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11 平成29年告示の学習指導要領の算数科の目標では,「数学的な見方・考え方を働かせ, 数学的活動を通して,数学的に考える資質・能力」を育成することを目指している。そこ で,授業では,数学的に考える資質・能力の育成につながるように「数学的な見方・考え 方」を働かせているかどうかが問われる。本研究は,教科等横断的な学習という視点から 音楽科の歌唱教材「背くらべ」を取り上げ,そこに内在する数理の考察の過程を通して, 算数科の授業で数学的な見方・考え方が働く教材研究の在り方を提案する。 キーワード:数学的な見方・考え方,教科等横断的な学習,音楽,七五調,モーラ 授業で数学的な見方・考え方が働く教材研究の在り方 -歌唱教材「背くらべ」の数理的考察を通して- はじめに ゼミで数学と音楽の話題になり,学生に童謡「背比べ」を聞かせた。学生からは,「歌 は聞いたような気もしますが,家では柱に傷はつけられません」と返ってきた。今の住宅 事情ならそうかなと思いながら,この歌の算数科教材としての可能性を考えていた。 小学校学習指導要領(平成29年告示)の算数科の目標では,「数学的な見方・考え方を 働かせ,数学的活動を通して,数学的に考える資質・能力」を育成することを目指してい る。この資質・能力の育成のためには,教科等横断的な学習の充実が求められており,教 師の専門性の発揮すべき点は児童が学習や人生において「見方・考え方」を自在に働かせ られるようにすることにあるとされている。そのためには,教師の教材研究の過程そのも のが「数学的な見方・考え方」を正しく捉えたものでなければならない。 そこで,本研究では教科等横断的な学習という視点から算数科の教材として音楽科の歌 唱教材「背くらべ」を取り上げ,そこに潜む数理の考察を試みる。この考察の過程を通し て,算数科の授業で数学的な見方・考え方が働く教材研究の在り方を提案する。 数学的な見方・考え方の意味とその背景 小学校学習指導要領(平成29年告示)解説算数編(以下,「解説算数編」と書く。)の改 訂の経緯(p.1)に,子どもたちが成人して社会で活躍する頃の我が国の将来像が描かれ ている。その将来像は,少子高齢化,情報化,グローバル化,人工知能の発達などの加速 度的に変化する社会であり,予測困難な時代である。そのため,学校で獲得された知識・ 近藤 広島都市学園大学 子ども教育学部

授業で数学的な見方・考え方が働く教材研究の ... - Hiroshima …harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hcu/file/116/20201106153802/... · 数学的活動を通して,数学的に考える資質・能力」を育成することを目指している。そこ

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要 旨

 平成29年告示の学習指導要領の算数科の目標では,「数学的な見方・考え方を働かせ,

数学的活動を通して,数学的に考える資質・能力」を育成することを目指している。そこ

で,授業では,数学的に考える資質・能力の育成につながるように「数学的な見方・考え

方」を働かせているかどうかが問われる。本研究は,教科等横断的な学習という視点から

音楽科の歌唱教材「背くらべ」を取り上げ,そこに内在する数理の考察の過程を通して,

算数科の授業で数学的な見方・考え方が働く教材研究の在り方を提案する。

キーワード:数学的な見方・考え方,教科等横断的な学習,音楽,七五調,モーラ

授業で数学的な見方・考え方が働く教材研究の在り方

-歌唱教材「背くらべ」の数理的考察を通して-

はじめに ゼミで数学と音楽の話題になり,学生に童謡「背比べ」を聞かせた。学生からは,「歌

は聞いたような気もしますが,家では柱に傷はつけられません」と返ってきた。今の住宅

事情ならそうかなと思いながら,この歌の算数科教材としての可能性を考えていた。

 小学校学習指導要領(平成29年告示)の算数科の目標では,「数学的な見方・考え方を

働かせ,数学的活動を通して,数学的に考える資質・能力」を育成することを目指してい

る。この資質・能力の育成のためには,教科等横断的な学習の充実が求められており,教

師の専門性の発揮すべき点は児童が学習や人生において「見方・考え方」を自在に働かせ

られるようにすることにあるとされている。そのためには,教師の教材研究の過程そのも

のが「数学的な見方・考え方」を正しく捉えたものでなければならない。

 そこで,本研究では教科等横断的な学習という視点から算数科の教材として音楽科の歌

唱教材「背くらべ」を取り上げ,そこに潜む数理の考察を試みる。この考察の過程を通し

て,算数科の授業で数学的な見方・考え方が働く教材研究の在り方を提案する。

1 数学的な見方・考え方の意味とその背景 小学校学習指導要領(平成29年告示)解説算数編(以下,「解説算数編」と書く。)の改

訂の経緯(p.1)に,子どもたちが成人して社会で活躍する頃の我が国の将来像が描かれ

ている。その将来像は,少子高齢化,情報化,グローバル化,人工知能の発達などの加速

度的に変化する社会であり,予測困難な時代である。そのため,学校で獲得された知識・

近 藤     毅広島都市学園大学 子ども教育学部

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広島都市学園大学 子ども教育学部紀要 第7巻第1号

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技能は絶えざる刷新が必要となる。多くの情報を覚えていることより,多くの情報から必

