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1 水分子1 ~素粒子~

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第 1章

水分子1 ~素粒子~

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2 第 1章 水分子1 ~素粒子~

1.1 原子

1.1.1 原子と元素

水は水素と酸素という 2 種類の元素からできている.元素は物質を構成する最小単位

(素粒子) であると長らく信じられていたが,周期律表 (図 1.1) を見てもわかる通り,元

素には 110 以上の種類があり,物質の「基本単位」と考えるには種類が多いように思わ

れる.実際,各元素の原子は原子核の周りを電子がとりまくという,内部構造を持ってい

る.原子の質量の大部分は中心の原子核に集中している.原子核はプラスの電荷を帯びて

おり,電荷の量は元素によって決まっている.水素なら 1,酸素なら 8である.1個のプ

ラス電荷は 1個の電子が持つマイナス電荷とちょうど打ち消し合う.原子が持つ電子の数

は,原子核の価数 (プラス電荷の量)と同じで,原子全体では電荷はゼロである.

1.1.2 原子の古典的模型

古典的な原子模型 (図 1.2)では,原子の中心に重い原子核があり,その周りを電子が周

回している.原子核の価数が増えるにしたがって,電子はK殻,L殻,M殻...を順番に

満たしていく.K殻は 2個,L殻は 8個,M殻は 18個の電子を収容することができる.

殻に収容される電子の個数は nを正数として 2n2 の数列に相当し,元素の周期表の性質

と一致するが,その理由は直感的に理解できるものではない.また,プラスの原子核の周

りをマイナスの電子が運動しているという構造は一見安定なように見えるが,引き合って

いるはずのプラスとマイナスがなぜ結合してしまわないのかも不思議である.これらを理

解するには,20世紀になって発達した量子力学の登場を待たねばならなかった.

1.1.3 陽子と中性子

電子は現在でも究極の素粒子であると考えられているが,原子核は 2種類の粒子,陽子

と中性子からできている.1個の陽子は 1個の電子のマイナス電荷とちょうど釣り合うプ

ラス電荷を持っている.水素の原子核は陽子 1個からできており,プラス 1価である.酸

素の原子核は 8個の陽子と 8個の中性子からできている (図 1.3).中性子は文字通り電荷

ゼロの粒子で,質量は陽子とほとんど同じである.したがって,O原子は H原子の 16倍

の質量を持ち,8個の電子を持っている.原子の化学的性質は原子核の陽子の数が決定し

ている.この宇宙には原子核中の陽子数は同じでも,中性子の数が異なる原子が存在す

る.これらを同位体と呼ぶ.同位体の化学的性質は基本的に同じである.

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1.1 原子 3

HeH

Li Be B C N O F Ne

Na Mg Al Si P S Cl Ar

K Sc Ti V Cr Mn Fe Co Ni Cu Zn Ga Ge As Se Br Kr

Rb Sr Y Zr Nb

Ca

Mo Tc Ru Rh Pd Ag Cd In Sn Sb Te I Xe

Cs Ba Hf Ta W Re Os Ir Pt Au Hg Tl Pb Bi Po At Rn

Fr Ra Rf Db Sg Bh Hs Mt Ds Rg Cn Uut Fl Uup Lv Uuo

La Ce Pr Nd Pm Sm Eu Gd Tb Dy Ho Er Tm Yb Lu

Ac Th Pa U Pu Am Cm Bk Cf Es Fm Md NoNp Lr

1 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 182

Uus

図 1.1 元素の周期律表.

1 Å+1

H(水素)

(b)

+8

O(酸素)

(c)

(a)

M殻(18個)

K殻(2個)L殻(8個)

原子核

電子

図 1.2 (a) 原子の殻模型.

(b) 水素原子および (c) 酸素

原子の構造模式図.

+8

16O1 Å = 10-10 m

陽子 +1 × 8中性子 0 × 8

1 fm = 10-15 m

同位体 存在比16O 99.763%17O 0.0375%18O 0.1995%

同位体→中性子の数が異なる

(a) (b)

(c)図 1.3 (a) 酸 素 原 子 .

(b)16Oの原子核.(c)酸素の

同位体存在比.

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4 第 1章 水分子1 ~素粒子~

1.2 量子力学

1.2.1 電子の二重性

量子力学 (波動力学)は,分子や原子などのミクロな世界を記述する力学である.量子

力学では,物体は波の性質を持ち,波動関数によって状態を表すことができると考える.

