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欧米諸国では、ショッピングモール内をLRTが運行する「トランジットモール」 が多数成立している。トランジットモール区間では、LRT 関連施設と沿線施設 が隣接する空間構成が見られる。このような事例は、日本国内では法制度などの 制約によりほとんど見られず、欧米諸国のトランジットモールを国内にそのまま 適応することは難しい。そこで本章では、軌道空間と沿線施設が隣接する点に おいて類似性を持つ、サイドリザベーションに着目する。熊本市電の SR 区間を 主な対象に、「電停とオープンスペース」や、「電停と駅前広場」といった、LRT 関連施設が歩行者空間に密接に関与する空間に着目する。そのような空間におい て、両者が調和し、かつ相互作用を生み出すようなデザインとはどのようなもの かについて、いくつかの要素を抽出し言及する。 第3章 LRT がもたらす歩行者空間の拡大 11

第3章 LRTがもたらす歩行者空間の拡大¹³成29年度lrt... · 2018-12-27 · srの抱える課題と対応策 14 第3章 lrtがもたらす歩行者空間の拡大 2

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 欧米諸国では、ショッピングモール内を LRT が運行する「トランジットモール」が多数成立している。トランジットモール区間では、LRT 関連施設と沿線施設が隣接する空間構成が見られる。このような事例は、日本国内では法制度などの制約によりほとんど見られず、欧米諸国のトランジットモールを国内にそのまま適応することは難しい。そこで本章では、軌道空間と沿線施設が隣接する点において類似性を持つ、サイドリザベーションに着目する。熊本市電の SR 区間を主な対象に、「電停とオープンスペース」や、「電停と駅前広場」といった、LRT関連施設が歩行者空間に密接に関与する空間に着目する。そのような空間において、両者が調和し、かつ相互作用を生み出すようなデザインとはどのようなものかについて、いくつかの要素を抽出し言及する。

第 3 章 LRT がもたらす歩行者空間の拡大

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Page 2: 第3章 LRTがもたらす歩行者空間の拡大¹³成29年度lrt... · 2018-12-27 · srの抱える課題と対応策 14 第3章 lrtがもたらす歩行者空間の拡大 2

1 国内外における路面電車の活用と障壁

1 国内外における路面電車の活用と障壁国内外における路面電車の利用

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第 3 章 LRT がもたらす歩行者空間の拡大

軌道施設と周辺オープンスペースの意匠

 欧米諸国にはトランジットモールと呼ばれる、自家用自動車を完全に排除し、公共交通を運行させた商業空間が存在する ( 図 3-1-1)。そこでは歩行空間の中に軌道敷が入り込む関係にあり、電車は軌道から飛び出すことはなく、かつ、低速度運行ゆえ、トランジットモール区間では歩道や商店のすぐ側を走行することが可能である。

 欧米諸国では、トランジットモールをはじめ、LRT/ 路面電車と人々との活動が絡み合った空間が創出されている。しかし先述した通り、現在国内でトランジットモールを実現することは困難である。とはいえ、電停等軌道施設と周辺オープンスペースの間のデザインが乖離すると歩行者に「寄り添った」デザインとは言い難い。

 国内に目を移すと欧米諸国のようなトランジットモールが成立している事例は乏しく、そこには主に都市政策、都市計画上の制約が存在する。1

例えば、駐車場法により、一定以上の規模のビルを作る際に、駐車場を附置する義務がある。他方で、国内でトランジットモールを設けるためには、その通りの車の出入りをなくす必要がある。

 そこで本章では、街路上で歩道に隣接して軌道が敷設されるサイドリザベーション (SR) 方式を対象とする。そして、国内都市における SR 電停と広場 ( 特に駅舎・駅前広場 ) との関係について論じる。その際に海外事例も交え、国内において軌道施設とオープンスペースの間を相互影響させうる可能性について検証する。

1:神田昌幸氏へのヒアリング (2017. 2. 2 実施 ) より執筆

図 3-1-1:トランジッドモール区間の様子 (Portland)

