�2008.11 金属資源レポート
特
集
希少金属等高効率回収システム開発事業「廃超硬工具からのタングステン等の回収」
希少金属等高効率回収システム開発事業「廃超硬工具からのタングステン等の回収」
(407)
1. 緒言平成 13 年 4 月に施行された家電リサイクル法において、テレビ、洗濯機、冷蔵庫、エアコンの家電 4 品目については、資源の有効利用促進を目的にリサイクルの推進が進められてきたが、家電 4 品目以外のラジカセ、MDプレーヤー、携帯電話、デジカメ等の小型電子・電気機器については一部を除き一般廃棄物・不燃ごみとして廃棄されているのが現状である。こうした小型電子・電気機器には、銅、金、銀のベースメタルや貴金属の他に、インジウム、レアアース等多くのレアメタルが含有されている。一方、我が国の製造業における金属加工用切削工具の材料として欠かすことができない超硬工具にはタングステン、コバルト等が使用されているが、その廃超硬工具のリサイクル方法は、現状多くの工程を要し、エネルギー消費が多いという問題点を有している。このような小型電子・電気機器や工作機械等の超硬工具に含有されているレアメタルの多くがその供給を中国等に依存しており、我が国としての安定的なレアメタルの供給確保は喫緊の課題となっている。そこで当機構では、希少金属を低温で精製する湿式製錬技術を応用し、使用済み小型電子・電気機器や超硬工具スクラップ等からレアメタル等を効率的な方法で回収、再生する最適技術の開発を通じて、回収工程の省エネルギー化及びレアメタル等の回収率向上を図るため、経済産業省のエネルギー使用合理化技術開発費補助金を得て、「希少金属等高効率回収システム開発事業」を、平成 19 年度から平成 22 年度までの 4 か年計画で実施している。本稿では、平成 20 年 8 月 26 日に開催された金属資源技術部関連成果発表会において、本技術開発プロジェクトのうち、特に「廃超硬工具からのタングステン等の回収」を主体に平成 19 年度の成果と今後の課題について報告したので、その概要を紹介する。
天満屋 泰彦
2. プロジェクトの全体概要2-1. レアメタルの用途電子・電気機器、例えばテレビ、パソコン、デジカメ、携帯電話等々の製品中には、レアメタルが大なり小なり使用されている。図 1 に示すように、電子部品にはガリウム、タンタル、ニッケル、チタン等が、液晶にはインジウムが、二次電池にはリチウムやミッシュメタル等のレアアー
スが、超硬工具にはタングステンやコバルト等が入っており、こうしたレアメタルは、今日の産業、ひいては我々の生活に欠くことができない金属となっている。
2-2. プロジェクトの概要本プロジェクトは、希少金属等を含む廃小型電子・電気機器、超硬工具スクラップ等から、希少金属等を効率的な方法で回収、再生するための最適技術の開発
図 1. レアメタルの主な用途
金属資源技術部生産技術課 特別調査員
特集_天満屋_P01-07.indd 1 2008/11/13 14:35:20
2008.11 金属資源レポート�
希少金属等高効率回収システム開発事業「廃超硬工具からのタングステン等の回収」
特
集
を通して、回収工程の省エネルギー化成及び希少金属等の回収率向上を図ることを目標としている。実施期間は平成 19 年度から平成 22 年度の 4 年間で、その内容として、以下の 2 つの技術開発テーマの研究開発を実施している。①廃小型廃電子・電気機器からの希少金属回収技術:
廃小型電子・電気機器の発生状況の実態調査、基板中の金属分布解析システム、粉砕基板の物理的選別、物理的選別後の金属濃集産物からの化学的浸出による金属回収について研究を行う。また、Nd-Fe-B 磁石スクラップの合理的なリサイクル方法についての技術開発も併せて実施する。
②廃超硬工具からのタングステン等の回収技術:廃超硬工具からのタングステン等の効率的な回収技術を開発する。回収した金属の再利用の用途が制限されないよう、一次資源(鉱石)から精製した中間製品と同等の品質が得られるプロセスの開発を目指す。
3. �廃超硬工具からのタングステン等の回収技術開発
3-1. 研究の背景超硬工具は、タングステンカーバイド(WC)にバ
インダーとしてコバルトが添加された合金である。現在、主原料であるタングステンについては、その大半が中国から輸入されている。我が国のタングステン原料の輸入量は年間約 1 万 t
