からなかなか抜け出せない原因の一つは、地方圏から大都市圏への人口流出であると考えられる。大都市圏から地方圏への転入超過数(転入者

数-転出者数)をみると、戦後では、75年前後と95年前後を除けば、マイナス(転出超過の状況)での推移が続いてきた(図表5)。戦後から70年代半ばは、日本経済が高度成長の追い風を受けるなかで、大都市圏で拡大する労働需要を求めて若い労働力が地方圏から大都市圏へ大量に流入し、大都市圏から地方圏への転入超過数は一時約▲60万人と大幅な転出超過の状況となった。こうした地方圏から大都市圏へ移動した若い労働力は、日本経済の高度成長を支える重要な役割を果たしたが、日本経済が安定成長期に移行するにつれて、こういった人口の流れが止まり、77年には、大都市圏から地方圏への転入超過数は一時的にプラス(転入超過)に転じた。80年代半ば以降になると、バブルを伴う大都市圏中心の大型景気拡大の影響もあって地方圏から大都市圏へ人口移動は再び活発化した。90年代のバブル崩壊後に、地方圏から大都市圏への人口流出の動きは一度緩んだ

▲50▲40▲30▲20▲1001020304050

ピーク時までの上昇率ピーク時からの2009年1~ 3月期までの低下率

(%)

北海道

東 

関 

北 

東 

近 

中 

四 

九 

全 

図表4:地域別鉱工業生産の変動

(注)1.季節調整済値。2.ピーク時までの上昇率は、デフレ不況が終焉した2002年1~3月期(景気の谷) から、各地域の直近ピーク時までの生産指数の上昇率。

3.各地域のピーク時は、2007年1~3月期(北海道)、2007年7~9月期(東北、関東)、2008年1~3月期(北陸)、その他の地域は2007年10~12月期。

4.内閣府の景気動向指数研究会によれば、デフレ不況の景気の谷は2002年1月。

(資料)各地域経済産業局「鉱工業生産指数」

▲70▲60

▲50▲40

▲30▲20

▲100

10

1955

(万人)

(年)

大都市圏から地方圏への転入超過数

↑転入超↓転出超

0720039995918783797571676359

図表5:地方圏からみた大都市圏との間の人口移動            

(注)1.地方圏は、大都市圏(首都圏+中京圏+京阪神圏)以外の地域。

2.転入超過数=地方圏への転入者数-地方圏からの転出者数。

(資料)総務省「住民基本台帳人口移動報告」

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みずほ総研論集 2009年Ⅳ号みずほ総研論集 2009年Ⅳ号

が、2000年代以降は、東海地方を中心とする大都市圏主導の景気回復を受けて、再び地方から大都市への人口流出が進行し、転出超過幅の拡大が続いてきた。こうした地方圏から大都市圏への人口流出は、地方経済の一層の不振をもたらし、雇用機会の縮小を招くことになった。人口流出による地方の人口の減少が、地域内の需要の縮小を通して地方経済をさらに下押しし、それがさらなる人口の流出を引き起こすという悪循環が生じてきたのである。b.地方圏でも都市部とそれ以外で二極化

このような地方圏から大都市圏への人口流出に加えて、地方圏のなかでも都市部とそれ以外の区域において、同様の動きがみられてきた。すなわち、地方圏の都市部以外の地域(農村部等)から地方圏の都市部への人口流出が生じてきたのである。最近約20年間の拠点都市人口の地域内シェアをみると、東京都23区、名古屋市、京都市、大

阪市など大都市圏の拠点都市では人口シェアが低下してきているものの、札幌市、仙台市、広島市、福岡市などの地方の拠点都市では、人口シェアが上昇してきた(図表6)。特に、札幌市の北海道に占める人口シェアは水準、伸びともに著しく、26%程度であった85年から20年間で10%ポイント近く上昇し、2005年には33%程度にまで達している。こういった動きから大まかに国内の人口の動きをみると、地方圏内の農村部等から地方圏内の都市部へ、地方圏から大都市圏へと人口の移動が続いてきたことが明確である。地方圏、とりわけ農村部等では、人口減少が経済の停滞につながる重要な要因となってきたことが推定されよう。c.大都市と地方の格差に対する意識の高まり

地方圏における人口の減少と経済の停滞等が悪循環を形成するなかで、地方圏と大都市圏の格差は拡大の一途を辿ってきた。経済格差は、地域住民の所得格差に反映され

図表6:全国の拠点都市人口の地域内シェア

(注)拠点都市人口の地域内シェアの推移。(資料)総務省「国勢調査」

0

5

10

15

20

25

30

351985年 1990年1995年 2000年2005年

(%)

札幌市

仙台市

さいたま市

千葉市

東京23区

川崎市

横浜市

静岡市

名古屋市

京都市

大阪市

神戸市

広島市

北九州市

福岡市

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各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題

ることになる。図表7にみられるように、大都市圏と地方圏の一人当たり所得の格差(「大都市圏の一人当たり所得」―「地方圏の一人当たり所得」)は、戦後ほぼ一貫して拡大傾向を示してきた。このような所得格差の拡大もあって、国民の間でも地域格差に対する意識は年々強まってきた。内閣府の「国民生活に関する世論調査」によれば、2009年時点で、地域格差について「悪くなっている」と答えた人の割合は、「良くなっている」と答えた人の割合を30%近く上回った(図 表 8)。以上から、実態面からみても、また意識の面からみても、大都市圏と比べた地方圏の窮状が浮かび上がってくる。

⑶ 事業拠点誘致・公共投資と地方経済

このような地方における人口減と経済の停滞の連鎖を近年強めてきた原因として、①事業所拠点の地方離れと、②公共投資の減少が挙げら

れる。a.自治体が力を入れてきた事業拠点誘致

地方圏では、これまで地域経済活性化を目的に工場の誘致が進められてきた。製造業の事業所が設置されれば雇用が生まれ、地場企業にとって取引のチャンスが広がり、自治体も税収を期待できるからである。地方への工場立地促進は、国の政策としても進められてきた。1962年に策定された第一次全国総合開発計画で、政府は、企業の大都市圏等の特定地域への過度な集中が密集の弊害を生じさせており、同時に地方における産業の集積を阻害しているとして、工場の分散を促進する「拠点開発方式」を打ち出した。59年に制定された「首都圏の既成市街地における工場等の制限に関する法律(工場等制限法)」や、72年制定の「工業再配置促進法」などは、そうした基本方針によるものであった1)。

1) 中部圏で製造業が基盤産業として根付いたのも、1966年に制定された中部圏開発整備法の施行によって、近畿圏の製造業が中部圏に移行したことが影響していると考えられる。

図表7:大都市圏と地方圏の所得格差

(注)1.一人当たり県民所得=県民所得/県民人口。2.地方圏は、大都市圏(関東地方、近畿地方、東海地方)以外の地域。

(資料)内閣府「県民経済計算」、総務省「国勢調査」

020406080100120140160180200

1955(年)

(万円)

大都市圏と地方圏の一人当たり県民所得の差(大都市圏-地方圏)

200565 75 85 95

0

5

10

15

20

25

30

35

1999

良くなっている悪くなっている

(%)

(年)090705032001

図表8:地域格差に対する意識

(注)1.日本経済について良い方向に向かっている分野と、悪い方向に向かっている分野を、複数選択可の形式で質問したアンケート調査。

2.アンケート回答者のうち、地域格差について「良くなっている」、「悪くなっている」と回答した人の割合。

(資料)内閣府「国民生活に関する世論調査」

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みずほ総研論集 2009年Ⅳ号みずほ総研論集 2009年Ⅳ号

これらの分散立地政策の効果もあって、地方圏の工場立地件数はバブル期であった89年まで増加基調を維持してきた(図表9)。こうした地方圏での工場立地件数の増加は、工場の従業者に加えて工場周辺地域への経済効果もあって地方圏の雇用を下支えしたとみられる。工場立地件数の増加は地方圏に限ったことではなく、日本経済の成長とともに、全国規模でも増加したが、それでも80年代までは地方圏の工場立地件数の全国比は大都市圏のそれを上回ってきた(図表10)。そのような傾向に大きな変化が表れてきたのは90年代に入ってからである。90年代に入ると、経済成長率の趨勢的な低下と、内外の競争激化の中で立地選択における適地選別の動きが広がり、地方圏よりも産業基盤の整備が進んでいる大都市圏や、経済発展が進む一方で人件費などのコストが低いアジア諸国等に事業所を設置する企業が増加した。こうして、地方圏の工場立地件数は減少傾向となり、

全国の工場立地件数に占める地方圏の割合は、90年代半ばの6割強から足元では一時4割を下回るまでに低下した2)。さらに、2000年代には、アジア経済の発展と経済のグローバル化の進展などから日本の製造業の海外への事業所の移転が急速に拡大した。企業活動基本調査によれば、97年から2007年にかけてわが国の製造業の国内子会社数が約5,000社減少する一方、海外子会社数は約1万社増加し、同国内子会社数に対する同海外子会社数の割合は約8割にまで上昇している(図 表 11)。このような工場の海外移転等によって、工場が生み出す雇用や需要によって支えられてきた地域では、産業の空洞化が深刻なものとなった。b.公共投資の削減が地方に及ぼした影響

もう一つ近年の地方経済を下押ししている要因として、公共投資の減少が挙げられる。地方経済の成長に対する公共投資の寄与度

2) 60年代から70年代に制定された、工場等制限法(2002年に廃止)や工業再配置促進法(2006年に廃止)などが廃止されたことも、地方圏より大都市圏に立地を増やす要因になったと考えられる。

0

5

10

15

20

25

30

1976

(100件)

(年)20069686

図表9:地方圏の工場立地件数

(注)1.地方圏の工場立地件数の推移。2.直近値(2009年)は、2009年上期の値を2008年実績の上期・下期の比率を用いて年率換算したもの。

(資料)経済産業省「工場立地動向調査」

図表10:工場立地件数の地域別割合

(注)1.全国の工場立地件数に占める地域ごとの工場立地件数の割合。

2.大都市圏は、関東地域、東海地域、近畿地域の合計値。地方圏は大都市圏を除く全地域。

3.直近値(2009年)は、2009年上期の値を2008年実績の上期・下期の比率を用いて年率換算したもの。

(資料)経済産業省「工場立地動向調査」

2025303540455055606570

1976

地方圏の工場立地件数の割合

大都市圏の工場立地件数の割合

(%)

(年)20069686

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各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題

(地方圏の実質GDP成長率に対する地方圏の実質公的固定資本形成の寄与度、後方3期移動平均)をみると、景気対策で公共事業が拡大された93年度には公共投資は成長率を0.9%ポイント押し上げ、その後もしばらく成長率の押し上げに寄与してきた。しかし、2000年度以降になると、公共投資の削減によってその寄与度がマイナスに転じて成長率の下押し要因となり、2004年度には成長率を0.8%ポイントも押し下げた(図 表 12)。2005年度以降、マイナス寄与度はやや縮小基調になったものの、依然として成長率を押し下げていることには変わりはない。なお、大都市圏でも同様に近年公共投資の削減が実施されてきたことは事実だが、押し下げ幅は0.3%ポイント前後の横ばい推移にとどまっており、公共投資削減による影響は地方圏ほどには大きくない。このような公共投資の減少は、90年代の景気対策としての積み増しが外されたことに加え、2000年代においては、小泉内閣以降、公共投資の削減が行われたことが大きく影響している。

このような公共投資予算の見直しは、社会資本整備が進んだこととともに、わが国の財政健全化のために歳出の抑制が必要になったことによるものだ。もっとも、それが政策的に妥当な選択であったとしても、支出がカットされる以上経済的な影響の発生は免れない。この点について地域経済への影響を整理しておきたい。公共投資の削減は二つの側面から地域経済に影響を及ぼした。一つは公需の減少による地元建設業者などへの打撃であり、もう一つは大都市圏から地方圏への実質的な所得移転機能の低下による地域間格差の拡大である。後者については、公共投資が実質的に大都市圏からの収税を地方圏に財政支出として投下する機能を果たしてきたことによるものだ。公需の減少と地域間所得移転機能の低下は、地方圏の一部の事業者の収益や雇用の悪化を招くなどして、地方経済の下押し要因になったと考えられる。このように公共投資の削減が、地方圏に特に

0

1

2

3

4

1993

(万社)

製造業の海外子会社数

製造業の国内子会社数

(年)05200197

図表11:製造業の内外子会社数

(注)製造業の国内外の子会社・関連会社数の推移。(資料)経済産業省「企業活動基本調査」

▲1.0▲0.8▲0.6▲0.4▲0.20.00.20.40.60.81.0

1985

(前年比、%)

(年度)

大都市圏の公共投資寄与度

地方圏の公共投資寄与度

052001979389

図表12:経済成長率に対する公共投資の寄与度

(注)1.実質公的固定資本形成の実質GDPに対する寄与度(後方3期移動平均値)。

2.大都市圏として、首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)+中京圏(愛知、岐阜、三重)+関西圏(大阪、京都、兵庫、奈良、和歌山、滋賀)を採用。

(資料)内閣府「県民経済計算」

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みずほ総研論集 2009年Ⅳ号みずほ総研論集 2009年Ⅳ号

大きな影響を与えたのは、地方圏経済の公共投資に過度に依存した経済構造によるものである。地域の実質GDPに占める実質公共投資の割合をみると、地方圏は大都市圏を大きく上回ってきた(図表13)。公共投資削減の影響などもあって、地方圏の公共投資依存度は、10%超だった95年度のピークから、2006年度には5.1%まで低下したが、それでも大都市圏の公共投資依存度に比べれば、地方圏の公共投資依存度は約2.5%ポイントも高い。公共投資の削減が地方経済悪化の要因となったのは、こういった地方圏の経済構造がその影響を大きくしたためであろう。社会資本整備が進み、新たな公共投資の効率性が低下するなかで、財政の再建が要請される以上、今後も長期的に公共投資が削減されていくことは避けられないであろう。こうした経済環境のなかでは、公共投資に過

度に依存した経済モデルには限界があり、地方圏では、民需により重心を置いた自立した経済の形成が望まれている3)。

⑷ 深刻化する過疎化・空洞化

a.地方で人口減と高齢化が加速

国内の総人口が減少に転じたなかで、地方圏から大都市圏への人口の流出が続いていることなどから、地方圏では人口減少が加速している。大都市圏の人口は、地方圏からの流入超過が続いていることなどから、現在前年比でプラスを維持しているが、地方圏の人口は、既に97年に前年比マイナスに転じ、その後は減少幅を拡大し続けている(図表14)。もちろん、地方圏の中でも山間部や離島などさらに急激な人口減に見舞われている地域が全国に点在する。今後についても、こうした人口の減少は地方圏で特にスピードを増していくことが予測されており、国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2005年から2035年にかけての人口の減少率は、地方圏で15%~25%程度となる見通

3) 公共投資と地域経済については、補論(118ページ~124ページ)も参照されたい。

1234567891011

1990

(%)

地方圏

大都市圏

(年度)052002999693

図表13:地域別の公共投資依存度

(注)1.公共投資依存度=公共投資/GDP(実質ベース)。2.1990年度から95年度は95年基準。96年度以降は2000年基準による。

3.大都市圏として、首都圏(埼玉、千葉、東京、神奈川)+中京圏(岐阜、愛知、三重)+関西圏(滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山)を採用。

4.地方圏は大都市圏に含まれない全地域。(資料)内閣府「県民経済計算」

図表14:地域別の人口動態

(注)大都市圏は関東地方+近畿地方+東海地方。   地方圏はそれ以外の地方。(資料)総務省「国勢調査」ほか

▲1.0

▲0.5

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

1948

(前年比、%)

