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70. 安定な染色体分配を保障するゲノム領域の機能解明 深川 竜郎 Key words:セントロメア,クロマチン,染色体分配, 細胞分裂 国立遺伝学研究所 分子遺伝研究部門 生物の生命維持には,染色体が安定に保持・増殖されていなければならない.染色体の複製・分配のような基本的な生体反 応に狂いが生じると染色体の異数化,がん化など細胞に対する悪影響が生じる.したがって,染色体が正確に分配されるため に必要な分子機構を解明することは,基礎生物学および医科学の両面から極めて重要である.細胞が分裂する際には,両極 から伸びた紡錘体が染色体の特殊領域を捉え,染色体は正確に娘細胞へと分配される.紡錘体に捉えられる染色体の特殊領 域はセントロメアと呼ばれ,安定な染色体分配遂行のために必須な領域である.我々の研究グループは,これまでに,高等動 物の染色体分配機構の解明を目標に,セントロメア領域に存在するタンパク質の同定や機能解析を行い,世界をリードする成 果を挙げてきた 1-14) .このような研究から,セントロメアタンパク質間の相互作用についての理解は進んできたが,次の重要な 問題は,「紡錘体と結合できる安定なセントロメア構造はどこでどのように形成されるのか?」という点である.セントロメア領域 を形成する DNA には,特徴的な塩基配列は存在しないため,何を目印にセントロメアタンパク質がセントロメア領域へ集合す るのかについては,不明な点が多い.そこで,本研究では,セントロメア領域に存在するクロマチン構造の特徴を明らかにし て,各種セントロメアタンパク質がどのようにセントロメア領域を認識するのかについての理解を深めることを目的とした. 方法、結果および考察 1.セントロメア領域に含まれるクロマチン構造の解析と再構成クロマチンを用いたセントロメアタンパク質の機能検定 我々の研究室では,セントロメアの DNA と直接結合する新規タンパク質複合体 CENP-T/W を発見した 13) .CENP-T/W は DNA と結合するので,ヒストン分子を含めたヌクレオソームと相互作用すると考えて,各種ヒストン分子との in vivo での相 互作用について解析した.その結果,in vivo において CENP-T/W は,CENP-A でなく通常のヒストン H3 とよく結合した 13) .そこで本研究では,はじめに in vitro において CENP-T/W とヌクレオソームを再構成して,CENP-T/W が CENP-A ヌクレオソームと H3 ヌクレオソームのどちらに結合しやすいかを解析した.その結果,in vitro において CENP-T/W は,どち らのヌクレオソームにも同程度のアフィニティで結合するという結果が得られた (図 1). 上原記念生命科学財団研究報告集, 25 (2011) 1

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70. 安定な染色体分配を保障するゲノム領域の機能解明

深川 竜郎

Key words:セントロメア,クロマチン,染色体分配,  細胞分裂

国立遺伝学研究所 分子遺伝研究部門

緒 言

 生物の生命維持には,染色体が安定に保持・増殖されていなければならない.染色体の複製・分配のような基本的な生体反応に狂いが生じると染色体の異数化,がん化など細胞に対する悪影響が生じる.したがって,染色体が正確に分配されるために必要な分子機構を解明することは,基礎生物学および医科学の両面から極めて重要である.細胞が分裂する際には,両極から伸びた紡錘体が染色体の特殊領域を捉え,染色体は正確に娘細胞へと分配される.紡錘体に捉えられる染色体の特殊領域はセントロメアと呼ばれ,安定な染色体分配遂行のために必須な領域である.我々の研究グループは,これまでに,高等動物の染色体分配機構の解明を目標に,セントロメア領域に存在するタンパク質の同定や機能解析を行い,世界をリードする成果を挙げてきた 1-14).このような研究から,セントロメアタンパク質間の相互作用についての理解は進んできたが,次の重要な問題は,「紡錘体と結合できる安定なセントロメア構造はどこでどのように形成されるのか?」という点である.セントロメア領域を形成する DNA には,特徴的な塩基配列は存在しないため,何を目印にセントロメアタンパク質がセントロメア領域へ集合するのかについては,不明な点が多い.そこで,本研究では,セントロメア領域に存在するクロマチン構造の特徴を明らかにして,各種セントロメアタンパク質がどのようにセントロメア領域を認識するのかについての理解を深めることを目的とした.

