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1 12 巨大ブラックホールと活動銀河中心核 1. 概要 第5章で見たように、銀河は基本構造として円盤成分とスフェロイド成分(バ ルジとハロー)を持つ(ただし、楕円銀河は円盤成分を持たない)。しかし、銀 河にはもう一つ重要な成分がある。それが銀河中心核 (galactic nucleus) であ る。実際、不規則銀河や矮小銀河の一部を除くと、ほとんど全ての銀河は銀河 中心核を持っている(図12−1)。 図12−1 楕円銀河 M87 の銀河中心核(左上の明るく輝いて見える場所)と ジェット構造 (NASA/ESA/STScI) 銀河中心核には比較的個数密度の高い星団があるのではないかと考えられて きたが、巨大ブラックホール(超大質量ブラックホール、super massive black holeSMBH)がその正体であることがわかってきた。実際、銀河系の中心部 にも 410 M SMBH が存在すると考えられている。ほとんど全ての銀河の

12 章 巨大ブラックホールと活動銀河中心核cosmos.phys.sci.ehime-u.ac.jp/.../BBALL/FINAL/Chap-12-YT.pdfEdd 38= 1.3×10 M BH/ M erg s1 例えば、クェーサーの典型的な光度1046

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    第 12章 巨大ブラックホールと活動銀河中心核 1. 概要 第5章で見たように、銀河は基本構造として円盤成分とスフェロイド成分(バ

    ルジとハロー)を持つ(ただし、楕円銀河は円盤成分を持たない)。しかし、銀

    河にはもう一つ重要な成分がある。それが銀河中心核 (galactic nucleus) である。実際、不規則銀河や矮小銀河の一部を除くと、ほとんど全ての銀河は銀河

    中心核を持っている(図12−1)。

    図12−1 楕円銀河 M87 の銀河中心核(左上の明るく輝いて見える場所)とジェット構造 (NASA/ESA/STScI) 銀河中心核には比較的個数密度の高い星団があるのではないかと考えられて

    きたが、巨大ブラックホール(超大質量ブラックホール、super massive black hole、SMBH)がその正体であることがわかってきた。実際、銀河系の中心部にも 410万M☉の SMBHが存在すると考えられている。ほとんど全ての銀河の

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    中心核に SMBHがあることは驚きだが、中には SMBHの強力な重力場を利用して、膨大なエネルギー放射(電磁波)やジェットを出しているものがある。

    そのような銀河中心核は“活動銀河中心核(Active Galactic Nucleus、AGN)”と呼ばれている(活動銀河核という表現も使われている)。 AGNの研究は 1943年に発表されたセイファート (Carl K. Seyfert)の論文に端を発する。彼は近傍銀河の中で、とりわけ明るく輝く銀河中心核を持つもの

    を選び、分光観測を行った。その結果、電離ガスの運動速度が銀河の回転では

    説明できないほど大きな値を持つものが発見された。当時はその原因が分から

    ず、彼の論文も注目を集めることはなかった。しかし、1963 年にクエーサーが発見され、同種の天体であることがわかってから、多くの研究者の注目を集め

    るようになった。それはクエーサーのエネルギー源として SMBH 説が 1964 年に提案されたからである。70年代になると、SMBHの周辺に形成される降着ガス円盤の重要性が認識され、AGNのエネルギー放射のメカニズムが徐々に理解されるようになった。 一方、観測的には、さまざまな波長帯での観測が進められるにつれ、AGNの多様性が認識されるようになった。そもそもクエーサーは電波源として発見され

    たものだが、その後の観測で電波源として認識されるものは一割にも満たない

    ことがわかってきた。また、赤外線や X 線の探査で発見される AGN もあり、AGNを総合的に理解することが困難な状況に陥った。 その事態を救ってくれたのが、近傍宇宙にある AGNの詳細な研究である。近傍宇宙にある代表的な AGN はセイファートの名前に因んでセイファート銀河 (Seyfert galaxy) と呼ばれるようになり、80年代にかけて精力的に研究が行われた。その結果、AGNの統一モデルの姿が見えてきたからである。ただし、なぜ、電波源になるものと、ならないものがあるかは、未だ解明されていない。 一方、AGNの中でクェーサーは非常に明るいため(典型的な銀河の 100個分以上の光度を有する)、宇宙論的に遠方にあるものが多数発見されている。現在

    までに発見された最も遠方のクェーサーの距離は 129億光年である。そのため、宇宙論や銀河間空間の研究にも役立っている(第 14章参照)。 本章ではまず、銀河中心核にある SMBHの存在がどのように認識されてきたかを解説する。続いて多様な活動銀河核がどのように統一的に理解できるよう

    になってきたかを紹介する。近年、SMBHの質量が銀河のスフェロイド成分の質量と非常によい相関を示すことがわかってきた。そのため、SMBHは銀河と

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    共に進化してきたことが示唆されるようになった。そこで、最後に、巨大ブラ

    ックホールが宇宙の歴史の中でどのように形成され、現在の姿になってきたの

    か、銀河進化との関連もふまえて現状の理解をまとめることにする。 2. 巨大ブラックホール AGN は銀河中心部の非常に狭い領域から莫大なエネルギーを放射しており、現在では巨大ブラックホールとその周囲に存在する降着円盤が正体であると広

    く受け入れられている。これらのエネルギー発生の担い手は活動銀河中心核の

    セントラル・エンジンと呼ばれる。ブラックホールの存在が有力視されている

    理由として、莫大なエネルギーが極めて狭い領域から放射されていることと、

    銀河中心部のガスや星が極めて強い重力に支配されて高速に運動していること

    があげられる。 天体からの明るい放射は周辺の物質に放射圧を及ぼすため、物質が飛ばされ

    ずにいるためには中心の質量によって重力的に引き止めておく必要がある。中

    心天体に対して球対称に質量を落とす場合、放射圧と重力が釣り合うときの中

    心天体の光度をエディントン光度 (Eddington luminosity、LEdd) と呼び、SMBHの質量、MBH、と以下の関係がある。 LEdd = 1.3×1038 MBH/ M☉ erg s-1 例えば、クェーサーの典型的な光度 1046 erg s-1で輝くAGNがあったとすると、MBH = 8×107 M☉という大質量のSMBHが中心核に存在していなければならない。 エネルギーを放射している領域の大きさは光度の時間変化から制限される。

    もし放射領域が大きければ、領域全体の光度が変動したとしても、光がその領

    域を伝わるのに有限の時間がかかるために、短い時間での変動が観測されなく

    なる。そのため、もし短い時間Δtの間に変動が観測されたとすれば、その放射領域の大きさ Dは D < cΔtと制限される。ここで cは光速である。AGNの光度は数日以下のタイムスケールで変動することが観測されているので、放射領

    域の大きさは数光日、すなわち太陽系のサイズよりも小さいことが示唆される。

    このような狭い領域から、AGNで観測される光度、1042から 1047 erg s-1 (ある

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    いは、109 L☉から 1014 L☉)を放射するには、通常の恒星の集団では不可能である。そのため、AGN からのエネルギー放射は、SMBH への物質降着の際に解放される重力エネルギーを利用するアイデアが採用されるようになったのであ

    る。 銀河の中心核付近で高速で運動するガスの存在も、銀河中心に大質量が集中

    していることを示している。AGNの電離ガスから放射される輝線の速度幅は数千 km s-1から数万 km s-1に及ぶものがある。これは通常の銀河回転の速度(数百 km s-1に)では説明がつかないが、SMBH周辺に電離ガスがあるとすれば説明がつく。 現在では、銀河中心付近のガスの運動速度の測定から、SMBHの質量が評価されている。その中で、最も信頼性が高い手法は光反響マッピング

    (reverberation mapping)と呼ばれるものである。中心核にある主たる放射源からの可視光や紫外光は時間変動を示す。それに照らされた電離ガスが放つ輝線