大都市圏

地方圏

(年)20089888786858

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各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題

しである(図表15)。さらに、地方圏では若者を中心に大都市圏への転出が進んできたことから、地方圏の高齢化は大都市圏よりも早く進んできた。2005年の高齢者比率(総人口に占める65歳以上の人口の割合)は、関東(18.0%)、近畿(19.5%)、中部(19.7%)などの大都市圏で10%台にとどまっているのに対して、四国(24.3%)、東北(23.3%)、中国(23.0%)など、地方圏の高齢者比率は軒並み20%を上回っている。少子高齢化が今後も進展することなどによって、高齢者比率はさらに上昇し、2035年には、全国平均で33.7%に達し、北海道(37.4%)や東北(36.4%)、四国(36.7%)など地方圏では4割近くにまで高まると予想されている。高齢化による労働力率の低下は、地域の成長力を低下させ、地域人口の減少は、地域内の消費を減少させる要因となる。地方圏の小売業者

などにとっては厳しい環境が続くこととなろう。さらに、農村部、離島、山村集落などではこういった状況が現在でも相当に深刻なものとなってきている。世帯数の減少や高齢化の進行で存続が難しくなりつつある集落は「限界集落」と呼ばれるが、区域別の限界集落の状況をみると、都市部ではほとんど全ての集落が「良好」な状態を維持しているのに対し、平地、中間地、山間地と、林野率が高い地域になればなるほど、「良好」な状態である集落の割合が低下し、「機能が低下」している集落や「維持が困難」である集落の割合が高くなっている(図表16)。特に、林野率が80%以上の山間地では、今後消滅する可能性のある集落が全体の約9割を占

図表15:地域別の人口増減率と高齢者比率

地域人口増減率(%)(2005~

2035年)

高齢者比率(%)

2005年 2035年 変化(%pt)

北海道東北関東 北関東 南関東北陸中部近畿中国四国九州・沖縄

▲21.6▲22.9▲ 6.5▲16.0▲ 4.4▲19.0▲10.8▲15.6▲19.0▲23.0▲15.2

21.423.318.020.017.522.219.719.523.024.321.8

37.436.432.634.532.234.932.333.635.036.733.8

15.913.114.614.514.712.712.514.112.012.512.1

全国 ▲13.4 20.2 33.7 13.5

(注)1.中位推計。2.高齢者比率は、総人口に占める65歳以上の人口の割合。

(資料)国立社会保障・人口問題研究所「都道府県の将来推計人口」(2007年5月推計)

図表16:区域別の限界集落の状況

(資料)総務省・国土交通省「国土形成計画策定のための集落の状況に関する現状把握調査」

0

20

40

60

80

100(%)

都市

維持困難機能低下良好

10年以内に消滅(2,189)

無回答(326)

集落機能の維持の状況 今後の消滅可能性別集落数

いずれ消滅(14,053)

存続(1,618)

(区域の定義)

山間地山間農業地域。林野率80%以上の集落。

中間地中間農業地域。山間地と平地の中間にある集落。

平地平地農業地域。林野率50%未満でかつ耕地率20%以上の集落。

都市都市的地域。

山間地山間地中間地平地

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みずほ総研論集 2009年Ⅳ号みずほ総研論集 2009年Ⅳ号

めており、10年以内に消滅する可能性のある集落が約12%もある。こうした状況を踏まえれば、農村部、山村集落、離島などでは、地域の活力をいかに維持していくかが先送りできない課題となっていることが認識されよう。b.中心市街地の空洞化

地方圏では、上記のような集落にとどまらず、中小都市や一部の拠点都市においても、人口の減少や高齢化の進展などによって商店街の人通りが大きく減少し、シャッター街化が進行するなど中心市街地の空洞化が進んできた。中心市街地が空洞化する原因には、①周辺住民の減少などによる消費の落込みや、②商店街の店主等の高齢化などもあるが、③大手企業や外資の大型小売チェーン店などが郊外やロードサイドに進出し、中心市街から客層がシフトしてしまったことも指摘されている。大規模小売店舗の進出には長く規制が課せられてきたが、91年の改正大規模小売店舗法によって出店規制が大幅に緩和されたのを受けて、大規模なショッピングセンターなどが各地に進出した。その後、大規模小売店舗立地法(大店立地法)や、中心市街地活性化法を含む「まちづくり三法」が施行されるなど、大規模店の進出と商店街の活力低下を巡っては、様々な政策論議と立法措置を含む政策対応が行われてきた。その是非についてはここでは立ち入らないが、郊外の商業集積の拡大と中心市街地の空洞化がこの間も広がってきたことは間違いない。例えば、商業集積地区の地区別立地割合をみると、市街地・駅周辺型商業集積地区の立地割合は緩やかに低下し続けており、足元で約2割を占める程度となっているのに対し、ロードサイド型の商業集積地区の割合は、80年代以降上

昇ペースが加速し、現在では約7割を占めるまでに高まっている(図表17)。商店街は、地域の生活環境を支える大事なインフラであり、商店の閉鎖や公共施設の郊外移転などは、自動車などによって郊外まで買い物に行くことが難しい高齢者などにとって、生活基盤が脅かされる問題ともいえる。地域経済の活性化という観点、また地域住民の生活基盤の充実という観点に立つと、商店街の活性化や都市機能の中心市街地への再集約4)

が、引き続き重要な課題となっている。

⑸ 喫緊の課題としての地域活性化

a.国に頼れなくなる地方

これまでみてきたように地方経済の実状は厳しいが、今後も、社会資本整備の進展や財政再建の要請などから、地方では公共投資の再拡大に期待はかけられない状況が続くとみられる。

4) 近年は、一般に「コンパクトシティ」という用語が使われるケースが多い。

図表17:商業集積地区の立地割合

(注)1.開設年代別商業集積地区の事業所の立地割合。2.商業集積地区とは、商業地域及び近隣商業地域にあって、商店街を形成している地域。

3.市街地型は、都市の中心部にある繁華街やオフィス街に立地する商業集積地区。駅周辺型は、JRや私鉄などの駅周辺に立地する商業集積地区。

4.ロードサイド型は、国道あるいはこれに準ずる主要道路の沿道に立地する商業集積地区で、都市の中心部にあるものを除いたもの。

(資料)経済産業省「商業統計(立地環境特性別統計編)」

010203040506070

~1954

(%)

(開設年代、年)

ロードサイド型商業集積地区市街地・駅周辺型

商業集積地区

~2004~94~84~74~64

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各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題

また、グローバルな競争激化や内外人件費の格差が依然大きいことなどもあって、製造業の事業所の誘致や引止めも難しくなるだろう。さらに、国から地方への補助金も先行き縮小が見込まれるなかで、地方には自立的な振興策が求められてこよう。地方が自らの力で活力を高めていくためには、各地域における創意工夫と積極的な取り組みが重要となるが、そのためには、地方が自立性を高められる環境整備が必要条件となってこよう。現在の地方財政をみると、地方の歳入は、国からの地方交付税や国庫補助負担金などに依存する面が大きく、これらについては、使途が決められている部分もあるため、地方が自らの判断で自由に使える財源は十分ではないとされる。もっともその様相は、大都市圏の自治体と地方圏の自治体とで差がある。例えば、都道府県レベルで財政の自由度(自主財源の比率)をみると、地方圏の同比率は6割未満にとどまり、8割を超えている大都市圏と比較して低い

(図 表 18)。このため、地方圏では、地域の実状に応じた小回りのきく政策が相対的に展開しにくくなっているのが現状であろう。地方の財源や権限の基盤を厚くすることが求められているのは、こうした課題を解決していく環境整備のためだ。b.地域の特性を生かした各地の取り組み

そのように条件や仕組みを整えるとともに、大切なのはやはり個々の地域が活力を高めていくための取り組みであろう。地方の経済環境が厳しい状況にあるとはいえ、各地ではそれぞれの特性に応じた、あるいは特性を生かした振興活動が行われており、成果を上げているケースも多い。そのような活動が積み重なることが、地方のみならずわが国の活力を高めていくことになるはずである。そこで、次節からは、実際にそれぞれの地域の個性を生かしつつ行われている活動の中から、注目される事例を紹介していく。

3.各地の地域活性化の事例

前節でみたように、地域経済の実状は厳しい。しかし、各地ではこのような困難を克服していくための自治体や地域住民、事業者、NPO(非営利組織)などの取り組みが行われている。必ずしも十分な成果を上げているものばかりとはいえないが、それぞれに危機感を持ちつつ、アイデアを持ち寄り、個性的な活動を展開しているものが多い。また、活動それ自体が、地域に対する意識を高めて有形無形の効果につながるなど、示唆に富むエピソードを提示してくれる。そこで当節では、みずほ総合研究所が全国各都道府県の現地調査を実施した中から、他の地域においても参考になるような素材を含む事例を

図表18:地方財政の自由度

(注)1.自主財源の比率の推移。2.自主財源の比率は、(交付金・国庫補助負担金などを除いた歳入)/歳入として算出。

3.大都市圏=首都圏+中京圏+京阪神圏。地方圏はその他。

(資料)総務省自治財政局「都道府県別決算状況調」

40

50

6070

80

90

100

2002(年度)

(%)

大都市圏

地方圏

東京都

0706050403

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みずほ総研論集 2009年Ⅳ号みずほ総研論集 2009年Ⅳ号

ピックアップし、その概要を、①産業振興、②まちづくり・商店街、③山村・離島、④地域ブランドの4分野に分けて紹介する。

⑴ 産業振興

a.変革を進める企業城下町:日立市

80年代以降の度重なる円高の進行や、90年代の景気の停滞、そして経済のグローバル化やアジア諸国の勃興などにより、わが国の主力産業である製造業は、大きな変化を迫られるようになった。中小製造業者の中には、取引の減少や製品価格引き下げの要請などにより、厳しい経営を余儀なくされている企業も多い。このような状況の縮図といえるのが、全国に点在する「企業城下町」である。大企業の有力メーカーとそのグループ会社の事業所が集中し、さらにその下請け、孫請けとなる中小・零細企業が層を成す「企業城下町」は、わが国の産業発展を象徴する存在だ。こうした

都市では、有力メーカーと地場の企業がタテのつながりを持つことで、頂点に立つ大企業の成功が、関連企業に恩恵をもたらし、地域経済の発展にも大きく寄与してきた。一方で、地場の企業やそこで雇用される地域住民が大企業の事業活動を支えてきた面もあり、企業城下町では有力企業と地域との一蓮托生の関係が築かれてきた。このような企業城下町の代表格といえるのが、茨城県北部にある日立市である。大手電機メーカーである日立製作所グループの発祥の地、そして同グループの生産拠点として発展してきた日立市は、電気機械産業の集積地だ。しかし90年代以降、エレクトロニクス産業を巡る内外環境の変化に大きく揺さぶられるようになった。日立市に立地する地場の中小企業は、減少した日立グループからの受注を補うため、取引を多角化し、技術力の向上や新分野への参入を進めるなど、様々な経営改革を行ってきた。また、これを助けるために、地元の日立市などは支援機関を設け、連携ネットワークを構築するなど、地域産業の維持・発展に努めてきた。このような変化の中で、日立市内の中小企業等の日立グループへの依存度は低下した。以前は9割近い事業者が日立グループの完全下請け企業であったが、現在完全下請けは半数近くに減っているとされる。日立グループの再編や海外からの調達拡大などにより受注が減少した地場の中小企業は、日立グループ以外とも取引を行わないと生き残れなくなったためだが、一方で取引の多角化を成し遂げた企業は、厳しい状況下でも事業を維持できたということでもある。日立地区の中小企業の事業や販路の多角化、

日立市の中心部、JR日立駅前に置かれている発電用タービン動翼のモニュメント。大手電機メーカーの企業城下町であり、重電機部門ではわが国屈指の製造拠点である日立市の歩みと、ものづくりの誇りを象徴している。なお、当節以降の写真画像は、とくに断りのあるものを除き、いずれもみずほ総合研究所が現地で撮影したもの。

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各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題

競争力の向上等のために活動してきたのが、㈶日立地区産業支援センターである。日立市の郊外に立地する同センターは、中小企業の経営支援、地域における各種連携構築、新規創業の拠点だ。その機能は、技術・経営等に関するアドバイス、講演会や展示会の開催、産学官交流や異業種交流の場、研究開発の拠点といった幅広いものである。さらに、創業促進のためのインキュベーションの器としての役割も担ってきた。地元の事業者の取引先開拓のためには、地域外の企業に商品や技術を知ってもらう必要がある。そこで日立地区産業支援センターでは、日立市などの中小企業の製品や要素技術を PRする展示会を地元や東京で開催してきた。また、同センターはサテライト施設を東京に設置した。その「品川サテライトオフィス」は、品川区西大井駅前のオフィスビルに入居し、茨城県北部の企業を対象に、東京における事業拠点と

して、賃貸の共同利用スペースを提供してきた。日立市では、日立グループがコアとなる形で産業が集積してきたが、経済環境の大きな変化の中で、日立市に集う企業は大企業と下請け企業というタテ関係のみならず、中小企業の間のヨコのつながりを密にすることが重要なものとなってきた。また、企業城下町の内にとどまることなく、広域的に販路を広げ、ネットワークを構築していくことが必要になっている。このため、日立地区産業支援センターによる後押しなども受けつつ、地域事業者の生き残りの努力が続けられているところだ。幸いなことに、日立市はこうしたヨコの連携による新たな事業創造を目指すには、恵まれた環境にある。企業城下町として約100年にわたって築かれてきた有形無形の資源の蓄積があるからである。従来はそれらの資源が日立グループに個別に結び付くように整序されていたが、これに多様な事業主体のヨコの関係が組み合わされることで、各事業者が持っている資源がより有効に補い合わされ、新たな付加価値を生み出せる可能性が高められているのである。全国の企業城下町の中には、産業構造の変化や経済のグローバル化などから、かつての輝きを失いつつある都市もある。そして、足元の経済環境も製造業に逆風となっている。しかし、産業集積都市としての地域資源の厚みは、日立市の例のように、その生かし方次第で依然として地域の大きな強みとなるはずだ。b.新たな事業者間連携を模索:周南市

事業者間の関係のタテからヨコへの見直しは、エレクトロニクス分野のみならず素材系の産業都市においても有効だ。そのようなケースとして、次に山口県周南市の事例を取り上げる。

㈶日立地区産業支援センターは、中小企業の経営支援、地域における各種連携構築、新規創業の拠点で、日立市の出資により99年にオープンした。国の助成も得て整備されたものであるが、こうした機関が都道府県ではなく市レベルの主導で運営されるのは、産業都市ならではの珍しいケースとされる。

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みずほ総研論集 2009年Ⅳ号みずほ総研論集 2009年Ⅳ号

周南市は、山陽新幹線の徳山駅が置かれるとともに、瀬戸内海に開けた港湾を持つ交通・物流の要地であり、化学系の大手メーカーとともに、それらに関連する多数の中小製造業者が周辺や近郊で事業を営んでいる。この周南市に、ものづくり高度化の拠点として2004年11月に誕生したのが、「周南新商品創造プラザ」である。同プラザは、周南市周辺に事業所をもつ企業などが会員として参加する異業種交流組織で、企業間の技術交流や情報交換の拠点となってきた。会員には、周南地域に事業所を構える大手企業に加え、地元の中小メーカーなどが名を連ねている。事務局は徳山商工会議所内に置かれ、地域の主要製造業者の7割ほどが加入しているという。また、同プラザには、地元の自治体や商工会議所、金融機関、試験研究施設、教育機関などによる支援体制が組まれている。こうした組織が生まれた背景には、工業地域としての先行きに対する危機感があった。中国