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2 国内路線における SR の特異性と可能性

2 国内路線における SR の特異性と可能性国内における軌道と電停の設置位置

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第 3 章 LRT がもたらす歩行者空間の拡大

国内における SR 事例と成立経緯

 自動車との併用軌道区間において、路面電車軌道の道路断面における敷設位置は 2 つに大別される。それは、道路中央に軌道をもつセンターリザベーション (CR) 方式 ( 図 3-2-1) と、道路歩道側に軌道をもつ SR 方式である。また SR 方式には、複線を片方の歩道側に集約する方式 ( 片側集約方式 ) と、複線を道路の両方の歩道側に分ける方式( 路側走行方式 ) が存在している ( 図 3-2-2)。 SR 区間では、図 3-2-2 のように、軌道と歩道が隣接しているため、LRT/ 路面電車は歩道や商店のすぐ側を走行することが可能である。この特徴は、欧米諸国で成立しているトランジットモールの特徴と類似している。 本章ではこの点に着目し、SR 事例を主な対象とする。そして、欧米諸国のトランジットモールで実現しているような LRT/ 路面電車と人々の活動が絡み合う空間を、SR 方式を利用することによって国内にも創出する可能性について探る。

 国内では、軌道建設規定の第八条において「併用軌道ハ道路ノ中央ニ之ヲ敷設」と定められていることから、原則としての CR 方式を導入している都市、事業者が大半である。2 ところが、札幌・熊本・鹿児島各市においては、一部区間ではあるものの例外的に SR 方式が導入されている。 鹿児島市では 2004 年に鹿児島中央駅前のみ片側集約方式が導入された ( 図 3-2-3)。九州新幹線の開業に合わせ、他公共交通への乗り継ぎの利便性を向上させる目的で行われた東口駅前広場整備事業の一環として、国内初の SR 電停が生まれた。3

 熊本市では 2010 年に田崎橋から熊本駅前にかけての約 570m の区間 ( 田崎橋付近は単線 ) において片側集約方式が導入された ( 図 3-2-4)。鹿児島と同様に、九州新幹線の全線開通に合わせて行われた熊本駅東口駅前広場の整備など駅周辺の大規模開発の一環として SR 事業が行われた 。4

 札幌市では 2015 年に西4丁目・すすきの間約400m の区間で国内初の路側走行方式が導入された ( 図 3-2-5)。2つの先行事例と大きく異なるのは、札幌市電の SR 区間のみが延伸事業の一環として整備されたことである。

2:軌道建設規程 ( 大正十二年十二月二十九日内務省・鉄道省令第一号 ). http://law.e-gov.go.jp/htmldata/T12/T12F00202001001.html 最終アクセス (2017. 5. 16)3:鹿児島市「鹿児島中央駅周辺一体的まちづくりガイドライン」(2013)4:国土交通省「熊本市における路面電車・LRT に関する取り組み」(2012) http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/soukou/soukou-magazine/1208kumamoto.pdf 最終アクセス (2017. 5. 24)

図 3-2-2:SR 方式における軌道の敷設位置( 上:片側集約方式、下:路側走行方式 )

図 3-2-1:CR 方式における軌道の敷設位置

図 3-2-3:鹿児島市電 ( 鹿児島中央駅前 )

図 3-2-4:熊本市電 ( 熊本駅前 )

図 3-2-5:札幌市電 ( 狸小路 )

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SR の抱える課題と対応策

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2 国内路線における SR の特異性と可能性第 3 章 LRT がもたらす歩行者空間の拡大

SR の可能性

 国内において SR 事例はあくまで少数派であるが、それは軌道建設規定だけが理由ではない。ここでは、その中でも路側に軌道が敷設されることによって生じる都市インフラ上の課題として、以下の2つを取り上げる。また、それらの課題に対して取られた対応策も取り上げる。

① バス路線との調整 SR 区間では路側に軌道が敷かれるため、路側における自動車の駐停車は禁止される。このことから、SR 区間にバス停を設けることは困難となる。この課題に対して熊本市電では、バスと運行路線が重複している田崎橋電停付近において、軌道を複線から単線に切り替えることにより、SR 区間にも関わらずバス停を設置している ( 図 3-2-6)。 ② タクシーの乗降場や荷捌きスペースの確保 ①と同様の理由から、SR 区間におけるタクシーの乗降車と、軌道沿線施設への荷捌きは困難となる。この課題に対して札幌市電では、ハイヤー協会や沿線施設の商業者との協議を重ねることによって 5、脇道にタクシー乗り場や周辺施設の荷捌きスペースを移設している ( 図 3-2-7)。

