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1 「多文化横断ナラティブ・フィールドワークによる臨床支援と対話教育法の開発」 E教育実践交換プログラム( 広島大学) 発達心理学・臨床心理学・医療におけるナラティブにもとづいた研究法と 教育・実践モデルの検討(1) ---人生の危機の発達・臨床をテーマとして--- 広島大学大学院教育学研究科 岡本祐子 対象者の「語り」を共有し、相互促進的に、その内的世界の理解を深めていくナラティ ブを基にした質的研究法は、今日最も発展可能性をもつ研究法の一つである。臨床心理学 の世界では、古く Freud の時代から、クライエントの回復に「語ること」そのものが大き な効果をもたらすことが知られており、「語り」の実践は、クライエントの回復をめざし た直接的な援助・心理療法の技法として発展してきた。一方今日では、発達心理学の視点 から「語り」の分析による質的研究もさかんに行われるようになった。ナラティブにもと づいた質的研究法のメリットが最も発揮されるのは、その対象・課題の「プロセス」や「意 味」の分析や考察であろう。これらは、それぞれの対象の「発達」、「回復」、「自己理解や 洞察の深化」などの様態を記述し理解することをめざす点において、発達心理学と臨床心 理学の分野において共有する関心・テーマである。しかしながら実際のところ、発達心理 学「研究」と心理臨床実践とでは、「語り」を引き出す視点や、その理解のめざすところ はかなり異なっており、今日までこの問題を俎上にのせた討論はあまり行われていない。 本プロジェクトでは、内的世界が鋭く鮮やかに語られやすい人生の「危機」を対象とし た、科研メンバーや研究協力者の研究を素材にして、ナラティブの理解を深化させる研究 方法、および後進にそれらの研究法を継承するための問題・方法を検討する。特に、次の 3点について具体的に討論する。 ①「語り」の素材から内的世界を理解し普遍的知見を得る方法論の検討 ②「語ること」と「語り」がなぜ、活力を生み、発達・適応を促進するのかという、臨床 実践研究と発達研究の接点。「ナラティブによる心的世界の理解」の研究技法につい て。 ③その教育方法について。

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「多文化横断ナラティブ・フィールドワークによる臨床支援と対話教育法の開発」

E教育実践交換プログラム(於 広島大学)

発達心理学・臨床心理学・医療におけるナラティブにもとづいた研究法と

教育・実践モデルの検討(1) ---人生の危機の発達・臨床をテーマとして---

広島大学大学院教育学研究科 岡本祐子

主 旨

対象者の「語り」を共有し、相互促進的に、その内的世界の理解を深めていくナラティ

ブを基にした質的研究法は、今日最も発展可能性をもつ研究法の一つである。臨床心理学

の世界では、古くFreud の時代から、クライエントの回復に「語ること」そのものが大き

な効果をもたらすことが知られており、「語り」の実践は、クライエントの回復をめざし

た直接的な援助・心理療法の技法として発展してきた。一方今日では、発達心理学の視点

から「語り」の分析による質的研究もさかんに行われるようになった。ナラティブにもと

づいた質的研究法のメリットが最も発揮されるのは、その対象・課題の「プロセス」や「意

味」の分析や考察であろう。これらは、それぞれの対象の「発達」、「回復」、「自己理解や

洞察の深化」などの様態を記述し理解することをめざす点において、発達心理学と臨床心

理学の分野において共有する関心・テーマである。しかしながら実際のところ、発達心理

学「研究」と心理臨床実践とでは、「語り」を引き出す視点や、その理解のめざすところ

はかなり異なっており、今日までこの問題を俎上にのせた討論はあまり行われていない。 本プロジェクトでは、内的世界が鋭く鮮やかに語られやすい人生の「危機」を対象とし

た、科研メンバーや研究協力者の研究を素材にして、ナラティブの理解を深化させる研究

方法、および後進にそれらの研究法を継承するための問題・方法を検討する。特に、次の

3点について具体的に討論する。 ①「語り」の素材から内的世界を理解し普遍的知見を得る方法論の検討 ②「語ること」と「語り」がなぜ、活力を生み、発達・適応を促進するのかという、臨床

実践研究と発達研究の接点。「ナラティブによる心的世界の理解」の研究技法につい

て。 ③その教育方法について。

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ナラティブ研究法セミナー

臨床心理学・発達心理学・医療におけるナラティブにもとづいた研究法と教育・実践モデルの

検討 ---人生の危機の発達・臨床をテーマとして---

日時・場所

日時:2008年11月22日(土)14:00から23日(日)16:00まで

場所:広島大学大学院教育学研究科 第一会議室

プログラム

第1 セッション: 11月22日(土) 14:00-17:00 司会: 広島大学 岡本祐子

基調講義: ナラティブに基づいた心的世界の研究法 京都大学 やまだようこ

討論

第2 セッション: 11月23日(日) 9:30-12:30 司会: 大阪教育大学 戸田有一

人生の危機をとらえる視点と研究法 (モデル研究の発表と討論)

1. 脊髄損傷者の障害受容過程の発達的理解と心理臨床的援助 椙山女学園大学 小嶋由香

2. 子どもをもたない人生の選択: 受容のプロセスの理解 京都大学 安田裕子

3. 青年期のアイデンティティ形成における両親の中年期危機がもつ意味 立命館大学 宇都宮博

討論

第3 セッション: 11 月23 日(日) 13:30-16:00 司会: 広島大学 岡本祐子

発達心理学と心理臨床の「語り」への向き合い方・「語り」の聴き方をめぐって (話題提供にもとづく討論)

話題提供者

広島大学 岡本祐子

滋賀県立大学 松嶋秀明

東京女子大学 徳田治子

討論

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ナラティヴに基づいた心的世界の研究法

広島大学2008.11.22

やまだようこ 京都大学大学院教育学研究科

人間の数多くの現実は、言語がなければ存在しえなかっただろう。

(ブルーナー 『心を探して』 p265)

質的心理学とナラティヴ

• 質的心理学:広義の言語によって記述される研究

• 質的研究は、ナラティヴ研究と深い関係があり、ナラティヴによる

ものの見方や方法論の変化「ナラティヴ・ターン(物語的転回)」と連動(デンジン 2004)。

• 2-1 ナラティヴ(narrative)とは、「広義の言語によって語る行為と語られたもの」。

• 日本語では、通常「語り・物語」と訳される。ここでは、狭義のナラティヴ、つまり「物語(ストーリー)や、物語を語る行為(telling,narrating)」と区別して、話す、語る、読む、書くなど言語行為をすべて含む上位概念として用いる。

• 質的研究は、「広義の言語」によって記述するので、言語行為を扱うナラティヴ研究は、その中核に位置する。

質的心理学の歴史的位置づけ

• 古くて新しい質的心理学

• 第1期 古典的な質的心理学 -1950年• (第2期 心理学の自然科学化と数量化

• 言語論的転回)• (第3期 認知革命)• 第4期 新しい質的心理学 1990年-

• ナラティヴ・ターン

• 第1期と第4期の概念や方法論の相異を明確に

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表1 質的心理学の歴史的位置づけ

時期 心理学のアプローチ 主要な質的心理学者

心理学以外の質的研究関係

第1期19世紀

末-1950年

実験心理学研究の創始

質的心理学の古典時代(観察、手記による言語的記述と理論構成)

民族心理学ヴント。ジェームズ。精神分析学、フロイト、ユング。発達心理学、ピアジェ、ヴィゴツキー。ゲシュタルト心理学、ケーラー、レヴィン。人格心理学、マレー、オールポート

ロシアフォルマリズム、物語論、プロップ。対話論、バフチン。現象学、フッサール、ハイデッガー、シュッツ。文化人類学、ミード、ベネディクト、マリノフスキー。シンボリック相互作用論、シカゴ学派、ブルーマー。

第2期1950年-

自然科学的(客観化と数量化)心理学の時代(行動主義、実験、測定、知能検査、性格検査、質問紙調査、尺度構成)

常識心理学、ハイダー。心理的伝記、エリクソン。

言語論的転回(記号論、構造主義)ソシュール、レヴィスト

ロース、ラカン。言語行為論、オースチン、サール。科学革命の構造、クーン。歴史の物語論、ダント。GT、グレイザー&ストラウス。KJ法。文化解釈学、ギアーツ。ポスト構造主義、デリダ、バルト。

第3期1980年

認知科学と情報科学的心理学の時代(認知革命、情報理論、伝達理論、CPシミュレーション、ネットワーク)

物語論、リクール。フェミニズム社会学。エスノメソドロジー。オーラルヒストリー。

第4期1990年-

大脳科学と生態科学的心理学の時代

新しい質的心理学の時代(ナラティヴ・ターン)

ナラティヴ心理学、ライフストーリー、自伝的記憶、ナラティヴセラピー、談話心理学、文化心理学、社会的構成主義、フォークサイコロジー、フェミニズム、社会的表象論。

象徴的相互作用論の展開、デンジン、リンカン、プラマー。社会的構成主義、カルチュラル・スタディーズ、社会的表象論、文化表象論

ナラティヴと質的研究の特徴①• 1ナラティヴ・ターン

• 複雑な文脈のなかで生きる人間科学としての質的研究

• 2「唯一正しい理論」から「ナラティヴとしての理論」へ

• 3「仮説検証」「構造や類型の記述」から、「変化・生成プロセス」としてのナラティヴへ

ナラティヴと質的研究の特徴②

• 4 「主観と客観」「研究者と研究対象」の分割

から、「相互行為」としてのナラティヴへ

• 5「意味の排除」から、「意味づける行為」としてのナラティヴへ

• 6 「個人」から、「社会・文化・歴史的文脈」のなかのナラティヴへ

従来の心理学モデルの人間観と研究法

• ①人間と環境の関係性-人間と、人間をとりまく外部の環境が区別される。研究者は研究対象としての人間ではなく、環境側に属するが、その位置は明示されない。

• ②研究対象となる心理過程-心理過程は、外から見えない人間の内側にあると暗黙のうちに仮定されている。なお身体は、内側と外側の境界領域にあるとみなされる。

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<人間>

(主観)

(内側)

心理

<環境>

(研究対象)

(外側)

物理

(客観)

(研究者)

・自然観察・実験操作(独立変数)

・行動・反応(従属変数)

Ⅰ 従来の心理学モデル

ナラティヴモデルの人間観と研究法

• ①人間と環境の関係性-人間は独立したものではなく、他の人間や環境との相互関係を前提とする。環境は、普遍的な環境として抽象的に設定されるのではなく、特定の自然・文化・社会・歴史的・状況的文脈として具体化される。

• ②研究対象となる心理過程-心理過程について「内側-外側」「主観-客観」の二元分割の枠組をとりはらい、ナラティヴ行為の行われる文脈、ナラティヴの相互行為、語られたナラティヴ(語り・物語)を研究する。

ナラティヴ

(研究参与者) (研究者)・語り行為

・参与観察・インタビュー<人間> <人間>

環境状況文脈

Ⅱ ナラティヴモデル

従来の心理学の問い方と方法Ⅰ 仮説演繹法(実験法)「因果の問い」

<問題>理

<結果><方法、手続><仮説>

経験的事実

仮説提起

帰納的推論

経験的事実

組織的に実 証 デ ータ収集

仮説の受容、修正、廃棄

仮説の検証

<研究者は明示されない>

<一方向的進行>

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ナラティヴ研究の問い方と方法

Ⅱ 相互行為「出来事」の問い

研究参与者

(相互作用)

研究者

(出来事)

文脈

<研究者も網目系の一員>

<網目の結び目としての出来事>

<世界は生きた網目系

<多様な変化方向>

ナラティブを見る観点

1.語りの相互行為(現前で生起する会話行為のプロセス)

相互行為プロセス、社会状況と社会的現実の構成、フィールドへの実践的参入

2.物語(ストーリー)の語り(非現前の出来事の物語の語り)

