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東レリサーチセンター The TRC News No.115(May.2012)・31
●CFH3核プローブを用いたNMRによるフッ素系化合物の構造解析
1.はじめに
構造中にフッ素を含有する化合物は、フッ素核の特性のため、一般的なNMR(Nuclear Magnetic Resonance:NMR)法では詳細な構造解析が困難である。新規に導入したCFH3核プローブを用いることで、19FをデカップリングしたNMR測定や、F-F、F-Cなどのフッ素核を含んだ2次元NMR測定による詳細な構造解析が可能となった。
2.�フッ素核によるカップリングの影響とフッ素デカップリングの効果
未知化合物の構造解析に際してNMR測定で観測する核種としては1H,13Cが代表的である。一方、19FはNMR測定における観測核としては1H同様に感度の良い核種であり、試料中にフッ素原子が含まれる場合には19F-NMR法が構造解析に大いに力を発揮することが期待される。しかし、フッ素系化合物をNMR法で測定する場合に問題となってくるのが、19F核によるカップリングの影響である。特に13C-NMR測定においてこの影響は顕著である。一般的な13C-NMR測定では、1Hデカップリングを行わないと、13C核と1H核との間でカップリングが起こり、ピークが複雑に分裂するため、スペクトルの解析が極めて困難となる。そのため、13C-NMR測定において1Hデカップリングは必須である。一方、フッ素系化合物を測定する場合には、13C核と1H核とのカップリングだけでなく、13C核と19F核とのカップリングも同時に排除する必要が
ある。 今回新規に導入したCFH3核プローブでは、一般的な多核プローブでは不可能であった1H,19F核の同時デカップリングが可能となったため、ピークが分裂せず、より簡単にフッ素系化合物を解析できるようになった。以下に測定例を示す。 図1と図2は、フッ素系化合物であるハイドロフルオロエーテル(CF3CF2CH2OCF2CF2H:HFE)の19Fデカップリング無し・有りの13C-NMRスペクトルである(いずれも1Hデカップリングは行っている)。 図1の19Fデカップリング無しの場合、13C核と19F核によるカップリングのため、ピークは複雑に分裂する。例として末端-CF3の炭素原子に注目すると、直接結合する3つのフッ素原子の影響により、まずピークは4つに分裂する。さらに、隣接する-CF2︲の2つのフッ素原子の影響により、各分裂ピークはさらに3つに分裂し、合計12の微小ピークとして観測される。このとき分裂した各ピークの強度は、分裂前と比べて計算上約3%~19%にまで低下する。カップリングにより、図1に示すように多数のピークが複雑に重なり合ってしまい、化合物中に何個の炭素が存在するかを判断するのも困難となる。絶対感度の低い13C-NMR測定においてはピーク強度の低下によるデメリットも大きい。カップリングパターンが構造解析のための重要な情報となることは多々あるが、ピーク強度の低下によりピークがノイズに埋もれてしまい、カップリングパターンを見誤る可能性もある。 一方、図2の1H,19F同時デカップリングの場合、13C核は1H, 19F核のいずれともカップリングしないため、非常にシンプルなスペクトルが得られている。これにより、容易に炭素数や化学シフト位置など有用な情報を得ることが可能である。また、分裂していた複数のピークが1本となって観測されるため、見かけのS/Nも向上するなど、利点が多い。 このように1H,19Fの同時デカップリングが可能となったことでスペクトルを単純化し、解析力が向上した。
CFH3核プローブを用いたNMRによるフッ素系化合物
の構造解析有機分析化学研究部 廣田 信広
日下田 成
120 110 100120 110 100
130 120 110 100 90 80 70 60 50130 120 110 100 90 80 70 60 50
solv.
(ppm)
(ppm)
CF3CF2CH2OCF2CF2H
図1 HFEの13C-NMRスペクトル(19Fデカップリング無し)
001011021 001011021
(ppm)
○■
□△
130 120 110 100 90 80 70 6050130 120 110 100 90 80 70 6050
(ppm)
CF3CF2CH2OCF2CF2H○■ □△
CF CF CH2OCF CF H○■ □△
solv.