や東南アジアの躍進などにより、周南市の製造拠点としての競争環境は厳しさを増している。企業同士が知恵と技術を出し合うなどして、付加価値の高い製品を新たに作り続けなければ、グローバルな競争に勝ち残れないとの意識が広がった。従来周南地域では、有力メーカーとその関連会社や下請けというタテのつながりは強かったが、同じエリアに立地しながらも、ヨコのつながりは必ずしも緊密ではなかったとされる。そこで、周南地域内の企業のヨコの連携を強化し、個社では不足する経営資源を補い合いながら、ものづくりの機能を高めていこうということになった。これにより、地場企業の開発力の底上げを図ることで、周南地域の工業集積地としての競争力の強化が目指されている。周南新商品創造プラザの事業活動の主軸は、当地に事業所をもつ大企業が開発した高度な技術を地域企業が利活用する際の支援や、地場企業の相互協力・共同開発・商談などのスタートの場の提供、各企業と公的機関や学術教育機関との橋渡しなどである。同プラザの会員企業は、自社製品の情報や抱えている事業上の問題点などを提示し、他の会員との間で情報交換を行って、新製品や技術の開発のための協力体制の構築につなげていく。同プラザのネットワークを通じて、公的な支援機関や企業OBのエンジニア、中小企業診断士などからも必要なアドバイスを得ることが可能だ。現在同プラザには、総会とテーマ別分科会が設けられていて、2カ月に1度程度の割合で各会合が開催されている。分科会には、会員企業の製造担当者や開発担当者が参加して、製品の高度化に向けた課題解決のためのアイデアが発

周南市は、有力素材メーカーが事業所を置き、その関連企業が集積してコンビナートを形成しており、中国地方を代表する工業地域となっている。徳山駅南側の臨海部は、工場や化学プラントが立ち並ぶコンビナートとなっている。

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案・交換されている。このような周南新商品創造プラザの活動の中から生まれた注目すべき事例がある。その一つが、同プラザのメンバーである化学機械装置メーカーが中心となり、地元の金属加工業者などが加わったグループが協力体制を築いて、樹脂切断器具の寿命を長期化させたプロジェクトである。同プラザの事業者間交流から生まれたこのプロジェクトでは、中小企業庁が新たに整備した「新連携」支援も活用された5)。このような企業間の有機的な協力体制の構築により、1社では対応がむずかしい事業分野の開拓可能性が高められている。周南新商品創造プラザの活動の中からは、このほかステンレス素材による化学繊維切断技術の高度化など複数の連携プロジェクトが順調に進展している。また、今後連携の具体化が期待される分科会活動等のテーマとして、各種リサイクル技術、微生物除去や脱臭などの環境関連、水力発電や燃料電池といったエネルギー関連などが挙がっている。とくに環境関連は、重点分

野として注力されている。このように、地域企業の交流は将来の事業活動の発展に向けた大きな可能性を秘める。周南地域においても、今まで同じ地区に事業所を置いていながら、事業のパートナーとなりうる企業とうまく出会える機会が乏しく、相互の情報も不足していた。交流を行ってみると、従来他県の遠隔地から取り寄せていた部品などが、実はすぐそばのメーカーで調達できたというようなケースがあったようだ。こうした場合調達先を切り替えることで、コストを引き下げられるし、製品改良などの場合にコミュニケーションもとり易い。開発プロセスで生じた問題を、近隣の企業間で知恵と人手を出し合って解決していく。ここに、産業集積地における企業間連携の強みが生まれてくる。周南地域では、同じエリア内の企業同士で経営資源を有機的に結合させることで、付加価値を高めた製品がスムーズに生み出せるという効果が現れ始めており、プラザ関係者が望む「種を蒔き、大きく育てて、実を作る」というサイクルが形成されてきている。大企業に加え、個々の分野で優れた技術を有する地場の中小企業も含めて総力を結集することにより、地域の競争力を高めていく。周南地域は、単に製造業者が集まっているという段階から、企業が連合することによって、集積のメリットを最大限に引き出していくという新たな段階に踏み出した。これは、山口県内のみならず、各地の同様の工業地域でも生かせる手法となろう。c.農工・農商工の連携で事業創造:都城市

次に、製造業に限らず、より広い業種の組み合わせとして、農業が加わった連携による産業

5) 「新連携」支援については第5節⑶ b(112ページ)で解説。

周南市の中心部徳山の市街にある周南新商品創造プラザが入居するビル。産業集積都市である周南における多様な連携の要の役割を担う。

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振興活動として、宮崎県都城市の試みを紹介する。宮崎県の西南部は、農畜産業が盛んな地域である。この地域の中心都市である都城市は、県内では宮崎市に次ぐ主要都市で、豊かな農村を後背地に持つ町だ。製造業の生産額も大きく、その主力は食品工業となっている。農業地帯の中の食品工業の町という顔を持つ都城市では近年、こうした地域特性を巧みに生かした産業振興活動が生まれてきている。それが「農工連携」である。農工連携は、農業者と製造業者等が協力しながら、付加価値の高い農産品・食材品を生産したり、農業機械や農畜産施設の改良や高度化を図って、生産効率を高めるといった形で事業を創発していく試みである。いち早くこうした協力関係の構築に取り掛かってきた南九州、中でも都城市は、農工連携の先駆的地域である。その都城市で農工連携の

結び手、仕掛け役として活動してきたのが、地域の異業種交流組織「霧島工業クラブ」である。霧島工業クラブは、この地域の事業者等の交流事業のみならず、産業振興策の提案や製品品質管理等に関わる研究など多岐にわたる活動を行ってきたが、とくに力を入れてきたのが、地元の工業高等専門学校である都城高専をコアとする産学連携事業である。その霧島工業クラブが数年前から新たに取り組んできたのが、同高専を交えた農工連携事業だ。そうした事業の一つ「らっきょうプロジェクト」は、都城地域で生産が盛んな「らっきょう」を素材とするものだ。らっきょうの漬物をつくるには、らっきょうの茎と根を切り取る作業が必要で、従来は地元農家の女性たちが手作業で行ってきた。しかし近年、高齢化が進み、熟練した担い手が不足してきたことから、その対応が求められるようになった。そこで、地元の食品会社や機械メーカー、らっきょう生産農家、都城高専などが協力して、茎と根を切り取る「らっきょう自動切断装置」を開発し、人手不足を補い、生産効率を向上させることを実現した。また、霧島工業クラブと、地元の農畜産資材メーカー、木材会社、都城高専などが共同で、木造プレハブ畜舎に関する研究開発を進めてきた。地元の木材を利用し、鉄骨畜舎よりも安価で錆びない耐久性に優れた畜舎構造材と、組み立てコストを低減する木材用連結具の生産が目指されている。このほか、地域の産学・農商工連携により、地元の技術と素材をできるだけ使って、「オール都城」を目標とする本格的なワイン作りが進められている。業種の壁を大きく超えた協力関係が、地域発

霧島工業クラブが入居する都城市内のビル。都城地域は農畜産業が盛んで、隣接する鹿児島県東部の志布志港は、これらの農産物や食品の積出港となっている。同港は、東京までの距離と上海までの距離がほぼ等しく、潜在性のある中国向けの農産物輸出の拠点となることが期待されている。

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の新たなビジネスモデルを生み出している。

⑵ まちづくり・商店街

a.「コンパクトシティ」による中心市街地

活性化:青森市

現在、全国各地の中心市街地活性化は新まちづくり3法(2006年施行)によって進められている。新まちづくり3法の基礎理念は、郊外の開発を抑えて中心市街地に都市機能を集約させる「コンパクトシティ」であり、青森市はその先進事例とされる。青森市がコンパクトシティを目指すようになった理由として、郊外における行政コストの減少を挙げることができる。青函連絡船があった頃は、中心市街地は多くの人々で賑わっていたが、88年の青函連絡船の廃止以降はそのあおりを受け、急速に賑わいを失っていった。2000年までの30年間に、約1万3,000人が既存の市街地から郊外に流出したが、そのために道路や下水道などのインフラを整備しなければならず、これに約350億円がかかっている。また青森市は豪雪地帯であるため、毎年数十億円規模の除雪費用がかかるが、住宅地が郊外に拡大したために除雪費用が膨らんでしまっていると、青森市はみている。そこで青森市はコンパクトシティ化を進めることにした。域内を「インナー」、「ミッド」、「アウター」の3ゾーンに分類し、インナーにあたる中心市街地に様々な都市機能を集約する一方、郊外に属するアウターでは新たな開発を行なわないこととした。インナーの理想像は、歩くことを優先する「ウォーカブルタウン」と、中心市街地に居住地を設ける「まちなか居住」である。この二つを実行するためにこれまで

様々な施策が展開されている。その施策のシンボルともいえるのが、大型集客施設「アウガ」である。2001年の開業以来、若者を中心に年間数百万人の利用者を誇る。しかし、2008年にアウガの経営危機が表面化した。利用者が多くても売り上げは伸びなかったからだ。アウガ周辺の商店街もアウガの集客を生かしきれていない。このため、コンパクトシティ構想の見直しが始まっている。中心市街地に集中的なハコモノ整備で賑わいを取り戻そうとする動きは全国各地にみられるが、ハコモノだけでなく、中心市街地全体で魅力を高める努力がより一層望まれているといえよう。b.公共交通によるまちづくり:富山市

富山市は LRTと呼ばれる公共交通機関の整備と中心市街地の商業開発によるまちづくりを目指しており、青森市同様に中心市街地活性化で先進的な事例とされる。LRTとは Light Rail Transit の略称で、日本では高齢者や障がい者が昇降しやすい低床型の新型車両が採用されることなどから、「次世代

アウガは明るい色調が目立ち、主に若者向けの施設として賑わっているものの、苦しい経営が続いている。

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型路面電車」と呼ばれることが多い。北陸地方は全国でも1,2を争う車社会であるが、富山市では高齢化を見据え、車社会からの転換を目指し、JRの廃線を再開発する形で開業した。LRTは富山駅北部の約8キロを走っており、2006年の開業以来、当初の計画を上回る乗降客に恵まれている。そのため富山駅北部ではLRTを生かしたまちづくりが進められている。その中でも特筆すべきは、終点の岩瀬浜駅周辺で展開されている「岩瀬浜まちづくり会社」の活動である。地場の造り酒屋が中心になって地域の伝統的な木造家屋群を復活させるべく、基本的に自前の資金にて家屋の買い取り・改修・貸し出しなどを行っている。伝統的な家屋を安価に建設するために、若い大工に積極的に移住してもらい、安価な家賃で住まわせながら建設に従事してもらっている。そうした動きに触発されて、企業や旅館などに賛同者が現れたり、また富山市も建築物の維持・改修に補助金を出したりしたことで、岩瀬浜は若者の流出で悩むまちから、若者の集う、アートの香りがする伝

統的なまち並みに徐々に変貌しつつある。またそのまち並みの美しさに引かれて観光客が大勢訪れるようになっている。一方、富山市で苦戦中なのが、富山駅南側にある中心市街地である。老朽化が目立つ、地域唯一のデパート「富山大和」は中心市街地活性化に資するとして多額の公的補助などにより近隣に新築され、富山大和を核とする大型集客施設「総曲輪フェリオ」が2007年に開業した。しかし、青森市の「アウガ」同様、富山市でも「総曲輪フェリオ」の集客効果を中心市街地全体では生かしきっていない。自前の資金から始まって徐々にまち全体への波及効果が目立つようになってきた岩瀬浜の成功と、一点豪華主義で一発勝負に挑んだ「総曲輪フェリオ」の苦戦は、地域活性化を考える上で非常に対照的な事例といえよう。c.観光都市での住民志向のまちなか集客施

設:京都市

京都市では、京都駅周辺の再開発が進む一方、中心市街地は修学旅行客の減少なども相まって

富山の LRTである「富山ライトレール」の車両。車両は小さいが内部は広く作られており、圧迫感は感じない。駅舎のネーミングライツ(命名権)が公募されるなど、財政難時代の工夫もみられる。

岩瀬浜の伝統的な木造家屋群。こだわりが感じられるまち並みで歩いていて心地よい。地域に進出してくる飲食店、みやげ物店などにもこだわりの商品が目立ち、まち全体としての雰囲気の醸成に成功している。

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停滞気味であった。しかし中心市街地での新規の開発に対し住民などの地域の賛成を得られにくく、抜本的な対策が施されないまま21世紀に突入した。そんな折、まさに「新しい風」を起こしたのが、大型商業施設「新風館」である。新風館は2001年に開業した大型商業施設だが、もともとは民間企業の持つ大型の歴史的建造物であった。中心市街地のあり方について民間企業と住民や周辺商店主などとの間で積極的に対話を重ねた結果、歴史的建造物が現代的な商業施設に転換されたのである。この再開発の特徴は、観光客よりも住民が利用したい施設にしたことである。古いまち並みをウリにする観光都市であるがゆえ、周辺の再開発があまり進まず、住民に必要な商業施設が不足していた。そのため、新風館を建設するにあたり、周辺に無い、若者向けのファッショナブルなイメージを重要なコンセプトとした。一方、観光客は住民の口コミ効果により「後から」ついてくると期待された。現在のようなネット時代は口コミ効果がより重要であり、住

民に愛される施設だからこそ、観光客に住民が喜んで紹介してくれるからである。今では毎年数百万人を集客する人気施設となり、京都市の中心市街地の人の流れが劇的に変化している。もちろん、観光客の人気も高い。またその施設の周辺には、訪れる若者を期待して、おしゃれな専門店が続々と出店するなど、地域への波及効果は非常に大きい。

⑶ 山村・離島

a.自然エネルギーと特産品で村おこし:天

栄村

近年の市町村合併により、一般に最も人口規模が小さい自治体レベルである「村」は、隣接する市町などに編入される例が相次ぎ、独立の自治体として存続している村は少なくなっている。村は、山間地や離島などで高齢化や過疎化が進んでいるところが多く、地域活性化は喫緊

施設内部からみたもの。外壁の内側にテナントが立地している。このような造りは開放感があるだけでなく、四季折々の季節感を来場者に感じさせ、リピート率を高めてくれる。建物中央部はイベントスペースとなっているが、地域住民志向の施設らしく、地域のイベントと一体化した運用も盛んに行われている。また夜景は幻想的で、昼間以上の人気となっている。

元電話交換局であった施設は戦前の面影を色濃く残しており「京都市登録有形文化財」として登録されている。大型商業施設では、人目につく部分に従来の施設の外壁を残したのでレトロな雰囲気がまち並みに合っている。

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の課題だが、独力での存立を断念するところも多い。一方で、村として存続する道を選び、自らの力で振興を目指している自治体もある。このような「むらおこし」の取り組みとして注目されるのが、福島県の天栄(てんえい)村である。天栄村は、福島県中南部にある山沿いの村で、自然環境に恵まれたところながら、人口の減少が続いている。こうした中で、天栄村では今、自然エネルギーの利用やユニークな農産物の作付けといった特色ある活動が取り組まれている。天栄村で行われているむらおこしの第一は自然エネルギーの活用で、その柱が風力発電事業だ。同村には強い風を得られる山稜があり、これを活用する形で、2000年に風車による発電が開始された。発電所は村営で、発電される電力のすべてが電力会社に売電されているため、その売り上げは村の収入となる。このうちおよそ半分が設備のメンテナンスに充当されて、残りの大半が村の一般会計に繰り入れられる。村営