語りによる経験の組織化、経験の意味づけ方、物語の語り方、語られた物語の内容や時間

3,語りテクスト(非現前の出来事を書いたもの)

テクスト読解、テクスト解釈、テクスト比較、テクストの脱構築、テクストを書く行為

表2 ナラティヴ研究における現象を見る観点理論的立場、データ収集方法

ナラティヴを見る観点

語りの相互行為(現前で生起する会話行為のプロセス)相互行為プロセス、社会状況と社会的現実の構成、フィールドへの実践的参入

物語(ストーリー)の語り(非現前の出来事の物語の語り)語りによる経験の組織化、経験の意味づけ方、物語の語り方、語られた物語内容や時間

語りテクスト(非現前の出来事を書いたもの)テクスト読解、テクスト解釈、テクスト比較、テクストの脱構築、テクストを書く行為

理論的立場・研究領域

シンボリック相互作用論、エスノメソドロジー、社会現象学、社会的構成(構築)主義、状況論、社会文化的アプローチ、言語行為論、言語ゲーム論、談話心理学

シンボリック相互作用論、ナラティヴ・アプローチ、対話論、物語論、ライフストーリー、自伝的記憶、伝記、オーラルヒストリー

ポスト構造主義、エクリチュール論、新解釈学、物語論、ディスクール論、文化表象論、社会的表象論、精神分析

データ収集方法 フィールド参与観察、VTR録画、会話分析、談話分析、相互作用記録、アクションリサーチ

半構造化IV、語りIV。ライフストーリーIV、オーラル・ヒストリーIVフォーカス・グループIV

文献、文学作品、映画、写真、民話、報告書、メディア、文化現象などのテクスト、エクリチュール(書かれたもの)の収集

図1 モデル構成のレベルと現場フィールド

の特徴

Ⅱ 相互行為レベル (当事者と研究者の

相互行為の現場フィールド

Ⅲ テクスト・レベル

(研究者の

テクスト行為の現場フィールド

語り

テクスト

研究者

研究者

当事者の人生 他者の人生

当事者

インタビュアー インタビュイー

生きられた 人生の文脈

状況的文脈

学問知の文脈

Ⅰ 実在レベル (当事者の

人生の現場フィールド

Ⅳ モデル・レベル (研究者の

モデル構成の現場フィールド

抽象化のレベル

(現場フィールド

の特徴)

(A)

(B)

語り

テクスト 研究者

(脱文脈化)

(C)

語り

他の

語りの

テクスト

図の記号

文脈

人間

語り

相互行為

抽出プロセス

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自己の体験世界や現前の世界を超えていく言語ゲーム、思考実験としてのナラティヴ

イメージを転換するナラティヴ

• 人々は想像力とはイメージを形成する能力だとしている。ところが想像力とはむしろ知覚によって提供されたイメージを歪形する能力であり、それはわけても基本イメージからわれわれを解放し、イメージを変える能力なのだ。イメージの変化、イメージの思いがけない結合がなければ、想像力はなく、想像するという行動はない

• ――バシュラール(Bachelard, 1943/1968)。

ナラティヴ(ストーリー)とは?(やまだ)

• 広義のことばによる経験の組織化、有機化、編集のしかた

• 従来の定義

• 時間秩序を重視した定義

• ①リクール「始まりー中間ー終わり」

• ②アダン T1にAはXである。T2にAに出来事が起こる。T3にAはX’である。

ナラティヴの生成的定義

• やまだ 「二つ以上の事象をむすびつけて筋立てる行為」 (「むすび」=結び、産び)

• ①「はなれる」文脈からの離脱化、距離化

• ②「うつす」もとの文脈から新しい文脈への移動、ズラシ

• ③「むすぶ」離れていたものを結ぶ、新しい意味を生む。

ナラティヴ生成法詩による言語ゲーム①

• ①もと句 芭蕉の俳句• (主体の行為・対象の行為・場所)

• よく見れば なずな花咲く 垣根かな

• ②ずらし変換

• よく見れば 垣根花咲く なずなかな

• なずな花 よく見れば咲く 垣根かな

• 垣根かな なずな花咲く よく見れば

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ナラティヴ生成法詩による言語ゲーム②

• ③うつし変換

• よく見れば 人々生きる 現場かな

• よく聞けば 人々語る 現場かな

• ④むすび変換

• よく聞けば なずな語らう 日陰かな

• 耳の虚 なずな鳴る鳴る 日陰かな

対比むすび法-想像ゲームによる思考実験 (Imagine)

• Imagine  イメージしてみよう(想像ゲームへの呼びかけ)

• There’s no heaven  天国なんてない(否定形)

• It’s easy if you try  やってみれば簡単だろ(再呼びかけ)

• No hell below us 下に地獄もない(否定形)

• (Imagine イメージしてみよう)• Above us only sky 上にはただ空がある(肯定形)

• Imagine イメージしてみよう

• All the people living for today みんな今を生きている(肯定形)

千の風になって

• 私のお墓の前で 泣かないでください

• そこに私はいません

• 眠ってなんかいません

• 千の風に 千の風になって

• あの大きな空を 吹きわたっています

対比むすび法-想像ゲームによる思考実験(千の風になって)

• イメージしてみよう(想像ゲームへの呼びかけ)

• 私はお墓にいない(否定形)

• イメージしてみよう

• 私は眠ってなんかいない(否定形)

• イメージしてみよう

• 私は風になった(肯定形)

• イメージしてみよう

• 千の風になって吹きわたっている(肯定形)

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• 物語の実践は、われわれが自分にとって異質の世界に住みつくように自分を鍛えるための思考実験にある。

• リクール(時間と物語Ⅲ1990/1985)

参考文献

• やまだようこ 2006 質的心理学とナラティヴ研究の基礎 概念:ナラティヴ・ターンと物語的自己 心理学評論 49, 436‐463.

• やまだようこ(編) 2007a 質的研究の方法:語りをきく 新曜社

• やまだようこ 2007b 喪失の語り 新曜社

• やまだようこ 2008a 多声テクスト間の生成的対話とネットワークモデル 質的心理学研究 7,  21‐42.

• やまだようこ(編) 2008b 人生と病いの語り 東京大学出版会

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脊髄損傷者の障害受容過の発達的理解と心理臨床的援助

椙山女学園大学

小嶋由香

研究1 脊髄損傷者の障害受容過程と損傷時の発達段階との関連

◆目的

①退院後の人生も含めた長期的な視点で脊髄損傷者の障害受容過程を明らかにする。

②障害受容過程の推移に焦点を当てることで,脊髄損傷者の障害受容過程と損傷時の発達段階との関連を検討する。

◆方法

調査対象 脊髄損傷者20名(男性18名,女性2名,損傷時の年齢13~62歳,損傷時の平均年齢34.0歳,現在の平均年齢60.0歳)。

手続き プロフィール記入の質問紙調査を実施後,1~3回の半構造化面接(70分~120分)を行った。内容はすべて対象者の承諾を得て録音し,後日,逐語記録を作成した。

調査内容

①現在の障害の状態,生活状況(家族/職業/疼痛の有無/服薬の有無など)②損傷前の自己に対する意識(進路・職業選択へのコミットメント/将来展望など)③障害に対する意識の変化(障害に対する意識の変化の過程とその要因など)④社会に対する意識の変化(退院・社会復帰への意識/社会との関わりなど)⑤自己に対する意識の変化(脊髄損傷前との内面の変化など)⑥今後の人生に対する展望(生き方・職業・家族との関わりにおける将来展望)

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分析

(1)障害受容過程の検討

① KJ法(川喜田,1987)を用いて,逐語記録から脊髄損傷後の心理状態に関する語りを文章単位で抽出した。心理状態を内容別に要約し,類似したものをグルーピングしカテゴリー化した。

② 筆者のKJ法を用いた障害受容過程のカテゴリー化に関して,大学院生2名が独立して評定を行い妥当性を検討した。

(2)障害受容過程の推移の要因の検討

① 障害受容過程の段階間の推移の際に関わる要因を抽出し,それらを以下の6領域に分けた。

「身体機能」 「障害者同士の関わり」 「病院」

「社会・対人関係」 「家族」 「自身の内面・行動」

② さらに,対象者の捉え方によってpositive,neutral,negativeのいずれかに分類し、それぞれの出現頻度を

分析した。

(3)各対象者の損傷時の発達段階の分析

Erikson(1950)のライフサイクル論と岡本(2002)

をもとに作成した指標を用いて分析した。

思春期以前 青年期・成人前期 中年期以降

Eriksonのライフサ

イクル論との対応Ⅰ〜Ⅳ段階 Ⅴ・Ⅵ段階 Ⅶ・Ⅷ段階

アイデンティティ発達

core-identityの形成

アイデンティティ形成 中年期のアイデンティティ危機

自己像の模索職業・結婚の選択

なし 模索,選択 選択後安定,見直し

身体面 第二次性徴 成人としての成熟妊娠・出産

老化の兆し,老化

社会面 学校 学校卒業就職・結婚・親になる

子どもの自立,老身の介護,職場での地位の安定,

定年退職

年齢の目安 0〜10代後半 10代後半〜30代 40代〜

◆結果

(1)脊髄損傷者の障害受容過程①KJ法による分析結果

語りの総数:201個

最終的なグルーピングの結果:10個のカテゴリー

(評定一致率:84%)

②各段階を構成する下位カテゴリーごとに,調査対象者から直接語られた発言(補助資料・表1)をもとに,障害受容過程の各段階の状態像を定義した。

「ショック」「完治への期待」「不治の否認」「不治の確信」「絶望」「努力」「あきらめ」「解放」「模索」「受容」

障害受容過程における各段階の状態像

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各段階の定義

ショック

障害受傷による身体的苦痛や衝撃が強く,心理的なショック状態にある。身体的な苦痛はあるが,一方で心理的には平穏で鈍磨した状態。

完治への期待

ショック状態から次第に落ち着き,意識がはっきりしてくる時期。告知前で,身体的変化の認識はあるが,時間が経てばいずれは完治すると信じている状態。

不治の否認

告知後も,リハビリや手術で治ると信じ,不治を否認している状態。手術やリハビリに過度に期待をしたり,医師への不信感など,心理的混乱が強い。

不治の確信

脊髄損傷が不治であるという確信を持つ。

絶望 不治であることを認識したことで,強い絶望感を感じる状態。将来の不安が大きく,抑うつ感,無力感が強く非常に混乱した状態。

各段階の定義

あきらめ

不治の自覚はあるものの,障害によって行動などが制限されたことに対するあきらめの気持ちや,障害は自分にとってマイナスのものであるという意識があり,無力感を感じたり,抑うつ的な状態。

解放 脊髄損傷により,それまでの自分が背負っていた社会的な役割,責任などから解放されたという肯定的な側面に対して,脊髄損傷による否定的な側面に意識が向きにくい状態。

努力 脊髄損傷を負ったことで制限されることを,他のことでカバーしようとしたり,できないことを克服しようと努力する状態。また,脊髄損傷を負っていても,自分にも何かできるのではないかという希望が生まれ,さらに現実的な行動範囲の広がりや生活能力の向上などで,有能感が回復してくる状態。

模索 脊髄損傷者として,社会や他者といった対象と再び適応的な関係を築くための試行錯誤を繰り返し,自分の生き方や,社会での役割を模索する状態。

受容 社会参加の有無などは個人により様々であるが,脊髄損傷による否定的な変化を認識した上で,精神的な安定感や,充実感を得ている状態。

③障害受容過程の10のカテゴリーの下位カテゴリー

に当たる語りを各対象者ごとに時系列順に並べ,

各対象者の障害受容過程の推移を分析した。対象 者No.

