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118. T 細胞のレパートリー選択における胸腺皮質上皮細胞の機能 新田 Key words:免疫,T 細胞,胸腺,皮質上皮細胞, レパートリー選択 *徳島大学 疾患ゲノム研究センター 遺伝子実験施設 T細胞は獲得免疫系の中心的役割を担うリンパ球であり,その抗原認識の特異性と多様性は,私達人類が地球上で健康に生 きていくために必要な生体防御システムの根幹をなしている.T細胞の抗原受容体のレパートリーは,胸腺微小環境を構成する 多様な胸腺ストロマ細胞群との相互作用を経て形成される 1) .胸腺ストロマ細胞は分化途上の未熟 T 細胞(胸腺細胞)に様々 な運命決定シグナルを提供し,主として皮質における正の選択と,それに続く髄質における負の選択によって,多様性と自己/非 自己の識別能をそなえた T 細胞レパートリーを造り上げる.皮質では自己抗原ペプチドと MHC の複合体が提示され,これに適 度に反応する TCR をもつ胸腺細胞のみが正の選択をうけ,髄質に移動する.髄質では胸腺髄質上皮細胞が,自己反応性胸 腺細胞の負の選択による排除に寄与する.我々は,皮質における正の選択のメカニズム解明を目的とし,皮質上皮細胞に特異 的に発現される「胸腺プロテアソーム」 2) の研究に取り組んだ.マウスモデルを用いた研究により,胸腺プロテアソームを発現 する皮質上皮細胞は,ユニークな MHC 結合性ペプチドを産生することで,生体防御に不可欠な CD8 + T 細胞の正の選択を制 御することが示された 3,4) .本研究では,胸腺プロテアソームを発現する皮質上皮細胞の大部分が,多数の胸腺細胞と会合し た巨大な多細胞複合体を形成していることを発見した.特に,それらの複合体の構造を定性的かつ定量的に解析する手法を確 立し,T細胞の抗原受容体のレパートリー選択における役割について検討した. 方法および結果 1.β5t 発現細胞のフローサイトメーター解析 胸腺プロテアソームの構成因子 β5t を発現する皮質上皮細胞を,フローサイトメーターによって定量的に検出した.マウス胸 腺をコラゲナーゼ処理することにより,全胸腺構成細胞を含むと考えられる細胞懸濁液を調製した.細胞内染色法およびフロー サイトメーター解析により,β5t 陽性細胞は胸腺上皮細胞の細胞表面マーカーである EpCAM 陽性細胞集団中に検出された (図1A).EpCAM + β5t + 細胞は,それ以外の細胞集団に比べて,きわめて数が少なく,サイズが大きな細胞であることがわか った(図1 A, B, C).さらに,PI 染色および Hoechst33342 染色から,EpCAM + β5t + 細胞は DNA 量の多い多核細胞であ ることが示唆された.また,β5t + 細胞は,胸腺上皮細胞に高発現される I-A 分子,および皮質上皮細胞マーカーの CD205 と Ly51 が陽性であり,髄質上皮細胞マーカー UEA1 陰性であったことから,既知の皮質上皮細胞のカテゴリーに分類される細胞 集団であることが確認された(図1D). 2.β5t 発現細胞は血球細胞との多細胞複合体を形成する EpCAM + β5t + 細胞を単離し,共焦点レーザー顕微鏡にて観察した.EpCAM + β5t + 細胞の大部分は多くの核を有し,そのほ とんどは表面に CD45 を発現する血球細胞の核であることがわかった(図2).すなわち,EpCAM + β5t + 細胞は,多くの血球細 胞と会合した,多細胞複合体を形成していることがわかった.一部の複合体は,多数の CD45 + 細胞が β5t + 細胞に完全に包み 込まれた構造をとっていた(図2 A).また,会合する CD45 + 細胞が外側に露出した構造を含む複合体(図2B),および複 合体を形成していない単独の β5t + 細胞も検出された(図2C).これらを透過型電子顕微鏡にて解析したところ,血球細胞を *現所属:国立国際医療研究センター 研究所 免疫病理研究部 上原記念生命科学財団研究報告集, 25 (2011) 1

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118. T 細胞のレパートリー選択における胸腺皮質上皮細胞の機能

