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何でも撃てるピコリットル液滴射出ノズルを開発 ‐高速レオロジー測定、極微少量化学分析への応用に成功- 東京大学生産技術研究所 基礎系 酒井研究室 准教授 酒井 啓司 概要 当研究室では耐薬品性に優れ、安価・ディスポーザブルなピコリットル液滴射出の 開発に成功いたしました。液滴が射出され、さらにそれらが衝突・回転・吸着などす る様子を高速でビデオ撮影し、これまで計測できなかった超高速変形下の液体物性計 測を行っています。さらにこれまでの常識を超える極微量化学分析などに応用が期待 できます。 はじめに このたび酒井研究室では、ピコリットル程度のきわめて微小な液滴を自在に形成し、 これを使っての極微世界や超高速変形下での流体物性測定、あるいはナノリットル程 度の極微量化学分析に向けた基本技術を開発いたしました。これらの技術は今後産業 上の様々な応用が期待され、すでに専門機器メーカーとの共同事業として、実用・製 品化に向けた研究が進められています。 会見では人間の細胞程度の極微の液体粒子が、ノズルから高速射出される映像や、 複数の液滴が超高速で衝突する映像、また 100μm立方の中で起こる化学変化の様子 など、様々な動画を公開します。これらの映像は、動画として配信・放映して頂くこ とも可能です。 微小液滴技術の動向 インクジェットに代表される微小液滴射出技術は、いまや印刷・加工・エレクトロ ニクス・バイオ分野などの微小プロセスの基幹要素技術として重要な位置を占めてい ます。現在その一滴のサイズは 1 ピコリットルを切り、生物細胞の大きさを下回るま でになっています。液滴技術は、流体材料が分子レベルまで容易に分割可能であると いう特質を最大限に活用できる、きわめて有望な技術なのです。 一方で、微小液滴を形成射出するノズルの主要部分は、金属、樹脂、微細孔をもつ シリコンなど耐薬品性には必ずしも優れてはいない材料群により構成されており、適 用できる液体の種類には限界がありました。例えば、酸を入れれば金属が溶け、アル カリによってシリコンが溶け、さらに有機溶剤は樹脂部分を侵す、というふうに現実 には水を主成分とする材料を想定した技術でした。このためより多くの種類の液体微 粒子を作るためには、耐薬品性に優れた液滴射出ノズルの製作が不可欠でした。 新開発ガラス液滴ジェットノズル 当研究室で開発したピコリットルノズルは、試料液体の接する流路がすべてガラス で構成されており、きわめて耐薬品性に優れたものとなっております。また粘度にし て水の 50 倍程度の高粘性試料なども射出でき、適用可能な材料群の幅が飛躍的に広 がりました。このノズルで生物細胞程度(~10μm)の大きさの液滴を、初速 1m/s ~10m/sの範囲で打ち出します。