要な情報を取捨選択して適切な判断ができる資質・能力などの社会の変動に能動的に対応

する汎用性のある資質・能力が求められる。その資質・能力の育成のために教科等横断的

な学習の充実が求められ,その学びの深まりの鍵となるものが「見方・考え方」とされて

いる。確かに,「見方・考え方」は,物事の特徴や本質を捉える視点や,思考の進め方や

方向性を意味するがゆえに,目指す資質・能力の育成において,教科等横断的な学習の質

的な充実に資するものといえる。

 さて,この「見方・考え方」であるが,現行の小学校学習指導要領(平成29年告示)の

改訂前までは,算数科では「数学的な考え方」という評価の観点名であった。国立教育政

策研究所教育課程研究センター(2011,p.23)は,その「数学的な考え方」の評価の観点

の趣旨を「日常事象を数理的に捉え,見通しをもち筋道立てて考え表現したり,そのこと

から考えを深めたりするなど,数学的な考え方の基礎を身に付けている。」と説明してい

る。一方,現行の小学校学習指導要領の「数学的な見方・考え方」については,文部科学

省は次のように説明している。

 また,「解説算数編」(p.22)においても,「数学的な見方・考え方」は,「数学的に考え

る資質・能力を支え,方向付けるもの」であり,「数学的に考える資質・能力」の三つの

柱である「知識及び技能」,「思考力,判断力,表現力等」及び「学びに向かう力,人間性

等」の全てに対して働かせるものとしている。ここでも,「働かせる」とあるように,数

学的な見方・考え方は,めざす資質・能力の育成に機能するものとして位置付けられてい

る。育成し評価すべき見方・考え方から「機能」としての見方・考え方への転換というこ

とである。とはいうものの,従来の「数学的な考え方」に機能的な面はまったくなかった

かといえばそうではない。

 昭和33年告示の小学校学習指導要領算数科の目標に,初めて「数学的な考え方」という

文言が現れる。当時文部省教科調査官であった中島健三(1985,2015)は次のように述べ

ている。

 「数学的な見方・考え方」については,これまで,「数学的な考え方」として,教科目標に

位置付けられたり,「思考・判断・表現」の評価の観点名として用いられたりしてきました。

 今回の改訂では,目標において,児童が各教科等の特質に応じた見方・考え方を働かせなが

ら,目標に示す資質・能力の育成を目指すことを示しています。

 そこで,「数学的な見方・考え方」は,算数の学習において,どのような視点で物事を捉え,

どのような考え方で思考をしていくのかという,物事の特徴や本質を捉える視点,思考の進め

方や方向性を意味することとなりました。また,数学的に考える資質・能力を支え,方向付け

るものであり,算数の学習が創造的に行われるために欠かせないものです。また,児童一人一

人が目的意識をもって問題解決に取り組む際に積極的に働かせていくものです。

(「平成29年改訂の小・中学校学習指導要領に関するQ&A〈算数,数学に関すること〉」)

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近藤毅 授業で数学的な見方・考え方が働く教材研究の在り方

 上記下線部から,「数学的な考え方」が汎用性ある思考方法として,方向性をもち働き

かけるものとして,つまり「機能」としての意味合いを内包していたことがわかる。しか

も,現行の「数学的な見方・考え方」との重なり合う点も認められる。現行の学習指導要

領では,各教科等において「学校教育法」で規定された学力の三要素と整合性を図り,育

成を目指す資質・能力を三つの柱に沿って明確化して目標に示した点においては一貫性を

有するものとなった。しかしながら,法の規定による学力,教科等の目標及び内容という

3つの整合性を堅持するがゆえに,「見方・考え方」を評価の観点から機能するものへの

位置づけに導いたとも考えられる。

2 「数学的に考える資質・能力」の育成と「数学的な見方・考え方」 1において育成し評価すべき見方・考え方から「機能」としての見方・考え方への転換

と述べた。そこで,現行の「数学的な見方・考え方」についての整理が必要になる。ここ

では,次の①,②の2点について「解説算数編」をもとに整理する。

 ① 評価する対象ではなくなった「数学的な見方・考え方」は,数学的に考える資質・

能力の育成のために生きて働くものとならなければならない。では,その「数学的な

見方・考え方」はどのように成長するのか。

 ② 数学的に考える資質・能力の育成のために,「数学的活動」に働く「数学的な見方・

考え方」の働きとはどのようなものか。

(1)「数学的な見方・考え方」はどのように成長するのか

 「解説算数編」において①に関連するものは次のとおりである。(下線は稿者による)

 「数学的な見方・考え方」を働かせながら,知識及び技能を習得したり,習得した知識

及び技能を活用して探究したりすることにより,生きて働く知識となり,技能の習熟・熟

達にもつながるとともに,より広い領域や複雑な事象について思考・判断・表現できる力

が育成され,このような学習を通じて,「数学的な見方・考え方」が更に豊かで確かなも

のとなっていくと考えられる。(文部科学省2018a,p.7)

 「数学的に考える資質・能力」は,「数学的な見方・考え方」を働かせた数学的活動に

よって育成されるもので(中略),育成された資質・能力は「数学的な見方・考え方」の

 「『数学的な考え方』は,一言でいえば,算数・数学にふさわしい創造的な活動ができるこ

とを目指したものである。(中略)どんな価値観のもとに課題をつかみ,どんな方向に探究し

改善を図ることが,算数・数学でねらう『創造』であり『発展』であるのかを示す観点が必要

である。(2015,p.49)」,「『数学的な考え方』とはいわば,算数で指導される基礎的な概念や原

理,知識や技能,あるいはそれらを操作する推論を含んだ一つの合目的的な活動が全体として

できることを指したものである。その中で用いられるような特定の個々のアイディアや手法だ

けを指しているわけではない。(1985,p.6)」 (引用部の下線は稿者よる)