程度であり、このうち約 6 千 t が超硬工具の製造に使用されている。その結果年間 6 千 t の新しい超硬工具が消耗した超硬工具と交換され、代わりに使用済み超硬工具が発生する。スクラップとして回収される使用済み超硬工具の量は年間約 2,400t 程度であるが、このうち 1,700t は海外(主に中国)に輸出され、国内で再生されるのは年にわずか 700t 程度に過ぎない(図 2)。このように、回収されたスクラップの約 30%程度
しか国内でリサイクルされず、約 70%が海外に流出している理由は、国内でのリサイクルコストが高く、施設の処理能力が限られていることによる。国内で超硬工具リサイクルを進めるためには、コストが安く、エネルギー使用量が少ないリサイクル技術が確立されねばならない訳である。
3-2. 研究開発の内容超硬工具リサイクルの既存技術として各種のプロセスが提案されているが、我が国において実際に稼動しているのは亜鉛処理法と酸化-湿式法の 2 つである。亜鉛処理法では、超硬工具スクラップと亜鉛を不活性ガス雰囲気中で加熱し、亜鉛を溶融させる。すると亜鉛が超硬工具中のコバルト結合相と反応、拡散し、コバルト、亜鉛合金を形成し、この合金相が体積膨張して超硬合金にクラックが生じる。その後、亜鉛を減圧蒸発させることによって分離除去する。こうした措置を施した後の超硬合金スクラップは容易に粉砕できることから、ボールミル等で所定の粒度まで粉砕して再利用することができる。この方法は工程が簡単であるためコスト的には非常に有利ではあるが、合金組成の調整や不純物除去ができず、元の組成のままで再利用することになるため、用途に適した組成のスクラップを選別しなければならない。一方、酸化―湿式法は、超硬工具スクラップを酸化焙焼し、これを水酸化ナトリウム溶液で溶解してタングステン酸ナトリウム(Na2WO4)の形とする(アルカリ浸出)。この Na2WO4 溶液に塩化カルシウムを加えて CaWO4 とし、さらに HCl を添加してタングステン酸を形成させる(酸分解)。このタングステン酸をアンモニア水で溶解して APT(パラタングステン酸アンモニウム;(NH4)2WO4)とする(アルカリ溶解)。この方法は、スクラップ中の不純物を分離、除去できることから、超硬合金の金属組成に拘らず全てのスクラップに対応可能であるが、酸化焙焼はスクラップの表面から進むため一度に内部まで完全に酸化させることができず、酸化焙焼- NaOH 溶解を数度繰り返す必要がある。その後も多くの工程を要するため、処理コストが高いという問題点を有している。本プロジェクトでは、超硬工具スクラップを硝酸ナトリウム(NaNO3)で直接溶解し、これより得られるタングステン酸ナトリウム溶液からイオン交換法を用いて直接 APT を生成するという、非常に簡略化された工程の開発を目指している。まず、超硬工具スクラップを溶融状態のNaNO3 溶液と反応させてNa2WO4を生成させ、これを水で溶解して Na2WO4 溶液を作る。この Na2WO4 溶液をイオン交換樹脂に通して、吸着、溶離し APT を生成する。この方法は工程が単純であることから使用エネルギーをかなり削減できると予測され、かつ、酸化-湿式法と同様にスクラップの種類にとらわれず多様なスクラップに対応可能であることから、このプロセスについての技術開発を進めることとした。図 3 に開発フローと従来フローを示す。
3-3. 開発目標技術開発の具体的な課題としては、図 3 の開発対象フローで示したように、以下の 2 つの項目について重点的に研究を行うこととした。(1)�廃超硬工具をタングステン酸ナトリウム(Na2WO4)
(408)
図 2. �日本でのタングステン需要とスクラップ処理動向(2005 年)
特集_天満屋_P01-07.indd 2 2008/11/13 14:35:20
2008.11 金属資源レポート �
特
集
希少金属等高効率回収システム開発事業「廃超硬工具からのタングステン等の回収」
水溶液に直接溶解するプロセスの開発(2)�タングステン酸ナトリウム水溶液をタングステン
酸アンモニウム((NH4)2WO4)水溶液へと直接変換するプロセスの開発