新田 剛

Key words:免疫,T細胞,胸腺,皮質上皮細胞,  レパートリー選択

*徳島大学 疾患ゲノム研究センター遺伝子実験施設

緒 言

T細胞は獲得免疫系の中心的役割を担うリンパ球であり,その抗原認識の特異性と多様性は,私達人類が地球上で健康に生きていくために必要な生体防御システムの根幹をなしている.T細胞の抗原受容体のレパートリーは,胸腺微小環境を構成する多様な胸腺ストロマ細胞群との相互作用を経て形成される 1).胸腺ストロマ細胞は分化途上の未熟T細胞(胸腺細胞)に様々な運命決定シグナルを提供し,主として皮質における正の選択と,それに続く髄質における負の選択によって,多様性と自己/非自己の識別能をそなえた T細胞レパートリーを造り上げる.皮質では自己抗原ペプチドと MHCの複合体が提示され,これに適度に反応する TCR をもつ胸腺細胞のみが正の選択をうけ,髄質に移動する.髄質では胸腺髄質上皮細胞が,自己反応性胸腺細胞の負の選択による排除に寄与する.我々は,皮質における正の選択のメカニズム解明を目的とし,皮質上皮細胞に特異的に発現される「胸腺プロテアソーム」2)の研究に取り組んだ.マウスモデルを用いた研究により,胸腺プロテアソームを発現する皮質上皮細胞は,ユニークなMHC結合性ペプチドを産生することで,生体防御に不可欠なCD8+T細胞の正の選択を制御することが示された 3,4).本研究では,胸腺プロテアソームを発現する皮質上皮細胞の大部分が,多数の胸腺細胞と会合した巨大な多細胞複合体を形成していることを発見した.特に,それらの複合体の構造を定性的かつ定量的に解析する手法を確立し,T細胞の抗原受容体のレパートリー選択における役割について検討した.

方法および結果

1.β5t 発現細胞のフローサイトメーター解析 胸腺プロテアソームの構成因子 β5t を発現する皮質上皮細胞を,フローサイトメーターによって定量的に検出した.マウス胸腺をコラゲナーゼ処理することにより,全胸腺構成細胞を含むと考えられる細胞懸濁液を調製した.細胞内染色法およびフローサイトメーター解析により,β5t 陽性細胞は胸腺上皮細胞の細胞表面マーカーである EpCAM 陽性細胞集団中に検出された(図1A).EpCAM+β5t+細胞は,それ以外の細胞集団に比べて,きわめて数が少なく,サイズが大きな細胞であることがわかった(図1 A, B, C).さらに,PI 染色および Hoechst33342 染色から,EpCAM+β5t+細胞は DNA 量の多い多核細胞であることが示唆された.また,β5t+細胞は,胸腺上皮細胞に高発現される I-A分子,および皮質上皮細胞マーカーの CD205 とLy51 が陽性であり,髄質上皮細胞マーカーUEA1 陰性であったことから,既知の皮質上皮細胞のカテゴリーに分類される細胞集団であることが確認された(図1D). 2.β5t 発現細胞は血球細胞との多細胞複合体を形成する  EpCAM+β5t+細胞を単離し,共焦点レーザー顕微鏡にて観察した.EpCAM+β5t+細胞の大部分は多くの核を有し,そのほとんどは表面に CD45 を発現する血球細胞の核であることがわかった(図2).すなわち,EpCAM+β5t+細胞は,多くの血球細胞と会合した,多細胞複合体を形成していることがわかった.一部の複合体は,多数の CD45+細胞が β5t+細胞に完全に包み込まれた構造をとっていた(図2 A).また,会合する CD45+細胞が外側に露出した構造を含む複合体(図2 B),および複合体を形成していない単独の β5t+細胞も検出された(図2 C).これらを透過型電子顕微鏡にて解析したところ,血球細胞を

*現所属:国立国際医療研究センター 研究所 免疫病理研究部

 上原記念生命科学財団研究報告集, 25 (2011)

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内包する複合体は,過去に「胸腺ナース細胞」5)として報告された機能未知の胸腺ストロマ細胞に酷似していた(図2D).また,血球細胞が外側に露出した複合体や,単独の上皮細胞も観察された(図2E, F). 

 図 1. β5t 発現細胞のフローサイトメーター解析.