のため利益の流出はなく、売電収益が村の貴重な財源となっている。天栄村の風力発電事業は、風車をシンボルとする新エネルギーの啓発活動を通して地域づくりにも役立てられている。これまで村では、風車をテーマとする創作童話コンテストや、風や水の力を暮しに役立てていく人々の姿を描いた「新エネルギーミュージカル」の公演など、風車をテーマとする様々なイベントが開催されてきた。また、村内の学校には、風力・太陽光発電ハイブリッド照明灯が設置されている。そして、天栄村では、風力に限らず地元の多様な自然エネルギーを活用したむらおこしが進められており、2004年には「風の谷・こだまの森のTen-ei」構想が取りまとめられた。この構想には、天栄村が有する森、風、水、雪、温泉などの資源を有効活用するアイデアが盛り込まれている。そして、風力、水力、地熱、太陽光等のエネルギーが一つの地域で集中的に学習・体験できる「自然エネルギーの標本箱」を構築していく方向だ。これらの目指すところは、自然エネルギーを利用した循環型社会の未来図としての「天栄モデル」である。これだけ多様な自然エネルギーを一つの地域で学習できるところは全国的にも数少なく、貴重な試みだ。天栄村のむらおこしの第二は、村の特産食品の育成・販売である。その対象として選ばれたのが、「ヤーコン」だ。ヤーコンは、南米アンデス山地を原産とする根菜で、健康食材として知られる。天栄村での栽培事業は、村の産業課長のリーダーシップにより2000年から始められた。2003年には生産組合が発足し、スーパーや卸売市場への販売促進が行われてきた。ヤーコンを素材とする創作料理や加工食品の開発も進

「風の谷」天栄の山稜部にある風車。村内にある風力発電施設が生み出す電力量は、同村の全世帯をまかなえる電力量に匹敵する(当写真は天栄村の提供)。

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められ、村内ではヤーコン収穫体験会やヤーコン品評会、ヤーコン料理教室などヤーコンに関わるイベントも生まれた。これらヤーコンに関わる活動の効果は、農業の振興や健康食品づくり、高齢者の参加、都市・農村交流としての観光への活用など幅広い。東京都内でヤーコンフェアも開催され、地域の食材をベースにした都市部への情報発信として、村の PRにもつながっている。このように、天栄村は、自立の道を歩もうとする「村」のよきモデルとなっている。b.地域資源を再発見:霧島市山ヶ野集落

地域経済の苦境が伝えられる中でも、とくに厳しい状況に直面しているのが、地方の山村や山間地であろう。集落単位でみると、住民の減少や高齢化によって集落の維持がむずかしくなる例も現れ始めている。このような「限界集落」は今後次第に増加していくとみられ、その対策を求める声が高まってきている。ここでみる鹿児島県霧島市の山ヶ野(やまがの)集落は、そのような山里の集落の一つだ。

住民の減少と高齢化が進む集落ではあるが、ここでは今、かつての金山という歴史資源を活用した「里おこし」が取り組まれている。山ヶ野地区は、県北部にある霧島市旧横川町の西の外れにある。山懐に分け入る同地区は旧町内でも最も過疎化が進んだ地区の一つだ。集落には現在約80世帯が暮していて、人口は130人ほど。高齢化率は6割を超えている。自然に恵まれた山里ながら、公共交通も乏しく、過疎化が進む山村部の典型的な集落といえる。しかし、一昔前までのこの地区の姿は、現在とはまったく異なるものであった。山ヶ野にはかつてわが国を代表する金山があり、多くの人々が暮していたのである。1640年に発見された山ヶ野金山は、薩摩藩の鉱山として採掘が進められ、金の掘り出しのために九州全域や遠く江戸(現在の東京)、大坂(現在の大阪)などからも多くの鉱夫らが集まり、その数は最盛期には2万人に達したという。しかし、昭和に入った頃から産金が次第に振るわなくなり、最終的に1953年に金山は閉鎖された。山ヶ野集落に今

天栄村の村役場。周辺の町村が近接する須賀川市と合併するなか、天栄村は「村」として自立して生きていく道を選択した。

山ヶ野金山の奉行所跡。薩摩藩が管理していた同金山は、江戸時代には佐渡金山と並んで全国有数の産金量を誇り、その金が薩摩藩の財政を支えた。

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も暮す住民の多くはかつての金山関係者の子孫であるが、地域住民の数は盛時の100分の1になってしまった。こうした中で山ヶ野金山の名は、鹿児島県内どころか、地元の旧横川町でさえ忘れ去られるようになったといわれる。山ヶ野はこうして静かな山里へと変貌してしまったが、今日でも坑道・坑口や精錬所の跡、鉱山奉行所や関所の跡地など50か所ほどの金山の史跡が残されている。そこで、このような地域資源を活用して集落の活性化を図っていこうという取り組みが、旧横川町域を中心に始まった。その活動の中心となって里おこしに取り組んでいる山ヶ野金山文化財保護活用実行委員会は、地元横川の青壮年を中心に2001年に発足。山ヶ野金山の歴史学習から活動をスタートさせ、埋もれている史跡の確認や景観の保全、史跡を生かした地域づくりなどに携わってきた。同委員会は、案内板を設置したりパンフレットを作成するなどした上で、地域住民や行政職員向けの講演会や研修会を開催し、地元の児童や学校職員などを金山跡に案内して、かつての山ヶ野の姿と魅力を紹介した。また、民具の収集や地域の伝統行事の保護にも乗り出した。そして、山ヶ野集落内には、こうした活動の拠点の一つとして、ふれあい交流館が建てられた。このような保存・整備活動に加えて、地域イベントとして2002年から史跡巡りのウォーキング大会が実施されている。この大会の参加者には地元の金山米や豚汁がふるまわれ、「出店」では地元住民などから手作りの漬物や焼き芋などが提供される。また、神舞や籠作りといった郷土芸能が披露され、散策後には交流会も開かれている。地域住民の心づくしのもてなしやアトラクションが評判となり、県内にとどまらず

九州各地などから集まるウォーキングへの参加者は年々増加して、近年は約300名に上る。参加希望者数はさらに多く、応募が殺到するような状態で、駐車場など受け入れ側の制約から定員を設けているほどだ。イベントの運営や参加者へのサービス、ガイドなどウォーキング大会を支えているのは、山ヶ野集落の人々や旧横川町の地域住民、地元の中高生などボランティア・スタッフであり、その数はウォーキング参加者数に匹敵する。半年前から準備に取り掛かるというこの行事は、地域を挙げての一大イベントで、子供から高齢者まで地域住民が広く運営に参加することで、地域への関心と愛着を養い、住民の結束を生む地域づくりのよい機会となっているようだ。こうしたウォーキング等による里おこしを通じて旧金山に対する関心や認識が高まったことで、10年ほど前まで地元でも忘れ去られていた山ヶ野の価値が再発見され、保存活動など地元の人たちによる自主的な取り組みが広がった。そして、集落の高齢者の社会参加の機会ができ

かつて薩摩藩主の御座所があった場所に建てられた山ヶ野集落の「ふれあい交流館」。金山に関する資料室があり、集会場としても利用されている。

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たことも大きな成果となっているようだ。地域の資源を再び「発掘」したことが、山村の集落にも新たな恵みをもたらすことになった。c.国際観光振興を図る国境の島:対馬

山村とともに、地域経済活性化の緊要度が高いのが本土と隔たった離島である。そうした離島の一つである長崎県の対馬(つしま)は、九州の西北方に浮かぶ島だ。韓国南部の大都市釜山(プサン)への距離はわずかに50kmと韓国に至近の国境の島であり、同島北部からは海峡を挟んで釜山の町を望むことができる。対馬の総人口は、約3万8,000人。1960年には7

万人程度であったが、その後現在まで人口減少傾向が続いている。これまで基幹産業であった漁業や建設業などの衰勢を受けて、島では新たな産業の振興を図ろうとしているが、離島という制約下で製造業の呼び入れは容易ではない。こうした中で、やはり観光にかける期待が大きくなるが、近年はとりわけ距離が近い韓国がその一番手となっている。九州と朝鮮半島をつ

なぐ位置取りにある対馬は、古くから日韓交流の要となってきた。とくに江戸時代には、わが国を訪問した外交使節「朝鮮通信使」が対馬を経由し、代々の使節来訪時の対応においては、中世以来の対馬島主の宗氏が調整役として大きな貢献を果たしてきた。島内にはその通信使を偲ぶ碑も建てられている。このような対馬にあっても、10年ほど前までは韓国との間を結ぶ直行の定期交通がなく、島を訪れる韓国人はごくわずかであった。しかし、対馬と釜山を往復する定期航路が2000年に開かれると、状況は一変した。来島する韓国人観光客は飛躍的に増加し、2006年には年間来訪客数が対馬市の住民人口を上回るまでになった。このような韓国人観光客増加の背景には、対馬側の受入れ拡大への取り組みがあった。97年には港湾のターミナルを整備し、入港誘致活動を行った。その成果が、定期航路のオープンとなって結実した。来日の際のビザに関する規制が近年順次緩和されてきたことも大きい。もちろん、対馬に多くの魅力があったことが観光客増に結び付いたことは間違いなく、韓国で失われつつある手付かずの自然が残っていることが重要な理由だったようだ。そして何よりも、釜山からの距離が近いことが決め手となった。定期航路のオープンや、いわゆる「韓流」ブームに先立ち、対馬では韓国との様々な交流イベントが行われてきたことも、最近の流れの下地となってきた。例えば、島内で開催される「対馬アリラン祭」は、江戸時代の朝鮮通信使の行列を500人規模で再現するもので、3万人以上の参加者を集める。また、対馬では近年、観光客の誘致に加えて、文化や教育などの交流活動を深化させていくた

島内にある長崎県立対馬民俗資料館の入り口付近に建てられている朝鮮通信使の碑。同館内には「朝鮮通信使行列絵巻」が展示されており、近年は韓国人観光客も多数来館する。

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めの取り組みが進められている。まず、対馬市で国際交流員として韓国人を受け入れ、通訳や文書の翻訳、訪島観光客の案内、対馬市民向けの韓国語講座など様々な役割を担ってもらっている。次に、対馬市は交流窓口となる機関として2003年に対馬国際交流協会を設けた。同協会は、国際交流に関する情報の収集や提供、対馬の PR活動などを行っており、釜山にも現地事務所を開設している。また、島内の長崎県立対馬高校には、2003年に国際文化交流コースが開設され、韓国人講師による韓国語の授業、韓国の歴史や文化に関する講座、長期休暇を利用した韓国へのホームステイや韓国の学生との交流など、特色ある教育・研修が行われている。以上のように、対馬では韓国からの観光客が増加し、様々な交流活動も行われるようになったが、残念ながら島内での経済効果は来島客の増加ペースに見合っていないとの見方が多い。それは、韓国人観光客の滞在期間が短く、あまりお金を落とさないことによるようだ。一方、急増する韓国人観光客に対する島民の戸惑いも出始めている。宿泊の突然のキャンセル、登山客によるゴミの投棄、韓国人釣り客と地元漁民との摩擦など、相互の習慣や文化に対する理解不足などから一部でトラブルも生じているようだ。韓国語で案内できる人材や表示の不足、島内交通の不便さなど、対馬側の受け入れ態勢も入島客の増勢に追いついていない面がある。こうした中で対馬市では、インフラ整備とともに、日韓相互の習慣や文化に対する理解不足解消のため、ハングルができる人材の養成・確保を進めるとともに、島内でのマナーに関する韓国人観光客向けのペーパーの配布を始めた。また、韓国出身のスタッフを配置して、韓国人

観光客向けの通訳・観光ガイドなどとして活動してもらっている。他方、島内経済の活性化のためには、観光以外の産業の振興も不可欠である。このため特産品の開発や PRなどを通じた対馬ブランドの確立や、企業誘致への努力が図られているところだ。離島ゆえの制約を乗り越える試みが、引き続き模索されている。

⑷ 地域ブランド

a.ものづくり文化を「みせる」:神戸市

90年代後半以降、東京圏への人口流入傾向が顕著になる一方で、大阪圏からはかなりの人口が流出している。2005年の国勢調査で戦後初めて大阪府の人口が神奈川県を下回ったのは、人口流出に悩む大阪圏の象徴といえよう。ここで取り上げる神戸市はこの大阪圏に属し、加えて95年に阪神・淡路大震災を経験したまちである。地域ブランドイメージを生かして様々な商品が展開され、高い人気を博してきた神戸市は、こうした状況が震災後に一変したのを契機に、地

かつての島主宗氏の居城があった厳原(いずはら)地区に立地する対馬市役所。厳原にある港では、釜山との間を結ぶ定期船が発着する。

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域活性化に本腰を入れるようになった。その事例の一つが神戸の「北野工房のまち」である。神戸市の中心「三宮駅」から徒歩圏にある異人館街は、NHKの朝の連続ドラマ「風見鶏」 で取り上げられたことを契機に、全国でも有数の観光名所となった。しかし異人館街は古い施設が多かったことから、震災では大きなダメージを受けてしまった。

この「北野工房のまち」は異人館街のある北野地域の雰囲気とミスマッチを起こさないよう、小学校の廃校をうまく利用し、地域活性化のために必要とされる集客施設に生まれ変わった。その目玉は地元経済界の有志の協力によって、忘れられつつあった神戸のブランド「地場産業のものづくり文化」を見せることである。「おしゃれ」「洗練された」などの神戸の地域ブランドイメージは、異人館街などの観光地のイメージだけでなく、「こだわり」「手づくり」といった神戸発祥の企業の製品のイメージも重なりあって作られたものであるからだ。ブランドとは「こだわり」を消費者にわかってもらうことであるが、「こだわり」も「消費者の存在」も忘れた地域ブランド化が各地で盛んに行われ、失敗を重ねている。そんな中、この事例では「みせる」ことで、神戸ブランドの「こだわり」を消費者にうまく伝えることに成功したといえる。b.「食育」の先進地:小浜市

小浜市は福井市から電車で数時間ほど西に行ったところにある。豊かな海と山に恵まれ、農林水産業が主な産業となっており、平安・奈良時代は朝廷に鯖をはじめとする高級特産品を献上していた「御食国(みつけのくに)」 であった。しかし、農林水産業の担い手の高齢化とともに人口減少が進み、地域全体から活気が奪われつつある。そこで農林水産省の技官出身という、地方自治体の首長としては非常に稀有な経歴の持ち主である小浜市の前市長が、食によるまちづくりを強力に推し進めた。小浜市は「食」と小浜を結びつけるために様々な施策を打ち出している。例えば「食のまちづくり条例」は「健康・長寿」「観光」「環境保全」「農林水産業」「食の安全・安心」「食育・食文化」の

元小学校を利用した施設は内部もほとんどそのまま使われて、教室単位の店舗になっている。施設だけでなく机、照明、卒業生のモニュメントも可能な限り残している。

非常に珍しい「和ろうそく」の店の製作風景。華やかなデザインを施した和ろうそくは人気商品である。この施設のコンセプトは「神戸ブランドに出逢う体験型工房」。各店は商品の製作過程の一部を必ず見せるようになっているうえ、多くは来場者が実際に体験できる。

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6つの施策の柱を置き、それを理念化したものである。そして最も特徴的なのは「食」と教育を結びつけた「食育」である。小浜市では地域住民こそ地域の農林水産業のファンになってもらう必要があるという観点から、次世代を担う子供が