    放射は、中心の放射源からそのガスまで光が伝わる時間だけ遅れて時間変動を

    示す。この時間差から、中心の放射源とガスの間の距離がわかる。輝線幅から

    ガスの運動速度がわかるので、ケプラーの法則を用いて、SMBHの質量を求めることができる。 また、銀河中心付近のガスの運動を測定することでもブラックホール質量を

    推定することができる。その中でも精密測定がなされているのは、電波で観測

    される水メーザー放射を利用する方法である。水メーザー(H2O maser) は、背景光を受けた水分子が励起され、エネルギーが低い準位よりも高い順位に電子

    がより多く分布することで強力な輝線放射が増幅されて発生し、22 GHzの周波数で観測できる。超長基線電波干渉計(VLBI、第 16章 3節参照)という手法で電波観測を行うと、ミリ秒角程度の高分解能でメーザーが放射されている位置を

    測定することができる。各位置でのガスの運動速度を測定すると、中心の重力

    源の質量を求めることができる。例えば、NGC 4258という銀河の中心部では、三好真らによってケプラーの法則に従って回転する分子ガス円盤が発見され、

    MBH = 3.9×107 M☉と精密に測定された(図 12-2)。 銀河中心付近の星の運動速度による SMBHの質量測定も行われている。ただし、中心核が明るすぎる場合には中心付近の星を観測することが困難であるた

    め、この方法は低光度の AGNや活動性を示さない銀河で適用されている。銀河系中心に限っては、個々の星の運動を追うことでMBHが求められている(第 11

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    章)。しかし、他の銀河では多数の星をまとめて観測することしかできないため、

    領域ごとの平均速度と速度分散を測定し、理論モデルと比較することで質量が

    評価されている。この方法で、銀河バルジの質量や銀河内の星の速度分散とMBHとの間によい相関があることがわかってきた。これらの相関が成り立つことを

    認めれば、銀河本体の観測から中心核ブラックホールの質量を推定することも

    可能である。

    図 12-2 NGC 4258からの水メーザー放射で測定された、銀河の中心からの距離に対するガスの運動速度。実線はケプラー回転する円盤から期待される速度。

    (Bragg et al., 2000, ApJ, 535, 73より改変)。 このようにさまざまな方法を併用することにより、今では多くの銀河中心核

    についてMBHが推定されている。典型的には、セイファート銀河中心核でMBH =107〜108 M☉程度、クェーサーではMBH = 108〜109 M☉程度である。現在知られている最も質量の大きな SMBH はかみのけ座銀河団の中心銀河 NGC 4889にあり、その質量はMBH = 2×1010 M☉である。一方、質量の小さい SMBHを探索する試みも精力的に行われており、MBH = 105 M☉程度のものが見つかっている。

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    3. 活動銀河中心核の種類 3-1 セイファート銀河 セイファート銀河は、特に近傍宇宙で典型的に見られる AGNの種族のひとつであり、比較的低光度のクラスに属する。より高光度の AGNであるクェーサーとは、可視絶対光度では-23等級、X線光度では 1044 erg s-1程度を境にして区別されることが多い。ただし、この境界は厳密に決まっているものではない。

    ホー(Luis Ho)らがパロマー天文台のヘール望遠鏡を用いて行った、明るい近傍銀河 486 天体に対するスペクトル観測の結果によると、近傍宇宙にある銀河の約 10%がセイファート銀河に分類されている。なお、遠方宇宙において暗い天体を観測することは困難であるため、セイファート銀河は近傍宇宙で観測さ

    れやすく遠方宇宙では見つかりにくい。ただし、セイファート銀河とクェーサ

    ーの分類は光度だけで区別されており、距離の情報は定義に用いられない。 セイファート銀河の可視スペクトルには複数の強い輝線が見られるが、これ

    らの輝線は速度幅によって 2種類に分類される(表 12−1および図 12−3)。 (1) 狭輝線:速度幅は比較的狭く、典型的には数百 km s-1である。許容線と禁制線の両方に観測される。これらの輝線が放射される領域を狭輝線領域

    (narrow line region、NLR)と呼ぶ。 (2) 広輝線:速度幅は比較的広く、典型的には数千 km s-1であるが、中には数万 km s-1に及ぶ場合がある。許容線にしか観測されない。これらの輝線が放射される領域を広輝線領域(broad line region、BLR)と呼ぶ。

    表 12−1 NLRと BLRの性質 NLR BLR

    典型的な速度幅 数百 km s-1 数千 km s-1

    電子密度 102 – 106 cm-3 1010 – 1012 cm-3

    電子温度 10000 K 10000 K

    中心核からの距離 0.01 – 1 pc 10 pc – 数 kpc

    代表的な輝線 a [OIII], [NII], [OI]b 水素原子のバルマー線 c、Fe IId a 可視光帯で観測されるもの

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    b [OIII]λ5007,4959、[NII]λ6584,6548、[OI]λ6300 (数字はÅで表した波長) c 紫外域ではヘリウム (He II)や炭素 (C IV)の許容線も観測される。 d Fe II はバンド輝線なので、可視光帯では波長 4570Åを中心にして数百Åにわたって観測される。 狭輝線と広輝線の速度幅の違いは、表 12−1に示したように、中心核からの距離の差に起因する。AGNの電離ガス雲の速度幅は中心核の周りのケプラー回転で近似できるので、銀河回転を無視すると、SMBH の重力による回転速度 Vrotは以下のように表される。 Vrot ~ 210 ( r / 1 pc)-1/2 ( MBH / 107 M☉)1/2 km s-1 たとえば、r = 0.01 pc に BLRがあると、Vrot ~ 2100 km s-1となる。したがって、速度幅はその 2倍の 4200 km s-1になり、BLRの典型的な速度幅になる。また、kpcスケールの距離にある NLRの電離ガス雲は銀河回転による速度が卓越しており、数百 km s-1の速度幅になる。 狭輝線は全てのセイファート銀河で観測されるが、広輝線は一部のセイファ

    ート銀河でしか観測されない。このため、セイファート銀河は次の二つのタイ

    プに分類される。 (1) 1型セイファート銀河:広輝線と狭輝線の両方が観測される (2) 2型セイファート銀河:狭輝線しか観測されない この分類は 1974年にキャチキアン(Edward Ye Khachikian)とウイードマン(Daniel W. Weedman)によって提案されたものである。1型と 2型セイファート銀河の頻度は、近傍宇宙では約 1対 4の割合で観測されている。 1型と 2型セイファート銀河は、実は同じ種族の天体であるが、見かけの効果で別種の天体のように観測されている。その理由については、AGNの統一モデルの項で改めて説明する。

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    図 12-3 セイファート銀河の可視スペクトル。上から順に、2型セイファート銀河 Mrk 1066、狭輝線セイファート 1型銀河 Mrk 42、および 1型セイファート銀河 NGC 3516。(Pogge 2000, NewAR, 44, 381より改変)。 これらの分類に加え、興味深い種族のセイファート銀河として、狭輝線セイ

    ファート 1型銀河(narrow-line Seyfert 1 galaxy、NLS1)がある。狭輝線セイファート1型銀河の可視スペクトルには速度幅が2000 km s-1を上回る輝線は見られないが、BLRから強く放射される Fe II輝線が強く見られる(図 12-3)。また、X 線や赤外線スペクトルの特徴は 2 型セイファート銀河よりも 1 型セイファート銀河の特徴に合致する。このため、NLS1 は 1 型セイファート銀河の一種だが、巨大ブラックホール質量が1型セイファート銀河よりも軽いために