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広島都市学園大学 子ども教育学部紀要 第7巻第1号

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成長にも大きな影響を与えるものである。(同書,p.24)

 なお,「数学的活動」とは,事象を数理的に捉えて,算数の問題を見いだし,問題を自立

的,協働的に解決する過程を遂行することである。(同書,p.23)

 上記内容を概略図にしたものが図1である。(図1の矢印の向きは,作用する対象を示す。)

 すなわち,「数学的な見方・考え方」の成長について簡潔にいえば,図1に示すように

数学的活動の過程で「豊かで確かなもの」に成長し,育成された「数学的に考える資質・

能力」が「数学的な見方・考え方」の成長に影響を与えるということである。このことか

ら,「数学的な見方・考え方」は,アプリオリとはいわないまでも,子どもがそれまでの

学習や経験の中で,潜在的に有するものであり,学習過程において,それらを顕在化させ,

働かせることにより,対象をより明確かつ多面的に豊かに捉えられるものに成長していく

と考えられる。

(2)「数学的な見方・考え方」の働きとはどのようなものか

 ②については,「数学的な見方・考え方」を,「見方」と「考え方」に区分して領域ごと

に,その働きを整理したものが表1である。(文部科学省,2018a)

 表1に示す「数学的な見方・考え方」は,抽象的な表現である。児童が学習過程におい

て,これらの「見方・考え方」を自在に働かせるためには,教師の教材研究の過程そのも

図1 「資質・能力」と「見方・考え方」との関連

表1 各領域で働く数学的な見方・考え方

領 域

数学的な見方・考え方 事象を数量や図形及びそれらの関係などに着目して捉え,根拠を基に筋道を立てて考え,統合的・発展的に考えること

数学的な見方 事象を数量や図形及びそれらの関係についての概念等に着目してその特徴や本質を捉えること

数学的な考え方 目的に応じて数,式,図,表,グラフ等を活用しつつ,根拠を基に筋道を立てて考え,問題解決の過程を振り返るなどして既習の知識及び技能等を関連付けながら,統合的・発展的に考えること

A数と計算数の表し方の仕組み,数量の関係や問題場面の数量の関係などに着目して捉え,

根拠を基に筋道を立てて考えたり,統合的・発展的に考えたりすること

B図形図形を構成する要素,それらの位置関係や図形間の関係などに着目して捉え,

根拠を基に筋道を立てて考えたり,統合的・発展的に考えたりすること

C測定身の回りにあるものの特徴などに着目して捉え,

根拠を基に筋道を立てて考えたり,統合的・発展的に考えたりすること

C変化と関係

二つの数量の関係などに着目して捉え,根拠を基に筋道を立てて考えたり,統合的・発展的に考えたりすること

Dデータの活用

日常生活の問題解決のために,データの特徴と傾向などに着目して捉え,

根拠を基に筋道を立てて考えたり,統合的・発展的に考えたりすること

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近藤毅 授業で数学的な見方・考え方が働く教材研究の在り方

のが教育内容や具体的な教材との関連において,どのような「数学的な見方・考え方」が

授業の目標の実現に向けて働くのかを正しく捉えたものでなければならない。そこで,教

科等横断的な学習という視点から算数科の教材として音楽科の歌唱教材「背くらべ」を取

り上げ,「数学的な見方・考え方」の観点で「背くらべ」に内在する数理の考察を通して,

算数科の授業で数学的な見方・考え方が働く教材研究の在り方を探ることにする。

3 「背くらべ」の曲に内在する数理とその考察(1)「背くらべ」

 「柱のきずは,おととしの」で始まるこの歌(図2)は,「背くらべ」である。作詞は

海野厚(うんの あつし),作曲は中山晋平(なかやま しんぺい)で,曲として発表さ

れたのは1923年(大正12年)である。(池田小百合,2004)

 今の子どもたちはこの歌を習っているのだろうか。現行の小学校学習指導要領の音楽科

の共通教材として「さくらさくら」や「もみじ」はあるが,「背くらべ」はなかった。で

は,教科書ではどうであろうか。義務教育諸学校で使用する教科書は,文部科学省の「教

科書目録」に登載された教科書のうちから採択される。調べてみると,「小学校用教科書

目録(平成32年度使用)」(実際は令和2年度使用)の音楽の発行者は,A社とB社だけで

あった。そのうち1社の第4学年の教科書に,この歌「背くらべ」が掲載されていた。

(2)七五調の歌詞と拍子

 この歌の歌詞は七五調である。七五調は,7音の句と5音の句とが意味をなして続き,

7・5という形式をとる。また,この歌の楽譜は,歌詞と同様に全部で6段あり,図3は

そのうちの第1段と第2段である。

 曲の拍子は,第1段のはじめの拍子記号(上に3,下に4と並んだ2つの数字記号)が

示すように4分の3拍子である。これは数学の分数の意味とは異なる。拍子記号の下の数

字4は,1拍の単位となる音符「四分音符」( )を表しており,上の数字3は,1小節

が3拍分であることを示す。下の数字が8ならば1拍の単位となる音符は「八分音符」と

なり,上の数字が6ならば1小節が6拍となる。その意味で,「背くらべ」の曲は,1小

節の中に四分音符が3拍分の長さで楽譜が構成されていることになる。

 楽譜の各段は,第1小節から第3小節まで四分音符( )と四分音符の2分の1の長さ

の八分音符(♪)の2種類の音符による1小節3拍分の長さを維持したリズム構成である。

柱のきずは おととしの五月五日の 背くらべ粽たべたべ 兄さんが計ってくれた 背のたけきのうくらべりゃ 何のことやっと羽織の 紐のたけ

図2 図3

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最後の第4小節目は,四分音符の2倍の長さをもつ二分音符( )で2拍分のばし,四分