地域の農林水産物に慣れ親しむための様々なしかけを行なっている。給食での地産池消の推進や子供向け料理教育プログラム「キッズ・キッチン」の提供など徹底的に「食育」にこだわった施策を、親と農家・漁師などのボランティアの協力を得て推し進めている。多くの地域で食文化は地域資源として重要視されながらも、あまり生かされていない。この事例では「食育」を通して、地域ブランドを形成し、ファンを育成しているといえよう。c.B級グルメで一大旋風:富士宮市

地域活性化は地域固有の資源を活用するのが王道とされ、その地域資源として産地ならではの食材の新鮮さが以前から注目されてきた。しかし近年は都市部でも容易に地方の新鮮な食材が手に入るようになった。そこで地域活性化のためには現地特有の調理技術など何らかの付加価値を高めたブランド化が欠かせない。その例がラーメンである。喜多方ラーメンや博多ラーメンなどは地域ブランドとして一定の地位を築いている。ラーメンの味は現地在住の職人の腕の存在によるところが大きく、本場でこそホンモノが味わうことができ、また各店の違いを食べ歩いて確認するために、わざわざ現地に出向いて食べる観光客も相当数に上る。「B級グルメ」は高価な料理ではないが、住民に強く支持されているものである。多くは調理方法に大きな特徴があり、ラーメンと同様に地域間はもちろん地域内でも各店に微妙な違いがある。しかし、一般消費者はもちろん、地域住民もその価値に気づいておらず、「潜在資源」と化しているものが少なくない。富士宮市では、「富士宮やきそば」が特異な存在であることに気づいた者がこれを地域活性

小浜の食文化を見たり、体験したりできる「御食国若狭おばま食文化館」内の「キッズ・キッチン」では、キッチンに間仕切りを設け、親は一切手伝わないことで、子供が主体的に調理に取り組めるよう工夫されている。ここでは食育専門指導員による調理指導が頻繁に開催されており、地方自治体の視察ではNo.1人気の事業である。

小浜市は食育専門家と一緒に子供向け調理道具を開発し、子供が無理なく調理に親しめるよう、それぞれの調理道具には様々な工夫を施している。ここでは全国各地の食育関係者から絶賛されている子供向け調理道具の数々を実際に購入することができる。

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化に生かせないか検討した結果、富士宮やきそばのみを売り出すのではなく、他の特徴ある焼きそばと一緒に売り出すことで、焼きそばにもラーメンと同様に違いがあることを広く知ってもらうという戦略をとった。3つの特徴ある焼きそばで「三国同盟」ならぬ、「三国同麺」なる協定で三者が互いに連携していくことになった。今では富士宮やきそばはB級グルメの代表とされるほどに育つと同時に、全国各地で焼きそば以外にも様々なB級グルメに注目が集まり、B級グルメ全体が活性化し、それによるまちづくりも各地で進んでいる。このように、地域資源の中には住民には価値がわかりにくいものでも工夫次第で「金の卵」に変えることができるのである。

4.各地の地域振興の手立てと評価

地域がもつ資源や抱える課題はそれぞれ違う。各地の地域活性化事例を参考にするなら、その事例に込められたヒントを読み取り、地域の短所、長所を十分理解したうえで、地域に適用していくことが求められる。地域活性化は地

域外の成功事例の真似事では成功しない。また成功事例では、最大の地域資源である

「人」の問題がクローズアップされてくる。地域に無いものを地域外から持ち込むという手法は国の補助金などが代表例であるが、その効果は限定的である。成功の鍵は地域の主体性であり、地域活性化の担い手の主役は地域に関わる人や組織以外にはありえないことを肝に銘じなければならない。誰かがやってくれるのを待つ「フリーライダー」的な気持ちでは、いつまでたっても地域は活性化しない。

⑴ 手法におけるヒント

a.主要ターゲットは「住民」

以前より人口減少に悩む地域を中心に、どうしても観光客獲得に安易に傾きがちである。しかし、住民に支持されない商品やサービスを観光客に売り込むことに少し無理がある。例えば、第3節で取り上げた京都市の大型商業施設「新風館」は、著名観光都市でありながら、住民向け施設として成功している。この事例にみられるように、地域活性化施策において主要ターゲットを住民とした方がよいであろう。新幹線開通で成功した稀有な事例といわれる八戸市の「八食センター」のように、住民に支持されることを優先することで、観光客にも住民の口コミ効果を期待できるからだ。b.ハードの「ソフト」を充実すべき

まずハコモノ、道路ありきという社会資本整備は人口減少社会において危険である。建設そのもの以上に、維持管理が重荷になってくるからだ。しかし、仙台市の「せんだいメディアテーク」のように、今後の利用法、つまりハードの「ソフト」において徹底的に工夫された社会資

富士宮やきそばはかつおぶしや「油かす」などが特徴的であり、食べてみることでその特徴がよくわかる。

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本は、地域に大きな波及効果をもたらす可能性がある。また、前述の小浜市の「御食国若狭おばま食文化館」は食育事業の象徴である「キッズ・キッチン」のようにソフトに徹底的にこだわり、食育事業を重視する小浜市の姿勢を内外に知らしめることに成功している。社会資本整備は景気対策などで安易に進めるべきではなく、将来を見据えてその用途を徹底的にみつめ、

それに見合ったソフトが用意できることを重視すべきである。c.地域資源は「開発」よりも「発掘」優先

イベント、特産品などで多くみられるように、際立った地域資源がないからと、安易に地域資源を開発しようとする地域が少なくないが、それらの多くは失敗しているのが現状である。広島市の「オープンカフェ」や第3節で取り上げ

八戸市の「八食センター」は市場を改装したもの。住民がゆったり交流できるスペースを設けたり、住民にとって魅力的な安価な価格を設定したりしているが、いまや日帰り観光客が押し寄せるほどの人気施設になった。

八戸市中心市街地の「みろく横丁」という屋台村でも冬の寒い時期を中心に観光客だけに多大な期待をかけるのは難しいと考え、地元重視の経営で成功している。

仙台市の「メディアテーク」は図書館、展示場などの複合施設。機能の寄せ集めではなく、それらが融合的にかつそれぞれの機能がきちんと果たされ、住民活動に新たな広がりをもたらすよう、細部まで徹底的にこだわった。NPO/NGO活動の支援室が常設されたり、地域のイベントとの一体的な活用が図れるように一階に大きなフリースペースが設けられているのはその証左である。

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た富士宮やきそばのように、地域の特徴を徹底的に見極めることで、埋もれた地域資源を「発掘」することが肝要である。d.賑わいと活性化は別

人通りが多いと地域の商店の売り上げが伸びるとされ、中心市街地の商店街を中心にイベントや大型商業施設誘致に多大な期待が寄せられているが、イベントや大型商業施設誘致による成功事例は少ない。前述の青森市の事例でみられるように、賑わいをもたらす客層と商店街が日頃ターゲットとする客層が一致していない限り、賑わいが商店街の活性化につながらないのは明らかだ。さらに情報化社会において、人気店ほど情報発信力が高く自力で集客できるので、賑わいに頼る必要があまりない。郊外の大型ショッピングセンターも、賑わいに依存するという意味では、中心市街地の商店街と大差ない以上、人気店にとっては、中心市街地だけでなく大型

ショッピングセンターでさえも魅力的な出店先ではなくなりつつある。中心市街地活性化のためには、商店街全体でイベントなどの賑わい創出に力を入れるよりも、個店それぞれが消費者に支持されるよう、個店単位で地道に改革を進めることが優先されなければならない。また中心市街地で集積の効果が期待できるとすれば、例えばグルメ激戦区に賑わいがもたらされるように、商店街内の個店レベルでの切磋琢磨が促進されて、各店が商品・サービスを改善し、新

広島市は大都市としては川の多い町であるが、これまでうまく生かされてこなかった。画像の広島市の京橋川「オープンカフェ」は、河川敷利用の規制緩和により、河川敷で飲食店が経営できるようになったものである。地元企業中心に出店され、牡蠣料理レストランなど、料理の質の高さとおしゃれな環境で大勢の客をひきつける。

富山市のデパート「富山大和」は中心市街地活性化の目玉「総曲輪フェリオ」を中核商業施設としてオープンし、かなりの賑わいをもたらした。しかし、約100m離れた商店街は閑散として、相乗効果はあまり顕在化していない。賑わいと商店街の客層のミスマッチが生んだ「誤算」である(第3節⑵b(90、91ページ)参照)。

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たな消費者を開拓していくことが必要であろう。

⑵ 担い手におけるヒント

a.「わかもの、よそもの、ばかもの」のア

イデアを生かす

地域活性化は古くから各地で取り組まれており、様々な面で行き詰まっている地域が少なくない。そのような地域では新しいアイデアをもたらす人材が重要であろう。その際、「わかもの」(文字通り若い人材。地域の様々なしがらみに縛られる危険性が少ない者)、「よそもの」(地域

外にいたため、地域を冷静にみつめることができる者)、「ばかもの」(地域の常識とは違う主張を展開する者)は貴重な存在といえる。北海道の倶知安(くっちゃん)やニセコのように外国人が成功をもたらす事例もある。また公的セク

倶知安(くっちゃん)やニセコを中心とする羊蹄(ようてい)山周辺は、冬の一大リゾート地であったが、バブル崩壊後はスキーブームも終焉を迎え、観光客は軒並み減少していった。そんな折、一人のオーストラリア人が同地の魅力ある自然を冬以外にも生かすべく、ボートによる川下り「ラフティング」の事業化に成功し、経済産業省から外国人として初めて「観光カリスマ」に認定された。

上:「おかげ横丁」は、伊勢神宮そばにある商業施設。伊勢神宮参りの観光客の、伊勢市での滞在時間の短さが伊勢市の悩みであったが、赤福餅で知られる「赤福」が独力で対応策を講じ始めた。伊勢神宮参りがブームになった江戸時代から明治時代のまち並みを再現すべく、和テイストの施設を多数用意し、懐かしめのグッズを販売したり、徹底的にソフトにこだわった施設となっている。その結果、集客数は急激に増加し、連日大きな賑わいをみせている。下:さらに赤福はおかげ横丁にとどまらず、おかげ横丁

のある「おはらい町」の店舗についても空きが出れば買収したり、借り受けたりして、今のまち並みが守られ、発展することに努力している。今では、周辺の企業に協力者も増えて、おはらい町全体で魅力が高まっている。

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ターが主導していた事業では、企業関係者からのビジネスの視点を生かした提案が貴重なアイデアになることも少なくない。第3節で取り上げた事例の多くで「わかもの、よそもの、ばかもの」のアイデアが生かされている。特に、注目すべきは「Uターン組」であろう。

地域出身ながら、就学・就職で一時期地域外に転出していたために、地域を客観的にみることができるからだ。全国的に若者の流出が進んでいるが、若者に活躍する場を与え、地域に若者を戻すことが、地域に活気をもたらす近道であるように思われる。b.民間セクターが主役

地域活性化においては、長期的な成功をもたらす一発勝負型の大型プロジェクトよりも、短期的なプロジェクトを臨機応変にマネジメントして小さな成功を積み重ねることが肝要である。しかし、これまで地域活性化を主に担ってきた公的セクターは成果志向の短期的なプロジェクトをマネジメントする能力に欠けている。一方、前述の京都市「新風館」、八戸市「八食センター」などは、民間主導の事例である。三重県伊勢市の「おかげ横丁」のように、ビジネスマインドをもった企業が率先して地域活性化を主導することで、成功がもたらされる可能性が高まると思われる。またこれまでは公的セクターが担っていた集客施設運営を民間セクターに移管したり、そもそも公的セクターではなく民間セクターが単独で運営したりすることで、思わぬ効果が期待できるものもあろう。宮城県石巻市の「石ノ森萬画館」は自営業出身の館長が資本金をオリジナルグッズの開発に大胆に投資し、施設運営を成功させている。兵庫県姫路市の「日本玩具博物

館」はサラリーマンが独力で開業にこぎつけた、全国でも珍しい民営博物館である。見学者のニーズ重視で収集・展示を進めた結果、地域では屈指の人気を誇る集客施設となっている。

5.地域政策の在り方再考

前節までにみてきたように、各地では厳しい経済環境の中、ユニークで意欲的な地域活性化の取り組みが行われている。こうした地域の住民や事業者の活動が地域経済の活性化へと結び

日本玩具博物館ではオリジナリティと費用対効果を考え、保存が難しい郷土玩具や世界各地の玩具を中心に収集している。「ちりめん」関連では全国屈指の収集で、各地で出張展覧会の依頼が絶えない。また世界各地の玩具は、海外からみても貴重な品が多く、海外メディアの取材も多い。

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付いていくためには、適切な地域政策による環境整備が重要である。地域活性化のための諸施策は、過去においても様々な形態で実施されてきた6)。以下では、これまでの地域政策の経緯を振り返りつつ、政権交代が行われた現下のタイミングにおいて、有効な地域政策の在り方について考察する。

⑴ 目指されてきた国土の均衡的な発展

戦後わが国において長きにわたり推進されてきた地域政策の基本的な考え方は、「国土の均衡ある発展」という大方針であった。これは、経済成長のエンジンとして発展を遂げてきた大都市圏に追走できるよう、地方圏に対する産業振興にも注力し、大都市圏と地方圏の格差をできる限り拡大させないようにするという考えに立脚するものであった。このため、地方には産業基盤整備のための重点的な資金投下が行われてきた。a.公共投資による地域開発とその限界

大都市圏と地方圏の格差拡大を抑制しつつ、地方圏の経済を支える手段としては、地方交付税を通じた国から地方への資金の移転が重要な役割を果たしてきたが、それと同時に公共投資が担ってきた機能も見逃せない。公共投資は、地方圏における交通網の整備や、社会インフラの充足、産業基盤の構築を助けるものとなってきたわけであるが、大都市圏で納められた税収を地方に投下する手段としても実質的に機能してきた。これにより、地方圏の生活環境や事業環境のベースが整えられ、また地方の建設事業者を通じた雇用の維持・創出が実現されてきた。しかし、これまでの公共投資による地域開発で基本的な社会資本の整備がほぼ一巡し、道路

整備等においても、一定の費用対効果を満たせるような事業はおおむね終了しつつある。地方経済を供給・需要両面から支えてきた公共投資は、こうしてすでに地方経済を供給面から活性化させる効果を弱めてきていると推察される。その一つの証左として、ここでは道路や港湾等の産業基盤投資が及ぼす製造事業所の誘致効果の変化を確認しておきたい(108ページ図 表 21)。80年代においては、地方圏における一人当たり産業基盤投資額が拡大すると、一人当たり工場立地件数が増加する関係が見られた。しかし、90年代以降は、こうした傾向が弱まり、産業基盤投資が産業集積に結び付かなくなってきたことが見て取れる。すなわち、90年代には同投資額が増えても地方圏の産業集積度は高まらなくなった。この時期は、景気対策として公共投資が積み増されたものの、民間経済が低調で設備投資が進まず、両者の相関が崩れたと考えられる。また、同年代にはアジア諸国等の経済発展があり、企業の内外立地の選別によって国内での工場建設が縮小したことが推測される。しかし、2000年代に入るとさらに変化が生じた。公共投資の削減が行われる中で産業基盤投資額も減少したが、一方で産業集積度は低下しなかったのである。その背景には、世界経済の拡大に対応した輸出産業を中心とする工場立地の動きがあり、公共投資が減少する中でも産業集積度が水準を保ったとみられる。このように、産業基盤投資と産業立地の関係は弱まってきた。いずれにしても、90年代には景気対策として公共事業費の追加がたびたび実施され、第2節でも示した通り、地方圏での公共投資は大都市圏を上回る成長寄与度を記録していたにもかか

