12
〒102-0075 東京都千代田区三番町5-7 精糖会館6階 Tel. 03-3556-3344 Fax 03-3556-4455 URL:http://www.fujipharma.jp/ 編 集:FUJI Infertility & Menopause News編集委員会 発 行:  富士製薬工業株式会社 Vol.15 2012.12 01 Infertility Menopause エストロゲン作用の 新知見 生水 真紀夫 千葉大学大学院医学研究院 生殖機能病態学 はじめに エストロゲンは、女性にとって最も重要な性ホルモンである。 卵巣や胎盤で産生され、血中を介して乳腺や子宮内膜に達 した後、標的細胞のエストロゲン受容体に結合してエストロゲ ン作用をもたらす。排卵や月経、乳腺といった女性特有の形態 と機能を担う。 “エストロゲン”研究のひろがり このように、エストロゲンは古典的ともいえる内分泌ホルモ ンであるが、エストロゲン研究はこの30年余にわたって分子生 物学研究の先駆けともいえる役割を担ってきた。受容体蛋白 の同定にはじまり、この受容体自身が転写因子であることが判 明し、他の転写因子との相互作用による転写調節作用の解明 など、驚き胸躍るような新知見がステロイドホルモン研究から つぎつぎと生み出された。それまで直接の関連が想定されて いなかった甲状腺ホルモンとステロイドホルモンが極めて密接 な関係にあること、ホルモンが直接核内でmRNA転写を調節 することなど、内分泌ホルモンの概念の変更をせまるような大 きな発見であった。このように分子生物学をリードしてきたエ ストロゲン作用の研究では、最近でも新たな発見が続いてい る。 一方、1991年に発見されたアロマターゼ欠損症の表現型の 解析が手がかりとなって、エストロゲンの新たな作用が明らか にされた。骨や脂質代謝に対するエストロゲンの重要性は、 それまでの常識を覆すものであった。エストロゲンは、性ホル モンの範疇を超えて、いわば代謝ホルモンとしての重要な役割 を担っていることが明らかとなった。 “エストロゲン”臨床のひろがり エストロゲンが、性機能の回復を目的に使用されるように なったのは70年あまり前である。月経不順など婦人科疾患の 治療よりも前に、いわゆるアンチエイジングに近い発想で臨床 に用いられるようになった点は興味深い。 その後、様々なエストロゲン製剤が開発されてきたが、最 近では剤形の改良がすすみ、副作用を低減した個別化投与が 可能になってきている。 本稿では、エストロゲンについて比較的最近の話題をいく つか取り上げ、若干の私見を交えて概説する。本特集に述べ られているエストロゲンの治療応用について理解の一助にな れば幸いである。 エストロゲンの作用機序 エストロゲン受容体 エ ストロ ゲ ン 受 容 体 として は、ERαとERβ の ほ か に、 GPR30が知られている。エストロゲンは、これらの受容体と 結合した後、さらに他の様々な転写因子とも結合して、標的遺 伝子のDNA上に移動して、転写を活性化する。 ERαは、子宮・前立腺・卵巣(莢膜細胞)、精巣上体、骨、 乳腺、脳、血管などに広く発現している。これらは従来エスト ロゲン標的臓器と考えられていた組織であり、ERαは"エスト ロゲン作用"のおもな担い手である。ERβはERαと少し立体構 造の異なるアイソフォームで、大腸、前立腺上皮、精巣、卵巣(顆 粒膜細胞)、骨髄、唾液腺、血管内皮、脳などに発現している。 前立腺や卵巣などERαとERβがともに発現している臓器も多 い。このような例では、ERαが"エストロゲン作用"を担うのに 対して、ERβは抑制的に働くのがふつうである。子宮内膜では、 ERαが増殖を促進し、ERβが増殖抑制に働いている。 GPR30は、ERαやERβの発見から20年あまり遅れて発見さ れた受容体である。7回膜貫通型G蛋白共役型受容体であり、 ERαやERβと大きく異なる構造を持つ。小胞体膜上などに存 在していて、エストロゲンとの結合によりMAPKやPI3Kなどの シグナルを活性化する。このGPR30は、おもに腫瘍の増殖進 展に関わっていると考えられている。

Infertility Menopause エストロゲン作用の 新知見 Menopause エストロゲン作用の 新知見 生水 真紀夫 千葉大学大学院医学研究院 生殖機能病態学

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〒102-0075 東京都千代田区三番町5-7 精糖会館6階Tel. 03-3556-3344 Fax 03-3556-4455 URL:http://www.fujipharma.jp/

編 集:FUJI Infertility & Menopause News編集委員会発 行:  富士製薬工業株式会社

Vol.152012.12

01

Infertility Menopause

エストロゲン作用の新知見

生水 真紀夫千葉大学大学院医学研究院

生殖機能病態学

はじめにエストロゲンは、女性にとって最も重要な性ホルモンである。卵巣や胎盤で産生され、血中を介して乳腺や子宮内膜に達

した後、標的細胞のエストロゲン受容体に結合してエストロゲン作用をもたらす。排卵や月経、乳腺といった女性特有の形態と機能を担う。

“エストロゲン”研究のひろがりこのように、エストロゲンは古典的ともいえる内分泌ホルモ

ンであるが、エストロゲン研究はこの30年余にわたって分子生物学研究の先駆けともいえる役割を担ってきた。受容体蛋白の同定にはじまり、この受容体自身が転写因子であることが判明し、他の転写因子との相互作用による転写調節作用の解明など、驚き胸躍るような新知見がステロイドホルモン研究からつぎつぎと生み出された。それまで直接の関連が想定されていなかった甲状腺ホルモンとステロイドホルモンが極めて密接な関係にあること、ホルモンが直接核内でmRNA転写を調節することなど、内分泌ホルモンの概念の変更をせまるような大きな発見であった。このように分子生物学をリードしてきたエストロゲン作用の研究では、最近でも新たな発見が続いている。

一方、1991年に発見されたアロマターゼ欠損症の表現型の解析が手がかりとなって、エストロゲンの新たな作用が明らかにされた。骨や脂質代謝に対するエストロゲンの重要性は、それまでの常識を覆すものであった。エストロゲンは、性ホルモンの範疇を超えて、いわば代謝ホルモンとしての重要な役割を担っていることが明らかとなった。