(A)野生型(WT)または β5t 欠損マウス(β5t-/-)胸腺からコラゲナーゼ処理によって得られた胸腺構成細胞のEpCAM / β5t 発現プロフィール.(B)各細胞集団についての前方散乱光(FSC)と側方散乱光(SSC)のプロフィール,PI または Hoechst33342 染色のヒストグラム.(C)各細胞集団の絶対数および計測値の平均値.(D)β5t 発現細胞における胸腺上皮細胞マーカーの発現.β5t+細胞は,CD205+,Ly51+,I-A+,UEA1-であり,既知の皮質上皮細胞に分類される.

  3. 血球細胞との相互作用にもとづく多細胞複合体の解析  β5t を発現する多細胞複合体には,CD45+細胞が β5t+細胞の外側に会合したものと,β5t+細胞の内部に包み込まれたものが存在した(図2).血球細胞との会合様態の違いを定性的かつ定量的に解析するため,細胞内外に会合したCD45+細胞を染め分ける手法を確立した.コラゲナーゼ処理によって得た全胸腺細胞画分を対象として,PE-Cy5 標識された抗CD45 抗体を用いて細胞外CD45(extracellular CD45, eCD45)を染色し,固定・透過処理の後,FITC 標識抗 CD45 抗体を用いて細胞内 CD45(intracellular CD45, iCD45)を染色した.これをフローサイトメーターで解析したところ,EpCAM+β5t+細胞は,eCD45 陽性の集団(Population 1, P1),eCD45 弱陽性かつ iCD45 陽性の集団(P2),および eCD45 陰性かつ iCD45

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陰性の集団(P3)に分けられた(図3 A).P1 は EpCAM+β5t+細胞の約 70%を占め,CD45+細胞が β5t+細胞の外側に会合した開放型複合体であった(図3B).P2 は「胸腺ナース細胞」と類似の,多くの CD45+細胞がβ5t+細胞内に包み込まれた閉鎖型複合体であり,EpCAM+β5t+細胞の約 10%であった.P3 は複合体を形成しない β5t+細胞,あるいは少数のCD45+細胞が包み込まれた複合体であった.よって,血球細胞との相互作用にもとづいて多細胞複合体の構造の多様性を定性的かつ定量的に検出することが可能となった. 

 図 2. β5t 発現細胞の顕微鏡解析.

(A-C)図1で示された EpCAM+β5t+細胞をフローサイトメーターによって単離し,抗 CD45 抗体およびPI にて染色した.共焦点レーザー顕微鏡にて,β5t(Alexa633 標識,赤),PI(青),CD45(FITC 標識,緑)の染色像を解析した.(D-F)β5t+細胞の大部分が含まれる EpCAM+CD205+細胞をフローサイトメーターによって単離し,固定,包埋後,超薄切片を作製し,透過型電子顕微鏡にて解析した.Scale bar: 10μm.

 

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 図 3. 血球細胞との相互作用様態にもとづく多細胞複合体の解析.

(A)2段階染色法による,EpCAM+β5t+細胞における細胞外 CD45(extracellular CD45, eCD45)と細胞内CD45(intracellular CD45, iCD45)の解析.(B)Aで示された P1,P2,P3 集団をそれぞれ単離し,共焦点レーザー顕微鏡にて解析した.Scale bar: 10μm.

  マウスの個体発生に沿って多細胞複合体の生成を解析した.β5t を発現する皮質上皮細胞は胎齢 12 日目から検出される6).胸腺細胞の分化が開始される胎齢 14 日目では,EpCAM+β5t+細胞のほとんどはCD45+細胞と会合しておらず,開放型複合体の頻度は数%であり,閉鎖型複合体は検出されなかった(図 4).開放型複合体の生成は胎齢 17 日目以降に顕著となり,新生仔期に徐々に増加した.閉鎖型複合体は生後3日目までほとんど検出されず,生後 7日目より増加した.P3細胞集団は胎生期から生後まで,大きな変化を示さなかった. さらに,多細胞複合体に会合する CD45+細胞の解析を試みた.多細胞複合体を生きたまま精製するため,β5t の発現を蛍光タンパク質 Venus の発現によりモニターする β5t-Venus ノックインマウス 2)を用いた.単離された Venus+細胞は CD45+細胞と会合した複合体を形成しており(図 5A),これを培養すると,複合体に会合していたCD45+細胞が放出された(図 5B).これらの CD45+細胞のほとんどは,CD4+CD8+細胞であった(図 5C).従って,β5t を発現する皮質上皮細胞は,CD4+CD8+細胞との選択的な相互作用によって多細胞複合体を形成することが示唆された.

