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低濃度試料における容器への吸着と低吸着バイアルの開発 ○村越幹昭 1 、福澤興祐 1 、佐藤友紀 1 、浅川直樹 2 1 株式会社島津ジーエルシー R&Dグループ、 2 株式会社島津製作所) Motoaki MURAKOSHI* (1), Kosuke FUKUZAWA (1), Yuki SATO (1), Naoki ASAKAWA (2); (1) Shimadzu GLC Ltd. R&D Group, (2) Shimadzu Corporation 6. まとめ・考察 LCおよびLC/MSにおける高感度分析に求められる低吸着バイアル(LabTotal VialおよびTORAST-H™ Bio Vial)を開発した。 1) ガラス製低吸着バイアル(LabTotal Vial)は塩基性合物の吸着を抑制した。 2) PP製低吸着バイアル(TORAST-H™ Bio Vial)はペプチドの吸着を抑制した。 本低吸着バイアルは高感度分析での信頼性確保に貢献できるものと期待される。 Adsorption Phenomenon and Development of Low Adsorption Vials for LC and LC/MS 2. 容器への吸着の現状と吸着抑制法 1. はじめに 近年、高感度および高選択性を発揮する分析を可能としたLC/MSは、多くの分野で不可欠な分析手段となっている。この際のLC/MSに適用する試料の低濃度化が加速する中で、試料の容器への吸着が分析結 果の信頼性確保に深刻な影響を及ぼすことが懸念される。一般的にガラス容器ではガラス表面のシラノール基によるイオン的吸着とシロキサンによる疎水的吸着が同時に生じ、一方、PP容器では素材に基づく 疎水的吸着のみが生じる。このため、種々の塩基性化合物とペプチド(ミオグロビンおよびBSAのトリプシン消化)をモデルとして用い、容器への吸着現象を検証した。その結果、容器(ガラス製バイアルと PP製バイアル)により吸着現象はそれぞれ異なり、バイアルへの吸着現象は得られた分析結果の信頼性を損なう一因であることを確認した。そこで、塩基性化合物とペプチドを対象に、新規に開発した低吸着 HPLC用バイアルの吸着挙動を紹介する。 アミトリプチリン アテノロール イミプラミン プロプラノロール LabTotal Vial 51,376(100%) 8,638(100%) 64,990(100%) 32,249(100%) 他社バイアルA(LCMS用途) 45,376(88%) 7,620(88%) 55,531(85%) 31,496(97%) 他社バイアルB(LC/GC用途) 21,788(42%) 6,137(71%) 24,131(37%) 27,327(84%) Table 1 3種類のバイアル間での塩基性化合物の回収率の比較値 Fig.4 4種類の塩基性化合物(1 mg/L)のクロマトグラム 1.0 1.5 2.0 min 0 1 2 3 4 mAU アテノロール 他社バイアルA 他社バイアルB LabTotal Vial イミプラミン 1.5 2.0 2.5 min 0 10 20 mAU アミトリプチリン 1.5 2.0 2.5 min 0 10 20 30 mAU 他社バイアルA 他社バイアルB LabTotal Vial 他社バイアルA 他社バイアルB LabTotal Vial プロプラノロール 0 10 20 0.0 0.5 1.0 mAU min 他社バイアルA 他社バイアルB LabTotal Vial 5.TORAST-HBio Vialのペプチドに対する吸着抑制効果 極性の高いペプチド(保持時間:約7~8分)は主にガラス製バイアルへ、また疎水性の高いペプチド (保持時間:約12~16分)は主にPP製バイアルに顕著に吸着することが確認された。 TORAST-H™ Bio Vialはいずれのペプチドにおいても吸着抑制効果を示した。 5.0 6.0 7.0 8.0 9.0 10.0 11.0 12.0 13.0 14.0 15.0 16.0 17.0 18.0 min -20000 -10000 0 10000 20000 30000 40000 50000 60000 70000 80000 90000 100000 110000 120000 130000 140000 150000 uV -:PP(ポリプロピレン) -:Glass(ガラス) -:TORAST-H™ Bio ガラスバイアルへ吸着 特にPP、ガラスバイアルへ吸着 Fig.5 ミオグロビンのトリプシン消化物(1.9 pmol/mL)のクロマトグラム -Si-O -Si-O -Si O -Si H H P P シラノール シロキサン 疎水的吸着 イオン的吸着 疎水的吸着 塩基性 化合物 水溶液 pKa logP + + -Si-O -Si-O -Si O -Si H H P P 酸性下でのシラノールの 解離の抑制 シロキサン 疎水的吸着 N 塩基性 化合物 Na + - + 非イオン性 界面活性剤の添加 疎水基 親水基 pKa logP 陽イオンの添加 × × × イオン的吸着 疎水的吸着 有機溶媒(CH 3 OH, CH 3 CN)の添加 Fig.1 容器への吸着メカニズムと吸着抑制法 pka(酸解離定数)の高い塩基性化合物等はイオン的吸着によりガラス容器 に、またlogP(オクタノール/ 水分配係数)の大きい化合物は疎水的吸着によ りガラス容器およびPP容器に容易に吸着する。従って、吸着抑制法としては、 ガラス容器でのシラノールとのイオン的吸着を抑制するためには試料液への塩 の添加が、またガラス・PP容器の疎水的吸着を抑制するためには有機溶媒や界 面活性剤の添加がそれぞれ効果的である。しかし、HPLC およびLC/MSによる 高感度定量には、添加物による分離やMSにおけるイオン化への影響を考慮す る必要があり、容器への吸着を考慮した試料調製の最適化条件の設定は複雑化 する。 3. 低吸着バイアルの開発 LabTotal Vial 成形条件の最適化による 表面積の最小化 ガラス表面 ガラス表面 LSM Height image (3D) 5.0 μm 5.0 μm Height: 10.0 nm 43 μm 43 μm Height : 1 μm AFM Height image (3D) Height: 60.0 nm 5.0 μm 43 μm 43 μm Height : 1 μm LSM Height image (3D) AFM Height image (3D) SPM(走査型プローブ顕微鏡)によるバイアル表面の観察結果 TORAST-HBio Vial 超親水性高分子ポリマー(非イオン性) 表面処理 PP表面 PP表面 化学結合 Fig.3 低吸着PP製バイアルの概要 4. LabTotal Vialの塩基性化合物に対する吸着抑制効果 LabTotal Vialと市販のLCMS用途のバイアルおよびLC/GC用途のバイアルを用いて、4種類の塩基性化合物分 析における吸着抑制効果について比較検討した。得られたクロマトグラムをFig.4 に、また面積値(回収率) をTable 1に示した。その結果、LabTotal Vialは他社バイアルと比べて顕著な吸着抑制効果を確認した。 ◎PP製バイアル( TORAST-H™ Bio Vial) PP製バイアル表面には非イオン性の超親水性基を化学結合させた。 Fig.2 低吸着ガラス製バイアルの概要 ◎ガラス製バイアル(LabTotal Vial) 一般のガラス製バイアルの表面は凸凹しており、試料との接触面積が大き い。そこで、製造時の成形条件の最適化により、表面積を最小化した。