“エストロゲン”臨床のひろがりエストロゲンが、性機能の回復を目的に使用されるように

なったのは70年あまり前である。月経不順など婦人科疾患の治療よりも前に、いわゆるアンチエイジングに近い発想で臨床に用いられるようになった点は興味深い。

その後、様々なエストロゲン製剤が開発されてきたが、最近では剤形の改良がすすみ、副作用を低減した個別化投与が可能になってきている。

本稿では、エストロゲンについて比較的最近の話題をいくつか取り上げ、若干の私見を交えて概説する。本特集に述べられているエストロゲンの治療応用について理解の一助になれば幸いである。

エストロゲンの作用機序エストロゲン受容体エ ストロゲ ン 受 容 体 としては、ERαとERβの ほ か に、

GPR30が知られている。エストロゲンは、これらの受容体と結合した後、さらに他の様々な転写因子とも結合して、標的遺伝子のDNA上に移動して、転写を活性化する。

ERαは、子宮・前立腺・卵巣(莢膜細胞)、精巣上体、骨、乳腺、脳、血管などに広く発現している。これらは従来エストロゲン標的臓器と考えられていた組織であり、ERαは"エストロゲン作用"のおもな担い手である。ERβはERαと少し立体構造の異なるアイソフォームで、大腸、前立腺上皮、精巣、卵巣(顆粒膜細胞)、骨髄、唾液腺、血管内皮、脳などに発現している。前立腺や卵巣などERαとERβがともに発現している臓器も多い。このような例では、ERαが"エストロゲン作用"を担うのに対して、ERβは抑制的に働くのがふつうである。子宮内膜では、ERαが増殖を促進し、ERβが増殖抑制に働いている。

GPR30は、ERαやERβの発見から20年あまり遅れて発見された受容体である。7回膜貫通型G蛋白共役型受容体であり、ERαやERβと大きく異なる構造を持つ。小胞体膜上などに存在していて、エストロゲンとの結合によりMAPKやPI3Kなどのシグナルを活性化する。このGPR30は、おもに腫瘍の増殖進展に関わっていると考えられている。

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02

Non-genomic action上述のように、エストロゲンは細胞膜を通過して細胞質内

で受容体と結合したのち、核内に移動してDNAに結合して遺伝子の転写を亢進させる。 ゲノムDNAへ直接作用して転写を介して作用を示すという意味で、これをゲノム作用(genomic action)と呼ぶ。

これに対して、エストロゲンは細胞膜上のエストロゲン受容体と結合して、様々なシグナル(MAPKやPI3Kなど)を活性化することで細胞機能の調節を行うこともできる。シグナルはリン酸化を介して、迅速に伝達される。このような転写を(直接には)介さずに細胞機能を調節するこの作用を、非ゲノム作用

(non-genomic action)と呼ぶ。エストロゲン添加から数分で認められる細胞の反応である。一方、ゲノム作用では遺伝子の転写・翻訳を介するため、効果発現までに6 〜 12時間を有する。

この非ゲノム作用には、GPR30のほかERαやERβも関わっていると考えられている。

SERM最近では、選択的エストロゲン調節薬(selective estrogen

receptor modulator , SERM、サームと発音される)に分類される薬剤が複数上市されている。

SERMは、広い意味でエストロゲン受容体に結合する薬剤を指す。これらの薬剤はエストロゲン受容体と結合後"エストロゲン作用"を発揮するが、この結合の強さや転写活性化などが薬剤ごとにあるいは細胞ごとに少しずつ異なることを念頭においた用語である。

エストロゲンと受容体の結合は、鍵(リガンドという)と鍵穴の関係にたとえられる。エストロゲンの立体構造に見合う立体的な"鍵穴"が受容体蛋白に存在しており、この"鍵穴"にエストロゲンがはまり込むようにして複合体を形成する。この結合の結果、受容体の立体構造が変化することで、他の様々な転写因子と結合し、DNAの特定領域と相互作用して転写を開始することができるようになる。

エストロゲンと構造がよく似たラロキシフェンもこの"鍵穴"に結合して転写を活性化することができる。しかし、ラロキシフェン-ER複合体の立体構造が、エストラジオール-ER複合体とは微妙に異なるため、結合できる転写複合体に違いが生じる。その結果、転写される遺伝子や転写活性化がエストラジオールのそれとは微妙に異なることになる。転写因子の発現スペクトラムは臓器ごとに異なるため、発現制御も臓器ごとにエストラジオールのそれと異なるものとなる。さらに、受容体には、異なるアイソフォーム(ERαとERβ)があり、それぞれへの親和性がエストラジオールとラロキシフェンとで異なること、臓器分布が両アイソフォームで異なることなどを考慮すると、ラロキシフェンはエストラジオールとは、微妙に異なる"エストロゲン作用"での調節が可能となる。

さらに、SERMには薬剤として用いる際に考慮しておくべきもうひとつの特徴がある。それは、SERMの"エストロゲン作用"は、患者の内分泌環境により異なるという点である。たとえば、SERMであるラロキシフェンを投与した場合の効果は、患者のもともとのエストラジオール濃度により大きく異なる。図を用いて、SERMの作用と内因性エストラジオールとの関

係を説明する。血中エストラジオールが高い患者に、ラロキシ

フェンを少量投与しても、ほとんど生物学的作用は認められない。これは、ラロキシフェンのERへの親和性がエストラジオールより低いためである。これに対し、血中エストラジオールが低い患者にラロキシフェンを大量に投与すると、エストラジオールが示していたエストロゲン作用(効果)は弱められる。これは、大量のラロキシフェンがエストラジオールと競合してERに結合するものの、ラロキシフェン-ER複合体の転写誘導活性がエストラジオール-ER複合体のそれより弱いためである。血中にエストラジオールが全く存在しない患者に、ラロキシフェンを投与すると、状況は一変する。すなわち、ラロキシフェンはERに結合して弱いながらもエストロゲン作用を示すために、それまで認められていなかったエストロゲン作用があらたに認められることがある。

このようにSERMは、エストロゲンとそのエストロゲン作用(効果)が1:1で対応する古典的な概念を脱却し、治療薬としてのステロイドホルモンの作用を深く理解するうえで有用な概念である。タモキシフェンがSERMの代表格であるが、ラロキシフェン、バゼドキシフェンなどもすでに臨床に用いられている。タモキシフェンは乳がんでの抗エストロゲン作用を、ラロキシフェンとバゼドキシフェンは、骨でのエストロゲン作用と乳腺や内膜での抗エストロゲン作用を期待して用いる。いずれも、内因性エストラジオールの低下した更年期以降の患者に用いられる。排卵誘発に用いるクロミフェンもSERMの一種で乳がんの治療を目的に開発された薬剤であるが、中枢に対する抗エストロゲン作用が強く、現在では内因性エストロゲンの比較的高い性成熟期の排卵誘発に用いられている。