 以上のように、SR を既存の都市に導入する際に乗り越えなければならない課題は多い。 先に紹介した①の課題に対する熊本市電の一部単線化による対応は、田崎橋電停が始終点であったこと、また軌道の敷設された路面が片側3車線と道路幅員が広かったからこそ実現したものであると考えられる。つまり、場所を問わずにこのような事例を当てはめられるわけではないということである。しかし、この電停とバス停の位置関係は、路面電車/ LRT とフィーダーバスの連携を考えた際に、乗り換えの利便性の観点から1つの理想形として捉えることも出来よう。 同様に、②の課題に対する札幌市の対応は、何度も協議を重ねたことによって実現したものであり、容易に他都市でも適応できるとは限らない。しかし、自動車交通が中心となった現状の国内都市において、新たに軌道を敷設することにより道路の再分配が行われたことは特筆すべきことであろう。また SR 方式を採用することにより、軌道の敷設以前はタクシーやトラックなどが駐停車することが当たり前となっていた路側が、都市交通の観点から有効利用されるように変化した。そしてそれは同時に、軌道の敷設以前まで自動車が占

有していた路側を、歩行者がいつでもアクセス可能な空間へとも変化させたと捉えることが出来る。 このように既存の都市に SR を導入することは、多くの課題を孕んではいるものの、都市の骨格を変える上での「触媒」ともなり得る。この「触媒」は、自動車中心社会からの脱却に繋がる契機となる可能性も秘めていると言える。 このような観点から、次頁以降では、SR 方式が沿線のオープンスペースにもたらす影響に着目し論を進めていく。

5:札幌市まちづくり政策局へのヒアリング (2016. 11. 25 実施 ) より執筆

図 3-2-6:田崎橋電停 ( 熊本市電 ) と直結するバス停

図 3-2-7:SR 事業に伴うタクシー乗り場・荷捌きスペース変更の案内 ( 札幌市 )

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3 電停と広場の一体デザイン

3 電停と広場の一体デザイン国内における電停と広場の隣接事例

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第 3 章 LRT がもたらす歩行者空間の拡大

 先述したように、熊本市では九州新幹線の全線開通に合わせた熊本駅周辺の大規模開発の1つとして SR 化が行われた。その大規模開発の1つに、合同庁舎の熊本駅周辺への移設事業も含まれており、これら2つの事業は一体的に行われた ( 図3-3-1)。これにより、熊本市電の二本木口電停と合同庁舎の出入口部分が隣接する現在の形が作られた。また、二本木口電停と合同庁舎の間には広場が設けられており、電停と広場が隣接するデザインがなされている ( 図 3-3-2)。 電停自体の設備としては、ベンチや天候対応型の上屋などが設置されており、市電利用者にとっ

ての待機スペースとしての機能を有している ( 図3-3-3) 。また、二本木口電停と合同庁舎の間に設けられた広場には、植栽や腰掛けが配されており( 図 3-3-4)、好天の際にはこちらで市電が来るのを待つことも可能である。 このような電停が広場と隣接することは稀であり、国内における路面電車/ LRT と軌道沿線とを一体的にデザインする上での1つの重要なプロトタイプを示唆しているようにも捉えられる。本節では米国の事例も交えながら、電停と広場の関係性について論じる。

図 3-3-1:SR 化事業と合同庁舎移設事業の様子 図 3-3-3:二本木口電停の様子

図 3-3-2:二本木口電停 ( 左 ) と隣接する広場 ( 右 )

図 3-3-4:二本木口電停を広場から見た様子

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電停と広場のデザイン要素の比較検討

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3 電停と広場の一体デザイン第 3 章 LRT がもたらす歩行者空間の拡大

電停の透過性 植栽の選定と配置

 本年度調査で訪れたシアトルストリートカーの Broadway&Marion 電停は SR 区間に位置する電停であり、電停と広場が隣接している点で、先に紹介した二本木口電停と似た特徴を持つ ( 図 3-3-5)。そこで当事例と二本木口電停を比較することにより、電停と広場の関係に影響を与えると考えられるデザイン要素について以下で論ずる。

 次に各事例の広場に配されている植栽に着目する。二本木口電停では、腰掛けの周辺に中木を植栽することで、木陰をつくろうとする意図が見られる。しかしこれらの植栽が枝を広げることで、図 3-3-4 のように広場から電停への視線は遮られる。これにより、電停と広場が別個で存在しているような印象を与えており、広場と電停がお互いに関係し合うようなデザインとは言い難い。 それに対して Broadway&Marion 電停では、低