損傷時の発達段階

損傷時の年齢

現 在の 年齢

障害受容過程 S:ショック,H:完治への期待,Dn:不治の否認,C:不治の確信,Ds:絶望,E:努力,Rs:あきらめ,Rl:解放,St:模索,A:受容

1 思春期以前 13 66 H→C→E→St→A 2 17 59 S→H→C→Ds→E→St→A 3

青年期/成人前期 18 48 S→H→C→Ds→E→St→A

4 20 55 S→H→Dn→E→St→A 5 21 53 S→H→Dn→E→St→A 6 27 54 S→H→Dn→E→C→E→St 7 27 59 S→C→Rs 8 29 58 S→H→C→E→St→A→St 9* 30 56 C→Rl 10 30 59 S→H→Dn→E→St 11 30 59 S→H→C→Ds→Rs 12 30 72 S→H→Dn→C→Ds→E→St→A 13 34 54 S→H→C→Ds→E→St→A 14*

37 58 S→Dn→C→Ds→E→St→A 15 41 58 H→C→E 16 45 65 H→Dn→C→Ds→E→A 17 50 61 S→C→Ds→E→A 18 53 66 S→H→Dn→C→Ds→E→A 19 58 68 H→C→E→A 20

中年期以降

62 75 S→H→C→Ds→E→A

* 注)対象者No.横の*は女性の対象者を指す。

脊髄損傷者の障害受容過程のモデル図

ショック 完治への期待

不治の否認

不治の確信

努力

絶望

あきらめ

解放

受容

模索

④全対象者の障害受容過程の推移を総合した

ものを図に示し,これを脊髄損傷者の障害

受容過程のモデルとした。

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(2)障害受容過程の段階間の推移に関する要因の検討

各段階間の推移に関わった要因を6領域に分け、対象者の捉え方によってpositive,neutral,negativeのいずれかに分類したものを補助資料・表2に示した。

また,それぞれの段階の推移の要因の出現頻度を分析したものを表3に示した。

(3)損傷時の発達段階と障害受容過

程の関連「努力」「模索」「受容」間の推移において,損傷時の

発達段階との関連が見られた。

思春期以前~青年期/成人前期

損傷時の発達段階

中年期期以降

障害受容過程の推移

努力 模索 受容

受容努力

事例1 成人前期での受傷の事例

【Aさん,女性,受傷時37歳(現在58歳)腰椎1番損傷】

37歳の時,階段から落下し受傷。医師から不治であることを宣告されたが,「すぐにはピンと来なかった」(ショック・不治の否認期)。

しかし,「日にちが経つに連れて普通じゃないというのはわかってくる。トイレはわからないし,足は動かないし」(不治の確信期)。日記には「毎日死にたいと書いてた」。ベットから動くことができず,「自分の将来はどうなるんだろう」,「母親らしいことができるだろうか」ということばかり考えていた。

1年後退院するが,「普通の精神状態じゃなかった。沈んでいくような気持ち」(絶望期)。

事例1 成人前期での受傷の事例

受傷から1年後,自助グループに入り、同じ障害者との関わりの中で「悩み苦しんでいるのは私だけじゃないと思い,気持ちを切り替えることができた」。また,車の免許を取ったり,旅行をしたり,「ひとつずつできないと思っていたことができる喜びは何事にも変えがたかった」(努力期)。福祉関係の仕事を始め、上司に「重度障害者になにができる」

と言われたが、逆に「たとえ障害があっても,やってできることがある」と奮起した。社会で働くことは難しかったが,「働けるとことの喜びがかり立てた」。また,障害に理解のない夫と離婚(模索期)。その後,同じ障害者の男性と再婚。「心と心の結びつき」。「ハ

ンディがあるもの同士だから理解がある」。近では障害者施設の発足に力を入れる。受傷後の人生を振

り返ると,「楽しいことばかりじゃなくて,悲しいことの方が多かった」。しかし,「前もそれなりに充実していたけど,今の方が充実してる。元気な時にはない心の強さがある」(受容期)。

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事例2 成人後期での受傷の事例

【Bさん,男性,受傷時62歳(現在75歳),胸椎8番損傷】

建設現場で作業中に落下し,受傷。歩けなくなることについて医師は妻にはその日のうちに告知したが,自分には隠されていた(ショック期)。

2,3か月が経ち,同じ脊髄損傷の女性が松葉杖や装具をつけて歩いていたので,「僕もそれくらいになるんだろうと思っていた」。リハビリで,平行棒で歩き出した時は「歩けるようになるかもしれない」と思っていた(完治への期待期)。

リハビリが進んだ時に,足が前に出ず,「そのとき初めて自分で,もう絶対歩けないんだ。もう一生車椅子だ」と感じた(不治の確信期)。排泄の感覚がないことでも落ち込み,「どうやって死ねばいいか,そればっかり考えていた」。

事例2 成人後期での受傷の事例

退院するが,周りに車椅子の人がおらず,孤独感が強かった。また,「自分が今から生活して生きていけるだろうかという,先の不安があった。自分が生まれながらにこういう体になっていたら思わない。今まで元気だったのが,ただ落ちた時のために,10分か15分の中に,人生が全部変わった。それがショックだった」(絶望期)。退院から2,3年後,自助グループに入会。同じ脊髄損傷者の

話を聞いて「立ち直った」。自分一人じゃないと感じた。自助グループの役職に就き,それが「生き甲斐」。「それからは大丈夫。何とかして生きていかないといけない」と考えるようになった(努力期)。今は同じ車椅子の人でも,若い頃から,車椅子で生活してき

た人と違い,自分は60歳になってからの受傷なので,「人生の浮き沈みを全部経験してきてる。だから自分はまだ幸せなんだということを感じだした」(受容期)。

◆考察

障害受容過程と損傷時の発達段階との関連

①青年期・成人前期での損傷

②中年期以降での損傷

損傷前のアイデンティティ

アイデンティティの揺らぎ

障害受容過程

努力

模索 受容

損傷前のアイデンティティ

アイデンティティの揺らぎ

アイデンティティの再吟味

アイデンティティの再体制化

障害受容過程 受容

努力

損傷

損傷

研究2 脊髄損傷者の障害受容過程と

アイデンティティ発達との関連

◆目的

青年期・成人前期に損傷した者を分析の対象に焦点づけ,障害受容過程に見られる,Eriksonの発達分化図式における心理社会的危機の現れ方の特徴を明らかにし,障害受容過程とアイデンティティ発達との関連を検討する。

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◆方法

分析対象

研究1で「青年期・成人前期」に損傷したと分類された脊髄損傷者13名(男性11名,女性2名,損傷時の平均年齢27.0歳,調査時の平均年齢57.0歳)。

分析

①対象者を損傷時の発達段階ごとに青年期損傷群,

成人前期損傷群に分類した。

②心理社会的危機の語りを抽出するため,Eriksonの発達分化図式の8つの心理社会的行動の特徴から分析指標を作成した(補助資料・表4)。

③分析指標に基づき各対象者の語りから,心理社会的危機に関連する語りを抽出した。

④それらの語りの時期を研究1で分析された各対象者の障害受容過程の段階ごとに分類し,類似する内容を持つ語りをグルーピングしカテゴリー化した。

⑤抽出した心理社会的危機に関する語りとそのカテゴリー化について,臨床心理士2名が独立に評定し妥当性を検討した。

◆結果

(1)損傷時の発達段階での分類結果

青年期損傷群4名,成人前期損傷群9名

(2)心理社会的危機に関連する語り

総数:151個

心理社会的危機の評定一致率:86%

語りのカテゴリー化の評定一致率:96%

(3)各群の特徴

「あきらめ」と「解放」が現在まで継続している事例は全て成人前期損傷群であった。

(4)障害受容過程と心理社会的危機の分析結果

(出現頻度)

*注)表内の数字は発言の延べ回数である。「絶望」における(5)は発達分化図式の第Ⅰ段階または第Ⅴ段階に該当する発言である。Pos.は心理社会的危機のPositiveな局面,Neg.はNegativeな局面を指す。

障害受容過程(対象者数) ショック(12)

完治への期待(10)

不治の否認(6)

不治の確信(9)

絶望(6)

あきらめ(2)

解放(1)

努力(10)

模索(10)

受容(8)

Pos. 1 1 1 ⅠNeg. (5) Pos. 1 1 2 3 2 ⅡNeg. 1 1 1 3 4 5 Pos. 1 1 2 10 8 2 ⅢNeg. 1 2 2 1 Pos. 4 2 ⅣNeg. 2 1 1 1 2 Pos. 1 2 5 9 10 ⅤNeg. 1 1 (5) 2 2 6 Pos. 2 7 ⅥNeg. 4 1 10 Pos. 1 4 ⅦNeg. 1 2 Pos. 4

Erikson

の発達分化図式

ⅧNeg. 1

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「あきらめ」「解放」における心理社会的危機の現れ方の特徴

障害受容過程

あきらめ 解放

心理社会的危機

第Ⅲ段階 消極性 積極性/世界の広がり

第Ⅳ段階 無益の感覚

第Ⅴ段階 役割からの解放将来展望の不確かさ

役割からの解放障害者として見られる葛藤の回避

第Ⅵ段階 恋愛・性の問題の回避/競争/孤立

恋愛・性の問題の回避

事例3 「あきらめ」に至った事例

【Cさん 男性,受傷時30歳(現在59歳),胸椎6番】

橋から海に落下し,脊髄を損傷。救急病院では,「治ると思っていた。多少の休暇だろう」と考えていた(ショック期・完治への期待期)。

転院後,医師から徐々に告知を受けた。また病陳で障害者の話を聞くと,「自然に治らないというのもわかる」(不治の確信期)。当時の気持ちは「一口じゃなかなか言えない」が,死を考えた(絶望期) 。

退院後に働いている人を見て,「多少の希望が出てきた」が,リハビリに対しては「無意味」「無駄なことをしている」と思った。車椅子に初めて乗った時は,「しょうがない」という気持ちだった (あきらめ期)。

事例3 「あきらめ」に至った事例

2年後,退院するが,職場は職場復帰不能で解雇された。知人が職を探そうとしてくれたが,「行く気にならなかった」。その頃,将来の見通しは「全然ない。あれをしようというのもないし,何もできないだろうと思った」。経済的なものは「年金があるから,それくらいでいい」と思っていた。

また,受傷から3年くらいで体調の変化,排泄の感覚がわかるようになるが,年に1,2度は失敗する。「そういう失敗があるから,あまり外に出たくない」。

今は結婚していたら同居している母に「こうまで苦労をかけることは無かった。親不孝している」と思う。これまでにも結婚話はあったが,当時は同じ障害者の離婚話などを聞き,「苦労はしなくてもいいと思ってすぐにあきらめた」。「怪我してよかったということはないし,得られたといっても無いだろう」。

事例4 「解放」に至った事例

【Dさん 女性,受傷時30歳(現在56歳),腰椎7・8番損傷】

疾病がもとで脊髄を損傷。医師からは「紙一重ずつ治る」と言われた。しかし,病気になる1ヶ月前に,車椅子で生活している夢を3回見ていたので,車椅子に乗った時から,「一生車椅子じゃないかなと思い」,告知を受けた時も「覚悟を決めていた」(不治の確信期)。

親や周りの人は自殺するのではと心配していたが,車椅子になったのは「別に死ぬほどのことじゃない」「車椅子なら車椅子の生活もまた,違った意味で生活できるんじゃないかというのがあった」。「全然卑屈にならなかった」。車椅子になってからも,「人の前に出るのは全然苦痛じゃなかった。恥ずかしいと思わなかった」。

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事例4 「解放」に至った事例

退院後も仕事を始める気はなかった。前は「嫁に行け」と言われていたが,車椅子になったことで,「嫁にいかないのかとか,会社行かないといけないとか,-切言われないようになった」。「ものすごく気楽になった。どこに行ってもいいし,何をしてもいい」。「すごい開放感」。(解放期)

その後,障害者作業所の立ち上げから法人化の活動に参加。しかし法人化された途端「すごい嫌になった」。「障害者として働きだしたら物足りなくなった」。前は頼りにされていたが,今は「障害者としてしか見てくれない」。現在は辞める方向で考えている。