環境ホルモン環境ホルモンは、ホルモン受容体と相互作用を有するため

に内因性ホルモンの作用を強めたり、弱めたりして内分泌調節の混 乱をもたらす化 学 物 質 である。 内 分 泌 攪 乱 物 質

(endocrine disruptor)とも呼ばれる。空気や水あるいは食器や魚介類など環境を介して、体内に入って作用する。化学合成により作られた物質であるため、生物が本質的に有効な分解処理系を持っておらず、環境や動植物の体内に長くとどまる。脂溶性の高い物質は長く体内の脂肪に蓄積し、食物連鎖の結果、捕食者側で漸次濃縮される。

エストロゲン様作用を示すものが多く、環境エストロゲンという用語も使われる。1990年代にはDDT、PCB、ダイオキシン、

相対血中濃度 総エストロゲン効果

性成熟期 性成熟期 更年期

■エストラジオール濃度

●総エストロゲン効果

■SERM 濃度

閉経期

1.0

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

図 内因性エストラジオールとSERMの関係(概念図)

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ビスフェノールAなどが次 と々マスコミに取り上げられ、注目を集めてきた。子宮内膜症や腟癌・Muller管形成異常、精子数減少、肛門-生殖結節間距離の短縮などヒトの疾患との関連が疑われてきた。これらの因果関係は科学的に立証されたとはいえない状況にあるが、これまでに特筆すべき特徴がいくつか明らかになっている。

第1に、これらの環境物質が生物の発生を通じて機能に影響を与え疾病の発生にも繋がっていることである。胎児期に合成エストロゲン(diethylstilbesterol)にさらされると、腟や子宮のエストロゲン反応性が恒久的に変化して成人期の発がんに結びつく。これは、最 近にわかに注目を集めているDevelopmental Origins of Health and Disease (DOHaD)の概念に近い。本シリーズ(Vol.12)で遠藤が紹介している胎仔期にDHEAを投与して作成するラットPCO モデルもこれに該当する。

第2に、このような環境ホルモンの影響は従来想定されてい

た濃度よりもはるかに低い濃度(ppm百万分の1[百万分率]などで表わされる)で起こりうることである。逆に、ある程度濃度が高まると効果が認められなくなる例も多くあり、統計的な観察研究では特に注意が必要である。SERMで説明した現象と似ている。

毎年1000種類以上の化学物質があらたに作り出されている現状を鑑みると、この領域の研究の重要性が理解できる。アメリカの後塵を拝した感は否めないが、現在環境省が中心となって、環境ホルモンの子供への影響調査(いわゆるエコチル)が始まっている。

おわりに本稿では紹介しきれなかったが、植物エストロゲンやステロ

イドホルモン間のクロストーク、ホルモン依存性がんでのホルモン耐性機序、エストロゲン合成酵素阻害剤の排卵誘発への応用など興味深い知見が集積されている。

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Infertility Menopause

ジェル製剤を用いたHRT望月 善子

獨協医科大学医学部産科婦人科

はじめに閉経に伴うエストロゲンの低下により、更年期障害、骨粗鬆

症、泌尿生殖器の萎縮症状、脂質異常症など様々な疾患が出現する。本邦女性の平均寿命は約86歳であり、閉経の平均年齢は50歳であるので、閉経後30年以上をエストロゲン欠乏の状況下で過ごさなくてはならない。エストロゲンの全身に及ぼす好作用を考慮すると、自ずとエストロゲン補充を早く始めたいと考えるのが常套だろうと個人的には思うが、わが国でのHRT普及率は3%弱と極めて低いのが現状である。ホルモン剤に対する漠然とした抵抗感やHRTに対する誤った認識などが原因と考えられるが、安全に安心してHRTが行えるように2009年、「ホルモン補充療法ガイドライン」が上梓され、さらに新たな知見を加えて本年9月には改訂版が発刊されている。HRTに期待される作用・効果としては表1のようにまとめられており、また、薬剤の選択にあたっては、薬剤の特徴を充分理解したうえで、年齢やHRTの目的および合併症を考慮して投与薬剤、投与量、投与方法を決めると記載されている。さまざまなエストロゲン製剤が使用できる現在、本稿ではジェル製剤の可能性も含め、効果的なHRTにつき概説する。

HRTの見直し -経口から経皮へ-WHIやMillion Women Study(MWS)の報告により、HRT

は一時かなり否定的に考えられたが、その後の詳細な検討によりHRTの副作用を抑え、エストロゲンの有益な効果を発揮する使用方法が明らかになってきた。現在、安全なHRTを施行するためには1)高用量から低用量へ、2)経口投与から経皮投与へ、3)長期間から短期間、4)合成プロゲストーゲンから天然型へ、といったことが考慮される。

経皮エストロゲン製剤と経口エストロゲン製剤にはいくつか

の相違点がある。まず、冠動脈疾患の重要なリスクファクターである中性脂肪(TG)に対する効果について、経口製剤では上昇させるが、経皮製剤では低下させる。また、小粒子のLDLは酸化されやすく、マクロファージに取り込まれて不安定プラークを形成するので、LDL粒子の大きさも動脈硬化発症には重要なポイントとなるが、経口製剤は粒子サイズを縮小させ、経皮製剤は有意に大きくさせる。さらに、マクロファージから分泌される蛋白分解酵素MMP-3(平滑筋細胞の間隙にあるコラーゲンを分解し、プラークを覆っている線維性皮膜を破綻させる作用を有する)を経口製剤は有意に増加させるが、経皮製剤では増加させないし、血管炎症マーカーであるCRPは経皮製剤では増加しないが、経口製剤では上昇することが示されている。糖代謝の面でも、エストロゲンはインスリンの感受性を高める作用があるので、HRTは糖尿病の新規発生を抑制するが、メタボリックシンドロームのある女性では、経口製剤でインスリン抵抗性が悪化し、経皮製剤ではインスリン抵抗性の悪化はみられずアディポネクチンの増加がみられたとの報告もある。