    BLR ガス雲の運動速度が小さいと考えられている。また、NLS1 は他のセイファート銀河に比べて巨大ブラックホールへの質量降着率が高いという報告があ

    る。以上の特徴から、NLS1 は質量成長が進行中であり、進化途上の巨大ブラックホールを有する可能性がある。そのため、NLS1 は巨大ブラックホールの形成や進化を研究する上で鍵となる天体として注目を集めている。

    4400 4600 4800 5000 5200 5400 56000

    .5

    1

    2型セイファート銀河(Mrk 1066)

    HβHe II

    He II [O III]

    Fe IIFe II

    波長 (Å)

    相対フラックス

    1型セイファート銀河(NGC 3516)

    狭輝線セイファート1型銀河 (Mrk 42)

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    3-2 LINER LINER(ライナー)とは、low-ionization nuclear emission-line region(低電離中心核輝線放射領域)の略称である。この分類はヘックマン(Timothy M. Heckman)によって 1980年に提案された。LINERは中心核部分のスペクトルが低い電離度のイオン(N+や S+)や中性原子(O0)からの強い輝線を示すという性質で定義される。この性質を示すために、図 12−4に可視光帯の輝線による輝線天体の分類図を示す。イオンや中性原子の励起状態を調べる図なので、励起

    分類図 (excitation diagram) と呼ばれるが、提案者の名前にちなみ BPT 図、あるいは VO図とも呼ばれることが多い。この図を見てわかるように LINERでは低電離輝線([N II]、[S II]、および[O I])が相対的に強いことがわかる。また、 星形成銀河の電離ガスもAGNと比較すると低電離であるが、LINERでは [O I]λ6300輝線が有為に強い。これはAGNから放射される高エネルギー光子がNLRに部分電離領域を形成しているためである([O I]輝線は部分電離領域で放射される)。 また、セイファート銀河と同様に LINERにも 1型と 2型が存在する。LINERは典型的なセイファート銀河よりも低光度であることが多いが、分類の基準に

    光度は用いられないので注意を要する。LINERの母銀河はセイファート銀河の母銀河に比べると、より早期型の形態を示す場合が多いことも知られている。 ホーらによる観測の結果によると、LINERは AGNのうち 50〜75%、全銀河の 20〜30%程度を占めている。このため LINERを考慮に入れると、AGNは決して珍しい天体ではなく、むしろありふれた天体といえる。なおここで示した

    割合は検出感度の限界による数え落としを補正していない。そのため、観測で

    見落としている微弱な AGNも含めると、さらに高い割合になると考えられる。このことは、多くの銀河の中心に巨大ブラックホールが存在することも示唆し

    ている。 ただし、LINERを本当に AGNの一種族と見なしてよいかどうかという問題については議論の余地が残っている。すなわち、観測されている LINERの輝線スペクトルの特徴が、SMBHと降着円盤の組合せ以外の考え方でも説明できるためである。その例は、衝撃波でガスを加熱して電離ガスを作る方法である。

    また、O 型星や B 型星といった大質量星、あるいは惑星状星雲の親星や水平分岐の段階にあるような進化の進んだ恒星など、高温の星の集団が LINERの電離

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    源となっている可能性も指摘されている。LINERのうちどれくらいの割合が本当に AGNかという問題は本質的に重要な問題である。なぜなら、銀河の中心にSMBHがどの程度普遍的に存在するかという問題につながるためである。現在までのところ、多くのLINERは低光度のAGNであることが確実になっている。しかし、AGNでは説明できないものもあるので、今後の観測的研究の進展が注目される。

    図12−4 輝線天体を分類するための診断図の例。可視光帯で観測される輝線である[O III]/Hβの強度比と [S II]/Hαの強度比を組み合わせることで、図に示したようにセイファート銀河、LINER、および星形成銀河を区別することができる。 3-3 クェーサー クェーサーは AGN の中でもっとも明るい種族である。クェーサーは、quasi-stellar radio source(準恒星状電波源)との略称である。これは、クェーサーが点状(恒星状)に見える電波源として発見されたためである。ただし、

    その後の探査でわかったことだが、実際にはクェーサーのうち強い電波源であ

    る割合はおよそ 1 割程度にすぎない。そのためクェーサーという名称は実態を必ずしも正確には反映していない。それにも拘らず、歴史的経緯で今でもこの

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    名称が用いられている。また、quasi-stellar object(準恒星状天体)を短縮したQSOという名称が一時期用いられたが、今では使われていない。なお、準恒星状電波源あるいは準恒星状天体という日本語訳の略称として“準星”という用

    語もあったが、これも現在では用いられない。 セイファート銀河よりも明るい AGNがクェーサーに分類され、もっとも明るいクェーサーではその光度は紫外線絶対等級で-29等級にも達する。この莫大な放射エネルギーが銀河中心部のきわめて狭い領域から放射されているというこ

    とこそが、特に重要なクェーサーの特徴である。非常に明るいという特徴によ

    り非常に遠方にあってもクェーサーの観測は比較的容易であるため、クェーサ

    ーは遠方宇宙(初期宇宙)を探るための道具として使われてきている。例えば、

    銀河間物質の化学組成や電離状態の進化を調べる際の背景光としてクェーサー

    は重宝されている(第 14 章)。また、初期宇宙における巨大ブラックホールの形成と進化を議論するためにも、遠方クェーサーの観測的探査が活発に行われ

    てきている。2011 年 7 月現在での最遠方のクェーサーは、モルトロック(D. Mortlock)らが 2011年に報告した、赤方偏移 z=7.085(距離は約 129億光年)のULAS J112001.48+064124.3である。 3-4 電波銀河 AGNのうち一部は非常に強い電波を放射しており、電波銀河(radio galaxy)と呼ばれている。この強い電波放射は空間的に広がった構造から主として放射

    されている。図 12-5 に示すように、こうした構造は Mpc 程度の大きさに達するものもあり、母銀河よりはるかに大きなスケールまで拡がっている(銀河の

    典型的なサイズは 10 kpc 程度である)。 電波を放射している領域は以下の三つの領域に分類される。 (1) 中心核に相当し空間的に分解できない点源であるコア(core) (2) 細く絞り込まれた構造であるジェット(jet) (3) 空間的に広がった構造であるローブ(lobe)

    ジェットの正体は、中心核から光速に近い相対論的速度で噴出される荷電粒子

    流である。ローブはおおむね中心核に対して対称な形だが、シェットについて

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    は片側のみが観測されることも多い。その理由は、相対論的効果によってジェ

    ットの明るさがジェットの進行方向に向かって増幅されるため、観測者に近づ

    く側のジェットが見かけ上明るく見える一方、遠ざかる側のジェットは見かけ

    上暗く見えるからである。

    図 12−5 電波銀河はくちょう座 A (Cygnus A) の電波画像。超長基線干渉計 (VLA) により振動数 5.0 GHz で観測したもの。 (米国国立電波天文台)。 セイファート銀河と同様に、電波銀河にも 1 型と 2 型が存在する。しかし通例では 1 型電波銀河や 2 型電波銀河というよりも、慣習的に広輝線電波銀河(broad-line radio galaxy)あるいは狭輝線電波銀河(narrow-line radio galaxy)と呼ばれる。また、高光度の電波銀河はクェーサーと呼ばれるが、電波で暗い

    クェーサー(radio-quiet quasar)と区別するため「電波で明るいクェーサー」(radio-loud quasar)と明示的に呼ばれる。 電波銀河は大質量(1011M☉以上)の銀河を母銀河に持つ傾向がある。これまでに見つかっている最遠方の電波銀河は赤方偏移 z=5.19 にある TN J0924-2201であるが、この最遠方電波銀河を含めほとんどの高赤方偏移電波銀河も星質量が 1011M☉以上に達するような母銀河を持っている。高赤方偏移では、このような大質量銀河は非常に稀な存在であるため、電波銀河の存在する領域