波の性質は物体が小さくなるほど顕著になる.例えば,電子は 1個,2個...と数えられ

る粒子だが,非常に小さいため波として振る舞う.2 つの波の山と山が重なると強め合

い,山と谷が重なると弱め合う性質を干渉というが,電子顕微鏡によって電子の波の干渉

パターンを観測することができる (図 1.4).進行する波は連続的な波長を持つことができ

る (図 1.5(a)).一方,ギターの弦や太鼓の膜のように端が固定されると,その振動は定在

波 (図 1.5(b,c))という,とびとびの波長と振動数を持つ波になる.電子も原子に束縛され

ると三次元の定在波として振る舞う.粒子と波の両方の性質を持つことを二重性という.

1.2.2 波動方程式

原子や分子のエネルギー E は波動関数 Ψ(プサイ)と関連づけられており,E と Ψ は次

の波動方程式を解くことによって得られる.

HΨ = EΨ . (1.1)

ここで H はハミルトニアンと呼ばれる演算子である.原子や分子などの舞台 (原子の種

類と配置)が決まると,電子や原子核のエネルギーを数式で表せる.これを量子力学の方

法に沿って記述したものがハミルトニアンである.上式の左辺は関数 Ψ にHを作用させることを意味し,右辺は同じ関数を定数 E 倍したものであることを意味する.この条件を満たす関数が解としてわかれば,原子や分子のエネルギーを計算することができる.

1.2.3 原子波動関数

水素原子について波動方程式を解くと,一連の波動関数 1s,2s,2p,3s,3p,3d...と,

それぞれに対応するエネルギーの組が解として得られる.これらの定在波を原子の古典的

模型と対応づけて原子軌道と呼ぶ.原子核の周りに電子を 1個ずつ置いていくと,電子は

低いエネルギーの軌道から 2個ずつ入る.1sの 2個が K殻,2s,2px,2py,2pz の 8個

が L殻に対応する.自由に運動する電子のエネルギーは連続的に変化しうるが,原子中で

はとびとびの値しかとれない.これをエネルギーの量子化と呼ぶ.一方,波動関数の二乗

は空間のある座標における電子の存在確率を表す.それを三次元のグラフに示したのが図

1.6である.原子軌道の形は分子や固体の性質を理解する上で重要である.

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1.2 量子力学 5

波の干渉 電子波の干渉

電子波の干渉模様

(a) (b)山と山,谷と谷→強め合う

山と谷→弱め合う山谷

平面波

鉄原子 鉄原子の柵

銅の結晶表面

図 1.4 (a)平面波が壁の 2つ

の隙間を通り抜けた後で干渉

する様子.(b) 銅の結晶表面

に鉄原子を配置した試料にお

ける電子波を走査型電子顕微

鏡で観察した様子 [1].

-10

-5

0

5

10

(a) 非定在波

-10 -5 0 5 10-10

-5

0

5

10

(b) 定在波 (一次元)

(c) 定在波 (二次元)

エネルギー

エネルギー

節 節

図 1.5 (a) 非定在波 (一次

元).山の位置が時間と共に

移動する.波長も連続的に変

化できる.(b) 定在波 (一次

元).両端が固定されており,

波長は離散値しかとれず,節

の位置も波長ごとに決まって

いる.例 弦楽器の弦の振動.

(c) 定在波 (二次元).膜の外

周が固定されており,とびと

びの波長で振動する.例太鼓

の膜の振動.

エネルギー

M殻(18個)

L殻(8個)

K殻(2個)

3d電子 (10個)3s電子 (2個)

2s電子 (2個)

1s電子 (2個)

3p電子 (6個)

2p電子(6個)

図 1.6 原子波動関数 (原子軌

道) の模式図.1s, 2s などの

数字が大きいほどエネルギー

が高くなる. 1s 軌道には 1

種類,2p と 3p は各 3 種類,

3d には 5 種類あり.それぞ

れに 2個ずつの電子が収容さ

れる.原子の殻模型の K,L,

M殻はそれぞれ 1s,2sと 2p,

3s と 3p と 3d 軌道から構成

され,2,8 そして 18 個の電

子が収容される.