また、具体的な数値目標として、下記の目標値を掲げ、開発を進めることとした。①エネルギー削減率�・・・・・・・・・・・・・・・・�40%以上②タングステンの回収率�・・・・・・・・・・・・�95%以上③コバルト、タンタルの回収率�・・・・・・�90%以上
3-4. �硝酸ナトリウム塩によるスクラップの直接溶解試験3-4-1. ハードスクラップの直接溶解超硬工具は、切削、開削等の目的に応じてチップ、ドリル等種々の製品の形で使用される。こうした製品
の形状を保つスクラップを「ハードスクラップ」と称する。ハードスクラップの大部分は、切削性を高めるためにチタンやアルミニウムのカーバイト、窒化物等による表面被覆処理が施されている。表面被覆処理を施されたハードスクラップを、磁性るつぼ内で 770℃に過熱した溶融状態の硝酸ナトリウム中に添加したが、反応は起こらなかった(写真 1 の左側)。そこで、スクラップをミル内で攪拌しスクラップ同士をこすり合わせ磨耗させて表面被覆層を剥離させる「皮むき処理」を行った。これを 720℃の硝酸ナトリウム中に添加したところ、熱を発して激しく反応し、全てタングステン酸ナトリウムに溶解することができた(写真 1 の右側)。
3-4-2. ソフトスクラップの直接溶解超硬工具を加工製造する際に発生する粉末屑や切削屑等からなる粉末状のスクラップを「ソフトスクラップ」と称する。ソフトスクラップを上述のハードスクラップと同様に溶融状態の硝酸ナトリウムに添加すると、顕著な火花を生じながら、花火のように瞬時に反応した(写真 2)。反応が余りにも激しいため反応制御が不能であり、このままでは作業の安全上問題である。反応を制御できるような処理法を検討しなければならない。もとより、ハードスクラップと硝酸ナトリウムとの反応も極めて激しいものである。従ってこのプロセスでは、如何に超硬工具と硝酸ナトリウム溶融塩の反応を制御し、安全な操業条件を確立するかが、大きなポイントになる。
(409)
写真 1. ハードスクラップのNaNO3 での直接溶解
NaNO3
770NaNO3 720
NaNO3
Fig.4.2.3.1.5 720
XRD
2010 30 40 50
: Na2WO4: NaNO3
2
Fig.4.2.3.1.5 720
XRD
2010 30 40 50
: Na2WO4: NaNO3
2
XRD
図 3. 従来フローと開発対象フロー
特集_天満屋_P01-07.indd 3 2008/11/13 14:35:21
2008.11 金属資源レポート�
希少金属等高効率回収システム開発事業「廃超硬工具からのタングステン等の回収」
特
集
3-4-3. 溶融塩溶解設備製作磁性るつぼによる予察試験の結果を踏まえ、硝酸ナトリウム溶融塩による小規模溶解試験を行うため、平成 19 年度に写真 3に示す試験装置を製作し、各種試験を行った。溶解試験装置中の反応容器の容積は約 1ℓで、溶解できる超硬工具スクラップ量は約 1kg である。
3-4-4. 各種超硬合金の溶融塩溶解率比較超硬工具用の合金は基本的にはタングステンカーバ
イドにコバルトをバインダーとして添加したものであるが、これに切削用、開削用等の用途に合わせてチタン、タンタル、クロム、バナジウム等が様々な割合で添加されている。これらの添加成分が硝酸ナトリウム溶融塩によるタングステンの溶解に及ぼす影響について、確認する試験を行った。超硬合金の組成は、添加成分をほとんど含まない Z
種、チタンやタンタルが少量添加された K種、添加量が多い P 種に大別される。これら 3 種類の超硬合金を、重量 1.2 倍の硝酸ナトリウムと 720℃で反応させた結果を表 1 に示す。超硬合金中のタングステンが溶融塩に溶解する割合(溶解率)は、Z 種では 100%近いが、K種、P 種と添加成分が多くなるにつれて率が低下する結果となった。
ここで、タングステンカーバイド及びチタンテンカーバイドと硝酸ナトリウムとの反応式を式(1)、(2)に示す。
2WC+6NaNO3+0.5O2→2Na2WO4+6NO+2CO2+Na2O�・・・(1)5TiC+8NaNO3+4O2→Na8Ti5O14+8NO+5CO2�・・・・・・・・・・・(2)
この 2 式と分子量を考慮するとタングステンカーバイドは重量 1.3 倍の、チタンカーバイドは 2.3 倍の硝酸ナトリウムと反応することが分かる。従って全体の9 割がタングステンカーバイドからなる超硬合金は重量 1.2 倍の硝酸ナトリウムに全量溶けるが、これに数%のチタンカーバイドを含むと、硝酸ナトリウムの量が不十分でタングステンが溶け残る。これにより、超硬合金の種類ごとに必要な硝酸ナトリウムの量を適切に管理する必要があることが分かった。