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 図 4. マウスの発生に伴う多細胞複合体の生成.

(A)胎齢 14 日目(E14),胎齢 17 日目(E17)および生後3日齢(3 do),7日齢(7 do),14 日齢(14 do)のEpCAM+β5t+細胞における eCD45 / iCD45 解析.(B)各細胞集団の絶対数の胎生期から成体期までの推移.

 

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 図 5. 多細胞複合体に会合する血球細胞の解析.

(A) β5t-Venus ノックインマウス(β5t+/Venus)胸腺から,EpCAM+CD205+Venus+細胞をフローサイトメーターにて単離し,抗 CD45 抗体にて細胞内染色を行い,共焦点レーザー顕微鏡にて解析した.CD45 を発現する血球細胞がVenus 発現細胞に包み込まれた多細胞複合体が観察された.(B) β5t+/Venus マウス胸腺から EpCAM+CD205+Venus- (Venusneg. cTEC),EpCAM+CD205+Venus+ (VenushighcTEC)および EpCAM+CD205- (mTEC)を単離し,5x103 個ずつ丸底培養プレートにて培養した.16 時間後,培養液中の細胞を回収し,CD45+細胞の数を調べた.Venushigh cTEC からは多くの CD45+細胞が放出されたが,Venusneg. cTEC およびmTEC からはほとんど放出されなかった.(C) B で放出された CD45+細胞のほとんどは,CD4+CD8+細胞であった.

 

考 察

 本研究成果から,胸腺皮質上皮細胞は,分化途上の胸腺細胞と緊密な複合体を形成していることが示された.特に,内部に CD4+CD8+胸腺細胞を包み込んだ閉鎖型複合体は,過去に「胸腺ナース細胞」として報告された機能未知の細胞と同一であると考えられる.この複合体は,CD4+CD8+胸腺細胞を β5t+皮質上皮細胞内の膜小胞内に包み込むことにより,レパートリー選択を制御する細胞間シグナルを提供する可能性が示唆される.さらに,皮質上皮細胞の約 70%を占める開放型複合体は,本研究成果によって初めて明らかになった構造であり,これまでの胸腺細胞の除去による胸腺上皮細胞調製法を用いる研究では排除されていた可能性がある.本成果によって観察された多細胞複合体が in vivo の胸腺内で存在するのか,どのような機構によって形成されるのか,T細胞レパートリー選択における役割とはなにか,明らかにするため,更なる研究が必要である.

共同研究者

本研究の共同研究者は,徳島大学疾患ゲノム研究センター生命システム形成分野の高浜洋介教授である.最後に,本研究にご支援を賜りました上原記念生命科学財団に深く感謝いたします. 

文 献

1) Nitta, T., Murata, S., Ueno, T., Tanaka, K. & Takahama, Y.:Thymic microenvironments for T-cellrepertoire formation. Adv. Immunol., 99:59-94, 2008.

2) Murata, S., Sasaki, K., Kishimoto, T., Niwa, S., Hayashi, H., Takahama, Y. & Tanaka, K.:Regulationof CD8+ T cell development by thymus-specific proteasomes. Science, 316:1349-1353, 2007.

3) Nitta, T., Murata, S., Sasaki, K., Fujii, H., Ripen, A. M., Ishimaru, N., Koyasu, S., Tanaka, K. &Takahama, Y.:Thymoproteasome shapes immunocompetent repertoire of CD8+ T cells. Immunity,32:29-40, 2010.

4) Takahama, Y., Nitta, T., Ripen, A. M., Nitta, S., Murata, S. & Tanaka, K.:Role of thymic-cortex-specific self-peptides in positive selection of T cells. Semin. Immunol., 22:287-293, 2010.

5) Wekerle, H. & Ketelsen, U. P.:Thymic nurse cells-Ia-bearing epithelium involved in T-lymphocytedifferentiation? Nature, 283:402-404, 1980.

6) Ripen, A. M., Nitta, T., Murata, S., Tanaka, K. & Takahama, Y.:Ontogeny of thymic cortical epithelialcells expressing the thymoproteasome subunit β5t. Eur. J. Immunol., 41:1278-1287, 2011.

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