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エネルギー計算と分子モデリング
大阪医科大学医学情報処理センター
山本 大助
エネルギー計算がなぜ必要なの?原子は原子核と電子からなり、分子は原子同士が電子を部分的に共有することで成り立っている。また、分子間や分子内の相互作用や分子の立体構造も、電子の動きによって左右される。
相互作用や立体構造は、それぞれの電子の分子軌道を追えば正確に再現されるが、より数の少ない原子の位置から電子間や核間、電子-核間の相互作用を近似すれば、電子の膨大な軌道は簡略化できる。特に蛋白質などの高分子が絡む相互作用の特定には、有利と考えられる。
エネルギー計算で何がわかるの ??相対的な安定性=分子内の相互作用
異なる分子、異なる立体構造、異なる環境
分子間の相互作用
酵素と基質や阻害剤、イオンとチャンネル、
ドラッグデザイン
遺伝子変異による蛋白質リガンド結合への影響
遺伝子疾患のメカニズムの解明
分子の状態の安定性
エネルギーが高い = 不安定
エネルギーが低い = 安定
- Menu -分子エネルギーの表わし方原子間に働く力とエネルギー項
分子力学と分子動力学構造最適化の方法
分子モデリングの例構造最適化の応用
分子エネルギーの表わし方
原子間に働く力とエネルギー項
原子間に働く様々な力
• 共有結合・・・不対電子の共有で強固形状は電子の軌道の形に依存
• 水素結合・・・供与体と受容体、距離と方向性• 静電的相互作用・・・電荷と双極子• Van der Waals 力・・・「へばりつき」と反発• 運動による加速度・・・温度や圧力に依存
実際のエネルギー項の計算
• 共有結合の伸縮• 共有結合角の開閉 標準値からのずれ
• 共有結合のねじれ• 共有結合していない原子間の相互作用
水素結合エネルギー
静電エネルギー
van der Waals エネルギー
}
• 共有結合距離の伸縮
• 共有結合角の開閉
• 共有結合のねじれ
i k (i)Ebonds = Σ ーー ( L (i) – L (i,0) )2
bonds 2
i k (i)Eangles = Σ ーー ( θ(i) –θ(i,0) )2
angles 2
i V (i)Etorsions = Σ ーー ( 1 + cos ( nω -γ) )
torsions 2
• 静電的エネルギー (クーロンの法則)
• Van der Waal エネルギー (Lennard Jones式)
n m Q ( n ) Q ( m ) 2原子の部分電荷の積Eelesta = Σ Σ ーーーーーーーー
atoms atoms 4πε r ( n , m ) 誘電率と原子間距離
r 2原子間の距離
n m A ( n , m ) C ( n , m ) Evdw = Σ Σ (ーーーーー - ----- )
atoms atoms r ( n , m ) 12 r ( n , m ) 6
水素同士が近づくとエネルギー増大
Emax < 4 kcal/mol
2重結合を回すとエネルギー超!!増大
Emax > 45 kcal/mol
1重結合を回して…
Emax > 12 kcal/mol
なんで???
理由は・・・
安定な電子軌道が
平面になりやすい
もう1本回すと・・・
仁義なき激突
その発
端とは
H < P < C = S < N < O
δ+ δ-
• 水素結合エネルギーn m A ( n , m ) C ( n , m )
Ehbond = Σ Σ (ーーーーー - ----- ) ・ cos2θ・ cos4ωatoms atoms r ( n , m ) 12 r ( n , m ) 10
孤立電子対の方向
θ donnerーH・・・acceptor の角度 ω H・・・acceptorー(lone pair) の角度
r donner・・・・・acceptor 間の距離
ある安定な構造の静電ポテンシャル
分子力学と分子動力学
構造最適化
分子力学 molecular mechanics
各エネルギー項の調和を取りながら、より安定な立体構造を導出するために考案された方法
Etotal = Ebonds + Eangles + Etorsions + Eelesta + Evdw + Ehbond
各原子の位置を少しずつ動かしながら、 Etotalを小さくしていく(エネルギー極小化)。
分子力学 molecular mechanics状態Aから次の状態Bに変化した場合、
各エネルギー項のA・B間の差⊿E(B-A) の各原子移動距離・方向性の寄与を考慮して、
Etotalを下げるための各原子の「次の一手」を決める。
Fx =δE/δx = ⊿E(B-A) / ⊿ x
Fy =δE/δy = ⊿E(B-A) / ⊿ y
Fz =δE/δz = ⊿E(B-A) / ⊿ z
直交座標では
分子力学 molecular mechanicsそのまま回転させると・・・
水素原子の位置を最適化させながら、回転させると・・・
分子力学 molecular mechanics欠点:得られる安定構造は、初期構造に依存する。
理由:極小点間の障壁を越えられないから。
分子力学 molecular mechanics
構造が複雑になればなるほど自由度が増大し、相互作用も多様化するため、極小点や障壁が増加して、安定構造に近づきにくくなる。
構造のみに起因するもの以外の因子の必要性
実世界にあって分子力学にないものは・・・・
時間の概念
分子動力学シミュレーション
分子力学に、力から生じる加速度など連続した時間の概念を付加したもの。
Etotal = Ebonds + Eangles + Etorsions + Eelesta + Evdw + Ehbond + Ekinetics
i m i v i2
Ekinetics = Σ ーーーー ∝ T m, v 各原子の質量と速度atoms 2 T 系の温度
F = m a 力と質量と加速度の関係
n mP V = nRT ‒ ( Σ Σ r (n,m) F (n,m) ) / 3 P V 系の圧力と体積
atoms atoms r F 原子間の距離と作用力
分子動力学シミュレーション
最初に各原子にランダムな速度を与え、一定時間ごとの座標・速度を算出していく。
各原子の座標の変動からエネルギー項への寄与とその時点の各作用力が算出される。
各原子の加速度が算出される。
次の座標と速度が算出される。
例 0.001ps ごと トータル 100ps
・・・・・ということは、100000回繰り返す!!