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6 第 1章 水分子1 ~素粒子~

1.3 素粒子

1.3.1 原子核を構成する力

同種の電荷 (+と +,−と −)は反発し合い,異種の電荷は引き合う.この電気的引力

が原子核と電子を結合させている.酸素原子の核は +電荷を持つ陽子と,電荷を持たな

い中性子という 2種類の粒子からできていると述べたが,電気的に中性や +同士の粒子

がどうやって結合しているのだろうか?重力や電磁力のように,物体が直接触れ合わなく

ても作用する力を遠隔力と呼び,この宇宙には 4種類の遠隔力が存在する (図 1.7).他の

2つの力は「強い核力」と「弱い核力」と呼ばれている.これらは距離が大きくなると電

磁力よりも急速に減衰するため,我々は感じることができない.しかし,「強い核力」は

原子核スケールでは電磁力に打ち勝って,陽子や中性子を引きつけ合う.

1.3.2 核子の構造

陽子と中性子は共に電子の約 1800倍も大きい質量を持つ.陽子は 1918年にラザフォー

ドによって,中性子は 1932年までにチャドウィックらの実験によってそれぞれ発見され

た.陽子の電荷は +1,中性子は 0 である.水素の原子核は陽子のみからなり,酸素の

原子核は 8 個の陽子と 8 個の中性子からなる.原子核を構成するので,これらをまとめ

て核子ともいう.しかし,その後他の重い粒子 (短時間で崩壊する)が多数見つかったた

め,陽子と中性子は素粒子ではなく,内部構造を持つと考えられるようになった.現在で

はクォークが核子を構成していると考えられている (図 1.8(a)).面白いことに,原子核の

中では陽子と中性子が互いに移り変わっている.中性子は核から取り出すと 10分程度で

崩壊してしまうが,陽子は少なくとも 1033 年は崩壊しないことがわかっている.

1.3.3 クォークとレプトン

電子 (e−) には内部構造はなく,電荷は −1 である.同じく電荷 −1 の µ(ミュー) 粒

子と τ (タウ) 粒子も見つかっている.一方,陽子や中性子を構成するクォークにはアッ

プクォーク (u) とダウンクォーク (d) があり,それぞれ +2/3 と-1/3 という半端な電荷

を持つ (図 1.8(b)).素粒子としては,水は u,dおよび e− から構成されていることにな

る.さらにチャーム,ストレンジ,トップ,ボトムというクォークも存在し,これらは図

のように 3世代に分類されている.レプトンには電子ニュートリノ,µニュートリノ,τ

ニュートリノもあり,やはり 3 世代 6 種類が存在する.クォークとレプトンには反粒子

(同質量で電荷が逆)も存在するので,計 24個の素粒子が存在すると考えられている.

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1.3 素粒子 7

1 fm = 10-15 m・重力

・電磁力

・強い核力

・弱い核力原子核,核子

宇宙の構造を支配

化学・生物

陽子 電荷 +1中性子 電荷 0

(a) 16Oの原子核 (b) 宇宙の4つの力とそれらが支配する領域

陽子同士は電磁力によって反発するが,強い核力によって,中性子と共に原子核を形成している.

図 1.7 (a)16O の原子核と

(b)宇宙の 4つの力.「強い核

力」と呼ばれる力によって,プ

ラス同士の陽子や電荷を持た

ない中性子が結合している.

u

u d

16Oの原子核

陽子

1 fm = 10-15 m

ダウンクォーク電荷 -1/3

アップクォーク電荷 +2/3

陽子uud → +2/3 + 2/3 - 1/3 = +1

中性子udd → +2/3 - 1/3 - 1/3 = 0

(a)

(b)図 1.8 (a) 陽子の構造とク

ォークの三つ組み.(b) ク

ォーク理論による陽子と中性

子の電荷の説明.

クォーク

第1世代

第2世代

第3世代

レプトン

アップクォーク 陽子ダウンクォーク 中性子電子

原子核原子

強い核力 強い核力 電磁力

アップ(u, +2/3)

チャーム(c, +2/3)

トップ(t, +2/3)

ダウン(d, -1/3)

ボトム(b, -1/3)

ストレンジ(s, -1/3)

ミュー粒子(µ, -1)

タウ粒子(τ, -1)

電子(e-, -1)

ミューニュートリノ(νµ, 0)

電子ニュートリノ(νe, 0)

タウニュートリノ(ντ, 0)

(a)

(b) 図 1.9 (a) クォークとレプ

トンの世代.(b) クォーク・

レプトン (電子) から原子へ

の階層構造.

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8 第 1章 水分子1 ~素粒子~

ゴールドコースト

(オーストラリア)

1999年 10月 23日