何でも撃てるピコリットル液滴射出ノズルを開発 ‐高速 ...1 何でも撃てる ピコリットル液滴ノズルを開発 東京大学生産技術研究所 基礎系

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  • 何でも撃てるピコリットル液滴射出ノズルを開発

    ‐高速レオロジー測定、極微少量化学分析への応用に成功-

    東京大学生産技術研究所 基礎系 酒井研究室

    准教授 酒井 啓司

    概要

    当研究室では耐薬品性に優れ、安価・ディスポーザブルなピコリットル液滴射出の

    開発に成功いたしました。液滴が射出され、さらにそれらが衝突・回転・吸着などす

    る様子を高速でビデオ撮影し、これまで計測できなかった超高速変形下の液体物性計

    測を行っています。さらにこれまでの常識を超える極微量化学分析などに応用が期待

    できます。

    はじめに

    このたび酒井研究室では、ピコリットル程度のきわめて微小な液滴を自在に形成し、

    これを使っての極微世界や超高速変形下での流体物性測定、あるいはナノリットル程

    度の極微量化学分析に向けた基本技術を開発いたしました。これらの技術は今後産業

    上の様々な応用が期待され、すでに専門機器メーカーとの共同事業として、実用・製

    品化に向けた研究が進められています。

    会見では人間の細胞程度の極微の液体粒子が、ノズルから高速射出される映像や、

    複数の液滴が超高速で衝突する映像、また 100μm立方の中で起こる化学変化の様子

    など、様々な動画を公開します。これらの映像は、動画として配信・放映して頂くこ

    とも可能です。

    微小液滴技術の動向

    インクジェットに代表される微小液滴射出技術は、いまや印刷・加工・エレクトロ

    ニクス・バイオ分野などの微小プロセスの基幹要素技術として重要な位置を占めてい

    ます。現在その一滴のサイズは 1ピコリットルを切り、生物細胞の大きさを下回るま

    でになっています。液滴技術は、流体材料が分子レベルまで容易に分割可能であると

    いう特質を最大限に活用できる、きわめて有望な技術なのです。

    一方で、微小液滴を形成射出するノズルの主要部分は、金属、樹脂、微細孔をもつ

    シリコンなど耐薬品性には必ずしも優れてはいない材料群により構成されており、適

    用できる液体の種類には限界がありました。例えば、酸を入れれば金属が溶け、アル

    カリによってシリコンが溶け、さらに有機溶剤は樹脂部分を侵す、というふうに現実

    には水を主成分とする材料を想定した技術でした。このためより多くの種類の液体微

    粒子を作るためには、耐薬品性に優れた液滴射出ノズルの製作が不可欠でした。

    新開発ガラス液滴ジェットノズル

    当研究室で開発したピコリットルノズルは、試料液体の接する流路がすべてガラス

    で構成されており、きわめて耐薬品性に優れたものとなっております。また粘度にし

    て水の 50 倍程度の高粘性試料なども射出でき、適用可能な材料群の幅が飛躍的に広

    がりました。このノズルで生物細胞程度(~10μm)の大きさの液滴を、初速 1m/s

    ~10m/sの範囲で打ち出します。

  • 液滴マニピュレーションによる超高速レオロジー測定

    このような微小系では非常に高い歪変形が実現されます。たとえば半径 10μm の液

    滴 2個が速度 10m/s で正面衝突したときの歪速度は実に 106/秒、これは 1cm の直径

    の水道管をロケットのスピードで水が流れる変形速度に匹敵します。このような高速

    変形でも、極微の世界の特徴としてレイノルズ数が小さく、乱流を起こすことなく繰

    り返し現象を観察することができるのです。この原理を応用して、液滴の衝突や回転

    による変形の映像から、超高速レオロジーの測定を行うことに成功しました。

    極微少量化学滴定への応用

    さらにこの技術は、極微少量化学分析への応用が期待されます。測定視野が小さい

    ということで、これまでの定量分析とは質的にまったく異なった原理による測定が可

    能となりました。これはこのノズルからピコリットルの試薬を、毛細管中に導入した

    ナノリットルの試料に向けて射出し、試料中の物質の濃度測定を行うというもので、

    それぞれの量を従来技術の百万分の一に低減し、環境負荷を大幅に減らそうというも

    のです。

    この技術はまた、従来法と異なり「混ぜる」という操作を必要としません。反応領

    域の大きさがせいぜい数 100 ミクロンであるために、すべて分子の拡散によって反応

    を進行させます。この技術により、例えば「流れない液体」であるゲル中物質の定量

    測定が可能になります。ゲルは最近様々な領域で用いられており、例えば携帯電話が

    急速に小型化したのも電池の電解液をゲル化して液漏れをなくしたおかげです。燃料

    電池や電気泳動など、多様な工業用途におけるゲル中濃度測定は、今後の必須技術で

    あり、今回の成果はこれを可能にします。

    すでに分析機器の専門メーカーである京都電子工業(株)と製品化に向けた共同研

    究が進められており、8月末の分析展 2007 では、新製品コンセプトの公開を計画して

    います。

    問い合わせ先:

    酒井 啓司

    東京大学生産技術研究所

    177-0054 目黒区駒場 4-6-1

    Tel: 03-5452-6121

    Fax: 03-5452-6120

    e-mail: [email protected]

    詳細は下記 URL

    (http://sakailab.iis.u-tokyo.ac.jp/kaiken0704.pdf)でご覧になれます。

  • 高速レオロジー測定

    ピコリットル滴定による極微少量濃定

    「何でも撃てる液滴ノズル」からの液滴射出(左:単一粒子射出、右:長い尾を引かせる。)

    「何でも撃てる液滴ノズル」からの液滴射出(左:単一粒子射出、右:長い尾を引かせる。)