このように経皮製剤と経口製剤では心血管イベントに対する影響が異なる可能性があり、実際に疾患レベルにおいて経皮製剤と経口製剤を比較した報告が少なからずある。デンマークにおけるコホート研究の結果では、心筋梗塞リスクは経皮製剤において低い傾向があると報告されている。静脈血栓症の発症リスクに関する観察研究のメタアナリシスでは、経口製剤がオッズ比2.5と有意なリスク増加を示したのに対し、経皮製剤では1.2と有意な変化は認められなかった(図1)。また、静脈血栓症は経口製剤の場合、投与1年以内に多く発症し、1年以降は徐々に低下したのに対し、経皮製剤ではいずれの期間でもリスクの増加は認められなかった。

イタリアのLombardiaコホート(1998年から2000年にかけ

1)更年期症状緩和2)骨吸収抑制・骨折予防3)糖・脂質代謝改善4)血管機能改善5)血圧に対する作用6)中枢神経機能維持7)皮膚萎縮予防8)泌尿生殖器症状改善9)大腸癌(結腸癌・直腸癌)10)口腔における効果

経皮製剤

オッズ比 (95%CI)

1 100.1

1.1

2.0

2.1

0.8

1.2

経口製剤

オッズ比 (95%CI)

1 100.1

3.6

4.6

1.9

2.4

1.7

1.9

4.5

2.5

2.1

(Canonico M et al. BMJ 336:1227, 2008)

Daly 1996

Perez-Gutthann1997

Douketis 2005

ESTHER 2007

全体の推定値

Boston CDSP 1974

Jick 1996

Smith 2004

ESTHER 2007

Nurses’ health study1996

Daly 1996

Perez-Gutthann 1997

全体の推定値

Douketis 2005

表1 HRTに期待される作用・効果図1 HRTの投与経路と静脈血栓症の発症リスク    - 観察研究のメタ・アナリシス -

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Vol.152012.12

05

106.37

157.50

91.70

78.04

84.35

91.70

40.30

1日薬価(円)

372.30/枚2枚/週メノエイドコンビパッチ

157.50/錠1錠/日ウェールナラ配合剤

63.70/包1包/日ディビゲル

27.80/g2プッシュ(1.8g)/日ル・エストロジェルジェル剤

112.70/枚1枚/2日エストラーナ貼付剤

63.70/錠1錠/日ジュリナ

12.30/錠1錠/日プレマリン錠剤

単位薬価(円)用量製品名剤形

※1日薬価はエストロゲン剤とプロベラ(2.5mg)1錠(28.00円/錠)を連日投与した場合で算出。なお、ウェールナラの保険適応は閉経後骨粗鬆症のみ。

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

7-12M 13-24M25M≦ 7-12M 13-24M25M≦

経皮吸収HRT 経口HRT

ハザ

ード比

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

7-12M 13-24M 25M≦ 7-12M 13-24M 25M≦

経皮吸収HRT 経口HRT

ハザ

ード比

結腸癌 乳癌経皮吸収 vs 経口 p=0.0098

(Corrao G et al Ann Oncol 19:150,2008)

表2 通常量使用時のエストロゲン製剤の薬剤費図2 HRTの投与経路による結腸癌・乳癌の累積発生リスク

て様々なHRTを施行した73,505例を対象に2005年まで追跡)では、HRTによる癌発生リスクが検討されている。結腸癌では経口と経皮で有意差は認められなかったが、乳癌では経皮投与の方が有意に発生リスクは低かった(図2)。また、胆嚢疾患による入院リスクを検討した報告では、経皮製剤の方が経口製剤よりもリスクが少ないことが示されている。これはエストロゲン投与時に血中E1濃度が0.5pmol/mL以上では胆汁中コレステロール飽和指数が著明に増加し、その結果胆嚢疾患が増えると考えられている。

ジェル製剤の作用機序およびメリットジェル製剤は皮膚に塗布されると、基剤に含まれるアルコー

ルの作用によりエストラジオールが速やかに皮膚の角質層に浸透し、角質層でいったん保持されて受動拡散により持続的に角質層から放出され、皮膚中を徐々に移行して脈管系に入るシステムとなる。すなわち、塗布部の皮膚角質層がエストラジオールのリザーバーとして機能することで、塗布後のエストロゲンの血中濃度が安定した状態に保たれるのである。ジェル剤では単位面積当たりのエストロゲン供給量は貼付剤に比較すると少ないが、塗布面積が広いため全身への供給量は貼付剤と変わらない。ル・エストロジェル0.06%塗布後の血中エストロゲン濃度は比較的ゆっくり上昇し、初回塗布後72時間で定常状態に達し、塗布量の増加に依存して血中E2濃度は上昇する。2プッシュ(1.08g)塗布した場合の平均血中E2濃度は60.8pg/mlであり、更年期障害治療の際の至適濃度が得られる。また、塗布部局所のコラーゲン量が増加したという報告がある。

エストロゲンジェル剤は、ほてり、発汗などの血管運動神経症状を中心とした更年期症状に対する有効性が示されており、安全性に対しても経皮剤であるので肝初回通過効果はない。貼付剤で皮膚刺激症状のある方でも使用でき、貼付後の色素沈着が問題になるケースや水泳や発汗の多いスポーツではがれやすいライフスタイルの女性にも至便である。但し、基剤としてアルコールが含有されていることには注意を要する。ジェル剤として、ル・エストロジェルとディビゲルの2種類が使用可能であり、ディビゲルは1回分ずつの個別包装、ル・エストロジェ

ルは2回プッシュで1日分であるので、1回プッシュにして投与量を調節することが可能であり、低用量HRTには好都合である。ただし、1プッシュで骨代謝や脂質代謝などに対するエビデンスは現在のところ明確ではない。

ジェル製剤を用いたHRTの実際HRTは結合型エストロゲン(プレマリン錠:妊馬尿からの結

合型卵胞ホルモンで、10数種類のエストロゲン様物質が含まれている)の通常量(0.625mg)が長年用いられてきて、その後エストラジール製剤の貼付剤(エストラーナ)が発売され、次いでジェル剤(ル・エストロジェル、ディビゲル)、そして低用量のエストラジオール経口剤(ジュリナ)が発売されている。さらに、エストロゲンと黄体ホルモンを同時に配合した貼付剤(メノエイドコンビパッチ)と経口剤(ウェールナラ)も発売されている。実際的なHRTの方法の一例を下記に示すとともに、エストロゲン製剤ごとの薬剤費を表2に示す。どの薬剤を使用するかは、年齢、合併症、ライフスタイルなど考慮してかなりの自由度をもって選択することが可能になっており、健やかなQOLをめざして今後ますますのHRTの普及を期待したい。○ET持続的投与法