休符( )で1拍休みを入れて3拍分となっている。

(3)「数のまとまり」への着目から乗法へ

 「数のまとまり」への着目は,数学的な見方である。例えば,10のまとまりへの着目は,

十進位取り記数法の仕組みの理解につながっていく。ここで,1小節が3拍分という「数

のまとまり」に着目すると,小節数に対して3,6,9,12…と拍数が数えやすくなる。

また,楽譜全体の拍数を3の倍数として統合的に捉えることができる。これにより曲のリ

ズムの数理的な構造に迫っていくことができる。例えば,この楽譜は音符や休符の長さの

和が常に3になる規則のもとに各小節の音符のリズムが構成されていることから,拍数に

着目すれば,図3の第1小節では,1/2+1/2+1+1=3(拍)というセンテンス型の分

数を含む計算式が成り立つ。また,楽譜の第1段は4小節で,全部で6段あるから,小節

数は4×6=24(小節)だから,3×24=72(拍)となる。この拍数を求める乗法の式の

被乗数と乗数の順序は,「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」という意

味の式表現となっている。

 教育現場で,計算結果を求めることのみに指導の力点が傾けば,式の意味は不問に付さ

れる。当然,具体的事象における数量の意味を考慮することなく計算処理できることは数

学のよさではある。しかし,日常生活における事象の数量関係を式化する過程において,

意味を式で表現すること,表現した式の意味を読むことは重視しなければならない。なぜ

なら,割合や単位量当たりの大きさ,さらには関数の理解に児童が困難を示したりする原

因は,この式の表現とその意味の読みの理解にあると考えるからである。そこで,式の表

現とその意味について,この後においてもさらに言及しておく。

 前述したように1小節3拍という数のまとまりで見ていくと,乗法が同数累加の簡潔な

表現とも捉えることができることから,(1小節当たりの拍数)×(小節数)=(拍数)

の式が成り立つ。つまり,(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)

と捉えることができる。ここで,乗数が小数の場合になると累加の考えは使えない。乗法

の計算の意味の捉え直しが必要となる。

 そこで杉山茂(2010,pp.221-222)は,図4のような数直線を乗法のモデルとして,

乗法とは「被乗数を単位にしたとき,その数値に当たる大きさを求めること」「被乗数を

単位にして付けた目盛りに対応する大きさを求めること」と説明している。また,「被乗

数の大きさを単位として測った測定値が乗数である。すると,乗法とは,単位の大きさと

それを単位として測った測定値を知って,その大きさを知る手続きとみることもできる」

と,乗法を測定に係る手続きとみる見方も述べている。したがって,計算処理の背後にあ

る式の意味や原理・原則を理解することは,算数を学ぶ意義の実感につながるといえる。

図4

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近藤毅 授業で数学的な見方・考え方が働く教材研究の在り方

(4)割合の考えによる乗法の意味の拡張

 割合とは,二つの数量を比較するときに用いられる関係であり,またその関係を表現す

る数でもある。A,Bが重さなどの同種の量の場合,「AとBの重さは2対3の割合」と

いうように比の意味で「割合」を用いるのが前者である。「解説算数編」(p.239)では,

小数を含んだ乗法の意味を,「基準にする大きさ(B)」の「割合(p)」に当たる大きさ

を求める操作がB×pであるから,Aを「割合に当たる大きさ」とすると次のように表す

ことができると説明している。この割合は,後者の「関係を表現する数」である。

(基準にする大きさB)×(割合p)=(割合に当たる大きさA)

 つまり,乗法の意味を,基準にする大きさとそれに対する割合から,その割合に当たる

大きさを求める計算と捉える。この場合,図4の数直線の上側がAで,下側がpとなる。

 この小数の乗法の式の意味の理解は,「C変化と関係」の領域の二つの数量の関係を取

り扱う割合,単位量当たりの大きさや関数の内容の理解を支えることになる。

4 関数的な見方・考え方が働く学習指導の構想(1)乗法を測定に係る手続きとみる見方から関数へ

 先の杉山(2010)の乗法を測定に係る手続きとみる見方は,関数の考えに通じる。なぜ

なら,量の測定は,ものの集合から実数の集合への関数とみることができるからである。

 「背くらべ」の楽譜においては,「小節数」が決まれば,「拍数」が決まる。つまり,「拍

数」という数量は「小節数」という数量と依存関係にある。この数量間の依存関係に着目

することが関数の考えの出発点となる。小学校算数指導資料「関数の考えの指導」におい

て,「依存関係に着目する」ということは「数量を関係づけて調べること」であり,次の

3点を含んでいると説明されている。(文部省,1973,p.13)