3-4-5. NOX 無害化処理前記記載の式(1)、(2)で分かるように、当該反応においては NO 若しくは NO2 の NOX を発生する。この NOX を除外するために、アンモニアを使って、NOX を安全な N2、H2O へと分解すことによる排ガス処理方法を試験することにした。基本反応を式(3)、(4)に示す。
4NO+4NH3+O2 → 4N2+6H2O�・・・・・(3)6NO2+8NH3 → 7N2+12H2O��・・・・・・・(4)
また、この排ガス処理の概略図を図 4 に、また、写真 3 に平成 19 年度に製作した脱硝試験装置を示す。写真 3 の溶解設備を使って溶融塩溶解試験を行い、写真 4 の脱硝試験設備を使って排ガス処理試験を行った結果を表 2 に示す。排ガス中の NOX 濃度がばらつ
(410)
写真 3. 溶融塩熔解の小規模溶解試験装置
O2O2
表1. 各種超硬合金の溶融塩溶解率比較
超硬合金材種温度
(℃)廃超硬工具質量
(g)NaNO3 質量
(g)溶解率(%)
Z種(超微粒子合金) 720 500 600 99.3
皮むき後のコーティングチップ母材:K種(WC-少量TiC,TaC-Co合金)
720 500 600 87.1
P種(WC-TiC-TaC-Co合金) 720 500 600 84.1
図 4. 排ガス処理の概念図
NOx
写真 4. 脱硝試験装置
脱硝装置
写真 2. ソフトスクラップのNaNO3 での直接溶解
特集_天満屋_P01-07.indd 4 2008/11/13 14:35:22
2008.11 金属資源レポート �
特
集
希少金属等高効率回収システム開発事業「廃超硬工具からのタングステン等の回収」
いても、処理後の NOX 濃度としては問題ない数値まで低下させることができた。
3-4-6. エネルギー削減率の推定本プロジェクトでの目的の一つとして、エネルギーの削減があり、その目標値としては、従来法に比較して 40%以上の削減を図るということにしている。この目標値に対し、本プロジェクトが遂行している研究プロセスが従来法(酸化焙焼―湿式法)に比べて、40%のエネルギー削減達成が可能かどうか、見込を付けるための推定試験を実施した。試験方法としては、現在開発中の硝酸ナトリウム溶融塩の溶解電力と、従来法である酸化焙焼時の酸化消費電力とを同一加熱炉、同一スクラップを用いて比較
した。まず、現在開発中の溶融塩溶解法では、720℃で溶解時間 3.3 時間、生成した Na2WO4 を水に溶解してその時の溶解率は 87.4%であった。この時消費した電力は 19.2kWh/kg であり、これを 100%換算した結果は21.9kWh/kg と推定された。一方、酸化焙焼法においては、同一加熱炉を用い、加熱温度 900℃、保持時間 3 時間、この間 1L/min の酸素を吹き込み酸化反応を行った。これより生成した生成物がWO3 になった酸化率を調査すると 51.3%、消費電力は 21.2kWh/kg であった。これを酸化率 100%に換算した結果は 41.2kWh/kg となった。これらの結果より、現在開発中の溶融塩溶解法は従来法の酸化焙焼法に比べて、47%のエネルギー削減が見込める結果が得られた。エネルギー削減率については、イオン交換法を含め、今後の全体としての実証試験結果等で検証していくことにしているが、今回の推定試験結果により、ある程度の削減の見通しを得ることができた。
(411)
表3. 各金属炭化物の溶解生成物についての水への挙動
原料粉末 TiC TaC VC Cr3C2 Co Ni
NaNO3 塩反応性生物(XRC 同定)
Na8Ti5O14NaNO3NaNO2
NaTaO3Na3TaO4
NaVO3種々のV 酸塩
NaCrO4種々のCr 酸塩
NaCo2O4NaNO3
NiONaNO3
不溶性沈殿
XRD の同定 TiO2 Na3TaO4Na2Ta4O11
NaVO3V2O3
Cr2C3 NaCo2O4 NiO
沈殿率(%) 105.0 97.6 33.4 3.7 79.5 83.8
色 白 白 黒 緑 黒 黒