1) ル・エストロジェル 1回1プッシュもしくは2プッシュ 眠前に連日塗布

2)エストラーナ 2日に1枚貼り替え又は半切して連日貼付○EPT持続的投与法

1) ル・エストロジェル 1プッシュ 連日眠前に塗布+プロベラ(2.5mg)1錠連日内服

2) ジュリナ(0.5mg)1錠+プロベラ(2.5mg)1錠 連日内服

○EPT周期的投与法1) ル・エストロジェル 1プッシュ 連日眠前に塗布、15日

目から2週間プロベラ(2.5mg)1錠内服を併用、28日間を1周期として繰り返す

2) エストラーナ 半切連日貼り替え、15日目からデュファストン(5mg)1錠内服併用、28日間を1周期として繰り返す

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06

Infertility Menopause

生殖補助医療におけるエストロゲン製剤の役割

塩谷 雅英医療法人社団

英ウイメンズクリニック

はじめに近年の生殖医療の現場では高齢患者や治療反復不成功症例

などの難治性患者が増加しつつある。これら難治性患者の生殖補助医療技術(ART)では、胚の培養環境をさらに向上させる努力のみならず、子宮内膜の胚受容能を至適に調節する努力が重要なポイントとなる。子宮内膜における胚受容能発現は一過性であり、“window of implantation(WOI)”と呼ばれる。ヒトでは、この「WOI」はエストロゲン(E)によってプライミングされた子宮内膜にプロゲステロン(P)が作用して初めて出現するものであり、Pが作用し始めてから6日目に出現し、9から10日目には消失するとされている。従って、胚移植にあたっては、胚の着床能獲得のタイミングと子宮内膜のWOIを同調させることが重要である。本稿では、ARTにおける性ステロイドホルモンの重要性、とくにEの役割とその補充方法について確認したい。

エストロゲン(E)の代謝Eは主に、Estrone(E1)、Estradiol(E2)、Estriol(E3)の3種

類からなる(図1)。卵巣から産生されるEは主にE2であり、肝臓や他の器官によってE2よりも生理活性の低いE1へと変換される。

Eの前駆体はアンドロゲンであり、17β-ヒドロキシステロイドの脱水素酵素の活性化によりアンドロステンジオンはテストステロンへと変換される。次いで、E生成酵素(P450 arom)の活性により、不可逆的にEの中で最も生理的活性が高いE2へと変換される。また、E2は、P450 aromの働きにより代謝されたE1

からも可逆的に生成される。一方、E3は卵巣から分泌されるEではなく、E1の代謝産物であり排泄型であるため生理活性は低い。

補充方法の選択Eの中でも生理活性が高いとされるE2を主成分とする製剤

は、経口製剤であるジュリナ錠(バイエル薬品)、経皮製剤ではエストラーナ(久光製薬)などがあげられる。また近年になり、皮膚刺激症状の少ない経皮製剤として、ル・エストロジェル(富士製薬)をはじめとするゲル製剤も用いられるようになってきている。

以下に、当院にて実際に用いている方法を交えながら、ARTにおけるE補充方法について記載する。

■補充経路E補充は経口、あるいは経皮による方法がある。両投与経路

ともに血中E2値に変動が認められるが、いずれの投与方法にもメリットとデメリットが見受けられる(表参照)。

経口投与されたEは、腸管から吸収された後、門脈循環を経て肝臓に到達する。すなわち、経口剤を用いた場合、Eは肝臓での初回通過効果(hepatic first pass effects)によりE2→E1

の変換が促進されることで、その大部分が失活してしまう。一方、経皮製剤では皮膚症状の発症に注意する必要はある

が、E2が皮膚から直接体循環に吸収されることで、肝臓による初回通過効果を回避することができる2)。また、経口製剤に比べて経皮製剤では血中E2が安定する3)ことから、子宮内膜における「WOI」発現、維持に優れていることが示唆されている。ゲル製剤には皮膚症状を軽減できるメリットを期待できる。

■補充プロトコール胚移植は排卵誘発周期に、あるいは凍結融解胚を用いた自

然周期、ホルモン補充周期のいずれかで行われる。排卵誘発周期では卵巣刺激によってE過剰やPの早期上昇という非生理的なホルモン環境になりやすく、満足のいく妊娠率が得られないことが多い。図2に、当院における新鮮胚移植および凍結融解胚移植における妊娠率を示した。移植あたりの妊娠率は凍結融解胚で高く、移植胚数を1個に制限し、なおかつ高い妊娠率を求めるならば凍結融解胚を用いた胚移植を行う方が有利である。この様な事情から当院では、凍結融解胚移植周期の比

Androstenedione Testosterone

Estrone (E1) Estradiol (E2)

Estriol (E3)

17β-Hydroxysteroiddehydrogenase

17β-Hydroxysteroiddehydrogenase

P450aromP450arom経口製剤 経皮製剤

メリット■(一過的な)血中E2値の補充

■研究データなどが豊富

■初回通過効果の回避

■用量の調節が容易

■安定した血中E2値の維持

デメリット

■初回通過効果

■血圧が上昇することがある

■血中E2値の維持が困難

■貼付部位の刺激症状

■入浴時などに邪魔になる

図1 Estrogenの代謝

表 経口製剤と経皮製剤のメリット・デメリット

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率が年々高くなってきている(図3)。その結果、ARTによる妊娠例に占める凍結胚移植例の比率も年々高くなり、2011年では1136周期の内904周期が凍結胚移植で妊娠に至り、全体の90%以上を占めるようになってきた(図4)。凍結による胚のダメージも考慮に入れる必要があるが、卵巣刺激後の非生理的ホルモン環境下での移植を避けて胚を一旦凍結しておき、別の周期にEおよびPのホルモン補充によって子宮内膜を調整して凍結胚を移植する方法は、妊娠率の向上を期待でき、難治症例にも活路を見出すことができる可能性がある。今日ではARTにおける重要な治療戦略となりつつある。