恋愛は「できないタイプ」。しかしそれで悩むことは無い。これまでの人生で,「後悔はない」。「何もかもから楽になった」。

<青年期損傷群の特徴>

青年期のアイデンティティ形成

青年期のアイデンティティ形成

同時に進行

脊髄損傷者としてのアイデンティティ形成

損傷

◆考察

<成人前期損傷群>

「あきらめ」「解放」の特徴

損傷前

背負ってきた家族役割や社会役割に対する未解決の葛藤

役割や未解決の葛藤からの解放

損傷後の心理社会的危機に直面できない

他者との親密な関わりを回避

損傷

障害受容過程

ショック 不治の確信 努力

完治への期待

不治の否認

絶望 あきらめ

解放

模索 受容

<時間経過> 損傷 リハビリ開始/退院 社会復帰

脊髄損傷者の障害受容過程とアイデンティティ発達の関連

Ⅰ 基本的信頼の

揺らぎによる

絶望

Ⅱ 自律性の獲得の努力

恥の感覚

Ⅲ 積極性

消極性

Ⅳ 有能感

仲間・モデルの獲得

Ⅴ アイデンティティの模索と再形成

(社会役割・障害者としての自己像の獲得)

Ⅵ 親密性の問題(他者との競争から協調へ

/恋愛・結婚・性の問題)

Ⅶ 世代性の感覚

Erikson

の心

理社

会的

発達

段階

Ⅷ あるがままの

自分

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子どもをもたない人生の選択ー受容プロセスの理解ー

安田裕子

京都大学 教育学研究科E‐mail : yuko‐[email protected]

不妊とは、「生殖年齢の男女が妊娠を希望しているにも関わらず、妊娠の成立をみない状態」と定義

される。日本ではその期間を、通常2年とする。

原因の所在は、女性側、男性側、双方、特に原因が認められない場合(機能性不妊)と、様々である。

不妊のカップルは、最近では7組に1組存在する

とも言われている。

1949年に、非配偶者間人工授精で子どもが誕生

(一万人以上の子どもが生まれている)

1983年に、体外受精で子どもが誕生

(現在、100人に1人が体外受精で生まれてくる)

1989年に、凍結胚による妊娠が成功

1992年に、顕微授精で子どもが誕生

また、卵子や精子や胚の提供によるもの、

代理懐胎なども実施されている。

子どもに恵まれないカップルの希望の拠り所である

一方で

多胎妊娠、凍結胚の処分、提供型治療で生まれた

子どもへの告知など、様々な問題をはらんでいる。

また、治療に通ってもなかなか子どもが授かることの

ない現実に、直面せざるをえないカップルもいる。

功功

罪罪

本研究協力者は、治療でも子どもに恵まれなかった人々(後に、養子縁組を目を向けた人々)である。

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治療現場の文脈においては、妊娠するか否か、といった、成功率に意識が向けられる。

しかし、

治療に通う人々には、治療をすること以外の

生活の場があり、見据える人生展望があるはずである。

ただし、そうした生活設計や人生展望が、治療に通うなかで見えなくなってくる人は多い。治療に通うことに自らのアイデンティティを注ぐようになっていく女性もいる。

不妊治療の場での経験はもとより、その場を越えた経験を

治療をやめた後の経験を含めてプロセスとして

場への着目

時間への着目

「不妊治療をやめる」という選択への着目

「不妊治療をやめる」という選択に焦点をあてることで、そこに至りその後に持続する経験のプロセスが捉えやすくなるのではないかと考えた。

手法として、

を用いる。

複線径路・等至性モデル(Trajectory Equifinality Model: TEM)

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不妊治療でも子どもに恵まれなかった女性が、

いかにして不妊経験を意味づけ、子どもをもつことについてどのように向き合っていったのか、その人生物語を、

不妊治療をやめた後を含めて

捉えることを目的とする。

Trajectory Equifinality Model、

複線径路・等至性モデル、という。

等至性(Equifinality)の概念に着目し、

等至点(Equifinality Point)に至りそこから

分かれゆく、時間ともにある発達・人生径路の多様性を捉える分析・記述の枠組みである。

対象は、不妊治療でも子どもが授かることなく

治療をやめた人、である。

知りたいのは、

「不妊治療をやめたのはどういう人か?」といった

時間をとめて捉えるようなパーソナリティ構造ではなく、

「不妊治療をやめた人の、それまでの経験と今後の

径路の多様なありさま」である。

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歴史的構造化サンプリング、略してHSS。

個人をその歴史とともに考えるような

サンプリングである。どのような経験であれ、個人が生まれ落ちた場所・文化・歴史の影響を受けざるを得ない。(サトウ, 2008)

このサンプリングにおいて、焦点があたる経験は等至点( Equifinality  Point)とみなされる。HSSは、等至点( Equifinality  Point)ならびに等至性(Equifinality)の概念とともに理解する必

要がある。

等至性(Equifinality)とは、システム論で用いられる語であり、外界と相互交渉を行うオープンなシステムの特徴である。

多様な径路をとりつつも、同一(類似)の結果に辿りつくことがある、ということを示している。

等至性(Equifinality)を具現するポイント(行為や選択)を、等至点(EFP)という。

等至点(EFP)は、多様な径路がいったん収束する地点であり、等至点の焦点化により、そこに至りその後に持続する径路の多様性を描くことができる。

研究においては、等至点(EFP)の焦点化

(すなわちHSS)が重要となる。

どのような行為・選択を等至点(EFP)とするかは、研究目的による。

ここでは、「不妊治療をやめる」ということを、等至点(EFP)として焦点化する。

こうした手続きには、一見、同一(same)に思えることを便宜上いったん括り、そのうえで、実際には多様であるありさまを捉える、という含意がある。

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個人が辿る径路の多様なありさまは、

等至点(EFP) に至る固有な経験の径路

と、

その後に持続していく固有な径路

を捉え、描き出すことによって、

把握することができる。

過去経験を携え、その制約を受けつつ未来に開かれている、人生(発達)径路の多様性。

Valsiner, J. (2008)

Equifinality Point

必須通過点必須通過点

必須通過点(Obligatory Passage Point ; OPP)とは、

論理的・制度的・慣習的にほとんどの人が通過

(経験)すると考えられる地点である。

必須通過点(OPP)が結節化されるのは、

そこに、社会的な方向付け(Social Direction ; SD)が

作用しているからである、と考えられる。

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分岐点(Bifurcation Point ; BFP)とは、径路が分かれていく地点である。

径路分岐は、固定的なものではなく、

決定論的に捉えるものではない。

生成的に捉えられるものである。

過去の径路の制約をうけつつ、未来に

開かれたなかで、径路分岐が生成する

ものと考える。

TEMにおける時間概念が関連する。

個人の経験と共にある持続する時間である。

時計で測定できる時間とは異なり、質的に持続していることが重要である。

(時間を単位化しない)

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研究目的から、ある行為や選択を等至点(EFP)と定め、サンプリングする(HSS)。

そこに至る径路とそこから分岐する径路を考え、図を描く。

他の焦点をあてるポイントを、必須通過点(OPP)

や分岐点(BFP)として特定する。

(共通性を必須通過点(OPP)から、

個別性を分岐点(BFP)から捉える)

径路の分岐を考えながら、ありえると考えられる径路が存在すれば、それを点線で図に描く。

描き出すのは、可視化することに意義がある

ものに限られる。

→可能性・潜在性を検討し、可能世界を描き出す。

等至点に至りそこから分かれゆく径路のプロセスを、

・出来事との遭遇、行為や選択のありよう

・重要な他者関係

・その場における感情や認識の変化のありよう

などを構成しながら記述する。

必須通過点(OPP)から、それを結節化せしめている

社会的な諸力を検討することもできる。

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研究目的に基づき、等至点(EFP)を定める。

本研究では「不妊治療をやめる」ことである。

(産みたい思いをとりなす選択)

着目すべき行為や選択を分岐点(BFP)とする。

本研究では「養子縁組をやめる」ことである。

(育てたい思いをとりなす選択)

ほとんどの人が経験せざるをえない地点があれば、必須通過点(OPP)とする。

本研究では「養子縁組を意識する」ことに着目した。

①「養子縁組を意識した」(必須通過点)のが

「不妊治療をやめる」(等至点)の前後いずれかで分類し、

さらに、②その後「養子縁組をやめた」 (分岐点)かどうか

で分類した。

そして、4類型にまとめあげた。

不妊治療をやめる時点で、

養子縁組への関与の仕方を

決定し得たか否か

選択岐路による類型

養子縁組成立、あるいは成立の可能性があるか否か

可 否

Ⅰ型 Ⅱ型

(等至点) (等至点)

Ⅲ型 Ⅳ型

( )(等至点 必須通過点) 等至点 必須通過点 分岐点, , ,

子 ど も を も つ不 妊 治 療 を

養 子 縁 組 を 続 け る 養 子 縁 組 を

不 妊 治 療 を 意 識 す る 続 け る

続 け る 養 子 縁 組 を ( 養 子 縁 組 成 立 )

不 妊 治 療 養 子 縁 組 を 不 妊 治 療 を 試 み る 養 子 縁 組 をⅠ

を す る 意 識 し な い や め る や め る

養 子 縁 組 を

不 妊 治 療 を 試 み な い

し な い 養 子 縁 組 をⅡ

養 子 縁 組 を 続 け る

養 子 縁 組 を 試 み る ( 養 子 縁 組 成 立 )

Ⅲ不 妊 治 療 を 意 識 す る

や め る 養 子 縁 組 を 養 子 縁 組 を

養 子 縁 組 を 試 み な い や め る

等 至 点 ( ⅣEFP): 意 識 し な い

「 不 妊 治 療 を や め る 」

必 須 通 過 点「 子 ど も を も つ /

子 ど も を も た な い 」

分 岐 点必 須 通 過 点 ( OPP):

等 至 点「 養 子 縁 組 を 意 識 す る 」

:分 岐 点 ( BFP)

「 養 子 縁 組 を や め る 」

子 ど も を も た な い図 4 類 型 の 位 置 づ け1

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語りを意味のまとまりごとに区分し、〈私〉〈身体〉〈夫婦〉〈医療〉〈社会〉の5次元に整理した。

〔不妊治療中〕 →

〔不妊治療をやめる:等至点(EFP)〕 →

〔養子縁組を意識する:必須通過点(OPP)〕 →

〔養子縁組へ向かう〕 →

〔養子縁組をやめる:分岐点(BFP)〕 →

〔現在〕 →

というプロセスで記述した。

「もし全然できなかったら、ある程度のところでやめ

れたと思うんです。でも、妊娠できるんですよね。でも流産するんです。だから、次の時には産まれるかもしれないって、ありますよね。全然できなかったら、もうね、もうちょっと前にやめてたと思うんですけれども。流産すると、あっ、次いつから治療しようかって毎日、今日は流産しなくて良かったとか、あっ、今日も流産しなくて良かったなって。変だった。」

「じゃあ体外受精は駄目ですか、ギフトでも駄目ですか、

って言ったんだけれども、 先生は、あなた妊娠できるでしょ、って。妊娠できるのに色んなことをしなくてもいいよ、って言われたんです。でも私からしてみれば、色んなことをしてみて、もしかしたらできるかもしれないって思いますよね。なんかもっとやり方っていうか。色んなことを、体外受精、顕微授精とかってありますよね。そんな感じのことが、色々、やってくれても駄目だったら、というところもあったんだけれども。」

「主人は、(養子として子どもが)来れたらいいみたいな感じで、来れなかったら2人でもいいんじゃな

い、みたいな感じで、でも、私がもう欲しい欲しいみたいな感じだったんで。夫は、夫婦2人の生活でも

いいんじゃないかなぁっていうのも半分、でも欲しいっていうのも半分。でも治療はやめようって。」

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特徴:人生(発達)径路の多様性を、図示を含めて

時間的なプロセスとして描き出す。

結果の提示における

・出来事との遭遇、行為や選択のありよう

・重要な他者関係

・その場における感情や認識の変化のありよう

などの記述も必須である。

限界:語りの全体像や厚みを捉えることが

できない。

ご静聴どうもありがとうございました。

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2008/11/23

◆ナラティヴ研究法セミナー(広島大学)