    は宇宙の各時代において特別に構造形成が早く進んでいる領域である可能性が

    ある。実際に電波銀河の周辺を探査すると、宇宙の平均的な場所に比べて銀河

    が多数見つかる場合がある。このため、高赤方偏移宇宙にある銀河団や原始銀

    河団を発見するための目印として電波銀河が使われることがある。

  • 13

    3-5 ブレーザー ブレーザー(blazer)はもともと、可視光激変クェーサー(optically violent variable quasar、OVV quasar)や BL Lac天体(BL Lac object) といった種族として認識されていた。OVV クェーサーは BLR 放射など、クェーサーとしての性質も示すが、非常に激しい時間変動を示すことから特に区別してこのよう

    に呼ばれる。可視スペクトル中に強い輝線や吸収線の特徴が見られない AGNもあり、代表的天体である BL Lacertae(とかげ座 BL)の名前を因んで BL Lac天体と呼ばれる。 これらの AGNは、電波ジェットが視線に近い方向に放射されていると考えれば統一的に理解することができる。そのため、これら一群の AGNはブレーザー (blazer;これは単なる名称で、物理的な意味は含まれていない) と総称される。 光速に近い速度で運動する荷電粒子からの放射は、進行方向のごく狭い方向

    に集中する。これを相対論的ビーミング (relativistic beaming) 効果と呼ぶ。ジェットの進行方向の正面近くから観測すると、この効果のため、激しい光度変

    動を引き起こし、また、ジェットからの放射が降着円盤や輝線放射領域などか

    らの放射を圧倒する。したがって、ブレーザーの観測的特徴をよく説明するこ

    とができる。 表 12−2 活動銀河中心核の分類

    電波の弱い AGN 電波の強い AGN

    ジェットを見る方向 斜め、横 斜め、横 真正面

    可視光輝線 見られる 見られる 見られないか弱い

    AGN の種類

    (明るい)

    電波の弱い

    クェーサー

    電波の強い

    クェーサー

    ブレーザー

    ↓ セイファート銀河 電波銀河

    (暗い) LINER

    4 活動銀河中心核からの放射 AGNは電波から X線(ときにはガンマ線)までの広い波長域で明るい放射を出

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    している (図 12−6)。これは、AGNを持たない銀河とは全く異なる性質である。したがって、この広帯域スペクトルを星の放射で説明することは不可能であり、

    降着円盤やジェットからの放射など、AGNに特有な放射源を導入する必要がある。広い帯域にわたる連続的な放射に加え、可視光や紫外線などで、さまざま

    な電離度のイオンや原子からの輝線スペクトルを示すことも大きな特徴である。

    ここでは、それらの放射について述べる。

    図 12−6 1 型 AGNの広帯域スペクトル。青の実線と赤の実線は、それぞれ電波で暗い AGNと電波で明るい AGNの平均的スペクトルを示す。 (Shang et al. 2011, ApJS, 196, 2 より改変)。 4-1 降着円盤の熱放射 AGNは広い波長域にわたって放射しているが、特にエネルギーを多く放射しているのは紫外線から極端紫外線にかけての波長域で、そのスペクトルの形状

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    からビッグ・ブルー・バンプ (big blue bump) と呼ばれている。標準降着円盤(11-4 節参照)は高温のガス円盤であり、各半径の温度に応じた黒体放射をしている。円盤は内側ほど高温になり、AGNまわりの円盤の最内縁ではおおよそ 10万 K 程度である。内縁からは極端紫外線が放射され、円盤の外側ではより波長の長い紫外線や可視光が放射される。これが、ビッグ・ブルー・バンプの放射

    の元になっていると考えられている。ただ、極端紫外線は星間物質で吸収され

    やすいためにほとんど観測ができないことと、可視光から紫外線で観測されて

    いるスペクトルの形状は標準降着円盤だけでは説明できないことから、放射の

    起源は十分には理解されていない。 一方、LINERなど低光度の AGNはビッグ・ブルー・バンプを示さない。このことは、低光度 AGNは質量降着率が小さく、紫外線を明るく放射する標準降着円盤がブラックホール周辺に形成されていないと考えると理解できる。 AGNは、軟 X線(0.2〜1 keV)でも明るい成分が観測されることが多く、近似的には温度 100万 Kから 200万 Kの黒体放射の形状をしている。しかし、降着円盤内縁部を考えてもこの温度は高すぎ、その起源はよくわかっていない。 1〜2 keV以上の硬 X線スペクトルはべき関数の形をしており、数百 keVで折れ曲がり高エネルギー側で急激に暗くなる。この成分は、降着円盤からの紫

    外光が、降着円盤コロナと呼ばれる温度 10億 K程度の高温電子と衝突しエネルギーを得ることで作られている。この過程は逆コンプトン散乱 (inverse Compton scattering) と呼ばれる。 このようにして作られた X 線は、観測者に直接届くだけでなく、降着円盤やトーラス(torus、降着円盤や BLR を取り囲むように存在しているドーナツ状のガス・ダスト雲)を照らす。照らされた物質中に侵入した X 線は一部が光電吸収を受けながらもコンプトン散乱されて観測者に届く。この放射成分を「反

    射成分」と呼ぶことがある。反射という用語を使っているが、鏡面による全反

    射ではなく、コンプトン散乱であることに注意が必要である。物質中に X 線があたると、蛍光 X 線も放射される。鉄は宇宙に多く存在するとともに、蛍光 X線を出しやすい(蛍光収率が大きいという)ため、6.4keV の鉄 Kα蛍光輝線が観測されることが多い。 降着円盤からの紫外線などの放射が、周辺にあるトーラス内のダストに吸収

    されると、ダストは温度数十 K からダストの昇華温度 (dust-sublimation temperature)である 1500~2000 K程度に温められる。そのため、温度に応じ

  • 16

    て、赤外線を放射する。この放射が数ミクロンから数十ミクロンの波長域で観

    測されている。 4-2 輝線放射領域 セイファート銀河の項で説明したように、AGN の可視スペクトルには NLRと BLRの 2種類の輝線放射領域が観測されている(表 12−1)。輝線放射のメカニズムは次の 2種類に分類される。 (1) 許容線 (permitted line) (2) 禁制線 (forbidden line) 許容線は再結合線 (recombination line)などで、紫外線から赤外線の波長帯では水素原子の再結合線が顕著に放射されている。ここで、再結合とは電離した

    イオンと電子が再び結合することをさす。 禁制線は重元素原子やイオンから放射される。励起は主として電子との衝突

    で行われる。BLR では禁制線が観測されていないが(表 12−1)、これは重元素の原子やイオンが BLR に存在しないためではない。BLR では電子密度が非常に高いので、衝突逆励起(周辺の電子に運動エネルギーを与える)でエネルギ

    ーの低い準位に遷移してしまうためである。 なお、“許容”と“禁制”の言葉は、電気双極子放射の遷移が量子力学的に許

    されているか、禁じられているかを意味する。禁制線は本来なら放射されない

    が、星間空間のように低密度の環境下では磁気双極子放射や電気四重極放射と

    して放射されものである。 BLRの空間的サイズは 1 pc以下であるため、観測的に BLRを空間的に分解して観測することはできない。一方、NLR は数十 pc から数 kpc の大きさを有するため、近傍の AGNであれば空間的に分解して観測することが可能である。この形状が円錐状をしていることから間接的にトーラス状の遮蔽体の存在が示