 [A]具体的な場面で,何が変量(変数)かを意識したり,ある数量を変量(変数)と

考えたりすること。

 [B]ある変量Yを調べるのに,それと関係(対応)付ける数量(定量や変量Xなど)

にどんなものがあるかを考えること。

 [C]変量(変数)Yは,それらの変量(変数)Xなどのうち,どれによって一意に決まっ

てくるかを考えること。

 [C]において,変量Yが変量Xによって一意に決まることを,変量Yが変量Xと関数

関係にあるという。

 したがって,前掲の(1小節当たりの拍数)×(小節数)=(拍数)という式において

は,拍数y,小節数xとすると,y=3x…①という式が成り立つ。この式は比例の式と

みることができる。すなわち,先の3×4=12(拍)の乗法の式表現の意味が,「拍数y,

小節数xのとき,yはxの関数」という関数の考えとして統合的に捉え直すことができる

のである。

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(2)曲に内在する変量に関数の考えを働かせる

 さて,拍数と依存関係になりそうな変量は,他にないのだろうか。音符や休符の数,音

符や休符の長さ,歌詞の音節数などが考えられそうであるが,拍数と一意対応する変量と

は何か。楽譜は音符や休符などで構成されている。この音符にも休符にも共通する数量が

ある。それは時間的な長さという数量である。「背くらべ」の1小節が3拍であるという

ことは,ある1小節を構成するすべての音符や休符の長さの和は3拍分である。この1小

節3拍という数量は,1小節分の曲の時間的な長さの数量を一意に決定する。つまり,拍

数(y)と曲の時間的な長さ(T)は関数関係にあり,次の式が成り立つ。

T=ay…②(a;1拍当たりの時間)

 また,①と②により,「背くらべ」などの3拍子の曲においては,T=3ax…③とい

う式が成り立つ。曲の時間的な長さTは小節数xの関数とみることができる。換言すれ

ば,小節数がわかれば,曲の時間的な長さがわかるということである。本来,曲の時間的

な長さを調べようとするとき,楽譜に従って演奏し,曲の始まりから終わりまで計測する

必要がある。そのような場合に,その数量(曲の時間的な長さ)と関係づけられる他の数

量(拍数や小節数)を見いだし,その数量の間にある変化や対応の特徴から二つの数量と

の間に成り立つ関係(①や②で表せる比例関係)を明らかにし,その関係を利用すること

が「関数の考え」なのである。

 國本景亀(1990,pp.107-109)は,「関数的見方・考え方」とは,次の考えを総合した見

方・考え方であると述べている。

 (1)集合の意識をもつこと(集合の考え)

 (2)2つの数量の依存関係に着目すること(関係づける考え)

 (3)数量を変化させて考える(変数の考え)

 (4)「決めれば決まる」という考え(対応の考え)

 (5)対応のきまりや変化の特徴をみつける(帰納的な考え)

 (6)対応のきまりや変化の特徴を利用する(応用の考え)

(3)「背くらべ」の曲の長さを求める

 上記(6)の「応用の考え」の例を述べる。「音楽を特徴付けている要素」のうち音楽

の時間に関わるものは「リズム」,「速度」,「拍」がある。(文部科学省,2018c)「背くらべ」

の楽譜に「 =96」のメトロノーム記号が示してあった。この記号の意味は,基準となる

拍の四分音符を1分間に96回打つ速度である。この場合,aは1拍当たりの時間(単位は

秒)であり,a=60÷96=0.625より,前掲の式②は,0.625を比例定数とする比例の式とな

る。そこで,「背くらべ」の1番の長さは,全小節数が24であったから,x=24を式③に

代入すると曲の長さ(T)は,T=3×0.625×24=45(秒)となる。

 実際に「背くらべ」の曲の歌詞の歌い始めから終わりまでを聞きながら測定すると,1

番の曲の長さは45秒となり,計算結果と一致した。

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 関数の考えのよさは,二つの数量の間の依存関係や対応関係を用いて,複雑な問題場面

をより単純な数量関係に置き換えて,より効率的かつ経済的に問題解決できる点にある。

算数科の目標に「数学的活動の楽しさや数学のよさに気付き,学習を振り返ってよりよく

問題解決しようとする態度,算数で学んだことを生活や学習に活用しようとする態度を養

う」とある。以上のような実験的な試み(数学的活動)を授業に取り入れながら関数的な

見方・考え方が働き,そのよさを実感できる学習指導を構想したい。

5 「数学的な見方・考え方」を働かせた創造的な学習(1)七五調の歌詞とリズムにおける数理

 これまでは楽譜の音符や拍数などの数量を関数的な見方・考え方で捉えて曲の長さにつ

いて考察した。ここでは,「背くらべ」の七五調の歌詞とリズムの関係について数理的に考

察する。日本語の音を数えるとき,モーラという単位を用いることがある。窪薗晴夫(1998)

は,モーラについて次のように説明している。

 「奈良」という名詞が2モーラ,「神戸」が3モーラ,「九州」や「福岡」が4モーラと

いうように,日本語で単語を分節し,その長さを測る単位がモーラ(mora)である。(中略)

 伝統的な日本語の詩(俳句,川柳,短歌)に見られる575や57577という音数律

はモーラを単位とした数え方である。(窪薗,1998,p.6)