青年期のアイデンティティ形成における

両親の中年期危機が持つ意味

ー両親間不和に焦点を当ててー

宇都宮博

(立命館大学)

1.はじめに

○青年期のアイデンティティ形成における家族関係

の検討

<これまでの実証研究の主な領域>

(宇都宮・平井,2002)

a.親の養育態度、親子間の愛着

b.家族システムの機能性

c.成人期以降への拡張

d.多様な家族的背景

○青年のアイデンティティ形成と家族関係をめぐる

研究の諸問題

・中年期を生きる親の心理社会的状況や加齢変化

・青年による親の人生(結婚を含む意思決定と関与)の評

価、親からの期待の受け止め、および自分の人生との

関連づけ方

・成人期への移行にともなう、源家族システムでの位置取り

の変容と葛藤

→両親がいる場合は、夫妻間不和への参入の可能性

・質的研究からの理解

○本研究の目的

・青年のアイデンティティ形成にとっての、親の心理社会的

状況のもつ意味を、青年の語りもとに把握することを試

みる。

<本研究で焦点となる問題>

① 青年が両親間葛藤をどのようにとらえ、葛藤場面に

対応しているのか

② 父母双方の結婚生活の継続理由が、①とどのように

関連しているのか

③ 青年自身の父母双方との関わりが、①とどのように

関連しているのか

④ アイデンティティ探求が、①とどのように関連している

のか

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2008/11/23

2.方 法

(1)調査対象者(資料1参照)対象者は、京都市内のA大学に通う学生20名(男子4名、

女子16名)である。

全員が両親を有し、いずれの父母も初婚であった。平均年齢は、20.3歳(SD=1.02)である。居住形態については、8名(40.0%)が親と同居であった。本研究の対象者に、社会人としての経験を有する者は含まれていない。

(2)対象者選定の手続き対象者の選定については、大学の講義時間中に口頭およ

び書面にて調査協力の募集を行い、合意が得られた者に、後日メールにて連絡を取り、順次調査を実施していった。

(3)データ収集の手続き

半構造化インタビューを実施した。面接の所要時間は、60分~100分程度であった。会話内容については、対象者全員からICレコーダーの使用が認められたため、すべて録音を行った。なお、両親に関する質問は、全て①父親→②母親の順で行っている。

面接の実施に際し、研究の趣旨を述べるとともに、書面にてプライバシーの保護やデータの取り扱い、またいかなる理由であっても対象者の希望により調査を途中で取りやめることができるなどについて説明を行い、その用紙に調査者と対象者双方が署名した後に実施した。場所の設定については、プライバシーが保持できるように配慮した。

なお、インタビューに先立ち、対象者の基本的属性(性別、居住形態、両親の年齢と結婚年数および就業形態、他の家族成員など)などからなる調査票の記入にも、全員に協力してもらった。

実施時期は、2007年の5月から7月にかけてである。

(4)分析の手順

①録音記録からトランスクリプトを作成する。

②a.両親間葛藤への対応 および b.父母双方の結婚生活の継続理由に関しては、それぞれ対応していると考えられる言及箇所を特定し、意味のある文章のまとまりごとに整理し、グループ化を行った上で、それぞれに対し見出しを作成する。

c. 青年の立場からみた父母双方との関わり(以下、親子関係評価)は、「肯定的」、「否定的」、「ニュートラル」、「アンビバレント」のいずれかに分類する。

またd.アイデンティティについては、Marcia法(1966)に従い、「危機」と「積極的関与」により、ステイタスの判別を行う。

③いずれも各対象者の該当状況についての一覧を作成する。

④a.およびb.の特徴を記述するとともに、a.についてb.c.d.の観点から比較を行う。

なお、以下、具体的な語りに関する箇所で使用されている表記は、下記の内容を意味している。

および「 」 :対象者の発言

( ) :対象者の発言の補足説明

・・・ :対象者の発言の省略

< > :調査者の発言

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2008/11/23

3.結果および考察

(1)両親間葛藤と青年の対応(資料2参照)

子どもの葛藤への関与のあり方は、「葛藤の相互調整過程への参入パターン」と、「三角関係化への基本的姿勢」とで、対象者を分類できると考えられた。

すなわち、「葛藤の相互調整過程への参入パターン」に関しては、相互調整に主体的に加わっている者(以下、直接的参入)が7名に対し、主として葛藤が沈静化した後(不完全な終結を含む)に、両親もしくはどちらか一方に葛藤との関連で働きかけている者(以下、間接的参入)が11名みられた。

次に「三角関係化への基本的姿勢」については、参入しようとする際に、父母と自己との位置づけをめぐり、どのような姿勢であるかに着目したところ、「母親側」と「中立・状況判断」とに分けられた。「父親側」はおらず、「母親側」10名、「中立・状況判断」8名であった。

上記2つの基準の組み合わせと対象者の分布は、表1に示すとおりである。〔母親側/直接参入〕2名、〔母親側/間接参入〕8名、〔中立・状況判断/直接参入〕5名、〔中立・状況判断/間接参入〕3名であった。

また、いずれの形ならびに位置づけからも参入しない〔回避〕という方略をとっている者が7名みられた。ただし、この中

には、状況によって対応が異なるとする者もみられたため、彼らは他の箇所にも含まれている。該当者は5名(B、K、M、Q、S)であり、いずれも2箇所であった。5名中4名は、〔回避〕

と〔母親側/間接参入〕の組み合わせであり、彼らは葛藤に極力巻き込まれたくないと思いながら、相互調整が終結した後に、母親への気遣いを行っていたタイプである。

表1 青年の葛藤への参入と三角関係化への姿勢

父親側 母親側中立・

状況判断回避

直接的参入 ― E R A B F L N

B G K MP Q S

間接的参入 ―C D H KM O Q S

I J T

注.「母親側」と「中立・状況判断」の該当者のうち、「回避」に関する言及もみられた場合に、下線を引いている。

「母親側からの直接的参入」をしているEの語り(葛藤の状況)

・多分母が全部引いてます。昔は、父は子どもにあたるんで、母も出てき

てた(対抗していた)んですけど、多分今はもう母にしか当たらないから、

引いてて、喧嘩はしてない。

・<喧嘩になる原因は何ですか?>父の機嫌かな。50歳過ぎたころぐら

いから自分の体調が悪くなってきたりとか、なんかちょっと風邪っぽいとか、

ちょっと疲れたとかそういうので怒るから。で、私たちのちょっとした態度と

かに、嫌なところを見ると「なんやそれは」みたいな怒り方を。

・<お父さんはお母さんに手をあげることってあるんですか?>そうです

ね。小さい頃はよくありました。母も(髪の毛をつかまれて)引きずられたこ

ともあるし、人にものをすぐ投げるし。

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2008/11/23

「母親側からの直接的参入」をしているEの語り(葛藤への対応)

・父の味方をすることは(これまで)1回もなかったと思う。父が「ガー」って

言って、母が何も言わなかったら、兄とか私とか、お姉ちゃんもだけど、口

を出す事は時々はありました。多分姉が(父から)一番いろいろやられてき

てるんで、姉の交わし方とかお父さんのいなし方とかはすごい上手い。私

だったら、もう自分が噛み付くんですよ。父親に「ワー」って。姉は、本当聞

きながら「そこはそうじゃないでしょ」みたいな上手い、すごい。兄はもう

まったく何も言わないし、どっちかっていったらうち女系家族なので、父が

多分 近特にそうだけど、頼れるのは兄だけっぽくて、兄のときにはすご

い媚びているじゃないけど、優しい感じで。

「母親側からの間接的参入」をしているHの語り(葛藤の状況)

・しょっちゅうありますね。母親が仕事から帰ってくるのが遅かったけど連

絡が無かったときなどに父親が怒ってました。(母も)言い返しますね。

やっぱり仕事がトラぶったからしょうが無いとかそういったことは言います

ね。・・・昔は物投げたり、味噌汁バーンてやったり、そんな感じで。小学生、

中学生ぐらいです。・・・母親は150cm位で、父親は180cm位なんで、全

然体格も違いますし、力では勝てないので、やはり口で言います。多分、

父親が言いたいだけ言って、全部それをいい終わったら、収束すると思い

ます。

「母親側からの間接的参入」をしているHの語り(葛藤への対応)

・(父が一方的に言って口論が終わったとき、母は)多少くすぶっていると

思いますけど、そしたら僕が聞きます。・・・止めようと思っても止められな

いので、・・・やはり冷めるのを待つしかないかなっていった感じでね。・・・

基本母親の味方ですね。

「中立・状況判断による直接的参入」をしているAの語り

(葛藤の状況)

・昔はもっと酷かったんですけど、今はちょっと落ち着いてきたみたいで、

喧嘩も少ないし。・・・すごい覚えていることばかりですね。もう保育所、小

学校、中学校は凄かったですね。保育所も、覚えてますね。衝撃だったと

思います。たぶん、忘れられるかな。今は、そんなに無いですね。大きい

喧嘩は、本当に年に一、二回、あるかないかですね。・・・(中学校の時に

は)いつ離婚すんのやろうみたいな。弟が小さいから、可哀想なんで弟に

「大丈夫だよ」って言ってるだけで。お父さんはちょっと見栄をはる部分が

あるので、昔は車とかを何回も買い替えたりとかっていうので。・・・本当に些細な事でする。

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2008/11/23

「中立・状況判断による直接的参入」をしているAの語り

(葛藤への対応)

・私が、(間に入り、)母さんこうやって言っとったし、みたいなんをお父さん

に言ったりとか、お母さんにお父さんはこうやっていっとったし、もういんち

がうみたいな話をしたりとか。ずっと(二人の)間を行ったりきたりして。お

父さんからも、「お父さんの言ってることが正しいやろ」みたいな。「どっち

の言ってる事も分かるよ」って、そういう時はしょっちゅう言ってましたね。も

うちっちゃいときからやから慣れてるのもあったんですけど、やっぱり不安

は大きかったですね。 ・・・ (今では、私の影響力は)強いですね。やっぱり、

もう二人がなんか言ってても、うちがその間でばしんと止めたら、その場で

終わるとか結構ありますね。どっちもどっちな意見な気がするんで、どっち

でもない意見をだします。それは、お父さんのほうが確実に悪いよ、とかっ

ていうのはありますけど、それをまた言えばこんがらがるんで。

「中立・状況判断による間接的参入」をしているJの語り

(葛藤の状況)

・テーマというテーマではなく、父親が何を考えているのか分からないって

いう点から、それこそ食事など些細な事まで喧嘩しています。時と場合に

よるんですけど、母親が「バー」って喋ってしまって、父親が何も言わなくな

ると、母親がなんかちょっと甘えた感じで、「ごめん」みたいな感じでいうと

か。父親が突然コロッと態度が変わって母親に「ごめん」っていうとか。・・・

「あっ、ちょっと言い過ぎたな」とかそういう考えがある時は、(父は)ごめん

じゃないですけど、ニコニコしながら近寄っていく。

「中立・状況判断による間接的参入」をしているJの語り

(葛藤への対応)

・傍観してから、ある程度収まった頃に、お互いが離れた所で「ちょっと何

やってんの」みたいな感じで(自分から話しかける)。

・<それは誰に言うのですか?>両方です。母親はあの台所にいて、父

親はテレビの前に居てって感じで。・・・高校のときよく、何で私が仲裁役を

してるんだろうって思ってました。・・・一通り収まってからです。気まずい雰

囲気が漂ってるときに。その場が和やかになるかなってね。」

「回避および母親側からの間接的参入」をしているQの語り

(葛藤の状況)