6) 「産業振興の施策」については106ページの図表19、「まちづくりの施策」については107ページの図表20を参照されたい。

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7) 全国総合開発計画の第一次計画から21世紀の国土のグランドデザイン(第五次計画、1998年)までに、新全国総合開発計画(第二次計画、1969年)、第三次全国総合開発計画(1977年)、第四次全国総合開発計画(1987年)が策定されている。

図表19:これまでの地域政策の展開(①産業振興)

(注)1.二重線に囲まれた部分は現行法。 2.※は、拠点開発方式の一環として施行された政策。(資料)総務省資料などより作成

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8) 地方分権改革推進委員会は、2009年11月9日に最終勧告となる第四次勧告を提出した。民主党政権では、その後継組織として「地域主権戦略会議」が設立される方向である。

図表20:これまでの地域政策の展開(②まちづくり等)

(注)二重線に囲まれた部分は現行法。(資料)総務省資料などより作成

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わらず、むしろこの間に「地方経済の疲弊」や「大都市圏と地方圏の格差拡大」を懸念する見方は広がった。これらから判断すると、公共投資では、たとえ短期的に需要を下支えすることができたとしても、中長期的に地域の成長力そのものを高めていくことはむずかしくなっていると考えられる。b.ハード面の整備を機軸とした政策の問題点

公共投資とともに、高度成長期以降各地で進められてきたのが産業団地等の整備による工場の誘致や、公的な産業支援機関の設置である。1960年代以降の「全国総合開発計画」や、80年代の「高度技術工業集積地域開発促進法(テクノポリス法)」、「地域産業の高度化に寄与する特定産業の集積の促進に関する法律(頭脳立地法)」などは、それらを促進する政策的な手立てであった(前掲図表19)。こうした中で、全国では多くの工業団地が造成され、産業パークやリサーチパークなどに中核的な支援機関などが整備されてきたが、このようなハード面の整備が、当初予想された通り

の地域産業振興効果を上げたケースは必ずしも多くはないとされている。全国一律的な産業振興政策により、各地で相似た「ハコモノ整備」が行われ、結果として過剰供給の中での競い合いが繰り広げられたことで、十分な事業所誘致成果を得られない地域が散見されることになったと理解できよう。実際に、企業誘致や生産拠点誘致の切り札とされた工業団地の造成については、工業団地の稼働状況を示す立地率が90年代以降低下を続け、地方圏では2000年代に入って50%程度の水準で推移している(図表22)。工業団地を造成しても入居が見込みにくくなり、分譲すら進まない状況が生じていることがうかがわれる。供給過剰で入居のない工業団地や、利用の少ない産業施設の存在は、全国一律で「ハコモノ」優先的な産業振興策の一面の限界を示しているといえよう。そして、このことは各地の商業施設や文化施設についても、似たような状況が現出している。

0.0000.0010.0020.0030.0040.0050.0060.0070.0080.0090.010

0

工場立地件数(件/ 1人当たり)

産業基盤投資額(万円/1人当たり)

80年代 90年代

2000年代

地方圏

産業集積度が低い

産業集積度が高い

108642

図表21:公共投資と産業集積度

(注)地方圏は大都市圏(関東、東海、近畿)以外の地域。(資料)総務省「行政投資実績」、経済産業省「工場立地件数」

図表22:工業団地内立地率

(注)立地率=分譲済合計面積(ha)÷分譲可能面積(ha)。(資料)経済産業省「工場立地動向調査」より作成

30

35

40

45

50

55

60

65

1981

(%)

(年)

地方圏

大都市圏

足元では、関東臨海地域から、東北地方などへ大型工場が移転する動きも

20062001969186

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⑵ 地域の個性を重視する政策への転換

90年代以降わが国の経済成長力が低下し、一方で国と地方の財政事情が悪化する中で、地域政策もまた変化を迫られることになった。前項で述べたような公共投資による地方への資金の投下や、全国一律的でハード優先の地域産業振興政策が見直され、各地の自主的な取り組みを効率的に支えることが求められるようになってきたのである。a.地域の特性を前面に出す立地政策

2000年代に入り、従来の産業振興策の手詰まり感と財政資金制約などから、地域の個性を重視するとともに、「民」の力が生かされやすい方向へと支援策の軸足がシフトされるようになってきた。例えば、2000年代に入って本格的に運用されるようになった「産業クラスター計画」9)は、地方のそれぞれの強みを前面に出す形で産業や技術を融合させ、ネットワークを通じた事業の高度化を図っていくプロジェクト(とその支援の仕組み)である。また、2007年に抜本改正された「企業立地促進法(企業立地の促進等による地域における産業集積の形成及び活性化に関する法律)」は、各地の得意分野をコアに据えることにより、従来の立地促進策と比べて差別化が図られやすい支援措置となっている。同法によるスキームでは、自治体が地域で組成する協議会での検討を経て産業集積に関わる基本計画を立案し、それに基づいて事業者が企業立地や事業高度化についての計画を立て、自治体の承認を得る。そして、承認を得た事業者は税制や資金調達などに関する優遇措置を受けることができる。このた

め、地域の特性を反映した産業集積が進みやすい仕掛けとなっている。b.地域資源を活用した産業振興

地域の個性の明確化という点では、地域に特有の資源(特産物、景観、産業遺産、イベントなど)に対する注目度も高まっている。他の地域との違いを際立たせ、地域づくりのシンボルともなり、また PRの手段ともなる特産資源は地域活性化の重要な素材となる。そのための資源の発掘や、地域ブランドの育成、アンテナ・ショップなどを通じた知名度向上、そして海外への売り込みなど、各地発の多様な取り組みが行われるようになっている。こうした活動を後押しするものとして2007年に導入されたのが「地域資源活用企業化プログラム」だ。このプログラムは、同年に施行された中小企業地域資源活用促進法に基づくもので、都道府県が定めた地域資源を活用して新商品等の開発を行う中小事業者を支援する制度である。その際の地域資源は、各都道府県において特産物として認識されている農林水産物や鉱工業品とその生産技術、観光資源などが対象となる。事業者が地域資源を使った新商品開発の計画を申請し、それが都道府県の認定を得られると、専門家によるアドバイスや、試作品開発等に対する補助金、設備投資減税、政府系金融機関による融資といった支援措置が受けられる。この制度において認定された「地域資源」の数は、すでに1万件を超えている(図表23)。地方圏・大都市圏ともに多くの地域資源が認定されているが、全体の6割強が地方圏のものとなっている。分野別の傾向をみると、地方圏で

9) 「産業クラスター計画」は、地域の中堅・中小企業やベンチャー企業が大学や試験研究機関などと連携しながら新事業を創造し、産業の集積を図っていく取り組みで、経済産業省が1990年代から政策的な枠組みとして組み立ててきた。現在、全国で約20の産業クラスタープロジェクトが推進されていて、各地の経済産業局(経済産業省の地方機関)が活動をサポートしている。

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各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題

は農林水産物が高い割合を占めているのに対し、大都市圏では観光資源のシェアが大きなものとなっている。このように地域の特性や発意を重視した事業支援や、ハコモノ整備等の「ハード」面より地域の個性を情報発信したり、ノウハウとして活用していく「ソフト」を意識した手法は、まちづくりや商店街振興などの分野でも広がりを見せており、都市再生や中心市街地活性化に関わる法制整備等でも生かされてきている(前掲図 表 20)。

⑶ 積極的な行動と連携に対する支援

各地の中小企業など個別事業者をサポートする枠組みも、近年変化してきた。従来の事業者等に対する支援は、あらゆる中小企業を一律的

にサポートするか、苦境にある企業を救う措置を取るというのが、基本的な立て付けであった。しかし、このような支援では、イノベーションやビジネスモデルの改革に意欲的に取り組んでいる企業も、そうでない企業もまとめて支援対象とされることになり、財政コストが大きくなる一方で、地域経済を牽引してくれるような企業を効果的にバックアップすることができないという問題があった。そこで、限られた資金を有効活用し、事業のレベルアップに挑む企業行動を集中的にサポートする方向、またアドバイス機能を重視する方向へと、産業振興のスタイルもギアチェンジされてきている。例えば、起業・開業等の新たなビジネス・チャレンジの立ち上がりを助けたり、新商品・新技術の開発や新販路の開拓など事業創発のアクションに力添えすることが、各地の産業支援機関の主たる業務となってきている。また、助成の重点化を図るために、これまでのいわゆる「バラマキ」型から、潜在性のある事業者への「ターゲット」型へのシフトがみられる。さらに、IT利用や知的財産活用といった戦略的な情報資産の強化にも、力が入れられるようになっている。一方、第3節の産業振興事例で見たように、各地で事業主体間の業種を超えたヨコの連携が活発化しており、それをサポートすることによって、地域の総体としての事業創造力を向上させていくことが有効な施策と考えられるようになってきた。産学官の連携や、農商工や医工の連携、事業者間のネットワークの形成、NPOの参画など、多様な主体が経営資源を補い合うことで、相乗効果・シナジー効果を上げていく可能性が開け

図表23:地域資源の総数と分野別内訳

総数(個)

農林水産物(%)

鉱工業品(%)

観光資源(%)

地方圏

北海道 947 56.5 17.4 26.1

東北 1,035 32.9 22.6 44.5

北陸 1,733 23.8 19.8 56.4

四国 1,010 34.8 23.4 41.9

中国 550 40.9 31.3 27.8

九州沖縄 1,425 31.0 18.6 50.4

小計 6,700 36.6 22.2 41.2

大都市圏

関東 1,272 24.8 27.4 47.7

東海 719 25.7 26.8 47.4

近畿 2,231 23.4 20.8 55.8

小計 4,222 24.7 25.0 50.3

全国 合計 10,922 30.5 22.2 47.4

(注)地域別の基本構想における地域資源の数とその内訳の割合。

(資料)独立行政法人中小企業基盤整備機構の資料などにより作成

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みずほ総研論集 2009年Ⅳ号みずほ総研論集 2009年Ⅳ号

る。また、下請け企業どうしが新たな協力関係を構築することなどにより、産業集積都市の底力をフルに発揮することも期待される。ここでは、そうした連携とその支援措置について、近年の動きを拾っておきたい。a.産学連携

まず、企業と大学・研究機関等との間の産学連携の動きを概観する。従来、産学連携あるいは産学官連携といえば、大企業と大学が先端的な分野を共同で研究するというパターンが中心であった。しかし近年、中小企業が当事者となる産学連携も一般化しつつある。文部科学省の産学連携に関する調査によると、中小企業と大学・高等専門学校(高専)による共同研究や受託研究は近年着実に増加してきた(図表24)。とりわけ、中小企業と国立大学・国立高専との共同・受託研究件数が、大きく伸びている。このように産学連携が活発化している背景には、自前での技術開発余力が乏しくなりつつあ

る中小企業の側の経営面での切実な事情とともに、2004年度に法人化された国立大学等が地域への貢献姿勢を積極化させていることがある。いずれにしても、両者の協力関係が深まることで、地域産業の技術力のレベルアップにつながるメリットは大きい。近年、地場の企業との結び付きという点から地域の産学連携主体として期待を集めているのが、各地の工業高専である。基礎研究や大規模な研究開発において大企業との連携を主軸としてきた大学とは異なり、地域の教育機関としての色彩が濃い工業高専は、中小企業にとってもパートナーとして組みやすい存在だからだ。第3節の産業振興の項で取り上げた都城高専と霧島工業クラブの事業活動などは、その一例といえよう。また、地域固有の資源を生かした産業振興においても、産学連携が果たす役割が注目されている。例えば、鹿児島県の離島である奄美大島では、特産品である黒糖焼酎の生産過程で生じる焼酎粕廃液を化粧品へと作り換える地域資源

05001,0001,5002,0002,5003,0003,5004,0004,500

2001

国立大学・国立高専公立大学・公立高専私立大学・私立高専

(年度)

(件)

08070605040302

図表24:中小企業と大学等の連携研究

(注)1.共同研究と受託研究の合計(2001~02年度は、国立大学・国立高専の共同研究のみ)。

2.国立大学・国立高専には、大学共同利用機関を含む。(資料)文部科学省「大学等における産学連携等実施状況

について」

奄美大島における産学官連携の拠点となっている奄美市農業研究センター。従来は農業振興を中心に事業を行ってきたが、近年は離島における産業クラスター活動の推進で注目されている。

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各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題

リサイクルのプロジェクトが行われているが、そこには地元の農業者や醸造業者に加えて九州の大学などが参画し、商品化が進められてきた。事業者の経営条件という面で制約が大きい離島においても、産学連携が大きな力を発揮するようになっている。b.事業者間の新連携

続いて、複数の事業主体がネットワークを構築し、新たなビジネスに挑戦する手立てとして支援策が用意された「新連携」を取り上げておこう。「新連携」は、中小企業が新商品や新サービスの開発に取り組むために、異業種の企業や研究機関、NPOなどとの協力体制を築く枠組みで、2005年に制定された中小企業新事業活動促進法の重点施策の一つとして、その支援措置が整えられた。同法に基づいて経済産業省の認定を受けた連携体(事業者のネットワーク)は、商品開発の実験・試作や市場調査などのプロセスにおいて公的な助成が受けられる。このように多様な事業主体のつながりとサポート策を援用することで、中小企業は単独ではむずかしい技術開発や新事業開拓に打って出る選択肢が広がった。新連携支援制度の導入以降、認定された連携体の数は年を追って増加し、2009年6月には全国で約600件に達した(図表25)。取り組みが実を結んで事業化に至るケースも次々と現れていて、2009年6月時点で累計およそ450件、事業化達成率も70%を超えている。第3節で例示した、山口県周南市の周南新商品創造プラザのケースにおいても、この「新連携」支援制度が先駆的に活用され、成果を上げている。

c.農商工連携

第三に挙げられるのは、これも第3節の都城市の事業で取り上げた「農商工連携」である。「農商工連携」や「農工連携」は、農林水産業の事業者が製造業者や流通業者などと業種の壁を越えて協力しながら、付加価値の高い農産品や食材を生産したり、農機や農業施設の高度化を図って生産効率を高めるといった形で事業を創発していくものである。農業者と製造業者などが事業協力する取り組みはすでに全国に広がりつつあり、農林水産省・経済産業省は、これまでに着手されている農商工連携の中から有望なケースを、「農商工連携88選」としてリストアップしている(図 表 26)。このような試みを支援するために制定されたのが農商工等連携促進法で、2008年から施行されている。同法には、連携事業における試作品の開発、販路の開拓、ネットワークの構築など

0

1

2

3

4

5

6

7

2005/60

10

20

30

40

50

60

70

80

90累積認定件数(左目盛)累積事業化達成件数(左目盛)事業化達成率(右目盛)

(%)(100件)

09/6(年/月)

1208/61207/61206/612

図表25:新連携の認定数と事業化達成件数

(注)1.認定件数と事業化達成件数は、いずれも累積値。2.事業化達成率は、事業化達成件数/認定件数(%表示)。

(資料)中小企業庁

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をサポートする措置が盛り込まれており、連携に参加する事業者が作成した事業計画が政府から認定されれば、公的貸付の優遇や税負担の軽減、債務保証の特例といった各種の手当てが受けられる。こうした助けも借りて、メーカーが持つ技術などをうまく導入できれば、地域を支える産業として農業が再び存在感を高めていく可能性が高まりそうだ。各地の個々の事業者の創意工夫や経営努力とともに、こうした多様な連携が広がり、また深まることで、地域経済の活力が高められていくことが期待される。国や自治体の産業振興政策も、こうした事業活動が円滑に行われるよう、引き続き環境整備を強化していくことが求められよう。