方法、結果および考察

1.セントロメア領域に含まれるクロマチン構造の解析と再構成クロマチンを用いたセントロメアタンパク質の機能検定 我々の研究室では,セントロメアのDNA と直接結合する新規タンパク質複合体 CENP-T/W を発見した 13).CENP-T/Wは DNA と結合するので,ヒストン分子を含めたヌクレオソームと相互作用すると考えて,各種ヒストン分子との in vivo での相互作用について解析した.その結果,in vivo において CENP-T/W は,CENP-A でなく通常のヒストン H3 とよく結合した13).そこで本研究では,はじめに in vitro において CENP-T/W とヌクレオソームを再構成して,CENP-T/W が CENP-Aヌクレオソームと H3 ヌクレオソームのどちらに結合しやすいかを解析した.その結果,in vitro においてCENP-T/W は,どちらのヌクレオソームにも同程度のアフィニティで結合するという結果が得られた (図 1).

 上原記念生命科学財団研究報告集, 25 (2011)

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 図 1. 再構成H3 ヌクレオソームおよび CENP-A ヌクレオソームに対する CENP-T/Wの結合実験.

CENP-T/W は,両者のヌクレオソームに同程度のアフィニティで結合している.    CENP-T/W は,in vitro では,H3 ヌクレオソームを特に好んで結合するわけではないという結果は,in vivo においては,何らかに修飾のある H3 ヌクレオソームを好んで結合しているということを示唆している.そこで,CENP-T/W 複合体から免疫沈降によってそこに含まれるクロマチンを精製して,ヒストンの修飾や CENP-T/W 自身の修飾を解析した.タンパク質の回収量の問題で,まだ最終的な結論には至っていないが,セントロメア領域の H3 には特異的なアセチル化が存在することが観察された.また,CENP-T/W自身がある種の修飾を受けていることを示唆する結果も得られた.CENP-T修飾の候補として,CENP-T の 621 番目のR と 622 番目のK に注目した.これらのアミノ酸へ変異を入れた CENP-T は CENP-W と複合体を形成してDNA結合活性を有しているのにも関わらず,セントロメアに局在していなかった (図 2).

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 図 2. CENP-T の 621 番目の Rおよび 622 番目のKを Aに変えた変異体の CENP-T のノックアウト細胞への導入実験.

変異型の CENP-T は,ノックアウトの表現型をレスキューすることはできずに,セントロメアへも局在しなかった.一方,野生型 (WT) の CENP-T を発現させた場合は,ノックアウトの表現型をレスキューして,セントロメアに局在した.緑は CENP-T を青は染色体を示している.

   今後これらのアミノ酸残基が何を認識してセントロメアへ局在しているのかという問題について,明らかにすることが大切である.また,ヒストン修飾に関しても,更なる解析を進め,総合的な見解から CENP-T/Wがどのようにセントロメアを認識しているのかという問題を理解したい.このような解析から,セントロメアを規定するエピジェネティックマーカーが同定できると考えている. 2.セントロメア領域に存在するクロマチンリモデリング因子の役割 上記 1. の研究過程あるいは,最近我々の行なっているプロテオミックス解析の結果から,セントロメア領域には,アセチル化を更新するような因子が多く存在することが明らかになった 15).そこで,我々は,アセチル化したクロマチンに結合するリモデリング因子の一つである Eaf6 のノックアウト細胞の樹立を試みた (図 3).

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 図 3. Eaf6 のノックアウト細胞の樹立.

A は, ノックアウトコンストラクトのデザインを示し, B は,実際のノックアウトをサザンハイブリダイゼーションで確認している.Cは,ウエスタンブロット法で実際にタンパク質がなくなっていることを示している.

 Eaf6 は,増殖に必須であるタンパク質であり,コンディショナルノックアウト細胞を作成した.現在Eaf6 を失った細胞で,セントロメアのクロマチンがどのように変化しているかを解析している.  Eaf6 の他に,BAF 複合体や,Mis18 などアセチルとの関連を示唆するタンパク質群のセントロメアへの局在は知られており,このようなタンパク質との関連も併せて今後明らかにする予定である. 3.まとめ 今回の上原財団からの支援によって,セントロメアのクロマチン構造の理解を目指すという新しい研究をスタートできた.これまでの研究から,セントロメア領域のクロマチンには,特異的なヒストン修飾やそれを認識する分子機構が存在することが示唆された.本研究の成果は,まだ直接的な論文発表へ至ってはいないが,今回得られた知識をベースに,今後研究を進め,セントロメアのクロマチン構造の実体を明らかにできると確信している.まだ,始まったばかりの研究に対して助成をしていただいた上原記念生命科学財団に深く感謝したい.

共同研究者

本研究は,国立遺伝学研究所分子遺伝研究部門の堀 哲也助教,竹内康造大学院生との共同で行なわれた.