・全然ありますね。(父が)お店とかでも普通になんかショッピングしてると

きとかでも、なんか怒鳴った事があるんですよ。そういうの何が理由かわ

かんないですけど。すごいそれが嫌ですね。あと、(父は)家でも全然

怒りますし、なんで怒るんですかね。

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「回避および母親側からの間接的参入」をしているQの語り

(葛藤への対応)

・本当嫌ですね。私自分の部屋に逃げます。2人の喧嘩のときに(間に入

る事は)無いですね。・・・(母は私に愚痴を)後で言いますね。あんまり楽し

くないですけど、聞く人がいないと駄目じゃないですか、だから仕方ないか

な。

表1 青年の葛藤への参入と三角関係化への姿勢

父親側 母親側中立・

状況判断回避

直接的参入 ― E R A B F L N

B G K MP Q S

間接的参入 ―C D H KM O Q S

I J T

注.「母親側」と「中立・状況判断」の該当者のうち、「回避」に関する言及もみられた場合に、下線を引いている。

以上の結果より、青年が葛藤に参入する経路としては、4つのタイプがあると考えられた。母親側といった一方のみを支援する場合には、相互調整の終了後に行われやすいが、どちらの側にもつかなかったり、状況を見極めて対応を判断する青年は、相互調整の 中に参入している者もいることが示唆された。

ところで、父親の側に自己を位置づける者が一人もみられなかったことから、改めて父子間の心理的距離の遠さがうかがえた。その一方で、E(「母も引きずられた事もあるし、人にものを

すぐ投げるし。」)やP(「喧嘩というより、父が母を怒鳴る。・・・母はそれ

に対して言い返さないので、喧嘩にはならないです。」)の言葉が象徴するように、本研究の対象者の父親の一部には、母親や他の家族成員に対する威圧的態度も垣間見られた。母親の側に立つ子どもの多さの背景には、母親がそうした不利な状況に対抗すべく子どもに協力のメッセージを送っている可能性も考えられる。子どもの中には、そうした期待に必死に応えようとする者もいれば、背負いきれないプレッシャーから、回避を選択する者もいることが、今回の分析から推察される。

(2)結婚生活の継続理由に関する認知(資料3参照)

説明された継続理由は、内容を分類したところ、大きく

①存在の全的受容・非代替性

②物質的依存・効率性

③永続性の観念・集団志向

④社会的圧力・無力感

4つのカテゴリーに分類された。対象者によっては、複数の理由を挙げる者もみられた。

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表2 青年から見た親の結婚生活の継続理由

カテゴリー名 下位カテゴリー名

存在の全的受容・非代替性

配偶者からの愛情・理解配偶者への愛情・理解

物質的依存・効率性

離婚後の生活面の不便さ・結婚生活の快適さ経済的自立の乏しさ離婚する必要性のなさ配偶者の身内からの支援離婚後の精神面の不便さ・結婚生活の快適さ家族成員としての情

永続性の観念・集団志向子どもへの配慮永続性の観念子ども以外の家族成員への配慮

社会的圧力・無力感

世間体成り行き・惰性忍耐離婚の面倒くささ

― 多忙による離婚を吟味する時間的余裕のなさ

さらに4つのカテゴリーは、表2に示すとおり下位カテゴリー

で構成されていた。これらに属さないものとして、〔多忙による離婚を吟味する時間的余裕のなさ〕も1名において認められた。なお、これら4つは、宇都宮(2005)で抽出されたコミットメントの4因子にそれぞれ対応するものあった。

表3は、父母別に下位カテゴリーで、出現頻度の高い順に示している(一部のみ) 。総言及数56のうち、〔離婚後の生活

面の不便さ・結婚生活の快適さ〕、〔経済的自立の乏しさ〕、〔離婚する必要性のなさ〕、〔配偶者の身内からの支援〕、〔離婚後の精神面の不便さ・結婚生活の快適さ〕、〔家族成員としての情〕からなる、「物質的依存・効率性」が25と も多く(44.6%)、半数近くを占めていた。

表3 父母別にみた各カテゴリーの分布状況

カテゴリー 父親 母親

離婚後の生活面の不便さ・結婚生活の快適さ

A、C、E、F、G、H、K、M、O、P、Q、R

なし

子どもへの配慮 なしA、C、E、H、J、K、

P、Q、S、T

配偶者への愛情・理解 B、L、N、P、T J、N、P、R

経済的自立の乏しさ なし C、I、P、Q、S

離婚する必要性のなさ D、H、I、K D

配偶者からの愛情・理解 S F、L

世間体 A A

永続性の観念 なし E、G

注)・父母いずれか複数の該当者のみられたもののみを示している(人数順)。・父母が一致している事例に下線を引いている。

(3)結婚生活の継続理由と両親間葛藤への巻き込まれ

父母の結婚生活の継続理由と両親間葛藤への巻き込まれの関連について検討した。その結果、母親に関する言及で〔子どもへの配慮〕を示した10名(A、C、E、H、J、K、P、Q、S、T)のうち、6名(C、E、H、K、Q、S)が〔母親側/直接参

入〕もしくは〔母親側/間接参入〕、すなわち母親の側に立っていた。

一方、父母のうち、少なくともどちらかで〔配偶者からの愛情・理解〕もしくは〔配偶者への愛情・理解〕を示した9名(B、F、J、L、N、P、R、S、T)では、母親の側に立場をとる者は2名(R、S)にとどまり、他は〔回避〕もしくは〔中立・状況判断〕であった。母親の側とされた2名も、「回避」を基本としていた。Sは、母親に関する言及で〔子どもへの配慮〕を示した一人でもある。

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母親が〔子どもへの配慮〕により、結婚生活を継続していると認知している青年では、両親間の葛藤場面において、母親に受けた恩に報いる行為として、彼女を支える目的で介入しやすいのではないかと考えられる。

これに対し、両親もしくは少なくとも一方が、〔配偶者からの愛情・理解〕あるいは〔配偶者への愛情・理解〕といった、宇都宮(2005)のいう「存在の全的受容・非代替性」を有すると認知している青年の場合、両親間葛藤に介入しないか、中立的な立場をとる者が多く、介入せずに“見守る”傾向が認められた。

(4)親子関係評価(資料4上段参照)

対象者の父母双方との関係に関する語りをもとに、それぞれ「肯定的」、「否定的」、「ニュートラル」、「アンビバレント」のいずれかに分類した。その結果は、表4に示すとおりである。

母親では、「肯定的」が13名と圧倒的に多く(B、D、E、G、H、I、J、L、M、O、Q、R、T)、 次いで「アンビバレント」となっていた(A、F、K、N、P、S)。

一方、父親については、様々なタイプに分散していた(「肯定的」(B、D、F、J、L)、「否定的」(C、E、G、K、Q、S)、「ニュートラル」(H、I、M、N、O、P、R、T))。 母親とは異なり、「アンビバレント」は1名(A)のみみられた。

父 親 母 親

肯定的(父n=5、母n=13)

(B、D、F、J、L)

13(B、D、E、G、H、I、J、L、M、O、Q、R、T)

否定的(父n=6、母n=0)

(C、E、G、

K、Q、S)

ニュートラル(父n=8、母n=1)

(H、I、M、N、

O、P、R、T)

1(C)

アンビバレント(父n=1、母n=6) 1(A)

(A、F、K、

N、P、S)

表4 親との関係評価の分布 (5)アイデンティティ・ステイタスと探求(資料4下段参照)

対象者の進路に関する語りをもとに、Marcia法を援用し、対象者の分類を行った。なお、本研究では、インタビューの前に基本的事項とともに加藤(1983)の同一性判定尺度を実施している。

表5に示すとおり、同尺度の判別では、ほとんどの対象者が、大学生に多いとされる「拡散-積極的モラトリアム中間型」に位置づけられた。 しかしながら、インタビューでの内容をふまえ、他に変更することが適切であると考えられたものについては、修正を行った。

その結果、分布は達成型1名(A)、積極的モラトリアム型 2名(F、L)、権威受容(予定アイデンティティ)型 3名(E、H、M)、拡散型4名(C、I、J、R)、達成-権威受容中間型 0名、拡散-積極的モラトリアム中間型 10名(B、D、G、K、N、O、P、Q、S、T)となった。

以下、両親間葛藤との関連の分析では、修正後のステイタスを用いることとした。

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2008/11/23

ステイタス 判定尺度 インタビュー

達成型0 1(A)

積極的モラトリアム型 0 2(F、L)

権威受容(予定アイデンティティ)型

0 3(E、H、M)

拡散型2(C、R) 4(C、I、J、R)

達成-権威受容

中間型1(M) 0

拡散-積極的モラトリアム中間型

17(A、B、D、E、F、G、H、I、J、K、L、N、O、P、

Q、S、T)

10(B、D、G、K、N、O、P、Q、S、T)

表5 アイデンティティ・ステイタスの分布状況

注.下線は、判定尺度(加藤,1983)とインタビューの結果が同一の対象者を示している。

(6)親子関係評価およびアイデンティティ・ステイタスと両親

間葛藤の関連

親子関係評価については表6に、アイデンティティ・ステイタスについては表7に結果を示した。

親子関係評価においては、母親のみとの関係が良好(肯定型)である場合や、父親との関係が否定型の場合、〔母親側/直接参入〕あるいは 〔母親側/間接参入〕というパターンをとりやすいことがうかがえる。

父親が否定型の場合は、関与をしない〔回避〕パターンをとる傾向も示された。

なお、父母ともに肯定型のB、J、Lの3名は、どちらの立場にも基本的につかない 〔中立・状況判断/直接参入〕もしくは 〔中立・状況判断/間接参入〕であった。

母親側/

直接参入

母親側/

間接参入

中立・状況判断/直接

参入

中立・状況判断/間接

参入回 避

肯定的(父n=5、母n=13)

父0

母2(E、R)

父1(D)

母4(D、H、M、O、Q)

父3(B、F、L)

母2(B、L)

父1(J)

母3(I、J、T)

父1(B)

母3(B、G、M、Q)

否定的(父n=6、母n=0)

父0

母0

父4(C、K、Q、S)

母0

父0

母0

父0

母0

父4(G K、Q、S)

母0

ニュートラル(父n=8、母n=1)

父1(R)

母0

父3(H、M、O)

母(C) 、

父1(N )

母0

父2(I、T)

母0

父2(M、P)

母0

アンビバレント(父n=1、母n=6)

父0

母0

父0

母2(K、S)

父1(A)

母3(A、F、N)

父0

母0

父0

母(K、P、S)

表6 親との関係評価別にみた葛藤への参入パターン

アイデンティティの発達レベルが高いとされる、達成型に評定されたAと積極的モラトリアム型のF、Lは、ともに〔中立・状

況判断/直接参入〕であり、両親間の直接的な調整役を行っていることがうかがわれた。

またモラトリアム型への移行期とされる拡散-積極的モラトリアム中間型にも、同様の対応を行っている青年(B、N)が認められた。

その一方で、同じく拡散-積極的モラトリアム中間型では、

葛藤への巻き込まれを恐れ、〔回避〕する者も比較的多くみられた。このことから、拡散-積極的モラトリアム中間型の中には、 家族システム内での自由な自己表現を抑制し、積極的なモラトリアムに向けた、両親との相互調整が困難な状態のまま停滞している場合もあるのではないかと推察された。

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母親側/

直接参入

母親側/

間接参入

中立・状況判断/直接

参入

中立・状況判断/間接

参入回 避

達成型 n=10 0 1(A) 0 0

積極的モラトリアム型 n=2

0 0 2(F、L) 0 0

権威受容型n=3

1(E) 2(H、M) 0 0 1(M)

拡散型 n=41(R) 1(C) 0 2(I、J) 0

達成-権威受容中間型 n=0

0 0 0 0 0

拡散-積極的モラトリアム中

間型 n=10

05(D、K、O、

Q、S)2(B、N) 1(T)