水溶液の pH 12.35 9.42 11.15 12.02 12.11 12.21
水溶液の色調 無色 無色 無色 黄 黄緑 黄緑
pH7に調整時の変化 無色 無色・沈殿 赤 黄 薄茶 薄茶
pH2に調整時の変化 無色 無色 赤・沈殿 赤 無色
水溶解 不溶性 不溶性 水溶性 水溶性 不溶性 不溶性
*TiC の沈殿率は測定誤差により 100%を超えた。
3-4-7. 各種炭化物における溶融塩の水溶解挙動スクラップ中には Ti、Ta、V、Cr、Co、Ni 等の添
加剤が入っている。これらの金属が硝酸ナトリウムの溶融塩処理を行い、その後、水溶解を行った場合、どのような挙動を行うのかについて調査した。Ti、Ta、V、Cr、Co、Ni についての炭化物粉末と
硝酸ナトリウムとを反応させ、各反応生成物を水で溶解し、これをろ過して沈殿物と炉液に分離した。この沈殿物を乾燥、秤量後沈殿率を計算し、各金属の水溶解での挙動を調査した。この結果を表 3 に示す。これにより、Ti、Ta、Co、Ni については水溶解で
ほぼ沈殿し、Cr、V については水溶液中に溶解し易いことが分かった。このことから、Cr、V についてはこのままだと、水溶液中に残存し、最終的には(NH4)2WO4 に入り、APT の製品品質をも低下させる可能性があることが判明した。今後、この Cr、V に
ついて、どのような方法で除去していくのかについて、基礎試験を通して検討を行うこととした。
3-5. �イオン交換法によるNa2WO4水溶液から(NH4)2WO4水溶液への変換技術
3-5-1. イオン交換樹脂の種類と特徴イオン交換法で用いられる樹脂の種類としては、陽イオンを吸着、溶離する陽イオン交換樹脂と、陰イオンを吸着、溶離する陰イオン交換樹脂に大別される。本プロジェクトで用いる樹脂はWO42-吸着のため、陰イオン交換樹脂を用いるが、この陰イオン交換樹脂は官能基により強塩基性(Ⅰ型)、強塩基性(Ⅱ型)、弱塩基性の 3 種類に分類されている。また、そうした分類とは別に、形状的に樹脂そのものがポーラス状のものか、ゲル状のものか、でも分類される。各々の樹脂の種類と特徴について表 4 に示す。実際の樹脂の選定
表2. 排ガス処理試験結果排気ガス中の NOX
(ppm)NH3 流量(L/min)
処理後の NOX(NOX ppm)
6001,1002,4003,100
0.30.40.70.7
00.10.10.2
特集_天満屋_P01-07.indd 5 2008/11/13 14:35:22
2008.11 金属資源レポート�
希少金属等高効率回収システム開発事業「廃超硬工具からのタングステン等の回収」
特
集
(412)
にあたっては、その樹脂へのイオンの吸着・溶離の特性、樹脂の寿命等、総合的な判断をする必要がある。
3-5-2. �各種のイオン交換樹脂へのNa2WO4 水溶液の吸着、溶離
タングステン酸ナトリウム溶液におけるWO42-の吸着、溶離において、各種イオン交換樹脂による違いがあるかどうかについて試験を行った結果を図 5、図 6に示す。
空間速度(Space�Velocity:SV、処理水量が樹脂体積の何倍かを示す)を 1.5 ~ 2.0、WO3 濃度 35g/l の条件で吸着を行い、溶離については NH4Cl�100g/l 水溶液を用いて、SV1.5 ~ 2.0 の条件で行った。結果として、吸着時で強塩基性(Ⅱ型)ゲル型が若
干吸着特性が良いように見られるが、溶離曲線をも含め、全体としてはイオン交換樹脂による大きな差は無いと判断された。
3-5-3. イオン交換容量に及ぼす共存イオンの影響の検討超硬工具スクラップを溶融塩処理した後に生成する生成固形物を水溶解した場合、水溶液中には溶融塩処理で使用したNaNO3 由来の NO3-が残存することが考えられる。また、水溶液の処理において、Cl-の混入等も考えられることから、これら NO3-、Cl-の有無がイオン交換法におけるWO42-吸着、溶離に影響を与えるものかどうかについて試験を行った。試験としては、強塩基性(Ⅰ)型の樹脂を用い、タングステン濃度と同モル数の NaNO3 を添加、SV5 の条件で吸着操作を行った。また、溶離操作としては、10wt%の NH4Cl 水溶液を用いた。結果を図 7、図 8 に示す。