構造最適化の概念安定な立体構造を探すために下げたいのは
黄色の部分(Epotential)Etotal = Ebonds + Eangles + Etorsions +
Eelesta + Evdw + Ehbond + Ekinetics
Ekineticsの勢いで
エネルギー障壁を
突破 !!!
実際の動力学シミュレーション
Epotential
Ekinetics
酵素ー阻害剤複合体の構造最適化
(NVT 定温定体積)
分子モデリングの例
構造最適化の応用
構造最適化の応用蛋白質のホモロジーモデリング
構造未知の蛋白質の配列を相同性の高い蛋白質構造に当てはめて、立体構造を予測する。遺伝子変異による疾患の機構解明などに応用。
ドラッグデザイン
酵素・チャンネル・レセプターなど疾患治癒の標的となる分子に、リード化合物を当てはめて改良する。
例1
アルギニンバソプレシンレセプタ2(AVR2) の Y205F 変異と機能消失との関連性について
[研究の背景]腎性尿崩症小児患者で AVR2 の Y205F 変異とリガンド結合能消失を伴う症例が見られた。AVR2 の Tyr205 の変異としては Y205C の報告があるが、リガンド結合能消失ではなくレセプタの細胞膜発現自体が消失しており、Cys-Cys 架橋の異常によると考えられている。
↓
Tyr → Phe のたった1つの hydroxy 基消失だけで、リガンドとは結合できなくなる、という現象をうまく説明する方法はあるのか...
共同研究先:本学・小児科学他
AVR2 との相同性が高いrhodopsin のX線解析構造に、AVR2 のアミノ酸配列を流し込み、モデリングと構造最適化を行った。
Tyr-205は7回膜貫通領域の5番(TM5)に位置している。また、TM4と TM5 の間にはリガンド結合部位の一部を成すループが存在する。
TM5TM4
例1TM5のTyr205は、TM4のLeu169(=O)とhydroxy基を介して水素結合していた。本来、へリックス構造では169=O...HN173が存在するはずだが、Pro173にはNHがないため、Leu169(=O)が外側に突出して、Tyr205との水素結合が可能になっていると考えられる。
Pediatr. Nephrol. (2007) 22:670‒673
例2
Angiotensin変換酵素(ACE)阻害薬のMMP-9阻害機構
[研究の背景]Matrix MetalloProteinase-9(MMP9)とACEはともに亜鉛プロテアーゼであるが、基質特異性はことなる。最近になって、心筋梗塞の急性期にいくつかのACE阻害薬がMMP9阻害活性を示すことが明らかになってきた。
↓
ACE阻害薬は直接MMP9の活性部位を阻害することが可能なのか.可能な場合、その相互作用形式は、病態に合う新しいMMP9阻害薬の開発に役立てられるだろうか.
共同研究先:本学・薬理学
例2
Lisinopril 構造式と ACE との相互作用
(CH2)2
COO-
HN
(CH2)4
N
O COO-
NH3+
Lisinopril
central C=O
central NH
terminal carboxy
phenyl ethyl
lysinyl
pyrrodiline ring
central carboxy
例2MMP8 活性中心の構造と、阻害薬との相互作用
例2
ACE – lisinopril複合体のX線解析構造+
MMP9活性ドメインのX線解析構造↓
MMP9 – lisinoprilの当てはめ初期構造(2種類の方向性!)
↓それぞれの複合体構造を最適化
例Lisinopril と MMP-9 活性部位との予測相互作用形式
Biochem Biophys Res Commun. 2007 354(4):981-4
参考資料・使用ソフト
• 「分子モデリング概説」Andrew R. Leach 著・江崎俊之訳地人書館 ISBN4-8052-0752-3
• ChemBio3D UltraCambridgeSoft社http://www.cambridgesoft.com/
• Molecular Operating Environment(MOE)Chemical Computing Group社http://www.chemcomp.com/