6(B、G、K、P、Q、S)

表7 アイデンティティ・ステイタス別にみた葛藤への参入パターン

4.まとめと今後の課題

(1)本研究から得られた知見

①両親間葛藤に対する青年の関与のあり方として、〔母親側/直接参入〕、〔母親側/間接参入〕、〔中立・状況判断/直接参入〕、〔中立・状況判断/間接参入〕、〔回避〕の5つのパターンが見出された。

②両親間葛藤の背景として、そもそもなぜ二人が結婚生活を継続しているかといった本質的な問題が潜んでいることが示された。

③両親間葛藤への関与は、親との関係評価が関連しており、父母双方とどのような関わりを有しているかによって、異なる可能性がある。

その一方で、両親間の葛藤や関与を通して、親との関係評価を調整していることも考えられる。

・・・両親間葛藤により生じる青年-親間の関係への影響

④アイデンティティと両親間葛藤との関連から、両親間の不和は家族の機能不全につながる恐れがあり、そうした場合、親との相互調整をともなう、家族の枠を超えた自由なモラトリアムが展開されにくい可能性が示唆された。

(2)今後の課題

① 過去と現在における葛藤の取り扱い

② 様々なステイタスへの継続的なデータ収集の積み重ね

③ 対象者との関係性

④ 語られない内容

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1

やまだ科研・ナラティブ研究法セミナー (広島大学, 2008.11-22・23)

発達心理学・臨床心理学の「語り」への向き合い方

-「語り」の聴き方をめぐって-

広島大学大学院教育学研究科

岡本 祐子

2

セミナーのねらい

1.「語り」の素材から内的世界を理解し、普遍的知見を得る方法論(ナラティヴによる心的世界の探求の研究技法)について

2.心理臨床実践・臨床心理学研究・発達心理学研究の「方法」(視点と技法)が相互にどの

ように生かせるか。

3

研究法をめぐる<問い>研究を進める上での<問い>

(1)相互に有益な視点と技法とは何か。

・従来の発達研究の世界と臨床研究・実践の世界は、距離が遠い。しかしながら”ナラティヴ”という視点からとらえると共有するところ

は多い。

これらを具体的に認識し、自らの研究の視点・スタンス・研究技

法として用いられるようにするにはどうしたらよいのか。

(2)よい「聴き手」、よい「語り手-聴き手」の関係とは、具体

的にどういうものか。

・聴き手が身につけるべきポイントは何か。

(3)研究者がその課題を選ぶ必然性の「意義」と「意味」

・その研究課題との「出会い」のインパクトの重要性4

研究 臨床実践

臨床心理学研究

図発達心理学研究・臨床心理学研究・心理臨床実践の位

置づけ

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5

臨床心理学研究の方法的視点

1. 臨床実践研究 (1つまたは複数の心理臨床事

例を終結後、振り返り、意義ある知見を発見し、考察する)

例:・質的改善研究(斉藤,2008)

・葛藤の深さから見た中年期危機の現れ方(岡本,2007)

(心理面接プロセスの展開、Th.の視点の相違の分析)

2.臨床的課題そのものの「研究」

(課題は無限に存在する)例: 統合失調症,うつ,人格障害,発達障害,その家族,環境,援助,

危機体験の心的世界とその回復,etc.6

2つの臨床心理学研究の方法論的相違

1.臨床実践研究としての事例・語りの分析

(2段構え)

・はじめに「心理臨床面接」(詳細な面接記録)がある。

(この時点では,研究者は100% Th.として存在している)

・面接の終結後、Cl.-Th.の語り、相互のやりとり、Cl.-Th.関係等の分析。(研究者の視点が生じる)

2.臨床心理学「研究」としての事例・語りの分析

・はじめから、研究の目的と枠組みが明確にある。

7

臨床実践事例の記述と道筋-力動的心理療法の場合-

1.Cl.によって「語られた言葉」を最大限、重視

2.Cl.の問題・葛藤の性質、過去から反復される「物語」の発見 (語られるエピソードのつながりとして)

3.「物語」の理解(解釈)Cl.の心理臨床的理解と面接

方針

4.面接過程の中で、理解・解釈の修正

5.その事例が他の事例理解に応用できるとき、「事例研究」「理論」となる。

・理論のための「言葉」は、「個々の臨床事例」から生まれたものである。

8

「研究」を目的とした事例研究の記述と道筋

1.はじめに「研究の目的」がある。

2.「目的」の達成にふさわしい対象者の選択

3.目的にそった語りの収集(語り手と聴き手の関係性が重

要)

4.個々の事例の語りを深く読み込み、人間像を理解する。(臨床事例理解とよく似ている)

5.「語り」の共通の特質の抽出。

6.心理学的次元(心理学用語)での理解

7.モデル作り先行研究との比較「新たな知見」

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9

StepⅠ 個々の事例にもとづくモデル化

・・・・・事例1 事例2 事例3 事例4

・・・・・事例a 事例b 事例c 事例d

・・・・・臨床事例A

臨床事例B

臨床事例C

臨床事例D

共通した特質を抽出 モデルⅠ

共通した特質を抽出 モデルⅡ

共通した特質を抽出 モデルⅢ

・・・・

10

StepⅡ 各モデルの共通性・特殊性の分析

・・・・・事例1 事例2 事例3 事例4

・・・・・事例a 事例b 事例c 事例d

・・・・・臨床事例A

臨床事例B

臨床事例C

臨床事例D

モデルⅠ

・・・・

モデルⅡ

モデルⅢ

(1)共通性の分析

(2)特殊性の分析

1.「アイデンティティ危機」という認識

2.アイデンティティ再体制化プロセス

3.ライフサイクルにおける意味

など

1.病理水準

2.心理臨床的介入(援助)の意義

など

11

StepⅢ 研究・実践相互の応用

B A

1.研究から心理臨床実践への応用

面接方針を立てるめやす心理面接過程の理解のめやす

2.心理臨床実践から研究への応用

健康群・臨床群の対比による、より深い事例・モデルの理解

B

A

発達臨床的研究の理論化へ

心理臨床実践の理論化へ

臨床群

健康(適応)群

12

StepⅠ 個々の事例にもとづくモデル化

・・・・・事例1 事例2 事例3 事例4

・・・・・事例a 事例b 事例c 事例d

・・・・・臨床事例A

臨床事例B

臨床事例C

臨床事例D

StepⅡ各モデルの共通性・特殊性の分析

StepⅢ研究・実践相互の応用

健康群

臨床群

モデルⅠ

モデルⅡ

モデルⅢ

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13

心理臨床実践,ナラティヴ研究,数量的研究

における共通点と相違点

数量的分析 ナラティヴ 臨床実践研究 研究

--------------------------------------------------------------------------------------1.心的世界(主観的にみた語り手の世界) - ++ +++2.事象の客観性 +++ ++ ++

3. 語り手と聴き手の相互性 - ++ +++4.語られた内容の語り手にとっての「意味」 - +++ +++5.語り手の自己理解の深化 - ++ +++6.語り手の活力の増大・適応 - + +++7.語り手への直接的援助 - - +++--------------------------------------------------------------------------------------------------------・ +, -は、研究者の重視するレベルを示す。

ナラティヴ研究と臨床実践は、多くの共通点をもつ。14

心理臨床における聴き方(1):土台

・カウンセリング・マインド

1.Cl.に全面的な関心を持って積極的に聴くこと。

2.Cl.のありのままを受け入れること。

3.Cl.の感情に注目し、共感的に理解すること。

4.Th.自身が心を開き、ありのままでいること。

15

心理臨床における聴き方(2):Cl.理解

・力動的心理療法の基本的枠組み

1.面接構造の恒常性の重視

・Cl.,Th.およびCl.-Th.関係の安心感の拠り所

2.傾聴と共感,抱え環境

3.Cl.,Th.の対人関係およびTh.-Cl.の癖・特徴とし

ての転移・逆転移

4.「心的現実」の解明

・客観的事実と同じように「心的現実」を重視する。

16

心理臨床家の聴き方(3):臨床的援助(Cl.の適応的変容)

• 心理面接を通じてCl.の生き方の変化の機序「自分を語り、理解を広げ、生き方を変える」とはどういう

営みなのか

1.経験の探索と気づき・洞察

2.内在化

3.ワーキング・スルー

・これをすすめるための基礎技法

1.質問, 2.明確化, 3.直面化, 4.解釈

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17

岡本のこれまでの研究的<問い>

• ライフサイクルの中で人は、どのように発達・変容するのか。

• 「人生の危機」は、発達・変容のcriticalな転換点ではないのか。

• 発達・成熟・心の深化に向かうための資質は何か。

• そもそも「発達・成熟・心の深化」とは、どのようにとらえられるのか。

<発達・変容に関わる少しばかりの知見>*アイデンティティの再体制化の連続としてのライフサイクルの

理解

*「主体的に自己の経験に向き合うこと」

*過去・現在・未来の自己の連続性と不連続性の認識と「納得」

*人生の危機期の発達・変容(再体制化)には、健康な人にも心理臨床的援助の必要な人にも、同じメカニズムが見られる。(レベルや深さの相違は見られるにしても)

18

ナラティヴ研究と心理臨床の共有する立ち位置と視点(1)

1. 一人称の視点:

研究者自身の自己分析と自己理解

(What and Why?)

2. 二人称の視点:

語り手と自分(聴き手)の関係性

3.三人称の視点:

その研究の位置づけと意義

19

共有する立ち位置と視点(2)

(1)語り手に向き合う姿勢

1.語り手の心奥に入り込んで聴く「覚悟」

恐れず、ひるまず、謙虚に、静かに、やわらかく。

2.語り手の世界に、片足入り、片足は出す。

(2)失敗面接「研究者の意図したところを聴けなかったのはなぜか」「深く聴けなかったのはなぜか」の分析

1.関係作りの失敗,

2.聴き手の防衛・遠慮,etc.

20

共有する立ち位置と視点(3)語り手と聴き手の「関係」の重要性相互交流の中で「語り」が生成される

ナラティブ研究の課題は、語り手の心・体験のコアに迫るものである。

そのため、語り手が、

この人(聴き手)になら自分の体験を話してもよい、

この人なら、自分の話を聴いてくれる、

この人になら、自分も話してよかった、

と感じられることが、「語り」の質を決定する。

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21

ナラティブ研究法の発展における今後の課題

1. 優れた研究を素材とした研究法の精緻化と応用

2.研究の手続きとして、何をどこまで論文に記載するか。

・ナラティヴ・データと研究手続きの妥当性・信頼性を読者に理解してもらうための必要十分条件は・・・・

3.研究者に対する面接技法の訓練

・ナラティブ研究面接のスーパーヴィジョン

22

参考文献

岡本祐子 2002 アイデンティティ生涯発達論の射程. ミネルヴァ書房.

岡本祐子 2007 アイデンティティ生涯発達論の展開:中年期の危機と心の深化. ミネルヴァ書房.

やまだようこ(編) 2008 人生と病いの語り.

東京大学出版会.

鑪幹八郎 他(編) 1998 精神分析的心理療法の手引き. 誠信書房.

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「私」との関わりにおいてナラティブを聴くということ

「私」との関わりにおいてナラティブを聴くということ

松嶋秀明

(滋賀県立大学)

University of Shiga PrefectureUniversity of Shiga PrefectureSchool of Human Culture.School of Human Culture.