図2 HFEの13C-NMRスペクトル(19Fデカップリング有り)
32・東レリサーチセンター The TRC News No.115(May.2012)
●CFH3核プローブを用いたNMRによるフッ素系化合物の構造解析
3.フッ素核を含んだ各種2次元測定
CFH3核プローブのもう一つの大きな特徴は、フッ素核を含んだ様々な2次元NMR測定が可能となったことである。例えば以下に示す19F-19F COSY(COrrelation SpectroscopY:COSY),19F-13C HMBC(Heteronuclear Multiple bond Correlation : HMBC)が可能になったほか,19F核をデカップリングしながら1H-13Cの2次元測定を行うことも可能である。 一般に、2次元NMRスペクトルは、化合物の構造解析を行う上で重要な原子同士のつながりに関する情報が直接得られるため、1次元NMRスペクトルよりも詳細な構造解析が可能となる。 図3に先ほどと同じHFEの19F-19F COSYスペクトルを示す。COSYスペクトルではスピン結合している原子同士のつながりを観測することができる。CFH3核プローブにより、容易に19F-19Fの相関を観測することが可能となった。ここでは、図中の記号でb-d, c-eの相関が観測されており、bとd、cとeのフッ素原子は隣接する炭素原子に結合して互いに隣接していることがわかる。
(ppm)
(ppm)-70 -80 -90 -100 -110 -120 -130 -140
-80
-90
-100
-110
-120
-130
-140(ppm)
(ppm)-70 -80 -90 -100 -110 -120 -130 -140
-80
-90
-100
-110
-120
-130
-140 b
c
ed
bce
d
(e-c)
(d-b)
CF3 CF
FCH2O C C
F
F
F
FH
bce
d
図3 HFEの19F-19F�COSYスペクトル
図4に、19F-13C HMBCスペクトルを示す。HMBCスペクトルでは、互いに2結合または3結合離れた原子同士のつながりを観測することができる。19F-13C HMBCスペクトルに関しても、一般に用いられる1H-13C HMBC測定と同様にスペクトルを得ることができ、得られた相関ピークから化合物の構造を推定できる。例えば、このスペクトルでは、c-A、c-Eの相関から、A-C-Eの3つの炭素が結合していることがわかる。 以上のように、2次元NMRスペクトルを解析することで、1次元スペクトルだけではわからない化合物の詳細構造の解析が可能となる。
-80 -90 -100 -110 -120 -130
60
70
80
90
100
110
120
50
(ppm)
(ppm)
-80 -90 -100 -110 -120 -130
60
70
80
90
100
110
120
50
(ppm)
(ppm)
-80 -90 -100 -110 -120 -130
60
70
80
90
100
110
120
50
(ppm)
(ppm)
bce
d
A
BC
ED
(d-A) (c-A)
(d-B)(b-D)
(c-E)
Solv.
-140
CF3 CF
FCH2O C C
F
F
F
FH
ACE
c
e
図4 HFEの19F-13C�HMBCスペクトル
4.おわりに
新規導入したCFH3核プローブの適用事例について紹介した。本測定法は、NMRに用いる重水素化溶媒に可溶なフッ素系化合物全般に対して有効な手法であり、本装置を用いることでフッ素系化合物の構造を今まで以上に詳細に解析することが可能である。フッ素系化合物は、電解質や膜などの電池関連材料、低屈折率反射防止膜などの光学関連材料、光酸発生剤などのフォトレジスト関連材料など様々な材料に使用されており、これらの材料の構造解析や劣化解析に適用可能である。 今後、さらに様々なフッ素系化合物の構造解析に適用し、含フッ素材料の研究開発の一端を担っていきたいと考えている。
■廣田 信広(ひろた のぶひろ) 有機分析化学研究部 第₁研究室 略歴:大阪大学大学院基礎工学研究科修士課程終了 趣味:バドミントン
■日下田 成(ひげた なる) 有機分析化学研究部 第1研究室 主任研究員 略歴:東北大学大学院理学研究科修士課程終了 趣味:クラシックギター、ゴルフ