 では,「背くらべ」ではどうであろうか。「ちまき たべたべ にいさんが」の「にいさん」

は,音節が「ニー/サ/ン」の3音節で,モーラ数は「ニ/ー/サ/ン」の4モーラになる。また,

「はかってくれた」は,音節が「ハ/カッ/テ/ク/レ/タ」の6音節で,モーラ数は「ハ/カ

/ッ/テ/ク/レ/タ」の7モーラになる。長音「ー」,促音「ッ」,撥音「ン」は,独立で1

モーラになる。図3の楽譜の歌詞では長音「ー」を加えて「はしらのきーずは」と8モー

ラにして8つの音符が対応している。楽曲の歌詞と音符の関係は,基本的に歌詞の1モー

ラに対して1音符が与えられる。3(3)での計算により,この曲は全部で72拍であっ

た。したがって,「背くらべ」のリズムは,歌詞のモーラ数が音符の数に一意対応し,休

符も含んで72拍におさまるように構成されていることになる。

(2)替え歌を可能にする数理的な秘密

 歌詞の1モーラに対して1音符が与えられるということは,音符の数とモーラ数の関係

は一意対応の関数になる。ということは,1小節3拍の長さで1段4小節の構成であれば

音符のリズムがどのようなものであれ,七五調の歌詞の音が対応することになる。換言す

れば,七五調の歌詞であれば,この曲のリズムに歌詞がのるということである。同じ3拍

子で七五調の歌詞である「こいのぼり」と「うみ」で試したものを図5に示している。こ

の図5では,歌詞の第1段のみを示しているが,結果は2つの歌の歌詞のすべての音がリ

ズムにのることがわかった。

 では,拍子の異なる七五調の歌詞の場合は,同様に3拍子のリズムにのるのであろうか。

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そこで,七五調で4分の4拍子である「ふじの山」と「われは海の子」で試した。この場

合も図5の中段に歌詞の第1段を示しているが,結果は2つの歌の歌詞ともにすべての音

がリズムにのることがわかった。基本的には,歌詞のモーラ総数が等しければ七五調の歌

詞の歌は,他の七五調の歌詞と互換性があるということである。つまり,替え歌を可能に

する秘密は,音符の数とモーラ数との一意対応の関数関係にあったのである。

 算数科の目標の「統合的に考察する」とは,「異なる複数の事柄をある観点から捉え,

それらに共通点を見いだして一つのものとして捉え直すこと」(解説算数編,p.26)であ

る。ここに述べた歌詞の互換性に至る思考のプロセスは,まさにその例である。また,教

科等横断的な学習という視点からいえば,児童が7音,5音と指を折りながら作詞して,

作った歌詞の歌を既存のリズムの曲に合わせて歌って楽しむ学習活動等も期待される。

(3)リズム・パターンの創造~起こり得る場合の発展的考察

 算数科の目標に「発展的に考察する」という言葉がある。この意味は,「物事を固定的

なもの,確定的なものと考えず,絶えず考察の範囲を広げていくことで新しい知識や理解

を得ようとすること」(文部科学省2018a,p.26)とある。ここでは,作詞のレベルから考

察の範囲を作曲に広げることにする。例えば,「背くらべ」の半拍と1拍の2種類の並び

を替えてみるのである。1小節においては何通りのリズム・パターンができるであろう

か。1小節3拍分の長さは,図5の最下段に示したように1拍のセルが半拍2つ分のセル

の長さであるから,1小節は半拍6つ分の長さになる。半

拍と1拍の2種類の並べ替えでは,次の図6におけるセル

1つ分とセル2つ分の2種類の長さのカードの並び方の場

合の数を考えればよいことになる。

 指導に当たっては,児童が楽器を鳴らしながら自由にリズム・パターンを考える時間を

大切にしたい。また,児童相互が自分のリズム・パターンを紹介し合いながらリズム・パ

ターンの起こり得る場合の数やそれを調べる方法の考察へと問題発見・解決の過程に導き

たい。「順序よく整理する観点を決めて,落ちや重なりなく調べる方法を考察すること」

図5

図6

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は,「Dデータの活用」領域の第6学年「起こり得る場合」の内容であり,中学校で学習

する「確率」へとつながっていく。

 鈴木将史(2009)の研究では,「長方形で,音の長さとリズム・パターンを表すことに

よる数え上げの方法」をとっている。図7は,同じ手法による数えあげの結果であり,全

部で13通りになる。児童が算数を学ぶことのよさを実感できるようにするためには,図7

のパターンをはじめから提示するのではなく,例えば,児童一人一人に図8のアが描かれ

たワークシートと,イ及びウのカードを必要数配布して,児童なりの順序よく整理しよう

とする観点や並べ方の工夫点等を対話的に伝え合うことにより,お互いの考えをよりよい

ものにしたり,一人では気付くことのできなかった新たなことを見いだしたりする機会と

なるようにしたい。また,教科等横断的な学習という視点からいえば,自作のリズム・パ

ターンを繰り返したり,組み合わせたりして楽

器で鳴らして互いに聞き合ったりすることで,

新たなリズムの発見や作曲などに興味をもつよ

うになれば,音楽や算数を学ぶことの楽しさの

実感にもつながっていくと考える。

 さて,この問題は,同じものを含む順列の問題とも考えられる。例えば,赤玉6個で2

個のペアが0組,1組,2組,3組の場合におけるそれぞれの並び方の総数である。

 0組,1組,2組,3組の場合の順に加えた計算式は次のとおりである。

6 「背くらべ」の歌詞にみる数理の世界(1)「背くらべ」における問題発見・解決過程

 算数の問題発見・解決の過程は,「日常生活や社会の事象を数理的に捉え,数学的に表

現・処理し,問題を解決し,解決過程を振り返り得られた結果の意味を考察する,という

問題解決の過程」と,「数学の事象について統合的・発展的に捉えて新たな問題を設定し,

数学的に処理し,問題を解決し,解決過程を振り返って概念を形成したり体系化したりす

図7

図8

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る,という問題解決の過程」の,二つの過程が相互に関わり合って展開する。(文部科学