NO3-が共存イオンとして液中に存在する場合、無い場合に比べて、明らかにWO4 の漏洩は早い段階で始まり、イオン交換樹脂の大幅な交換容量の低下が見られた。また、NO3-の漏洩は最後の最後となることも分かった。溶離工程の場合について、WO42-が先に溶離し、
NO3-が遅れて溶離される結果となった。これはWO42-よりも NO3-の方が樹脂への吸着選択性が高いことを意味するものであり、NaNO3 溶融塩処理の場合、過剰の NaNO3 の溶融生成物中への混入を避けるべきことが判明した。同様に Cl-の影響を調べるために、前記と同様、タ
図 5. 各種樹脂の吸着における漏出曲線
図 6. 各種樹脂の溶離における漏出曲線
表4. イオン交換樹脂の種類と特徴分類名称 ポーラス型 ゲル型
ゲ樹脂の構造
サイズ:φ0.3 ~ 1.2mm
ミクロポアー(数十Å)
ママクロポアー(数千Å)
ミクロポアー(数十Å)
特徴 機械的強度 膨潤・収縮の繰り返しに強い ポーラス型より劣る
反応性 比表面積が広く反応が速い大きなイオンも吸着可能
(マクロポアー内を拡散)
ポーラス型より遅い
交換容量 ゲル型より小さい 大きい(ポーラス型の約 1.3 倍)
分類名称(交換基)
強塩基性(Ⅰ型)(トリメチルアンモニウム基)
強塩基性(Ⅱ型)(ジアチルメタノールアンモニウム基)
弱塩基性(3 級アミン基)
吸着性・溶離性 吸着が強く、溶離し難い溶離剤が多量に必要
溶離剤を多少節約できる
吸着が弱く、溶離し易い溶離剤を節約できる
使用条件 pH 0 ~ 1480℃以下
pH 0 ~ 1460℃以下
pH 0 ~ 980℃以下
安定性 化学的に安定 やや劣る やや劣る
NO3NaNO3NaNO3
NaNO3
図 7. NO3-の有無による吸着への影響
WO42
NO3
図 8. NO3-の有無による脱離への影響
特集_天満屋_P01-07.indd 6 2008/11/13 14:35:22
2008.11 金属資源レポート �
特
集
希少金属等高効率回収システム開発事業「廃超硬工具からのタングステン等の回収」
ングステン濃度と同モル数の NaCℓを添加、SV5 の条件で吸着操作を行った。結果を図 9 に示す。図 9で分かるように、NaCℓを添加したものは添加し
なかったものに比べて、WO42-が先に漏出し、WO42-
の吸着阻害要因になっていることが分かった。
3-6. 平成 19 年度の成果のまとめ平成 19 年度からスタートした本プロジェクトにつ
いて、その初年度の試験結果を述べてきたが、成果もしくは分かったことをまとめると下記のようになる。(1)�廃超硬工具のハードスクラップは NaNO3 溶融塩
で効率的に溶解することが可能である。(2)�工業的規模に展開するための基礎的な条件が把握
できた。(3)�従来の酸化焙焼法と比較して、消費エネルギーが
半減できる可能性がある。(4)�ソフトスクラップと NaNO3 溶融塩は激しく反応
し、反応制御が非常に困難であり、さらに基礎的な研究が必要である。
(5)�溶融塩の水溶解工程において、Ti、Ta、Co、Ni�は水に不溶(沈殿物として分離可能)。
(6)�V、Cr は水に溶解することが判明したので、これについては水溶液中の脱 V、Cr の基礎試験が必要である。
(7)�Na2WO4 水溶液は強塩基性イオン交換樹脂を用いて吸着することが可能である。また、NH4Cl-NH4OH 混合の溶離液を用いて、(NH4)2WO4 水溶液への変換は可能である。
(8)�イオン交換の効率は樹脂の種類、液濃度、流速、Cl-、NO3-等と有意差があることが判明した。
3-7. 今後の課題平成 19 年度の 1 年間の試験結果のまとめを踏まえ、平成 20 年度での取り組み課題を下記に示す。
(1)�ソフトスクラップについての最適熔解技術の確立(反応速度制御)
(2)�スクラップ原料中の Co、Ta 等の有価金属の回収技術の確立
(3)水溶液中の Cr、V の分離除去技術の開発
(4)各工程における最適条件確立(5)�実証試験設備製作のための課題抽出、データの蓄積
今後、これらの課題に取り組み、平成 21 年度からの実証試験において、初期の目的ならびに目標値を達成すべく、鋭意開発研究に取り組む所存である。
(2008.9.24)
NaCℓ
Na2WO4NaCℓ
図 9. Cl-の有無による吸着への影響
(413)
特集_天満屋_P01-07.indd 7 2008/11/13 14:35:22