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横田益美 家族支援専門看護師 駒沢女子大学 看護学部 看護学科 助教 せたがや訪問看護ステーション 連載 第3回 (最終回) 東京大学医学部附属看護学校卒業後,主に小児領域での勤務 経験を経て,2007年から小児の訪問看護に携わる。2015年東 海大学大学院健康科学研究科修士課程を修了。同年家族支援 専門看護師を取得。次世代の看護師育成に力を注ぐ傍ら,訪問 看護師として子どもを含む家族へのかかわりも続けている。 本連載も,今回で最終回となりました。第1 回では家族をシステムとしてとらえるというこ と,第2回では支援対象の家族だけを援助者か ら切り離してとらえるのではなく,援助者も家 族の行動や認識に影響を与える存在としてセッ トで考える「援助システム」という視点を紹介 しました。援助者の家族へのかかわり方によっ て,大きな力を発揮する機能的なシステムにな ることもあれば,システムをつくる要素である 家族も援助者も疲れていき,うまく機能しなく なることもあるのが援助システムでした。 今回は,これらの考え方に基づいた家族との 関係づくりや具体的な支援など,実践に応用で きる家族支援について説明します。 ※個人が特定されないよういくつかの Cちゃん ラブルにより低酸素性虚血性脳症となった。脳 栄養,導尿など多くの医療的ケアが必要である。 1歳を迎えるころ,両親を含めた話し合いで 在宅療養への移行が決まった。しかし,専業主 婦である母親の面会は毎日18時を過ぎてから で,医療的ケアの技術指導の約束も無断キャン い。キャンセルの理由を尋ねても,母親は「す 姿は見かけたことがない。 皆さんは,どのように感じたでしょうか。「お 母さん,本当に退院させる気があるのかしら?」 「この両親で,大丈夫なの?」など,さまざま だと思います。 「技術指導の約束について,看護師はどんな ふうに話したの?」と考えた人は,円環的思考 (第1回参照)で援助者と母親との相互作用を見 ようとした人でしょう。どう感じるのがよい/ 悪いということはなく,ここでは,自分自身が もやっとした,引っかかりを感じたという部分 を意識してみることが大事です。 家族看護の目的は,家族のセルフケア力の向 上です 1) 。何らかの事情により力が発揮できな くなっている家族の力を引き出し,それを活用 しながら援助していくことが必要であり,その ためには援助システムの形成,つまり家族との 関係づくりが不可欠です。 援助システムの機能とは,要素同士,つまり 家族と援助者との相互作用のことです。したがっ て,家族との関係づくりに当たっては,まず援 助者自身が家族のことをどう見ているのかを点 検する必要があります。もしCちゃん家族に対 し陰性の感情が湧いた場合は,自分の引っかか りポイントを自覚した上で,その感情は一度脇 に置いておくことができるとよいでしょう。 ※個人が特定されないよういくつかの 事例を組み合わせています Cちゃん Cちゃんは待望の第1子であった。分娩時のト ラブルにより低酸素性虚血性脳症となった。脳 幹部のダメージもあり,人工呼吸器装着,経管 栄養,導尿など多くの医療的ケアが必要である。 1歳を迎えるころ,両親を含めた話し合いで 在宅療養への移行が決まった。しかし,専業主 婦である母親の面会は毎日18時を過ぎてから で,医療的ケアの技術指導の約束も無断キャン セルが続き,退院に向けた指導が一向に進まな い。キャンセルの理由を尋ねても,母親は「す みません」と言うだけであった。父親は,病状 事例 説明などの際には来院するが,面会に来ている 姿は見かけたことがない。 すぐに実践できる家族支援 89 こどもと家族のケア vol.14_no.4

すぐに実践できる家族支援横田益美 家族支援専門看護師 駒沢女子大学 看護学部 看護学科 助教 せたがや訪問看護ステーション 連載 第3回

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Page 1: すぐに実践できる家族支援横田益美 家族支援専門看護師 駒沢女子大学 看護学部 看護学科 助教 せたがや訪問看護ステーション 連載 第3回

横田益美家族支援専門看護師

駒沢女子大学 看護学部 看護学科 助教せたがや訪問看護ステーション

連載第3回(最終回)

東京大学医学部附属看護学校卒業後,主に小児領域での勤務経験を経て,2007年から小児の訪問看護に携わる。2015年東海大学大学院健康科学研究科修士課程を修了。同年家族支援専門看護師を取得。次世代の看護師育成に力を注ぐ傍ら,訪問看護師として子どもを含む家族へのかかわりも続けている。