省,2018a,p.8)ここでは,まず問題発見・解決の前者の過程を想定して,次の枠囲み内

の情報をもとに,「背くらべ」の歌詞の世界に内在する数理を考察する。この考察の対象

として取り上げるのは最初に作られ発表された歌詞の1番である。

(2)「背くらべ」の歌詞にみる数量

 まず,歌詞の中の数量に着目して解釈を加え,次の表2のように整理した。なお,表中

の歌詞は池田小百合(2004,p.20)の表記を①から⑧に分けて示した。この表から詩に見

いだされる主な変量は,年月,期間,年齢,羽織の紐のたけ,身長,身長の伸び,身長差

が考えられる。また,これらの数量は,「羽織の紐のたけ」を除けば,それぞれ依存関係

にある。「羽織の紐のたけ」を除くというのは,この解釈しだいで依存関係の有無が生じ

 1919年(大正8年),海野厚(1896-1925)は,「背くらべ」の1番の詩を新聞に投稿して掲載されている。彼が23歳の時である。その4年後の1923年(大正12年)には,新たにつくった2番の詩を加えて中山晋平(1887-1952)により曲がついた。 1番の歌詞は,海野が東京にいて2年間も会えない17歳年下の郷里の弟のことを懐かしく思い,弟の立場になって作ったものである。歌詞において「ちまき」を食べている兄さんは,海野自身ということになる。 この曲が発表されて2年後の1925年(大正14年)5月20日,海野は28歳と10か月の若さで亡くなっている。 (池田小百合,2004,pp.22-26)

表2 「背くらべ」の歌詞にみる数量と解釈

番号 歌  詞 数  量  と  解  釈

① 柱のきずはア 弟の身長を床から柱の傷の位置までの長さとみる。普遍単位測定で

はない。イ 兄の身長の傷が柱にあるかどうかは不明。

② おととしの 五月五日のア この詩は海野が23歳の時のものだから,測定日が2年前の5月5日

は,誕生日にこだわらなければ海野は21歳,17歳年下の弟は4歳ということになる。

③ 背くらべア 兄弟二人が並んで比べ合う直接比較の場合。イ 柱に傷をつけての間接比較の場合。

④ 粽たべたべ 兄さんが ア 兄が測定者であり,弟が被測定者である。

⑤ 計ってくれた 背のたけ

ア 「計ってくれた」とあるが,兄が弟の背の高さの位置に傷を柱に付けただけなら普遍単位測定ではない。

イ 「計る」という言葉どおりにとれば巻尺のようなもので床から柱の傷の位置までを計ったかもしれない。

⑥ きのう くらべりゃ

ア 兄弟の背くらべから2年が経過,海野が23歳,弟は6歳。イ 正確に2年であれば,「きのう」の測定日は5月4日。ウ この日に兄が帰郷し兄弟二人が並んで比べ合う直接比較の場合や,

兄は帰郷せず弟自身が2年前の柱の傷の位置と間接比較した場合が考えられる。

⑦ 何のこと やっとア 何のことはない,どうにかこうにかという意味。イ 弟自身の期待や予想とちがった長さだった。

⑧ 羽織の 紐のたけ

ア 羽織の紐の長さであれば,2年間(4歳から6歳まで)の弟の身長の伸び。2年前の床から柱の傷の位置までの長さと,現在の弟の身長との差が紐の長さと等しいと考えられる。

イ 床からの羽織の紐までの長さであれば,この羽織の紐は,⑦から兄のものとわかり,歌が「背くらべ」だから弟が兄の背丈と比べていると考えられる。

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るからである。そこで,まず⑧の「紐のたけ」の考察を行うことにする。

(3)「紐のたけ」の国語的解釈を数理的に考察する

 表2の⑧の「羽織の紐のたけ」については,若井勲夫(2008)によると,アの「2年間

の背丈の『伸び』が羽織の紐の長さと同じだとする解釈」と,イの「背丈自体が兄の羽織

の紐を結んだ位置の『高さ』とみる解釈」がある。また,イには2つの国語的解釈がある。

【数量間の依存関係】

 歌詞の中の主な変量は,年月,期間,年齢,羽織の紐のたけ,身長,身長の伸び,身長

差であった。ここで「紐のたけ」を2年間の背丈の「伸び」とした場合,紐の長さは変わ

らないので,3年以上の期間での伸びには反映しない。よって,この場合は,前述の年月

や身長差などの数量との依存関係はないことになる。あえてこの「紐のたけ」と他の数量

とを関係づけるのであれば,測定の見方・考え方を導入する。すなわち,「紐のたけ」の

半分の長さが1年当たりの伸びと考えて,この紐の半分の長さを任意単位として,そのい

くつ分になるかという任意単位測定による数値化を図ればよい。一方,「紐のたけ」を紐

の位置の「高さ」とした場合は,その位置は兄弟の身長や年月等に伴って変化し,一意対

応の関係となる。つまり,「紐のたけ」の位置の高さは,先の変量と関数関係になる。

【⑧のイの「紐のたけ」の二つの解釈】

 若井勲夫(2008)は,「たけ」を本来の義である「高さ」と考え,「何のこと」「やっと」

の心情表現との関連を考慮して,次のように解釈をしている。

 「二年前の兄の身長を示す柱のきずに弟が一人で今年の身長を当てて比べてみた。期待

していたのに,『何のこと,やっと』,兄のちょうど『羽織の紐のたけ』(高さ)にし

か達していなかった。まだまだ兄の高さまでに至らず,兄にかなわない。残念で,く

やしいが,早く兄のように大きくなりたい。」(若井,2008,p.149)