科研費(20252009)基盤(A) 「多文化横断ナラティヴ・フィールドワークによる臨床支援と対話教育法の開発」

科研費(18730442)若手(B) 「非行生徒への効果的対応にむけた教師支援に関する実証的研究」

『ナラティブ研究法セミナー:臨床心理学・発達心理学・医療におけるナラティヴにもとづいた研究法と教育・実践モデルの検討』@広島大学教育学部第1会議室、2008/11/22-23

問題意識

• 実践(的)研究では、研究者は自らが実践の一部を構成しつつ、同時に、それを記述していくという自己言及的な作業にたずさわっている。

• とりわけ実践研究では研究者=実践者となり、ともすれば、自らの実践語りになりがち。

• いかに実践から距離をとるか、が、問題。

研究例

• 更生保護施設における訓練場面の観察研究

松嶋秀明. (2005). 関係性のなかの非行少年 新曜社

<出来事>に遭遇するという方法

• 現場にいけば、誰でも興味深い「出来事」に出会えるわけではない(つまらない日常の繰り返しということがありうる)。

• 調査者が現場で体験したことを言語化することが求められる。

• 調査者のこれまでの枠組みを肯定したりくつがえされるという作用をもつ

本山方子. (2000). フィールドワークにおいて<出来事>に遭遇すること: 民族誌『森の狩猟民』の記述を手がかりにして. 人間文化論叢, 2, 157-168

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「私」の物語り的構成

• 1年目:「こうもり」のような私– 現場の実践に「問題点」を感じつつ、表面的にあわせる。

– 研究者というより、ボランティアとして扱われる。

• 2年目:研究者アイデンティティの揺らぎ– 現場の実践形態の変化。指導者もまた「問題点」に気づいており、葛

藤を感じていたことを知る。

– 研究者としての無力感。自分には「何ができるのだろうか?」と思い始める。

• 3年目:共感する私– SC経験から現場の大変さに共感し、それを伝える。

– 部分的に研究者としてアドバイスを求められる。

研究例

• 中学校のチーム援助に関する実践研究

– SCとして中学校に参与しつつ、同時にそこでの教師と自分との/教師同士の協働を記述。

松嶋秀明. (2008). 境界線上で生じる実践としての協働−−学校臨床への対話的アプローチ. 質的心理学研究,7, 1-17.

Matsushima,H (2008) Dialogical construction of collaborative culture in school. 2nd ISCAR conference. UCSD Sept8-13.

エスノメソドロジー/会話分析

• 人々が行為を意味づけるための「常識(=エスノメソッド) 」を問いなおす。実践感覚がどのような相互行為によって根拠づけられるのか。

– I-R-E (Initiation-Reaction-Evaluation)連鎖

– 成員カテゴリー化装置

Mean, H. (1979). Learning lessons: Social organization in the Classroom. Cambridge. MA: Harvard University Press.

Sacks, H. (1979) “Hotrodder:a revolutionary category” In Psathas, G(ed.)Everyday lan-

guage: studies in ethnomethodology, NewYork:Irvington, pp7-14.

とりあげる場面

• 夏休み前におこなわれた、週1回開催されていた「情報交換会」での会話。

• コーディネーターC先生が「相談室に登校してきている生徒をまとめるのが大変」という問題を提起し、それに対して他の教員が議論している。

• この学校の体制が不十分だと考えるB先生が発言。

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そのとき私(SC)が考えていたこと

1. (これまでの経験から)教師間の連携がうまくいっていない。生徒の問題への認識にズレがある。

2. (コーディネーターは暗黙のうちに自分側だと理解して)比較すればC・B先生の認識の方が望ましい。

3. (とりわけ初期のケース会議の失敗から)生徒の「見立て」をたてる必要がある。

現状の報告

疑 問

疑 問

現状の報告

C先生への共感

現状の報告

C先生への共感

現状の報告

C先生への共感

現状の報告

C先生への共感

[(( ))]

[そやから]

提 案

再提案

再提案

提案の否定

去年との比較

提案の否定

提案の否定

去年との比較

C先生への共感

去年との比較

提案の否定

何がおこっているか?

• A先生/B・C先生の「問題の定義」をめぐる論争

• お互いが自分のとらえた「問題」のとらえ方の正しさを認めさせようとしている。

• B・C先生はA先生の意見を否定するものの、現在の生徒の問題について具体的には語らない。

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筆 者:今のところ、何かこう、皆で何かやれてるというか。まあ、遊んでるにしてもー、皆とやれているなかでー。教室ではないけれども、あの、小集団みたいなのが体験できているのは、今ーは、とりあえず、それは良いと思うので。・・(略)・・もうちょっと問題を、もうちょっとこの子ら自身の「見立て」っていうのがハッキリしてくると、もうちょっと対応もできてくると思うので・・

既におこっている達成の指摘

教室復帰/勉強が目標であることを自分が認識していることの呈示

暫定的な解決

「見立て」の欠如の表示展望の呈示

何がおこっているか?

• SCの介入はどのような機能を果たしたか

– 両者が対立していることはわかっているが、それがどのような相互行為によって作られているかは分かっていない。

– 「問題」が「生徒個人」のものというとらえ方に巻き込まれており、「大人同士の関係性」を問題化できていない。

まとめ

• 「分析」は現場でおこっているが気づかれないこと、人々によって生きられているが語られないことに目を向けることを可能にする。

• ただし「分析」は「どれが真実か」を言い当てるものではない。視角は相補的である。

• むしろ、「分析」は実践を異化(alienate)し、それに参与する人々の省察(reflection)をうながす道具といえる。

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1

ナラティヴ研究法セミナー(2008.11.22-23)

臨床心理学・発達心理学・医療におけるナラティヴにもとづいた研究法と教育・実践モデルの検討

第3セッション

発達心理学と心理臨床の「語り」への向き合い方:「語り」の聴き方をめぐって

話題提供 徳田治子

0 はじめに

・発表者の研究経緯と問題関心

子育て期女性へのインタビュー

ハンセン病療養所入所者およびハンセン病訴訟で被害聴き取りを行った弁護士へのインタビュー

意味づけと語り、質的研究、インタビュー法、ナラティヴ・アプローチ

感情と語り(Emotion focused therapy)

・第 3 セッションでの発表者の役割

発達心理学の立場から

研究における語り、聴き方、インタビュー法の位置づけ

→ ナラティヴにもとづいた研究法と教育・実践モデルの検討

→ 臨床と研究における「聴き方」をどう捉え、どうつなぐか?

1.研究手法としての“聴き方”をめぐって

発達研究におけるリサーチインタビューをどのように位置づけるか?

2.インタビューにおける具体的「聴き方」

子育て期女性へのリサーチインタビューの実際

3.ナラティヴにもとづいた研究法と教育・実践モデルの検討に向けて

************************************************************************************************

1.研究手法としての“聴き方”をめぐって

─ 発達研究におけるリサーチインタビューをどのように位置づけるか?─

1) リサーチ・インタビュー(調査面接)の一般的な特徴づけ

<調査法としての位置づけ>

①データ収集の技法(手段)の一つ。

②言語を中心とした直接の相互作用を通してデータを得る点で観察法、実権、質問紙法などと区分される。

<面接法における区分:臨床面接との区別/構造化による区分>

①臨床面接との区分においては、動機や目標の相違によって特徴づけられる。

臨床面接:治療を目的とし、語り手(クライエント)の動機や要求にもとづいてなされる。

調査面接:聞き手(研究者)の動機と要求にもとづいてなされる。

②構造化の程度による分類。

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2

2)「研究実践」もしくは「研究行為」としての “リサーチ・インタビュー”の位置づけ(案)

■「個別的な実践」としてのインタビュー/聴き方

■「フィールドの知」としてのインタビュー/聴き方

■「社会的営為」、「出会いの場」としてのインタビュー/聴き方」

■「潜在的な発達ニーズ」に関わる・働きかけるものしてのインタビュー/聴き方

→臨床心理、医療における「聴き方」とリサーチ・インタビューをつなぐ視点

2. インタビューにおける具体的「聴き方」:子育て期女性へのリサーチ・インタビューの実際

1.“特別な会話”としてのインタビュー

2. 構成的なインタビュー

主観的経験の意味の網目と自己への経験の意味づけをとらえる生成的、協同的なインタビュー

→ある種、既存の物語を揺さぶる“生成”の場としてのインタビュー

3. 出会い、対話的相互作用場面としてのインタビュー

・ことばをともに探す過程としてのインタビュー

・大変さ、揺れの時期であることの共感、そのなかでなんとか折り合いをつけ、凌ごうとする相手

への敬意や信頼感をベースに応答と問いかけを行う。

・ 共感と受容、そして協同探索:自己一致 オープンでいること(聴き手のコンディション)

*具体的な「聴き方」の工夫例

・ 問いの組み立て 効果的な問いの探索

・ 多様な声を参入させる:時間的広がり、一見矛盾する感情、同様の立場にいる他の人の意見

(例:「もし〜…」「〜とおっしゃる方もいますが…」「〜という面だけですか?」

・ テクストをつなぐ、重ねる、厚くする→意味生成の土台を作る

・ 研究関心や全体の語りと常に関連づけながら、いま、ここで語られていることをマッピングし

ていく。

*語りの場に臨むまでの時間

・フィールド熟成する時間の重要性

リサーチクエスチョンの明確化

対話的相互作用を可能にする土台づくり

問題意識の共有(すりあわせ)

詳細なインタビューガイドが作成の意義

*対象者自身の大まかなプロフィールや生活背景の把握

*文献・先行研究の整理 *インタビューの蓄積

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3

4)子育て期女性が生きる“語りの文脈との対応

例えば、上記のインタビューの位置づけややり方は、子育て期女性が生きる以下のような“語りの文脈”

に支えられて行われている。

①親への移行期:一種の心理的危機、変化の局面

②多くの人が経験し、何とか乗り越えているノーマティヴなライフイベント

③基本的にはポジティヴな出来事 また、子どもの成長によって問題の解消が期待

④過去から現在、未来に向かう人生の局面

⑤語るニーズを持ちつつ、日常的にはそれを実現することが難しい状況

⑥「語り」を理解し、生成する豊富なリソース 先行研究 同時代性

→ある対象、ある研究テーマに対して上手くいったやり方が、異なった対象やテーマに対しても通用するわ

けではない。

*トラウマ、病い、喪失などの経験についての語り

・言語と経験のより複雑な関係

・単純に、“アクティヴ”な“インタビュアー”ではいられない。

・“傷ついた物語の語り手”の声(「混沌とした病いの語り」)をどう聴くか?(Frank,2002)

・ホロコーストサヴァイヴァーへの聴き取りにおける特別な配慮と留意点(Klempner,2000)

3. 研究実践としてのインタビューをどのように学び、教育していくか?

1)「語り」との関係で、リサーチ・インタビューをどのような行為(手段)として位置づけるか?

→「研究行為」「研究実践」としてのリサーチ・インタビューの位置づけと学び

2)“聴く身体”をどうつくっていくか、鍛えていくか?

→「問う」と「聴く」 「応える」

3)人の生の物語を聴く/研究することをめぐる聴き手、語り手の脆弱性

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ナラティヴ研究法セミナー 出席者一覧 2008.11.22-23.

やまだようこ 京都大学 大学院教育学研究科

山田千積 京都大学 大学院医学研究科

安田裕子 京都大学 大学院教育学研究科

戸田有一 大阪教育大学 教育学部

吉永崇史 富山大学保健管理センター

宇都宮博 立命館大学 文学部

松嶋秀明 滋賀県立大学 人間文化学部

小嶋由香 椙山女学園大学 人間関係学部

徳田治子 東京女子大学 大学院文学研究科

川島大輔 国立精神・神経センター精神保健研究所

家島明彦 京都大学 大学院教育学研究科

西山直子 京都大学 大学院教育学研究科

竹内一真 京都大学 大学院教育学研究科

高橋菜穂子 京都大学 大学院教育学研究科

勝部奈美 広島大学附属教育実践総合センター

竹味千賀子 東広島市児童少年センター

出口純子 同上

岡本祐子 広島大学 大学院教育学研究科

奥田紗史美 (博士課程後期)

山田みき 同上

前盛ひとみ 同上

関口道彦 同上

深瀬裕子 (博士課程前期)

小泉 誠 同上

菊池由利 同上

山本彩留子 同上

神谷真由美 同上

尾方 綾 同上

光元麻世 広島大学教育学部

平田恵才 同上

計 30 名