 最初に、各事例の電停デザインに着目する。二本木口電停は、図 3-3-3 のように透明な素材を天候対応型の上屋の一部で使用しているものの側面の透過性が低いこと、また側面積が大きく壁のように立ちはだかっていることにより、広場への視線を遮断している。同様に、図 3-3-4 のように広場からの視線も遮断しており、広場が電停に「背を向けている」ような印象を与えている。  そ れ に 対 し て Broadway&Marion 電 停 は、 全

図 3-3-5:Broadway&Marion 電停 (Seattle) 反対側の歩道から見た様子 図 3-3-6:Broadway&Marion 電停 (Seattle) 広場から見た様子

体的に透明な素材を使用していることにより透過性が高く、かつ電停の側面積も小さいため、図3-3-5 のように広場への視線も、図 3-3-6 のように広場からの視線も妨げることがない。これにより、「電停があたかも広場の一要素として存在している」かのような印象を与えている。 このように電停自体の透過性を高くすることは、電停を広場へ心理的に近づけることに寄与していると捉えられる。

木が植栽されているため、図 3-3-6 のように広場から電停への視線を遮ることはない。広場から電停への視線が抜けることで、「電停があたかも広場の一要素として存在している」かのような印象をより強めることに寄与しているように感じられる。 このように広場に配される植栽を、電停への視線を遮らないように選定・配置することは、広場を電停へ心理的に近づけることに寄与していると捉えられる。

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舗装材の統一

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3 電停と広場の一体デザイン第 3 章 LRT がもたらす歩行者空間の拡大

電停と広場の空間の繋がり

 最後に各事例の電停・広場の舗装材に着目する。 二本木口電停は電停と広場の間に歩道が通っていることもあり舗装材が統一されていない。それに対し、 Broadway&Marion 電停 ( 図 3-3-6) は電停と広場の舗装材が統一されている。広場と同一の舗装材の上に電停が存在することにより、視覚

車が本来持つ「人々に寄り添った」乗り物であることを私たちに再認識させる。 このように、電停と広場の舗装材を統一することは、広場と電停との心理的な境界をなくし、広場を利用する歩行者と LRT/ 路面電車との関係性を対等なものへと変化させる可能性を秘めている。

的に電停を広場の一要素として捉えやすくなる。 また電停と広場の舗装材を統一することは、歩行者と LRT/ 路面電車が同一平面を共有している感覚を強めることにも寄与する。そして、あたかも「車両が広場に乗り入れてくる」かのような感覚を歩行者に与える。この経験は、LRT/ 路面電

  本 節 の ま と め と し て、 電 停・ 広 場 が 一 体 となった空間である、シアトルストリートカーの Westlake Ave & Olive Way 電停を取り上げる ( 図3-3-7)。当電停では「電停」や「広場」という言葉の区別が適さないほど、電停機能と広場機能が一体となった空間が実現している。その一例として、図 3-3-7 の手前に存在するテーブルとイスが挙げられる。テーブルやイス自体が広場にあることは特に珍しいことではないが、当空間ではこれらのテーブルやイスを利用しながらストリートカーの到着を待つことが可能であり、本来広場の一要素であるテーブルやイスが、電停施設の一部としても機能している。また、ストリートカーが広場に乗り入れてくるという経験をすることは、本来電停が持つ性質が広場にまで空間的に拡大したと捉えることが出来る。 このように、電停と広場が相互関係を引き起こしていくようなデザインに力を入れていくことが、国内でも特に都市部を走行する LRT/ 路面電車には必要であると考えられる。

図 3-3-7:電停と広場が一体となった空間 Westlake Ave & Olive Way 電停 (Seattle)

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4 軌道の乗り入れによる駅前広場のデザイン

4 軌道の乗り入れによる駅前広場のデザイン隣接型交通結節点の課題

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第 3 章 LRT がもたらす歩行者空間の拡大

電停と駅における交通結節パターン

 前項では、電停とそれに隣接する広場の関係について論じた。 本項では、広場を大きく捉えたパターンとして、駅前広場を取り上げる。国内において電停と広場が隣接する事例として可能性が高いのは、駅前広場における交通結節であると考えられる。このことから、LRT/ 路面電車と鉄道との交通結節も考慮しながら、電停と駅前広場の関係について論じていく。