    純水

    水と同じ粘度のシリコンオイル

    高粘度シリコンオイル

    ふたつの「何でも撃てる液滴ノズル」を用いた、超高速液滴衝突実験(左:実際の映像、右:流体数値シミュレーションの結果)このときの歪速度は直径1cmの水道管の中を秒速10km(第一宇宙速度!)で水が流れるのと同じ。

    各種液滴の高速振動を示すグラフ。この振動数と減衰から、高速歪下の表面張力と粘性が求められる。様々なモデルとの比較を行った。

    純水

    水と同じ粘度のシリコンオイル

    高粘度シリコンオイル

    ふたつの「何でも撃てる液滴ノズル」を用いた、超高速液滴衝突実験(左:実際の映像、右:流体数値シミュレーションの結果)このときの歪速度は直径1cmの水道管の中を秒速10km(第一宇宙速度!)で水が流れるのと同じ。

    各種液滴の高速振動を示すグラフ。この振動数と減衰から、高速歪下の表面張力と粘性が求められる。様々なモデルとの比較を行った。

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    時間(秒)1/2

    界面の深さ ( μm)

    t=2.9 s t=7.1 s t=9.0 s t=12.3s

    測定値

    pH5.5

    pH6.5

    pH6!

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    界面の深さ ( μm)

    t=2.9 s t=7.1 s t=9.0 s t=12.3s

    測定値

    pH5.5

    pH6.5

    pH6!

    ピコリットル試薬(水酸化ナトリウム水溶液)をナノリットル試薬(塩酸溶液+リトマス

    液)に射出した後の反応の時間変化。分子の拡散により反応が進行し、数 10 秒で濃度測

    定が可能。

  • 1

    何でも撃てるピコリットル液滴ノズルを開発

    東京大学生産技術研究所 基礎系

    酒井研究室

    どんな液体でも撃てる

    ピコリットル液滴ノズルを

    開発

    超高速レオロジー計測への応用に成功

    極微小化学分析に成功

    ・京都電子工業(株)と製 品化に向けた共同研究を 開始。

    ・秋の分析展において、 製品コンセプトのご紹介 を予定。

    昨今、複雑系とかソフト材料とか呼ばれる

    はやりの物質群

    液晶

    ゲル

    生体系

    本技術開発の背景

    10μm~coherent length of bio-systems

    Surface force ~ bulk force

    10μm

    Ink Jet Technology

    ソフト材料にもナノ・ピコの波

    ピコリットル液滴ノズルのご紹介

    射出の超高速動画映像をどうぞ

    酒井研製ガラス製微小液滴ノズルの特徴

    耐薬品性がすごい

    ガラスでインクジェットノズルを作製

    強力パルスで粘い液体もOK > 30 cP

    超音波技術Imp

    act!

    ディスポーザブルで使い捨て可能な           低価格ノズル

  • 2

    Emission of Water Particle

    2007. 2.7 日刊工業新聞

    1回目の打ち出し

    2回目の打ち出し

    3回目の打ち出し

    ストロボ発光

    実験装置

    1/30秒

    ピコリットル液滴ノズルの応用 1

    ナノレオロジー測定

    10μm

    Ink Jet Technology

    液体材料の極小レオロジー

    インクジェットのプロセスひずみの速度>106 s-1

    ( ) gradv v v p vt

    pvt

    ρ η

    σ

    ∂+ ⋅∇ = − + ∆

    ∂∂

    ∆ =∂

    粘りけと表面張力だけ!この基本物性を測定するのがレオロジー

    力学を液体に拡張 -流体力学ー

    Navier-Stokes eq.

  • 3

    ずり変形速度と応力

    1秒で起こると、変形速度は1s-1

    応力=粘性×変形速度

    応力→

    インクジェットのプロセスひずみの速度>106 s-1

    1cm10km/s

    水道管の中をロケットの速度の水流

    自分の直径分つぶれるのに 粒径10μm÷速度10m/s=1μs変形速度はその逆数

    原理は簡単

    ねばりけ測定 レオメータ ~1000万円

    これまでのレオロジー測定 変形速度104s-1が限界

    問題点

     粘性は変形速度に依存する。

    変形速度

    粘性

    低下

    レオロジーはこの関係を研究するこの関係がわからないと

    まともなインクヘッドは設計できない

    Head-on Collision of water Particle

    なぜ2滴の正面衝突か?