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文 献

1) Fukagawa, T., Pendon, C., Morris, J. & Brown, W.:CENP-C is necessary but not sufficient to induceformation of a functional centromere. EMBO J., 18:4196-4209, 1999.

2) Fukagawa, T., Mikami, Y., Nishihashi, A., Regnier, V., Haraguchi, T., Hiraoka, Y., Sugata, N., Todokoro,K., Brown, W. & Ikemura, T.:CENP-H, a constitutive centromere componint, is required forcentromere targeting of CENP-C in vertebrate cells. EMBO J., 20:4603-4617, 2001.

3) Nishihashi, A., Haraguchi, T., Hiraoka, Y., Ikemura, T., Regnier, V., Dodson, H., Earnshaw, W. C. &Fukagawa, T.:CENP-I is essential for centromere function in vertebrate cells. Dev. Cell, 2:463-476,2002.

4) Hori, T., Haraguchi, T., Hiraoka, Y., Kimura, H. & Fukagawa, T.:Dynamic behavior of Nuf2-Hec1complex that localizes to the centrosome and centromere and is essential for mitotic progression invertebrate cells. J. Cell Sci., 116:3347-3362, 2003.

5) Fukagawa, T., Nogami, M., Yoshikawa, M., Ikeno, M., Okazaki, T., Takami, Y., Nakayama, T. &Oshimura, M.:Dicer is essential for formation of the heterochromatin structure in vertebrate cells.Nature Cell Biol., 6:784-791, 2004.

6) Mikami, Y., Hori, T., Kimura, H. & Fukagawa, T.:The functional region of CENP-H interacts withthe Nuf2 complex that localizes to centromere during mitosis. Mol. Cell Biol., 25:1958-1970, 2005.

7) Régnier, V., Vagnarelli, P., Fukagawa, T., Zerjal, T., Burns, E., Trouche, D., Earnshaw, W. & Brown,W.:CENP-A is required for accurate chromosome segregation and sustained kinetochore associationof BubR1. Mol. Cell. Biol., 25:3967-3981, 2005.

8) Minoshima, Y., Hori, T., Okada, M., Kimura, H., Haraguchi, T., Hiraoka, Y., Bao, Y. C., Kawashima, T.,Kitamura, T. & Fukagawa, T.:The constitutive centromere component CENP-50 is required forrecovery from Spindle damage. Mol. Cell. Biol., 25:10315-10328, 2005.

9) Kline, S. L., Cheeseman, I. M., Hori, T., Fukagawa, T. & Desai, A.:The human Mis12 complex isrequired for kinetochore assembly and proper chromosome segregation. J. Cell. Biol., 173:9-17, 2006.

10) Okada, M., Cheeseman, I. M., Hori, T., Okawa, K., McLeod, I. X., Yates, J. R. 3rd, Desai, A. &Fukagawa, T.:The CENP-H-I complex is required for the efficient incorporation of newlysynthesized CENP-A into centromeres. Nature Cell Biol., 8:446-457, 2006.

11) Kwon, M. S., Hori, T., Okada, M. & Fukagawa, T.:CENP-C is involved in chromosome segregation,mitotic checkpoint function, and kinetochore assembly. Mol. Biol. Cell, 18:2155-2168, 2007.

12) Hori, T., Okada, M., Maenaka, K. & Fukagawa, T.:CENP-O class proteins form a stable complex andare required for proper kinetochore function. Mol. Biol. Cell, 19:843-854, 2008.

13) Hori, T., Amano, M., Suzuki, A., Backer, C. B., Welburn, J. P., Dong, Y., McEwen, B. F., Shang, W. H.,Suzuki, E., Okawa, K., Cheeseman, I. M. & Fukagawa, T.:CCAN makes multiple contacts withcentromeric DNA to provide distinct pathways to the outer kinetochore. Cell, 135:1039-1052, 2008.

14) Amano, M., Suzuki, A., Hori, T., Backer, C., Okawa, K., Cheeseman, I. M. & Fukagawa, T.:The CENP-S complex is essential for the stable assembly of outer kinetochore structure. J. Cell Biol., 186:173-182, 2009.

15) Ohta, S., Bukowski-Wills, J. C., Sanchez-Pulido, L., Alves F. de L., Wood, L., Chen, Z. A., Platani, M.,Fischer, L., Hudson, D. F., Ponting, C. P., Fukagawa, T., Earnshaw, W. C. & Rappsilber, J.:The proteincomposition of mitotic chromosomes determined using multiclassifier combinatorial proteomics. Cell,142:810-821, 2010.

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