Eの補充方法には、E製剤を漸増・漸減する方法4)(図5-上)と、投与量を始めから固定して行う方法5)(図5-下)があるが、妊娠率にそれぞれ差はないと報告されている6) 。いずれの方法を用いるかは施設によって異なるが、当院ではEの補充にあたっては漸増・漸減法を採用している。図5-上段に当院のプロとコールの一例を示した。

■補充期間と補充量凍結融解胚移植を行うにあたって、E補充期間をどれくらい

に設定するか未だ統一した見解は定まっていない。多くの施設において、10-14日間のE補充が行われているが、最短では5-7日間で十分とする報告も見受けられる7)。また補充量や目的とする血中濃度についても十分なコンセンサスが得られていない。そこで、当院ではホルモン補充周期におけるEおよびPの至適血中濃度を検討した。

◎E補充にあたっての至適血中濃度の検討ホルモン補充周期で凍結胚盤胞1個を融解移植した患者を

対象に、着床期(CD23)の血中E2値と、その後の妊娠率および流産率について検討を行った。その結果、血中E2値が200pg/mlよりも高い群では、200pg/ml未満の群に比べて妊娠率が有意に高く、かつ流産率が有意に低い結果となった(図6、P<0.05)。これらの結果から、当院では着床期の血中E2値を1つの指標とし、E2値が200pg/mlを下回らないように補充を行っている。

◎P補充にあたっての至適血中濃度の検討以前我々は、着床期(CD23)における血中P値が9ng/ml未

満の群では9ng/ml以上の群と比較して有意に低い妊娠率になることを報告した8)(図7)。そのため、当院ではCD23における血中P値が9ng/ml未満の患者に対してはP製剤の追加補充を行っている。その結果、血中P値が9ng/ml未満であってもCD23からP製剤の追加補充を実施することで血中P値が9ng/ml以上の群と同等の臨床妊娠率および流産率を得ることができている(図8)。

以上から、EおよびPの補充にあたっては血中濃度を至適に保つことが重要であると考えている。

おわりに本稿では経口製剤と貼付型経皮製剤によるE補充について

特記したが、皮膚刺激症状の少ない経皮製剤として、ゲル剤に

0

500

周期数(件)

2006(年)

総移植周期数凍結融解胚移植周期数新鮮胚移植件数周期数

1000

1500

2000

2500

3000

3500

4000

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2007 2008 2009 2010 2011

6

43 3 3 3 3 3 3 3 3

2 2 2 2

8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30

8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30

3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3

E2 補充開始後(日)

プロゲステロン補充

エストラーナの枚数(枚)

E2 補充開始後(日)

胚移植 妊娠判定日着床期エストラーナの枚数(枚)

胚移植 妊娠判定日着床期

0

10

20

30

40

50

60

100

臨床妊娠率(%)

20061.1

20071.1

年月日

20081.1

20091.1

20101.1

20111.1

■凍結融解胚移植

新鮮胚移植

100

新鮮胚移植

凍結融解胚移植

0

20

40

60

80妊娠周期数の割合(%)

46.5%53.5%

30.5%

69.5%

19.2%

80.8%

14.9%

85.1%245例

460例

603例 838例

15.5%

84.5% 89.1%

10.9%

921例1018例 1136例

90.4%

9.6%

2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年

図3 新鮮胚移植周期数および凍結融解胚移植周期数の変遷 図5 漸増・漸減法(上)と固定法(下)

図2 新鮮胚移植および凍結融解胚移植における妊娠率 図4 妊娠例に占める凍結胚移植例の割合の推移

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よる補充も行われるようになってきている。ゲル剤は貼付型に比べて安価であり、同様のE2補充効果が期待されることから、本邦においても今後ARTへの応用が期待される。

ARTは患者にとって身体的、精神的、そして経済的な負担を伴う治療である。そのため、より安全で、より安心で、そしてより安価な製品の開発が期待される。

引用文献1) Scott RT, Ross B, Anderson C, et al : Pharmaco-kinetics

of percutaneous estradiol; A crossover study using a gel and a transdermal system in comparison with oral micronized estradiol. 1991; Obstet Gynecol 77: 758-764.

2) Steingold KA, Matt DW, DeZiegler D, Sealey JE, Fratkin M, Reznikov S. Comparison of transdermal to oral estradiol administration on hormonal and hepatic parameters in women with premature ovarian failure. J Clin Endocrinol Metab. 1991; 73: 275-280.

3) Krasnow JS, Lessey BA, Naus G, Hall LL, Guzick DS, Berga SL. Comparison of transdermal versus oral estradiol on endometrial receptivity. Fertil Steril. 1996; 65: 332-336.

4) Lutjen P, Trounson A, Leeton J, Findlay J, Wood C, Renou P. The establishment and maintenance of pregnancy using in vitro fertilization and embryo donation in a patient with primary ovarian failure. Nature. 1984; 307: 174-175.

5) Serhal PF, Craft IL. Ovum donation--a simplif ied approach. Fertil Steril. 1987; 48: 265-269.

6) 東口篤司・逸見博文・金澤朋扇・斉藤学・高階俊充・島野敏司:卵胞ホルモン固定のホルモン補充周期による凍結胚移植.受精着床誌、2005; 22: 118-122.

7) Navot D, Laufer N, Kopolovic J, Rabinowitz R, Birkenfeld A, Lewin A, Granat M, Margalioth EJ, Schenker JG. A r t i f i c i a l l y i nduce d endomet r i a l c yc le s a nd establishment of pregnancies in the absence of ovaries. N Engl J Med. 1986 Mar 27;314(13):806-11.

8) 泉陽子・後藤栄・橋本洋美・吉村由香理・笠原優子・江口素子・小森江利子・田中里美・藤澤弘子・古橋孝祐・水田真平・渡部純江・松永雅美・姫野清子・棚田省三・苔口昭次・塩谷雅英:ホルモン調節周期での凍結融解胚移植における血中E2値,P値の妊娠率への影響.受精着床誌、2007;24: 155-159.