     ・初期条件が単純

     ・管との濡れ性の影響を排除

     ・液滴が生成されてからの時間を制御

       →高速レオロジー、

         表面張力測定に特化

  • 4

    Numerical Simulation

    Experiment & Simulation

    →ニュートン流体モデルとそこそこ一致

    2 020 2 (cos )

    i te r Pωϕ θ=

    Light Scattering Observation of Particle Vibration

    振動を表すモデルを構築(実線) →粘性・表面張力の測定が容易に

    なぜ繰り返し同じ現象が起こるのか?

    レイノルズ数=

    ( ) gradv v v p vt

    pvt

    ρ η

    σ

    ∂+ ⋅∇ = − + ∆

    ∂∂

    ∆ =∂

    Navier-Stokes eq.

    粒径×速度

    ねばさ<100

    Off-set Collision of water Particle

    Collision to Solid Wall

  • 5

    Collision to Huge Water Particle

    Long long tail of liquid

    Waves on Column Surface

    • 表面張力によって揺らぎが発展する

    P P P

    インクの吐出不良の再現

    数珠構造のなぞ

    ポリマーの絡み合いが切れたところで切断

    ポリマー

    高分子のひもがほどける時間

    70 µs

    つながっている液紐 切れた液紐

    時間

    絡み合いの緩和時間

  • 6

    応用

    超高速現象のレオロジー測定

    インクジェットで高速滴定

    細胞の力学

    核分裂のモデル

    酒井研による関連特許(特開2007-040813)「インクジェットの一滴の量を正確に測る」

    一滴の量 =消費量

    球数

    1 pl =10 ml

    10,000,000 shots

    従来は

    ちょっと脱線

    空気の粘性を利用しよう

    粘性に関する教科書の記述

    ・液体の中を進む物体には、速さに比例した抵抗力が働くことが知られている...

    粒子の落下 -Drop of Dropsー

    エチレングリコール

    細胞程度の大きさの粒からの蒸発量は、洗面器からの蒸発量の、なんと1000倍

    測定精度は 0.05μm

  • 7

    ピコリットル液滴ノズルの応用 2

    ー極微小量化学滴定ー

    これまでの化学滴定

    試料・試薬~ミリリットル

    200μm

    30μm

    何でも撃てるノズルを使って

    サイズを1/100に、容量を百万分の一に

    微小領域の化学反応をご覧ください

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    0.E+00 5.E-05 1.E-04 2.E-04 2.E-04 3.E-04 3.E-04

    系列1

    系列2

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    10-710-610-5

    水酸イオン濃度(モル

    /リットル) 0.1秒

    0.2秒0.4秒0.8秒1.6秒3.2秒6.4秒

    12.8秒

    0.1秒0.2秒0.4秒0.8秒1.6秒3.2秒6.4秒

    12.8秒

    0.1秒0.2秒0.4秒0.8秒1.6秒3.2秒6.4秒

    12.8秒

    試料濃度による色の時間変化(数値計算)

    試料濃いpH5.5

    中間pH6

    試料薄いpH6.5

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    界面の深さ (μm)

    試料濃度による境界面の深さ変化

    濃い試料pH5.5

    中間pH6

    薄い試料pH6.5

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    時間(秒)1/2

    界面の深さ (μm)

    t=2.9 s t=7.1 s t=9.0 s t=12.3s

    測定値

    pH5.5

    pH6.5

    pH6!

    試料濃度による反応の違い

    微小量滴定は、これまでの滴定と質的に異なる。

    微小量で、汚染・廃棄物・が少ない。(試料ナノリットル、試薬ピコリットル)洗浄の手間不要。

    混ぜない、つまり非平衡 安定した分子の拡散に混合を任せるため、繰り返し再現性がよい。

    流れなくても大丈夫。

    流れなくても大丈夫、の応用

    昨今の携帯電話   小型、薄型

    電池の電解質をゲル化 → 液漏れ防止

    ゲルの中の化学滴定

    ゲルはネットワークが液体を保持する「流れない液体」です。しかし分子のレベルでは、その動きや機能は通常に液体と同じです。

    分子拡散

    試薬の分子

  • 9

    濃度分布の測定もできる

    電解液

    電極

    ご清聴、感謝いたします。

    END

     分析展2007(幕張メッセ)         (8/29~31)     において、京都電子工業(株)より       新製品コンセプトを発表予定。