⑷ 地方分権の流れに沿った地域政策の展開

今年新たに政権に就いた民主党は、地方の自立度を高める目標として「地域主権」を打ち出している。その方向性そのものは、従来進められてきた地方分権と基本的に同じである。これまで、地方分権の実質的な進展度合いについては多くの疑問点も示されてきたが、分権そのも

のの重要性は広く見解の一致がみられてきたといってよいであろう。地域経済の活性化を図っていく上でも、地域の実状に応じた施策を今まで以上に柔軟に、また大胆に展開していくためには、分権による自治体の権限拡大がその必要条件となろう。地域政策の在り方を再考する論点として、最後に地域の現場に立つ自治体がより的確に政策対応していくことを可能にする地方分権の重要性について検討していく。それに先立ち、地方の自主性を体現しやすい政策枠組として2002年に導入された構造改革特別区域制度(特区制度)について、その内容や成果を確認しておこう。a.構造改革特別区域制度

特区制度は、地域を限定して規制を特例的に緩和するものである。その特例のプランニングにおいては、自治体や地域の事業者等がアイデアを創案・設計し、その実行の可否を国が判断する形をとってきた。このため、地方の発意や知恵が試される、これまでにない政策枠組みとなった。この制度を具体化するための構造改革特別区域法は、小泉政権下の2002年12月に制定された。

地域 主要な連携主体 事業の内容

農業者-プラント製造業者-流通業者 植物工場によるレタス等の野菜の通年生産・販売

漁協-水産加工業者-販売業者-大学 水産資源を利用した機能性食品原料の開発・販売

畜産業者-酪農機械メーカー-IT企業 ITを活用した酪農用自動給餌システムの開発

農業者-加工業者-大学-研究機関 新しい生産技術による高付加価値野菜苗の生産

北海道

岩手県

福井県

愛媛県

図表26:農商工連携の主な事例

(資料)農林水産省・経済産業省「農商工連携88選」により作成

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各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題

翌2003年4月に政府による第1回の特区認定が行われて以降、現在までに計21回の認定が実施され、特区の累積件数は全国で1,000件を突破している。最終的に国の認定までたどり着かなかった提案も少なくないが、全国から地域政策に関わる多様な規制緩和プランが生み出されたこと自体に、一定の意義があったといえる。また、税制優遇や助成措置を伴わないことも特区制度の特徴であり、国・自治体ともに財政事情が厳しい中で、財政負担を増大させない地域活性化策としても特区制度は注目されてきた。もっとも、第10回認定までは毎回100件前後が新たに認められてきた特区の件数も、最近は低位で推移しており、このところ20件程度の認定数が常態化している(図表27)。導入から7年を経て、規制の適用免除が容易な分野では、特区設定がほぼ一巡してしまったといえそうだ。さて、実際に認定に漕ぎ着けた特区は、産業振興や、教育、福祉など様々な分野で、各地の特性を前面に出すような形で設定されてきた。また沖縄県では、構造改革特区とは別の枠組み

で、金融業務や情報分野の特区が設定され、企業誘致が進められた。これらによって、図 表 28に示すようなユニークな特区が実現されてきた。b.農業に関わる特区の事例

構造改革特区の具体例の一つとして、ここでは鳥取県におけるケースを簡単に紹介しておきたい。鳥取県は全国で最も人口が少ない県で、経済

0

20

40

60

80

100

120

140

160

第1回

(件)

2003年

2009年

第21回第19回第17回第15回第13回第11回第9回第7回第5回第3回

図表27:構造改革特区の認定件数

(資料)構造改革特区推進本部資料により作成

地域 特区の名称と特例制度が適用される区域の自治体

ワイン産業振興特区(山梨県内の塩山市等15市町村)

北海道・東北

関東・甲信越

東海・北陸

近畿

南大山ブルーベリー特区(鳥取県江府町)中国・四国

日本のふるさと再生特区(遠野市)

九州・沖縄

太田外国語教育特区(太田市)

富山型福祉サービス推進特区(富山市・高岡市等)

東大阪市モノづくり再生特区(東大阪市)

北海道道州制特区

金融特区(名護市)〔構造改革特区とは別の枠組で設定〕

先端医療産業特区(神戸市)

国際物流特区(北九州市)

有償ボランティア輸送特区(徳島県上勝町)

中部臨空都市国際交流特区(愛知県)

〔構造改革特区とは別の枠組で設定〕

図表28:構造改革特区の事例

(注)規制緩和の全国展開によって、特区としては取り消された事例も含まれる。(資料)構造改革特区推進本部資料等により作成

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面でも厳しい状況に置かれている地域の一つである。とくに地場の建設業者は、近年の公共事業の削減など受けて、事業の多角化等の対応を迫られてきた。そのような建設業者が休耕地を利用して農業に参入するために、特区制度が活用された。最近まで企業が農地を利用することは厳しく制限されてきたため、企業が農業に参入することは容易ではなかった。この鳥取県の事例では、建設業者がブルーベリー果樹園など農業に進出しようとした2000年代前半には、民間企業が農地を借りることは原則として認められていなかった。そこで、地元自治体が、農地法の特例として企業が農地を借り受けることを可能にする特区を設ける申請を国に提出した。そして、2004年にこの申請が認められて「南大山農業活性化ブルーベリー特区」が誕生し、建設業者は農園事業への進出にようやく漕ぎ着けることができた。この事例では、特区が建設業者の事業多角化、

休耕地の有効活用、地域農業の活性化、新規雇用の創出、観光果樹園としての集客効果など多面的な効果をもたらしている。c.特区制度の成果

構造改革特区は、単に一部地域の規制を適用除外としたにとどまらず、一般的な規制緩和を進める材料にもなったことが指摘されている。各地の自治体からの特例実現を求める声に対して、あえてエリアを絞るよりも広域的に措置すべきであるとして、全国的な規制改革に結び付いたケースがあった。また特区によって可能になった規制の見直しが、その後全国展開されることになり、特区が発展的に解消される例も増えている。先の鳥取県における農地利用規制緩和についても、特区が先駆けとなって全国展開が図られ、結果として特区は取り消されることになった。構造改革特区制度には、このように規制改革を導く副次的な効果も及ぼしたのである。そして見落とせないのは、特区のプランを練り、その実現を働きかけていく過程で、自治体や地域の事業者が自発的に地域発展のための創意工夫に注力してきたことである。一律的でない地域活性化案を引き出せるこの制度の導入により、地域がその独自性を競い合える環境が生まれ、財政資金ではなく、地域の発意とアイデアで地域づくりに励もうとする動きが広がったことは、ある意味で特区制度導入の最大の成果であったといえる。d.特区制度の限界

このように重層的な成果をもたらした構造改革特区制度であるが、一方で、その限界についても認識しておく必要があろう。第一に、個々の地域や業種というレベルにお

構造改革特区を活用して事業をスタートさせた南大山ブルーベリーファーム。大山山麓の自然豊かな地の観光果樹園は、農業振興、建設業者の事業多角化、観光振興など多様な成果をもたらした(当写真は南大山ブルーベリーファームの提供)。

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各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題

いては、特区設定による規制緩和等に伴い相応の効果が得られたにしても、地方の経済活力が全体として高まったとまではいえない。各地に多くの特区が設けられたにもかかわらず、この間「地域経済の疲弊」が叫ばれ続けてきたことが、そのことを物語っている。そして第二に、分野や地域を絞り込んで例外的に措置する特区方式では、広範な成果を求めるにはやはり力不足の面があろう。そもそも中央政府により一律的に張られた規制の一部について、地方が例外的優遇を認めてもらうために苦労を重ねるという姿に歪みがあり、国と地方の間の制度運用のあり方が問われてくる。むしろ、地方がより多くの権限を手にすることで、それぞれの地域に見合った制度を組み立てていくことが重要になるはずだ。そのために、地方分権の取り組みが必要になるのである。e.地方分権の推進が重要に

地方分権については、これまでもその必要性が提唱され、実際に一定の対応がなされてきた。99年には地方分権一括法が制定され、国と地方の役割分担の明確化が図られたほか、国から地方へと一部の行政権限が移された。また、小泉内閣の下では、国から地方へと財源をシフトさせるための「三位一体改革」が行われた。しかし、自治体関係者を中心に、まだまだ分権は不十分との見方が強い。そこで2006年、さらなる分権項目を討議するため政府に地方分権改革推進委員会が設置された。加えて、自民党政権下では、より抜本的な分権の構想として「道州制」も検討された10)。官庁の地方出先機関の整理縮小なども提案してきた地方分権改革推進委員会は、2009年11月に最終勧告を取りまとめ、その役割を終了した。

今後地方分権の推進役は、民主党政権下で新たに設置された地域主権戦略会議に引き継がれる方向だ。地方経済を巡る環境が厳しい中にあって、自治体や地域の住民・事業者自らが、その地の資源や個性をうまく発見、育成、活用し、知恵と力で地域づくりを進めていくことが求められるようになっている。そして、実際にそうした取り組みが成果に結び付く例が数々生まれている。構造改革特区制度はその際のツールとして、一定の役割を果たしてきたといえるであろう。しかし、この制度の行き詰まり感も見え始めた中で、より抜本的な改革として、地方分権への期待感は一段と高まりつつある。道州制のような中長期的な議論も含め、地域が持つ潜在力をよりよく発揮できる仕組みづくりが今後の重要な政策テーマとなってこよう。そうした意味で、新たに政権に就いた民主党が、地方分権をどのように進めていくのかに関心が集まるのは、当然のことであろう。地域政策に関して、民主党は、すでに地域の事業者や農業者を支援する措置、観光振興なども視野に入れた物流コストの引き下げなど幅広な政策案も提示している(図 表 29)。同党が打ち出した「地域主権」がどのような実体をもつものになるのか現時点では明確ではないが、地方分権が各地の地域活性化をより実り多きものにしていくためにも不可欠であることは間違いない。新たに設置される地域主権戦略会議が今後どのような政策プランを打ち出していくのか、わが国の地域経済の先行きを左右する重要な意味を持つことになろう。

10) 道州制は、現在の都道府県を集約していくつかのブロック(道や州)に分け、そのブロックに国からの大規模な権限移譲を行うというプランである。同時に、これまで都道府県が担ってきた役割の多くを市町村へと移していく構想であった。

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6.おわりに

人口の減少、少子高齢化の進行、グローバルな競争環境の激化、財政事情の悪化など、地方経済を取り巻く環境は厳しい。これらは、わが国が総体として直面する課題でもあるが、地方においては、先行して、また凝縮した様相で表出してきているのであろう。今日の地方の姿は、明日の日本全国の姿でもある。したがって、現在地方で顕現している諸問題は、大都市圏も含めた形で、自らの問題として認識され、対応が模索されていかなければならない。しかし、このことは全国一律的な施策を講じるという含意ではない。むしろ、そのような応じ方が期待されるような効果に結び付いてこなかったことは、しばしば論じられてきたところであり、本稿でも指摘してきた。必要とされているのは、実際に逆境を肌で実感し、身近な課題として向き合っている各地域の主体の、危機感と問題解決に向けた高い意識が共有され、そうしたミクロの取り組みが広がり積み重なることで、わが国を覆う困難がマクロ的にも緩和されていくことであろう。その意味で、各地の現

場で多様な活動が遂行され、成功・失敗を含めてそのアイデアやプロセス、手法や帰着点が相互に学ばれる意義は大きい。実際に各地では、厳しい現実に取り囲まれながらも、それぞれの地域ならではの強みを生かし、また各主体が有する資源を持ち寄りながら、地域活性化へ向けたチャレンジが意欲的に行われている。本稿で紹介した約20件の事例は、みずほ総合研究所が調査プロジェクトで実施してきた諸都道府県百余か所の現地取材の一部にとどまるが、それでも多くの示唆が得られる。そして全国では、はるかに多くの地域おこしの活動が繰り広げられている。そうした活動の中には、十分な成果を上げているものもあれば、行き詰まっているものもある。様々な策を尽くしても、現状を維持するのがようやくという話も聞かれる。しかし、何らのアクションも起こされなければ、地域は沈みゆくばかりではなかろうか。逆境の中でも行動が着手され、それが継続されていくことで、地元の住民や事業者の意識も高まり、自らが住まう地の価値も再発見されていくのであろう。このような動きが広がっていくことは、単に経済

移動・物流のコスト低下と円滑化高速道路無料化・暫定税率の廃止・自動車取得税の廃止鉄道政策(東京-名古屋間のリニア新幹線の整備)

地方分権推進、地域主権確立ひもつき補助金廃止・新たな地方財政調整制度の創設国と地方の協議制度化・国直轄事業の地方負担金廃止

地域経済の活性化のためのミクロ政策中心市街地や商店街の活性化・伝統文化の保存・継承・振興地域密着型の拠点作り推進

産業政策農林水産業向け対策(農家などへの所得補償制度など)観光政策・地域金融の円滑化

雇用対策地域産業の雇用を守る支援・最低賃金の引き上げ中小建設業者対策

地域限定島嶼部の揮発油税免除沖縄政策(沖縄を地域活性化のパイロットケースに)など

インフラ政策大型公共工事の削減・みどりのダム構想医療機関維持・情報格差解消環境負荷の低減につながる交通機関の整備促進

図表29:民主党の地域関連政策の概観

(資料)民主党政策集(INDEX2009)等により作成

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各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課題

的な効果にとどまらず、有形無形の成果をもたらすはずで、それは本稿で紹介した事例からも見て取ることができる。本年は政権交代が行われ、民主党が新たに政権に就いたが、地方に関わる政策もまた、このような各地の発意と尽力に適合したものへとさらにシフトしていかなければならない。従来の地域振興策を顧みると、知恵より「カネ」、ソフトより「ハコモノ」といった発想に偏っていたことに気付く。公共事業は、まさにその象徴であった。同様に、地域活動の指令塔は自治体、注力する分野はものづくりという傾向も強かったのではなかろうか。しかし、「民」の力が求められるようになり、産業構造の変化とグローバル化の進展により製造業の位置付けは以前とは違うものになっている。経済社会の変化に応じて、地域活性化の手法も重点を移し替えていかなければならないであろう。そして、今後より重要なものとなるのは、各地の創意やエネルギーをよりよく発揮させていくための地方分権である。一定の成果を上げた特区制度は地域の裁量余地を例外的に認めるものであったが、地域の実状に応じた政策展開の幅を広げていくためには、地方が柔軟に対処できる仕組みを用意しておくことが望ましい。そのためには、地方に権限や財源を移していくことが求められよう。このような国の立て付けの見直しと、政策面での新たな対応のもとで、地域の創造的な活動が結実し、その積み重ねがわが国の経済活力の底上げへとつながっていくことが期待される。

補論:公共投資の削減が地方経済に与えた影響

⑴ 民主党による公共投資削減の方針

a.民主党の公共投資政策

近年、公共投資の削減は地方経済の下押し要因となってきた。2000年以降の公的投資の経済成長に対する寄与度(実質GDPに対する寄与度の3カ月移動平均)はマイナスが続いている 11)。来年度以降、この傾向がさらに強まりそうだ。民主党は、高速道路の無料化やガソリンに係る税の暫定税率の廃止など、地方経済の活性化にもつながる政策を打ち出し、地方圏の自立的な経済成長を促す目的で、地方分権の推進を加速する方向だ。一方で、公共投資については、削減を続行・強化する方針を示している。民主党のマニフェストには、公共投資について「公共事業コントロール法」の制定と「みどりのダム構想」が提示されていた。「公共事業コントロール法」は、社会資本整備関連の計画を国会承認事項として一本化することで、各省庁縦割りとなっているムダを省き、効率的で地域の実状にあった公共事業の推進を図る法律だ。また、「みどりのダム構想」では、大型ダムの建設は環境負荷が大きいとして、現在計画中または建設中のダムをいったんすべて凍結した上で、一定期間を設けて自治体や地域住民とともにその必要性を再検討するなど、治水政策の転換を図る方針が打ち出されている。b.今後も公共投資削減が地方経済を下押し