    唆されている。これは、あとで説明する AGNの統一モデルを支持する観測事実として重要である。 4-3 ジェット

  • 17

    ジェット (jet) は、ブラックホール近傍から放出される光速近くまでに加速された物質の流れで、電波からガンマ線までのすべての波長で放射している。特

    にジェットが観測者の方向を向いている種族であるブレーザーでは、相対論的

    ビーミングという現象のためジェットからの放射の大部分が観測者方向に集中

    し、観測される放射のほぼすべてがジェット起源である。 ジェットからの放射は、電波からガンマ線の広い帯域の中で大きな二つのピ

    ークを持ち、低エネルギー側のシンクロトロン成分と高エネルギー側の逆コン

    プトン散乱成分の組み合わせで理解されている。ジェットには磁場が伴ってお

    り、加速された電子が磁力線にまきつきながら高速に運動する際に放射される

    シンクロトロン放射 (synchrotron radiation) によって電波から紫外線(ときには X線帯域まで)で輝く。電波や可視光ではジェットからの放射の偏光しているようすも観測されており、主要な放射過程がシンクロトロン放射であることを

    強く支持している。 ジェット内には高エネルギー電子が大量に存在するため、シンクロトロン放

    射された光子は高エネルギー電子と衝突してエネルギーを得る(逆コンプトン散乱)ことで、より高エネルギーの放射も作られる。この放射をシンクロトロン自己コンプトン (Synchrotron Self-Compton、SSC) 放射と呼ぶ。この成分は X線から高エネルギーガンマ線までの帯域で観測される。 4-4 固有な吸収線系(噴出流) AGN からの明るい放射は放射源と観測者の間にある物質により一部が吸収される。放射が吸収体を構成する原子を励起する際に、エネルギー準位差に相

    当する波長を選択的に吸収するため、スペクトル上で特定の波長が暗くなり吸

    収線 (absorption line) として観測される。吸収を担う物質としては、AGNそのものに密接に関係するもの、AGNの母銀河内に存在するもの、および銀河間空間に存在するものがある。ここでは、AGNに起因するものについて述べる。 AGNの紫外線スペクトルを観測すると、数千 km s-1の速度幅に及ぶ幅の広い吸収線(broad absorption line; BAL)が観測されることがある。この吸収線は、対応する輝線よりも短波長側に見られることがほとんどであり、視線方向にあ

    る中心核からの噴出流(アウトフロー、outflow)によるものだと考えられる。輝線と吸収線の速度差が噴出流の速度に相当するが、この速度差は 2万 km s-1

  • 18

    を越すこともある。 スペクトルに BALが見られるクェーサーは BALクェーサー(BAL quasar)と呼ばれ、クェーサー全体のうち 10%程度が BALクェーサーであることが知られている。なお観測されている BALクェーサーはほとんどが赤方偏移 1以遠で見つかっているが、紫外線スペクトルを近傍宇宙の AGNに対して調べることが技術的に難しいため近傍のBALクェーサーが見つかりにくいという選択効果が働いていることに注意する必要がある。 ところで、BAL クェーサーと BAL を示さないクェーサーの違いが何によるのかということがしばしば問題になる。中心核からのガス噴出の有無により両

    者の違いを説明することは可能である。あるいは、すべてのクェーサーにガス

    噴出現象が生じていて、噴出されたガスが視線方向上に存在するかどうかとい

    う位置関係でBALクェーサーとそうでないクェーサーの差が生じると考えることも可能である。この 2つのアイデアのうち前者が正しい場合には、BALクェーサーが巨大ブラックホール進化の特別な段階を見ている可能性が考えられる。

    また後者のアイデアが正しい場合には、中心核からのガスの噴出現象が普遍的

    であることを意味する。これら 2 つのアイデアのうちどちらが正しいのかを明らかにすることは重要であるが、いずれの考え方が正しいのかは未解決の問題

    である。 X 線スペクトルにも、視線上に存在する電離したガスによって作られる吸収線が観測されている。詳細なスペクトル観測により、ヘリウム様(よう)や水

    素様(電子が 2 個または 1 個だけが残っている電離度を意味する;英語では He-likeおよび H-like と呼ぶ)にまで電離した窒素・酸素・ネオンなどの吸収線が検出されている。吸収線の中心エネルギーの測定から、吸収体が 300 km s-1

    から 1000 km s-1程度の速度で噴出していることがわかっている。これらの吸収体は中心核からの明るい放射によって電離(光電離)されたガスであるため、電離吸収体(ionized absorber)と呼ばれる。温度は 10万 K程度であり、X線を明るく放射する高温ガス(温度 100 万 K 以上)と対比させて“温かい”吸収体(warm absorber)と呼ばれることもある。中心核の光度と電離の進み具合から、中心核から吸収体までの距離は 1 pc程度と推定されている。 最近では、このような電離吸収体に比べてさらに電離が進んだガスがより高

    速で噴出しているようすも観測されてきており、超高速噴出流(ultra-fast outflow)と呼ばれている。この噴出流は、鉄よりも軽い元素はほぼ完全電離し、

  • 19

    鉄はヘリウム様や水素様にまで電離が進むという、きわめて高い電離度を示す。

    噴出速度も大きく、光速の 3%から 30%程度にもなる。この噴出流はこれほどの速度を持っているため、銀河に対して大きなエネルギーを与えている可能性が

    ある。もしそうならば、銀河の星間ガスに影響を与えて星形成を抑制したりブ

    ラックホールへの質量の降着を妨げたりする可能性がある。あとで述べる、銀

    河とブラックホールとが相互に影響を及ぼしながら進化したという共進化過程

    を理解する鍵になる現象となる。 表 12−3 活動銀河中心核の放射源

    波長 電波の弱い AGN 電波の強い AGN

    (ブレーザーでないもの)

    電波の強い AGN

    (ブレーザー)

    電波 ジェット ジェット ジェット

    赤外線 トーラス トーラス ジェット

    可視光 降着円盤 降着円盤 輝線放射領域が

    輝線放射領域 輝線放射領域 見えることもある

    ジェット ジェット

    紫外線 降着円盤 降着円盤

    輝線放射領域 輝線放射領域 ジェット

    ジェット

    X 線 降着円盤コロナ 降着円盤コロナ

    ジェット ジェット

    5 活動銀河中心核の統一モデル AGNの統一モデル(unified model)とは、1型と 2型 AGNを別種族の天体と考えるのではなく、観測者が天体を見込む角度が違うことにより本来同じ種

    族の天体が見かけ上別種族の天体に見えていると考えるアイデアである(図 12−7)。具体的には、光学的に厚い(光子の散乱や吸収により不透明になっている)ガスやダストがドーナツのような形をした遮蔽体(トーラス、torus)を形成していて、このトーラスが降着円盤および広輝線放射領域(BLR)の外側に存在すると考える。この場合、トーラスの回転軸方向からトーラス内側を見込むよ

    うな角度で AGN を観測すると、BLR がトーラスに隠されずに観測され、1 型

  • 20

    として認識される。一方、トーラスの赤道面方向から観測すると、BLRはトーラスに隠され、2型として認識される。

    図 12−7 AGNの統一モデル (Urry & Pavodani 1995, PASP, 107, 803より改変) この AGN統一モデルの観測的証拠の一つとして重要なものに、1985年のアントヌッチ(R. Antonucci)らによる観測結果がある。彼らは 2 型セイファート銀河 NGC 1068の可視偏光スペクトルを測定した。直接光スペクトルには速度幅の広い輝線が見られない一方、偏光スペクトルには速度幅の広い Hβ線、He II輝線、Fe II放射など、1型セイファート銀河の特徴が見られた。このこ

  • 21

    とは、NGC 1068では BLRがトーラス状の遮蔽体により隠されていて、トーラスの回転軸方向に放射された光が散乱されて観測者に届いていると考えれば理

    解できる。このとき、何が BLR放射を散乱しているかが問題になるが、偏光に波長依存性が見られないので、ダストによる散乱ではなく自由電子による散乱

    が支配的であると考えられている(ダスト散乱であれば、波長の短い光ほど散

    乱を受けやすいため、直接光スペクトルに比べ偏光スペクトルで連続光の傾き

    がより青くなるはずである)。ただし、すべての 2型 AGNについて偏光スペクトル中に BLR放射の兆候が見られるわけではない。 この偏光分光観測に加え、近赤外線での分光観測でも AGN統一モデルを支持する結果が得られている。いくつかの 2 型セイファート銀河について、可視光スペクトルには見られない速度幅の広い成分が、近赤外線スペクトル中の水素