100(%)

妊娠率 臨床妊娠率(*間で有意差あり(P<0.01))

<9 ng/ml(P補充なし)

9 ng/ml≦0

20

40

60

血中P値

37.2%(55/148)

23.0%(34/148)

57.6%(34/59)

44.1%(26/59)

100(%)

妊娠率 臨床妊娠率

<9 ng/ml(P補充あり)

9 ng/ml≦0

20

40

60

血中P値

57.1%(36/63)

22.2%(8/36)

64.7%(176/272)

18.8%(33/176)

100(%)

妊娠率 流産率

(*間で有意差あり(P<0.05))

<200 200≦0

20

40

60

血中E2値 (pg/ml)

42.1%(83/197)

24.1%(20/83)

49.4%(314/636)

17.2%(54/314)

**

図7 月経23日目における血中P値と妊娠率および流産率

図8 月経23日目における血中P値と妊娠率および流産率図6 月経23日目における血中E2値と妊娠率および流産率

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Infertility Menopause

ル・エストロジェル0.06%の開発について 佐藤 征嗣株式会社資生堂

1.出会いル・エストロジェル0.06%(以下、ル・エストロジェル)の開

発は、資生堂社長宛の一通の手紙をきっかけとして1995年に始まった。差出人である海外在住の日本人女性は、閉経後の女性のヘルスケアにとって海外では既に一般的であったホルモン補充療法(HRT)を実践されていた。手紙では、多くの製剤を試しに試して本剤(海外では既に発売済)に行き着いたこと、HRTの普及が進まない日本の女性が可哀相で仕方がないこと、本剤の日本における開発を資生堂に手がけて欲しいことを訴えられていた。

HRT製剤開発の検討が始まり、その有用性を学ぶにつれて、女性の最高の美しさを実現し、心まで豊かにする女性ホルモン

(エストロゲン)に大きなポテンシャルを感じた。「HRTの普及を通じて日本の女性を救いたい」。全社一丸となったこの想いから開発はスタートした。

2.こだわり開発に当たってはユーザーである“女性視点”へトコトンこだ

わった。① 自然であること有効成分は閉経前に卵巣が分泌していたものと同じ天然型

エストラジオール(E2)であり、投与経路も卵巣から分泌されたエストロゲンが直接全身循環系に運ばれるのと同様に、皮膚から直接全身に運ばれる経皮吸収製剤を選択した。経口剤は肝臓で一度代謝され、様々な物質を産生することで副作用の発生が指摘されている。パッチ製剤は皮膚刺激が問題になることから、より低刺激のジェル製剤とした。

② 用量調節可能であることホルモン剤に対する反応性には個人差があり、通常用量より

も少ない投与量で効果を示す場合が少なくない。副作用発現予防の観点から少ない用量(=個々人に適した用量)を用いることが望ましい。我々は、定量吐出式の容器を採用し、通常用量を2プッシュに設定することで用量調節が簡便に出来るようにした。

③ フェミニンであること日本でHRTが普及しない理由の一つに、「更年期障害」や「ホ

ルモン治療」に対して、“我慢すべきもの”“出来れば隠したい”という通念や漠然とした恐怖が背景にあるのではないかと考えた。他剤がいかにも薬っぽい製剤である中、資生堂の最高級化粧品ラインを手がける敏腕デザイナーを起用し、ドレッサー

に置いても素敵なデザインとした。スキンケア感覚で使える心地よいジェルタイプの製剤であることからも、HRTを“うしろめたい。出来れば隠したい。”から“かっこいい。友人に薦めたい。”に変えていきたいと考えた。

3.製品の特徴① 経皮吸収メカニズムル・エストロジェルは1日1回、一定量のジェルを両腕に出来

るだけ広く塗擦することにより、E2が経皮吸収され、直接全身循環系に供給される。投与部位の皮膚、特に最外層である角質層がE2の連続的放出のための貯蔵場所(リザーバー)の役割を果たしており、血中濃度が安定する。貼付剤のような放出制御を期待した製剤によるデリバリーシステムとは異なり、ル・エストロジェルは皮膚の角質層を利用した“天然のデリバリーシステム”と捉えることが出来る。

日本人閉経後女性を対象とした1日1回14日間反復投与試験において、平均血清中E2濃度は、初回投与後徐々に上昇し3〜 4日で定常状態に達し、2プッシュ(1.8g)投与時の平均血清中E2濃度は60.8pg/mLであった。最終投与後は徐々に減少し、概ね5日後には投与前値に回復した。

② 有効性更年期障害又は卵巣欠落症状を有する患者にプラセボ又は

本剤1.8g(2プッシュ)を1日1回8週間投与した結果、Hot flush回数の最終改善度はプラセボ群と比較して1.8g群において有意差が認められた(表1)。

また、本剤1.8gを1日1回8週間投与後に著明改善が認められた患者にプラセボ又は本剤0.9g(1プッシュ)を1日1回16週間投与した結果、Hot flush回数の最終改善度はプラセボ群と比較して0.9g群において有意差が認められた(表2)。本剤は現在国内で患者の臨床症状に応じて減量することが認められている唯一の経皮製剤である。

③ 安全性国内臨床試験において、承認時の副作用発現率は229例中

136例(59.4%)で、主な副作用は、腟分泌物34.5%(79/229)、乳房不快感23.1%(53/229)、性器出血8.3%(19/229)、骨盤痛5.7%(13/229)、投与部位そう痒感5.7%(13/229)等であり、用法・用量追加承認時の副作用発現率は209例中74例

(35.4%)で、主な副作用は、骨盤痛13.4%(28/209)、性器出血7.2%(15/209)等であった。

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本剤の特徴を以下にまとめる。◆ 安全性への徹底した配慮を行っている   (肝初回通過効果を受けない経皮吸収製剤、皮膚刺激

を軽減するジェル製剤、用量調節可能な定量吐出式ボトルを採用し減量が可能)

◆ 女性視点に立った設計としている   (目立たない、臭わない、親しみやすい剤形、素敵な

デザイン)◆ 実績が豊富   (1974年にフランスで承認を得て以来、71の国や地域

で販売され、40年弱の使用実績を有する)

4.自由価格から薬価基準収載への転換2007年8月の発売以来2012年5月まで、ル・エストロジェル

は薬価を取得せず、自由価格で販売を行ってきた。HRTの診療においては、大部分の疾病と異なり保険適用に

よる治療のほかに自由診療による治療も行われており、時間をかけた詳細なカウンセリングを重視した場合、自由診療が選択されている。当時、日本のHRTの普及率は世界の中で大きく遅れをとっており、欧米で30 〜 40%に達しているのに対して、日本では2%程度であった。普及が進まない原因の一つとして、対象女性への正しい情報提供の不足があげられ、カウンセリングを通じて、長期に亘り啓蒙活動を継続的に行っていくことが重要であると考えた。また、本剤は、発売当時新剤型(ゲル製剤)であり使用方法を含めて詳細なカウンセリングのもとに使用すべきであると考えた。