 池田小百合(2004)は,弟が兄と背比べしているとして,次のように解釈している。

 「二年前の節句のとき,兄に計ってもらった背の高さが柱に傷となって残っている。二

年後のある日その傷を見て,自分は大きくなったものと思ったのだが,兄と比べてみ

たら,やっと兄の「羽織の紐の」位置(ちょうど胸乳の位置)まで届いただけだっ

た。兄さんのような立派な体格の大人に早くなりたいなあ」(池田,2004,p.23)

【直接比較と間接比較】

 背くらべであるから,比べるものと比べられるものが存在する。弟の比較対象が兄の身

長であれば,先の両者の解釈の違いは,「二年前の兄の身長を示す柱の傷」なのか,「兄本

人」なのかの違いである。前者の方が間接比較であり,後者の方が直接比較である。なお,

後者では,弟は2年前の自分の柱の傷の位置の高さとの間接比較もしている。どちらも長

さという同種の量の比較であるが,間接比較は大小関係の「推移律」に基づいて行われる

ことに留意したい。例えば,兄の身長(A)と弟の身長(B)を比べるとき,兄がいない

場合は直接比較ができない。そこで,第3の長さを媒介物として,兄の身長(A)と等し

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い柱の傷の位置の高さ(A’)で直接比較を行い,A=A’とA’>BからA>Bを推論す

ることで大小判断をする。この方法が間接比較である。その際,兄の身長が柱の傷の位置

の高さに保存されているという認識と「推移律」の認識がこの判断を支えることになる。

 重松敬一(1980)の研究では,「4~5才で長さの保存を獲得している。推移律の操作

能力は,5~6才で比較的大きく発達する」とある。したがって,表2に基づく図9に示

すように,兄に計ってもらった時の弟は4歳と推測されることから,当時の弟には,これ

らの認識は十分育っていないかもしれない。しかし,幼いころから毎年行われる家族行事

である背くらべは,測定の概念形成における素地となると考える。

 ところで,図9の年齢について,その差を17とする2変量が1ずつ単調増加する関係に

あると捉えると,数学の事象における「新たな問題設定」が可能になる。このことは,6

の(1)の「問題発見・解決の過程」の後者の過程として,例えば,児童による問題づく

りなどの「関数の考え」が働く「数学的活動」が可能になるということである。

7 まとめ 実は,この「背くらべ」の歌を知っている学生が少ないようである。世代間相違という

ことであろうか。稿者にとって「背くらべ」は,幼少期の生活の中にとけこんでいた歌の

ように感じている。当時,我が家の柱にも妹と私の背丈の傷があった。二人の背丈と年ご

との柱の傷と比べながら我が子の成長を微笑ましく思う親の顔がそこにはあった。

 本研究の「背くらべ」の数理的考察の過程において,「数学的な見方・考え方」が教科

等を越えた学びのつながりを浮き彫りにしていくことがわかった。それは,個々の学びの

つながりが発見から創造へ,さらには生きるということにつながる答えを与えてくれる過

程でもあった。三平方の定理で知られるピタゴラスは,音が協和する現象に心をとめ,そ

の快い音の響きの正体が,弦の長さの整数比にあることを発見し,ドレミのはじまりであ

る「ピタゴラス音律」(小方厚,2007)を創り出す。これは,「数学的な見方・考え方」に

よる事象の数理的な捉えが,既存の学問の垣根を越えて発見・創造につながった顕著な例

と考える。

 本研究の考察を振り返り,「授業で数学的な見方・考え方が働く教材研究の在り方」の

要点をまとめると,教室の子どもの姿を具体的に思い浮かべながら,教師自身が「数学的

図9

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な見方・考え方」を働かせて,次の3点について教材研究を進めるということである。

 ① 他教科等の「見方・考え方」がこの授業でどのように生かせるのか。

 ② 数学的な見方・考え方が「数学的活動」にどのように働いて目標が実現されるのか。

 ③ この授業での学び(特に「数学的な見方・考え方」)が,他の教科等の学びにどの

ように生きて働くのか。

 最後に,松原元一(1977)の言葉で本稿を締めくくることにする。この研究の考察の過

程,いわば教材研究の過程で,稿者が常に念頭に置こうと心がけていたことである。

 「数学の新しい教材の指導には,その教材の持つ特色を縦横に分析し,他との関係を考

えておく必要がある。(中略)1つの教材はその教材を中心としてそれに近いもの遠

いものとの関係を網の目のように絡ませておかねばならない。その事項をとりあげる

とき,すなわち網の目の一つの結び目を持ちあげると四方に絡まる他の結び目が近い

ものから順次にもちあがってくるような状態で構造化しておく必要がある。」

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