    輝線に見られるようすが報告されている。これは、可視光に比べ近赤外線の方

    がダストに吸収されにくいため、可視光で見てもダストトーラスに隠されて見

    えなかった BLRが、近赤外線では見えているものと理解できる。 トーラスの存在の間接的な証明として、先に述べたように、多くの AGNにコーン型の形状をした NLRが観測されていることがあげられる。輝線放射だけをとらえる特殊な撮像観測を行い、狭輝線を放射するガスの空間分布を調べると、

    中心核を頂点とする円錐型に分布しているのである。この状況は、中心核から

    全方位に向けて放射される光子のうちトーラスで遮られるものはトーラス以遠

    のガスを電離させることができず、トーラスの開口方向に放射される光子だけ

    がトーラス以遠のガスを電離させて NLR を形成していると考えれば説明できる。 トーラスの存在を示す別の重要な結果として、日本の X線天文衛星「ぎんが」による観測がある。粟木久光らは、2型 AGNの X線スペクトルが、1型 AGNの X 線スペクトルが視線上にある物質によって大きな吸収を受けた形をしており、トーラス越しに中心核を見ていると解釈できることを示した。 中心核からダストトーラス内壁までの距離は、ダスト昇華半径

    (dust-sublimation radius)が決めていると考えられる。中心核までの距離が近くなればなるほどダストが受ける放射エネルギーが大きくなって温度が上昇

    し、1500~2000 K程度に達したダストは昇華してしまう。このため、ダストはダスト昇華半径よりも外側でしか安定的に存在できないので、この半径が中心

    核からダストトーラス内壁までの距離を決めている。

  • 22

    この AGN統一モデルによれば、1型と 2型 AGNの個数比はトーラスの形状と密接に関係する。現状の観測装置ではトーラスを空間的に分解して観測する

    ことが困難であるために、トーラスの形状はよくわかっていない。特にトーラ

    スの厚みは 1型 AGNと 2型 AGNの個数比と直接対応すると考えられるが、トーラスの厚みが自己重力に逆らって維持されていることを物理的に説明するこ

    とは簡単ではない。ひとつのアイデアとして、トーラスの内側で活発な星形成

    が起きているため、持続的に超新星爆発が発生して外向きの力が生じていれば

    トーラスの形状が維持されるという数値シミュレーション結果も報告されてい

    る。 ただし、1型と 2型 AGNの個数比は AGN光度に依存することが知られている。この事実は、ある形状のトーラスを導入するだけでクェーサーやセイファ

    ート銀河など幅広い光度の AGN に見られる多様性を理解することはできないことを意味する。とりわけ、明るいクェーサーについて 2 型の天体数が極端に少ないことは、放射圧の影響で幾何学的に厚いトーラスが存在できないことを

    意味するのかもしれない。ただし、可視光でのクェーサー探査では相対的に暗

    い 2型クェーサーを見落としがちであり、また X線探査でも非常に強い吸収を受けた 2型クェーサーを見落としがちであることに注意する必要がある。 高光度側だけではなく、低光度側においても AGN統一モデルの適用限界についての議論がある。いくつかの低光度 AGN について、BLR 放射が可視スペクトルに見られないにも関わらず、中心核がトーラスに隠されていないと考えら

    れる天体がある。これらの天体では、X線スペクトルに吸収の兆候が見られず、可視連続光が1型AGNと同様の時間変動を示すことが報告されている。つまり、中心核はトーラスに隠されておらず直接見えていると推察される。したがって、

    このような AGNでは、BLRが隠されているのではなく、そもそも BLRが存在しないのではないかと考えられている。 このように、多くの場合には AGN統一モデルは依然として有効なモデルであるものの、AGN統一モデルが成り立たないような場合もあることを認識しておく必要がある。 6 活動銀河中心核の探査 AGNの探査の黎明期を切り拓いたのは、電波サーベイである。ケンブリッジ

  • 23

    大学のグループが 1959年に発表した第 3ケンブリッジカタログ(3C)では、4素子の電波干渉計を用いて振動数 159 MHz で行った探査の結果がまとめられており、赤緯-22度から+71度にあって 8 Jyよりも明るい 471の電波源が記載されている。この電波サーベイは空間分解能が悪く、可視対応天体を同定する

    ためには月による掩蔽現象に頼る必要があったが、それにより 1963 年には 3C 48と 3C 273の赤方偏移がそれぞれ 0.367と 0.158であることがわかった。初めて宇宙論的距離にあるクェーサーを発見したという点でこの探査の意義はき

    わめて高い。ケンブリッジ大学の電波天文学グループは 3C以降にも電波サーベイを継続し、現在では 10Cカタログまで公表されている。 またケンブリッジ大学によるもの以外にもいくつかの電波サーベイが行われ

    ており、代表的なものにオーストラリアのパークス電波観測所が南天(赤緯+20度以南)に対して行った電波サーベイがある。ただし、こうした電波サーベイ

    では、AGNの一部にすぎない電波で明るい種類の AGNだけが主に発見されることに注意する必要がある。 初期の電波サーベイとそれに基づく可視光での観測から、AGNが非常に青い色をしている点状の天体であることが理解されるようになった。これをふまえ、

    可視光帯のいくつかのバンドで点源を測光して色を調べて、U バンドが特に明るい天体(紫外線超過を示す天体)に注目することにより AGNを探す取り組みが精力的に行われるようになった。クェーサーは数密度が小さいので、効率よ

    くクェーサーを探査するために視野の広いシュミット望遠鏡が多用された。紫

    外線超過天体の代表的な探査は、パロマー天文台で取得した画像データに基づ

    いてグリーン(R. Green)らが 1986年にまとめたものであり、そのカタログに示された 114天体のクェーサーサンプルはパロマー・グリーン(PG)クェーサーと呼ばれている。 紫外線超過に加え、強い輝線がスペクトル中に見られることも AGNの観測的特徴である。このことに注目し、シュミット望遠鏡に対物プリズムを取り付け

    て視野内の明るい天体のすべてについて、粗いスペクトルを取得して効率よく

    クェーサーを探す手法も試みられている。代表的な探査は、英国シュミット望

    遠鏡(United Kingdom Schmidt Telescope、UKST)を用いて行われたラージ・ブライト・クェーサー探査(Large Bright Quasar Survey、LBQS)である。この探査では、約 600 平方度に対する観測により、赤方偏移 3.3 程度までのクェーサー計 1055天体をカタログ化している。

  • 24

    クェーサー探査を飛躍的に進展させたのが、スローン・デジタル・スカイサ

    ーベイ(Sloan Digital Sky Survey、SDSS)である。SDSSは全天の約 4分の1におよぶ広大な領域をおよそ 3500 Åから 9000 Åまでの 5バンドで撮像し、大量のスペクトルを取得するプロジェクトである。この 5 バンドでの測光情報を用いると、高赤方偏移クェーサーが示すライマンブレイク(Lyman break、クェーサーと観測者の間に存在する中性水素により静止系波長 912 Åより青い光が吸収されて非常に暗くなる特徴:第5章参照)を観測することができるため、

    効率よく高赤方偏移クェーサーを探すことができる。シェン(Y. Shen)らが2011年に公開した SDSSクェーサーカタログには 10万天体以上のクェーサーが掲載されている。この SDSSクェーサー探査では赤方偏移 6.42までのクェーサ ー が 発 見 さ れ た 。 ま た カ ナ ダ ・ フ ラ ン ス ・ ハ ワ イ 望 遠 鏡