 本連載も,今回で最終回となりました。第1

回では家族をシステムとしてとらえるというこ

と,第2回では支援対象の家族だけを援助者か

ら切り離してとらえるのではなく,援助者も家

族の行動や認識に影響を与える存在としてセッ

トで考える「援助システム」という視点を紹介

しました。援助者の家族へのかかわり方によっ

て,大きな力を発揮する機能的なシステムにな

ることもあれば,システムをつくる要素である

家族も援助者も疲れていき,うまく機能しなく

なることもあるのが援助システムでした。

 今回は,これらの考え方に基づいた家族との

関係づくりや具体的な支援など,実践に応用で

きる家族支援について説明します。

※個人が特定されないよういくつかの事例を組み合わせています。Cちゃん

 Cちゃんは待望の第1子であった。分娩時のト

ラブルにより低酸素性虚血性脳症となった。脳

幹部のダメージもあり,人工呼吸器装着,経管

栄養,導尿など多くの医療的ケアが必要である。

 1歳を迎えるころ,両親を含めた話し合いで

在宅療養への移行が決まった。しかし,専業主

婦である母親の面会は毎日18時を過ぎてから

で,医療的ケアの技術指導の約束も無断キャン

セルが続き,退院に向けた指導が一向に進まな

い。キャンセルの理由を尋ねても,母親は「す

みません」と言うだけであった。父親は,病状

説明などの際には来院するが,面会に来ている

姿は見かけたことがない。

 皆さんは,どのように感じたでしょうか。「お

母さん,本当に退院させる気があるのかしら?」

「この両親で,大丈夫なの?」など,さまざま

だと思います。

 「技術指導の約束について,看護師はどんな

ふうに話したの?」と考えた人は,円環的思考

(第1回参照)で援助者と母親との相互作用を見

ようとした人でしょう。どう感じるのがよい/

悪いということはなく,ここでは,自分自身が

もやっとした,引っかかりを感じたという部分

を意識してみることが大事です。

 家族看護の目的は,家族のセルフケア力の向

上です1)。何らかの事情により力が発揮できな

くなっている家族の力を引き出し,それを活用

しながら援助していくことが必要であり,その

ためには援助システムの形成,つまり家族との

関係づくりが不可欠です。

 援助システムの機能とは,要素同士,つまり

家族と援助者との相互作用のことです。したがっ

て,家族との関係づくりに当たっては,まず援

助者自身が家族のことをどう見ているのかを点

検する必要があります。もしCちゃん家族に対

し陰性の感情が湧いた場合は,自分の引っかか

りポイントを自覚した上で,その感情は一度脇

に置いておくことができるとよいでしょう。

※個人が特定されないよういくつかの事例を組み合わせています。Cちゃん

 Cちゃんは待望の第1子であった。分娩時のト

ラブルにより低酸素性虚血性脳症となった。脳

幹部のダメージもあり,人工呼吸器装着,経管

栄養,導尿など多くの医療的ケアが必要である。

 1歳を迎えるころ,両親を含めた話し合いで

在宅療養への移行が決まった。しかし,専業主

婦である母親の面会は毎日18時を過ぎてから

で,医療的ケアの技術指導の約束も無断キャン

セルが続き,退院に向けた指導が一向に進まな

い。キャンセルの理由を尋ねても,母親は「す

みません」と言うだけであった。父親は,病状

事例

説明などの際には来院するが,面会に来ている

姿は見かけたことがない。

すぐに実践できる家族支援

89こどもと家族のケア vol.14_no.4

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家族との関係づくり

自ら対処していく家族 家族看護における家族を理解するための主な

理論として,家族システム理論,家族発達理論,

家族ストレス対処理論があります。家族システ

ム理論,家族発達理論についてはすでに紹介し

ました。“何を目指して家族との関係をつくる

のか”について考えるために,本稿では家族ス

トレス対処理論について触れたいと思います。

 家族ストレス対処理論は,ストレスとなる重

大な出来事が生じた時に,家族がどう対処する

のかを明らかにした理論です。中でも,長期的

な視野に立って家族の対処過程を見ることがで

きる「二重ABCXモデル(図)」について説明します。

 このモデルでは,横軸にとった時間の流れは

大きく,前危機段階と後危機段階の2つの局面

に分かれています。前危機段階に配置されてい

るABCXモデルは,重大な出来事が直接に家族

ストレスや危機状態をもたらすのではなく,家

族が出来事をどのように意味づけるか(C要因)

や,家族がすでに持っている力,例えば良好な

家族間のコミュニケーションや,周囲に助けを

求める力,経済力など(B要因)と関連し合っ

て家族危機(X)が生じると説明しています。

 つまり,同じ出来事であっても,自分たちが

持つ力や受けとめ方によって危機状態にならず

に乗り越えられる家族もあれば,そうでない家

族もいるということです。前者の家族であれ

ば,標準的な支援だけで家族は家族なりのやり

方を見つけて進んでいけるでしょう。支援がよ

り重要になるのは後者の場合です。

 危機状態に陥る家族は,同じ対処を続けるほ

どに負のループから抜け出せなくなります。事

例では,Cちゃんの障害や現状に至る状況,発

達段階などに加えて,在宅療養への移行という

新たな課題が生じたことで,これまでの方法で

は対処しきれず,ストレスの累積(aA)が起

こったと考えられます。ここから先の後危機段

階では,Cちゃんが生まれながらにして障害を

持ってしまったという事実や,在宅で療養をし

ていかなければならないという状況により良く

立ち向かうために,新たな意味づけ方(cC)

や力(bB)を獲得して,

以前とは違う対処をして

いくことが必要です。

 そこで,いよいよ援助

者の出番です。援助者に

は家族が新たな対処を始

めることができるよう,

相互作用を通した家族の

意味づけ方への働きかけ

や,家族メンバー個々の

力を引き出す資源として

機能しながら,家族の対

処を後押ししていくこと

aストレス源

b既存資源

c“a”の認知

適応

x X不適応

良好適応

時間 時間前危機段階 後危機段階

危機a A累積

b B既存および新規資源

c CX+aA+bBの認知

対処

図●家族適応の二重ABCXモデル

McCubbin & Patterson, 1981b, p.9.石原邦雄:家族生活とストレス,P.31,垣内出版,1989.

90 こどもと家族のケア vol.14_no.4

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