 熊本市電の熊本駅前電停は現在、熊本駅白川口に隣接する形で存在している ( 図 3-4-1)。現在の形に整備される以前には、富山駅で実現しているような、駅構内に軌道が乗り入れる案 ( 図 3-4-2)の検討もなされていた。6 しかし、駅への軌道の乗り入れによって駅前広場が分断されてしまう、という懸念からこの案は実現しなかった 。7

 本節では、電停と駅における交通結節点のデザイン手法について検討するべく、電停が駅に隣接する交通結節パターン ( 以下、隣接型 ) と、軌道が駅へ乗り入れる交通結節パターン ( 以下、乗り入れ型 ) とを比較しながら論を進める。

 熊本駅のような隣接型の交通結節点では、駅舎から電停への歩行者動線の整備が重要になると考えられる。例えば熊本駅前電停では、駅舎方向に乗車待ちの列がつくられる ( 図 3-4-3)。これにより、通勤ラッシュなど市電利用者が多い時間帯においては、乗車待ちの列によって駅前広場が縦断されてしまっていることが問題視されている。8

 熊本駅は、既存の駅前広場を新たに整備する計画がつくられている ( 図 3-4-4)。しかし、白川口の位置、熊本駅前電停の位置は変更されておらず、市電乗車待ちの列が駅前広場を縦断してしまうリスクは依然として変わらないものと考えられる。

6:熊本市「熊本市電の取り組み」(2009)7:熊本市都市建設局 都市政策部 交通政策課へのヒアリング (2018. 1. 15 実施 ) より執筆8:脚注 7 と同様

図 3-4-3:熊本駅駅舎方向にのびる市電乗車待ちの列 図 3-4-4:熊本駅白川口駅前広場 整備計画 (2020 年頃竣工予定 )

図 3-4-1:熊本駅東口の交通結節点 ( 中央:熊本駅前電停,右:熊本駅駅舎 )

図 3-4-2:熊本駅構内に軌道を乗り入れる案 ( 実現せず )

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軌道の乗り入れと広場の「分断」

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4 軌道の乗り入れによる駅前広場のデザイン第 3 章 LRT がもたらす歩行者空間の拡大

広場内への軌道の乗り入れの可能性

 先述した通り、熊本駅前電停において乗り入れ型の交通結節が検討された際、軌道による駅前広場の「分断」が懸念点として指摘された。ここでは今一度、駅前広場の「分断」について考える。 現在の国内における広場は基本的に、歩行者専用の空間として整備されている。そうした中で、広場内に軌道が敷設され、路面電車 /LRT が走行すれば、広場内における人々の活動は多少の制約を受けるであろう。しかし、歩行者が受ける制約は広場を「分断」することに直接繋がるだろうか。 米国では、人々がストリートカーの走行してい

 前節で述べた、電停と広場の舗装材を統一することによって心理的な境界をなくすことは、軌道と広場の関係についても同様のことが言えると考えられる。しかし、軌道と広場との関係に着目すると、舗装材を統一すること以前に両者の境界をなくすために必要なことがある。それは、先にも述べた柵や植栽などによってつくられる物理的な境界を取り払うことである。法令などにより、国内の SR 区間全てで柵を取り払うことは今すぐには難しいかもしれないが、歩行者中心の広場などの空間では、物理的な境界を取り払うことが軌道

るすぐ側を歩いている様子 ( 図 3-4-5) や、車両が走行していない時には軌道を横断している様子( 図 3-4-6) を頻繁に見掛ける。これは前節でも論じたように,電停や軌道が周辺環境に溶け込んでいることが起因していると考えられる。 このようなことを鑑みると、国内において広場内に路面電車 /LRT を走行させることが広場の「分断」を連想させる要因となっているのは、軌道を柵によって囲うなど、路面電車 /LRT を歩行者から隔離してしまっている実状が関係しているものと考えられる。

施設を歩行者と路面電車 /LRT の「境界」にしないために重要なことであると考えられる。 軌道と広場との物理的な境界を取り払い、かつ舗装材を統一するなど心理的な境界もなくすことが可能となれば、広場内を走行する路面電車 /LRT は広場を「分断」する要素ではなく、広場内を走行する1つのアトラクションのように捉えられるかもしれない。その結果、路面電車 /LRT は、

「人々に寄り添った」乗り物として、歩行者空間またはそのすぐ側を走行するように変化するかもしれない。

図 3-4-5:走行中のストリートカーのすぐ側を歩く歩行者 (Portland) 図 3-4-6:軌道を横断する人々 (Portland)