    (Canada-France-Hawaii Telescope、CFHT)も同様の広域サーベイを行い(CFHT Legacy Survey、CFHTLS)、赤方偏移 6.43までのクェーサーを発見している。 さらに高赤方偏移にあるクェーサーを探すには、可視光から近赤外線に赤方

    偏移するライマンブレイクを捉える必要があるため、近赤外線での広域撮像サ

    ーベイが必要になる。英国赤外線望遠鏡(United Kingdom Infrared Telescope、UKIRT)を用いた広域撮像サーベイ(UKIRT Infrared Deep Sky Survey、UKIDSS)のデータに基づき、モルトロック(D. Mortlock)らが 2011年に報告した、赤方偏移 7.085にある ULAS J112001.48+064124.3が 2012年7月現在で知られている最遠方のクェーサーである。日本の国立天文台がアメリカ合

    衆国ハワイ州のマウナケア山頂に設置しているすばる望遠鏡においても、次世

    代超広視野カメラを用いて広域多バンド撮像観測を行ってクェーサーを系統的

    に探査する計画が進められている。 電波での探査や可視光での探査といった古くから行われている AGN 探査に加え、近年では X 線による AGN 探査が盛んに行われている。X 線でのクェーサー探査は、感度の高さと探査領域の広さを両立させることが他波長での探査

    より困難である一方、X線の透過力のおかげでダストに覆われた AGNを見つけやすいという利点がある。特に透過力が高い硬 X 線による探査では、他波長では発見困難なほどに深くダストに覆われた AGNを発見可能である。 最近では、中間赤外線のスペクトル形状に着目して AGNを探査する取り組みも行われてきている。NASAが 2003年に打ち上げた赤外線天文衛星であるスピ

  • 25

    ッツァー宇宙望遠鏡 (Spitzer Space Telescope) により高感度の探査が可能になった。日本の赤外線天文衛星「あかり (Akari)」は全天に対する多バンド赤外線撮像観測を行い、X線情報と組み合わせた AGN探査などの試みが行われている。今後、NASA等が 2009年に打ち上げた赤外線天文衛星であるワイズ(WISE)衛星による非常に深い全天多バンド赤外線撮像観測が AGN 探査に有用なデータを提供すると期待される。 こうした多くの AGN探査の目的は、さまざまな距離にあるさまざまな明るさの AGNの数を数え上げることにより、巨大ブラックホールが宇宙の中でどう進化してきたかを理解することである(次節参照)。 7 活動銀河中心核の形成と進化 観測されている巨大ブラックホールは、種となるブラックホール (seed black hole) が何らかの形で形成された後に現在の姿へと成長してきたと考えられている。しかし、種となるブラックホールは観測的にとらえられておらず、その

    質量や形成メカニズムもよくわかっていない。ひとつの考え方は、大質量星の

    超新星爆発で形成される恒星質量程度のブラックホールが種となり、ガス降着

    やブラックホール同士の合体を経て巨大ブラックホールに成長したというもの

    である。しかしこの考え方では、宇宙年齢 10 億年の時点までに太陽質量の 10億倍の質量の巨大ブラックホールを作ることが難しく、観測結果を説明するこ

    とが困難である。そこで、宇宙初期に存在したと考えられる第一世代星(種族

    IIIの星、Population III star、7-2-7節参照)の超新星爆発で形成されるブラックホールを種とするアイデアが考えられている。第一世代星はそれ以降の世代

    の恒星よりも質量が大きくなる可能性があり、太陽質量の数百倍にも達し得る

    ことが指摘されている。ただし、大質量第一世代星の超新星爆発の理論から予

    想される元素組成比と天の川銀河における低金属量星の元素組成比が全く合わ

    ないことなどから、第一世代星の質量が太陽質量の数百倍に達するようなこと

    はなかったのではないかという指摘もある。さらに別の考え方として、太陽質

    量の数百倍以上のガス雲が星形成を経ずに重力収縮により直接ブラックホール

    を作り、それが巨大ブラックホールの種となるというアイデアもある。いずれ

    の考え方も広く支持されるには至っておらず、今後の研究の進展が待たれると

    ころである。

  • 26

    種ブラックホールが形成されたとすると、その後質量が成長し、現在の巨大

    ブラックホールの姿に至るまで進化してきたはずである。銀河中心核ブラック

    ホールは、合体と質量降着によって質量を増加させてきたと考えられている。

    なお、ブラックホールの進化ということばで、ブラックホールの性質(質量や角運動量)が時間とともに変化してきたようすを表す。 銀河は衝突合体を繰り返し進化してきたため、合体の時点で銀河の中心核に

    ブラックホールが存在していたとすれば、ブラックホール合体も起こってきた

    と予想される。合体した銀河の中に二つの巨大ブラックホールがあると、周囲

    の星との重力による相互作用を通じて徐々に角運動量を失い、中心へと落ち込

    んでいく。しかし、ブラックホール間の距離が 1 pc程度になると、距離を縮めるのに極めて長い時間がかかり、現在のところ宇宙年齢よりも短い時間で合体

    させる機構は理解されていない。これが、未解決のファイナルパーセク問題 (final parsec problem) である。さらに、ブラックホール間の距離を縮めることができたとすると、重力波を放出することによってブラックホール同士はさら

    に近づき、最後には合体する。 周辺のガスや星がブラックホールに吸い込まれる(質量降着する)ことでも、ブラックホールは質量を増加させてきたはずである。ブラックホールの周囲には、

    降着してきた物質により降着円盤が形成され、質量降着した量に応じて降着円

    盤は明るく輝く。すなわち明るく輝いている AGNは、質量を増加させつつある状況にあるブラックホールであるといえる。ただ、質量降着が起こり、降着円

    盤が明るく輝くと、その放射圧により質量降着が妨げられるため、ブラックホ

    ール質量を短時間の間に急成長させることには限度(エディントン限界)があ

    る。宇宙年齢が 10 億年に満たない時期に、すでに 109M☉を超える質量のブラックホールが存在していたという観測結果が得られているが、種ブラックホー

    ルをそのような大質量ブラックホールへと短時間で成長させるために、エディ

    ントン限界を超えた質量降着が起こっていた可能性も提案されている。 巨大ブラックホールの進化を調べる際、光度関数(luminosity function)がよく用いられる。光度関数は、ある光度の天体が、どれほどの数密度で存在してい

    るかを光度の関数として表したものである。天体の距離(あるいは赤方偏移)ごとのグループに分けて光度関数を比較することで、光度関数の進化(赤方偏移依存性)を調べることができる。光度関数が距離とともに関数の形状を保ったまま、密度が変化する (グラフが上下方向に移動する )ことを密度進化 (density

  • 27

    evolution)、光度が変化する(グラフが左右方向に移動する)ことを光度進化(luminosity evolution)という。 観測的には、12-6 節のような大規模な探査を行うことで、さまざまな距離や明るさにある多数の AGNを検出し数え上げることによって、光度関数とその進化が調べられている。図 12−8 はさまざまな X 線天文衛星を用いて 2~10 keVの X 線で検出された AGN の光度関数である。この図で赤方偏移ごとの光度関数の形を比較すると、単に上下方向や左右方向に関数を移動させて形状にはな

    っていない。この光度関数の進化の仕方は、光度によって密度進化の度合いが

    異なるという「光度に依存する密度進化」 (luminosity-dependent density evolution)で表されている。

    図 12−8 X線で観測された AGNの光度関数を 5つの赤方偏移のグループに分けて示したもの。Ueda et al. (2003, ApJ, 598, 886) より改変。 この光度関数の進化は、別の表現をするとわかりやすい。図 12-9は AGNを光度ごとにグループ分けし、それらの空間密度が時間とともにどう変化してき