低濃度試料における容器への吸着と低吸着バイアル …...-Si H H P P 製 容 器 酸性下でのシラノールの 解離の抑制 シロキサン 疎水的吸着

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Page 1: 低濃度試料における容器への吸着と低吸着バイアル …...-Si H H P P 製 容 器 酸性下でのシラノールの 解離の抑制 シロキサン 疎水的吸着

低濃度試料における容器への吸着と低吸着バイアルの開発

○村越幹昭1、福澤興祐1 、佐藤友紀1 、浅川直樹 2

(1 株式会社島津ジーエルシー R&Dグループ、2株式会社島津製作所)Motoaki MURAKOSHI* (1), Kosuke FUKUZAWA (1), Yuki SATO (1), Naoki ASAKAWA (2);

(1) Shimadzu GLC Ltd. R&D Group, (2) Shimadzu Corporation

6. まとめ・考察LCおよびLC/MSにおける高感度分析に求められる低吸着バイアル(LabTotal VialおよびTORAST-H™ Bio Vial)を開発した。

1) ガラス製低吸着バイアル(LabTotal Vial)は塩基性合物の吸着を抑制した。

2) PP製低吸着バイアル(TORAST-H™ Bio Vial)はペプチドの吸着を抑制した。

本低吸着バイアルは高感度分析での信頼性確保に貢献できるものと期待される。

Adsorption Phenomenon and Development of Low Adsorption Vials for LC and LC/MS

2. 容器への吸着の現状と吸着抑制法

1. はじめに近年、高感度および高選択性を発揮する分析を可能としたLC/MSは、多くの分野で不可欠な分析手段となっている。この際のLC/MSに適用する試料の低濃度化が加速する中で、試料の容器への吸着が分析結

果の信頼性確保に深刻な影響を及ぼすことが懸念される。一般的にガラス容器ではガラス表面のシラノール基によるイオン的吸着とシロキサンによる疎水的吸着が同時に生じ、一方、PP容器では素材に基づく疎水的吸着のみが生じる。このため、種々の塩基性化合物とペプチド(ミオグロビンおよびBSAのトリプシン消化)をモデルとして用い、容器への吸着現象を検証した。その結果、容器(ガラス製バイアルとPP製バイアル)により吸着現象はそれぞれ異なり、バイアルへの吸着現象は得られた分析結果の信頼性を損なう一因であることを確認した。そこで、塩基性化合物とペプチドを対象に、新規に開発した低吸着HPLC用バイアルの吸着挙動を紹介する。

アミトリプチリン アテノロール イミプラミン プロプラノロール

LabTotal Vial 51,376(100%) 8,638(100%) 64,990(100%) 32,249(100%)