2010年度当初予算の概算要求(民主党政権になって再提出されたもの)では、国土交通省の公共事業関係費の要求額は4兆9,165億円(2009

11) 第2節(3)b(80ページ)の図表12を参照されたい。

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みずほ総研論集 2009年Ⅳ号みずほ総研論集 2009年Ⅳ号

年度当初予算比▲14.2%)と大幅に減額された。民主党のマニフェストでは、2010年度から2013年度までの4年間にわたって公共事業を全体で1.3兆円節約すると掲げられており、今後はマニフェストに従って減額が実施されていく見通しだ。実際に、熊本県の川辺川ダムや群馬県の八ツ場ダムなど48カ所のダムについて、建設の凍結が表明されている。公共事業の削減が進めば、公共投資への依存度が高い地域経済にとっては、公需の減少と雇用機会の縮小などを通して多大な影響が出る。また、公共投資は、大都市圏から地方圏への所得再分配機能も果たしていることなどから、この機能が縮小することで地域間格差が一層拡大するリスクもある。ただし、第2節で既述した通り、地方は今後公共投資への依存体質を見直し、国に頼らない自立的な経済成長を実現していく必要があり、公共事業の削減は地方圏にとって自立した経済への転換を促すための足がかりとなる可能性もある。

⑵ 地域経済における公共事業の役割

さて、その公共投資は、これまで地域経済にどのような恩恵を与えてきたのだろうか。また、公共投資の削減はどのような影響を与えてきたのだろうか。以下、この点について整理する。a.地方経済に与えた影響の整理

公共投資は、①建設事業によって需要を創出するとともに、②道路・港湾・ダムなど、社会資本の整備を進めることで社会全体の供給能力を向上させる。また、③実質的に大都市圏から地方圏へと所得を移転することにより地域間の格差是正に貢献してきた。

b.需要創出効果

需要創出効果については、公共工事による生産額増加という直接的な効果に限らず、公共工事に投入される原材料等の需要を創出する効果(間接1次波及効果)や、公共工事やそれに関連する業務に携わる就業者の所得の増加から消費が増加する効果(間接2次波及効果)などがあり、公共工事の増加がその他の需要の増加や雇用創出などに波及的に繫がってきた。そうした波及効果が期待され、短期的な景気対策ではしばしば公共投資の追加が実施されてきた。c.社会資本の整備

また、整備された道路・港湾・ダムなどの社会資本は、産業や生活にとって欠かせないインフラとなって、産業効率や住民の厚生水準を高めてきた。具体的には、物流の時間やコストの削減、工場立地条件の改善などを通して、製造業やサービス業の生産性を高め、その地域への民間投資や労働需要を誘発してきた。d.地域間所得分配の促進

さらに、公共投資は、過疎地など経済環境の悪い地域を支える目的で優先的に実施されることもあり、国から地方へと公共工事を通じて実質的に所得を移転することにより、地域間格差を是正してきた。

⑶ 公共工事の需要創出効果の役割

バブルが崩壊して経済活動が大きく落込んだ90年代には、景気対策として公共投資の増額がたびたび実施された。このため、90年代には、各地方で「道路や港湾、空港等の産業を支えるインフラへの投資」(産業基盤投資)が高い伸びを示した(図表30)。

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a.需要創出効果が大きい公共工事

公共投資が、景気対策として活用されやすいのは、他の政策手段と比べて投じた財政資金がそのまま需要へと直結しやすいことに加えて、建設・土木事業に関連する産業の裾野が広いことから生産波及効果などが大きいためだ。直接効果、間接1次波及効果、間接2次波及効果による需要創出額を、2000年の産業連関表によって計算すると、当初の公共投資額に対していずれの地域でも2.1倍以上の需要創出効果があったことがわかる(図表31)。これを、公共投資と同様に景気対策でしばしば実施される所得税減税や給付金などの家計支援策と比べてみよう。家計への所得支援を実施した場合には、家計は増加した所得のうち一定割合を貯蓄に回すため、投下された財政資金のうち全てが需要の創出に結び付くわけではない。また、これに対応して、波及効果も公共投資より小さくなると考えられる。公共投資と家計への所得支援では、支出先を「官」が選ぶか「民」が選ぶかということで、資源配分の選択

の問題が生じてしまうが、いずれにしても短期的な需要の創出については、公共投資の方が、効果が大きいことは明らかである。とくに、関東では、需要創出効果はそれ以外の地域と比べ飛びぬけて大きい。b.地方圏では雇用対策として一定の効果も

公共投資による雇用・所得の下支え効果も無視できない。産業連関表を用いて計算すると、公共工事を1割増額した場合の直接効果のうち、雇用者所得(公共工事に直接携わる建設業者などの就業者の所得)へ配分される割合は3割以上に達する。特に、雇用者所得への配分率が高い東北(配分率35.3%)、近畿(同35.6%)、四国(同35.3%)などでは、その割合は3.5割を超えている(図表32)。さらに、公共事業は他産業などへの波及効果もあることから、間接1次波及効果や間接2次波及効果を含めた総雇用者所得の増加額は、直接効果による所得増加額の約2倍に及ぶ。このように、公共投資は、直接・間接に経済に大きな影響を与えるが、その影響は地方圏で

▲5.0

▲2.5

0.0

2.5

5.0

7.5

10.090年代2000年代

(年平均増加率、%)

北海道

東 

関 

東 

近 

中 

四 

九 

沖 

図表30:産業基盤投資額の増減率

(注)1.産業基盤投資の年平均増加率。2.産業基盤投資とは、国県道、港湾、空港及び工業用水等への投資。

(資料)総務省「行政投資実績」

1.81.92.02.12.22.32.42.5 (倍)

北海道

東 

関 

中 

近 

中 

四 

九 

図表31:公共投資の需要創出効果

(注)1.公共工事の県内需要を10%拡大したときの、その追加投資額に対する需要創出の割合。

2.直接効果・間接1次波及効果・間接2次波及効果の合計。

(資料)各地域経済産業局「産業連関表(2000年)」

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とくに大きい。それは、地方圏では、公共投資に関連した職業に就業する者の割合が高いためだ。例えば、各地域の全就業者数に対する主として公共工事に携わる者12)の割合は、関東で

2.0%、中部で2.1%、近畿で2.2%と、大都市圏では低く、北海道(5.9%)、東北(4.6%)、中国(4.4%)、四国(4.4%)などの地方圏では高くなっている。2000年代に入ってからの公共投資の削減は、地方圏経済への配慮もあって、その減額の大きさや90年代と比較した削減率は、関東や近畿などの大都市圏と比べて地方圏の方が相対的に小さかった。それでも、公共投資削減の影響を受けた就業者数の割合(2000年~2006年の年平均)は、大都市圏(3地域平均)が1.3%にとどまったのに対して、地方圏(5地域平均)は2.4%と大都市圏をはるかに上回る大きさで、雇用に与えられたショックは相応に大きかったとみられる(図表33)。c.公共投資削減の影響は地方で大きく

このように、公共投資による需要や雇用の創出効果は地方圏では特に大きく、公共投資の増

12) 平成12年の国勢調査における建設業の就業者数に、産業連関表の公共工事の生産額の割合(建設及び補修・公共工事・その他土木の合計生産額に占める公共工事の生産額の割合)を乗じて算出した。

32

33

34

35

36 (%)

北海道

東 

関 

中 

近 

中 

四 

九 

図表32:公共投資増額の雇用者所得への影響

(注)1.公共工事の県内需要を10%増額したとき、その増加金額に対して直接的に押し上げられる建設業者などの雇用者所得の割合。

2.直接効果のみの試算。(資料)各地域経済産業局「産業連関表(2000年)」

図表33:公共投資削減の影響を受けた雇用者数の割合

(注)1.2000年以降の公共投資削減の影響を受けたと考えられる就業者数の全就業者数に対する割合を試算したもの。

2.試算の前提となる各地域の公共投資の削減額は、各地域ごとの産業基盤投資額の90年代の総額と2000年代の総額(2001年~2006年から試算)の差額をベースとした。

3.直接効果は、直接影響を受ける就業者数。間接1次波及効果は公共工事に投入される原材料等の生産減少の影響を受ける就業者数。間接2次波及効果は、これらの影響で雇用者所得が減少した影響を受ける就業者数。

(資料)総務省「国勢調査(2000年)」、総務省「行政投資実績」、経済産業省「産業連関表(2000年)」などより作成

0.00.51.01.52.02.53.03.5

間接2次波及効果間接1次波及効果直接効果

(%)

北海道

東 

関 

中 

近 

中 

四 

九 

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額は、景気対策として即効性のある特効薬の効果が期待できたことは確かであろう。社会資本整備の進展などにより公共投資が供給面から中長期的な経済成長に与える影響は縮小してきたとしても、依然地方圏の公共投資依存度は大都市圏に比べて高く、地方圏での公共投資の経済への影響力はまだまだ大きかった。このため、2000年代に入ってからの公共投資削減が地方圏の経済の不振を助長する一面を有してきたことは否定できない。

⑷ 産業基盤投資が産業集積に与えた影響

短期的な景気対策としては大きな効果が期待される公共投資が近年削減されるようになってきた背景には、財政事情の悪化がある。しかし、これに加えて、社会資本整備が地域の産業競争力に与える効果に懐疑的な見方が広がってきたことも公共投資の削減を是認させる要因となってきた。例えば、公共投資によるインフラの整備が産業の生産性に与える影響(公共投資の投資効率)が低下しており、中長期的な視点で供給面からの効果を充分発揮できなくなってきていることが指摘されている。ここでは、この点について確認する。地方圏の産業基盤投資と工場立地件数の関係を年代ごとにみると、80年代には、一人当たり産業基盤投資額と一人当たり工場立地件数との間には強い正の相関関係があり、公共投資が産業集積を促すような影響を与えていたと考えられる(図表34)。しかし、90年代には、景気対策として産業基盤投資額が増額されたにもかかわらず、工場立地件数は急減した。そして、2000年代については、産業基盤投資額が減少するなかで、工場立地件数は逆に増加した。この

ような動きから、90年代以降は、公共投資が産業集積を導く効果は弱まり、むしろインフラ整備の進展以外の要因が工場立地件数に影響を与えるようになったことが推察される。このうち、2000年代については、国内で地方圏への工場立地を促進してきた「工場等制限法」や「工場再配置促進法」などが廃止されたことや、新興国の経済成長を受けて製造業の需要が拡大し、工場立地の誘因となったことなどが公共投資と産業集積の相関の弱まりに繫がったとみられる。工場立地件数のみで、産業基盤投資の効果は計りきれないが、地方圏でもインフラの整備がある程度進んできたことから、投資効率が低下してきたことは事実とみてよいだろう。産業基盤投資による中長期的な産業振興機能はすでに低下してきており、結果として公共投資には、短期的な需要対策としての要素がより大きく期待されるようになってきたとみられる。

0.0000.0010.0020.0030.0040.0050.0060.0070.0080.0090.010

0

工場立地件数(件/ 1人当たり)

産業基盤投資額(万円/1人当たり)

80年代 90年代

2000年代

地方圏

産業集積度が低い

産業集積度が高い

108642

図表34:公共投資と産業集積度(再掲)

(注)地方圏は大都市圏(関東、東海、近畿)以外の地域。(資料)総務省「行政投資実績」、経済産業省「工場立地件数」

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⑸ 公共工事削減の影響と求められる対応

公共投資の中長期的な供給力向上効果は低下してきたものの、短期的な需要創出効果は依然大きいことから、公共投資の削減は今後も地方圏の経済成長率を落込ませる要因となりうる。これに伴い、公共投資の削減が続けば、建設業を中心とした就業者の雇用や所得環境は地方圏でさらに悪化する可能性がある。a.公共投資削減が地方の雇用環境に与えた

影響

大都市圏と地方圏のUV曲線(失業・欠員率曲線)を比較すると、80年代には労働需給がタイト化(欠員率が上昇)する際には大都市圏と地方圏どちらの地域でも失業率が同程度低下しており、失業率の水準も低かったが、90年代のバブル崩壊以降の経済の調整過程を経て、失業率は両圏で上昇した。90年代には、公共投資が地方圏を中心に増額されたことなどから大都市圏と比較して地方圏での失業率の上昇は限定的だったが、2000年代になると、欠員率が低下しても公共投資が大幅に削減された影響などから、地方圏の失業率は高止まりしており、雇用のミスマッチが解消されなかったことが分かる(図表35)。もともと、建設業の就業者が他業種へ転職することは難しいとされ、前職と同じ建設業に再就職する率は43.3%と高い。建設業から成長産業である非製造業(除く建設業)への転職率も45.8%と高いものの、60%超となっているその他の業種から非製造業(除く建設業)へ転職する割合と比較すれば低い。建設業への依存度が高い地方圏では、公共投資削減によって雇用機会を失った建設労働者の新たな就労が進まず、ミスマッチが解消されにくかったと考えられる

(図表36)。b.求められる新たな地方政策

このように公共投資削減が雇用へ与える影響は大きいものの、投資効率の落ちてきた産業基盤投資などを削減し、限られた財源のなかで地方圏の自立的・長期的な経済成長を促すような政策への転換を図ることは、今後地方が国への依存体質を脱却し、自立するうえで重要である。ただし、公共投資を単に削減するだけでは、地方に還流する資金が純減して、地域間の格差を拡大させてしまう懸念があるため、併せて国から地方への財源の移譲を行い、地方が自主的に運用できる資金を充実させることなども必要だ。そして、地域の住民や企業の声に耳を傾けて、必要とされる政策目的への資金充当を進める必要がある。高齢化が進む地方では、介護サービスなど生活基盤に関する投資や、情報インフラなどの施設整備を進めるのが有効であろう。ま

図表35:大都市圏と地方圏のUV曲線

(注)白抜きで表示した最新値(2009年)は、2009年1~6月の平均値。

(資料)厚生労働省「一般職業紹介状況」、総務省「労働力調査」

1.5

2.5

3.5

4.5

5.5

1.5

大都市圏地方圏

失業率(%)

欠員率(%)

1983 ~ 1993年

2000年代

ミスマッチの改善

ミスマッチの拡大

労働需給の改善

労働需給の悪化

45度線

5.54.53.52.5

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た、農業や観光など地方の優位性を十分に生かした産業を振興し、公共事業からこういった産業への転換をよりスムーズに進める政策や、建

設業からその他の産業への就労を支援する職業訓練の充実などきめの細かいサポートも必要となろう。

図表36:建設業の産業内・産業間の転職状況

前職

農業・林業 鉱業 建設業 製造業 非製造業(除く建設業)

合計 現職の割合 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0

現職

鉱業 - 4.7 0.4 0.1 0.0

建設業 1.9 - 43.3 2.3 2.8

製造業 14.3 35.3 10.3 34.2 9.0

非製造業(除く建設業) 82.5 60.0 45.8 63.3 88.1

(注)2006年の産業内・間移動の状況。(資料)厚生労働省「雇用動向調査(平成18年)」により作成

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