このように発売以来自由価格(薬価未収載)にて販売を継続してきたが、時代の変遷とともに医療環境が変化してきた。当初は日本で初のゲル製剤であったが、本剤発売後に同じゲル製剤である「ディビゲル1mg」を始め、「ジュリナ錠0.5mg」、「メ

ノエイドコンビパッチ」等が承認され、いずれも薬価収載された。対象女性への正しい情報提供のために自由診療を行う医療機関に限定して本剤を販売する理由が希薄になるとともに、市販後に実施した臨床試験結果より、2011年11月には症状に応じて適宜減量できる現在の用法・用量が承認された。国内で承認されているHRT製剤中、減量することの出来る唯一の経皮製剤となり、医療機関や学会等から保険適応が望まれるようになった。

更年期医療における時間をかけたカウンセリングが重要であると考えることに変わりはないが、広く処方機会を提供できる薬価基準収載をすることで、遅れているHRTの普及への貢献、ひいては日本の更年期医療へ貢献していきたいと考え、2012年5月末に薬価を取得し、6月より富士製薬工業㈱を通じて販売を開始した。富士製薬工業㈱は現在、有子宮者へのHRTで併用される「天然型黄体ホルモン」を開発中である。

表1 用量設定試験におけるHot flush 回数の最終改善度(投与8週後又は中止時)

投与群 著明改善a)

(%)中等度改善a)

(%)軽度改善a)

(%)不変a)

(%)悪化a)

(%) 計 平均値b)±標準偏差 Steel 検定c)

最終改善率(中等度改善以上)

(%)プラセボ群 27(56.3) 7(14.6) 10(20.8) 3(6.3) 1(2.1) 48 2.2±1.10 - 34/48(70.8)

1.8g 群 43(81.1) 7(13.2) 3(5.7) 0(0.0) 0(0.0) 53 2.8±0.55 p = 0.0072 50/53(94.3)a):Hot flush 回数(1日発現回数)の改善度の判定基準 b):著明改善:3、中等度改善:2、  著明改善:回数が投与前の1/3 未満に減少 中等度改善:回数が投与前の1/2 以下に減少   軽度改善:1、不変:0、悪化:-1  軽度改善:回数が投与前の1/2 より多いが減少 不変:回数が不変   悪化:回数が増加   とスコア化して算出 c):プラセボ群との比較

表2 低用量維持療法試験におけるHot flush 回数の最終改善度(投与24 週後又は中止時)

投与群 著明改善a)

(%)中等度改善a)

(%)軽度改善a)

(%)不変a)

(%)悪化a)

(%)判定不能 計 2 標本

Wilcoxon 検定b)

最終改善率(中等度改善以上)

(%)プラセボ群 67(77.0) 9(10.3) 4(4.6) 2(2.3) 5(5.7) 2 89 - 76/87(87.4)

0.9g 群 79(90.8) 6(6.9) 1(1.1) 1(1.1) 0(0.0) 1 88 p = 0.0097 85/87(97.7)a):Hot flush 回数(1日発現回数)の改善度の判定基準  著明改善:回数が投与前の1/3 未満に減少 中等度改善:回数が投与前の1/2 以下に減少  軽度改善:回数が投与前の1/2 より多いが減少 不変:回数が不変   悪化:回数が増加b):プラセボ群との比較

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5.おわりに本剤の日本での開発が終了し、当局へ承認申請を行ったの

が2003年12月であった。通常申請から1.5 〜 2年で承認されるが、本剤は2006年10月に承認されるまで約3年かかっている。2002年に発表されたWHI研究の中間報告によりHRTはメリットよりもデメリットが大きいという論調の論文が多数を占める最中であり、審査が難航したためである。

難産の末に産まれてきたル・エストロジェルは、生後も自由価格戦略のもとで約5年間育ての苦しみを味わった。しかしながら徐々にではあるが右肩上がりで処方数を伸ばし続けており本剤のポテンシャルの高さを実感していた。WHI研究のその後の再解析が進むにつれて、「HRTのリスクを認めつつもどう

したらリスクを最小限に抑えることが出来るのか」の観点から、投与ルート、薬剤の種類、薬剤の量、HRT開始年齢等の検討が進んでいる。ル・エストロジェルはHRTのベストプラクティスを考える上で時代の趨勢に合致した製剤であり、今後保険適応のもとで伸び伸びと育っていってほしいと願っている。「美しい50歳が増えると、日本は変わると思う」。10年以上

も前の化粧品のキャッチコピーであるが、現在でも全く色あせていない。HRTの恩恵を一人でも多くの日本人女性に享受頂きたいと願うと同時に、低迷する日本の経済活性化策としても、

「HRTの普及」にステークホルダー(規制当局、医師・コメディカル、富士製薬工業㈱)と協同で取り組んでいきたい。

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Congress Schedule(2012年12月~ 2013年5月)

2012年月 日 学会名 開催地 会場

12月8日 第17回日本生殖内分泌学会 東京都 東京ステーションコンファレンス(サピアタワー)

8日―9日 第27回日本生殖免疫学会総会・学術集会 大阪府 大阪医科大学

2013年月 日 学会名 開催地 会場

1月12日―13日 第18回日本臨床エンブリオロジスト学会 静岡県 アクトシティ浜松

18日―19日 第34回日本エンドメトリオーシス学会学術集会 栃木県 栃木県総合文化センター

3月

3日 第10回日本生殖医療心理カウンセリング学会学術集会 宮城県 ホテルメトロポリタン仙台

6日―8日 The Best of ESHRE & ASRM バハマ ――

10日 第8回日本生殖再生医学会学術集会 東京都 シェーンバッハ・サボー

13日―16日 World Congress on human reproduction イタリア ベネチア

31日 第8回日本レーザーリプロダクション学会 兵庫県 新神戸ANAクラウンプラザホテル

5月

10日―12日 第65回日本産科婦人科学会学術講演会 北海道 ロイトン札幌、ホテルさっぽろ芸文館、札幌プリンスホテル、札幌市教育文化会館

25日―26日 第54回日本哺乳動物卵子学会総会・学術集会 東京都 学術総合センター(一橋記念講堂)

31日 第12回日本不妊カウンセリング学会学術集会 東京都 ニッショーホール(日本消防会館)