他社バイアルA(LCMS用途) 45,376(88%) 7,620(88%) 55,531(85%) 31,496(97%)

他社バイアルB(LC/GC用途) 21,788(42%) 6,137(71%) 24,131(37%) 27,327(84%)

Table 1 3種類のバイアル間での塩基性化合物の回収率の比較値

Fig.4 4種類の塩基性化合物(1 mg/L)のクロマトグラム

1.0 1.5 2.0 min

0

1

2

3

4

mAU

アテノロール他社バイアルA

他社バイアルB

LabTotal Vial

イミプラミン

1.5 2.0 2.5 min

0

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20mAU

アミトリプチリン

1.5 2.0 2.5 min

0

10

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mAU

他社バイアルA

他社バイアルB

LabTotal Vial

他社バイアルA

他社バイアルB

LabTotal Vial プロプラノロール

0

10

20

0.0 0.5 1.0

mAU

min

他社バイアルA

他社バイアルB

LabTotal Vial

5.TORAST-H™ Bio Vialのペプチドに対する吸着抑制効果

極性の高いペプチド(保持時間:約7~8分)は主にガラス製バイアルへ、また疎水性の高いペプチド(保持時間:約12~16分)は主にPP製バイアルに顕著に吸着することが確認された。

TORAST-H™ Bio Vialはいずれのペプチドにおいても吸着抑制効果を示した。

5.0 6.0 7.0 8.0 9.0 10.0 11.0 12.0 13.0 14.0 15.0 16.0 17.0 18.0 min-20000

-10000

0

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130000

140000

150000uV

-:PP(ポリプロピレン)

-:Glass(ガラス)

-:TORAST-H™ Bio

ガラスバイアルへ吸着

特にPP、ガラスバイアルへ吸着

Fig.5 ミオグロビンのトリプシン消化物(1.9 pmol/mL)のクロマトグラム

-Si-O

-Si-O

-Si

O

-Si

H

H

PP製容器

シラノール

シロキサン

疎水的吸着

イオン的吸着

疎水的吸着

塩基性化合物

ガラス製容器

水溶液

pKa

logP

+

+

-Si-O

-Si-O

-Si

O

-Si

H

H

PP製容器

酸性下でのシラノールの解離の抑制

シロキサン

疎水的吸着

N

塩基性化合物

ガラス製容器

Na +- +

非イオン性界面活性剤の添加

疎水基

親水基

pKa

logP

陽イオンの添加

×

×

×

イオン的吸着

疎水的吸着

有機溶媒(CH3OH, CH3CN)の添加

Fig.1 容器への吸着メカニズムと吸着抑制法

pka(酸解離定数)の高い塩基性化合物等はイオン的吸着によりガラス容器に、またlogP(オクタノール/ 水分配係数)の大きい化合物は疎水的吸着によりガラス容器およびPP容器に容易に吸着する。従って、吸着抑制法としては、ガラス容器でのシラノールとのイオン的吸着を抑制するためには試料液への塩の添加が、またガラス・PP容器の疎水的吸着を抑制するためには有機溶媒や界面活性剤の添加がそれぞれ効果的である。しかし、HPLC およびLC/MSによる高感度定量には、添加物による分離やMSにおけるイオン化への影響を考慮する必要があり、容器への吸着を考慮した試料調製の最適化条件の設定は複雑化する。

3. 低吸着バイアルの開発

LabTotal Vial

成形条件の最適化による表面積の最小化

ガラス表面 ガラス表面

LSM Height image (3D)

5.0

µm

5.0

µmHeight: 10.0

nm

43 µm

43 µm

Height

:

1 µm

AFM Height image (3D)

Height: 60.0

nm

5.0

µm

43 µm

43 µm

Height

:

1 µm

LSM Height image (3D)

AFM Height image (3D)

SPM(走査型プローブ顕微鏡)によるバイアル表面の観察結果

TORAST-H™ Bio Vial

超親水性高分子ポリマー(非イオン性)

表面処理

PP表面 PP表面化学結合

Fig.3 低吸着PP製バイアルの概要

4. LabTotal Vialの塩基性化合物に対する吸着抑制効果

LabTotal Vialと市販のLCMS用途のバイアルおよびLC/GC用途のバイアルを用いて、4種類の塩基性化合物分析における吸着抑制効果について比較検討した。得られたクロマトグラムをFig.4 に、また面積値(回収率)をTable 1に示した。その結果、LabTotal Vialは他社バイアルと比べて顕著な吸着抑制効果を確認した。

◎PP製バイアル( TORAST-H™ Bio Vial)PP製バイアル表面には非イオン性の超親水性基を化学結合させた。

Fig.2 低吸着ガラス製バイアルの概要

◎ガラス製バイアル(LabTotal Vial)一般のガラス製バイアルの表面は凸凹しており、試料との接触面積が大き

い。そこで、製造時の成形条件の最適化により、表面積を最小化した。