    たかを、赤方偏移の関数として表したものである。光度が大きい AGNであるクェーサーは赤方偏移 2~3程度で存在量がピークになり、近傍宇宙では全く見ら

  • 28

    れなくなっている。クェーサーより光度が暗い AGNは、光度が暗いほどより近傍(最近の宇宙)で存在量のピークをとる。このように、光度によって個数の進化の仕方が異なることがわかる。光度が暗いものほど、より最近の宇宙で存在量

    がピークになる現象は、ダウンサイジング (downsizing) と呼ばれている(第5章参照)。

    図 12−9 光度ごとに AGN の空間密度を赤方偏移の関数として示したもの。上から光度(erg s-1)の対数が 46以上、45-46、44-45、43-44、42-43。 (Hasinger et al. 2005, A&A, 441, 417より改変) [左上の(a)は削除。できれば図中の点線と、右下の点線 + PLE を削除。] 明るいクェーサーが、遠方では多く存在していたが近傍で見られなくなって

    いることから、近傍宇宙にはクェーサーの残骸である巨大ブラックホールが、

    今では中心核活動性を示さないような通常銀河の中心に残っていると考えられ

    る。これは“死んだクェーサー問題(dead quasar problem)”と呼ばれている。

  • 29

    実際、銀河中心核の活動性を示さない近傍銀河の中心に存在する SMBHが見つかり始めており、これらがクェーサーの名残なのかもしれない。 AGNは質量降着によって輝いており、ブラックホールの質量が質量降着だけで増加している(合体の影響を無視する)とすると、AGN の光度関数の進化をブラックホール質量の進化へと焼き直すことができる。ただし、降着した質量が

    どれほどの効率で放射に転化するかは仮定する必要がある。降着した質量が持

    つ静止エネルギーの約 10-30% が放射されたとすると、観測されている光度関数の進化から予測される現在の宇宙でのブラックホールの質量密度と、観測か

    ら実際に推定された通常銀河を含めた銀河中心核ブラックホールの質量密度が

    よく一致することがわかっている。この 10-30%という放射効率は、回転するブラックホール(カー・ブラックホール:第 11 章参照)の場合に期待される値でもあり、質量降着がブラックホールの質量成長に重要な役割を果たしていること

    は間違いなさそうである。 8 巨大ブラックホールと銀河の共進化 巨大ブラックホールと銀河の共進化(co-evolution between super massive black holes and galaxies)とは、銀河とその中心核に位置する SMBHが互いに影響を及ぼし合いながら進化してきたとする考え方である。この概念によれば、

    銀河進化の全貌を理解するためには AGN現象の理解が必須であることになる。 SMBHと銀河の関わり合いの重要性が広く認識されるようになったきっかけのひとつは、SMBH質量と母銀河のスフェロイド成分(円盤銀河であればバルジ、楕円銀河であれば銀河自身)の星質量とが正比例の関係にあることが観測

    的にわかってきたことである(図 12−10)。しかも、この関係は AGNの有無に拘らず成立している。 12-2節で述べたような方法により、SMBHの質量が測定されてきており、近傍宇宙にある銀河について調べてみると、SMBHと母銀河楕円体成分の質量比は銀河によらず約 0.2%という値が得られる。この正比例関係は、観測的にこの関係を指摘したマゴリアン(J. Magorrian)の名前から、マゴリアン関係と呼ばれることもある。この正比例関係は、銀河と巨大ブラックホールが密接な影

    響を互いに及ぼし合いながら質量成長を遂げてきたことを示唆する。しかし 1万光年以上の大きさを持つ銀河とシュヴァルツシルト半径が 0.01光年以下であ

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    る巨大ブラックホールとがどのようにして互いの進化に影響を及ぼし合うのか、

    その物理過程を明らかにすることが現在大きな課題となっている。

    図 12−10 SMBHと銀河のスフェロイド成分の質量の相関−マゴリアン関係 (Gultekin et al. 2009, ApJ, 698, 198より改変) 銀河で新しく星が爆発的に形成される現象をスターバースト(starburst:第5章参照)というが、銀河の星質量増加につながるスターバースト現象と SMBHの質量増加につながる AGN 現象が密接に関係することは古くから知られており、スターバースト AGN関係(starburst-AGN connection)と呼ばれている。 例えば、スターバースト強度の指標である芳香族炭化水素(polycyclic aromatic hydrocarbon、PAH)からの赤外線強度と AGN光度の間に正の相関が見られることは、スターバースト−AGN 関係の観測的兆候のひとつである。宇宙における平均的な星形成率密度(単位体積単位時間あたり星形成率、star-formation rate density)の赤方偏移依存性と、明るいクェーサーの数密度の赤方偏移依存性とがほぼ同じ形をしていることも、スターバースト−AGN 関係の傍証である。

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    AGN統一モデルで重要な幾何学的に厚いトーラスの形状を維持するため、中心核近傍におけるスターバーストが本質的な役割を果たしているとする理論的

    指摘もあるが、これもスターバースト−AGN関係を踏まえたものである。 SMBH と銀河の共進化を考える際に鍵となる概念が、フィーディング(feeding)とフィードバック(feedback)である。フィーディングとは、銀河スケールから巨大ブラックホールにガスを供給させることである。一般にガス

    は角運動量を持つため、銀河スケールにあるガスを巨大ブラックホールに落下

    させるためにはガスの角運動量を取り除く必要がある。この角運動量の抜き取

    りを引き起こすため、銀河合体が本質的な役割を果たすとする考えや、棒渦巻

    銀河における棒構造のポテンシャルが寄与しているとする考えなどが提案され

    ている。効率の良いフィーディングは銀河の中心部に大量のガスを輸送するた

    め、巨大ブラックホールへの質量降着を起こすとともに、銀河中心部でのスタ

    ーバースト現象も引き起こすかもしれず、スターバースト−AGN 関係と密接に関わっている可能性がある。 一方、フィードバックとは、AGN現象が母銀河の星形成活動などに影響を与える過程である。なお、フィードバックという用語は AGN 以外にも天文学の種々の天体について使われるため、AGN現象によるフィードバックのことを明示的に AGNフィードバックという場合が多い。例えば、AGNからの強い放射に伴う放射圧や、AGNの活動性に伴うガスの噴出流(12-4-4節参照)により、母銀河中のガスが吹き飛ばされることで星形成の材料がなくなり、星形成活動が

    停止することが考えられる。 ところで、銀河の統計的性質の進化を理論モデルで取り扱う際に、大質量銀

    河での星形成活動が継続しすぎてしまい、現在の宇宙で観測されている大質量

    銀河の数密度や色分布を理論が再現できないという困難がしばしば見られる。

    この困難を解決するために AGNフィードバックをモデルに導入し、大質量銀河での星形成活動をある時期に止めてしまうことにより現在の宇宙での銀河の観

    測結果と合致する理論計算が得られている。そのため、銀河進化における AGNフィードバックの重要性が注目を集めている。 AGNフィードバックは、銀河に対して働くだけでなく、より大きなスケールである銀河団に対しても働いていることが知られている。銀河団は X 線を放射する高温ガスに満ちているが、AGNから放出されたジェットが高温ガスを押しのけて作った空洞状の構造が観測されている(図 12-11)。このことから、AGN

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    が銀河団といった宇宙の構造にまでも大きな役割を果たしていることが推測さ

    れる。

    図 12-10 (左)銀河団 MS~0735.6+7421 の X 線画像。電波画像(右)で見られるAGNからのジェットが吹き出しているところでは、X線を放射する高温ガスが押しのけられ空洞になっている。 (NASA/Chandra X-ray Center) 以上見てきたように、AGN 現象は SMBH の形成と進化やエネルギー生成機構のみならず、銀河進化との枠組みでも重要な現象であると考えられるように

    なってきた。宇宙の進化を総合的に理解する上で、AGNの役割は想像していた以上に大きい。今後は AGN(すなわち SMBH)と銀河の共進化をベースにした研究が必須になるであろう。